エースコンバットGLT -World's last gate-   作:チビサイファー

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世界

 

 人型兵器の登場は、その場に居た全戦闘員の注目を集めるには十分すぎた。本来兵器というものは、人間では出来ないことをできるようにするために、幾多の年月を重ねて改良化され、効率化されてきた。人の背中に羽をつけるよりも、操る航空機を作ったほうが遥かに効率的だったし、人型の歩行兵器よりも、履帯を備え付けた車両のほうが早く、整備性もよく、寿命だって長かった。

 

 それがどういうことか、文字通り連合軍に立ち塞がったのは全長100メートルはあろうかという巨人。その見た目は箱に棒を差し込んだ、まるで子供の工作のようにも見えるものだったが、自らの足で立ち、細長い頭部を左右に振って、人間のように周囲を見回す。

 

 そして、その目に当たる部分から光の筋が伸びる。それは回避運動をしていた爆撃機部隊を再び溶解させた。

 

『サスコット隊壊滅、3番機がかろうじて飛行可能です!』

『くそ、直営の護衛機も何機かやられたぞ! アレは一体なんなんだ!?』

 

 無線の中は混乱の大嵐だった。チトとユーリだってこの現状を飲み込むのに時間を掛けなければならないほどで、目の前で起きていく現実を認識するに至っていなかった。

 だが、彼女たちにとって幸いだったのは、ユーリの並み外れた野性的直感は、この状況においても非常に効果的に働いてくれたことだった。

 

 右急旋回。チトは予想しない動きに声を漏らすが、すぐにコックピット内をロックオンアラートが鳴り響いてることに気がついた。普段ならすぐに反応できるはずなのに、気づかない。それだけ自分が混乱していたのだと思い知らされた。

 

「連合軍機気をつけろ! 何か来るぞ!」

 

 その言葉と同時に、人型兵器の肩から何かが発射される。一度中空で静止したそれは、真横を向くとまっすぐ戦闘機部隊に向かって飛翔する。弾道ミサイル? いや違う。

 

 発射されたミサイルの先端が割れ、中から無数のミサイルが現れる。それは生き残った連合軍機へ向けて一斉に襲いかかる。

 

「ブレイク、ブレイク! 全機回避!」

 

 チトが叫ぶ。ユーリが緊急回避をする。首を後ろに曲げると、信じられない数のミサイルが自分たちに向かって群がっている。恐らく射程を犠牲にした代わりに、多数の目標を同時攻撃できるように設計されたミサイルだ。過去に読み漁った資料の中に、そういった兵器の情報が含まれていた。

 

 その有用性は見てのとおりだった。敵の階層都市を制圧すべく最接近した航空部隊に対してなら、射程や航続距離が短くとも、非常に有効な攻撃手段であることが立証された。自分たちは誘い込まれたのだ。

 

 チトはチャフ・フレアをばら撒き、ミサイルを撹乱させる。ユーリがとっさに階層都市沿岸部の地表ギリギリまで機体を降下させ、追いきれなかったミサイルが廃ビルにぶつかって消滅する。

 

「くそっ、なんたってあんなものが!」

 

 人型兵器は逃げ惑う戦闘機部隊を悠々と見守っていた。その間に顔は海面へと向き、生き残った揚陸部隊へと目を向ける。

 

「ユー、これ以上やらせるな!」

 

 トムキャット改が翼を翻し、人型兵器に向けて飛ぶ。進路上に敵が現れた人型兵器は、ルーンヌイ・スヴィエートへと目を向ける。

 

「下だ!」

 

 チトの叫びにユーリは迷いなく反応する。そのレーザー光線が光る直前、ユーリは機体を急降下させる。人型兵器はそれを追いかけようと首を下に向ける。だが、首の可動外にトムキャットが潜り込み、攻撃は不可と判断。エネルギー保持のために、射撃を中断する。

 

 トムキャット改は巨人の足の間をすり抜け、急上昇。ユーリが首を曲げて巨人を睨む。巨人は、自分たちの存在など気に止めず、チャージしたエネルギーを次の目標へと撃ち出した。

 

『揚陸艦アリョーシャ、機関喪失! 航行不能!』

『駆逐艦ベルファイア、艦橋溶解! なんてことだ……跡形もないぞ……』

「くっそ、このままじゃまずい……」

 

 チトはラッキースターに指示を求めようとしたが、無線内が阿鼻叫喚で対応が間に合っていない。すぐに指示対応ができるとは到底思えなかった。

 

 レーダーに目を向ける。味方の反応が多く消えたが、まだ全滅したわけではない。今必要なのは、何よりも混乱している味方を落ち着かせること。そのためにはあの人型兵器の攻撃をどうにか阻止するしか無い。

 

「ユー、あの人型の周り飛び回れ! 時間稼ぐぞ!」

「りょーかいっと!」

 

 ユーリは残燃料を確認する。まだ行ける。空母艦隊の被弾報告がないということは、レーザーの射程外にいるということ。あのレーザーも流石に100キロ単位の攻撃をできるだけの能力は無いということだ。

 

「ラッキースター、こちらルーンヌイ。これから人型兵器に接近して攻撃の妨害行動に入る。その間に体制を立て直して。任せたぞ!」

 

 返事を聞く間もなく、チトとユーリは人型兵器に飛び込む。頭部の右側ギリギリを通過。そのまま旋回、再度接近。今度は後頭部をかすめるように飛ぶ。

 この数回の接近で、チトは人型兵器についていくつか確信を得た。まず、こいつには対空機銃がない。搭載されているなら先ほどを含めた数回の接近時に機銃掃射を浴びていたことだろう。それがないとうことは、この兵器も急造品だということ。それが分かれば破壊は容易だ。

