季節は寒冷期を迎えた。しかし、ココット村の周辺は温暖な地域であるため、寒冷期であっても影響を受けることはほとんどなかった。昼間であれば肌着で外に出ても、そこまで寒さを感じることはない。むしろ心地良いとまで思うほどである。
クラインの家の裏手にある大きな木も、桜はとっくに散り、次の季節の芽吹きを待ち、徐々に緑色が目立つようになっていた。
木々が揺れて、葉っぱがなびく程度の優しい風が吹く。その風に運ばれるように、ココット村の南側の入り口から、4人の影が見えた。
「マハトさんがあそこで出ていかなければ、僕もっとうまく立ち回れたはずです!」
「バカ野郎!俺が気を引かなかったら、お前んとこに突っ込んできてたかもしれないんだぞ!?」
「でも、僕には盾がありますし…。」
去年、ココット村に来たばかりの新米ハンターの《ティモ=ランケ》と、ココット村出身のハードランクのハンター《マハト=アルペンハイム》が言い争いながら、村の入り口から入ってきた。
「まぁまぁ…。マハトとティモは陽動としての役割だから、二人が前に出てくれて助かったよ。」
「クラインさんが、閃光玉投げなかったら、二人とも危なかったよ。」
クラインが二人を宥め、マルクスが冷静にその時の状況を説明した。クライン達は森丘に《雌火竜リオレイア》の捕獲依頼に出かけ、帰ってきたところだった。
温暖期でもないのに迷い込んできたリオレイアを保護するための依頼である。マルクス達にとっては、初めてのリオレイアとの対峙であったが、ハードランクのハンターであるクラインとマハトが付いていくことで、事なきを得た。
「お?なんだ?マルクス。お前も俺が良くなかったって言いたいのか?」
「違いますよ。どちらにしろ、リオレイアはブレスを吐く態勢を取っていた。あの距離だったら、どうあがいても逃げられないから、クラインさんが助けてくれたってだけの話です。なんにせよ、お二方がいなかったら達成はできませんでしたよ。なんて言ったってハードランクのハンターなんだから。」
「お?そうだよな?ハードランクの俺たちがいなきゃ、お前らがリオレイアの任務に行けるわけもないもんな?」
調子に乗るマハトを見て、マルクスとティモは無言で歩き続ける。クラインもやれやれと言った風に、聞き流した。
今から約半年前。森丘に住み着いた2体の火竜。リオレウスとリオレイアの同時討伐任務を果たしたクラインとマハトは、無事にハードランクへの昇格を果たした。
10代でのハードランク昇格は、稀な出来事であり、そのことにココット村の同業者含めて、みんなが沸いた。
現在、ココット村にハードランクのハンターはクラインとマハトだけだ。クライン達が先導する形で、ココット村へ流れる依頼も、以前よりも様相を変え、高難度の依頼も増えていた。
それにより、ココット村ハンター全体の士気が上がっていた。
偉業といえば偉業であるが、クラインはこれに驕らず以前と変わらない立ち振る舞いをしている。
そもそも、クライン自身、ハードランクの実力はないと思っていた。ハンターランクが単純な依頼の達成率や数、倒したモンスターによるものであれば、必然的に上がっていくだろう。
ハンターランクの仕組みが、依頼の達成度、依頼の難易度によるものなのは理解していたが、こうも順当に上がるものなのかとは考えていた。
自覚がないまま、ハードランクと位置づけられてしまったので、今もまっとうに与えられた仕事をこなしていくが、それでもクラインはより精進していくつもりではあった。
そんなクラインとは正反対に、マハトはすっかり天狗になってしまった。
実際、持っている武器や防具などは、ハードランクらしい装備になりつつある。マハトは十分強い。だが、精神面はまだまだ10代後半のそれで、ハードランクに上がってからは、過信が勝っている。
