エースコンバットGLT -World's last gate-   作:チビサイファー

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終末

 

 

 

 思えば長い月日であった。

 

 長い間戦地に近いところに身を置き、幾多の血生臭い世界を見てきた。その度に私は、これで世界が少しでも変わってくれればと幾度となく願い、戦った。

 

 そんな時、後少しで消えてしまいそうな二つの命を見つけた。

 

 生まれてから片手で数えられるほどの歳しか生きてないであろう小さな命は、怯えて、疲れ果て、世界からも見放されてしまっていた。

 

 それでも。それでも、この子達は生きていた。その目には生きるという確固たる意志を感じた。

 

 子供らしく絶望をしているだけではない。その絶望といかに向き合い、今を生き、終りを迎えるのかを全て理解した目をしていた。

 

 これは運命だと思った。私はその子供を育てる決意をした。

 

 この子達に、幸ある未来を託すために。

 

 

 

 

 奇襲というものは、いつの時代も効果的な戦術である。時代と共に変化してきたその戦法は、いかに相手の想像を上回るか、いかに混乱に乗じるかと、時代と共にその手段は生まれ変わってきた。

 

 レシプロ機の時代であれば、上空からの奇襲、雲の中からの奇襲が有効とされ。ミサイルが誕生した際には超長距離射程ミサイルによる奇襲が有効とされ。レーダーに映らないステルス機が開発されれば、敵機ないし敵地に向けて接近、奇襲など。多彩な変化を遂げてきた。

 

 しかし。ヴェスパニア鉱石より発せられる強烈な電磁波により、現代戦闘機の要である電子機器を破壊し尽くされた今となってはその最新鋭の奇襲は全て無に等しかった。ある意味、全てに対して平等だとも言えるだろう。

 

『ルーンヌ――、したから――回避!』

 

 故に、そのノイズにまみれた警告を瞬時に理解することは、不可能であった。

 

 ぞわり、と二人の体を冷たいものが包み込む。足元から、一瞬で。この感覚はやばい。とにかくやばい。どれくらいやばいのかといえば、次の瞬きをする間もなく自分たちは死地に居ることを察する程であった。

 

(間にあわなっ――!)

 

 ミサイルアラートが鳴る。それが鼓膜を二回叩く間もなくミサイルが、飛び込んで――

 

『させん!!』

 

 ミサイルとトムキャット改の間に一機のデルタ翼が飛び込む。そんな戦闘機を操っている人間は一人しか居ない。言うまでもなく、イシイのドラケンだった。

 

「イシイ!!」

 

 ミサイルの直撃を受けたドラケンは煙を吹き、数フレームの後に燃料に引火し、爆散する。跡形もなく、ただ散り散りになった翼を撒き散らしながら。

 

「イシイ、イシイ応答して! イシイ!」

「ちーちゃんだめ、もう爆発してる!」

「まだわからない、脱出してるかもしれないだろ!」

「今はそんな場合じゃないよ!」

「でも!」

「ちーちゃん!!」

 

 ユーリの激高に、チトははっとする。今そんな場合ではない。このまま自分が取り乱してしまえば前と同じ思う壺なのだ。

 

「っ、ぅあぁああ! ちくしょう!!」

 

 キャノピーに拳を叩きつけ、チトは自分を奮い立たせる。レーダー確認、ホワイトアウトして使い物にならない。情報はそれだけで十分。もう目しか頼りにならない。

 

 そして、見つける。黒い亡霊。

 

『全く。我が弟子ながらなかなかに厄介な事をしてくれる。』

 

 無線に懐かしい声が響く。

 

『チト、ユーリ』

 

 明確な敵意を纏って。

 

「……おじいさん」

『君たちがここまで来たのは素直に言って嬉しいよ。そしてこれが最後になるだろう。君たちの答えを、私に示しなさい』

 

 F-4戦闘機が急旋回、トムキャット改の背後に回り込もうとする。それをさせまいとユーリは機体を大きく捻り、亡霊とドラ猫が互いの背後を奪い合おうために白い雲を引く。

 

