・主人公
名前:クライン・クルーガー 16歳
武器:アサシンカリンガ
防具:ハンターシリーズ
名前:マハト・アルペンハイム 17歳
武器:ブレイズブレイド改
防具:ランポスシリーズ
―レクサーラ―
「ドスゲネポスにドスガレオスか…」
まだ若いレクサーラの村長は、クライン達の報告を聞いて、フゥとため息をついた。
「少なくともドス級が3体もいた。あの状況じゃ砂漠はまさにカオスだな」
マハトが言う。
同じ狩場に大型モンスターが複数いることは珍しいことではない。
各狩場には生態系が存在し、各々が縄張りを持ち共存している。ある程度のバランスは保たれているのが前提だ。
生態系で見るとゲネポスとガレオスはほぼ同一の力を持ち、その上に飛竜種などモンスターが存在し生態系が成されている。
ゲネポスやガレオスはそれぞれの縄張りで生き、特に強い個体、生き残った個体などがドス級へと進化するというのが通説だ。
厳密にドス級のモンスターがどういった過程で誕生するのか、詳しいことはわかっていないが、群れの中でも特に強い個体がドス級へと成長するとされている。
もちろん、ドス級がいる群れはより強くなり、外敵に狙われにくくなることで、今回のように大量繁殖をすることもある。
しかし、今回の事例はドスゲネポスが2頭存在しながら、ドスガレオスも同様の狩場にいたことが疑問視される。
「生態系に異常が発生したってこと・・?」
クラインはそうつぶやき、砂漠岩地で起きている現状について整理し始める。
「ゲネポスの大量繁殖は、ドスゲネポス2頭の出現によるもの。それは確実だ。だが、あれだけ大量の群れが発生したにも関わらず、ドスガレオスも同様に生息しているというのは…」
「ドスガレオスがゲネポスのいる岩地に来ることはは珍しくはない。しかしドスガレオスがいながら、ドスゲネポスが2頭も現れるということは今まで聞いたこともない。」
レクサーラの村長は頭を抱えていた。
「最近の砂漠の異常事態も奴らが原因ってことだよな。」
マハトはそう結論付けた。
レクサーラの村長から聞いた話によると、ここ最近の砂漠岩地は大量のゲネポスにより、まともな資源調達が叶わなかったそうだ。
もちろん、すでにミナガルデギルドにはハンターによる討伐依頼も出しているが。それでも砂漠に現れた謎のモンスターによって尽く失敗に終わっていたようだ。
「大方、その謎のモンスターってのはあのドスガレオスだろうな。ドスゲネポスが2体もいたんじゃ、ガレオスのボスがいるなんて考えに至らないだろうんあ。」
「ま、経験の少ないハンターだったんだろうな。」とマハトは話を区切る。
「ともかく、再度君たちには依頼を頼みたい。俺からの直々の依頼だ…!ドスガレオスとドスゲネポスの討伐。これを正式に君たちに頼もうと思う」
「報告は事後ってことね。」
基本的に、ハンターへの依頼はギルドを通すのが決まりだ。だが、狩場が近い村やギルドの出張所を設けている地域の長に限り、特例で依頼を出すことができる。
それも、今回のように物資困窮によるモンスター討伐となれば、問題なく依頼も通ることだろう。近隣にハンターもおらず、ギルドからの連絡を待っていては、レクサーラの住民も生活が危うい。
「分かりました。その依頼、僕たちが引き受けます。」
「そうだな。あの状態じゃ、サボテンの花も採取できないだろうしな。今この村にあるだけの物資で、できるだけの準備はしていこう。クライン!」
「罠や閃光玉、あとは音爆弾の準備だね」
「ああ、出発は明日の朝イチだな」
そのままマハトは村長の家を出ていった。おそらく仮宿に戻って休むつもりだろう。
明日の狩りではクラインは主にサポートに回る予定だ。罠や音爆弾などの道具でモンスターの動きを縛りつつ、マハトが攻撃を加えていく。
もともと、片手剣という武器の性質上、小回りの効くサポート役を買って出る場合が多くなる。2人以上のパーティともなればなおさらだ。
クラインは、レクサーラにある物資をなるだけ調達しようと、マハトの背中を見送った後に家を後にしようとする。するとマハトと入れ違うかのように、ココットの商隊のリーダーであるデニスが村長の家に入ってきた。
「よう。ハンター君。どうやら失敗したようだな。」
憎まれ口を叩くのがこのデニスという男だ。ココット村からレクサーラに向かう荷車の中で、半月を共に過ごし、毎日のようにこの憎まれ口を聞いてきたせいか、幾分慣れてしまっている。クラインは彼なりの”挨拶”であると聞き流していた。
「まあね、参ったよ!飛竜級のモンスターが3体も!」
「あの火竜を相手にしたお前でも、手を焼いた相手ってことか?」
「ははは!火竜だってまともに相手にできてなかったさ。」
クラインはデニスとの会話を打ち切り、苦笑いを返事にして横を通り過ぎようとした。そこへまたも村長の家に入ってくる人影があった。
「あ、クライン君!大丈夫だった?怪我はない?」
声を掛けてきたのは、商隊の紅一点、エマ・レームクールだ。年はクラインよりも2つ上で、何かと揉めるデニスとマハトの仲裁役として、道中散々助けてもらっていた。
商隊の中で一番大人びていて、さながら商隊のお母さんのような存在だ。
「大丈夫大丈夫!すぐに帰還したからさ。」
クラインは若い女性に対する免疫が無いのか。いつも対応にはドギマギしてしまう。
これでも、火竜襲撃の一連の事件のときは、必死に守り抜いた女性である。狩場での雄々しかったクラインの面影はなかった。
