エースコンバットGLT -World's last gate- 作:チビサイファー
「う、ん……」
「ユー!」
ユーリが目を覚ましたのは丸二日ほど後のことだった。
「ちー、ちゃん」
「ユー! ユー、よかった……」
「いつつ……」
「どこか痛むのか!?」
「寝すぎて頭痛いや」
「ああ、そう……」
すぐに担当医が病室に入り、軽い診断を行う。被弾の際破片が激突したが、大きな怪我はなく、打撲や軽い擦過傷程度と、最近の多忙な出撃による過労で回復に少しばかり時間がかかってしまったとの見解だった。
「それよりちーちゃんの怪我は?」
「私は特に無いよ」
「そっか。良かった」
ユーリは体を起こし、立ち上がろうとする。しかし丸二日眠っていた体にはまだ少し酷だったのか、立ちくらみを起こしてチトに支えられる。
「まだ無理するな! 体が固まってるんだから」
「へへへ、ごめん。私が寝てる間、何かあった?」
「……ああ。いろいろとな」
チトはユーリをベッドに座らせる。チト自身もまだ整理がつかないのだが、イシイやカナザワから伝えられたことを可能な限り話すことにした。
*
チトとユーリが辛くも帰還した直後。全世界に向けて謎の組織、『プロジェクト4』が宣戦布告を行った。彼らの目的は腐敗した世界の変革。そのために世界中からプロジェクト4に賛同した軍関係者、民間人が結集。いわば全世界を対象としたクーデター軍が蜂起したのだ。
「それって具体的に何をするの?」
「それはわからない。全世界に対しての宣戦布告なんてしたら、タコ殴りにされるのは目に見えてると思う。いくらおじいさんが居たとしても、どうにかなる問題じゃない。たぶん、向こうにはそれ相応の切り札があるんだと思う」
「切り札……?」
「そこから先は私が話そう」
第三者の声。二人がドアの方を見ると、イシイが腕を組んで立っていた。
「失礼するよ。ちょうど目覚めたみたいで良かった」
「おはよー、イシイ」
「元気そうだな。ほら、見舞いだ」
「おお! 最高級魚の缶詰!」
「私のとっておきだ。くれてやる」
それで満足なのかよとチトは思うが、本人が嬉しそうなので気にしないことにする。
「それで、だ。プロジェクト4は世界に宣戦布告したわけだが、勝てるという見込みが彼らにはある。ヴェスパニア鉱石だ」
ヴェスパニア鉱石は、以前も述べたとおり加工次第ではステルス兵器の素材にもなるし、電波障害を発生させる事のできる特殊鉱石である。だがその加工には先進国でなければ不可能だと言われており、チトとユーリの居る国にその技術はない。
だが、プロジェクト4は世界中から同調する人間たちが集まり、組織されたものだ。その中に、ヴェスパニア鉱石を加工することができる技術者が居たとしてもおかしくない。
「事実、居たから宣戦布告したのだろう。それに、君たちが以前遭遇した基地の自爆。あれはヴェスパニア鉱石を使った爆弾のテストだったみて間違いない」
「でも、具体的な手段は? レーダーに映らないからと行ってミサイルをありったけ撃ち込んだところでどうにもならないし、核なんて使ったら地球そのものが破壊される」
「仮設はある程度立っている。電磁破壊爆弾というものを知っているか? その名の通り、電磁波を使った爆弾だ。これを使うことにより、ありとあらゆる電子機器を破壊することが理論上可能だ」
「電子機器って……」
「携帯電話、パソコン、無線、それに加えてコンピューター制御されているものすべて。手段はわからないが、行方不明になった輸送部隊の数を考えると、全世界の電子機器を破壊できるだけのヴェスパニア鉱石が運ばれた計算になる」