ただ、実力は伴っており、しっかりと依頼は達成できるので、ハンターとして見たら良い傾向である。
そしてマルクス達もまた、ここ最近ハンターとして急成長を遂げている。ハンターに成ってもうすぐ2年経とうとしているマルクス達だが、ここ最近はクライン達と依頼を共にすることで、その頭角を現し始めてきている。
一部が突出すると、全体の水準が引き上げられる。
クライン達の活躍により、ココット村のハンター達の成果が一気に上がってきていた。クライン達が他ハンターの依頼に付いていくことも起因しているだろう。皆、クラインやマハトの動きを真似、狩りの成功率を高めている。
一方で、ココット村の経済も変わり始めていた。
「お、ハードハンターさんご一行のお帰りか?」
「よぉ!デニス!」
ココット村の中央に構える商店から声を掛けてきたのは《デニス=オーケン》だ。彼はココット村の流通を管理している《デニス・ロジスティクス》の社長である。かつては《デニス商会》として、ココット村と外との流通を担っていたが、彼本来の野心も相まって、ココット村全土の物流は彼が管理している。
4年前に密林の村《メタペタット》から商人の一人としてやってきた青年であるデニス。メタペタットの商人の家系に生まれ、父の影響もあり自身も商売人として成功することに憧れていた。
自尊心の塊だった彼は村に来た当初、マハトとウマが合わずにしょっちゅう喧嘩をしていた。だが、3年前のとある事件をきっかけに和解。それからは、年が近いこともありマハトとは意気投合して、今ではたまに酒場で二人で飲んでいたりする。
「デニス、お前今日の仕事終わりどうだ?もし暇だったら夜に一杯…。」
「いいぜ!明後日から卸しで王都の方まで行ってくるんだ。それまで休もうと思ってんだ!」
デニス商会の仕事の方も調子が良いようで《シルクォーレの森》や《シルトン丘陵》で取れる特産品の卸しも行い、王都まで足を延ばすことも増えた。
それらの採取の仕事も、クライン達ハンターの仕事である。
デニス達がハンターに依頼をし、特産品を仕入れる。その仕入れた特産品を他所へ流すことで流通が巡り、経済が活性する。
数年前と比べて、各段にココット村は発展していた。
「ちょっとデニス!?まだ仕分けの仕事もあるでしょ?」
デニスとマハトが店先で話していると、後ろから《エマ=レームクール》が出てきた。彼女もデニスの会社で働いており、主に経理や商品の管理などを行う。
「あ~っと、悪い悪い…。サボろうってわけじゃないんだ。な!マハト」
「え?あ…。デニス、やっぱり止めとこう。お前は仕事に集中すべきだ。」
「へ?」
マハトが擁護してくれる算段で話を振ったが、あっけなく折れるマハトにデニスは驚いた。
マハトはどうやら、エマの前だと少し弱くなる節がある。あのマハトが、ここまで弱々しい様を見せるあたり、エマに対して特別な感情を抱いているのは明白だった。
ただ、クラインも異性との向き合い方もわからないので、話に乗ってあげることもできなかった。マハトも10代後半からハンター一筋でやってきているので、どう接したらいいのかわからないのだろう。
いつか実る時はあるのだろうか…、とクラインは思った。
「あ、お帰り!クライン!」
店の横にアプトノスが立っている。それはデニス商会の荷車を牽くためのアプトノスで、商会にはこれを世話する係の者もいる。それが、いま声を掛けてきた《アントン=プレル》だ。彼は商会の運転手としても働いている。
クライン達が外で話していると、外からもう一人、誰かが帰ってきた。
「お帰りなさ~い!ウッツさん」