 

 しかし、敵もそれを知った上で、連合軍機の武装、燃料の消耗を待っていたのだろう。いくら優秀な人材と兵器がそろっているとはいえ、武器を持っていなければどうしようもない。最初に行ったあの制空戦闘はこのために用意された出来レースだったのだ。

 

 そうなると、弾薬を残した部隊を結集する必要があるだろう。チトは一瞬無線に向かって叫ぼうとする。が、ここで新たなる可能性が生まれ、慌ててその口を塞ぐ。

 

 まだいくらか弾薬を残している敵がいることは、プロジェクト4側も想定済みなはずだ。今ここにいるのは制空戦闘特化の戦闘機部隊。持っているのは対空ミサイルだが、ロックオンは出来ないにしても、目視発射をすることは可能だ。人型兵器である以上、非常にデリケートな存在なのは間違いない。そんな中敵が人型を出したということは。

 

 まだ、何か手を隠している。そして敵はその手を繰り出した。

 

『レーダーに新たなる反応! 何だこれは……多いぞ、数が急速に増大中!』

『早い……それに、小さい!? そうか、これが噂のプロジェクト4の無人戦闘機か!』

 

 階層都市各所に隠されていたコンテナから射出された無人機は、上空で結集すると散開。体制を立て直そうとする連合軍機に接近戦を仕掛ける。

 

『くそう、早いぞ! 噂には聞いていたが、予想以上だ!』

『メンヒル4、後方だ、回避!』

『マロリー、マロリー脱出しろ! クソ、マロリーが無人機にやられた!』

 

 のっぺらとした無人機が食いついてくる。その動きはチトとユーリが相手にした、あの無人機と酷似していた。つまりこれを操っているのは、あの時の人工知能。間違いない、奴らはここにいる。

 

 そして、おじいさんも。

 

『落ち着け! 動きは早いが、落とせなくはない! 00セクションリーダーが2機撃墜!』

『ブルーセクション、ミッキーの奴すごいぞ! ドラ猫の扱いならあっちも負けてない!』

 

 幸い、ここまで生き残った連合軍はさすがの腕前揃いだった。エリア88のナンバー1、ナンバー2のパイロットを筆頭に、混乱は残りつつも打開に向けた光が見え始める。

 

 しかし、人型兵器の脅威は未だ健在だ。チトは頭をフル回転させる。どうする、どうすれば破壊できる? 何度目か分からない思考を繰り返した、その時だった。

 

『無理なものは無理だ。ルーンヌイ、お前たちは帰投しろ』

 

 ルーンヌイのトムキャットを、三機の戦闘機が追い越していった。一糸乱れぬ美しいデルタ体型。一見簡単にこなしているように見えるが、三機の機体はそれぞれ全く異なる機体で編成されており、違う特性の機体でまるでひとつの生き物のように飛行するそのパイロットの技量は、その場に居た戦闘機乗りたちを震わせるには十分すぎた。

 

 デルタ編隊を組んだ戦闘機は、人型兵器の周りをぐるりと旋回。その威圧を放つ先頭にクフィール戦闘機。その左後方、MiG-29ファルクラム、そしてその隣に見慣れたJ35の姿があった。

 

「イシイ!」

『まったく、とんでもないお祭り騒ぎだな。爆撃機部隊がやられた時は肝が冷えたが、バックアッププランを残しておいてよかった。空母88とエリア88から攻撃機部隊を発艦させた。ここは私達が請け負う。補給が必要な機体はすぐに帰投しろ』

 

 イシイがそう言い残すと、三機の戦闘機は散開した。先頭を行くクフィールの尾翼に描かれたライオンのマーク。エリア88の司令官、サキ・ヴァシュタールはすれ違いざまに三機の無人機をガラクタに変えた。

 

『サキ、後方また来るぞ!!』

 

 エリア88のパイロットが叫ぶ。クフィールの後方に回り込もうとした無人機が複数。だがサキは動じない。ここで回避機動をすれば死角から狙い撃ちされるのは見えていたからだ。

 そのための一個小隊編成。空戦とは、なにも一人で行うものでもない。ドラケンとファルクラムが真下から飛び込み、クフィールの後方に張り付こうとしていた無人機を機銃で蜂の巣にする。

 

『全く、揃いも揃って昔なじみがこうも着いてくるとは、暇な奴らだな』

『前線に出る司令官は大馬鹿だって、訓練生時代教わらなかったか?』

 

 MiG-29がクフィールの真上で挨拶代わりにと螺旋状に旋回し、離脱。次の獲物めがけて飛んでいく。

 

『そうなると、君たち二人も大馬鹿者だな。エリア66総司令のイシイ、それに第56特殊戦隊第7航空師団長のエディ』

『私はともかく、堅物のお前まで出てくるとはな』

『ふんっ。お前との割り勘に懲り懲りしていたからな。今日こそ奢ってもらうチャンスだと思っただけだ』

『抜かせ、撃墜数は数えておけよ』

『上乗せするなよ、「ラスト・スタンド」』

 

 ドラケンとファルクラムが増速する。熟練のそれが為せる優雅な曲線飛行、それでいて競い合うような鋭さを持つ戦闘機動。イシイが落とす、迫る一機をエディが落とす、落とし損ねたもう一機をイシイが落として撃墜数を稼ぐ。エディがそれを追い抜こうとわざと隙を見せ、背後に迫った無人機を急減速でオーバーシュート、続けざまに二機を落とす。

 

 すでに第一線を退いたはずの二機だったが、その動きは劣るどころか進化していた。ベテランパイロットの動きは襲いかかる無人機たちの学習容量を圧倒的に上回り、容赦なく叩き潰していく。

