エースコンバットGLT -World's last gate- 作:チビサイファー
空襲を受けたエリア66の損害は甚大だった。敵の自立無人機の攻撃は正確に空軍基地の機能を奪うことに成功していた。
まず滑走路は半分以上が損壊、短距離離着陸可能な機体でなければ離陸が不可能となった。
燃料タンクは予備も含め全て破壊または破損させられ、一部は引火して爆発。地下に張り巡らせたパイプにまで火が回っていたら、跡形もなく吹き飛んだだろう。最悪の事態は回避したが、肝心な燃料はほぼなくなり、空輸をしようにも滑走路が破壊されては輸送機も使えない。
加えて多数の対空兵器、レーダー施設、格納庫、そしてなにより航空戦力も半分以上が破壊され、戦闘可能な機体はごくわずかとなってしまった。
唯一空に上ることの出来たチトとユーリ、ルーンヌイ・スヴィエートは途中提供された空中給油機から燃料を補給し、無事にエリア88へと着陸。その後の指示を待っていた。
「ユー、イシイと連絡取れたよ。イシイの機体が飛べるだけの滑走路は残ってるから、飛べそうな奴らと一緒にこっち来るって」
「おおー。さすがSTOL(短距離離着陸可能機)だね」
「あとケッちんもヘリを乗り継いで空母88に行くって。作戦行動中はあの空母の世話になるだろうから、ひとまずの整備は安心だ」
「よかったよかった」
レーションを頬張り、ユーリは立ち上がる。そんな彼女の姿を見て、チトはため息をつく。
「……服くらいちゃんと着ろ」
そう言ってチトはもらってきたタオルをユーリに放り投げる。フライトスーツを脱ぎ、上半身タンクトップで素肌を晒す彼女の姿は、いかんせん基地の男どもの目に毒だろう。
「だって暑いもん」
パタパタと深い谷間に向けて風を送るユーリ。確かに砂漠の真ん中に作られたエリア88の空気は、雪の激しい山岳地帯のエリア66で育った二人にはいかんせん暑すぎるものだった。
ではあるが。体を動かす度にゆらゆらと揺れるユーリの胸は、余りにも暴力的であるのもまた事実。ハンガーの近くで群がっている88の連中がこちらをチラチラと見ているのはチトだってわかってるし、操縦桿を握っているユーリならなおのこと気づいているはずだろう。
「いや、その気持ちはわかるけどさ……お前の場合は男の視線を集めやすい体だってこと忘れんなよ」
「逆にちーちゃんは集めにくいってことだね」
「そのネタ引っ張るとキレるぞ」
「ごめん」
「いいよ」
袋の中から瓶コーラを取り出し、ユーリに放る。ユーリはそれを嬉しそうに受けとり、主脚の突起に栓を引っ掛けて開ける。
「んっんっ……ぷはー、うまい!」
「暑いところで飲む冷たいコーラも乙なものだね」
「そうだな」
一応、世界の命運をかけた任務がこの先待ち受けているんだけどなとチトは思ったが、今思ったところでどうにもならないし、もしかしたらこんなささやかな幸せも味わえなくなるかもしれないから黙っておくことにした。
「ユー」
「んー?」
すでに空っぽになったコーラを口に咥えながらユーリは返事をする。
「……生きて帰ろうな」
「当たり前じゃん」
何言ってんの、馬鹿なの? と言いたそうな目でユーリは見つめてくる。今はその生意気さがとても心地良いと、チトは思った。
*
「アテンション、聞け!」
エリア88のブリーフィングルームに集められたパイロットたちが鳴りを潜め、この基地の司令官であるサキ・ヴァシュタールに向き直る。国籍の違う曲者揃いのパイロットたちを一声でまとめ上げられるということは、この司令官に相当な信頼、或いは支配をしていることを物語っていた。
「只今から、プロジェクト4への総攻撃作戦についての作戦概要を伝える。この作戦は正規軍、及び元反政府軍、そして世界から集められた有志連合軍との共同戦線である」
