エースコンバットGLT -World's last gate-   作:チビサイファー

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宣戦布告

 

 

 

「そうか、やはりヴェスパニア鉱石だったか」

 

 薄暗い司令室の中で、イシイは受話器にそう答えた。例の爆破された仮設基地についての調査が行われ、その結果が報告されていた。

 

 敵基地の跡地を調べた結果、微弱ながらヴェスパニア鉱石が発する妨害電波を確認。また、砂粒を集めて調べたところ、微量の同鉱石を確認。よってあの基地は、反政府軍のヴェスパニア鉱石採掘基地だったということが判明した。

 

 加えて、自爆する数日前にその基地から数機の輸送機が飛び去るのを確認。当初は補給、資材搬入用の機体だと思われていたが、今となってはヴェスパニア鉱石を搭載していたと考えるのが妥当だろう。しかし、その行き先は不明である。

 

「つまり、必要な数は揃ったからあの基地を爆破した、ということだな」

 

 イシイの推測に、受話器の向こうのエリア88司令官、サキ・ヴァシュタールも同意の返答をする。

 

『そう考えるのが妥当だろう。噂によると、武器商人たちがヴェスパニア鉱石に目をつけているという話も聞く。これからは88と66を始めとする前線基地との連携を密にするべきだ。我々の方でも調査を続行する。そちらは頼んだぞ』

「もちろんだ。ではまた」

 

 受話器を切り、イシイは椅子にもたれ掛かる。どうもこの内戦に良からぬ事を企む輩が紛れ込んだらしい。政府軍と反政府軍、そしてそれを利用したい第三者。

 

 先日チトとユーリが遭遇したF-4戦闘機。かの機体については不明な箇所こそ多いが、判明したことが一つ。

 

 あの機体は、政府軍にも、反政府軍にも所属していない全くのUnknownだったということだ。

 

「……チト、ユーリ。これはだいぶ厄介なことになりそうだぞ」

 

 薄暗い部屋で、イシイは自分も重い腰を上げる時が来るかも知れないと感じていた。

 

 

 

 

 ミサイルアラート。チトが首を曲げる。四時方向から敵機接近。レーダーロックオンのミサイル、チャフ散布。ユーリが急上昇して強引に敵機を引き離しにかかる。エンジンパワーがあるトムキャットだからこそできる芸当だ。

 

 そのままループ、宙返りを行い、自分たちに食らいつこうとした敵機の更に背後に回ろうとする。最大パワーの宙返りは、実に6G、体重の6倍の重力が二人を襲う。

 

 ユーリはエアブレーキを細かく展開させ、機速を微調整しながら最小半径で機体を操る。追いかけてきていたはずの敵機が、いつの間にか背中を晒していた。

 

 ガンモード選択、発射。20mmバルカン砲が唸り、敵機の背中を蜂の巣にし、爆散。不規則な横回転をしながら敵戦闘機は雲の下に消えていく。あの回転じゃ、中のパイロットは気を失っているだろう。

 

『ルーンヌイ、最後の一機を撃破。戦闘空域に敵影なし、任務完了です』

 

 空中管制機ラッキスターの声を聞き、チトは息を荒くしながらも一安心する。

 

「ユー、大丈夫か?」

「さすがに、今日はきつかった」

 

 ユーリがバイザーを上げる。いつもへらりとした表情の相棒は、度重なる高G機動によってげっそりと痩せているように見えた。当然だろう、ユーリの方が体重も体格も上である。つまり、その分体に掛かる負荷も大きいということなのだ。

 

「ここんところ出ずっぱりだからな」

 

 加えて、あの一件からチトとユーリは前線に出るようになり、激しい空戦を行う頻度も増えた。披露が蓄積されるのも当然だろう。

 

「でもおじいさん見つからないね」

「そう、だな」

 

 チトは無意識のうちに地平線を眺める。あの黒いファントム。自分たちが遭遇したあの時から姿を見せていない。イシイやケッちんがそれなりに

情報網を持っているから、どこかで姿を現せばすぐ報告が来るはずなのだが。

 