「また行くんだよね・・?」
心配そうな声と顔を向けてクラインに問いてきたが、甚だ困る態度ではある。
「もちろん!そうしないと商隊の皆さんも仕事ができないからね」
「そうだぞ!お前らが失敗したら、俺達も迷惑被るんだ!」
後ろにいたデニスがやや妬ましい声質でクラインに言った。
「ちょっとデニス!そんなこと言わないの!」
道中で感じたデニスとエマの特別な関係性は実は皆無で、デニスが一方的にエマに恋心を抱いているようであった。メタペタットからやってきた商隊の中で唯一の同世代の女性であるエマを、この自尊心の高いリーダーが意識しないわけがない。
対するエマは、元の性格も起因して、何かと周りに勘違いさせてしまうのかもしれない。救われないデニスを遠目から見て少し不憫にも感じていた。
「全力を尽くすよ。」
クラインはそう言い残し村長宅を後にする。
出ていったクラインの背中を見送ったエマは、今度は厳しい表情でデニスに向きなおる。
「デニス!なんでクライン君たちにもうちょっと優しくできないの?」
少し厳しめの口調でデニスに説教をするエマ。その表情を見てデニスは冷や汗を垂らしながら、しかしまっすぐとエマを見つめる。
「俺たち、商人の仕事も同じくらい過酷なんだ。あいつらはそれをわかっちゃいない。」
「みんながみんなそうじゃないでしょ。」
エマはそのデニスの凛とした目を受け止めて小さく息を吐く。
「世の中は何かとハンター中心だ。あいつらがいないと、世界は成り立たないと思っていやがる。俺たち商人が物資を調達して供給していかないと、あいつらだって狩りに出られないんだ!」
デニスの本心とでも言うべき言葉。
確かに、この世界はハンターの活躍によって広がりつつある。しかしその裏では様々な職業の人間が助け合い、共に発展を遂げている。
ハンターが使う罠や道具などの物資を提供する商人。武器の生産や加工を行う鍛冶屋。狩りがより有利になるために研究をする生態研究科などなど。
それぞれが役目を全うし、共存を続けている。人間社会もまた、自然と同じように成り立っているのだ。
「はっはっは!若いなぁ!」
奥で1人取り残されていた村長がやっと口を開いた。思えばここは村長の家の中だ。それぞれ村長に用が合ってやってきたのに、気がつけば全く違うことに気が向いてしまっていた。
「あ、村長…」
デニスは思い出して、改めて村長の近くへ向かう。
「少し訪ねたいことがありまして。」
ーレクサーラ広場ー
レクサーラは《レクセ海》という海に面した村で、漁業にも富んでいる。連絡船も出ており船が停泊するための《レクセ湾》も存在していた。
ここでは海外との交易が盛んで、様々な物資が運び込まれている。おかげでレクサーラは物資にそうそう困らない村となっている。
しかし、現在レクサーラ側の物資困窮により、交易はそこまで盛んには行われていない。やってくる商人も、減っており全盛よりもかなり衰えているようだった。
クラインは、とりあえず片っ端から出店をまわり、必要な物資を調達していた。クラインが目当てのものを探していると、食べ物を扱う店の前で、一人見知った顔が見えた。
「アントンさん!」
デニス商隊の荷車を牽くアプトノスの世話やガイドを行うアントンが、その声に気が付きクラインに顔を向けた。
「やぁ!クライン!無事だったみたいだね」
「おかげ様で。ところで何やっているんですか?」
クラインがつい声を掛けたのはアントンが店の前で困り果てた顔を浮かべていたからだ。
「いやぁ、それがさまいったよ。実は”ププ”のご飯が無くてね」
”ププ”というのは、アントンが世話をしているアプトノスだ。
アプトノスは時として、ハンターの非常食となる傍ら、荷車などを牽くための動力源となることがある。
ハンターであるクラインからしたら、”アプトノスの餌”という言葉に違和感を覚えるが、アントンは心底困っているようだった。
「アプトノスは草食なんだけど、ここらへんって草木が自生しないだろ?砂だらけでさ。念の為、村を出る時に牧草を詰んできたんだけど、ここまで滞在すると思ってなくて」
『俺たちが失敗したから・・・』クラインは内心そう思ったものの、特に言葉に出すことはしなかった。
「別に君たちが依頼に失敗したからとかじゃないよ。まさか物資がこんなに無くなっているなんてね…。」
それも今のレクサーラの現状だ。どちらにせよ、クラインたちは一刻も早くこの問題を解決しなくてはいけないようだった。
「あ、この言い方も君たちハンター本意になっちゃうね・・」
気まずそうな顔を浮かべたアントンは、次に言葉を発した。
「リーダーはあんなだけど。僕やエマちゃん、ウッツも、君たちのことを悪く思ってないから。ハンターは必要不可欠な仕事だからね」
「必要不可欠…。」
「僕たちも、世の中を良くしようとして、君たちハンターに頼ってばっかだしね!」
世の中には価値観というものが、たくさんあるんだなと、クラインは実感していた。ハンターを嫌味に扱うデニスに対して、エマやアントンなど、それぞれの役割を理解している。
みんなこうであれば・・・そんな風に思ってアントンの言葉を聞いていた。
「ところで君も、用があってここに来たんでしょ?僕も探すの手伝ってあげるよ」
「本当ですか!」
こういったほんのちょっとの優しさが嬉しくもある。村にいるときはあまり関わりを持たなかった人たちと、この旅を通して絆のようなものが芽生えている気がする。