チトは息を呑む。大して気にしたことのなかったものが、今まさに驚異になろうとしているなんて。どうせまだ先の話と思っていたのに、それが目の前に現れたのだ。
「そんなことして……なんになるんだよ……」
「人類を作り直すと言ったのだろう。腐った人間達によって罪のない人々が死ぬのならば、我々の手によって新世界の糧にする。無駄死によりも生贄のほうがいいだろうという事だな」
「そんなの、そんなのおかしい……おじいさんは、そんなことで世界が変わるって思ってるのか?」
「確かに普通は無理だし無駄だと思う。だがチト。あの人は一端の軍人だった。その中で汚いものを何度も見てきて、変えようともがいたに違いない。その上で世界の未来に対する答えを見つけ、今こうして実行に移したんだろう。きっと、真意は君たちが聞きに行くしか無い」
どすん、とイシイはベッドに座り、緊張の糸を緩ませる。真面目な話はここまでだ、ということだろう。
「ともかく、今はまだなんとも言えない。世界中が混乱している。ついさっき、反政府側とも停戦交渉に入った。自分たちの戦争の火種が訳の分からない組織に渡ったんだ。争っていてもアホらしいだろう。そんな訳でしばらく戦闘任務の予定はなし。チトとユーリには特別休暇だ」
ほい、とイシイは何やら封筒を渡す。チトがなんだろうと思って中身を取り出すと、航空券が二枚入っていた。
「首都行き旅客機のチケットだ。たまにはハメを外してこい」
「え、こんなのなくても私達の機体で首都の基地まで行けば良いんじゃない?」
いつの間にか缶詰を開け、中身を平らげたユーリがもごもごと口を動かす。ああそうだった、こいつは何も覚えていないのかとチトが言う。
「お前本当に覚えてないのか?」
「何が?」
「私達の機体、無いから」
「…………あれ?」
*
しばし健康診断を受け、異常なしと診断されたユーリはチトと共にその足で格納庫へと向かった。いつもの自分たちの機体が置かれているはずの6番ハンガー。しかし、そこにあるはずのF-14Dスーパートムキャットの姿はなかった。
「……ほんとに無いんだ」
ユーリが呟く。チトはああ、と返事をする。視界の隅に暇そうに足をフラフラさせているケッちんが二人に気づいて会釈した。
「よ。ユーリ、体はどう?」
「んー、大丈夫だよ。ありがとう。ねぇ、私達の機体って……」
「ユーリは意識なかったから覚えてなくても仕方ないか。木っ端微塵。お陀仏、火葬済み。残ったのはそれだけ」
ケッちんの指差す方向を見る。格納庫の壁に立てかけられた煤けた破片。近づいてみると、ユーリの好みで描いたあの不思議な生き物のエンブレムが描かれていた。
「これだけかぁ……」
ユーリはしゃがみ込み、まじまじとドラ猫の亡骸を見つめて触れてみる。ひんやりと冷たく、まるで死んでいる人間の肌を触った気分になった。
「命あっての物種。チトに感謝するんだよ。意識失ったユーリを必死に引きずり出そうとしてたんだから」
「ちーちゃんかっこいい」
「いや、私は別に……ていうかケッちんが来てくれなかったら何も出来なかったし」
「なんだやっぱりヘタレだったか」
「てめぇ」
一発殴ってやる。そう思ってチトは腕を振りかざそうとしたが、ユーリの目が笑っていないことに気がついて思いとどまる。思えば自分がおじいさんと戦っている時点でもっと冷静だったら、イシイが来るまで持っていたかもしれないじゃないかとチトは悔やむ。
「……ごめんね」
「え、なんでちーちゃんが謝るのさ」
「私がいつもどおり……できていれば……」
「無理ないよ。気にしないで」
「……うん」