「連絡がないってことは、相手も出てきていないってことだろうよ」

「そだね」

 

 他の味方機が合流してくる。ラッキースターが任務成果を報告、敵戦闘機部隊全滅。空域を確保。これにて物資の空輸経路の確保が完了したそうだ。

 

 が、チトとユーリにとっては甲斐性なしに等しかった。今日はもう帰って寝たい、そんな気分。

 

 そういえば、昨日もこんなこと思っていた気がする。ユーリはなんとなくそんな事を思ったが、すぐにどうでも良くなり、エリア66に向けて進路を変更した。

 

 

 

 

「おう、おかえり」

 

 格納庫では雑誌を読んでいたケッちんが待っていた。二人は軽く会釈し、例のファントムについての情報はなかったか聞く。

 

「無いね。あれから音沙汰なし。半世紀前の機体で無双する機体なんて現れたら、嫌でもボクの耳に入るからね」

「そりゃそうだな」

「ところで二人共カナザワの記事読んだの? 結構人気みたいだよ」

「え、そうなの?」

「ほら」

 

 と、ケッちんが読んでいた雑誌をそのまま二人に見せる。記事内容は「辺境の地で戦う二人の女性パイロット」だそうだ。

 

「おー。私とちーちゃんが写ってる」

「顔見えてないけどな」

 

 記事にはケッテンクラートに乗った写真と、ヘルメットを被って操縦席に座っている写真の二種類があった。その記事の内容は、辺境の地、エリア66の防空の要、雛鳥を守るドラ猫といった感じで書かれていた。

 

「カナザワ曰く、上司が目の色変えて次の記事依頼してきたんだってさ。国外からしてみたら、小国の内戦でこういうものがあったら面白いんだろうね」

「シャバの人間はよくわかんないね」

「ま、民間人からしたらフィクションに等しいからな」

「フィクションに近いノンフィクション、が正しいかもよ」

 

 チトは自分たちの所属が辺境の場所で良かったなと思う。これが首都の基地だったら他の雑誌の記者やテレビの取材がわんさか入ってくるに違いないからだ。

 

「カナザワは急かすつもりはないみたいだよ。ま、パワハラしてきた上司が手のひらくるくるしてへこへこしてきたら、そら腹立つしね。次は未定です、って言ったらしい」

「んー、カナザワグッジョブ。今度私の特性ブレンドドリンクをあげよう」

「お前の作ったゲテモノドリンクなんて飲ませたら、カナザワひっくり返るからやめておけ」

 

 チトはケッちんに機体の整備、再武装を依頼してイシイに報告に行くことにする。今日はブリーフィングルームに居るらしいので、探さなくて済むなと思いながら二人は基地内へと入る。

 

 ケッちんが言ったとおり、イシイはブリーフィングルームに居た。入ってきた二人を確認すると、彼女は「ちょうどよかった」と書類を片手に手招きする。

 

「どしたのイシイ、なんかくれるの?」

「ああそうだ。任務の依頼だ」

「ぐえー。美味しい食べ物が良かった」

「完遂したらその報酬で良いもの買えばいいだろう。それよりも数日後に政府軍の空輸作戦が行われる。その護衛にあたって欲しい」

 

 護衛任務。珍しいなとチトは思う。

 

「私達に依頼するってことは、それなりにやばい仕事なのか?」

「そういうこと。この前B7Rに未確認機が侵入、大規模な交戦となった。制空権は奪われこそしなかったが、守りきれてもいない。いわばグレーゾーンになってしまった。しかしそこを通過しなければならない輸送任務の実行が計画されていてな」

「で、私達に護衛をしてくれってことか」

「制空権を確保していたこちら側の戦闘機部隊がやられたから、敵も手練を入れてきたと見るべきだろう。上層部曰く、超重要物資を運搬するため、確実な護衛が欲しいそうだ」

 

 なら空路を変えるなり日程をずらすなりすればいいのに、とチトは思う。なんというか、今回に限っては馬鹿かと言いたくなるような理由であった。それとも自分の感覚が違うのだろうかと疑うが。

 

「もしかして政府軍って馬鹿なのかな」

 