《ウッツ=フライ》。商会の営業担当で主な実務をこなすのが彼。彼は元ハンターでモンスターとの戦闘で追った負傷が原因で、ハンターを引退。それからは幼馴染であったデニスと共に、商人として働くようになった。
すでに傷は癒えているが、商人として生きることを選んだ彼は、幼馴染でもあるデニスと共に仕事をしていた。
マルクス達同様、ハンター以外にも、この村の若い世代の人たちが育ってきている。元ハンターである竜人族の村長が興した村であるココット村。
《ココットの英雄》の逸話を聞きつけ、この村を訪れたハンターはここ数年で数知れず。しかし、その中でこの村に定住したハンターはごくわずかだった。
クラインの両親もその一部である。しかし、その両親は依頼中に死亡。それまで、この村を引っ張っていたハンターの損失。それ以来、この村は停滞したと言える。
それから数十年。子であるクラインがハンターになってから、停滞していたココット村に活気が戻り始めた。
マハトの帰省と当時にデニス達が村にやってきた物流が整理されていく。ココット村の数年の活気の噂は、他方に及び、ココット村よりさらに西側にある村から、マルクス達がやってきた。
クラインにとって、ハンターになったのは、ただの村の恩返しである。両親がいない自分を、育ててくれたみんなへの恩返し。ハンターになることで、食料や物資などを採取し、危険が及べば狩りに出る。
クラインが思い描いていたハンター生活は、そうやって村の一部としての生きるハンターだった。
だが、その思いが徐々に変わってきていることに、クラインは後ろめたさと歯がゆさを感じていた。
デニス商会の面々と別れ、依頼達成の報告を村長にするため、村中央にある酒場兼ギルド出張所に赴くクライン一行。
すれ違う人達には「お帰り!お疲れ!」と労いの言葉を駆けられながら、凱旋の途をたどる。
やがて、酒場が見え、入口に立つ村長の姿見える。
「ただいま村長!」
「おぉ、おかえり。クラインや。」
いつも通りの狩り終わりの流れである。村長に挨拶をし、酒場内の出張所にて依頼完了の手続きと報奨金を受け取るため、中に入ろうとした。
「ちょっと待っとくれ。クライン、マハト。」
酒場に入ろうと、木扉に手を掛けた時、村長に呼び止められるクラインとマハト。
気を遣ってか、マルクスが「あ、報告は僕らがしてくるんで、大丈夫ですよ。」と言い、マルクスとティモが酒場の中に消えていった。
酒場の入り口で呼び止められたクラインとマハトは、村長の前に立ち、言葉を待つ。
「どうしたんだ?村長。」
「お前らにお達しじゃ。」
「お達し?誰から?」
「ミナガルデからじゃよ。」
「ミナガルデ!?」
クラインとマハトは同時に聞き返した。
ミナガルデとは、クライン達が所属するハンターズギルドの総本山である。西シュレイド地方南部にある街で、かなり特徴的な立地に構えらたハンターが集う街。
マハトは村を飛び出して、一時期その街を拠点にハンターをしていた。
そこから、お達しと言われれば、思い当たるのは特別な依頼くらいだろう。
ハードランクになったクライン達は、その後は依然より多少、手強くなった飛竜などを相手にしてきた。
それらの手柄が評価されたのか。かといって、ランクが上がる以外で、こんなわざわざ呼び止めるほどの”お達し”があるとは考えられなかった。
「一体ギルドが何用で?」
「大したことはない。拠点をミナガルデにせんか?という連絡じゃ。」
「拠点を?」
「そうじゃ。ミナガルデギルドのハンターが、ここ数年、少なくなっているのは知っているじゃろう?」
「うん、まぁ。」
近年、ハンターの減少が問題視されているのは、風の噂で聞いていた。ハンターは、命の危険と隣り合わせの仕事で、年間でも数十名の死者が出ているらしい。だが、それ以上に年々、ハンターを志す者も少なくなっているというのが、昨今の問題だった。