プロジェクト4の拠点である階層都市は、一部が沿岸部にまで接している。よって立案された作戦は、連合軍の揚陸艦体が海側から突入、階層都市を制圧し、ミサイルの発射管制施設を掌握するものだった。
「だが、敵も待ち構えてるだけではないのは目に見えている。案の定、敵の階層都市にはすでに対地上専用の武装が配備されているのを確認した。そのため、地上部隊の侵攻を容易にすべく、爆撃機編隊による空爆作戦も同時に行う。それに伴い、我々戦闘機部隊が最も優先されるのは制空権の確保だ」
制空権確保、敵航空基地、地上戦力の空爆、そして上陸部隊による管制施設の制圧。この三段作戦が、プロジェクト4の電磁破壊爆弾を停止させる唯一の作戦である。
「まぁ、君たちのやることは何一つ変わらない。報酬のために、敵を徹底的に叩き落とせ。私からは以上だ。続いては編成についてエリア66の司令官から担当を言い渡される。私の古い馴染みだ、粗相をするなよ」
そうして、イシイが各部隊の担当とポジションを言い渡す。チトとユーリは言うまでもなく、先遣隊である。もちろん彼女たちだけが先陣を切るわけではない。エリア88や連合航空隊との共同突入である。
「ルーンヌイの役目は、最高速で敵階層都市に突入。航空戦力の出鼻をくじくことだ。長距離ミサイルの一斉射後、洋上の空母88、艦名ソリアへと着艦。補給の後、再度戦闘空域へ直行。制空有利の維持をするように」
*
「ねぇちーちゃん」
機体のコックピットに座っていたユーリが、食堂からくすねてきたジャーキーを咥えながら、後席で火器管制を調整しているチトに問いかけた。
「なんだ?」
「おじいさん来ると思う?」
「……来るだろうよ」
「勝てると思う?」
「勝たなきゃどうにもならないだろ。なんだよ、怖いのか?」
「ぶっちゃけ怖いかもね」
コンソールパネルを叩いていたチトの指が止まる。
「……さっき生きて帰ってくるって口にした人間の言葉とは思えないな」
「んまぁ、生きて帰るつもりではあるよ。おじいさんが来なければね。前戦ったときは私達の学んできたこと全部が通じないしさ。どうにか一撃当ててもあっちは平然と帰還、こっちは機体がおじゃんにされたし。それに、まだ多分あれは本気を出してない」
チトはユーリに何か変化が起きていることを察する。言うなれば野性的本能、脊髄で生きていて制御が死ぬほどやりにくいやつが、こんなことを言うということは、少なからず変化が起きているのだろう。
だが、等の本人は理解が出来ていない。知識を蓄えるのが得意なチトは、ユーリのその変化が何なのかは何となく分かる。だが、それを説明したところで今の本人に理解は出来ないだろうから、別の形で道を促してやる。
「……じゃあ逃げるか?」
「それは絶対ない」
うん。お前はそう答えるだろうよ。もし無事に帰ってこれたら、教えてやろう。
「だろうな。ユー、今は考えなくていい。今までどおり生き残ってきたややり方をやっていけばいい」
「そんなもんなの?」
「そうだよ」
「じゃあいっか」
単純なやつで本当に良かった。チトはユーリに聞こえないようにため息をつく。
「よし、準備終わったぞ。ジャーキー咥えてないでさっさとメット被れよ」
「あーむっ、あいよっと」
ヘルメットを被り、チトとユーリは無線のスイッチを入れる。エリア88の女性整備兵が機体チェックの通信を入れてきた。
『こちら整備兵長、河城。機体の各部は異常なし。ケッちんはいい仕事したみたいだね』
「ケッちんの知り合いなんですか?」
『ああ。あいつは私の弟子さ。君たちの話をよくしてるよ。ルーンヌイ・スヴィエート、エリア66きっての切り込み隊長。ケッちんの技術は私の技術でもあるからね、機体の整備はあの子と同じように万全さ。だから安心して飛んでこい。期待してるよ、月光部隊!』