 ユーリに言われるくらいだから、自分の考えが間違っていないことに安堵した。イシイもそれは感じていたらしい。司令官ではなく、一個人の心情を交えて答える。

 

「私も、少し強引すぎるなと思う。司令部も何を考えてるのかと聞きたいところだが、ただ一言『急いでいる』とだけ言われた」

「急いでしまってその超重要物資をなくしたら意味ないのに」

「ハイリスク・ハイリターンとも思えなかったが、命令である以上仕方がない。そういうわけで、最近名を挙げている君たちに依頼したわけだ」

「名を挙げている? 私達が?」

 

 チトとユーリは顔を見合わせる。

 

「なんだ知らないのか。前線に出てからというもの、ぶっちぎりで敵軍に突っ込み、加勢する間もなく敵をなぎ倒していく腕利きだと言われているぞ」

「それなんか脚色されすぎてない?」

「私もそう思う。まぁでも、君たちの戦果が並外れているのは間違いないことだ。前線の兵士の士気も上がっていることだし、出てくれると助かる。もちろん正規軍からの護衛部隊も加わるから安心してくれ」

 

 まぁ、そういうことなら良いだろうと、二人は任務を承諾した。比較的近場の空域だし箸休めにもなるだろう。

 

「では、作戦は二日後、○七○○にブリーフィングルーム集合で頼む」

 

 

 

 

 二日後。ルーンヌイのF-14Dが基地のエプロンをタキシングし、滑走路へと向かっていく。その後姿を、カナザワがカメラに収めるべくシャッターを切る。

 

「ここ最近、二人はとても忙しくなったね」

 

 カメラのフレームから目を離しながら、カナザワは隣で二人を見送るケッちんに問いかける

 

「うん。二人の育てたおじいさんの手がかりが近づいているんだ。無理もないとは思う」

「でもなんていうか……少し、見ていて不安かな」

「へぇ、ブンヤさん人を見る目があるじゃん。あの二人、良くない方向に行ってるね。求めていたものを見つけて、それに向かって必死に向かっていく感じ。もちろんそうなるのも無理は無いと思う。でも」

「周りが、見えてなさすぎる。記者にだってそう言うのがある。特ダネばかり追いかけて、目の前のもっと基本的なネタが記事にできなくなる。あまり、良くないかもしれないね」

 

 チトとユーリのF-14Dが滑走路に入り、離陸準備を整える。それを見ながらケッちんは鼻を鳴らす。

 

「戻ったら、忠告しておいたほうが良いかな。最も、すぐに気づけるかどうかはわからないけど」

 

アフターバーナーの轟音。滑走路を疾走し、ドラ猫がふわりと舞い上がる。よし、自分の整備は今回も完璧だったなとケッちんは満足げにうなずく。

 

 最も。

 

 ケッちんとカナザワの忠告は。

 

 ほんの少しばかり、遅かった。

 

 

 

 

 基地から飛び立ち、合流空域へとたどり着いたチトとユーリは、無事に待機していた輸送部隊、そして正規軍の護衛機部隊と合流し、一路B7Rへ向けて飛行していた。

 

「暇だねー、ちーちゃん」

「暇だろうけど周囲の警戒は怠るなよ。制空権とはいえ、例の空域には近いんだから」

 

 とは言いつつも、チト自身も少しばかり体を休めることの方に意識を向けていた。この所激しい空戦ばかりだったから、こうして安心した空域を飛ぶのはありがたかった。

 

「にしてもなに運んでるんだろうね」

 

 ユーリが左前方に位置して飛んでいる三機の輸送機部隊を見ながら言う。ユーリの疑問についてはチトも同感であったから、同じく飛行する輸送機を眺める。

 

「何もここまで急ぐ必要も確かに無いよな。護衛は多めとはいえ、人材が余っているわけでも無いだろうに」

「あ、わかった。きっと魚積んでるんだよ。鮮度が命だから一日でも遅れたら腐る」

「ユー、お前冷凍庫って物の存在知ってるか?」

「おお。人類は偉大だ」

 