『――こち――ラッキースター――緊急! ミサイルサイロの再稼働を確認!』

「なんだって!? おじいさん、まさか!」

『そうだ。最後の発射制御は、私の機体に搭載されている。プロジェクト4もの計画すらも、私にとっては踏み台でしかない』

 

 ファントムの尾翼が跳ね上がる。機関砲の銃口がトムキャット改の背後を奪おうとバーナーから炎が吹き上がる。

 

「じゃあおじいさんの目的ってなんなんだ!」

『教えてあげよう。ゆっくりと、誰にも邪魔されないこの空戦を行いながら』

 

 ロックオンアラート。チトはチャフ・フレアスイッチに指を掛ける。

 

『生き残ることが出来ればの話ではあるがね』

 

 ミサイルアラート。同時にチャフ・フレアを散布、急上昇。チトは首を曲げてキャノピーの向こうにいる亡霊を睨む。半世紀前の機体とは思えないその鋭い機動は、機首が徐々に正対してくるに連れ、二人に強烈な殺気を叩きつける。

 

「ユー、今日こそやるぞ!」

「うん!」

 

 右ロール、スライスターンで急降下。廃墟連なるビル群に向けて急降下。ファントムもそれに続いて急降下する。

 ユーリは早急に大空での空戦は現段階では不利だと判断する。奇襲のしやすいビル群であれば、機動に間に合わず相手に隙が生まれる可能性が上がる。二人の師が乗るF-4は、おそらく原型機と中身は別物であるのは間違いない。が、それでも機動力で言えばトムキャット改の方が上回っているのはほぼ確実だった。

 

 もちろん自分たちにも同じリスクは降りかかる。だが、二人にとって相手が師であり、親でもある彼が相手だという時点で強烈なリスクである。それならば、たかだか空が狭いだけのリスクなど、無に等しかった。

 

 ビルが間を挟む大通りに機体を滑り込ませる。ファントムがそれに続く。放置された建設車両を、資材を吹き飛ばしながら二機は接敵する。Y字路をトムキャット改が右に、ファントムが左に飛び込む。ユーリは機体を減速させて次の交差点にでファントムが飛び出すのを予測する。

 

 だが、降りかかる殺気を感じて機体を跳ね上げ急上昇。ファントムがビルの真上から姿を現し、二人に飛びかかろうとしていた。チトは後方を睨む。まだファントムは追いすがる。

 ユーリは機体を立ち上げ、コブラ機動で急減速。さすがのファントムも、このポストストールマニューバを行えるだけの改修は施されておらず、ループ運動で上層との衝突を回避する。

 

 機体を立て直したユーリはその背中に向けて加速を仕掛ける。短距離ミサイル選択。ターゲットロックオン、フォックス2。チトはバックアップに中距離ミサイルを選択し、精度は間違いなく低下しているが、レーダー誘導で発射する。

 

『なかなかできるようになったな』

 

 おじいさんがそう言う声はどこか嬉しそうだった。ファントムが急降下し、廃ビルの隙間に機体を真横に向けて飛び込み、撃ち込まれたミサイルをビルに叩きつけて無効化する。とっさに飛び込める隙間を見極めたのだ。機体を手足のように扱えるように、それこそ機体の装甲に自らの神経を張り巡らせた者にしか成し得ない芸当だ。

 

『ではまず教えてあげよう。私の目的は、世界の終末そのものだ』

「終末そのもの……?」

『所詮、プレジェクト4も腐りきった世界と何ら変わりない存在だった。権力を我が物にして世界を新しく作り変える。傲慢に溢れた今の世界となんの違いがあるのかね?』

 

 高層ビル群の隙間に飛び込み、ファントムが姿をくらます。どこに? ユーリは見えなくなった地点から少し距離を置き、地面を睨む。すると、西日になりつつある太陽の光を受けた高層ビル群の後方に、巨大な影が生まれているのを見つけた。

 

「ぐっ!」

 

 ユーリはその場から急降下する。後方を下から奇襲してきたファントムが交錯する。影に紛れて既に中空に舞い戻っていたのだ。

 

『ユーリ、今のは素晴らしい判断だ』

 