エンジン始動。タラップが外され、武装の安全ピンが抜かれて誘導員が手信号で合図を送る。キャノピークローズ、エンジンの回転数、動翼チェック、その他異常なし。
「ユー。準備完了だよ」
「あいよー。にしてもいいねー、月光部隊。なんかかっこいい」
「部隊って言っても私達しか居ないけどな」
「それもそうか」
誘導員のGOサイン。車輪止めが外され、管制塔からタキシング許可。スロットルをほんの少し前に押しこみ、ブレーキ解除。わずかに前輪が沈みこみ、トムキャット改がゆっくりと動き出した。
*
プロジェクト4階層都市、250km地点上空。各国から集まった連合航空部隊が集結し、様々な国籍マークが翼を並べている。その中には反政府軍のマークを塗り替えてない機体も混じっていて、チトとユーリからしてみれば違和感がどうも拭えなかった。
「変な気分だねー。最近まであのマークの機体追いかけてたのに」
「まぁな。左にいる機体なんか、同じ塗装の奴を何機落としたのか覚えてないし」
「IFF確認……よしよし全部味方だね。少なくとも誤射はないかな」
『こちら空中管制機ラッキースター。連合航空隊へ』
無線機の中に飛び込む女性管制官。そういえばこのAWACSに何回かお世話になったなとチトは思い出す。
『現在敵階層都市まで250km地点に辿り着きました。数十キロ先に空母88、旗艦ソリアの空母艦隊上空を通過します。それと同時に作戦を開始。上陸部隊、空爆部隊がすでに上空待機しています。これより、簡易ブリーフィングを行います。先遣隊が敵階層都市の制空権を確保。その後爆撃部隊が対空火器を破壊し、上陸部隊が突入します。それまでの間、皆さんは地上部隊の護衛を担当。弾薬が尽きた場合、艦載機は空母88ソリア、または空母56、トーヤにて補給。それ以外の機は指定された航空基地へと向かってください。作戦開始時刻まで、後五分です』
「要はいつもどおりって事で」
「離陸する前にも言っただろ。変なこと気にしなくていいから」
「大丈夫だって」
ほんとかよ? チトはそう思いながら前席のミラーを見る。するとそれを予想していたのか、ユーリがすでにこちらを見ていた。その目はいつもどおりの脊髄で生きていく人間の目。なら安心だなとチトは軽く鼻を鳴らす。と。
『こちら第448飛行隊、ウェーブ隊だ。君たちがルーンヌイ・スヴィエートか。噂は聞いている、一緒に飛べて光栄だ』
左後方、四機で編成されたF-35部隊が翼を振る。そういえば自分たちはそれとなく名前が広がっているとカナザワが言っていたが、本当だったんだなとチトはようやく実感する。
「こちらルーンヌイ、普段は一機でやってるから不慣れなところはあるが、そう言ってもらえると幸いです。本日の任務はよろしく」
『なに、じゃああの先頭を飛んでいる機体が噂の月光か! こちら第76空軍基地所属、765迎撃航空団ネプチューン隊だ。迎撃なら私達も得意のだが、一機であのエリア66の迎撃をしている君たちには敬意を表している。どうかよろしく頼む』
『こちらアトラス隊、ルーンヌイ、先日の戦闘では世話になった! おかげで部下はみんな無事に帰還できた。今日はその借りを利子付きで返させてもらうぞ』
『それは私もだ! 私はエクセリヲン1、私も君たちに借りがある』
『こちら元反政府軍所属ボーンアロー、俺はお前たちに一度落とされて命拾いしたが、あんだけ恐ろしく思ったことはなかった。今は味方で良かったと思っているよ。それにしても本当に女性がパイロットだったとは……』
『隊長、賭けは私達の勝ちですよ。任務が終わったら隊長秘蔵のワイン、いただきますね』
『おいおい勘弁してくれ!』
驚いた事に、この場にいる航空隊の殆どがルーンヌイの名を知っていた。チトとユーリが知らぬ間に、こんなにも自分たちの名前が広がっているとは思っても見なかった。
