・主人公
名前:クライン・クルーガー 15歳
武器:ハンターナイフ改
防具:ハンターシリーズ
第1話 これから始まる物語は
それは、荒々しくも眩い時代。とある地に、《ココットの英雄》と呼ばれる伝承が今も語り継がれている。
遥か昔、深紅の一本角を持つ飛竜がアルコリス地方の《ココット山》に現れた。その飛竜は《一角竜》と呼ばれ、周辺の集落を蹂躙し、甚大な被害をもたらした。当時、巨大なモンスターは自然災害と同じように扱われ、人間がそれに立ち向かうことなど不可能だとされていた。
しかし、そんな時代にも、人知れずモンスターを狩る者たちがいた。彼らは後にハンターと呼ばれるようになる者たちの前身である。
巨大な剣、槌、槍。彼らは自らの体格を超えるほどの武器を操り、命を賭してモンスターを狩ることで、人々の生活に静かな安寧をもたらしていた。
その一角竜討伐に名乗りを上げた者の中に、ひとりの竜人族がいた。彼もまた、モンスターを狩る者だった。大きな武器が効果的とされる中で、彼は左手に小型の剣、右手に盾という異色の装備を手にしていた。その姿は他のハンターたちの嘲笑を買った。「そんな貧弱な装備で、一角竜に立ち向かうのか」と。
それでも彼は挑んだ。伝承によれば、彼と一角竜との戦いは七日七晩にも及んだという。最終日には水も食料も尽き、死すら覚悟の上で、彼は無心の境地で剣を振るった。そしてその一撃が、一角竜の深紅の角を打ち折り、ついにその巨体を倒すに至ったのだ。
この偉業により、彼は狩猟地であった《ココット山》にちなみ、《ココットの英雄》と称されるようになった。そして彼の功績は、ハンターという職業を世に知らしめるきっかけとなった。英雄を中心に、ハンターを職業として認める動きが広まり、彼らを管理・統括する組織、ギルドが設立されるに至る。現在の狩猟時代の礎を築いたのは、紛れもなくこの英雄の力である。
英雄の最後の仕事は、山ほどの巨体を持つ《老山龍》の討伐だった。その古龍は「歩く天災」や「動く霊峰」とも呼ばれ、ただ歩くだけで森や街を壊滅させる力を持っていた。突如アルコリス地方に現れたその脅威に、英雄は再び立ち上がった。
当時、彼には白水晶の輝きよりも美しいと称えられる婚約者がいた。彼女は討伐に同行したいと申し出た。危険な戦いになることを理由に彼は反対したが、彼女の強い意志に折れ、5人の編成で老山龍討伐に向かうこととなった。
戦いの末、彼らは老山龍を討つことに成功する。しかし、その代償はあまりにも大きかった。最愛の婚約者が命を落としたのだ。この出来事が英雄をハンター引退へと追い込んだ。また、この悲劇を教訓に、ギルドでは狩猟に向かう編成を4人までとする規定が設けられることとなった。
その後、英雄は一角竜を討ち取ったココット山の麓に《ココット村》を興した。失われた最愛の命を思い、彼がどのような想いで村を築いたのか
――それは今となっては彼のみぞ知ることである。
ーーー森と丘ーーー
ココット村の南東、アルコリス地方には《シルクォーレの森》と《シルトン丘陵》と呼ばれる広大な自然が広がっている。この地はギルドによって《森と丘》として狩猟地に定められた場所である。
シルトン丘陵は一見、穏やかな平原が続き、草食種のアプトノスが群れをなしている。しかし、奥深く進めばその静けさは一変し、凶暴な肉食獣が闊歩する危険な領域が待っている。シルクォーレの森にも、草食種のほか、凶暴なブルファンゴや鳥竜種ランポスが生息しており、この地の生態系は決して単純ではない。
温暖な気候は生物の繁栄を促し、様々な飛竜種が飛来する。この地の生態系の頂点に君臨するのが《火竜・リオレウス》だ。その存在が森と丘の象徴となっている。しかし、ベースキャンプ周辺は比較的安全なため、新米ハンターにとっても活動しやすい狩猟地となっている。
物語の主人公《クライン・クルーガー》もまた、ベースキャンプ近くの平原でアプトノスの生肉を集める依頼に励んでいた。
片手剣の《ハンターナイフ》を振り下ろし、アプトノスの横腹に刃を叩きつける。しかし、この武器は切れ味よりも打撃力に近い性能だ。斬りつけるというより、殴りつける方が正しい表現だろう。
数度の一撃を受け、アプトノスは断末魔の声を上げて地に伏した。その様子を見た仲間たちは危険を察し、川を越えて逃げ去っていった。クラインは群れが安全な場所へ渡り切るのを見届けてから武器を収めた。