沈黙。少しずつ冷静になってきて思うことが増えすぎてしまったのだろう。ずしり、ずしりと時間が経つに連れて格納庫の空気が重くなる。流石のケッちんもこんな二人は初めて見たし、見ていられなくなったので二人の頭に優しい鉄拳を下す。
「くよくよしたって仕方ないよ。今は停戦、二人は商売道具がなし。イシイ司令に休暇を言い渡されてるんでしょ。だったら行ってきなよ。数日遊び呆けるくらいのお金はあるだろうし」
「まぁあるけど……でも今出かけたとしても何したら良いのか」
と、少し考えて見るチト。思えばこの基地から出ていったことはあまりなかった。趣味の読書はネットで注文すれば空輸されるし、ネット回線だって繋がってる。趣味がインドアなチトにとっては十分広い世界である。
「美味しいごはん食べられるよ」
「ちーちゃん行こう」
その瞬間ユーリが目を輝かせてチトの目を見つめる。キラキラだ。証明の光を反射して彼女の期待がいかに大きいかよく分かる。ただし、光っているのは涎だ。
「はぁ……ま、気晴らしにはなるか」
「なると思うよ。明日知り合いの輸送機が部品とか運び込みに来るから、その折返し便に乗ると良い。そしたら民間の共用空港まで行って、そこから首都に行けるからさ」
首都か。いつだったか模擬戦闘でそっちに飛んで、適当に基地周辺を過ごした程度しかなかったなとチトは思い浮かべてみる。ユーリはどう思っているだろうかと見てみるが、既に頭の中は食べ物でいっぱいのようだった。
*
そうして二人は基地に来たドルマークが描かれたC-130輸送機に乗り、基地を経由して民間機へと乗り換える。そういえば民間旅客機に乗るのは初めてなのではないかとチトは気づく。出てきた機内食は基地の食堂よりも美味しくて驚いた。ユーリに関してはおかわりをせがんで来たくらいだ。
「にしても、カナザワも一緒に来るとは思わなかったよ」
チトは通路を挟んで隣の席に目を向ける。そこには今やそこそこな有名ライターとなった雑誌記者がバツの悪そうな笑みを浮かべてそこに座っていた。
「一緒にくるというよりは、僕の場合は家に帰るの方が正しいけどね」
「カナザワの家って首都にあるの?」
デザートのフルーツをモゴモゴさせながらユーリが聞いてくる。
「そうだよ。中心部からちょっと離れたところにね。ボーナスも入ったし、いい加減妻に会いに行かないと思ってね」
「え。カナザワ奥さん居るの? そんな風に見えない!」
「物言いが失礼すぎるだろお前」
とは言いつつ、チトも意外に思っていたのは内緒だ。
「もう五年くらいになるかな。こんなに遠くに取材に来るのは初めてだったから、かなり不安でね。よかったら家に来るかい? 妻が腕によりをかけて料理を振る舞ってくれるよ」
「食べる!!」
チトの顔を押しのけ、ユーリが詰め寄ってくる。ベルトをしているからこれ以上近づいてこないが、ムギュムギュとチトの頬をユーリの頬が押し込んでいる。ああ多分この後チトが拳を作るんだろうなと思っていると、そのとおりの展開が目の前で繰り広げられ、カナザワは苦笑した。
*
「ちーちゃん」
「なんだ」
「人、めっちゃ居るね」
「ああ」
「迷彩服とか、誰も着て無いね」
「ファッション的なのはいくつかあるがな」
「燃料の匂いしないね」
「そうだな」
二人の目の前には見たことのない光景が広がっていた。見渡す限り人、人、人。ケロシン燃料の匂いも、火薬の匂いも、戦闘機の轟音も何も聞こえない。あるのは人の声。それも戦場を知らないような、無垢で屈託のない人間達。あまりにも無防備で、こいつら頭おかしいんじゃないかとチトは思ってしまった。
遡ること数十分前。首都にたどり着いた二人は、カナザワ宅には夜に来ることにして、それまで街を見て回ろうということになった。
