―――目が覚める。
最近は秋も深まり、冬という活動しにくくなる季節が近づいてくる。
朝起きると寒い、という感覚が
あの
あいつの魔術によって塔の全領域は管理され、生活するうえで快適な温度でずっと生きてきたから外で感じられる、”熱い”という感覚や”寒い”という感覚はとても新鮮だ。
あいつに追い出されるような形で出て来た私ではあったが、その点だけでは感謝してもいいのかもしれない。
ベッドから起きるとそこは自分がこの街についてから活動拠点としている、この街で一番と名高い宿屋、《白馬の料亭》の個室の光景が目に映る。
この街に来てから3か月ほど、クソ魔術師が手切れ金としてそこそこのお金を持たせてくれていたので料理のクオリティが高いこの宿の部屋の一角は絶対に手放せないものとなりかけている。
それに自分は女なのだから、他の男どもには狙われるような立場なのだ。その点、宿に関してはセキュリティの高さも求めることになる。下手な宿屋は忍び込まれることが珍しくないと
自分の服をいつもの冒険者として活動するための服装に着替えていく。
ハーフパンツとストッキング、それからチュニックは耐魔法の使用が外道魔術師によって刻まれた、言いたくはないが逸品であるし、この街に来てから購入することになった胴鎧は自分の魔法によって属性軽減を付与した、自慢ではないがそれなりの品だ。間違っても他の駆け出しと呼ばれるような冒険者たちには絶対に見劣りしないものである。
部屋に立てかけてある備え付けの鏡を見れば、自分の虹色の髪に合わせて無彩色の黒の下半身と、空色のチュニックの上に白い胴鎧を身に着けている、いつも通りの自分の姿を見ることが出来る。
着替えは寝起きの精神を活動するために切り替えるための一種の儀式のように考えているので、鏡でいつも通りの姿を見ないとシャキっとした、朝の気持ちになれないのだ。
ドアの隣に立てかけてある黒一色のメイスを手に持つ。
おおよそ長さ1メートルほどの、先が太いだけのなんの変哲もないかのように見える鈍器だ。
これが悔しいながら自分に一番合っている武器だから、手放すことは出来ない。作ったのが例えあのボケ魔術師であってもだ。
魔術師が魔術を使うときには、魔力を自分の身体の外部に放出する為の放出口として、魔術の杖のような媒介が必要になる。自分はそれこそ本や杖のように一般的によく使用されているような魔術媒介が欲しかったのだが、何をトチ狂ったのかあのバカ魔術師は、
「普通の媒介にしてもつまらないし、魔法使い(物理)でキャラを濃くしようか」
などとほざき始め、結果今私の手にはこのメイスが存在する。
まあ、自分の手に完璧に馴染むし、魔術の触媒としても店売りの中にはどれだけ高価な者でもこれより高効率なものは無いし、武器として非常に有用なのは認めざるを得ない。
認めざるを得ないので、非常に不本意ながら、しぶしぶこの武器を使用しているのだ。
殴打武器として使うときはこのメイス自体に魔力を流して重量をあげるので、普段から持ち運ぶときにはそこまでの重量は感じない。
ハーフパンツの腰に回してあるベルトの一部に作った、メイス持ち運び用のスペースに今持ったメイスを引っ掛け、私は部屋の外へと、今日の冒険に出かけた。
☆
「あ、おはようございます! 今日も早いですね!」
自分の部屋がある三階から一階に降りると、この街に来てから一番初めに”友達”と呼べる間柄になった、アカシアが私を出迎えてくれた。
彼女はこの宿屋の主である夫妻の一人娘であり、奇麗な黄色の髪をサイドアップでまとめているウェイトレス姿に身を包んでいる。このお店は一階の一角に宿泊者用の飲食スペースがあり、そこで食事の販売もおこなっているので、そこのお手伝いをしているとても可愛らしい14歳の少女だ。私も、彼女の笑顔には何度も癒された経験がある。
「おはよう、今日も元気ね」
「はい! 私、これだけが取り柄ですからね」