 やれやれ、こいつの頭の中は一体どうなっているんだろうかとチトは思うが、深くは考えない。長い付き合いだ、その思考がいかに無駄なのかを自分自身が理解しているからだ。

 

『間もなくB7Rに侵入する。各機、警戒を怠るな。護衛機、頼んだぞ』

「了解。輸送部隊各機は予定通り陣形を維持。ユー、頼んだぞ」

「あーい」

 

 そうして、数分後にルーンヌイと輸送部隊はB7Rに侵入する。つい先日にはここで大規模な空戦が行われたそうだが、今はその面影を一切感じないほど穏やかだった。

 

 空域侵入から数十分。空域通過まであと半分といったところだろうか。いずれも順調、レーダーに反応なし。F-14Dのレーダーの探知距離は200kmを超える。これは現代の最新鋭戦闘機の探知可能距離が平均で150kmであることを考えると、驚異的な距離である。故に、遅れを取ることは滅多にない。

 

「……! レーダーに反応、ユー!」

 

 ユーリがバイザーを下ろす。チトがレーダー画面を睨み、IFF、敵味方識別装置の確認をする。応答なし。機数は……一機。偵察か?

 

「ルーンヌイから輸送部隊へ、こちらのレーダーに反応あり。IFF応答なし。これより迎撃に向かう。護衛部隊、直衛は任せたぞ」

『了解。こちらは大丈夫だ。ルーンヌイ、幸運を祈る』

 

 翼を振り、挨拶をする護衛部隊に翼を振り返し、二人は進路を変えてアンノウンが接近する方面に向けて急行する。IFFの故障をした味方機の可能性も否めないため。チトはオープン回線で接近する機影に呼びかけを行う。

 

「どう、ちーちゃん」

「応答なしだ」

「そう」

 

 ユーリが火器管制の安全装置を解除する。そのタイミングだった。

 

 不明機が増速する。こちらに向かって一直線。ユーリもアフターバーナーを点火させて迎え撃つ。普段ならまだ戦闘行動に入るには早いのだが、チトも感じていた。

 

 全身を逆なでする、圧倒的な殺気。レーダー照射を行えるように準備を整え、その時だ。

 

『チト、ユーリ』

 

 体が跳ね上がりそうだった。我が耳を疑った。幻聴なのではないかと思った。しかし。

 

 不明機がすれ違う。その一瞬を見逃さなかった。

 

 黒い、F-4ファントムⅡ戦闘機。

 

「お、じいさん……?」

 

 反転。チトが首を曲げてすれ違ったファントムを追う。向こうも同じように旋回し円を描くように旋回を続ける。ちょうど、真上を見上げるとファントムの背中が見えた。

 

『そうだ。待たせてすまなかった。迎えに来たよ』

「迎えに……?」

 

 言葉を一拍置き、おじいさんはチトとユーリの姿を見つめているようだった。

 

『大きくなったな。最後に会ったときはもう一回り操縦席が大きかっただろうに』

 

 感慨深そうなため息が耳に届く。おじいさんは自分たちに会えて嬉しいのだ。もちろん、チトだって。

 

『君たちの噂は聞いているよ。この前も手合わせしたときも、確かに成長したと実感したよ』

「じゃあやっぱりあの時のは!」

『そうだ。見ていたよ、君たちの活躍は。だから迎えに来ようと決めた』

「迎えに?」

『そう。世界を変える準備が整った。新しい世界を作るために、私は今まで準備をしていた』

「準備ってなに……世界を変える? どういうことなの?」

 

 チトは混乱しそうだった。ようやく会えた。褒めてくれた。そう思っていたのに、突然世界を変えると言われ、迎えに来いとも言われた。感情が爆発しそうだと言うのに情報量が多すぎて頭がおかしくなるかと思った。

 

『君たちは知っているか? この世界がいかに理不尽であるかを』

「理不尽……?」

 

 緩旋回が続く。ゆっくりと大きく円を描き、翼の端からベイパー、細い雲を引く。

 