そうして空港からタクシーに乗り、よく喋るタクシーの運転手にどう対応しようかと思いながらも、ひとまず一番の繁華街へと向かい、今に至る。
「何しようかちーちゃん」
「何しようって」
何をしよう。二人はいざ来てみたはいいが、何をしたら良いのか全く分からなかった。感覚が半ば麻痺しているに等しい。燃料の匂いが常にまとわり付き、戦闘機の轟音が響き、訓練の銃声や掛け声が聞こえてくる、そんな生活が普通だったのだ。故にごく一般人の持っている日常が、二人にとっては非日常と化していた。
「とりあえずなんか食べる?」
「機内食食ったばかりだろ」
「なんか美味しそうな匂いするんだもん」
くんくんと匂いを嗅ぐユーリ。ほんと、食べ物には目ざといんだからとチトは思うが、どうしたら良いのかわからない今、食欲に頼ってみるのも良いかもしれないとユーリに任せることにした。
ユーリが導かれたのケバブの屋台だった。眼の前で大きな肉を切り落としていく様は見応えがあり、ユーリは迷わずビッグサイズを、チトは一番小さなものを注文する。
「いらっしゃい! 美人二人で観光かな?」
「あ、えっと、まぁそんなもんです」
「いいねー、そしたらおじさんサービスするよ。トッピング無料だ、好きなの選びな!」
「マジで!? じゃあ全部!」
「ほほー、金髪の姉ちゃんいい食いっぷりだ! そちらさんは?」
予想外な展開にチトはどうしようと思う。こういうのは苦手なのだが…そう思っている間に、ユーリがあれよあれよと適当にトッピングを盛り込んでいく。挙げ句には「ヨーグルトソースとチリソースどっちがいいんだい?」と聞かれ、なんだそんな物聞いたことないと思ったが、二人別々のものにしてもらった。
「いただきまーす」
かぷ、とユーリが一口。もぐもぐと頬張りじっくり味わっている。「どう?」と聞いてみると、ユーリはふっふっふ、と笑ってしまう。
「何笑ってんの」
「うますぎて笑えてくる」
「そんなに……」
なわけ無いだろうにとチトは一口かじる。ジューシなお肉、さっぱりした野菜のコンビネーション。ヨーグルトソースの酸味が口いっぱいに広がり、今まで知らなかった味の情報量に脳が麻痺を起こしそうだった。
あまりに表現できないその味。しかし、美味しいということだけはわかる。ならそれをどうやって伝えるべきなのだろうか。麻痺を起こしそうになっている脳の代わりに、脊髄が答えた。
「……フフッ」
「でしょ?」
*
その後二人は目に入った書店に寄ってみた。どうやら最大級の規模らしく、その本の多さは基地の資料室よりも多く、欲しい本に関しては届くまで待つ必要がない。電子書籍ではなく、製本された本が好きなチトにとっては天国に等しい場所だった。
「ちーちゃん、もういこうよー。日が暮れちゃうよー」
「ごめんもう少し」
「それ30分前にも聞いたよー!」
その後ユーリは、どうにかこうにか押したり引いたりを繰り返し、ようやくチトの意識を連れ戻すことに成功した。ただし、たっぷりの本のお荷物付きで。
「ちーちゃんそれ持てるの?」
「…………長くは無理だ」
「でしょうね。ほら、持ってあげる」
ヨイショとユーリは本を持ち上げる。しかしいつまでも手提げ袋に入れるのも疲れるだろう。
「ユー、どっかの店で大きめのリュック買おうか」
「いいね。手ぶら同然出来ちゃったしね」
そうして手近なスポーツショップに入り、大きめのリュックを買って二人は公園で次の目的地を探すことにする。先程の本屋さんで買った街の観光ガイドブックを二人で覗き込む。
「なんか色々あるね」
「ああ。多すぎて目が回りそうだな」