「これで十分だな。」
依頼は『生肉の納品』。新米ハンターの定番であり、クラインも半年間この手の依頼を繰り返していた。ハンターとは、ただモンスターを倒せば名乗れるものではない。この世界では自然との調和が何より重要であり、力だけに頼れば破滅が待つ。狩りはあくまで必要最低限にとどめ、無駄な討伐は避けるべきだ。それがギルドの理念であり、この地でのハンターの基本だ。
剥ぎ取り用のナイフでアプトノスの肉を丁寧に切り分け、クラインは持参したポーチに収めていく。狩りを始めて半年。大型モンスターにはまだ挑んでいないが、解体の技術だけは着実に向上していた。
「よし、いい感じだな。」
肉を仕舞い込み、クラインはベースキャンプへと続く坂道を登る。このキャンプは洞窟を利用した安全地帯であり、支給品ボックスや納品用ボックス、簡易ベッドが設けられている。ギルドが設けた狩猟地の拠点として機能し、モンスターが近づけない場所に設置されているのだ。
赤い納品ボックスに生肉を収め、任務は完了となる。後は信号弾を打ち上げ、ギルドの迎えが来るのを待つだけだ。
「迎えまで時間があるな……少し掘りに行くか。」
クラインはピッケルを手に取り、再びキャンプを後にした。
ーーーココット村ーーー
「フォッフォッフォッ、クラインや、ご苦労であったな。」
「どうも。」
クラインは短く挨拶を返し、目の前で大タルに腰掛ける村長を見つめた。この老人が、かつて《ココットの英雄》と呼ばれた伝説のハンターだというのか――その疑念が頭をよぎるのも一度や二度ではない。
村長から差し出された一枚の羊皮紙に、クラインの視線が吸い寄せられる。
「さて、次の依頼じゃ。お主に託すとしよう。」
クラインは羊皮紙を受け取り、内容を確認した。
「ドスランポス……。」
羊皮紙には《ドスランポス1頭の討伐》と書かれていた。鳥竜種に分類されるこのモンスターは、ランポスの群れを率いるボスで、鮮やかな朱色のトサカと鋭い牙、爪を持つ。その凶暴性から大型モンスターに分類され、新米ハンターにとっては一つの壁となる存在だ。
「どうじゃ?そろそろ討伐依頼を受けてもよいころじゃろ。」
「うん、村長がそう言うなら、頃合いってことだね。」
クラインは落ち着いた表情で返事をするが、その胸中では冷静に計画を練り始めていた。ドスランポスとの戦いに向けて、装備や準備が本当に万全かどうか――慎重な性格の彼にとって、そこを確認せずに行動することなどありえない。
「フォッフォッフォッ、お主なら問題なかろう。装備の方も準備は万端かえ?」
「まぁ、準備はしてきたつもりだけど……もう少し整えておくよ。」
クラインは村長と別れると、その足で村の加工屋へ向かった。
ーーーココット村加工屋ーーー
加工屋は村の一角にある木造の建物で、内部は金属を打つ音が響いていた。入り口に立つと、店主が快活な声でクラインを迎えた。
「おお、クライン!今日は何を作るんだ?」
「ドスランポスの討伐依頼を受けたんだ。そのために装備を整えたい。」
クラインが集めた素材を台の上に置くと、店主はそれを手に取り、ひとしきり眺めた。
「ほう、さすが村長の一番弟子だ。これだけ素材があるなら、武器の強化も防具の新調もできるぞ。」
「ありがとう。いつ討伐依頼が来てもいいように納品依頼の合間に少しずつ集めておいたんだ。」
クラインは、過去の依頼で集めた鉱石やモンスターの素材を加工屋に預け、必要な強化を依頼した。彼はこれまでも地道に素材を集めることを怠らなかった。それは彼が慎重で計画的な性格ゆえだった。無駄な狩りをせず、必要な素材を無理なく揃える――これが彼のスタイルだった。
「なるほどな、お前さんらしい準備の仕方だ。安心しな、最高の装備に仕上げてやるさ。」
「助かるよ。精算ももう済ませちゃおうかな?いくらくらいになりそう?」
「クラインの初陣だ!今回はまけといてやるよ。」
「そんなの悪いよ!俺だってやっとハンターになったんだ。いつまでも子供扱いしないで、少しでも村に貢献させてよ。」
「へっ…。お前も立派になったんだなぁ…。」
加工屋の店主が感慨深そうにそう言い、鼻をすすった。
「や、やめてよ。」
「ご両親も、お前の成長した姿をさぞ喜んでるだろうよ。」