 再度背後を奪われたユーリは、機体を捻り、基幹塔の外周をぐるりと旋回し、高層ビル密集地帯へと飛び込むと、崩れかけのビルに目をつけて機銃を掃射。20ミリの弾丸を食らったコンクリートの外壁は、あっという間にバランスを失って瓦礫を撒き散らし、追ってくるファントムの進路を上空へと誘導する。ユーリはそれを待っていた。

 

 ファントムの目の前に、クルビットで背後に機首を向けたトムキャットがいた。迷いなくユーリはトリガーを引く。コンマで放たれた数十発の弾丸の内、一発が垂直尾翼の航空灯を粉砕した。

 

 だが、ファントムもその交錯の瞬間に機銃を放っていた。その一発がトムキャット改の主翼の付け根に命中する。幸い外版を剥いだだけですんだが、軸先がぶれていたらコックピットを貫いていた。

 

「うっ、ぐぅ!」

 

 ファントムが追い抜く。その背中に食らいつこうとドラ猫が爪を伸ばす。右に、左に、ビルの隙間を縫い、交錯を繰り返す毎にコックピットが震える。

 

『私は幾度となく世界中を飛び回り、その度に世界の行末を呪い、理不尽を憎み、あがこうとしてきた』

 

 ファントムが高速道路のくぐり抜ける。低速域で展開したドラ猫の主翼幅では抜けられない。背後が奪われる、加速して左旋回。アラート、チャフ・フレア散布。強烈なGで機体がビリビリと震える。

 

『そして君たちと出会った。君たちはいい目をしていた。健気で、真っ直ぐで、私が失ったものを持っていた。私がどう頑張っても手に入れられなかったものも。故にこの世界を変えなければならないと決意した』

 

 建設クレーンのケーブルが迫る。右ラダーペダルを蹴り飛ばし、機首を無理やり捻じ曲げると左ロール、急上昇。主翼が収納される。

 

「そのおじいさんの答えが、世界を終わらせることだっていうの!?」

『そうだ。この世に導き手は必要ない。人類は今一度危機に瀕するべきだ。そして、思い出さなければならない』

 

 ロックオンアラート。回避を。いや、だめだ。上層の天井が近すぎて回避する場所が限られる。ポストストールマニューバも、この高速域では使用できない。

 

『人類は、皆平等であると』

 

 ミサイル接近。ユーリは自分が誘い込まれていることは百の承知でハーフロール、急降下。エアブレーキ展開、更に右ロールと左ラダーペダルを踏み込んで機体全体を使ってブレーキング。トムキャット改の鼻先を、進路を読んでいたファントムの機銃が通過した。

 

「そんなの傲慢だ!」

 

 機体を持ち直し、バレルロール。ファントムをオーバーシュートする。ロックオン、チトはミサイルを発射する。

 

「おじいさんのやっていることだって、その自分勝手な導き手と同じことじゃないか!」

 

 ファントムがチャフを撒いてミサイルを回避する。ユーリはその背中に向けて機銃掃射を仕掛ける。美しい軸のぶれないロール運動は全ての弾丸を回避する。

 

『確かに近しいだろう。しかし。私はただ一つだけ手助けするだけだ。その後の行末は、新しい世代の人々に託す。傲慢で潰えようとしている光に、チャンスを与えるために』

「それで関係ない犠牲が増えたとしても!?」

『歴史は犠牲の上に成り立つ。今の世界は、必要のない犠牲を踏みにじって成り立っている。そんな世界に未来はあると思うか?』

「おじいさんの言う終末を迎えて、それで人類が本当に途絶えたらどうするんだ!?」

 

 チトは再度二発のミサイルを発射。ファントムは右急旋回。トムキャット改もそれに追随する。

 

『それは人類が、その程度の物にしか過ぎなかったということだ』

 

 ミサイルを回避したファントムが急上昇し、太陽の中に飛び込む。

 

『時間だ』

 

 階層都市最上部の内、一つのミサイルサイロが可動。ヴェスパニア鉱石を積んだ電磁破壊爆弾が、ついに打ち上げられた。

 