ただ1名を除いては
ーレクサーラ ハンター宿場ー
ハンター宿場は広場のすぐ隣に存在する。
レクサーラ自体そこまで広くないため、様々な区画が隔てがなく存在し、砂漠岩地へとやってくるハンターたちが宿泊するこの宿場も非常に密集して存在する。
10件も無い宿屋が点在し、クラインとマハトはその1軒を利用してる。
村長の家から帰ってきたマハトは宿屋につくなり、トレーニングを始めた。大剣という大きな得物を使っているため、日々のトレーニングは欠かせない。
狩場に移動する際、陸路を行くことになるのだが、長くて半月かかることがほとんどだ。その間、大剣を振るっていないと、いざ狩猟する時にうまく武器が扱えなくなってしまう。
ハンターは各々、日々の地道なトレーニングは欠かさず行うのが常だ。武器掛けにかかった自慢の大剣《ブレイズブレイド改》を横目に、腕立てを始めた。
『俺たちがなんとかしないといけない』
今、この宿場を利用しているハンターはマハト達以外、誰もおらずその他はデニス達商隊や、その他旅の途中によっている人達であった。
先の一報で、ギルドにはすでにモンスター被害の件は報告済みのはずだ。それでもやってきたハンターがマハト達であるところを考えるとミナガルデに腕利きのハンターがいないか、それよりも重大な依頼があるのであろう。
なにはともあれ、明日のマハト達の働きにより、今後のギルドの評価も変わるはずである。
砂漠の異常事態を解決したともあれば、間違いなく注目はあびることであろう。それから商隊達の動きもかかっている。
デニスの態度を気にしたわけではないが、少なくとも自分たちが解決しないことには、デニス達商隊も、物資の調達ができない。
それはつまり、村の経済にも関わってくる。ハンター以外のモンスターと戦う力がないもののために、自分達が立ち向かうんだという使命感を抱えていた。
ーギィィ
宿屋のドアが開き、一人の男が入ってくる。
「お、トレーニング中ですかい!邪魔しちゃったね」
入ってきたのは商隊のメンバーであり最年少のウッツだ。ウッツは少し大雑把な性格であるが、人当たりの良さや、元ハンターとしての経験持つことから、現地調達の際は小型モンスターの対応を彼が行う立場にある。
「ッ・・・!」
そのままの姿勢で、マハトはウッツを確認した。
ウッツ他商隊の男は皆、同じ宿屋に泊まっている。マハト達に充てがわれた宿屋は、2階建てで一回はキッチンなどもある、非常に広い宿屋だった。
もちろん、あの嫌なデニスも同じ屋根の下で過ごしているわけなのだが、顔を合わせるくらいであれば狩りに出ていたほうがよっぽどマシであった。
マハトは一通りのトレーニングを終えてインターバルを取るため、床に座り込む。
「ふぅ〜っ」
息を整えていると、ウッツは近くの椅子に座り、マハトと掛けている大剣を眺めていた。
「いい武器だ・・」
そう言って目を細くし、どこか寂しそうにマハトの大剣を眺めるウッツ。
「確かあなたもハンターだったんでしたっけ」
「そうだよ。現役の時は君と同じ大剣を使ってたんだ」
レクサーラに向かう荷車の中でも思ったがウッツは非常にガタイが良い。商隊はそれぞれ役割分担が行われ、全てを統括管理するリーダーであるデニス。
会計や物資の個数管理などを行うエマ。
荷車の整備や荷車を牽くアプトノスの世話をするアントン。
そして、このウッツはモンスターに対する知識があることから、現地調達の際に小型モンスターなどを追っ払う用心棒件、狩場での指南役をしていた。
こういった元ハンターが商人をすることは珍しくない。しかし、非常に年齢が若いことは珍しかった。
「怪我をしたって?」
「そう!あいつは強かった。メタペットでハンターをしていたとき、大きな水竜にやられたんだ」
《水竜ガノトトス》
主に水場を縄張りとし、魚の形状をした大きな魚竜種に属するモンスターだ。同じ魚竜種に、マハト達が先に戦ったドスガレオスが含まれる。
「密林に現れたアイツを狩りに行ったんだけど、上手いこと返り討ちにあってね。そっから左半身が麻痺になって、今じゃ走れやしない。」
そういってウッツは小刻みに震える左手を出した。
「・・・」
マハトは黙ってその様子を見ていた。
「動けなくなったとき、俺は死を覚悟した。だけど、あいつは倒れた俺を見てからそのまま水の中に戻っていったよ」
右手で頭をかく動作をしてやれやれと苦笑いを浮かべた。
「それから、身体が不自由になった俺は、商人になったってわけ。一応右手で武器を持てなくはないから、用心棒的なこともしてるけどね」
スクッと立ち上がる動作も、よく見ると左足をかばって立ち上がっているように見えた。
「君もあのリーダーには相当嫌気がさしているだろうけどね。多めに見てやってよ。」
「え?」
あのリーダーとはもちろんデニスのことを指す。デニスのハンターに対する異様なまでの嫌悪は原因はなんであれ、心底参ってしまう。
その様子は、他の正体メンバーも重々承知なのだろう。唯一止めているのがエマなので、他のメンバーも同じように思っていた。いや、アントンに関してはアプトノスの上なので、中の様子など気にはならないのだろうが。
「俺はあの人のことは尊敬しているぜ。商人としては相当デキる人だと思ってる。だからあの人の下で働いているのさ」
ちょっとしつこいくらいだけど・・。そう言い終わって、ウッツは部屋の奥へと戻ってしまった。
『尊敬・・?まあ、商隊のリーダーを任せられるくらいなんだから、それなりにデキるんだろうけど・・』