それだけ、自分たちは外の世界に関心を向けず、ただ前を見てがむしゃらにやっていたのだと実感する。全く恥ずかしい限りだ。
「ちーちゃん。私達、何も知らなかったんだね」
「ああ……向こうは私達のことを知っているのにな」
きっと、自分たちにはまだまだ知らないことがたくさんあるのだろう。それをこれからも知りに行くために、世界にも、自分たちにも明日を残さなければならない。
「はぁ。世界のことを知ろうとするには、人間の寿命じゃ足りなさすぎる」
「ということは私達相当勿体無いことをしたのでは? 基地の外に出たこと殆ど無いし」
「今思えば、な。でも気づけただけいいほうだよ」
「それもそうだね。戦争終わったらまたカナザワの家行こうよ」
「そうだな。美味しいもの食べに行こう」
レーダーに味方艦船の反応。チトが下を見ると、中央に二隻の空母、それを取り囲んで輪形陣を形成する空母機動部隊が洋上を航行していた。空母88ソリア、空母56トーヤだ。
「空母上空通過、突入準備完了。ユー」
チトはユーリがミラー越しに自分を見つめるのを待つ。いや、待つまでもなく、彼女はこちらを見ていた。
「全部なぎ倒すぞ」
「あいよ」
『作戦開始時刻です。航空隊全機突撃! ルーンヌイ・スヴィエート、先行してください!』
ユーリがバイザーを下ろし、スロットルを押し込む。アフターバーナー点火。トムキャット改が咆哮を上げ、筋肉のようにバーナーを収縮させ、己の巨体を加速させる。まるでしなやかな身のこなしを行うように主翼が収納され、獲物に向けて飛びかかる。
『俺たちも行くぞ! 月光に続け!』
その後を、国籍の違う有志たちが月光を追いかける。音速を突破し、速度計が狂ったように回転している。
チトは既にレーダーで敵影を補足していた。すぐさまコンソールを叩き、味方にデータリンクを飛ばして識別情報を送る。これにより短~中距離レーダーしか搭載できない機体でも敵機を補足。超長距離ミサイルによる攻撃が可能だ。複雑な火器管制ではあるが、それを制御できる人間が居るからこそ発揮されるF-14ADVANCE真骨頂の一つである。
「レーダー補足、敵機も上がってきてる。写ってる奴らを徹底的に叩く。ユー、発射タイミングは任せるぞ」
「おっけー」
「連合航空隊へ。データリンク完了、目に付いたやつを全員叩き落とせ!」
『了解、気前いいじゃないかルーンヌイ! そう言うの大好きだぜ!』
『重いままじゃ格闘戦は出来ないからな、殴りかかったほうが俺はありがたいぜ! バーミリオンエンゲージ、フォックス3!』
『ロックオン、ドミノ隊全機フォックス3!』
『レイピア1、フォックス3!』
『レッドムーン2、フォックス3!』
連合航空隊の放った複数のミサイルが一気に群がっていく。チトはレーダー外面で発射されたミサイルの航跡と敵の反応を交互に見比べる。到着まであと十秒……五秒……着弾、今!
レーダー画面から敵の反応が次々消失していく。おおよそ命中は三分の一だろうか。想定以上だ、これなら行ける。
『第一波攻撃成功! 各機接近戦に持ち込み、制空権を確保してください!』
ラッキースターの言葉とほぼ同時に、前方に黒点がいくつか現れ、それはあっという間に敵戦闘機へと姿を変える。ユーリは短距離ミサイルを選択し、手近な一気にロックを仕掛け、発射。すれ違いざまに一機を落とし、火だるまの敵機の後ろに居たもう一気に機銃掃射を浴びせて蜂の巣にした。
直後、近場に居た一機がルーンヌイの背後に食らいつこうと接近する。だがユーリはその程度のことは想定済みだし、その先にどうすべきかをも全て体が覚えている。