『これで世界は変わる。あの一発こそ、本命のミサイルだ。あれが適正位置で起爆すれば、地球の科学力は半世紀前まで後退するだろう。それを阻止したいのであれば、私を倒すといい。制御装置を握っている私を撃ち落とせば、ミサイルは自爆する』

 

 ファントムが反転し、真正面に対峙する。

 

『私はもう長く生き、その目で世界を見てきた。美しい物も、醜い物も。そして、美しい物は醜い物に変えられていく。白が黒を塗りつぶせないように。世界を食い尽くす傲慢が覆い尽くすのを止める。そのための「世界終末の門(World's Last Gate)」だ』

「そんなの、まだわからないのに!」

 

 最後のミサイルを発射し、ミサイルポッドパージ。ファントムはバレルロールでミサイルを振り切り、ビルの影に飛び込む。ユーリは影から抜け出すファントムの進路を読み合う。このまま行けば右側に向けて飛び出す? いや違う、左に回って裏をかいて、攻撃するこちらの背後を奪うかもしれない。

 

 左旋回。ビルの左側に機首を向ける。その目の前に、ユーリの読みどおり左旋回して裏を書こうとしたファントムのエンジン排気口が目に飛び込み、引き金を引く。

 

『やるじゃないか……!』

 

 その声は興奮を帯びていた。弾丸はファントムの左尾翼と垂直尾翼に命中し、いくらかの穴を開ける。だが向こうはそれでも被弾が最小限になるように機体を操り、操縦系統の破損を回避していた。

 

『だが、まだまだだ!』

 

 ファントムから何かが放出される。それは着陸用の減速ドラッグシュート。この低空でそれを広げるのは死を意味している。しかし、亡霊にとって死とは、既に終わったこと。そのくらいの行為は、なんてこともなかった。

 

「なっ!?」

 

 一瞬で後方に回り込んだファントムは、ドラッグシュートを切り離し、ミサイルを放つ。チトはフレアを放出しようとして、残弾が無いことに気づき、血の気が引く。

 

「っんぅ、ぐっ、うぁぁあ!」

 

 対し、ユーリの反応は早かった。無茶だとは承知していた、だが今使わなければやられる。とっさにGリミッターを解除、右急旋回。瞬間最高Gが10を超え、体の血液が一瞬で足元に集中し、目の前が真っ暗になる。ぎしぎしと機体が軋み、悲鳴をあげる。そんな中、体が小さい分、Gの不可が少なかったチトの視界はわずかに前方を捉えていた。

 

「うえ、3度!」

 

 その言葉にユーリはいち早く反応し、ビルとビルを繋ぐ連絡橋を飛び越える。追いかけてきたミサイルがその連絡橋に突き刺さり、スクラップとなって地面に降り注ぐ。

 

 二機の戦闘機は一旦階層都市から抜け出し、夜が近づきつつある大空へと舞い戻る。一直線に上昇し、空が見る間にダークブルーへと染まっていく。

 

「おじいさんは……間違っている!」

 

 二機がそれぞれ左右反対方向に離脱する。両機のアフターバーナーから吹き出る炎が湿った大気を瞬時に蒸発させ、長い、長い雲を作る。

 

 それは大きな大きな円を、ゆっくり、確実に描き、その筆先は近づいていく。

 

「確かにおじいさんは、世界をたくさん見てきたんだと思う。世の中のことを、たくさん勉強してきたんだと思う。その結果が、とても悪いものだったのかもしれない。でも。それでも!」

 

 半周を回った両機が反転する。キャノピーの向こうに、鈍く夕日を照り返し、白い雲を引く亡霊がこちらを睨んでいた。

 

「それでも世界のことを全部知ったわけじゃない! 世界のいろんなことを知ろうとするには……」

 

 二機が更に近づく。ユーリが機銃を選択する。チトは、自身の想いを、自分たちのまだ見ぬ世界に希望を託した、言葉という弾丸を込める。

 

「人の寿命は、短すぎるんだ!」

 

 ガンアタック。刹那、交錯。トムキャット改の右エンジンから煙が吹き出し、ファントムの右主翼先端が吹き飛んだ。

 