少なくとも商隊のメンバーはデニスを慕っているようだった。言ってしまえば、マハトはまだデニスのほんの一部分しか見ていないのだから、もっと深いところで、何かしら彼なりのいい部分があるのかもしれない。
マハトはデニスの憎まれ口を叩く顔を思い浮かべた。
『やっぱりムカつく・・・・!!』
ー翌朝ー
早朝、必要な装備を仮宿で確認をしているクラインとマハト達
「全然アイテムが足りない…」
アイテム袋を確認し、その素材の少なさに落胆するクライン。
昨今の物資困窮により港の市場には十分なアイテムが用意されていなかった。
ドスガレオスに必要不可欠な"音爆弾"
それの材料となる爆薬の基である火薬草がたった3つしか手に入らなかった。
「それに薬草だって・・・」
回復薬の基となる薬草すら不足している事態である。いかに村の流通が豊かであったかをここに来て痛感したクラインとマハト。
そこへまだ日が昇る前のクライン達の仮宿へと訪れる人物がいた。
建て付けの悪いドアが音を立てて開く。
「デニス…!」
クライン達の宿にやってきたのは、ココット村から一緒に来た商隊のリーダーであるデニスだった。
「ふん…大方、物資が揃わなくて困っているところだろう?今のこの村の現状を考えたらココットと同じ流通量があるなんて到底考えるわけないだろう?」
そう言ってデニスが差し出したのは一枚の地図だった。
「これって砂漠の…?」
地図を見るとそれはデデ砂漠全体の地図であった。よく見ると、ただ地形を表したものではなく、各所に薬草の名前や虫の採取ポイントなど、手書きで記入されていた。
「これってまさか…デデ砂漠の採取ポイント?」
「君たちはこの砂漠のことに関しては素人同然だろ?シルトン丘陵ならどこに何があるか分かっているだろうが、砂漠の採取ポイントなんかろくにわかるわけがない」
いつもの憎たらしい笑みを浮かべながら、デニスはクラインとマハトに向かって言った。
「持ってけ。現地で集めれば、なんとかなるだろ」
いつもと変わらない表情で言ったデニスが少し癪だったのものの、クラインは横からこれを受け取る。
「お前らが失敗したんじゃ、俺たちも村長たちに向ける顔がないからな。くれぐれも失敗はするなよ」
「けっ」
マハトは喧嘩腰にならないまでも、一瞥してすぐに馬車に向かった。
「ありがと、きっと役立たせるよ」
クラインもデニスの配慮に最低限をお礼を言った。
デニスは軽く片手を上げてクライン達の馬車を見送った。
―砂漠岩地―
ベースキャンプから南に進むと、すぐに大きな砂漠地帯へと出ることができる。エリア2と指定されている広大な砂漠地帯では、砂竜ガレオスが砂の中を及びまわっているのが見える。
今回の狩猟の目的はこの親玉となる砂竜"ドスガレオス"だ。魚竜種に分類されるモンスターで砂地を生息地としている種類で、砂竜の分類からもわかるようにドスガレオスとガレオスの生物種的な区別は特に付けられていない。
通常個体のガレオスよりもひと際大きい個体を総称してドスガレオスと定義付けられ、ガレオスの変異体であるというのが、生物学的な見方だ。
とはいえ、個体として見ると差は大きく、個体の大きさもさることながら、寿命も戦闘能力もおよそ倍に跳ね上がっているのがドスガレオスだ。長く生きた種がドスガレオスとなるのか詳しい生体についてわかっていない部分も大きい。
「どこにいるかわかんないね」
クラインは砂漠を一望し、目的の個体がいないことを確認した。ガレオス種は主に砂の中を移動するモンスターで、その違いを砂から突出する背びれで判断するしかない。ドスガレオスは背びれも大きく、黒ずんだ体色をしているため、背びれだけで判断することは可能だが、普段砂漠で狩りをしないクライン達が判断するのは難しかった。
「ああ、油断はしない方がいい。慎重に行こう。」
そう言い、マハトはいつモンスターが襲ってきてもいいように、得物の柄に手をかける。
様子を窺うように両名は慎重にガレオスの背びれの動きを観察していた。このエリア1には全部で3体のガレオスが回遊している。ふと、1匹のガレオスの動きが砂の中で止まった。
ジャリッ…
砂を踏む音に反応するように、残り2匹のガレオスもクライン達の方向を向く。
「気づかれたな…!」
「行くよ‥!」
クラインとマハトは同時に得物を抜き放つ。
ドスガレオスとの戦闘の前に、余計な体力を消耗してはいけないが、本命との戦闘中に厄介なのがこういった小型モンスターだ。
後の戦闘を少しでも有利にするためには、小型モンスターの退治も有効な手段である。お互いハンターとしてそれなりに経験を踏んできたからこそ、その厄介さはよく知っている。
ガレオスとの戦闘は普段相手にしているランポスとはまた違った立ち回りが要求される。ガレオス達は砂に潜み攻撃を行う。
体内に「砂塵袋」という内臓器官をもっており、砂中を泳いでいる際にこの砂塵袋に砂を溜め込んでいる。これを口蓋から分泌される特殊な粘液で固め、圧縮された砂ブレスを吐くことができる。それがガレオスの主な攻撃手段となる。
砂中を縦横無尽に移動し、四角から砂ブレスによる攻撃をしてくるため、このエリア1はガレオス達にとって格好の場所となっている。
そしてもう1つ注意すべきなのは、ヒレに持つ微弱な麻痺毒だ。この麻痺毒は剝ぎ取ってもすぐ効能が失われてしまうほど、弱い毒性だが知らぬ間にヒレによる攻撃を受け続け、気が付いたら全身麻痺に侵されていることもあるため、油断はできない。