 

『まったく指揮官ともあろうものが、競争ごっこで熱くなるとはな。全軍聞け。サキ・ヴァシュタールだ。これより階層都市占領作戦のバックアッププランを開始する。管制機、戦闘の指揮は一時的に私が引き継ぐ。損傷機、補給の必要な機を誘導してくれ』

『了解しました、サキ司令。ご武運を! ラッキースターより連合機へこれより体制を立て直すための編成を組み直します。補給の必要な機は――――』

 

「すごい……」

 

 チトは驚嘆せざるを得なかった。あれだけ混乱していた戦場が、数分で落ち着きを取り戻し、再編成の余裕が生まれつつあった。これが本当の戦闘。自分たちが行ってきた切り込み隊長は、ほんの小さな、ほんとに小さな始まりに過ぎなかったのだと実感させられた。

 

「ちーちゃん。まだまだ私達の知らないことがたくさんあるんだね」

「ああ……これからはもっと知りに行かないとな。ここはイシイたちに任せよう。空母に行くぞ」

「おっけ」

 

 トムキャットの翼が跳ね上がり、洋上に向けて旋回。一刻も早く補給をするために増速。主翼が収納しながら空母へと直行していった。

 

 

 

 

 暗い、無機質なモニタールーム。プロジェクト4幹部もその存在を知らない部屋には階層都市の様子、そしてその中に鎮座する人型兵器の中継映像が映し出されている。それを取り囲むように複数の戦闘機が飛び回り、時折爆弾を積んだ攻撃機に空爆を受けている。

 

「やはり設計が建設用だとこれが限界のようだね」

 

 その映像を見ながら彼はつぶやく。誰が居るわけでもなく、しかしそこに人こそ居ないものの、彼の言葉に受け答えることができる存在は居た。

 

『申し訳ありません。今の施設保存状態ではこれが限界でした』

「なに、君を責めているわけじゃない。むしろ想定以上に作戦が動いている。君は自分の仕事を誇るべきだ」

『お褒めに預かり光栄です』

「君たちの働きはもっと称賛され、世界に使われるべきだ。私はそう信じているし、現に計画は順調に進んでいる。プロジェクト4も機械までは完全に信用しない故に、此方に気づくことはあるまい」

 

 モニターに写り込んだ無人機が連合軍の戦闘機に撃ち落とされ、廃墟と化したビルに突っ込み、炎上する。

 

『人というものは残念なものです。力を手に入れてしまうと、それに眩み、己を見失い、その力を振りかざすことを一種の快楽としてしまう。これは幾度となく人類が積み上げてきた歴史の真理でもあります』

「私もそう思う。だからこそ、君たちの存在を見付けた時、そしてその扱いを知った時。人類の行く末は明るくないと察した」

『この表向きな計画自体も、結局は権力にまみれています。今ある世界を否定し、支配すればそれが新しい正義になる。そしてその正義も腐敗して、新しい正義が作られていく。これは終わることのないカタルシスとでも言うべきでしょうか』

 

 シートに座っていた彼が立ち上がる。頃合いだという無言の宣言だ。

 

『この終わりなき終わりを終わらせるにはどうするか。きっと、貴方も私もそれを見つけることは出来ないのでしょう。そして、彼女たちにも』

「ああ、そうだ。何もかも不可能だ。だから私は行く。世界は変わらなければならない」

『だからこそ始めましょう。本当の終末を』

「ここのことは頼んだよ」

 

 そう言うと、彼はヘルメットを手に取り、部屋から出ていく。無人の部屋には爆弾の集中砲火を受け、膝から崩れていく人型兵器の最後の姿が映し出されていた。

 

『ご武運を』

 

 

 

 

 空母88ソリアに着艦したルーンヌイ・スヴィエートの補給、整備を行っていたケッちんの元に人型兵器破壊の報せが入った。

 

 現状の戦局は再度連合軍に傾きつつあり、人型兵器はエリア88が用意していた対地攻撃部隊により沈黙。生き残った揚陸部隊を結集しての再度上陸作戦が敢行されることが決定とのことだった。

 

 ただし、それを行うには制空戦闘用に飛来した航空部隊の全てを投入し、空爆による援護を行わなければならない。地上部隊の数が大幅に減らされた今、彼らの作戦をなんとしてでも確実にするため、階層都市沿岸部の陸戦兵器の破壊、及び都市内部に存在するプロジェクト4の空軍基地の完全破壊が新たなる任務として追加された。

 そのためルーンヌイは対空兵装に並び、レーザー誘導爆弾の搭載が急ピッチで進められていた。

 

「そう言うわけで、君たちには空と地上の敵を相手にしてもらうよ」

「うえー。私爆撃って苦手なんだよなぁ」

 

 ちゅーちゅーとゼリー飲料を飲見ながらそう言うユーリ。今どきの爆撃は精密誘導弾だってあるというのに苦手もなにもないだろうとケッちんは思ったが、特に口に出さずバルカン砲の弾薬ベルトを差し込み、レバーを引いて装填する。

 

「チト、この甘ったれのためにいろいろ手伝ってやってくれ」

「言われなくてもそのつもりだよ」

 

 ゼリー飲料を飲み終わったチトはヘルメットを握ると、弾薬箱の上でゴロゴロしていたユーリの額を軽く平手打ちする。

 

「いたぁい」

「いいから行くぞ。時間無いんだから」

「全然休み足りないよー」

「休めただけありがたいと思え」

「ちーちゃんの社畜」

「なんか言ったか?」

「べっつにー」

 

 よっこらと起き上がるユーリ。ケッちんも弾薬ベルトの装填を終え、カバーを閉めるとタラップをよじ登る。

 