「私って、ちーちゃんよりあんまり頭は良くないけどさ。世界は知らないことだらけで、わからないことだらけでたくさんで、面白そうだなって思うよ」

「だから私達は信じる。この世界の可能性を。それが本当に存在していることを確かめるために、この世界を私とユーは見に行く。だから……私は、私達は、あなたを止める!」

『……あぁ、満足できるな。素晴らしい答えだ』

 

 不安定になった機体を保ちながら、ファントムが再度向かってくる。自動消火装置機動、右エンジン緊急停止。動翼以上無し。まだ、行ける。

 

『その考えもまた正しいだろう。この世界には君たちのような存在がもっと必要に違いない。だが、私も自身の結論を覆すつもりはない』

 

 夕日を背に、再度二機が交錯する。トムキャット改のキャノピーに亀裂が入り、右水平尾翼が欠ける。ファントムの胴体側面に穴が開く。

 

『チト、ユーリ。君たちの言う世界の可能性が、それほどの物なのかを確かめさせてもらおう』

 

 二機は背後を奪われまいと交錯を繰り返す。急旋回の度に雲が巻き上がり、歪な航跡を残し、上昇。鉛玉が爪となって相手の体を引き裂き、引き裂かれた方はその隙きを突いて喉元に食らいつこうとする。

 

 太陽の光を浴びた二機は、まるで黄金の龍がお互いの喉元を食い破ろうとするかのように、高く、遠く、入り混じり、引き裂き合う。

 

 ドラ猫と亡霊はぶつかり合う。互いの存在こそが勝利なのだ。

 

 ここは我の空。我の世界。信じたものを見に行くために、両者はせめぎ合う。

 

「う、ぎぃっ、ぁぁぁ……!」

 

 機体が翻る度に、チトとユーリの体には地球が平等に与えたGが降りかかる。自身の10倍の体重が押し寄せ、目が飛び出しそうになり、内臓が口から撒き散らされそうになるのを飲み込む。

 

「うぅ、ぐ、ぁあ!!」

 

 ユーリが声を絞り出す。声は力だ。その音が鼓膜を叩けば、体は奮い立つ。そうすれば闘志が何度でも燃え上がる。燃え上がらせる。

 

 トムキャット改の装甲が何度も悲鳴をあげる。既に機体のスペックを超えた機動を繰り返している。だがそれは向こうも同じことだ。

 

「うぅぅ、がっ、ぁぁぁあああーーーーっっ!!」

 

 ユーリが吠える。全身から血しぶきを上げる勢いで吠える。ドラ猫よ、あの亡霊を見逃すな。傲慢に満ち溢れた亡霊を葬り去るのだ。世界を変えるのに過去の人間は必要ない。

 

 今しか、欲するな。今を掴め。

 

 そのための障害は、全て踏み潰せ。食いちぎれ。

 

「ちーちゃん!!」

 

 ユーリが叫ぶ。

 

「ユー!!」

 

 チトが叫ぶ。二人は感じていた。次で、決まる。

 

 トムキャットが左急旋回で捻りこみに入る。今までで一番強烈なGが二人を襲う。Gメーターが振り切れていた。

 

 機体に亀裂が入る。ついに機体が限界を超えた。だが、まだだ。まだ持ってくれ!

 

「いけぇ、ユーーーーっっ!!」

 

 最後の賭け。エアブレーキとエンジン出力を上げ、急旋回ハイGターン。ベイパーコーンが巻き上がり、まるで首をもたげるように雲が大きく曲がる。その負荷は12Gを超えていて、ユーリの視力を奪うには十分だった。

 

 なら、私が目になる。チトが睨むキャノピーの向こうに、ファントムの背中が映る。射線軸まで3、2――。

 

 その瞬間だった。Gの負荷に耐えきれなくなったトムキャットの右尾翼が吹き飛ぶ。亡霊は、それを見逃すはずがなかった。

 

 すぐさま反転、制御が鈍くなったトムキャットの背後を奪うのはあまりにも簡単すぎた。

 

『ここまでだ』

 

 ファントムの20ミリ機関砲の銃口が徐々にこちらを向く。その先端がトムキャットと重なった時。

 

「やれ、ユーリ!!」

 