クラインとマハトは、それら情報を事前に仕入れて、今回の狩りに臨んでいる。しかし、理解はしても実際の狩りでは何が起こるかわからない。
予期せぬ事態に見舞われることもある。
「マハト…!」
クラインが異変に気付き叫んだ瞬間。これまで相手にしてた3匹の倍ほどの体躯を持ったドスガレオスが砂上に現れた。縦横無尽に砂中を及びまわるガレオスを追うのに精いっぱいになって、いつ近づいたのかわからなかった。
「きやがった…」
ドスガレオスと対峙することになったマハト。イヤンクックよりも少し大きい巨体。通常のガレオスよりも黒くくすんだ体色。倍近い巨体もさることながら、砂塵袋もヒレの麻痺毒も全てが倍の威力となっているガレオスの親玉がマハトの眼前に現れたのだ。
「こいつ、いつの間に?」
クライン達の周りにはまだ3匹のガレオスが残っている。その状態で初めて対峙することになるドスガレオスを前にして、一瞬身体が硬直する。これまでイヤンクック程度の飛竜なら討伐したことのあるマハトとクラインだったが、やはりまだ経験の差では歴戦ハンターのそれに劣る。
マハトは後方に飛ぶように転がりながら、ドスガレオスと距離を取った。同時にドスガレオスは砂中に潜り込み、ヒレだけを出してこちらの様子をうかがっているようだった。
ガレオス種は目が退化しており、聴覚のみで得物を補足する。それゆえに敏感になった聴覚で人の呼吸音やわずかな衣擦れすら感知すると言われている。
目が見えないからと侮ると、痛い目を見るのがこのモンスターの特徴だった。だが、それゆえに弱点もある。
「これで…!」
遠方にいたクラインはマハトが窮地に陥らないようサポートに徹する。ポーチから音爆弾を取り出し、それを放り投げた。数秒置いて、耳をつんざく高周波が辺りにこだまする。「爆薬」と「鳴き袋」を調合することで作られるそのアイテムはガレオス討伐には有効なアイテムだ。
その音に驚いて、ドスガレオスを始め、辺りにいた他3体のガレオスも地上に飛び出る。
「いまだ・・!」
ひるんだ隙を見て、一気に畳みかけるクラインとマハト。マハトは大剣ブレイズブレイドを振りかざし、ドスガレオスの首めがけて一気に振り下ろす。
切れ味は十分あるものの、やはりこの巨体となると鱗もしっかりしていて、刃が通らない。手ごたえは感じているものの、致命傷を与えるまでには至ってはいなかった。
クラインが事前に集めた情報から、ドスガレオスの最も柔らかい部位が首であることが分かっていたものの、ここまで致命傷が与えられないかとマハトは焦る。
音で怯むと言ってもほんの数秒だろう。その隙にある程度の傷を負わせて置かないと、狩猟が長引くだけだ。
マハトがドスガレオスを攻撃している間、クラインは他3匹のガレオスの討伐にかかる。慣れない狩場で慣れないモンスターを相手だと、間違いなく苦戦を強いられる原因となるであろうガレオス。
それらを確実に仕留めておくことに専念した。これが2人以上で行う狩りの利点だろう。役割を分担することで、より狩りが効率的になる。ましてや大振りの大剣と小ぶりな片手剣では役割も大きく変わってくる。
小回りの利く片手剣では、相手の隙をつき、懐に入って攻撃を食らわして回避するスタイル。
対して大剣は一撃離脱が主な立ち回りだ。狩りの基本はヒットアンドアウェイだが、扱っている武器によって立ち回りが大きく変わる。
もっぱら片手剣を扱うクラインはこの場合、小型討伐やサポートに専念する機会が多かった。大きな隙をついた際に、マハトの大きな一撃で一気にモンスターの体力を奪っていく先方。
これがクラインパーティの主なやり方だった。
砂上をのたうち回るガレオスに止めを刺したころ、ドスガレオスが大勢を立て直してきた。
それを見かねてクラインはマハトの反対方向に走る。ドスガレオスの尻尾方向に陣取り、マハトから気を引こうという作戦だ。それを見たマハトも合わせるように、足音を大げさに慣らす。
どの生き物も、挟み撃ちにされた動揺する。攪乱を狙った作戦だ。
だが、彼らには一点失念したことがあった。
ズザザザザッ
ドスガレオスは特徴的な頭を砂中にねじ込み、一瞬にして砂の中へと潜り込んでしまった。ズズンッと足元が大きく揺れて、身体がこわばる。
直後、マハトの足元から勢いよく飛び出したドスガレオスは、体重100キロ近いマハトをやすやすと放り投げて、半身を砂から突き出していた。その後、クラインを直視した方と思うと、口腔から砂の塊を射出する。
身体が緊張状態にあったため、すぐに反応できず、体制が不完全なまま盾でこれを受けるも、体中に衝撃が走る。
気絶したマハトとクラインをよそに、ドスガレオスはエリア1を後にした。
―ベースキャンプ―
ハンターギルドではハンターの狩りの助けとなるよう、様々な補助を行っている。このベースキャンプも狩場付近でモンスターが入り込まない場所に設営され、狩りの準備や休息の場所として設けている。
「にゃーにゃー」
ネコタクと呼ばれるギルドと契約を交わしたアイルーお手製の人(猫)力車でベースキャンプまで運ばれるクラインとマハト。
ドスガレオスの猛攻に圧され、あえなく倒れることになった両名。全身に痛みが走るが、ネコタクに揺られてそれが余計に負担だった。
乱暴に地面に転がり落とされたクライン達は痛みを徐々に慣れさせながら、起き上がる。
「クッソ…!」