西シュレイド地方には王都もあり、それなりに人口も多いのだが、その王都に住む人は、一生のうちにモンスターを見ずに、その生涯を終える者も少なくないのだという。
しかしながら、王都を離れた地はまさに辺境であり、まだまだモンスターの被害も多い。増えるモンスター被害と相対して、ハンター数の減少は、ギルドにとっても死活問題なのだ。
そのおかげで、クライン達のような出張所を構える村のハンターに仕事が多く舞い込むようになったのは、いい傾向と言える。
だが、ミナガルデの本心としては、自分たちのすぐ手元に、屈強なハンターを置いときたいという想いがあるのだろう。
「ただの人手不足じゃろうて。緊急の依頼を、村に伝令するにも時間はかかるしのぉ。しかし、これは、お主らの腕を買ってのことじゃ。ハンターとして名を売るなら、街に出るのは、またとない機会ではないか?」
「ミナガルデか…。」
「ん~。俺は…複雑だな。ただでさえ出戻りで村に戻ったのに、その上、また街に行くなんて…。」
マハトは一度、街へ出たことがあった。その時は、まだマハトがハンターになって半年かそこらの時である。クライン同様、満足いく依頼をさせてもらえないことに不満を持ったマハトが、家出同然で街に移ったのだ。
だが、結局、街でも思うような依頼も受けれず、やっと受けれた怪鳥討伐の依頼も苦戦をしつつ、一度は失敗。その失敗を活かし、2度目で討伐を果たしたのだ。その経験があり、マハトは1年ほどして村に帰ってきた。
「マハトや。以前とは状況も違うぞ?お主らは、晴れて立派なハードランクのハンターじゃ。お主ら一人一人にビショップの部屋も割り当てられるそうじゃ。」
「ビショップだと!?」
「な、なに?ビショップって?」
ミナガルデの実情を知らないクラインが聞き返す。
「そうか!俺らはもうハード帯だからな!いいか?クライン。ミナガルデギルドでは、ハンターそれぞれに部屋が割り振られる。衣食住をするための住まいだな。」
「あ、あぁ…。」
「その部屋は全部で5つあって、ランクが下から”ポーン””ルーク””ビショップ””クイーン””キング”とあるんだ。ポーンは新米ハンターに割り当てられる部屋なんだが、これがかなりひどくてな。一番部屋数も多いんだが、創りも内装も何もかもあ汚い。まさに豚小屋だ。」
「あまり言うな。マハトや。」
あまりの言い様に、村長もついついマハトの失言に物申す。
「あぁ、わりぃ。ま、俺が住んでた部屋がそこでよ。あまりにひどかったんだ。そんで、ランクが上がるごとに、割り当てられる部屋も変わっていく。ビショップってのはハードランクのハンターだけが入れる、そりゃあ上等な部屋なんだぜ?クライン。お前の実家なんかまだルーククラスだぜ!?ビショップになるとベッドもすげぇでけぇんだ!!」
異様なまでに興奮して語るマハトに若干引きつつ、ハンターであってもそれなりに良い生活は保証されるものなのかと、妙に関心してしまったクライン。とはいえ、いい家に住みたいからハンターになったわけではないクラインにとって、あまり魅力的には聞こえなかった。
「そ、そうなんだ…。とはいえ、僕はこの村でハンターやってくつもりだから、その話は別にいいかな…。マハトは興味あるんだったら、これを機に戻ってみたら?ハードになった今なら、街にいた方が色んなモンスターの依頼も受けられるでしょ?」
”色んなモンスター”と口に出して、クラインは心がざわつくのを感じた。村でハンターを続けたいことは、本心である。だが、それはあくまで建前で本音は違うような気もした。
「ふぉっふぉっ。クライン?顔に出ておるぞ?お主、本当は街にも興味はあるんじゃろ?