 主翼、手動展開。超高速で開かれた主翼は、空気の壁に叩きつけられ機速を殺し急減速。ファントムの眼前に、ドラ猫が迫る。

 

『――――!!』

 

 無線の向こうから何か声が聞こえた気がした。だが聞こえなかった。

 

 ファントムの機関砲が唸る。その鉛玉はトムキャットのエアブレーキを粉砕し、エンジンノズルに飛び込んで跳ね回り、燃料タンクを突き破って穴を開け、垂直尾翼を削ぎ、ありとあらゆる動翼と操縦系統を破壊して破片を散らす。

 

 だが。

 

 ドラ猫は、死ななかった。

 

 否。正確に言えば、死をも武器に変えた。

 

 被弾しながらも、最後の力を振り絞ってトムキャット改がファントムの腹に潜り込むみ、殺しきった速度でその背後を完全に奪う。HUDに浮かぶ、亡霊の背中。その背中に向けて、ユーリはトリガーを引き絞った。

 

 

 

 

『――あぁ……これ程にまでできるとは思わなかったよ、君たちが』

 

 炎を吐きながら、ファントムが海面に向けて落下していく。その声はどこか清々しく、嬉しそうで、まだ名残惜しいと思っているかのようだった。

 

『だが、これでいい……私の役目は終わった……チト、ユーリ。後は任せ――』

 

 亡霊が、散る。まるで空に溶けるかのように、夜を迎えつつある空に溶けるように。

 

 直後、空が爆発する。ファントムに積まれていた電磁破壊爆弾の制御装置が破壊され、電磁破壊爆弾を積んだロケットが爆発したのだ。

 

 しかし。その高度は当初の予定ではないにしろ、地表へ影響を及ぼすギリギリの位置にまで達していた。

 

 つまりそれは、世界変革が始まることを意味していた。

 

 だが。それはもう、チトとユーリにとってどうでも良かった。

 

 推力も、翼の半分も、それを操るための制御も。

 

 トムキャットは、全て喪失し、海に向けて堕ちていく。

 

「……ユー」

「……なぁに」

「私達、これで正しかったのかな」

「…………」

「どうしたら、よかったのかな」

「……わかんないよ」

 

 限界を迎えたエンジンのタービンが弾け飛ぶ。

 

「世界がどうなっていくのかも、何が正しかったのかのなんて」

 

 警報が消える。電気系統が完全に喪失した。

 

「なにも、わかんないけどさ」

 

 主翼の半分がちぎれる。ショートした配線が、漏れた燃料の近くで火花を散らす。

 

「生きるのは、最高だったよね……」

「……うん」

 

 火花が、燃料に引火する。

 

「……―――、な」

 

 そして。

 

 ドラ猫は、空に散った。

 

 

 

 

 あれから数ヶ月が経過した。表向きはプロジェクト4が唯一発射に成功した電磁破壊爆弾の影響により、軍事、民間問わずの衛星が破壊され、人類の暮らしを支えていたあらゆる施設が修復不可能な損傷を受け、技術は大きく後退することになった。

 

 再稼働させるにしても、電磁破壊爆弾の放つ電磁波が存在している限り、同じことの繰り返しである。世界は幾度となく、原始的な手段での電磁破壊爆弾を搭載した衛星をロケットで破壊する手段を講じたが、強力すぎる磁場は近づくものすべての制御を破壊し、成功に至らなかった。

 

 ただ、起爆ポイントが当初の予定よりも大幅にずれたことにより、最悪の事態が想定されていた半世紀の停滞とまでは行かなかった。地道な計算を繰り返した結果、二十年前後で衛生は地球圏に再突入し、燃え尽きることが最近発表された。それまで人類は見つめ直す必要があるのだろう。世界のあり方というものを。

 

 撤去作業が行われるエリア66に、戦後取材として再度降り立ったカナザワは、デジタルカメラに変わってすっかり愛用品となった数世代前のフィルムカメラを手に、通い慣れた格納庫へと歩みを進める。損害を受けたエリア66は、戦争終結に伴って解体が決定。様々なものを失った世界は手を取り合い、「彼」が目指した理想にほんの少しだけ近づいていた。