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地道に集めてきた武器と素材、ゼニーを加工屋の親父に預け、後にしたクラインは、空を見上げて深呼吸をした。
クラインがまだ幼かったころに両親が死んだ。ハンターをやっていた両親は、ココット村のハンターとして、働いていた。両親が命を落とすことになった狩猟相手は鎧竜グラビモス。
特段、そのモンスターに復讐しようと思って、クラインはハンターになったわけではなかった。ただ漠然と自分も同じハンターの道を進むものだと考えていた。もっとも、両親を葬った個体は、別のハンターに狩猟されていることだろう。
クラインの両親はミナガルデまで、その名が知れ渡るほど有名なハンターだったと村長はよく話をしてくれる。
ーーーココットの英雄に最も近かったハンターだ。
村長は、自分の後を継ぐものだと思っていたのだろう。
とはいえ、クラインは両親のように英雄を目指すわけではない。ハンターという職業に就いていながら、名声などに興味はなかった。
ただ、親のいない自分をここまで育ててくれた村長をはじめ村のみんなの役に立ちたい。そんな思いの方が強かった。
先のことは、まだあまり考えていない。自分が今、できる目の前のことを、一つ一つこなし、村人たちの暮らしを守る。それが今の自分にできる精一杯の役割だ。
「俺ができることから始めるんだ。」
半年間、生肉納品や採取依頼をこなす中で集めてきた鉱石やモンスター素材。それらはすべて、このために準備してきたものだ。これらが完成すれば、自分にとって初めての本格的な狩猟に赴く。
「慎重すぎるくらいで丁度いい。」
そう自分に言い聞かせ、クラインは預けた《ハンターナイフ》を思い返した。
ハンターになる以前から、訓練所でも使っていたクラインの愛用武器だ。
そのナイフでどれだけのモンスターと向き合ってきただろう。小さなナイフと盾でも、やれることはたくさんあることを知った。だが、これから先の狩りでは、それも通用しない。
両親がこの村のために狩りに挑んだように、自分もまた村人たちの穏やかな生活を守るために動き出す。それが、幼いころから受けた教えと、この村への恩返しでもあった。
「俺は俺なりにハンターをやってくよ。父さん、母さん。」
静かに呟き、クラインは村を見渡した。村人たちの笑顔や温かな暮らしが、夕陽の光の中で輝いている。その景色を心に刻み込み、彼は次なる狩りに向けて意気込みを新たにした。《森と丘》で待つドスランポスに挑むために。
ーーー森と丘ーーー
岸壁と木々に囲まれた狭い空間を、穏やかな風が吹き抜けていく。武器や防具に身を包んでいなければ、ここが狩猟地であることを忘れ、ピクニックにでも来たのかと錯覚してしまうほど、のどかな空気が漂っていた。
クラインは念入りに装備の手入れをしていた。その手には昨日と変わらぬ見た目の片手剣が握られている。
《ハンターナイフ改》。以前の《ハンターナイフ》から一段階強化させたクラインの新しい武器だ。見た目はそのままに、採掘した素材を加工させ、さらに攻撃力や切れ味が増した。
同時に、これまで使っていた《レザーシリーズ》の防具を《ハンターシリーズ》へと買い替えた。結果、貯め込んだゼニーと貴重な鉱石は一瞬で消えてしまった。
だがそのおかげで、ドスランポスと渡り合うには十分な装備になったと言えるだろう。
「よし、気合入れていくぞ!!」
クラインは改めて装備の緩みや武器の刃こぼれがないかを確認すると、支給品ボックスから地図や回復薬、携帯食料を取り出した。携帯食料を手に取ると、眉をひそめる。
「これ、あんまり好きじゃないんだよなぁ。」
ぼやきながらも、クラインは食料を頬張る。お世辞にも美味いとは言い難いが、空腹を満たすには必要不可欠なものだ。こんがり肉の方が美味しいが、今日は肉焼きセットを持参していない。かさばる道具は戦闘中に邪魔になるし、今日は討伐が目的だ。
「まずは獲物を探すところだな。」
静かに呟き、クラインはベースキャンプを後にした。坂を下り、広がる草原を進む。
見慣れた景色。だが、視界に映る景色がいつもとどこか違うように感じられた。
目の前には、アプトノスが優雅に闊歩する。いつもならアプトノスを狩り、肉を取るところだが、今日は目もくれない。
標的ではないと、アプトノスはその愛らしい姿がより際立つ。普段は温厚で人を襲うことはなく、荷車を牽かせて狩場まで移動する際にも世話になる頼もしいモンスターだ。
