人類は衰退してきました。   作:虚弱体質

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友人Yと、私とわたし

 人類が火星でべーたさんを確認してから早40年。あれよあれよという間に地球に押しかけてきたべーたさんによって、人類は急速な衰退を迎えているのでした。

 

――人類は衰退してきました。――

 

 うっすらと灯る非常灯の淡い明かりに誘われて目を覚ますと、そこは駆動音の途絶えたコックピットの中でした。

 はて、いったい何をしていたんでしたっけ。

 起きしなのふわふわとした頭の中から曖昧な記憶を引きずり出す作業とは別に、獄卒もかくやというくらい厳しかった教官の、暑苦しいといいますか、男臭いと申しますか、まぁそんな感じの薫陶溢れる熱血指導によって体に刷り込まれた起動チェックの手順に従って、指は坦々とスイッチ上を右往左往していきます。

 それはそうと、わたしは訓練生なのになぜ墜落したとおぼしき戦術機のコックピットに? 訓練でへまをした覚えはこれっぽっちも、まぁ、あったりなかったりなんですけど、戦術機を墜落させるほどではなかったはず、です。たぶん。

 ……いえ、そういえば繰り上げ任官したんでしたっけ。衛士様で少尉殿なんですよ、青臭い訓練生なんかと一緒にされては困る存在なのでした、えへん。

 ところで、先ほどから網膜投影が点いたり消えたり掠れたりと青息吐息を隠そうともしていないのですが、どうしましょうか。思考制御ではなく管制ユニットのスイッチを弄らなきゃいけない時点で終わっている気がしますが、まぁ、一応手順通りやらなければいけないのでしょうね、面倒くさい。

 いえいえ、決して、眼帯がチャームポイントだった教官の、額に青筋を迸らせての満開の笑顔を思い浮かべたりなんてしていませんし、ましてやその後繰り出された修正の拳骨の痛みを思い出したわけでもありません。衛士として基本に忠実であれっていうやつですよ。なので面倒くさがったりしていないわけなのであります! というわけで作業作業。

 かちかち、たたん、警告音。

 あらら、やはり機体のほうはご臨終しちゃってるみたいですね、ご愁傷様でした、と。そうそう、繰り上げ任官です。奴らが本土に侵攻してきたせいで――

 

 意識が一気に覚醒する。和泉と山城さんは!? 慌てて無線で呼びかけるが、返答はない。要塞級がいたのなら、随伴の小型種が浸透しているのは間違いない。墜落からはそう時間は経っていないはずだ、早く探し出して合流しなくては。

 救難信号を発信し、装備を確認するのももどかしく外に飛び出る。両機が墜ちた方向は覚えている。IFFシグナルはそこから動いていないので、機体は私と同じく擱座しているのだろう。周囲を警戒しつつ小声で無線への呼びかけを続けるが、いまだ答えはない。派手に接触したせいでまだ気絶しているのだろうか。大声で呼びかけるのは自殺行為だが、その衝動を押し殺すのが難しい。

 窮地に駆けつけてくれた恩師のためにも、散っていった仲間のためにも、私達は生きなければいけない。生き延びて奴らを殺しつくさねばいけないのだ。念仏のようにそう唱え続けて必死に平静を保つ。多くの命を糧にした鎮静剤は苦く、しかし確かに私の正気を繋ぎ止めていた。

 

 発見した和泉機は私の瑞鶴よりも派手につぶれていた。が、管制ユニットは無事、脱出した形跡もあった。

 では、なぜ和泉は無線に答えないのか。

 答えはすぐそこに転がっていた。兵士級がたてる水っぽい咀嚼音。それは、すでに眼の光を失いぐにゃりと弛緩した和泉の、その腹から発せられていた。

 ぐちゃりにちゃり。ごきんぼりぼり。

 群がる兵士級によって見る間に和泉の身体が削られていく。ころりと転がった頭が、くちゃりと呆気なく噛み潰され飲み込まれた。

 叫びたい。

 叫びたい!

 発作のように襲った強い衝動を吐き気と共に飲み下し、そろりとその場を離れる。山城機の反応もこの近くだ、彼女を助けに行かなければ。そして私達は生き延びるのだ。恩師のため、仲間のため、むさぼり喰われた和泉のためにも。

 

 

「たかむらさん」

 

 山城機に群がる戦車級を呆然と見つめていた私が、そのか細い声を拾ってしまったのは、やはり運命だったのだろうか。あのまま自失していれば、もしくは手遅れと判断して一人逃げ出していれば、その声は私に届かなかっただろうから。

 

「たかむらさん、おねがい」

 

 無線に感。今度ははっきりとその声を拾った。

 戦車級が腕を伸ばしハッチを強引に引き千切る。露わになったコックピットの中から、山城さんはまっすぐに私を見つめていた。ひしゃげた管制ユニットに胴体を挟み込まれ、足はあらぬほうに折れ曲がり、血が額を流れ落ちる。だが、それでも彼女は炯炯と瞳を光らせて私を射貫いているのだ。