」
「え?いや、別にそんな…。」
「街に興味があるというよりかは、もっと広い世界を見たい…、とかそんなところじゃろ?お主もすっかり立派なハンターよのう…。」
「そうなのか?クライン?」
二人に問われ、言葉が出てこなかった。ハンターになったのは村の恩返し。それが全てであり、嘘偽り無い気持ちだ。だが、ハンターを始めてから、クラインの世界が大きく広がったのは事実だ。
この村の中で幼少期を過ごし、村で完結していたことがハンターをきっかけに大きく広がった。
それは、”未知への探求”である。
モンスターを狩り、モンスターを知ることで、これらの生物がこの世界にどれだけの種類がいて、それぞれが一体、どんな生態をしているのか。
クラインは狩りの前に、事前にモンスターの情報を調べるだけ調べる。その過程で、村に流通していたモンスター図鑑を買い漁り、一字一句読み込んだ。もちろん、研究途中なところもあり、書物で全容を知ることは不可能だ。そして実際に狩りに出て、実際に対面してみると、さらに色んな疑問が浮かぶ。
それらを知りたいと思う気持ちは、人間の根源的な欲求の一つなのかもしれない。
街に出れば、最前線で色んな依頼が舞い込むだろう。村付きのハンターは村を守るために活動するハンターであり、それ以外の依頼は、だいたい街のハンターからのおこぼれのような依頼だったのだろう。
立ち位置が違えば、会えていたモンスターもいるのかも知れない。
クラインはふと、ハードランク昇格依頼の時に見た、リオレウスの幼体の後ろ姿を思い出した。
「僕…、行っても大丈夫かな?」
「ふぉっふぉ。それがお主の本心じゃの?」
そこへ、酒場の木扉を勢いよく開けて、マルクス達が飛び出してきた。
「クラインさん!ぜひ行ってください!こんなチャンス滅多にないですよ!?」
マルクスは、興奮したようにクラインの腕を掴む。
「チャンスって…。」
「だって、ギルドが直々に声掛かるなんて、滅多にないですよね?何なら、村付きハンターとして派遣されることの方が多いんじゃ…。」
「二人とも…!」
今の村の状況を考えるクライン。デニス達の活躍で、村の生活基盤は盤石なものとなった。なにも、以前はとても不便で…。というわけではない。以前よりもさらに便利にはなってきているという話である。
村の西側の広大な土地を利用して、農場を立ち上げようという話もあった。それにより、さらに村の交易は捗るだろう。それを支えるのはハンターだ。
そのハンターも村付きと言えるほど、頼れるハンターも増えてきている。その筆頭が、マルクス達と言ってもいいだろう。
「クラインや。この村のことは何も心配せんでいい。お前はさんざん、恩返しのためと言っておったが、そんなこと、もう村の誰もきにしちゃおらんよ。お主は十分にやってくれた。両親を亡くし、孤児になったお前が、今もこうも逞しいハンターに成ってくれたのが、何よりの恩返しじゃ…。」
その言葉を聞いて、クラインは自然と涙が滲み始める。別に同情や共感、労ってもらおうなど毛頭思っていない。それは当然だ。しかし、自身の気持ちに応えてくれて、それ以上に愛をくれるこの村の暖かさが、何より嬉しかった。
クラインは、しばらく考えて、目からこぼれる涙を拭く。
「ありがとう村長。僕、ミナガルデに行こうと思う。」
ーーー数日後ーーー
「おいおい!引っ越すってのに、この荷物の少なさはなんだ?」
アプトノスに繋がれた荷車には、多様な荷物が敷き詰められている。デニス商会が、ココット村から外に流通させるためのアイテムが各種。その荷物の中に、生活用品やハンターが使う武具も詰められていた。
「こんなもんだって!マハトに聞いたらほとんどの生活用品はあっちにあるって言うし。僕はそんなに武器や防具も作らないからね。」
今日は、クラインとマハトがココット村を旅立ち、ミナガルデに移住する日だ。その引っ越しの手伝いを、王都に物資を運搬に行く、デニス商会の荷車に乗っていくことになっている。
その荷物の中に、クラインの荷物がやたら少ないことに、デニスは思わず突っ込んでしまた。
「モンスターの素材も、お前売っぱらってたもんな。」
「ま、必要になったら集めるさ。有効活用してよ。」