アプトノスが群れる平原を抜けると、今度はランポスのたむろするエリアへとたどり着く。アプトノスのいたエリアと一つ隣り合っているものの、ランポス達が先ほどの丘に出てくることはない。
縄張り意識が働いているのか、それともアプトノスを追うにはリスクがあるのか。いずれにせよ、自然界の生態系が垣間見える。
ランポスは鳥竜種に分類されるモンスターで、青と黒のストライプの鱗と黄色い嘴が特徴だ。通常は単独であれば脅威ではないが、群れで行動するとその凶暴性は侮れない。そして、その群れを率いるのが今回の標的である《ドスランポス》だ。
その違いは一目瞭然だ。通常のランポスより一回り大きな巨体、発達した鋭い爪と牙、そして何よりも目を引く鮮やかな赤いトサカ。群れのボスである証がその姿にはっきりと刻まれている。
中腹に位置する丘の一角で、大きな影が動いた。ひときわ目立つそのトサカが、ドスランポスだ。
「もういたか…!」
クラインは思わず呟いた。群れの中心に君臨するドスランポス。その堂々たる佇まいには、確かな威圧感が漂っている。だが、注視していると一頭のランポスがクラインに気づいたようだった。
ランポスが甲高い声を上げ、侵入者の存在を仲間に知らせる。次の瞬間、群れ全体の視線がクラインに向けられた。赤いトサカの主ーードスランポスも、クラインを捉える。
「やるしかない!」
クラインは納めていた片手剣を抜刀し身構える。いよいよ狩猟の始まりだ。
クラインはドスランポスを中心とする群れから距離を取りながら、動きを観察する。
あちらも警戒しているのか、すぐには攻撃してこなかった。ランポスだけであれば、発見された途端に、有無を言わさずこちらの跳躍して飛び込んでくるが、今日は大人しい。
ーーー群れのボスがいると、ここまで統率がとれるのか。
いつものと違う動きに困惑しながらも、クラインは片手剣を構えて、ジリジリと距離を詰める。
ドスランポスがこちらの方に向けて咆哮をあげ、姿勢を低くした。通常のランポスとは一回り大きい身体が大きく跳躍する。
ドスランポスが地面を蹴って跳躍したタイミングで、クラインは横に転がり、難なくこれを避ける。
クラインがさっきまでいた場所に着地したドスランポス。着地の衝撃で、ドスランポスの鋭い足の爪が地面を抉っていた。
ランポスは鋭い爪や牙を持つ攻撃性が高いモンスターだ。防具を着ていても、まともに食らえば致命傷となるほど凶悪な攻撃だ。
それがドス級ともなれば、威力はけた違い。その証拠が抉れた地面だ。あの跳躍をまともに食らえば、クラインも窮地に追いやられるだろう。
敵の挙動を一つ一つ確認して、確実に致命傷は避けなければいけない。ドスランポスの次の動きを確認するため、視線はドスランポスにくぎ付けとなる。
ーーーギャアッ!ギャアッ!!
その間も、周りからはランポスの鳴き声が響き渡る。
ドスランポスは大型モンスターの中でも、比較的下位の位置に分類される。
新米ハンターが狩る最初の狩猟相手に推奨されるモンスターだ。だからこそ、村長はクラインに依頼を託したのだろう。
だが、新米は新米。まともな大型モンスターの相手など、今回が初めてだ。ましてやボスにも気を使いつつ、周りのランポスにも気を向けないといけない。
ドスランポスの恐ろしいところは、単体の強さではなく、群れによる危険性の高さだ。ランポス種は基本群れて行動をする。ドスランポスがいない群れでは、小型のランポスが群れを成して襲ってくる。
それでも、新米ハンターであれば十分脅威であれば、ある程度、討伐に慣れてしまうと、どうということもない。ランポス数頭の討伐依頼は、クラインも何度かこなしたことがあった。
ドスランポスがいる群れの大きな違いは、統率された連携にあった。
ドスランポスの跳躍攻撃を避けた直後、その隙を狙うように、ランポスがクライン目掛けて飛び掛かってくるのを視界の端にとらえる。
回避態勢から立ち直ろうとしていたクラインは無理やり身体をひねらせ、その攻撃も避けた。ゴロゴロと転がるだけの無様な姿を敵前に晒しているが、狩るか狩られるかの命のやり取り。羞恥の意識なんぞ持ち合わせていなかった。
「このままじゃ防戦一方だ…!なんとか攻撃のチャンスを…」
ドスランポスとランポス3頭に囲まれるクラインは1体ずつ観察し、次は誰が攻撃を仕掛けてくるか警戒する。