 

 拘束されたプロジェクト4幹部の事情聴取により、いくらかの真相が見えてきた。当初発射を目論んでいた四発のミサイルの内、三発に積まれるはずだったヴェスパニア鉱石はすり替えられ、地上で起爆。全てはチトとユーリのおじいさんが、自らの目的のためにプロジェクト4を利用していたことが判明した。

 

 ただ、これに関しては表沙汰になることは無いだろう。情報通信が麻痺している今、人々の情報源は限られたものになっている。新聞が以前よりも売上を増し、週刊誌の発行部数が十倍に跳ね上がり、アナログ放送を復活させたテレビの視聴率はぐんと上がった。今の報道とは、そんなものである。

 

 おかげでカナザワの懐は潤っていた。元々売れない雑誌のライターだったのに、彼女たちを追いかけた結果、今や「月光」を最も近くから見ていた数少ない人間として、彼自身が取材を受けることも増えていた。

 

 彼女たちに礼を言わなければな。そう思ってカナザワはスケジュールを上手いこと細工して、久々にこの基地へとやってきた。

 

 だと言うのに。

 

「MIA(戦闘中行方不明)。階層都市周辺は徹底的に捜索されたけど、見つかったのは海面に漂っていた垂直尾翼だけ。機体もろとも、海中に沈んだって言われてる」

 

 備品の整理をしながら、そう言うケッちんの背中はどこか寂しそうだった。

 

「電磁破壊爆弾の影響で、あの二人がどうなったのかを明確に確認したやつは居ない。ただ大空に二機の戦闘機が巻き上げた雲が見えた。多分、あの二人は戦ったんだと思うよ」

「…………そうか」

 

 カナザワは適当な弾薬箱の上に腰を下ろし、空っぽになった格納庫を見回す。皮肉なものだ。MIAになった育ての親を探して、その結果探していた二人がMIAになる。

 

「彼女たちは……自らと引き換えに、育ての親の計画を阻止した、ということなのかな」

「それは少し違うと思う」

 

 ガラクタの入った箱に手を入れ、中身を分別しながらケッちんが言う。

 

「多分だけどさ。全部、あの二人のおじいさんの計画通りだったんだと思うよ」

「どういうことだい?」

「どっちでも良かったんだ。世界を終わらせても、止められても。仮に世界が半世紀後退すれば、新しい歴史を生むきっかけにはなる。犠牲は多くても、それで正解なんだ。世界は常にそうやって成り立ってきた。そして仮に止められたとしても正解だった。形はどうであれ、あの階層都市に集まった人々は一つになっていた。人は同じ過ちを繰り返す。何度でも、何度でも。それを止めるには世界が一つになる瞬間が必要なんだ。一瞬でも。その一瞬を刻んで、語り継いで、次の世代に託す。それを忘れないようにするために。現にあれから世界は、多少はましになったんじゃないかな」

「……でも、また何十年か経過したら」

「同じことが起きるかもね。だからチトとユーリに託したんだ。代わりに世界の可能性を信じて見守る事を。長い時が過ぎて、結論が生まれたら、チトとユーリは自分に代わって、その答えを示す。そう言うことなんだと思うよ」

「……それって」

 

 あまりにも傲慢だろうとカナザワは思う。よく言えば未来を託した。悪く言えば押し付けたとも受け取れる。

 

 だが、世界を終わらせようとした一人の老人は、彼女たちの未来を願い

、渦巻く理不尽の中であがき続けてきた。

 

 そうして悟った。己の限界を。

 

 だから覚悟した。すべてを背負って世界を終わらせることを。全てを彼女たちに託すことを。

 

 こうして生まれた今の世界が、新しい世界に変わるのかはわからない。だが、カナザワは思う。

 

 変わらなければ、何も始まらない。

 

「そういえばあの子達の車両は?」

「ケッテンクラート? ああ、あれはさっさと発送しちゃったよ。いつまでもここに置いておくわけには行かないからね」

「そうか……」

「取りに来いって言ったのに『送ってこい』って言うんだから、全く身勝手な話だよね」

 

 よいしょ、とケッちんは資材を抱えて歩き出す。電磁破壊爆弾の影響でメモリーカードが破損し、数少ない彼女たちの姿を写した写真を手に取る。小さな車両に乗った少女たちが、星空を見上げている。ここに写っているのが、世界の終末を食い止めた少女たち唯一の写真となってしまった。

 

「……ん?」

 

 ふと、カナザワは気づく。ケッテンクラートを、「送った」? 「売った」などではなく?