クラインは引っ越すにあたり、荷物のほとんどをココット村に置いていく。ハンターに成ってから増えたモンスターの素材などを、デニス商会に売りさばき、お金にした。もともとあった日用品などは、元の家に残して、次に住む人に使ってほしいとクライン。
クラインとしては、売ったモンスター素材のお金で、送別会をやってほしいと言ったが、そうもいかないと、結局手出しもなく。
クラインは現在、必要最低限の物、愛用する武器や防具とインナー、狩りに使う道具と、それなりの間は生活に困らないくらいのお金が手元に残った。
「ま、王都に行ける都合の良い理由もできたしな…。これは感謝する。」
別の荷車には、クラインが持っていたモンスター素材が積まれている。モンスターの素材は、ハンターの武器や防具を加工するために用いられるだけでなく、人々の生活に役立つように加工もできる。
王都など人口が多い街では、かなりの需要があった。
「んで?こいつの荷物は?」
人が載るために用意した荷車には、すでにマハトが寝ていた。
「マハトもほとんど荷物無いよ。着の身着のままで村から街、街から村って帰ってきたんだしね。マハトもハンターだから、後は自給自足さ!」
「まったく、逞しいんだか、なんだか…。」
屋根の付いた荷車のど真ん中で、大きないびきを立てて眠るマハトを、デニスは足で小突いて言った。
クラインとマハトを送る会が行われたのは昨晩のことである。この夜は、村を上げての祭りとなった。この日に合わせて、他のハンター達は依頼を受けないか、もしくは帰ってくるように調整し、デニス達商人たちも村の外に出ないようにしていた。
クライン達のために、村人全員が集まったことになる。
クラインはその会で、この村がいかに大きくなったかを、改めて実感した。
村の外から来た人が大半だったが、デニスをはじめ様々な職を持つ人達が集まり、助け合い、大きく発展していた。その歯車の一部を、クラインは担っていたのだと、なんだか気持ちが昂揚する。
対するマハトも、自身の旅立ちにこれだけの人が集まったのかと嬉しくなったのか。調子に乗って滝のようにお酒を呑んでいた。
その結果が今である。酒はほとんど抜けたのだろうが、出発の昼の時間を待っても、なかなか起きず、クラインとマルクス、ティモのハンター3人で荷車に押し込んだのだ。
デニス商会の一人であるエマがやってきた。
「忘れ物は無さそうね。クライン君も大丈夫?」
「あ、はい!僕の方は全然…。」
荷車への積み込みを終えたクラインは、そのままマハトが眠る荷車の方に目をやる。その視線につられるように、エマも荷車の中で眠るマハトに視線をやった。
「フフッ。マハト君は昨日、かなりはしゃいでたものね。まったく…。」
気まずそうにその様子を見守るクラインとデニス。二人は何も言わずに、ごまかす様に荷物を積んだ荷車を、特に意味もなく漁りだす。
「エマさん…。昨日のこと忘れてるんですかね…?」
「いやぁ。エマも飲んでたとはいえ、さすがに記憶無くなるほど、飲んじゃいないと思うぜ…。」
昨晩の送別会の際、泥酔したマハトは村中に響き渡る声でこんな発言をした。
『俺は、ミナガルデでこれまでにない偉業を成し遂げ、大陸中にその名を轟かすほどのハンターになって帰ってくる!そしたらエマさん!いや、エマ=レームクールさん!!僕と…!結婚してください!!』
宴もたけなわ。そんな中、突如、声高らかに言い放ったマハトに、クライン達は度肝を抜かれる。他の村人達は、それを面白がり、泥酔するマハトをさらに煽るように、酒を飲ませていた。
公開プロボーズされた当の本人はと言うと、酒のせいなのか、恥ずかしさなのか、判断が難しかったが、顔を赤らめていた。
その後は、皆が酔っ払い、収拾も付かなくなってきたので、徐々にお開きとなった。
おそらく、この昼の出発までに復活して見送りに来れる人は、そこまでいないだろう。それはそれで良いと思った。何もこれが、今生の別れではない。まだまだ続く人生の、一幕に過ぎないのだから。
「デニスさん!こっちも荷詰め完了です!」
別の車両に荷物を積めていたアントンが声を掛けてきた。
「お、おう!したら、そろそろ出るかな。今出れれば、夕方くらいにはミナガルデに到着だ!」
ココット村からミナガルデまでは、荷車を引いて、陸路で半日もかからないほどの距離である。デニス商会の面々は、ミナガルデでクライン達を下ろしたら、そのままミナガルデで一泊。翌日の早朝に王都に向かうとのことだった。