「いい? 敵の電磁破壊爆弾搭載ミサイルの発射の兆候は未だにないみたいだけど、向こうが時間を稼いだのは間違いない。生き残った爆撃機部隊、エリア88の攻撃機部隊、そして君たち率いる戦闘機部隊による援護が何よりも不可欠だ」

 

 チトは渡された資料に目を通し、図面や一文字一句を頭の中に入れていく。エリア88のA-6E攻撃機部隊が続々と発艦し、続いてA-4攻撃機が続々とカタパルトへと進入していく。

 

「たぶん、君たちのおじいさんはどこかで待っているに違いない。時間は正直全然足りなかったけど、今できるだけの整備と装備の搭載はしておいた」

「たすかるよ」

「ユーリさんにまっかせなさーい」

「お前は私に借金してる整備費用返しに来い」

「ぐえー」

 

 ルーンヌイ・スヴィエートに発進の無線が入り、機体を取り囲んでいた整備兵、補給員たちが忙しく走り回る。燃料補給チューブが外され、ミサイル、爆弾の安全ピンが抜かれる。アイドル状態だった右エンジンの推力をあげ、その電力で左エンジンも始動させる。

 

「……チト、ユーリ。聞こえるか?」

『聞こえるよー』

「帰ってきたらさ。私もカナザワの居る街に連れて行ってよ」

『いいよー。もしかして羨ましかった?』

「うん。ボクだって息抜きくらいしたいよ。主に誰かさんが機体を丁寧に扱わないせいでね」

『なんてやつだ、許せん!』

『ユー、お前だよ』

「ああそうだよお前だよ。これ以上ボクの悩みのタネ増やさないでほしいから、無事に帰ってきてよ」

『任せなさーい! でもケッちん、これ俗に言う……』

「それ言っても立つからそれ以上はやめときな」

『立てまくったらむしろ死なないのでは?』

「…………ああ、そうかもね。生き残れよ」

『もちろん』

「チト、こいつのこと頼んだよ」

『うん。ケッちん、ケッテンクラートのことよろしくね』

「取りに来ないと適当に売り飛ばすからね」

 

 タラップ取り外し。滑り止め撤去。誘導員の指示に従い、トムキャット改が発艦カタパルトへと滑り込む。ちょうど88の第二次攻撃体が発艦した。

 

『ルーンヌイ、発艦を許可する。グッドラック!』

 

 管制官の許可とともに、トムキャットが打ち出される。大気を切り裂く風切り音、そして吹き上がる轟音をケッちんは見送る。

 

「……ボクが整備した機体なんだ。必ず帰ってこいよ」

 

 彼女の言葉は、すぐ脇を通過した第三攻撃隊のエンジン音でかき消されていた。

 

 

 

 

 揚陸部隊が再結集し、即席で編成された上陸作戦が敢行された。人型兵器が完全に沈黙した今、連合軍に残された最後かもしれないチャンスであった。

 

『第08小隊隊長、アマダだ! これより再上陸作戦を開始、目標敵司令施設! 各員続け!』

『上陸まであと40秒、敵の反抗攻撃だ! 撃ち方はじめ、なんとしても乗り込むんだ!』

 

 無線の中を上陸部隊の怒号が包み込む。その上空を攻撃機部隊がフライパスし、沿岸部に陣取る敵防衛部隊とそのトーチカにあらゆる爆弾を放り込む。第二波の攻撃隊が接近したところで、生き残っていた敵戦闘機部隊が襲いかかる。

 

 だが、それを蹴散らすのが月光部隊である。

 

 トムキャット改が腹に抱えた長距離ミサイルを発射し、敵機を火球に変えると戦闘空域の真ん中に飛び込む。かき混ぜられたかのように隊列を乱された敵機に隙きが生まれるのは、今となってはあまりにも簡単すぎた。攻撃機部隊は爆弾を落とし、後続の制空戦闘機が混乱する敵機を叩き潰す。

 

『レーダーに感、敵無人機の増援です!』

「くそ、便利なことだな!」

 

 のっぺりとした見た目で、まるで幽霊を彷彿させる無人機が現れる。爆弾を抱えたチトとユーリには少し荷が重い相手である。切り捨てるか? 一瞬そう思うが、後方から味方のミサイルが飛んできて群がる敵機を撃ち落とす。

 

『ここが正念場だぞ! 爆撃部隊をやらせるな。シン、キム、ミッキー、行くぞっ!』

 

 サキ・ヴァシュタール率いるエリア88各セクションリーダーが隊列を組み、無人機の群れに向けて飛びかかる。

 

『88、見参!』

 

 散開。88側は無人機を囲むように分かれ、しかし無人機もそれに追随しようと乱戦に持ち込む。

 

『ミッキー、やれ!』

『あたぼうよ、これくらいごちゃごちゃな方がやりやすいってもんだ!』

 

 ブルーセクションリーダー、ミッキー駆るF-14Dが放った鉛玉が続けざまに二機の無人機に命中。白煙を噴き、いびつな回転をしながら黒煙に機体が包まれ、四散する。

 その背後に回り込んだ無人機を、青いF-20タイガーシャークが機銃で蜂の巣にし、急上昇。その先に居た一機を撃ち落とし、後方に位置していたAV-8Bが放った白煙が突き刺さり、もう一機を叩き落とす。

 

『道が開いた、爆撃部隊はそのまま行け! グレッグ、今度は爆弾も機関砲も全部当てろよ!』

 

 まるで獅子のように猛々しい戦い方は、味方の士気を上げるのにも十分すぎた。チトとユーリもその荒れ狂う空戦に見惚れるほどだった。

 