 

「おねがい。うって」

 

 戦車級は瑞鶴を解体するのに忙しいらしく、私に気が付いていない。

 

「わたしを。はやく」

 

 ここで撃てば奴らに気付かれる。だが、ここで撃たなくてもいずれ気付かれ、追いつかれるだろう。

 救難信号を出してしばらく経ったが付近に戦術機の気配は無く。

 

「撃ってよ。こいつらに喰われる前に! 早く!!」

 

 そして砲声は遠い。ならば救援はもう無いだろう。

 中隊も、その生き残りの嵐山第二小隊も、生き残っているのは二人だけ、そして一人の命は消えようとしている。

 ならば。

 ならばもう良いのではないか。我慢しなくても。

 

「唯依ぃぃ!!!」

 

 叫びたい!

 叫べばいい!

 枷が一つ外れた気分。

 意味を為さない蛮声をあげながら、衝動に任せて拳銃を乱射する。

 二発、三発。照準がぶれにぶれているのは、恐怖で強張った四肢のせいだろうか、それとも友人を殺す緊張のせいだろうか。いや、結局、私は自分の溜めこんでいたものを吐き出したかっただけなのだろう。だから叫んだ瞬間に忘れてしまったのだ、なにを狙い打てばいいのかを。

 

 カチカチという引き金の音で我に返る。

 山城さんは、死んでいなかった。私の撃った弾丸はBETAにも山城さんにも当たることはなく、いたずらに撒き散らされただけで、

 

「おくびょうもの」

 

 山城さんの放った言葉は、しっかりと私を、臆病な愚か者の心を撃ち抜きました。

 そして、彼女はそれ以上何も言いませんでした。頭の横にできた弾痕を残念そうに見つめて、その後はただただ戦車級のされるがままになったのです。足を喰いちぎられ、曲がったユニットの骨格ごと胴を噛みちぎられ、手を掴まれて引きずり出され、頭をもぎ取られ、胎を貪られて。

 私も……。わたしもあんな風に死んでしまうのでしょうか? 屠殺される豚のように作業的に、子供の虫遊びのように残酷に。そう考えた瞬間に、手が跳ね上がりました。握っていた拳銃を口内に差し込んで引き金を――

 

 カチカチ。

 

 あぁ、そういえば弾切れでしたっけ。涙を浮かべ、唸りながら銃口を噛み締めます。

 

 カチカチ。

 

 その音に誘われたのか、瑞鶴の解体が一段落したらしい戦車級のみなさんが、ぐるりと一斉に振り向きました。銃を撃ったときは一瞥しただけだったというのに、今回はえらくやる気に満ち満ちているようです。

 あー、次はわたしの番ってやつですね、わかりたくはありませんでしたが、わかります。暗闇に赤く光る無数の目がてらてらと期待に濡れて、これから繰り広げられるわたしの解体ショーを一層盛り上げることでしょう。

 

 カチカチ。

 

 ところで戦車級が歩く音って、どうしてかさかさという擬音語を当てはめたくなるんでしょうか。やはり虫さんを想像させる脚の数が決め手なんですかね、もしくは嫌われ者つながりで黒光りするG的な意味合いがあるのかもしれません。でも、せっかく蹄があるんですし、ぱからぱからでもいいと思いません?

 などと、現実逃避を始めようとしたわたしの目に、とあるものが映りました。

 

 Yま城、いや、山城さんの首。とっくに噛み砕かれたと思っていたのに、いまだそれは戦車級の手の中にあり、そして眼光鋭く私を睨みつけているのだ。

 見られた。

 介錯を果たせず、生き残るために足掻くこともせず、ただ現実から逃れるために自殺しようとした私を。それすら出来ず、それでも諦められずに引き金を引く滑稽な私を。

 いや、見られていない。

 首を引き千切られてからどれだけ経ったと思っている。蛇でももう死んでいるだろう時間は過ぎたはず。故にあれは死体、肉塊だ。だから。

 羞恥と怯えに顔を引き攣らせた私を見て、彼女は笑った。目に侮蔑を浮かべて、口の端だけ持ち上げて。恩師だ仲間だと言いながら、一人になった途端あっさり逃げようとした浅ましい私の心を、確かに嘲笑ったのだ。

 ゆっくりと戦車級の手が動きます。そこに握られていたYあm■おさんの首は、戦車級の顎に咥えられて、それでも瞳の力は衰えず未だわたしを見つめているのでした。そして、いざ噛み砕かれんとしたその時に、口をはっきりと動かして声ならぬ声でこう呟いたのです。

 

 ひきょうもの

 

 ぐしゃり。

 

 その音はYが噛み砕かれた音で、それまでの私が打ち砕かれた音で。

 

 そしてわたしの産声だったりしたのでした。いやはや、ひどい出来事でしたね、まったく。


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