噴水が吹き上がり、近くに居た子どもたちが楽しそうに跳ね回る。そういえば子供の声なんて聞いたことがなかったなと思って顔をあげて見てみる。小さい男の子、女の子が入り混じって走り回っている。転ぶ子もいれば、母親や父親に抱きつく子もいる。
もう少し見回してみると若いカップルが仲睦まじく手を繋ぎ、何かを囁き合っている。そのもう少し右側を見ると、老夫婦が仲良さそうに話しながら、のんびりと空を見上げて居た。
「これがシャバの空気ってやつか」
「だねー。なんか何もしなくていいって感じがしてきちゃう。ご飯は美味しいし、ここに住みたいなぁ」
「じゃあ住んでみる?」
「え、良いの?」
「……戦う理由は、半ば無くなったようなものだし」
そう言われてユーリは思い出す。今まで自分が何のために戦っていたのかを。
「……でも、おじいさんがどうしてあんなことを起こすって決めたのか、聞きに行きたいとかあるんじゃないの?」
「まぁ、そうだけど……聞いたところでどうする? 一緒に世界壊すか?」
「そうだねぇ……分かんないや」
「だよね……」
どうしたものだろうかとチトは缶コーヒーを一口飲む。すると、ころころと何処からともなくボールが転がってきてユーリの足にぶつかった。
「すいませーん、ボールくださーい!」
見ると広場で遊んでいたであろう子どもたちが大きく手を降っていた。
「ユー。渡してやれ」
「よしきた! 行くよー……そぉい!」
目一杯力を居荒れてボールを放ったユーリだったが、戦闘機乗りの性か腕力に身を任せて投擲したため、子どもたちの頭の上を大きく超えて飛んでいってしまった。
「わー、ねーちゃんすっげぇ! プロ野球選手!?」
「むー? ふふふ、おねーさんは通りすがりのスーパーヒーローさ!」
「じゃあ空飛べる!?」
「最近まで飛んでたぜ」
「すっげー!」
何やら電波が通じ合ったらしい。あれよあれよとユーリは子どもたちの輪に連れて行かれ、ボール遊びに溶け込んでいった。
「ったく、子供に好かれる体質か」
今まで考えたこともなかったな。ほう、とチトは息をつく。時計を見るとそろそろ日が傾いてきた頃だ。他の場所への観光は明日以降にしようと決める。
「ちーちゃーん! この子達なかなかやるよー! 一緒にあそぼー!」
ユーリが大きく手を降っている。チトはどうしたものかと思うが、面倒そうなので手をひらひら振って返事をする。しかしユーリはむっと頬を膨らませてずいずいと近づいてきた。
「もー! 何してるの、一緒に遊ぼうよ」
「私はいいって言ってるだろ。ああいうのはお前のほうが向いてる」
「ちーちゃんも来たほうが楽しいに決まってるでしょー。ほーら!」
「わ、ちょ、おい!」
無理やり引っ張り出されるチト。よろよろと体制が崩れたまま強引に引っ張り出されたため、あっという間に子どもたちの輪に入れられてしまう。
「ユー! 別に私はやらなくても……ぐえっ!」
チトの顔にボールが命中し、思わずのけぞってしまう。そんなチトを見てユーリはケラケラと笑う。
「あははー! ちーちゃん当てられてやんの、うけるー!」
「……てんめぇ!」
チトは地面に転がったボールを掴むとユーリに投げつける。流石に目と鼻の先でそんな事をされたらユーリだって避けられない。というかもはやボールで殴ってきた勢いだった。
「おうふっ! やったなぁ!」
ユーリが投げ返し、チトも投げ返す。時折子ども達が混じって二人の援護射撃を行い、わちゃわちゃと盛り上がる。荷物の存在も、動きにくい服だったのも、自分たちがそれなりに大人だということも忘れて。
二人は、ひたすらに、子供のように遊び続けた。
*
「それで二人とも汚れてたんだね」