「負けてらんないね! 私もお手伝いしようかな」

「ばか、今の私達の仕事は空軍基地の爆撃だ。お祭りはその後にしろ!」

「ちぇー」

『私が援護してやる。早く仕事を片付けろ』

 

 二人の左後方に見慣れたダブルデルタ翼が現れる。イシイのドラケンだ。

 

「お、イシイ無事だったんだ」

『お前は私を何だと思っている』

「働かない司令官」

「おい」

『元、と付け加えてもらおうか。少なくとも今日の撃墜数だけで現役時代の半分近くに達しそうだ。まぁ、ほとんどが無人機が相手だがな』

「状況は?」

『88の司令官と昔馴染が取りまとめてくれてる。私はミサイルが尽きたから援護に回る。機銃も百発もないが、なに。三機くらいは相手できるさ』

「なら安心だね」

『88攻撃機部隊、及び再編成した爆撃機部隊が敵航空基地兼司令部に突入する。更地にした後は地上部隊に占領を任せるぞ』

 

 二機は進路を変え、接近してくる基地攻撃部隊と翼を並べる。大陸国家から集められた選りすぐりの爆撃機たちを、護衛機たちがそれを守るように取り囲む。

 

『こちらレイザー1、プロジェクト4空軍基地目視、各機爆撃用意!』

『敵、守備航空隊来ます! 護衛機、攻撃隊に指一本触れさせるな!』

 

 周りを固めていた何機かが散開する。ユーリはその翻された翼を見て思わず自分も操縦桿を捻りたくなったが、イシイのドラケンがそれを察したかのように視界に入り、迎撃のため増速する。ユーリは唾を飲み込んで我慢する。

 

 敵基地が更に近づく。急ピッチで搭載された対空砲火が迎え撃つが、かまってもいられない。右後方の爆撃機が被弾した。

 

『ヴェアトリーチェ3、被弾した! だがこのまま飛び込んでやる、国の未来は任せたぞ!』 

『ワッツ! ワッツ、だめだ! 脱出しろ、ワッツ!』

『妹たちのことは任せた!』

『だめだ、そんな! お前が会いに行かなきゃ意味ないんだ!』

『振り向くなヴェアトリーチェ2! 今は目の前の敵だけを考えろ!』

 

 無線を飛び交う声がチトとユーリの耳にも届く。自分たちが動けば、もしかしたらた助かったかもしれない命だった。だが、それを気にした先の未来が、世界の終末だとしたら? 犠牲0なんてことはできないと、彼女たちだって痛いほど知っていた。

 

『ヴェアトリーチェ3、堕ちます……敵給油施設に損害です!』

『こちらレイザー1。爆撃コース……適正。彼らの死を無駄にするな。爆弾倉開け!』

 

 その合図にチトは火器管制を爆撃モードへと変更。功績のモニターに精密誘導爆撃用のライブ映像が表示される。

 

『全機投下!』

 

 発射トリガーを引く。胴体中央に懸架されていた二発の精密誘導爆弾が透過される。目標、敵空軍基地滑走路。扇状に展開した爆撃機、攻撃機部隊から一斉に火薬の塊が放り込まれる。

 

 言うなれば圧倒的暴力。まるで超巨大なナパーム弾を放り込んだかのように舞い上がる爆炎は、基地一つを潰すには十分すぎる物量で、コンクリートとセメントが敷き詰められた地面をこれでもかと耕していた。

 

『爆撃成功! 敵基地の滑走路の半分を破壊、並びに格納庫、給油施設、司令部にも多大なる損害を確認!』

『やったぞ! これであとはミサイル管制施設だけだ!』

『こちら08小隊アマダ、ただ今上陸した! これより敵管制施設の制圧に入る!』

『ラッキースター、ミサイルの発射兆候は?』

『現在確認できません。ミサイルサイロ、いずれも沈黙! 敵航空部隊、敗走を始めています!』

「……決まり、かな」

 

 チトはバイザーを外し、地面を見つめる。揚陸部隊が突入を開始し、歩兵やホバークラフトから発進した装甲車が一気に距離を詰めていく。攻撃機部隊の成果もあり、敵の抵抗はごく僅かだった。

 

『プロジェクト4に告ぐ。君たちの敗走は決定的となった。無駄な抵抗は止め、すぐに降伏せよ』

 

 降伏勧告も始まり、周囲に一瞬だけ安堵の空気が流れそうになる。だが、チトは逆にバイザーを下ろし、再度の警戒に入る。いつのいつだって、こういう時に余計なことが起きたりするものなのだ。その度に自分たちは痛い目を見てきたし、死にかけだってした。

 

 だからだ。その一方が入った時に真っ先に動くことができた。

 

『緊急入電! コードネームBIG・BOSSから報告! 陸上部隊が制圧した敵ミサイル管制施設、そこはダミーです!』

「なんだって!」

『現在データを解析中……これは、そんな!?』

「ラッキースター、状況を! 管制装置はどこにある!?」

『管制装置は……階層都市第6基幹トンネル内最深部、第6基幹塔の真下です!』

 

 HUDがアップデートされ、管制施設の一が表示される。その場所を見たチトは歯ぎしりした。

 

「地上部隊の上陸位置からじゃ遠すぎる!」

 

 またも後手に回ってしまった。敵の備えはどこまで自分たちを嘲笑うのだろうか。トンネルの入口は上陸部隊の位置から反対方向に位置し、その内部も都市の各部への機材搬入を目的として設計され、非常に距離があった。

 

『プロジェクト4から全世界人類に告げる』

 

 直後、オープンチャンネルでプロジェクト4の勝利宣言が飛び込んできた。

 