今日も朝から笑顔でいいことだ。朝からあの魔術師の顔を思い出して沈んだこの気持ちを癒してくれる。
かわいいは正義なのだと、この娘が自分に実体験として教えてくれた。それまでは、世話の面倒な猫などのペットを飼う人間の気持ちが理解出来なかったが、飼い主が毎日癒しの存在を求める気持ちを理解してしまった。
「今日も朝から依頼に出るんですね。ここまで頻繁に依頼に出る冒険者の人はいませんよ」
「そうかしら、貴方も毎朝ここで働いているでしょう? それと一緒よ」
そう、特に自分は
それに、確かに冒険者は休息が必要な職業ではあるが、不真面目な者も多いのが事実だ。そもそも冒険者などあぶれ者たちが主に存在する集団である。
冒険者は所謂”何でも屋”というのが一番近い言い表し方だ。
主に民間からの依頼をこなし、その日ごとに収入を得る、日雇いの仕事だ。その分、汚れ仕事のような依頼も多く、駆け出しの間はご飯を食べるために様々な仕事をこなすのが普通らしい。
そして、ある程度の信用と戦闘能力を身に着けられれば魔物の領域の依頼をこなせるようになる。
魔物の領域は世界の大陸、海、果ては空の一部にまで広がっている、魔物たちが数えきれないほどに存在する領域のことだ。
この世界は一時、全域が魔物の領域に染まっていたが、人間が生活するために魔物の領域を開拓し始め、ある時《勇者》と呼ばれる伝説の戦士が表れ、その戦士が居た一時代に多くの魔物の領域が開かれたと伝わっている。
まともでまじめな人は、そもそも生まれた土地で職に手をつけたり、首都などの多くの人が集まるところで就職する。冒険者は国の騎士団が監視仕切れない魔物の領域のカバーなども活動内容ではあるが、やはり国によって統治されているような場所は、ほとんど全域が騎士団が魔物の領域を警護している。
全くそのような警戒態勢が無い場所は、魔物の領域の中でも大きく、深いものだ。
通称、《暗黒領域》と呼ばれる、人知の光で照らでせない領域。
ここは国の騎士団でも手を出せないような範囲と、魔物の強さを誇るという。今代の近衛騎士団長が魔物の領域に突入し、帰還したとき、彼は絶え絶えの息でこう言ったという
「あそこは人間には早い領域だ……」
と。
実際に《暗黒領域》扱いの魔境に入って生きて戻ってこれる人は、世界中を探しても片手の指で足りるくらいの人数しかいないらしい。
この点ではあの嫌味な魔術師も、
「僕なんかが入ったら3日で死ねるよあんなところ。根本的に人間の住む環境じゃないし」
と、魔境に関することはあまり詳しく教えてくれなかった。
いつかは打倒魔術師の為に突入してみたいとは思っている。
その魔境周辺に出現する魔物との戦闘は、初心者を抜け出した冒険者たちのご飯の種となる。
私はそんな仕事を受けるために冒険者になった初日から、十分な戦闘能力とインプリンディングされた知識を保有していることを利用し、魔物の討伐の依頼に参加出来るように少しだけ
それ以降、大体毎日のように魔物の間引きに参加している自分は、ギルドの中でもかなりの成果を収めている自覚がある。
ギルドとしても、毎日確実に魔物を狩り続けている自分のような存在はありがたいようで、かなり依頼を優先的に回してもらえるようになったのだ。
そんな訳で、私へのアカシアの心配は的を得ているが、外れているともいえる。
「貴女もお仕事、頑張りなさいね」
「あの、少し待っていてください!」
自分がいつものように出かけようとすると、アカシアに珍しく引き止められ、彼女は受付の方に走っていった。
この宿に泊まってから一ヵ月辺りまでは過労だなんだと引き留めようとしていたが、自分が本当に大丈夫なところを見せれば詮索もせずに納得してくれる、本当に良い娘だ。
少しばかり待ちぼうけを食らうが、自分が宿を出る時間帯はまだ早い時間帯であり、人気の宿屋のエントランスでも人影の数は少ない。