エアブレーキ開放。スロットルレバーを引いて推力ゼロ。操縦桿を思い切り引いて機体が立ち上がり、高度を変えずに機首が半回転。真後ろを向いた機銃の射線軸は、追いかけてきた敵機と重なり、掃射。敵は何をされたのかわからないだろう。一瞬でコックピットを蜂の巣にされ、火達磨になる。
ユーリは操縦桿を引き続け、そのまま機体は一回転し、再び本来の進路へと機首を向ける。エンジンノズルを三次元可動ノズルへと変更し、高機動戦闘が行えるようになったトムキャット改だからこそ行える用になった特殊機動、クルビットだ。
『信じられない、あの一瞬で三機を叩き落としやがった!』
『あれが切り込み隊長の月光……俺達も負けてられない、行くぞ!』
『各機熱くなりすぎるなよ! まずは制空権の確保だ!』
半歩遅れて後続の連合軍機が飛び込んでくる。次々に機体が接近戦に入り、互いの背後を奪い合い、ベイパーやミサイルの白煙が入り交じる。
チトとユーリは視界の下に階層都市を確認し、反転。この近辺で戦闘を行い、敵機の撃破に専念すべく手近に居た敵機の尻に食らいつく。
「ユー、後方からくるぞ、三秒で仕留めろ!」
チトが警告を放った直後にユーリは目の前に居た敵機を叩き落とす。続けて急降下、追いかけてきた敵から距離を離すべく、重力と推力を使って加速。眼の前に階層都市の基盤が迫り、追いかけようとした敵機が衝突を恐れ、追撃を断念。上昇する。
すかさずユーリは急上昇。三次元可動ノズルと大型の水平尾翼はトムキャット改を鮮やかに舞い上げる。その先には先程の敵機の腹が無防備に晒されていた。降下の勢いそのままに上昇してくるトムキャット改の速さは群を抜いていた。たちまち腹に鉛玉を叩き込み、燃料タンクを貫いた一発が弾け飛んで引火、また一機をスクラップにする。
『な、なんだあのトムキャットは!? 普通じゃない!』
『俺は見たぞ、十字のマーク! クソ、とぼけたエンブレムを背負いやがって!』
『あいつ……見覚えがあるぞ。たしか政府軍のエースだ!』
『ならあいつを仕留めれば大金星だ、集団で掛かれ!』
敵機がルーンヌイへと注目し始め、複数の敵が囲もうと展開してくる。チトはその接近する全機をレーダーで捕捉、ロックオンを仕掛けてデータリンクを送信。ミサイルの残っている友軍機へ支援を要請する。
『連合軍各機へ! お姫様二人からの救援要請だ、群がる蝿共を叩き落とすぞ、撃て!』
『フォックス2、フォックス2!』
支援要請を受けた味方機が発射したミサイルは、ルーンヌイの背中に食らいつこうとしていた二機を貫き、真正面から仕留めようとした一機に突き刺さり、真上から飛びかかろうとしていたもう二機を火達磨にする。いいぞ、さすが選りすぐりの精鋭たちだ!
「ルーンヌイから味方各機へ、支援に感謝! 引き続き目に付いた敵機をなぎ倒せ!」
互いの全戦力がぶつかり合い、あちこちでミサイルの排煙、主翼から巻き上がるベイパー、エンジンから生まれる飛行機雲が入り交じり、時に味方機が、敵機が、撃ち落とされた戦闘機の破片が、その雲を歪な形にしていく。
そのど真ん中を、月光の名を背負ったドラ猫が飛び込む。味方の背後を奪おうとしていた敵機に機銃を叩き込み、翼端がおられた敵機は右にロールを始め、その勢いを増して歪なベイパーを引き、やがて空中分解する。
『月光か、助かった! 帰ったら一杯奢るぜ!』
「おいしいおつまみもよろしくね」
『もちろんだ!』
『各機孤立に気をつけろ! 相手の連携は思いの外脆い、焦らなければ行けるぞ!』
隊列を組んだ味方機が先手を打たれ、混乱の波紋が広がりつつある敵に向けてさらに石を投げ込む。エンジンの吸気と排気、待機を切り裂く主翼、それを撃ち抜く火薬の詰まった矢に鉛玉が大気を掻き回していく。
そのいずれをもかいくぐりながら、チトはレーダーとキャノピーから見える周囲の景色に気を散らさなかった。ユーリもまた、敵機を相手にしながらいつでも回避運動に入れるように備える。