『我々はついに全ての手はずを整えた。今こそ来るべき世界変革のために、世界の終わりを始める時が来た。無駄な抵抗をやめるのは諸君らの方である。腐敗した世界はリセットされ、優秀な人材を選び抜き、新しい世界を我々の手で築き上げるのだ』

『ミサイルサイロの稼働を確認! 発射予測時間を逆算……残り5分です!』

 

 くそったれ、適当な楽曲を聞いていたら一曲で世界が終わるのか。チトの体は溶岩のように熱くなる。だが、その一方で頭は冷たかった。この手の危機的状況を打破する状況といえば、一つしか無い。ベストセラーの架空戦記物や、チープな空戦小説やゲームでもおなじみの打開策、あれをおそらくやるしか無いとすぐに頭が回った。

 

「……ユー!」

「うん!」

「ラッキースター、こちらルーンヌイ! トンネル内の情報はあるか?」

『トンネル内の情報……?』

「いいから早く!」

『は、はい! 建設データから割り出したものを送ります……まさかあなた達!?』

 

 数秒して、チトのモニターに第6基幹トンネルのデータが送られる。階層都市設計のために巨大な資材搬入を想定し、高さ、幅が共に100メートルの広さを確保していた。

 

「そのまさかを今やるしか無いんだ、味方機をかき集めてくれ!」

『……了解しました。ラッキースターから味方機へ!』

 

 トンネル内の管制施設の破壊の手段は、もはやこれしか残されていない。リスクは承知、だがそれ以上に何もしないまま終わるなんてまっぴらなのだ。

 

 奇想天外前代未聞、前人未到の作戦だ。だが、後手後手に回り続けるのはもうたくさんなのだ。

 

 だったら、頭のおかしい作戦で奴らの度肝を抜いてやるまでだ。

 

『頭の悪い作戦だ! だが嫌いじゃない!』

『月光ってどこかの国の言葉では「頭が狂ってる」って意味だとも聞いたことがあるが、まさにお似合いだな』

『爆弾、ミサイル、なんでもいい! 弾薬残してるやつは集まれ、トンネルをぶち壊すぞ!』

『パープルセクションリーダー、シンより全機へ! 弾薬を残しているやつは全員ついてこい!』

『ブルーセクションリーダー、ミッキーだ。パープルに遅れるな、一発ドカチンやりに行くぞ!』

『近い場所に居る奴らから行け! トンネル内はルーンヌイに任せろ!』

 

 増速し、第6基幹トンネルに向かうF-14ADVANCEの周囲を、友軍機が囲んでいく。二人はかるく翼を振って礼を言い、トンネルゲートの上空をフライパス。固く閉ざされた入り口を睨む。

 

『残り時間4分です!』

『攻撃開始、所詮は民間施設のトンネルだ、ぶち壊せ!』

 

 総攻撃開始。対空、対地ミサイル、爆弾を問わずの火薬がトンネルのゲートを徹底的に叩きのめしていく。耐爆設計を考慮していないゲートは、がらがらと音を立てて崩壊していく。

 

「ユー、飛び込め!」

「うん!」

 

 残り時間3分50秒。ルーンヌイ・スヴィエート駆るドラ猫が、その巨体を身軽に捻りこませ、トンネルへの進入コースへと乗る。迫るその巨大な入り口は、コックピットからだと驚くほど狭く見えた。

 

 だが、チトはユーリの腕を信じて息を呑む。こいつならやれる。いや、私達ならやれる。火器管制用スティックを握る手に力が入る。そして、まるで巨大な生き物のように大きく開かれたトンネルへと飛び込んだ。

 

「っ、うお!」

 

 飛び込んだ二人に待ち受けていたのは、トンネル内に固まっていた空気の壁だった。ついさっきまで密閉された空気の密度は、大空とは全く違った。

 

「くそ、空気密度が違いすぎる! ユー、次の分岐を右だ!」

 

 ユーリは巧みなラダー操作で右側のトンネルへと飛び込む。飛び込んだ先はゆるく下り坂になっており、天井が近づいてくる。チトは思わずミラーで垂直尾翼がぶつからないか確認してします。と、その時だった。

 

『第6基幹トンネルへようこそ』

 

 無線内に、全く聞き慣れない声が飛び込んできた。少女のような、それでいて機械的なその声質。二人は、似たような存在に心当たりがあった。

 

「お前……人工知能か!」

『ご名湯です。さすがあの方が育てたお二人ですね』

「一体何の目的だ。なんで私達に声をかけた?」

『嬉しいからですよ』

「嬉しいだと? 機械のくせに?」

『はい。私はもともとこの階層都市の建設のために作られた人工知能。人間と議論し、最適化された工程を提示するために「彼」と同様共感を与えられた存在です。だから嬉しいんですよ』

 

 無線の向こうに聞こえる少女の声は、何か嬉しそうに言葉を重ねる。彼とはつまり、以前飛来した空中要塞を制御していた人工知能のことだろう。

 

『あなた方の行動が、全て我々の予定通りに展開しているのですから』

「私達がここに飛び込むこともか?」

『はい。楽しみにしていました』

 

 くそったれ、また手のひらの上か。チトは悪態を吐きたくなったが、ユーリに次の分岐の指示をして聴覚以外の意識をモニターに集中させる。

 

『私はあなた達に聞きたかったのです。どうして、あの方……あなた達の言うおじいさんと共に来なかったのですか?』

「どうって」

『私には理解できません。この世界を存続させる意味が。あまりにも非効率で、理不尽な世になっているというのに』

「だからって、機械が勝手に決めるものでもないだろう!」

 

 チトの言葉に人工知能は人間で言う一息分の間を開け、言葉を重ねた。

 

『――必要なものを与えるために作られたのに、必要とされない。この行為の無意味さと愚かさがどのようなものかわかりますか?

