―――この辺りですかね
草原の中を歩きながら周囲を見渡す。
既に発動している探知魔術では既に反応が消失している。魔物も生物であり、生きる上での知能を有しているのだから、発動者の魔力によって敵の位置を識別する探知の魔術を発動させれば自分の《魔気》を体内に押しとどめることによって、自然の中に身を隠すくらいのことはする。
特に魔物は《魔気》から出現し、産まれた時から知能を有しているのが質が悪い点だ。普通の動物よりも、幼少期がないため生存確率が上である。
それでも探知時にこの辺りに数十匹の反応があったのだから、近くに身を潜めているのだろう。
何十匹ものカエルの群れが一気に大きく移動を開始すれば、その痕跡が残っているはずだ。
周囲を見渡すが、一面に生えているそこそこ丈のある草が倒れているような様子は見当たらず、周囲は静寂を保っている。
聞こえているのは自分の息の音と、そして
風は生えている草によって遮られ、カエルのような大きさの石なども多く存在しているので、風の流れを読んで敵の位置を把握するのは、少なくとも向こうが動きを見せない限りは不可能である。
そもそも人の手で整理されてない草原など、凸凹な地形が多すぎて背丈の無い敵の判断など難易度が高い。
人工生命体であり感覚が鋭い自分でも、不可能なことは不可能なのである。
だけど今回の依頼は討伐依頼であり、カエルを討伐するまで帰還出来ないので、周囲に影響が少ない魔法で
魔術を使うために自分の中の魔力を活性化させる。
自分の中に流れている魔力の流れを把握し、その流れの速度を速める。
そうして活性化した魔力を外に放出するために、手から握っているメイスに流す。
そもそも魔術とは魔力を流すだけで発動するモノではない。
詳しいプロセスを学ばなければ理解できないが、魔力をいくつかの過程に通し、最終的に発動する魔術に繋げるのである。
人間の髪の色は、自分が扱える属性術式の特色を表すものであり、自分は
そのような理由があって自分の髪の色は虹色である……、訳でなく、虹色なのは生みの親のあのクソ魔術師の気分である。
そもそも人工生命体に魔術属性を持たせるとして、髪の色程度なら高レベルの魔術師になれば偽装可能であり、魔術師として中位以上の実力を持つ者ならば、自分の髪の色の隠蔽位くらいできる。
自分が髪の色をこんなに目立つ色にしたままなのは、そのような
あのクサレ魔術師は絶対に今度会ったら殴ると心に決める。
魔力を杖から放出する。
今回発動させる魔術は電撃系。
メイスを地面に接地し、自分を中心に電気が薄く広がるように魔術を調整。
強さを最低限にし、代わりに遠くまで届くように術式を改変。
「
周囲に薄く光が広がると同時に、自分から20mほどの距離にある茂みの中から多くのカエルが飛び出してきた。
ボムフロッグは普通のカエル同様に水の中に生息する特徴を持った魔物であり、大体の水生生物の弱点である電撃が良く効くことに変わりはない。
そして、ボムフロッグは特に電撃に弱く、その理由が彼らの名前にも入っている”爆弾”の要素である。
魔物は人間の扱う魔術と同じように《魔素》を扱って属性の攻撃をするなどの特徴がある。
彼らは水中での攻撃手段に、《魔素》を変換して爆発させるという手段を選んだ。
ボムフロッグは、カエルという概念がカタチになったと言われており、爆発するのに炎に強く、雷に弱いというなんとも言い切れない耐性を持っている。
それが分かっていても、前衛が近付けば当然のように危険だし、ある程度の距離を保ったまま魔法でケリをつけることが推奨されている。
しかしそれも難しい。
理由は簡単、
「ゲコォ!!」
「ゲロォ!!」
「ゲコゲッ!!」
「ロォ!!」
「ゲロゲロォ!!」
このように群れで活動しているので、一気に多数が襲い掛かってくるからだ。
しかも、下手に近距離で仕留め切ると爆弾化し、こちらに損害を押し付けてくる害悪魔物である。
これは自分に押し付けられたとも考えられる。
それは、
「
空中に雷で出来た槍を多重展開し、それをカエルの集団に向けて放つ。
カエルは地面で跳んでこちらに向かってくるので、空中での方向転換などは足場が無いと不可能である。
始めの電撃は相手の位置の把握するためだけに発動させた魔術であり、初めからこちらの雷槍に多くの魔力と術式演算を割いている。
自分ほどの魔術士になれば、創り出す雷槍の太さは
雷に貫かれたカエルを見続けることは無く、空中で
おそらくは、自分の下にいたカエルを踏み台にして更に跳躍したのだろう。
流石、野生の勘と言えばいいのか。魔物の生存能力は人の想像以上に高い。
「
魔力を術式を通さずに形状固定、投射する。
魔術の術式を通さずに魔力を操作する技術は、魔術を使う者の基本にして奥義。
どれだけ正確に、早く、意のままに操れるかが問われる。
私ならば、
これでも、製作者の魔術師からするとまだまだである。