『二人共経験したはずだ。何もしていないのに、戦火に巻き込まれ、寒さに震えたことを。それと同じことが今この瞬間繰り返されている』

「なにが……何が言いたいの?」

『世界を変える資源を狙って、こんな小さな国にあちこちの大国が押し寄せてきている。その褒美を狙って、国は弄ばれ、人は死んでいく。昔の君たちのような子供が大勢生まれ、死んでいく』

 

 無線の奥の声が、ほうと息をつく。まるで今まで自分が見てきた世界の姿をすべて表すように、言う。

 

『醜く、理不尽な世界だろう。そんな世界を変えたい。その思いを共にする同士たちが集まり、準備を重ねてきた。我々はついに『プロジェクト4』を実行する時が来たのだ』

「プロジェクト……4?」

『そうだ。志を共にした者たちが作る新しい世界。それを作るための計画だ。それには君たちも必要だ。だから私は迎えに来た』

 

 直後、自分たちの直ぐ側を何かが通過していくのを見た。あれは自分たちが護衛していた輸送機部隊と、その護衛機部隊?

 

「な、輸送部隊!? 輸送部隊、何しているんだ退避しろ!」

『心配することはない。彼らもまた同志だ。ここまで送り届けてくれて感謝しているよ』

 

 チトはますます分からなくなる。同志? 送り届けた? 一体何の話をしているんだ?

 

「おじいさん……どういうことなの、分からないよ!」

『もちろん難しい話だろう。だがチト。あまり考えなくても良いことだ。君たちは私のことをずっと探していたと言うことも知っている。だから迎えに来た。チト、ユーリ。私と来なさい』

 

 優しい、温かい言葉だ。まるで餓えと寒さで震えていたあの時、自分たちに手を差し伸べてくれた時と同じようで心地よかった。そうだ、自分たちはおじいさんを探すために今まで空を飛び続けてきたのだ。なら、目的は達成したかもしれない。だからここでおじいさんについていっても良いのかもしれない。そう思った。

 

 チト、だけは。

 

「おじいさん」

 

 今まで沈黙していたユーリが口を開いた。その口調にチトは驚く。明らかに敵意を混じらせた、ドスの入った声だった。

 

「私達よりも、おじいさんがしたいことのほうが大事だったの?」

「ユー、お前何を……」

「突然居なくなって、悲しくて、寂しくて、ちーちゃんと探しに行こうって決めて。ずっとずっと家を守り続けてたんだよ」

 

 エンジンの回転数が上がる。旋回する機体の角度がごく僅かに鋭くなる。いつでも背後を奪いに掛かれるように。チトが声を荒げる。

 

「ユー、待て!」

「それなのにいきなり現れて、こっちに来いって……そんなの私は納得行かない」

『そうか。私とは来る気がないか』

「まって、まって二人とも! おじいさん、考える時間が欲しい! ユーも落ち着け!」

『時間ない。実行はもうすぐだ。それにこの話をした以上、君たちの選択は二つしか無い』

 

 ぐぐ、と旋回を続けていたファントムの機首が僅かにこちらを向く。刹那、まるで体が氷水に浸されたような寒気と殺気が包み込む。

 

『ついてくるか、ここで墜ちるかだ』

 

 ロックオンアラート。だがユーリは最初からそれを察知していた。エンジン全開、急旋回。敵のロックオンマーカーから振り切ることに成功する。

 

「まっ、まってユー! おじいさんと戦う気か!?」

「どのみちやらなきゃ私達が危ないよ。それに」

 

 右急旋回、ファントムが背後に回り込もうと首を振る。まるで死神の鎌のように鋭い機動で背後を奪おうと迫る。

 

「もう、遅いかも……!」

 

 機銃掃射が来る。機体をロールさせて射線軸を合わせないように回避。そのまま背面を向いたタイミングで急降下。雲を突き抜け、鋭い岩山が迫る。

 

 上昇。最大パワーのGが二人を襲う。ユーリがミラーを睨むと、背後にやはりファントムは居た。とっさにラダーペダルを左に蹴り飛ばし、舵を切る。直ぐ側を機銃掃射がかすめた。

 

『なるほど。上手になったじゃないか。ユーリ、君は天才的なセンスを持っていると思っていたよ』

 