拳で地面を殴り頭の鎧を脱ぎ捨てるマハト。地面を転がるランポスヘルムの音だけが不気味なほど静かな昼間のベースキャンプにこだまする。
「やっぱり俺達にはまだ早いのかな…」
リオレウスと相対した時の絶望感が身を支配していたクラインが、口にした。
「勝てない相手じゃないんだ…。武器も防具も悪くねぇ。あとはてめぇの実力だ…」
そういって自身をたきつけるマハトだったが、あの巨体の体当たりをもろに受けたのだ。身体にはそれなりにダメージは入っているはず。
「とにかく治療しよう。わずかとはいえ、薬草は持ってきたんだ」
クラインがポーチの中を漁り回復薬を取り出しベースキャンプに戻る。この回復薬は普通に飲んでも即効性の治療薬として外傷によるダメージも即時快復することができる。さらに温めることで吸収性が増し、効果がまた数段上がるようになっている。
そのため、ベースキャンプ内では土瓶で温めておくことで、即時回復薬に使うようにしている。
しかし、今回持ってきた回復薬の数量は少なく、クラインとマハトが持ち出すようで合計5個しかない。クラインはその内2個だけを常備して、ベースキャンプにはそれぞれ2つずつ置いてある。
10個にも満たない不十分な数であり、未だ未知のモンスターのため、この数では正直不安だった。
ベースキャンプに戻って、土瓶で温めて置いた回復薬を呑み始めるクライン。幸い、外傷は少ないのでこの回復薬を飲んでしばらく休めば多少は体力が回復してくるはずです。
簡易椅子に腰かけ、ぼんやりとベースキャンプの火を見やるクライン。ゆっくりとベースキャンプに入ってくるマハトを確認した。
「クライン…。やっちまった…」
そういってマハトはポーチの中からおもむろに取り出した、割れた瓶を見せた。
「まさか、さっきのドスガレオスの攻撃で・・?」
マハトが3個持っていた回復薬の全てが、ダメになってしまってた。瓶は粉々に砕け、肝心の液体がポーチに染みついてしまっている。
ハンターが常用するアイテムポーチは麻袋の中にさらに特殊な衝撃吸収材が入る2層構造になっている。そのため狩り中の激しい動きにも耐えられるようになっているのだが、今回は当たり所が悪かったようだ。
「ッ…!とりあえず、コれ飲みなよ」
そういって火にくべてあった土瓶を渡すクライン。憂いた表情でそれを受け取るマハトがなにも言わずに飲み干す。
「幸い骨も折れてないみたいだし良かった。作戦を考えてもう一回‥」
ガシャン・・・!
マハトが飲み干した土瓶を地面に叩きつけた。よっぽど悔しかったのだろう。デニスも大概だが、このマハトも中々に自尊心が高い方で、今までの好調だった狩りの成果とは裏腹の今の結果がよほど気に食わないのだろう。
「マハト…!今、感情的になっても仕方ないだろ…!俺たちはやるべき事をやらないと」
「わかってる…」
納得はしてないだろうが、マハトは簡易椅子に腰替えて、得物を研ぎ始める。
「確かに、やつの首は柔らかかった。完全に分断するまでにはいかないが、確かに鱗に刃は通ってたはずだ」
そういって、マハトは自分の得物にこびりついたドスガレオスの鱗を指に取って見せた。
砂が混じっていたおかげで分かりづらかったが、ドスガレオスの本来の体色が水色なのだろうか。確かに鮮やかな色の鱗がマハトの大剣にこびりついている。
「動きはわかった。音爆弾を使った作戦のままでいい。だがその後だ」
「やつが地中に潜った後か…」
地中に潜った後の動きは予測が難しい。奴自身、音の錯乱があった後でもあそこまで正確にクライン達の場所を把握し、よく追撃をできたものだと思う。
やはりよっぽど耳は良いのだろう。
「俺たちがエリア1にいたのも、音でバレたのかな?」
「まさか?他のエリアにいたとしても、かなり距離が離れてるぜ?いくら何でも奴の聴力でも無理だろう」
「そうだよね。てことは俺たちが動くかすかな音に反応してたってことか。」
「アイルーを利用して囮にでもするか?」
「ははは!それもありだ。でもきっとそんなの付け焼刃だ。」
「となると、戦略は変わらないか。」
「きっと、どっかに勝機はあるなんだ…。しっかり敵の動きを観察して…」
そう冷静に分析を始めるクラインを見て、マハトは思うところがあった。
「俺との違いか…。」
「?」
呟いたマハトに顔を向けて、クラインは次の言葉を待った。
「村長にも前に言われたよ。お前は自分の力を過信し過ぎてるって…。一人の力なんてたかが知れてる。だからパーティを組んで狩りをするんだって」
「一人で巨大なモンスターを狩る力ももちろん必要だ。だがどうしても適わない敵も出てくる。そんな時は仲間の力を借りて立ち向かう必要がある…。」
マハトの言葉を聞いたクラインは確かに村長がいいそうだなと納得した。
「チームワークってやつね・・」
「クライン・・。お前の力が必要だ。あいつを倒すための戦略を…」
そこまで言ったマハトの言葉を遮るように、クラインは支給品ボックスの中から一枚の紙を取り出した。
「俺とマハトだけじゃないよ。もう一人いるだろ?仲間が」
クラインが手にしたのは狩りに出る前にデニスからもらった砂漠岩地の採取ポイントの地図だった。
「まずは体制を整えよう」
―エリア2―
小型の魚竜ガレオスが砂漠を優雅に泳いでいるの確認する。
数はおそらく3匹。その3匹とは別ににひと際大きなどす黒いヒレも回遊していた。
クラインはそのヒレめがけて手に持った音爆弾を放り投げた。手から離れてすぐさま耳をふさぐ。