抜いた片手剣を一度も振るえぬまま、時間だけが過ぎていった。
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ドスランポスの大きな攻撃は大きく跳躍する飛び込み攻撃だ。落下運動に合わせて、その巨体による重量を掛け合わせた爪での攻撃が、かなり凶悪である。
だがその分、隙も多い。その隙を埋めるように、周りのランポスが飛びついてくるのだ。これがこの群れの狩り方なのだろう。だが、その跳躍攻撃自体、距離が離れていないと攻撃は不可能である。
ゆえに、付かず離れずの距離を保ちながら、適切に攻撃をしてくるのが、有効であることが分かってきた。
ドスランポスに近い時、周りのランポスは下手に攻撃を仕掛けてこない。自身が攻撃の巻き添えになることを分かっているのだろう。クラインを挟み込むような陣形を取ってくるが、円を描くように移動をすればその陣形も意味をなさず、ついでにかく乱にもなる。
攻撃を与えられる機会を得ることができたが、近接戦闘は常に緊張感が張り詰める。距離が近いため、噛みつきやひっかきといった攻撃を比較的受けやすい。
幸い、予備動作もわかりやすいので、致命傷とならないが、それでも防具をかすめ、微量ながらダメージは蓄積されていった。
何度斬りつけたのだろう。
何十、何百と腕を振り、剣を目の前の巨体に叩き込む。クラインの体格を遥かに上回る巨体に、刃を振るうたび腕は重くなり、剣の切れ味は鈍くなっていた。《ハンターナイフ改》はナマクラと化していた。
今や「斬る」というより表現よりも「殴りつける」という表現が相応しい。
剣が刃こぼれを起こせば一旦引いて砥石で研ぐものだ。
しかし、今のクラインに、そんな余裕はなかった。
周囲にはランポスの群れ。背を向ければ命を奪われる。斬りつけることさえできれば、防戦一方であるよりはマシだ
その思考だけがクラインを突き動かしていた。
ドスランポスの鋭い爪が防具を削り、防具越しにわずかずつ体力を蝕んでいく。その度に感じる鈍い痛みも、長引く戦闘の中で次第に麻痺していった。恐怖心も、戦いの中でどこかへ消え去っていた。今のクラインは本能だけで動いている。目の前の攻撃を避け、反撃を加える。その繰り返しだった。
『俺は、なんでハンターになったんだっけ?』
停止していた思考に、なぜかその問いだけが浮かんできた。
今から約10年前。クラインがまだ6歳だったころの記憶が脳裏をよぎる。
ある日、両親は狩りに行ったきり、帰ってはこなかった。ハンターだった父と母は、鎧竜《グラビモス》の討伐依頼を受け、火山地帯へと向かい、そのまま帰らぬ人となった。
遺体は発見されることなく、グラビモスに食われたとも言われていたが、村長の話では「グラビモスは爆発性のある鉱物を食べるモンスターだ。人を食らうことはあるまい」とのことだった。
ーーー狩猟中、モンスターに追い込まれマグマへ落下したのだろう。
ミナガルデギルドはそう結論付けたらしい。
クラインは両親が亡くなったという事実に涙が止まらなかった。しかし、それ以上に強烈だったのは、自然への途方もない恐怖であった。
自然が持つ絶対的な力。その前では人間の命がいかに脆いかを思い知らされ、クラインはただ怖くて泣いた。
両親の死から数か月が過ぎ、すっかり立ち直ったある時、クラインは漠然とある思いを抱いた。ハンターになる、と。
自身がグラビモスを狩り、両親の仇を討つなどとは到底思っていない。ただ、あの時感じた自然への絶対的恐怖の真意を、この目で、身体で体感してみたかった。
その恐怖心が、今のクラインを包み込んでいた。両親の死を聞き、モンスターや自然に感じた畏怖の念をを、ドスランポスと相対している今、強烈に感じ取っていた。
恐怖心とともに、浮かんでくる過去の情景や心象。忘れていた当時の気持ちが駆け巡っていた。
乱れる息の中で、クラインはふと気づく。目の前のドスランポスの動きが鈍くなっている。いや、自身の視界に移るものがやたら遅くなっているような気がした。
『そういえば、人が死ぬときって……』
ーーーココット村ーーー
温暖な気候に囲まれたココット村は、季節によっては美しい桜が舞う村だった。ちょうどクラインの家の裏には桜が芽吹く大きな木があった。
「クラインがハンターになってまだ三か月ほどか…。すっかり桜も散ってしまったのう。」