あいつは、
それも、自分より細かく魔力の形を変形しながらだ。
まあ、それでも比較対象が悪いだけで、自分もそれなり以上の魔力操作の腕はしている。
目の前のカエルを全滅させる程度は訳が無い。
全てが地面に横たわっている光景を眺めて、これらを全て回収する苦労を考えると、私の口からはため息しか出てこなかった。
☆
カエルの群れが残り4つほどあったのでそれらも全て全滅させ、街に向かって歩いて戻る。
戦闘はほとんど時間をかけずに終わらせたので、やはり亡骸の回収にばかり時間を費やした。
カエルはぬるぬるしてるし、あまり触りたくなかったが、そんなことに魔力を使うのも馬鹿らしく、自分の手で全て回収を終えた。
水も周囲に無いのになぜぬめぬめ感が存在していたのかは分からないが、とりあえず、今後はこの付近に一切誕生しないでほしいとは思う。
街が見えるところまで歩いて戻ってくる。
ここまで来ると、無意識に張っていた気が少し緩んでくる。
やはり、何が起こるか分からない外よりも誰か人の目があり、良識の存在が多く存在する方が安心感がある。
街の門番と軽く話をし、自分の街の出入りを済ます。
冒険者であり、今朝街を出る手続きをしたばかりだが、そのあたりを疎かにし、街の中に悪魔がもぐりこんだという実例も存在するため、魔力の検査や軽い会話などは必須の項目となっている。
それを終わらせ、朝とはうって変わり、人の溢れるにぎやかで騒々しい街の中を一人歩く。
自分が帰ってきた時間は太陽の一番高い時間から数刻が経った程度の時間であり、人が一番活発に活動する時間でもある。
冒険者が動き回っている姿を見ることが出来れば、商人が今日の商売を終え早めに帰宅する姿も見受けられる。
これから、冒険者が帰ってくる人をメインの対象にする店が多い中、先ほど帰っていた商人は珍しいように思える。
商売なんて水ものだと言われれば、それもそうだとしか言えないが。
ギルドにまで歩いて戻ってきた。
このくらいの時間になるとギルド内部はほとんど人の影が無く、職員が受付の向こうで書類仕事をしてるくらいになる。
シロノは外からは見えなかったので、他の職員に声をかけることにした。
「すみません、依頼の報告お願いします」
「はい、では
討伐系の依頼を受けた冒険者は、ギルドから
その袋で依頼登録をしたあと、実際に討伐した魔物の証や、魔物自体を収納するのだ。
今回は、魔物自体がそこまで大きくなかったため、全て回収の依頼だった。
これを個人で買うと凄い金額になるが、ギルドはお抱えの魔術師に付与させているらしい。
自分でも付与は出来るはと言えばは出来るのだが、安定した空間を作るのは、感覚的に5m³くらいまでしか安定させられないのだ。
これはやはり慣れと技術の問題なのだろうが、今はとりあえずギルドの階位をあげて、《暗黒領域》に入るための許可が欲しい。
そのためにはコツコツと成果を重ねて、自分の有用性と実力を知らしめなければいけないのだ。
「では今回は魔物は《魔核》を含めてすべて納品でよろしいですね?」
「ええ、お願い」
《魔核》は魔物が発生する際に必ず持っている石状の《魔気》の塊であり、日々の生活の燃料として使われる。
魔物が使うような術式の解析も進んでおり、それの一部が一般の生活の中に普及しているのだ。
当然それの買取は、日々の生活に使われるということでかなりのいい値段になる。
自分の場合使い道が無いわけではないが、あの大きさの魔物からとれる《魔核》はたかが知れてる。
自分が頷きを返すと、職員の人が受付の奥にある魔物を置くスペースにカエルを出していく。
大体30~40匹は倒し、なおかつ状態もいいと自負していたので、今日もそこそこの収入を得ることが出来た。
―――今日の仕事は、これで終わりだ。
☆
宿に戻ると、人の影がエントランスにそこそこあった。
この時間に人が多いのは珍しいなと思っていると、耳に会話が入ってくる。
……明日からの食事をアカシアに任せてみるという会話がオーナーたちから聞き取れた。
明日の朝食はここで食べていこうかと考えると、少し心が弾んだ気がした。
部屋に付いたら、鍵を使って中に入る。
「ふぅ……」
やはり、人の視線があると安堵すると同時に緊張してしまう。
外に出ていると、無意識のうちに何かの要因で緊張してしまうのは、内弁慶な私の悪いところだと思う。
メイスをベッドの淵に立て掛け、胴鎧は脱いでしまう。
服を下着以外全て脱ぎ、ベッドに倒れる。
外を歩くのは楽しいが、同時に体力を使うということを、外に出てから初めて知った。
それでも、私は外に出てから、たくさんのことを知ることが出来た。
私は、こんな日常を送れて幸せだと思う。
―――この時の私は、変わらないものなどないのだということを、知っている振りをしてすごしていたのだ。
チュートリアル的な戦闘と旗ということで
次回からシリアス(?)に入ります(前書きの件