夜。遊びに遊んだ二人は子ども達と別れた後、辺りが真っ暗になっていることに気づき、慌ててカナザワの待ち合わせ場所へと向かった。服も紙もぐちゃぐちゃにした二人を見たカナザワは一瞬呆然としていたが、すぐに声を上げて笑い、チトは顔を真っ赤にした。
「あんなに熱くなるとは思わなかった……」
「盛り上がってるちーちゃん面白かったよ?」
「うるさい。お前のせいだろう。ごめんカナザワ、来て早々お風呂借りちゃって」
「気にしないでいいよ。ご飯もまだ出来てなかったし」
「そーだーよー、お腹空いたー。ごはんまだー?」
「人の家に来て食事を食べさせてもらう人間の態度かよ」
うえーと机に突っ伏すユーリ。チトはため息を付きながらカナザワにもう一度だけ詫びを入れる。たださっきから美味しそうな匂いが部屋に充満しているから、動きまくった身としては確かにお腹も空くなと思う。
「はーい、お待たせしました」
と、台所からカナザワの奥さんが大きな鍋を抱えて入ってくる。その瞬間ユーリの目が光り輝き、口を開けて持ってこられた鍋を見つめる。
「すっげーうまそう!」
机に置かれた大きな鍋。しかしそれだけに留まらず、台所からはさらに魚料理、スープ、サラダにその他料理の盛り合わせが置かれ、その美味しそうな料理たちにユーリすら驚愕してしまう。
「こ、これ全部食べていいの?」
「ユーリがビビってるの始めてみた」
二人のやり取りを見ながら、カナザワの奥さんはクスリと微笑む。
「もちろんですよ。あなた達のおかげで夫が出世できたんですもの。それにお仕事も大変でしょうから、沢山食べていってね」
「いただきまーす!」
もう限界だったのだろう、ユーリはとりあえず目に入った魚料理を食べる。食べて、そして固まる。何回かモゴモゴと口を動かした後、天を仰ぎ、そして完全に停止した。
「ユー? どうした?」
チトがユーリの方に触れてみる。しかし反応がない。試しに首元に手を当ててみる。脈が止まっていた。あまりの美味に、ユーリは昇天しているのだ。
「死んでる」
「なかなか体張ったリアクションだね」
鍋の中からポトフをよそいながらカナザワが言う。それを受け取り、チトもじゃがいもを口に入れる。そして目を剥いた。
「……う、まっ」
基本作り置きの基地の食堂とは訳が違った。芯まで火が通り、熱々の状態の芋。気づけばマナーなどいざ知らず、チトは器に顔を突っ込む勢いで食べまくる。やがて半分以上食べた状態でようやく一息。
「っ、はー……」
「どうだい? 僕の妻の料理は」
「えっと、その……ごめん、うまく言葉にできない」
「その反応を見てればわかるよ」
「ふふ。まだまだ沢山あるから、どんどん食べてね」
どうぞ、と魚料理を手渡され、チトはそれも迷わず口に入れる。
「……ああああ」
もうこのまま机に頭を突っ伏したかった。いっそ溶けて消えたい。この舌の上を転がり、消えていく美味な料理たちと共に。
「ユー、おいユー。食わなきゃ失礼以上に当たるぞ。おーい。死ぬなら残りの食べ物全部もらうからな」
「やだ!!!」
「生き返ったか」
三途の川を半分ほど渡りかけていたユーリ。しかしその先に美味いものはないと思い直し、舞い戻る。眼の前に広がる料理の数々。逸る気持ちを抑えて改めて料理を口に運ぶ。
「……うんめぇ」
「ああ、本当にな」
それから二人は目についたものをとにかく食べた。恐らく人生で一番胃袋に物を詰め込んだのではなかろうかと思うくらいに。そんな二人を、カナザワ夫妻はただ微笑んで見守ってくれていた。
*
あれだけあった料理はチトとユーリによって全て平らげられた。満足した二人はカナザワ家に泊まることを提案され、宿を決めてなかった二人はありがたくその申し出を受けることにした。