そういう時間帯を選んでいるので当然ではあるのだが、少しばかり、建物の中に人が少ないことに寂しさを感じる自分もいる。
アカシアが帰ってきたのはそれほど時間が掛ったわけでもなく、待ち始めて2.3分くらいがすぎた頃合いだろうか。
彼女は手に見慣れぬバスケットを持ってきていた。
「これ、いつも朝早くから頑張ってるから何か渡したいなって思って!頑張って作ったので、道中で食べてみてください!!」
「……」
少しばかり呆けてしまった。
自分が誰かから物を貰うのはあの疑親魔術師だけだったし、自分があまり愛想よく行動していない自覚があるからだ。
友達と言っても自分からは全然アカシアにも話しかけることは無いし、あちらからすればこの店の新しい常連というくらいの間柄だと思っていたけれど、こんなものが貰えるなんて感謝の気持ちで胸があふれる。
「その、ありがとう…ね。道中でいただくわ」
「はい!お気をつけて!!」
その言葉を背に受けて、私は宿屋、《白馬の料亭》の扉から外の世界へ飛び出した。
☆
まだ夜の寒さが残る朝焼けの町を歩き、水路に掛かっている橋を越え、まだ閉まっている商店通りを通り過ぎるとこの街、《トライの街》の冒険者ギルドが存在する。
この街は《暗黒領域》の比較的近くに存在するため、冒険者ギルドが比較的大きい。
三階建ての立派な建物は両端にある属店舗を含め、周囲の最大二階建ての住宅などに比べ異彩を放っている。
この街の冒険者ギルドは、24時間ずっと受付が開いているという冒険者にとってのメリットが存在し、この近くまで来ると少しだけ人の姿が目立つようになる。
見た目で魔法使いと分かる杖持ちの男性。
軽鎧のあごひげを整えている刀持ちのオジサン。
スピード重視なのか、普通の服のように見える装備の二丁魔銃持ち女の子。
自分のような変わり物の武器ではない、一般的に見栄えのいい装備の冒険者が多くいて少し悲しい気分になってくる。
そんなことはこれまでの生活で既に思い知っていたのでスルーし、ギルドの中に入る。
中にもやはり少数の冒険者はいるが、他はギルドの職員しか見当たらない。
いつも依頼を勧めてくれる窓口の受付嬢、黒髪に白の髪が一房交じっている同年代の女性、シロノが居る窓口に向かう。
「おはよう、今日も依頼あるかしら?」
「はい、おはようございます。今日もお願いしたい依頼があります」
今日もとシロノは言っているが、これはシロノが自分の担当のような存在になってからは毎日用意してくれている。
ギルドとしても確実に処理したい依頼をこなしてくれるのがありがたい、自分としても毎日こなせる依頼が存在する、とWIN-WINな関係が築けているわけだ。これが自分以外の冒険者であったならば、確実にキャパオーバーして人生が追い詰められた状況になると考えられる。
依頼を確認すると、《暗黒領域》と、この《トライの街》の間に広がる草原に突如出現したボムフロッグの討伐になっている。
この魔物はカエルというだけあって、水辺にしか生息しないという知識が存在する。あの草原に水源があったというような事実は今までの活動で知りえてない以上、存在しないと思われる。
しかし、《暗黒領域》の影響で環境が安定することが無い、《暗黒領域》近くの草原でならば、恐らく急に
《暗黒領域》が存在する限り、人に安寧は訪れない。
争いは生まれ、人は生きるために戦うことを強いられるだろう。
この国、《セータン》の隣国、《サンタン》が宗主国である《無魔教》の教えの一つだ。
魔物が生まれるのは領域に存在するような《魔気》が原因であり。それが魔物を生み出す以上、人は争いの手段をもって、被害を抑えるしかない。
それでも私たちは、一日一日を生きていくことになるのだろう。
私は依頼の署名をしながら、頭の片隅でそう考えた。
まだ準備段階だから……(震え声
あ、タグとかはちゃんと仕事するんで続きを待つんだ