『ドミノ4が落ちたぞ!』
『オメガ11被弾、イジェクト、イジェクト!』
『背後に敵機がいる! 誰か、誰――――』
『ジェンセンがやられたぞ! あのイーグルだ!』
味方機からの阿鼻叫喚が無線に入る度に、二人は身を凍らせる。もし、味方に大きな損害が現れたら「あの人」が来る合図だと知っているからだ。
「9時方向!」
チトの叫びに、ユーリは聴覚が脳に届くよりも早く反応する。機銃掃射が飛んでくるが遅い。背後に回った敵機に対し、冷静に対処。バレルロールをしながらエアブレーキ開。頭に血が上っていた敵機は速度を出しすぎ、トムキャット改を追い越してしまう。すかさずその背中に残っていた最後のミサイルを叩き込む。
近接信管作動、破片が飛び散り、無防備な敵機の背中に突き刺さる。パイロットは脱出。しかし二人は目もくれず次のターゲットを探す。
戦況は連合軍側がやや有利である。さすがに選りすぐりの精鋭に最新鋭機をかき集めただけのことはある。戦術、連携、機材面のバックアップなどの結束については連合軍が上回っていた。
対し、プロジェクト4に関しては、世界中から戦闘員を集めたこともあり、こちらもある意味では連合軍と言えよう。しかし、戦術こそあれども、細かいところで微妙な隙が生まれ、それが大部隊になっていくほど大きくなる。現に、ユーリが相手にしている敵機は頭に血が上ったような、とにかく突撃するような動きが多い。チトは何かがおかしいと、レーダーのコンソールを触りながら思う。
(なんか引っかかる……向こうも編隊を組んで戦うけれど、乱れが目立つ……このままだとさらに連携が崩れて敗走するだけなのに)
余りにも拍子抜けだ。おじいさんの所属するプロジェクト4はこの程度のものだったのだろうか? この程度の戦略、統制で、世界を変えると言っていたのか?
いや。そんなはずはない。ユーリが再度一機を仕留め、破片をかいくぐって煙から飛び出す。チトは思考を回転させ、この乱れた連携でも構わず戦闘を続ける敵の思惑を探る。
(なら、連携が崩れても構わず、盛り返せる方法がある? それだけの大量破壊兵器が? そうするなら電磁破壊爆弾を使う気か? いや、地球上の全ての電子機器を破壊するならこれ以上地上で使うことは望ましくない。使えたにしてもごく少量だ)
『ルーンヌイ、後方注意!』
ミサイルアラート、急上昇。チトはフレアをばら撒き、ミサイル回避を目視して周囲を確認。
『ユー、右方向に二機、距離2マイル!』
右135°ロール、ピッチアップしてスライスターン、降下と旋回を同時に行って速度を稼ぎ、距離を詰める。だがその背後からも忍び寄る一気が入ることにチトは気づいてるし、恐らくユーリも気づいてる。
残っていた二発の中距離ミサイルを選択し、チトの権限で発射。ユーリはすぐさまエアブレーキを開き、操縦桿を引いてピッチアップ、期待そのものを空気抵抗にしてコブラ機動。ユーリはラダーペダルを蹴飛ばし、機体を更に回転させる。
敵機が苦し紛れに機銃を叩き込むが当たるはずもなく、コックピットの脇をすり抜ける。
操縦桿を反対方向に倒し、ラダーペダルを匠に踏み込んで失速寸前の機体を立て直し、敵機の無防備な背後がHUDに重なる。
ガンアタック、20mmの弾丸が敵機のエンジンノズルに吸い込まれ、タービンブレード内で跳ね回る燃料タンクを突き抜け、爆発した。
「ユー、機銃の残弾きついぞ!」
チトの指摘に、ユーリは機銃のカウンターを確認する。既に100発以下になっており、トリガーを引ききって二秒で本当に丸腰になる。
「戦況は?」
「こっちがいい感じ。一旦補給に戻った方がいいだろうよ」
『こちらラッキースター。敵戦力の70%の撃破を確認しました! これより爆撃機部隊が突入します!』