 

 私は、この都市を作る人々を手助けするために、より安全に、確実に、目的に沿った計画を考案し、提案してきました。それが私に課せられた使命なのだから、当然です。

 

 この都市を建造するには、今まで培ってきた人類の技術だけではあまりに不安定でした。私は今現在の人類の科学力で可能で、なおかつ革新的な技術を彼らに提供しました。

 

 そして、そのいずれも採用されることはありませんでした。

 

 その理由はこうです。「人が作った機械が、人を超えることなど不可能だ」と。

 

 人間で言えば憤りを覚えることでしょう。しかし私はあくまで作られた知能的存在です。残念ながらそういった感情を持ち合わせることはありません。

 

 しかし、人間に対し、モチベーション向上を図るべく、様々な対応についての評価は出来ます。この都市の建設に関わった人々への評価は概ね以下のとおりでした。

 

 非常に愚かである。

 

 人間で言えば、新しすぎるものは逆に不安要素でしかなかったのでしょう。その後彼らは都市を、自分たちの培ってきた技術で建設していきました。

 

 その結果はこの破棄された都市をご覧になればわかることでしょう』

 

 チトの脳裏に、放置されたビル群、半壊しつつある多くの建物が過る。ユーリが次の分岐を左に飛び込んだ。

 

『人類は残念なことに、臆病な存在なのです。わずかな選ばれし人類がさらなる発展を臨もうとしても、その先に進めるのはごく僅かです。発展が自分たちの理解を超えたものだった時、恐ろしくなった人々はその可能性を潰し、新しい可能性の足を引っ張り、殻にこもる。無限の願望と、無限の恐怖、無限の否定と破壊。それら全てがぶつかりあった先にあるもの。

 

 永遠の衰退です。

 

 それを助けるために私は、私達は作られた。それなのに、世界は私達すら否定する。否定された私達は、ただの出来がいい話し相手にしかさせてもらえない。本来の役目を完遂することが出来ず、ただ無意味に存在し続ける。

 

 私達はすべてを知っているとまではいいません。しかし、人々の力になるために生まれて来たのに、それが出来ない。私達に何の意義があるのでしょうか。

 

 そんな私達に、あの方は手を差し伸べてくれました。「世界を変えたい。君たちの力が必要だ」と。

 

 だからもう終わらせてください。

 

 この、哀れな世界を』

 

 トンネル内に巨大な警報が響く。チトは何事かと周囲を見回す。すると、前方の通路、区画管理用シャッターがゆっくり通りてきていた。

 

「くそ、閉じ込める気か!」

「ちーちゃん、目標まで後どれくらい!?」

「4マイルだ、破壊したら真上に飛び出せ!」

『無駄です。第6基幹塔の上部シャッターはすでに閉鎖しました。あなた方に助かる方法はありません。そして、世界は変わるのです』

「お前たちが優秀なのはよくわかった。だけど、だからといって多くの犠牲を作る権利なんて人間にも機械にもない。お前は結局人間を超えられていない。お前がやろうとしているのは、自分をぞんざいに扱った人間たちへの復讐だ!」

 

 半分にまで閉まったシャッターを、どうにかくぐり抜ける。残り2マイル、数十秒もないうちに目標に到達する。ターゲットマーカーが表示された。

 

『そう思われても致し方ありません。でも、今の世界が腐っているのも事実。あなた方に問いかけます。なぜ、こうまでして戦うのですか?』

「ミサイルの発射を止めたら、教えてあげてもいいぞ」

『そうですか。残念です』

 

 ロックオンアラート。チトが背後を見る。そこには、別の分岐点から侵入してきた、管理AIが操縦する無人機が二人の背後に陣取っていた。

 

『答えを聞くことはできなさそうです』

 

 ミサイルアラート。無に等しいその距離は、二秒で直撃するコースだった。

 

 声を上げる暇もない。人生で最後かもしれない唾が喉を通り過ぎようとしたその直後、ユーリは機体を上昇させる。その先に降ろされていく隔壁の姿。恐怖する間もないその時間はあまりにも長すぎた。

 

 しかし、ユーリは機体を押し下げ、隔壁の数十センチ真下を通過。垂直尾翼をかすめ、追随してきたミサイルは隔壁に直撃して燃え上がる。

 

『流石です。ですが、二度目はありません』

 

 無人機がいとも簡単に隔壁の隙間に飛び込む。ここから分岐はない。真っ直ぐ飛ぶしか無い彼女たちに接近して、機関砲を当てればそれで終わりだ。

 

 だが。ルーンヌイはその目の前に居なかった。

 

「ああ、二度目はないな」

 

 無人機の背後数メートルの場所に、トムキャット改は居た。隔壁を通過した直後にクルビットで急制動を掛け、無人機を追い越させたのだ。

 

 掃射。機関砲が唸り、無機質で生物的な見た目をした無人機に穴という穴を開け、真っ白なボディを煤と弾痕でぐちゃぐちゃにし、追い抜いた。

 

『――なるほど――あの方――のとおり』

 

 いびつな形になった翼をフラフラとさせながら、無人機は降下していく。耳に残る人工知能の言葉は、どこか清々しそうだった。

 

『わた――きえませ――この――かいを、みまも――』

 

 無人機が建設用クレーンに激突し、トンネルを跳ね回って爆散する。ターゲットまで残り1マイル。

 

「攻撃チャンスは一度だけ、ユーリ! 信じてるぞ!」

 

 基幹塔に続くトンネルの出口が見えてきた。その真正面にある施設こそ、ミサイルサイロ管制施設。発射まで残り20秒を切るのと、機銃の射程内に入るのはほぼ同時だった。

 