二人は一つ布団に入り、言葉をかわすことなく天井を見つめる。お互い、どうして言葉を交わさないのかなんとなく分かっていた。今後のことを考えているのだ。
「……ねぇちーちゃん、起きてる?」
ふと、ユーリが口を開く。チトはそろそろ来るだろうなと思っていたから、素直に返事をする。
「ああ」
「多分同じこと考えてるよね」
「うん。これからどうしていくか、だろ」
「正解ー。ちーちゃんは決めた?」
「まぁな。それなりにな。ユーは?」
「私もほぼ決まり」
「……だろうな」
へへー。とユーリは体をチトに向け、語りかける。
「私さ、今まで世界のことなんて考えたことなかったんだよね。強いて言うなら、基地が私達の世界そのもので」
「ずっとあそこに居たしな。でも世の中のことはネットでも見ればすぐに分かるし、時間はかかるけど何でも届く。それに遠くにだって今まで行ってきた。音速超えてな」
チトもユーリの方に向き直る。チトの目には空よりも深い碧い瞳が、ユーリの目には夜空よりも深く、暗く、どこまでも吸い込まれそうな美しい瞳が映っている。
「そうそう。私達、世界に行ったつもりで全然行ってなかった」
「何も知らなかった。見たつもりでも、私達が見たのは音の二倍で後ろに消えていく。やっとわかったよ。私達が世界だと思っていたのは、狭い操縦席だったって」
今日一日で、二人は自分たちがいかに知識不足だったのかを学んだ。なんの屈託もなく、一日を楽しむ民間人。見ず知らずなのに気さくに話しかけてくれた商店の店員。一緒にありったけ遊んだ子どもたち。そして、自分たちを迎え入れてくれたカナザワ夫妻。
「ねぇちーちゃん……おじいさんは世界を終わらせるんだよね」
「うん」
「おじいさんはさ、確かに私達より長く生きて、見たくないものとかいっぱい見たんだと思うけど……」
ユーリは一度息を吸い込む。きっと彼女がここまで思考を巡らせたのはそうはないだろう。だが、言い換えればそれほどユーリが見たものは衝撃的で、刺激的だったのだろう。この一日で彼女は決定的な変化を遂げたのだ。
「私は、私達はそれが本当かどうかわからない。だから確かめたい。もっと世界を見に行きたい」
「ああ……ああそうだ。私も同じだよ、ユーリ」
なら、やることは一つだ。ただ、大きな障害が待ち受けているだろう。
「ちーちゃんは……戦える?」
「……正直に言うと、分からない。でも、ただ黙って終わるのを見ていくのは嫌だ。だったら何かした方が良いに決まっている。そうだろ?」
チトの言葉に、ユーリは力強く頷いた。
「戻ろう、ユー」
「うん。もう一度、ね」
*
「よう、おかえり」
数日の休暇を終え、チトとユーリはエリア66へと舞い戻った二人を出迎えたのはケッちんだった。何やらごきげんな表情を浮かべており、おいでおいでとジェスチャーする。
「ただいまー、ケッちん。はい、お土産の神様まんじゅう」
「お、これ首都のマスコットキャラのお菓子じゃん。このなんとも言えない目がたまらないよね」
「ちーちゃんにも似てるよね」
「似てない」
じっとりとした目でユーリを見るチト。ほら、そっくりじゃん。ユーリがそう言うと頭に一発平手を叩き込んだ。
「まぁありがたく受け取ろう。それよりも君たちに見てほしいものがあるんだ」
と、ケッちんはジープに乗るように促し、二人を格納庫へと連れて行く。一体何があるのだろうかと思いつつも、照明が落とされた格納庫へと足を踏み入れる。数歩ほど足を踏み入れたところでケッちんが口を開いた。
「なんだかいい目になったじゃんか」
「へへへ、そう? いい女になった?」
「ユーリは黙ってりゃ美人な女ランキング永遠の一位だから喜んでいいよ」