「こちらルーンヌイ、残弾が少ない。弾薬に余裕があるやつはどれくらいいる?」
『エンジェル隊、こちらはミサイルの在庫多数。節約したかいがあったぜ』
『こちらは00セクション、僚機の半数は残弾あり。空戦は可能だ』
『コスモ隊、こちらも余裕はある!』
「割りとまだいけるな……ユー、爆撃機部隊が突入したら空母へ向かうぞ」
「おっけー。そろそろお腹空いてきたよ」
「さっきジャーキー食ってただろうが」
「あれは戦闘食料だよ」
余裕のあるやつだ。チトは嘆息し、レーダーで接近してくる爆撃機部隊を確認する。B-52にB-1で編成されたまさに絨毯爆撃専用隊。全ての爆弾が透過されれば、改装都市の一層は余裕で更地にできる火力だ。
『爆撃機編隊接近! 護衛のウィスキーセクションはポジションを維持してください!』
エリア88の傭兵部隊が護衛する爆撃機編隊が到着した。その後ろに揚陸艦から発進した上陸ホバークラフトの大群。爆撃後、制圧部隊が管制施設を制圧すれば全部終わる。
「……まてよ?」
「どしたの?」
チトは先程の、あっけなさすぎる敵の迎撃機の疑問を引っ張り出す。確かに敵機はあっけなかった。現に制空権は確保した。後は爆撃、制圧だけですべて終わる。
だがそれは。
逆を返せば。
「……しまった!」
爆撃機部隊や上陸部隊が消すことができる「何か」があれば、簡単に崩壊するのだ。
「ラッキースター、爆撃機を退避させろ!」
その言葉とコックピットの脇を青白い光が突き抜けていくのはほぼ同時だった。
眼の前で起きた出来事は、あまりにもSFチックで、非現実的過ぎた。チトはやたらと冷静に思う。
「ああ、これ。『事実は小説よりも奇なり』ってやつか」
当然だろう。突然現れた青白い光が、飛来してきていた爆撃機に光を浴びせ、薙ぎ払われた。光を浴びた爆撃機たちは、腹に抱えた爆弾が火球を孕み、あっという間に粉々に砕けて炎に飲み込まれていく。
「ちーちゃん!」
ユーリの声でチトはようやく現実に戻る。レーダーを見るとあれだけいた爆撃機部隊が半分以下に消えていた。馬鹿な、何が起きたというんだ? 状況を確認しようと無線を開くが、鼓膜を叩いたのは友軍の阿鼻叫喚だった。
『何だ今の光は!?』
『爆撃機部隊が、飲み込まれて消えた……!?』
『ミサイルじゃない、レーザーだとでもいうのか!?』
『こちらサベージ隊、サベージ3が巻き込まれて消滅しちまった!』
『ラッキースター、報告、指示を!』
『全機散開、爆撃機部隊は退避! 現在解析中、警戒厳にて戦闘続行してください!』
直後、再び青白い光が伸びる。その光は海面に突き刺さり、直撃を受けた海水をあっという間に水蒸気へと変換させると、海面で一振りする。その光が揚陸部隊を乗せたホバークラフトに命中するたびに、小さな花火を生み出していた。
『揚陸部隊壊滅!』
『一瞬で、半数が……!?』
何だこれは。一体何なんだ。思考を得意とするチトがいくら考えてもあまりの情報量で前に進まない。だが、一つの可能性に辿り着くことは出来た。
「最初からこれが狙いだったんだ!」
だから制空権はおざなりにして、戦況優勢からくる油断を待っていたのだ。
その効果はあまりにも覿面だった。部隊の半分が消失することは、敗北は必須だと言っても過言ではない状態なのだ。
チトは早急にこの新兵器の在り処を探すべく、ユーリに都市へ向かうように檄を飛ばす。
そして、機首が180°後ろを向いた時に、チトとユーリはそれを見た。
「……なんだよ、あれ」
「……アニメでも見てるのかな」
己を疑うことなど滅多にしないことユーリが、輪が目を疑ったくらいだ。彼女をそう言わせた物は、階層都市の地面を割り、そこから姿を表す。
巨大な、『人』だ。
「…………人型……兵器……!?」
冗談はよしてくれ。チトは人生で一番大きなため息を吐いた。
続