村長は緑に生い茂る大木を見つめながら呟いた。大木の麓には立派な装飾が施された盾が飾られている。その下の大きな岩には一本の剣が突き刺さっていた。
《ヒーローブレイド》。
かつてココットの英雄が使っていたとされる片手剣。逸話の一つに「ドラゴンの額に突き刺さり、抜けなくなった」という話があるが実際は、クラインの家の裏、大木の下に安置されている。その剣を見つめながら、村長は古い記憶を辿っていた。
《パトリック=クルーガー》と《レオナ=クルーガー》。
それがクラインの両親の名前だった。彼らは、ココットの英雄の話を聞いてミナガルデから移り住んできた夫婦ハンターであり、子供がいながらハンター稼業を続けていた。その時、クラインはまだ1歳だった。
子育てのため、レオナは一戦を退いており、パトリック単独での狩りが多かった。クラインを授かる以前、パトリックとレオナは2人で狩りに出ており、ミナガルデでは有名なコンビで《紅翠の双星》と呼ばれていた。
この異名は、2人が扱う武器からくるものである。パトリックは火竜リオレウスから作られた大剣を、レオナは雌火竜リオレイアから作られたライトボウガンを使っていた。
村に来てからのパトリックの貢献度は目覚ましいものだった。近隣のモンスターの討伐や行商人との交渉、村の流通拡大。彼はまるで村長の手足のように働き回った。やがてレオナも子育てが一段落した後にハンターとして復帰。ココット村に《紅翠の双星》が移住したことは、ミナガルデでも大きな話題となる。
《紅翠の双星》の復帰により、ミナガルデギルドから高難度の依頼が舞い込むようになった。ある日、2人に託されたのが《鎧竜グラビモス》の討伐依頼。
火山近くの村に危害を及ぼしているグラビモスの討伐依頼。火山付近の物資の供給が、グラビモスにより滞り、村人たちの生活を脅かすため、緊急を要する内容だった。
無論、《紅翠の双星》にはグラビモス討伐の経験があり、難しい仕事ではないと誰もが考えていた。だが、数日後、彼らの訃報がギルドから伝えられる。
「信じられない…」村長をはじめ、村の誰もがそう思った。二人は冷静に狩りを行うタイプであり、狩猟の続行可否を的確に判断できる人物だった。
ギルドからの報告では、討伐対象のグラビモスは衰弱し、腹部の甲殻が割れ、尻尾も切断されていたことが確認されたという。討伐寸前まで追い込んだのは明白だったが、彼らの遺体は発見されなかった。火山地帯で、特に凶暴なモンスターも多いことから、遺体はすでに食べられた後か、あるいは溶岩に飲まれたのだろうとギルドは結論付けた。
その後の捜索で、パトリックが使っていた大剣《ジークムント》が発見されたことで、死亡は確定的となった。
「狩りにおいて最も大事なことは冷静でいることだ。」
生前、パトリックがよく口にしていた教訓である。その教えは、村長を通してクラインにも伝わっていた。
6歳の幼子を残して逝ってしまった2人に対し、深い同情の念を抱かずにはいられなかった村長は、残された息子クラインの面倒を見ることにした。
「お主がハンターになりたいと言ったときは、心底びっくりした…。お前のことだ。無茶な狩りはしないと思うが、どうか無事に帰ってきておくれ。」
村長はかつての愛剣を見つめながら祈るように呟いた。
ーーーベースキャンプーーー
振動とともに、アイルーの「ニャーニャー」という鳴き声が耳に届く。それも一匹ではない。四方から聞こえてくるその声に、クラインは少しづつ意識を取り戻す。 やがて身体が浮いて、次の瞬間には硬い地面にドサッと体を打ち付けた。
「いってぇ!!」
全身に鈍い痛みを感じながら、クラインは目を開ける。
「ここは…?」
周囲を見渡すと、天幕越しに光が差し込むベースキャンプの風景が広がっていた。ニャーニャーと鳴きながら、外へ消えるアイルーたち。荷車を引くアイルー達の姿見えた。
ーーーなるほど、ネコタクか…。
アイルーは猫系の獣人族である。原始的な生活を好む獣人族の中において、人間とは友好的な関係を築く種が多い種族である。まれに人語を話すほど、声帯が発達した種もいるほど、知能が高い。
人間たちの経済圏の中で生活する種もおり、そういった種は人間に雇われて仕事をすることもある。今回、クラインが運ばれてきたのは《ネコタク》と呼ばれるもので、狩猟中に力尽きたハンターを運ぶのが仕事だ。