 表向きは優しく聞こえるその問いかけ。しかしユーリは分かっていた。確かにチト程頭は回らないが、その分本能で生きることに特化している。故に、生存本能が警鐘を鳴らす。あの人は、本気で自分たちを落としに来てると。

 

「おじいさんやめて! お願い、考える時間を!」

『チト。君は考えることが本当に上手だ。常に最善を求め、諦めることなく考えようとする。しかし、今はそれが命取りだ』

 

 ロックオンアラート。ジジジ、という耳障りな音はすぐさまミサイルアラートへと変貌する。ユーリ、右ロール、ピッチアップ。急旋回。同時にフレア放出。

 

「ちーちゃん! 今は考えちゃだめ、生きる方を考えて!」

「でもユー! 私達は今までなんのためにここまで来たと思ってるんだ!」

 

 ミサイル回避。ユーリはトムキャットを上昇させ、そして操縦桿を押し倒して降下させる。減速をしてのオーバーシュートを狙っている。もちろん相手もそれを知っているから、同じようにして減速する。シザース軌道と呼ばれる背後の奪い合いだ。

 

「生きなきゃこれからのことも考えられないよ!」

 

 エアブレーキ展開。エンジンパワーカット。最大級の減速を仕掛ける。直後、真上をF-4が追い越す。そしてついに背後を奪うことに成功した。

 

『ほう、やるじゃないか』

 

 黒いファントムは上昇する。射線を取らせないつもりだ。だがもう遅い、こっちがいただく。ユーリは同じく機体を上昇させ、ガンモードを選択して射線軸に捉えようとした、その時だった。機体がガタガタと振動を始め、そして糸が切れたように急降下した。

 

「っ!?」

 

 ユーリは速度計を見る。なんてことだ、もう速度がほとんど無い。背後を奪うことに気を取られすぎて、失速限界を超えていることに気づいていなかった。

 

 もし、チトが平静であったのなら、その前にユーリの意識を引き戻すことに成功していただろう。だが、チトの思考がほぼ機能しなくなった今この瞬間は、間違いなく致命的だった。

 

『ユーリ。たしかに君にはセンスがある。天才とも言えるだろう。だが、野性的感に頼りすぎては、いつか終わりは来るのだよ』

 

 ユーリは察した。嵌められた。

 

「ちーちゃん!!」

 

 ユーリが後ろを見る。既に反転を終えたファントムの銃口がこちらを向いていた。ユーリはとっさにラダーペダルを左に踏み込んだ。

 

 20mmの弾丸がトムキャットの背中を喰らい尽くす。凄まじい衝撃が二人を襲った。降り注いだ弾丸は外版を砕き、左主翼に穴が空き、右エンジンの中を弾丸が跳ね回り、ズタズタに引き裂く。

 

 警報、警報。耳障りな音がコックピットを包み込む。チトはとっさに被害状況を確認する。油圧損傷、右エンジン完全停止、燃料漏れ発生、その他損傷多数。しかし一番まずいのは。

 

「ユー! どうしたユー、機首が下がっているぞ!」

 

 ユーリが返事をしなかった。機体の損傷は大きかったが、まだどうにか飛べるレベルである。しかし機体はそのまま事切れたかのように落ちていく。何よりユーリの返事がないのが恐ろしかった。

 

「ユー!」

 

 ユーリは意識を失っていた。被弾の際、コックピット内で破片が弾け飛んでヘルメットに直撃。あまりの衝撃で意識を失っていた。

 

『残念だよ、二人とも。これでお別れだ』

 

 チトが後ろを見ると、悠々とF-4が自分たちの背後を奪っていた。今ほんの少しだけトリガーを引けば撃ち落とせるのに、ゆっくりと行末を見守っているのだ。

 

「おじいさん……なんで、なんで!?」

 

『時間切れだ。もはや言うことはない』

 

 ロックオンアラート。チトは絶望する。ようやく探し求めていた育ての親に会えたと思えば、世界を変えるために共に来いと言われ、決められなければここで殺すと言われ、空戦し、実際今まさに落とされようとしている。

 

 何も理解できない。何もすることができない。ただ一つだけ、分かるのは。

 

 もう、生きて地面を踏むことはできないかもしれないということだけだった。

 

 

 

 

 機体を衝撃が包んだ。ついにやられたか。チトはそう思った。

 

 だが違う。なんだ? 機体は自由落下していたはずなのに、重力を感じる。揚力が、生きている?