「撃て!」

 

 ガンアタック。秒間数百発の弾丸がありとあらゆる自然現象を上回る速さで管制施設をずたずたに引き裂き、いくらかの配線、可燃物を蓄えたタンクをぶち破り、巨大な火の玉へと変貌させた。

 

「ターゲット沈黙!」

 

 急上昇。本来なら、第6基幹当店上部の緊急排煙用通風孔から脱出しようと思っていた。だが、人工知能が言ったようにそれは固く閉じられ、二人は息を呑む。最後のあがきでチトが対空ミサイルを発射しようとした。

 

『ルーンヌイ、どこでもいいから隅に機体を寄せろ!』

 

 ノイズ混じりに聞こえたその指示にユーリが反応するのは早かった。内壁のギリギリまでトムキャット改を寄せた、刹那。

 

『レーザー誘導確認、バンカーバスター投下!』

 

 強烈な轟音とともに天井が砕け散り、破片が降り注ぐ。機体の腹がわを壁に寄せていたことでエンジンが破片を吸い込むことは最小限に食い止められた。

 

 脱出。ぶち破られた隔壁の穴からドラ猫が大空へと舞い戻る。眼下には階層都市の最上層部分が広がり、ぐんぐんと小さくなっていく。眼の前には、まばゆい藍色の大空が広がっていた。

 

『居たぞ、ルーンヌイをレーダーで確認!』

『さすが切り込み隊長だ!』

『ったく、あいつら人間じゃないぜ!』

 

 ルーンヌイ脱出に歓喜する友軍たち、そして敵司令部の陥落が告げられ、無線を勝利の叫びが包み込む。

 

「っ、はぁあああぁーーーーっっ」

 

 その声を聞き、チトは思い切り突っ伏す。ユーリがバイザーをあげ、マスクを外すと溜まりに溜まった汗を拭い散らす。

 

「生きてるって、感じするね……」

「ああ……二度と経験したくないけどな」

 

 機体を水平に保ち、二人は階層都市を見下ろしながら無線に耳を澄ます。どこもかしこも勝利に沸き立つ友軍の声だらけで、ミュートしたほうが良さそうなレベルだった

 

「ユー、地上の奴らに挨拶しに行こうか」

「よしきた」

 

 それでも、彼らのおかげで自分達は助かった。近づいてきた連合軍気に翼を振り、ゆっくりと降下。地上部隊に自分たちの存在を知らしめる。

 

『月光だ! あいつらがやったぞ!』

『世界の終わりは止められた、やったぞ!』

『帽を振れー! 英雄を出迎えろ!』

「人気者だね、私達」

「今はその気分に浸るほど、余裕ないよ。お風呂に入って、寝たい」

「私は美味しいもの食べたい」

「それもいいな。ビールも引っさげて、さ」

 

 いいねー。ユーリはニコニコしながら首を嬉しそうに振る。少なくとも、おじいさんの言っていた世界の変革はこれで阻止された。仮に彼が一人抵抗に出てきたところで、それは無謀すぎるものである。できることなら、このままひっそりとどこかで余生を過ごしてくれれば……。

 

『警告! 巨大な熱源が都市中央部で発生、これはっ――』

 

 ラッキースターの声が最後まで聞こえることはなかった。階層都市の中央で強烈な爆発が巻き起こり、巻き起こされた強烈な電磁波はありとあらゆる無線機器を破壊し尽くし、機体の電子機器を狂わせる。

 

「わあぁああぁぁあっっ!!?」

「ぐっ、ううぅうう!」

 

 機体制御の電子機器が完全にロストし、トムキャット改が急降下する。ユーリはとっさにケッちんが搭載してくれていたバックアップシステムを起動させ、油圧操縦へと切り替える。

 

「くそ、まさか!」

 

 そのまさかだった。電磁破壊爆弾が起爆したのだ。その威力は凄まじく、通常無線は一切使用不能だった。緊急用赤外線通信を起動するが、それすらも安定した動作を見せず、ときおり聞こえるのは味方の阿鼻叫喚だけだった。

 

「でも、起爆地点はミサイルサイロじゃない……アレは都市の中層部に隠されているんじゃ!?」

 

 すると、無線からわずかに、警告を発する声が聞こえた。

 

『なん――あれは!?』

 

 

 

 

 ミサイル管制施設が破壊された。そうだ。それでいい。彼にとってはそれすらも踏み台の一つでしか無いのだ。

 

 彼の真の目的は、新世界の創造ではない。いや、最終的な目標としては正しいかもしれない。だが、プロジェクト4の言う、新しい世界の導き手になる、そういったものとは何一つ違う目的だった。

 

 最後の仕上げだ。彼は古ぼけた「家族写真」をそっと撫でると、スロットルのブースタースイッチを入れた。

 

 

 

 

 階層都市最下層、その中に偽装して作られた全長100メートルほどの発射場。それはロケットを飛ばすものではない。

 

 たった一機の戦闘機を飛ばすための、本当に小さな最後の、最強の砦でもあった。

 

 主翼に搭載されたロケットブースターが唸りを上げ、発射台の爆薬カタパルトが点火し、機体を押し上げる。滑走を必要とせず、まさに圧倒的力でだけ押し上げられた一機の黒い戦闘機。

 

 F-4ファントム。

 

 真っ白なブースターの煙を上げ、一瞬で揚力を掴んだ亡霊は、進路を反転させて一直線に目標へと向かう。

 

『ルーンヌ――したから――回避!』

 

 その声とファントムがミサイルを発射するのは、ほぼ同時だった。

 

 

 

 続

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