力尽きるというのは、生存している状態で狩猟の継続が不可能と判断される気絶や大けがを負うことが該当するが、その匙加減はアイルー次第なところもある。
運搬費用は、依頼の報酬金の三分の一をもらうことになっており、ネコタクアイルーからしたら、ハンターはどんどん力尽きた方が良いとも思っているらしい。
「そっか負けたのか…。」
クラインは防具越しの傷を眺めながら、先ほどの戦闘を振り返る。周囲のランポスからの攻撃を受けながら、ドスランポスを狙い続けた。モンスターたちは個々の動きこそ単純だが、群れの連携でハンターを追い詰める力を持っている。
「今回の討伐対象はドスランポス一頭だけど、あの群れとも同時にやりあわないといけないのか…。」
ベースキャンプで一人ぶつぶつと、頭を整理していく。
「基本的な攻撃はドスランポスだ。とはいえ、周りのランポスも攻撃を加えてくるわけで…。」
ドスランポス以外に、周りに3頭ほどのランポスが群れを成していた。4対1の状況である。通常、その状況であれば総攻撃を仕掛けることで、標的を仕留められると考えられる。クライン自身も、総攻撃を仕掛けられたら、死を覚悟していたであろう。
「メインの攻撃をドスランポスが行って、その隙を埋めるようにランポスが攻撃しているんだ。」
クラインは村長の言葉を思い出す。
「狩りで最も大事なことは冷静さか…。」
攻撃を与えることだけに集中しすぎて、猪突猛進な攻撃ばかりをしていた。一方通行でそれでいて冷静さの欠片もない狩りだったろう。
「村長が見てたら、きっと怒るだろうな。」
クラインは深く息を吸い、立ち上がると支給品ボックスに向かった。携帯食料を手に取り、栄養を補給するため一気に平らげる。
「次戻ってくるのは、ドスランポスを倒してからだ!」
決意を胸に、クラインは《ハンターナイフ改》の柄をギュっと握りしめた。
ーーーエリア10ーーー
エリア10は森の中にあるエリアで、水場などもあり、時節モンスターが水を飲みに来る光景が見られる場所だった。
その森の中、小さな水場の近くにドスランポスがいた。その周りに3頭のランポスが固まっている。群れは常に何頭かで行動をしているようでドスランポス1体になることは決して無いようだ。
エリアに侵入したクラインは草陰からドスランポス達の様子を伺う。
躍り出て一気に戦闘に持ち込むのもいいだろうが、今回は真正面から飛びかからずに周りのランポスを一頭一頭狩り、最後にドスランポス本体を叩く作戦を立てていた。
なるだけドスランポスによる発見を送らせて一頭でも多くランポスを狩る。おそらくすぐに増援が湧いてくるだろうが、それでも先手をとって頭数を減らせば形勢は手動できたようなものだろう。
しかし、こうも固まっていては攻撃できる機会がない。クラインは草陰から息を潜めてドスランポスが率いる群れを観察していた。
野生で生きてきた性質か、自分は水場で給水をしている最中も周りのランポスに警戒をさせているようだった。こう見るとモンスターもある程度、頭を使えるのだと思った。
ゆっくり慎重に木々の影からクラインはランポスの動きを見張っていた。ゆっくりと距離を近づけようと思い、低姿勢のまま一歩進み出た時。
ーーーパキッ。
地面に落ちていた小枝を追った音が森のなかに響き渡る。一斉にランポスの群れがこちらを向いて、1頭のランポスがこちらに迫ってきた。
クラインの心臓の音も森のなかに反響するのではないかと思うくらい跳ね上がり、迫り来るモンスターの群れを見て、クラインは腹を括った。
「逆に好都合さ…。」
ドスランポスは水を飲んでいたため、動きが少し遅れている。その間に子分のランポスが迫ってきた。
1匹のランポスに狙いを定めて、クラインは攻撃態勢に入る。確実に剣を当てながら、奥にいるドスランポスにも気を払う。
「ドスランポスが反撃に移る前に、少なくとも1頭は仕留めておく…!」
クラインは近づいてきたランポス1頭に向けて剣を振るう。背後のドスランポスにも気を配りながら、一撃一撃を確実に与えていく。剣を数振りすると1頭は絶命した。ランポス1頭だけであれば、以前から狩ってきた。そう1頭1頭"冷静に"立ち回ることができれば、脅威ではない。
「まずは1匹…!」
続いて、後方から他2頭もクラインに迫る。ドスランポスもこちらに駆けてくるのが見えた。ドスランポスは姿勢を低く構える。
ーーーあれは跳躍の体制…!!