 

 直後、自分たちの真上を黒いF-4が追い抜いていく。無線の奥で誰かが驚く声が聞こえた気がしたが、よく分からなかった。次いで射撃音。これは、自分たちが攻撃している? まさか!?

 

「ユー!?」

 

 ユーは意識を取り戻していた。トドメの銃撃が来る最後の瞬間、主翼を手動で展開させて再度急減速。重力の力とエンジンの推進力で速度の乗った敵を追い越させるにはあまりにも簡単だった。眼の前にF-4が現れ、その瞬間機銃でその背後を撃ち抜いたのだ。

 

 ユーリの放った弾丸はファントムの左尾翼を引きちぎることに成功した。しかし、本来なら直撃コースだったものを回避された。並大抵の反射神経でできることではない。

 

『ほう……今のは効いたよ。ユーリ、私は少し君を見くびり過ぎていたようだ』

「はぁッ……まだ、しにたくはないから、ね……」

『生への執着。それもまた正しいだろう。君たちはあの時そうやって生き延びたのだからね。だが、残念だが運命は変わらない』

 

 ロックオンアラート。チトが背後を見ると、さっきまで輸送機部隊を護衛していた戦闘機たちが自分たちを囲んでいた。

 

『さようなら。チト、ユーリ』

『それは許しがたいことだ』

 

 刹那、自分たちを囲んでいた戦闘機群が爆発した。一体何が? チトがレーダーを見ると、友軍機が3機、B7Rに飛び込んでいた。

 

「イシイ!?」

 

 二人を守るように、目の前に一機の戦闘機が陣取る。J35ドラケン。数世代前の超音速戦闘機。イシイ専用の機体だ。

 

『イシイ君か……まったく、厄介なのが来てしまった』

『……師匠。一体どういうおつもりですか?』

『君がここにいる、ということはもう聞いているだろう。プロジェクト4の実行だよ。君がついてきてくれなかったのは残念だがね』

『私が聞きたいのはそれではないです。どうしてあなたが二人に手をかけるのか、それを聞きたいんです』

『基地司令ともあろうものが、個人を気にかけるかね』

『司令である以前に、私は一人の人間であり、女ですから』

『すまないが答える必要性はない。私も立場がある。今日はこれで失礼させてもらうよ』

 

 ファントムが離脱していく。尾翼の片方を撃ち抜かれたというのに、まるで平然とした動きだった。

 

『師匠……あなたは変わってしまいましたね』

 

 イシイのドラケンがトムキャットの横につく。もう、黒いファントムは高空の彼方へと消えていった。

 

『チト、ユーリ。無事か?』

「わ、私は……それよりもユーが!」

『ユーリ聞こえるか?』

「あいよ、聞こえるよ。いい声だねイシイ」

『基地まで飛べるか? 私が援護する。66まで一直線に行くぞ』

「りょ、了解。ユー、大丈夫か?」

「なんとか……右目に血が入ったみたいだけど、飛ばせる。イシイ、機体はどう?」

『こっちから見ると正直ひどいものだ。よく飛ばせていられるなと感心する』

「へへ、ありがと」

『基地に消防隊を手配する。それまで持ちこたえるんだ』

 

 

 

 

 エリア66は大騒ぎだった。あのイシイ司令官が眠らせていた自身の機体を持って出撃。そしてそれだけでなく護衛対象の輸送機部隊は謎の組織の手先で行方不明。各地で噂の黒いファントムの襲撃。そして、ルーンヌイスヴィエートが被弾したという報告は始まって以来の緊急事態だった。

 