「クラインさん!」
マルクス達が、出発準備をするクラインの元にやってきた。
「二人とも元気でね!ティモ!これから二人でパーティ組んでいくんだろうから、テンパって一人でモンスターに突っ込むようなことはするなよ!」
「へへっ!それいつの話っすか?」
クラインは、一番最初にマルクス達と狩りに出た日のことを思い返して言った。
「僕らもこの村で、結果を出してすぐにハードランクになってみせます!」
「君たちならきっとできるよ。」
一応、クラインはマルクス達の先生という立ち位置になる。先生と言われるほど、ハンターとして、立派になったつもりはないが、少し先を行く先輩としては、いい姿は見せれたんじゃないかと思っている。
マルクス達には、明確に憧れるハンター像があった。それは、マルクス達の故郷であるメルチッタに、かつていた村付きのハンターらしい。
そのハンターは、村に迫る古龍討伐を退き、その狩りで、命を落としたそうだ。
古龍。
この世界に確かに存在する、飛竜を超越する存在のこと。
それは、この世界の自然現象そのものとも、神とも噂される力を持っているらしい。
古龍の話は、クラインが愛読する『狩りに生きる』にも、度々記事になっていた。クラインも、いつかそんな存在と相対する日が来るのだろうかと、空想する。
「手紙は出しますね!なのでクラインさんも…!」
「うん!そのつもり。お互い、生存確認の意味合いもあるしね。」
こういった会話は、時節自分たちがハンターなんだと自覚させられる。死と隣合わせだからこそ、出てくる後ろめたい言葉ではあるが、それがある種、生を直に感じられる部分でもある。
「ふぉっふぉっ。こやつは全く。せっかくの旅立ちだというのに。」
気が付くと、村長がマハトの眠る荷車の元に来ていた。
「あ、村長。」
「昨日あれだけ、大見得切ってたのに、このありさまじゃのぉ…。のぉ?クライン?」
「え?あ、はは。まぁ。」
まだ、エマが近くにいるのに、その話題に触れないでくれと心の中で言うクラインを気にせず、村長は言葉を続ける。
「”大陸中に名を轟かすハンター”か…。」
「え?」
そっちのことか。と少し安堵しながら、村長はマハトの元からクラインの元へと近づいてくる。
「そういう者への尊称をなんと呼ぶか?お主に教えて無かった気がするな。クラインよ?」
「え?尊称?え~っと《英雄》?とか?」
「ふぉっふぉっ。違うわい。」
村長が空を眺め、その細い目をわずかに開きながら言った。
「《モンスターハンター》じゃ。」
「モンスター…ハンター…。」
その、単調でありながら耳馴染みの良い言葉を、クラインは心の中で反芻する。隣で聞いていたマルクスとティモも、その村長の言葉に呆気にとられる。
「大陸一となった特別なハンターに与えられる名誉ある肩書きじゃ。」
「大陸一…。」
大陸。それがどこまで続いており、どれだけの生命が生きているかもわからないくらい、途方のないくらいの単位。その一端でいま、クラインは確かに生きている。
「よし!そろそろ行くか!」
先頭となる荷車に乗ったデニスが声を掛ける。それを聞き、クラインはマハトが爆睡する荷車に乗り込んだ。
「達者でな。クラインよ。」
しわがれたいつもと変わらない村長の声。だが、それがなんだか、少し寂しそうに聞こえた。
「行ってきます。村長。」
アプトノスが牽く荷車が5台。村を出発する。道の凹凸に合わせて揺れる車内。その揺れを不快に感じ、マハトがうめき声を上げた。
「うぅ~~。」
「もう出発だよ。マハト。」
「う、うぅ~。」
完全に二日酔いだろう。マハトの様子を見て、クラインは荷車から顔を出し、ココット村を見送る。
寒冷期というのに、冷気が混じっていない心地よい風が村に吹き、クラインの元家の裏の木々を揺らす。木々が風に擦れる音が聞こえてきた。
自分がこの先、どうなるかはわからない。
ハンターになったときは、この村のために生きていくと決めて、ハンターになった。その信念とは裏腹に、クラインは今日、村を旅立った。
自分が宙に浮いているような、足が付いていないような感覚。そんな感覚がずっとあった。自分の足取りを決められずにいた。
「モンスターハンター…。」
その言葉を口に出して、クラインは荷車が向かう方向に目線を戻した。
今はもう、自分で歩く方向を決めていける気がした。