「ヤッター!」
(ユー、半ば褒められてないことに気づけよ)
そんなやり取りを見ながら、チトは格納庫の中央へと目を向ける。薄暗かったが、何かの輪郭がぼんやりと見て取れた。
「ケッちん、もしかして何かあるの?」
「その通り。戻ってきたにしても商売道具がないんじゃどうしようも無いからね。だから君たちのために用意した」
照明のスイッチをいれ、格納庫が眩い光で照らされる。二人は一瞬目を細めるが、次第に慣れてきて眼の前に鎮座する「それ」を見た。
「これって……」
チトが声を漏らす。見慣れたタンデムシート。豪快という単語をそのまま具現化したかのような二基のエンジン。大きく広げられた翼は見かけによらず身軽な運動性能を持ち合わせている。
いや、そんな事言わなくても二人はその機体の事をよく知っていた。
「トムキャット……?」
チトが歩み寄り、機首にそっと触れる。機体番号066。自分たちの知る機体なのは間違いないのだが、どこか違う。注意深く見れば二人が乗り親しんだF-14Dとは随所が変化していた。
「ただのトムキャットじゃないよ。F-14シリーズはD型移行も次世代に対応するためにいくつかの派生型が計画されていたんだ。その中で唯一、スーパートムキャット21の試作機が建造されていた」
ケッちんはエアインテーク付近を愛おしそうに撫でる。ユーリも興味深そうにぐるぐると機体を見て回っていた。
「でも、計画中にF-14シリーズを使うよりF/A-18シリーズの方が経済性、整備性が優れていることから発注する国が無くなって建造中止。エリア88で一時的な試験運用の後、倉庫で埃を被っていたところを知り合いに頼んで引っ張ってきてもらったのさ。そしてそれをベースに私が二人のためにチューンアップした。だからこいつはトムキャット21じゃない。この機体の名は……」
F-14ADVANCE トムキャット改。
唯一無二、そして終末を迎えたドラ猫の子孫は、己の飼い主を見定めるかのように、静かにチトとユーリを見下ろしていた。
続
エースコンバットGLTについて 2
【プロジェクト4】
元ネタはエリア88。世界の戦争をコントロールし、武器を供給して経済を操ろうとするのが目的。本作中においては全世界に向けたクーデター軍として登場。ただ、目的は世界の統治なので、あながち原作様と目的が違うわけでもない。
【ヴェスパニア鉱石】
物語の鍵を握る夢の鉱石。もしアニメに詳しい人が居たら分かるかもしれないが、元ネタはルパンvs名探偵コナンに出てきた物語の鍵。設定はそのままに、鉱石を加工して完全なステルス機、ミサイルを作ることが出来、電流を流すことに寄って強大な電波障害を起こすことが可能。エースコンバットGLTにて世界を破滅させることのできる「電磁破壊爆弾」の素材となる。
【イシイとおじいさんの関係】
イシイとおじいさんは本作では師弟関係となっているが、ぶっちゃけ本編中にその辺りの話が出てくることはない。ごぬんね。
【スーパートムキャット21】
実際に計画されていたF-14シリーズの21世紀進化版。本作中の設定ではエリア66の連携基地、エリア88でトムキャットパイロット、ミッキー・サイモンによって一時的に試験飛行を行っていた。結果次第では譲渡される予定だったが、乱戦を得意とする彼には、性能が向上しすぎ、火器管制装置が一人で扱うには複雑すぎる代物になっていたため不採用。予備機として空いた格納庫の奥で眠っていた所、ケッちんが88の武器商人であるマッコイに殴り込みをかけ、半ばタダ同然でエリア66にまで持ってきた。この辺の話も書きたかったが、尺の都合上割愛。