直後、ドスランポスが跳躍し、同時にランポスの群れはクラインの周囲から散った。しかしクラインはドスランポスの着地点からはすでに移動しており、わずかにズレた位置にいた。
ドスランポスが着地した場所の真横。周りのランポスが距離を取り、空間になっていた場所にローリングで避けていた。
クラインはドスランポスが着地するタイミングに合わせて思いっきり剣を振る。一撃、二撃、三撃。確実に攻撃を与えてダメージを稼ぐ。幸い、ドスランポスはそれほど頑丈ではなく、三撃目にはギャー!と鳴き、怯む様子を見せる。
ドスランポス達の攻撃連携は基本的にヒット&アウェイ。
ドスランポスが攻撃の手を休めると、周りのランポスが攻撃を加える。逆に回りのランポスの攻撃が止まるとドスランポスからの攻撃がくる。隙をみせない連携になっているが、唯一この跳躍のタイミングだけは大きな隙ができる。
大きな動作によるものだろう。周りのランポスも攻撃に巻き込まれないように十分に距離をとろうとする。そこを狙う。ドスランポスはある程度距離があく開くと、跳躍により距離を詰めながら攻撃をしてくる。基本的には、近接戦闘を用いるのが、ドスランポスである。
そして、ドスランポスが攻撃をし終わった後は、周りのランポスが攻撃を仕掛けてくる。この際は、攻めに回ること。ランポスを1頭ずつ仕留めていき、あちらの数を減らしていく。あちらがヒット&アウェイならこちらも同様。
邪魔な周りのランポスから狩り、あちらの連携を瓦解させていくことがドスランポス攻略のカギになると悟ったクラインは、頭で思い描いていたさ苦戦通りの動きをする。
ドスランポスが跳躍攻撃を仕掛けてきたときは確実に避けて、ドスランポスに数発当てる。その後、ランポス達が攻撃してくるので、いなしながら確実に1頭を仕留める。
数回のやり取りの後、ランポス3頭の死体が両者の間に転がっていた。
そして形勢は逆転した。今まで受け手に回っていたクラインだが一気に攻めの姿勢へ転ずる。おそらくまだ森の奥に仲間がいるのだろうが、呼ばれる前にこのまま押し切る。
「やあぁぁ!」
残されたドスランポスも、危機を感じたのか、攻撃に精細さがなくなっているように感じた。確実に相手のドスランポスが弱ってきているのがわかった。
腕に精一杯の力を込め、剣を振るう。ドスランポスの表皮を割く感覚が剣先から伝わり骨に当たる。そのままクラインは切断する勢いで思いっきり剣を振り抜いた。
ーーーココット村ーーー
「どうじゃった?クライン?」
村に帰ってきたクライン。相対した村長のヒゲに隠れた口元が笑っているのがわかった。
今でこそ年老いて弱々しい印象を受けるが、これでもココットの英雄と呼ばれていたハンターであり、ハンターの祖とでもいうべき偉大な存在だ。今まで世話になってきて、そんなこと一度も思わなかったが、改めて目の前の村長に対して尊敬の念を抱く。
クラインは村長から、これまで狩人における数々の心得を教えてもらっていた。簡単な依頼が多かったが、その中でもハンターとして備えておく基本的な教えは一通り教えてもらった気がする。それは、華麗に飛竜を狩るためのノウハウでもなく、狩りにおける立ち回りでもない。もっと根源的な大事なものを最初に教えてもらっていたと、今回の狩りを通じて実感した。ドスランポスの狩猟を通して、村長がこれまでクラインに語りかけていた言葉の真意が少しだけ分かった気がした。
ーーー狩りにおいて大事なことは冷静でいることだ。
その言葉は村長の言葉として強烈になぜか残っていた。だがどこか、村長の言葉ではないような気がしていた。
もしかして…なんて考えが浮かんだが、それを聞くのも野暮なので、今はただその教えを忠実にこなしたからこそ、今の結果があるんだなと思った。
最後の一撃は唐突だった。ドスランポスが突然大きく後方に吹っ飛んだかと思えば、クゥウ…と短くか細い断末魔の声を聴いても、クラインはまだ剣を構えていた。辺りが静寂に包まれるも、緊張感が途切れることはない。
起き上がる前に追撃すべきか、それとも起き上がるまで待つか。時間にしてほんの数秒。だが今思い返しても、数分に感じられた。討伐に成功した実感もないまま、信じられない気持ちで恐る恐るドスランポスに近づく。目は開けたまま、その瞳孔は虚を見つめドスランポスは息を引き取っていた。
クラインが最後に骨まで与えた致命傷ともいうべき一撃。ナマクラとなった剣で攻撃をしていたせいか、よく見ると皮はズタズタになっていた。まともに剥ぎ取れそうな部分は少なかった。3回ほど剥ぎ取り用ナイフを通したところで、自身ではぎ取れそうな部分は一通り剥ぎ取りを終えた。
その後はキャンプに戻ってギルドの迎えを待ち、ココット村へ帰還してきた。
実感はなかった。自分が本当に討伐したのか?と疑問すら覚えていた。
だが、村長を目の前にして、ふつふつとドスランポス討伐の実感が湧き上がってくる。
「わざわざそれ聞くの?」
クラインは笑いながら手に持った麻袋を村長に見せた。麻袋からは、特徴的な赤いトサカ飛び出していた。
それを見て村長は「フォッフォッフォッ!」と笑った。
ーーー今はただ、自分にできることを。
クラインはハンターとしての一歩を歩みだしたのだ。
これから始まる物語の第一歩を。
【1.ハンターズギルドの概要】
ハンターズギルドとは、ハンター達が安全に狩猟を行うための組織であり、元々は各地の狩猟拠点で自然発生的に生まれた職業組合である。
ギルドの目的は、無謀な狩猟による命の危険を減らし、狩猟活動を統制することにある。現在では依頼の斡旋や報酬の管理、狩猟地の運営、装備・補給品の提供など、狩猟を支援する総合的な組織として機能している。
ハンターズギルドへの登録は、満15歳以上からである。ギルドへの登録は、各出張所などでも可能で、登録を行えば誰でもハンターになれる。