 

 その瞬間、カナザワの頭の中で確信に近い予測が生まれ、あっと今に成長し、自身の頭の中に押し留めておくのが不可能になり、口を開かずにはいられなくなった。

 

「……なかなか意地悪な言い方をするね、君は」

「何のことだか」

 

 そう言うケッちんの唇が、わずかに釣り上がっているのをカナザワは見逃さなかった。

 

 

 

 

 暗い、炭鉱跡のトンネルの中を、小さな車両がガタガタと音を立てて進んでいく。ヘッドライトの照らす物以外何も見えないこの空間は、彼女にとってはひどく退屈で仕方がなかった。

 

「暗い」

「暗い」

「くらーい」

「くーらーいー」

 

 トトトト、と響くエンジン音に混じり、少女の声は溶けて消える。その頃を見計らって、運転席に座っている小さな少女が返事をする。

 

「……うるせぇ」

「ごめん」

「いいよ」

「じゃあ、ランタン付けていいですか?」

「だめ」

「そんなぁ……」

「節約しろ。電池も燃料もこの辺りの地域じゃ手に入らないんだから」

「ちぇー。不便な世の中になっちゃったなー」

「私達がおばあちゃんになるまで不便なままより、よっぽどマシだろうよ」

「なんだかんだで、人間みんな上手くやってるからねー。あ、右曲がって。風が吹いてる」

「わかった」

 

 車両のハンドルを切ると、薄っすらと外の光が漏れているようだった。時間の感覚が狂いそうだったが、今は夜のはず。ということは外で待ち受けているのは。

 

「すごーい! お月さまが明るいよ!」

「街の光が減ったからかな。よく見えるな」

 

 美しい満月と、降り注ぐ月光と、その周りで瞬く星々達だった。

 

「……やっぱり、生きるのは最高だね」

「そうだな」

「あの時さ。私、正直死ぬんだろうなぁって思ってた。でも」

 

 荷台に座っていた少女が、ぎゅっと運転席に座る少女に抱きつく。少しばかり鬱陶しそうな顔をされたが、気にせず少女は言葉を重ねた。

 

「あの時、『これからも』って言ってくれたおかげでさ。今すっごく楽しいよ」

「……そっか」

 

 寂れた露店で買った、古びたヘルメットの唾を持って少女は自分の表情を隠す。こっ恥ずかしかったこともあるし、嬉しくて変な顔になってるのを見られたくもなかったからだ。

 

「さて、次はどこに行こうか」

「とりあえずあっちかな」

「また風の吹くままにか。ま、それもいいな」

 

 少女たちは再び進む。

 

 世界が終わろうとも、始まろうとも関係ない。

 

 私とお前がいれば、それでいい。

 

 そうして二人の世界を、ゆっくり広げていけばいい。

 

 この世界を、もっともっと知るために。世界がこんなにも素晴らしいことを、忘れないように。

 

 少女たちの旅は。

 

 終わるまで、終わらない。

 

 

 

 

 

 

 打ち寄せる波の音。ミャーミャーと鳴くウミネコたち。眼の前に広がるコバルトブルーの海は、空とはまた違った美しさがあって、初めて見たときは感動した物だと、彼女は思う。

 

 だが。

 

「……流石に毎日見続けていると、飽きもくるな」

 

 南国の小さなリゾートの島で。トロピカルジュースを飲みながら、イシイは終わりの見えないバカンスに飽き飽きしていた。

 

「……でもまぁ。諦めてみたら」

 

 気楽なもんだな。

 

 そうつぶやくと、イシイは空を見上げ、一筋の飛行機雲を見つめながら、笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 エースコンバットGLT World's Last Gate     完

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