キーーンと強烈な高周波がこだまする。耳をふさいでいても、不快な感覚が襲ってくるほどの甲高い音が砂漠一帯に響き渡る。
この音に反応して砂漠を泳いでいた複数の魚竜が砂上に飛び出してきた。
突然爆音に襲われることで、砂上をのたうちまわるドスガレオスに向けて、クラインとマハトは互いの得物で一斉に攻撃を加えていく。
その巨体ゆえ、面と向かって相対すると一撃離脱の攻防になりがちだが、この灼熱の砂漠において長期戦はこちらの体力を奪うことになる。
短期決着のためにクライン達は音爆弾による猛攻撃を仕掛けるように立ちまわっていた。
肉質が特に柔らかい首部分をマハトの大剣による殴りつけるように切る。いくら重量のある大剣といえどもモンスターの首を一刀両断するほどの威力もないため、表面から徐々に削り切りダメージを与えていくしかない。
クラインは、次に弱点と思われるヒレの部位に攻撃を与えていく。
1度、モンスターの動きを見ていたことによりある程度、冷静な立ち回りが可能となっていた。
やがて、ドスガレオスが体制を立て直し、立ち上がる動作に移る。
「クライン!」
マハトの掛け声に反応し、クラインが距離をとる。
背中に陣取っているクラインは場所的にドスガレオスの動きが把握しづらい。マハトが先導し、合図を送る必要があった。
距離をとった2人は同時に回りのガレオス数匹にも気を配る。
ドスランポスなどドス系統のモンスターは基本的に群れで行動をする。イャンクックやリオレウスとの大きな違いはそのチームワークだった。
だがそれも同じ条件。クラインとマハトもパーティで狩りをしている。お互いがお互いの死角や弱点を補うように立ち回らなければならない。
「マハト!左後方だ!」
マハトは振り返るより前に、左前方に振り替えりながら大剣を振り下ろす。振り上げと同時にガレオスを視界にとらえ、相手が攻撃を仕掛けてくるより早く、その脳天に思い一撃を食らわす。
凶悪な鉤爪をもったマハトの大剣ブレイズブレイド改がガレオスの脳天を貫く。
「回転攻撃だ!距離をとれ!」
後方から聞こえるクラインの声を確認し、マハトは振り下ろした剣の重さに任せて前転する。
巨大なしっぽの風圧を感じ、視線をドスガレオスへと向き直すマハト。
気が付けば他のガレオスはすでに砂中にもぐって回遊を始めていた。
ドスガレオスほどの大きなヒレを持っていないので、一度見失うと探すのが困難になる。さらにこの広大な砂漠だと、より一層だ。
だが小さい分、1体1体の脅威は小さいともいえる。
意識はドスガレオスに向けておくべきだ。
そういったクラインの声をマハトは思い出す。
次の攻撃の予備動作に気を向けていると、ドスガレオスは軽い助走をつけてジャンプに頭から砂中に潜っていく。
こうなったら逆にチャンスだった。
クラインがポーチに手を突っ込んだのを確認し、マハトもある物を手に取るためにポーチに手を入れる。
ドスガレオスの大きなヒレはある一定のルートをとるようになっていた。
いくら柔らかい砂だからと言っても、地上の獣道と同じように砂の中にも通りやすいルートがあるのだろう。
先の戦いでクラインが発見したこの規則性を利用に、進路上に待ち構えるクライン。
狙い通りのルートに差し掛かったタイミングで、もう1発の音爆弾を投げた。
直後、あの不快な甲高い音があたりを振動し、驚いたドスガレオスが砂上に姿を現す。
マハトとクラインは駆け寄りながら、怪力の種を1つ口に放り込む。
怪力の種は1種食べるだけで経絡エネルギーの流れが活発化し一時的に力を増強できる植物だ。
クライン達は体力回復のために薬草を探すがてら、この怪力の種も同時に採取していた。
デニスが託してくれた地図が無ければ、体力が底をつき回復もままならない状態で狩りが進んでいたことだろう。
狩りに慣れた森と丘ならある程度どこに何があるのかはわかる。だがここは全く初めての砂漠岩地だ。
ハンターはモンスターを狩る知識と経験以外にも狩場にも精通していないと、巨大な相手と渡り合うのも困難だ。
時に場所の特性を利用し、得物を追い詰めることも狩りの達成には必要だった。
怪力の種は、この過酷な砂漠岩地での狩りをより短縮するために有効な手段となった。だが、その考えもデニスの地図が無ければ、作戦に組み込まれなかっただろう。
マハトはデニスが地図を渡したときに言った『お前らが失敗したんじゃ、俺たちも村長たちに向ける顔がないからな』という言葉を思い出していた。
「…あいつも一緒だ…」
マハトは小さく声に出して、砂上に出てきたドスガレオスに向かっていった。
― レクサーラ ―
デニスは港に腰かけて水平線を眺めていた。夜になるとうっすらと赤く灯る水平線。確か対岸には火山地帯があるから、おそらくそれの影響だろうと考えていた。
デニスはまだ火山地帯に行ったことがない。メタペタットで生まれ育ち、近くのメタぺ湿密林とこの砂漠岩地、そして今メインとなっているシルクォーレの森とシルトン丘陵くらいしかまだ見たことがない。
一般の人からしたらこの活動域は比較的広い方であり十分だろうとは思う。だが、デニスはまだこの目で見たことがない未開の地を思うと、胸が高鳴るのを感じていた。
今でこそ商人をしているデニスだが幼少のころはハンターに憧れた少年の1人であった。
巨大な武器を背負い、未踏の地を踏み歩く冒険者。広い世界を見て歩き、この世界のすべてを見てみたかった