 イシイのドラケンが先に着陸。滑走路が塞がれることを想定して、損傷機は最後に回されるのが軍用基地の鉄則である。いつ火災が再発するか際どかったが、イシイが着地したあともチトとユーリのF-14Dはどうにか空中にとどまってくれていた。

 

「消防班急げ、全員出動!」

 

 ケッちんが怒号を散らし、エリア66内の全消防車が滑走路を取り囲む。緊急停止用ワイヤー、バリアーの設置も完了。滑走路の向こうに、いびつな形になってしまったトムキャットが現れる。双眼鏡で一足早くその姿を見た管制官は息を呑んだ。あの状態で飛べるのが奇跡的だと。

 

「ユー、降りたらすぐ脱出だ。いいな?」

「わかってるよ。絶対助かるから、信じて」

 

 ミラー越しに映る相棒の瞳。その瞳は披露にまみれていたが、今は彼女を信じるしか無い。チトは「任せた」と呟く

 

「任された」

 

 ギアダウン。フラップ展開。機速は170ノット。推力が足りないため、いつもより早めの速度でタッチダウンしなければならない。もう片方のエンジンも推力が下がってきている。恐らく一発勝負の着陸だ。

 

 滑走路進入。パワーカット。メインギアタッチダウン。よし、上手い! チトが心の中で称賛する。続いてノーズギアタッチダウン。よし、あとは止まれば脱出だ!

 

 その直後だった。被弾の衝撃で亀裂の入っていた左側主脚が折れ、エンジンを擦りながら滑走路をスピンする。チトは声に鳴らない悲鳴を上げるが、それはすべてアルミ合金と滑走路が擦り合う音でかき消される。

 

 滑走路を逸脱し、地上誘導看板に衝突。ゴンゴンと何度か機体に何かがぶつかる衝撃が走り、コックピットでシェイクされたチトは意識を失いかけたが、その寸前で機体は止まってくれた。

 

「っ、つぅ……ヘルメット被っててよかった」

 

 いや、そんなこと言ってる場合ではない。チトは緊急レバーを引き、キャノピーを強制的に開放する。ベルトを外し、転がり落ちるようにしてどうにか地面に降り立つ。見ると燃料が漏れていた。やばい、逃げないと。

 

「ユー、早く逃げっ……」

 

 チトが前席に居るユーリに目を向ける。するとどういうことだ。座席に座ったままでユーリは動かない。まさか!

 

「ユー、ユー!」

 

 チトが駆け寄る。ユーリは完全に意識を失っていた。いくら揺すってもユーリは返事をしてくれない。

 

「ユー、起きて、ユー! いやぁああ!」

「チト!」

 

 背後からチトを呼ぶ声。そして聞き慣れた履帯の音。振り返るとケッちんがケッテンクラートに乗って駆けつけていた。

 

「ベルトをナイフで切れ!」

 

 そう言われて渡された大きめのサバイバルナイフ。チトはそれでチトのベルトをどうにか切ろうと刃を立てる。ケッちんも加わり、急いでユーリの拘束を解除した。

 

「早く乗って、爆発する!」

 

 その言葉と同時にエンジンから出火。二人はユーリを抱えてどうにかケッテンクラートの荷台に放り、チトがユーリを押さえつける。

 

「出して!」

「飛ばすぞ!」

 

 アクセルを捻り、三人を乗せたケッテンクラートが疾走する。直後、燃料に引火。トムキャットは爆散した。

 

 

 

 

 この日、世界中から複数の軍事力が喪失する怪事件が発生した。直後、インターネット、衛星放送、すべての情報端末に電波ジャックが仕掛けられ、クーデター組織プロジェクト4が蜂起を宣言した。

 

『この腐敗への道を辿る世界は、多くの犠牲の上に成り立っている。そうしてその犠牲は増えるばかりで、私腹を肥やした人間たちの餌となり踏み台になっていることをまるで見ようともしない』

 

『よって我々は世界を一度終わらせることにした。人々を厳選し、管理し、より理想的な管理社会を作り上げる、プロジェクト4を実行することを宣言する』

 

『我々は世界を終末へ導く扉を開く用意が出来たのだ』

 

 

 

 

 

 続

 

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