そんな気持ちとは裏腹に、本物のモンスターと相対した時の恐怖感は今のデニスに深いトラウマを残していた。
数か月前に、森と丘でリオレウスと遭遇した際も恐怖で身がすくみ、本来守るべき相手であったエマすら置いて逃げてしまった。
人間が抱える根源的な恐怖の象徴。デニスにとってそれはモンスター以外の何者でもなかった。
そんなことがあるから、ハンターという職業に嫉妬してしまう。
特にマハトはデニスにとって自分が描いていたハンターのイメージそのものだった。
鍛え抜かれ、巨大な身体。背中に背負う大きな武器。そんな逞しい存在に憧れて、それでいて一生叶わないという事実が、デニスがハンターをバカにする由縁だった。
(小さいよな…)
自分が抱えているトラウマや自尊心の大きさについては自覚しているものの、なかなか素直になれない自分がいた。幼いころからなんでも要領良くできていた分、できないことがある自分をなかなか認められない。
「デニス・・!」
柄にもなく港で一人黄昏ていたデニスの背後からエマが声をかけてきた。
その声の抑揚やエマの表情から、ハンター一行が帰ってきたのだろうことは察せた。
おそらく狩りは成功したのだろう。
聞けば2人はまだ駆け出しのハンターで飛竜の討伐経験もイャンクックくらいだと言う。
そんな2人でもドスガレオスが狩れるのか。
やはりまだ嫉妬心を抱いたデニス。おそらく面と向かったらまた嫌味を言うのだろう。
エマに付いていく形でデニスはハンター達がいるであろう村の入り口へと向かう。
『お疲れ!』そんなありきたりな言葉なんか絶対に出てこない。
そしたらあの地図を渡したのは一体なぜだろうか?
デニスはあの時の心情をよくは理解していない。気が付いたら渡していたし、だからといってあいつらに礼を言われたいとも思っていなかった。
やがて村の入り口に近づくとすでに人だかりがあり、その中でも群を抜いて背の高いマハトの頭も見えていた。
『討伐は失敗か?』
漠然とそんな言葉が頭の中を反芻していた。巨大なモンスターに立ち向かう彼らの姿を思い浮かべつつ。
デニスが人だかりの方を見ていると、マハトがこちらに気が付いて人だかりをかき分けてこちらに向かってきた。
何か憎まれ口を叩かれるか?
そう思い、何となく気まずくなった視線をマハトの足元に向ける。
あちらでゆっくりと洗うことも難しかったのだろうか。グリーヴは血で固まった砂がこびり付いている。
それ以外にも防具のいたるところには、出発前には見なかった損傷がいくつか見られる。
やはり無傷は難しいのだろう。それが狩りだ。あんな巨体と相対するのだ。無傷で帰ってこれる方がすごい。
そう考えているとマハトの巨体がデニスに近づいてくる。
「ありがとな」
自分よりも頭二つ分ほど大きな年下のハンターが自分にそう声をかけてきた。
「…!?」
声にならずにデニスはマハトを見上げた。
マハトの顔と同じ高さに、出発前にデニスが渡した地図をもってマハトが言った。
「お前のこの地図があったから窮地になっても何とかなった」
自分が言われているのか?と疑うほど予想だにしない言葉だった。
信じられず、様々な思考がデニスの頭を駆け巡るのがついぞそれが固まることはなかった。
「色々バカにしてたよ。商人だからハンターのことなんか何もしらねぇとかさ。」
マハトは言葉を続ける。
「村長が言ってたチームワークの意味も、ハンターだけの話かと思ってたけど、よくよく考えてみたら武器や防具を作ってくれる職人がいて、アイテムをそろえてくれるお前ら商人もいる」
「そういう手助けがないと、俺たちはまともに狩りなんかできやしねぇ。俺はちょっと前までてめぇの力さえあれば、ハンターは務まると思ってた。」
「あ・・・の・・・」
デニスの中で古い記憶がフラッシュバックする。密林で遭遇した巨大な飛竜。それからモンスターがトラウマになり、志半ばハンターをあきらめて商人の道へ進んだ。
本当はハンターになりたかった。
「今回の狩りも俺一人の力じゃねぇ。クラインもいたしデニス、お前もいた。」
「お前も立派なハンターだよ」
そのマハトの言葉を聞いた瞬間、栓を外したようにデニスは涙を流した。
別に認められたかったわけでも、褒めてほしい想いも微塵もなかった。
ただ、自分はハンターになれないと決めつけて、勝手に閉じこもって絶望していただけだった。
自分がなりたいものに一生なれないと諦めていたからこそハンターと呼ばれたことに対して、得も言えぬ感覚に襲われた。
突然涙を流したデニスに虚を突かれたマハトは戸惑いを隠せない。
「な・・・なに泣いてんだ気色わりぃ!!」
周りからしたらなんの脈絡もなく泣き出したし、周りの誰一人としてデニスが泣いた意味が理解できていなかった。
遠目から見ていたクラインも会話は聞こえていないものの『マハトがデニスと口喧嘩して泣かせた』と勘違いさせるのも容易だった。
慌てふためくエマとマハト。そこへ慌てて駆け寄るクライン。
周りもなんて声を掛けたらいいか分からない状態であったが、デニス本人だけは長年の悩みから解き放たれた充足感を抱いていた。
【5.国家との関係と軍事組織との違い】
ハンターズギルドは民間組織として各地の都市や村と協力関係を築いているが、特定の国家には属していない。
一方で、各国の王族や軍隊とも一定の関係を持ち、時には共同でモンスターの討伐や研究を行うこともある。
ミナガルデに本部を置く、王立書士隊のような研究機関とは協力関係にあり、調査ハンターを派遣することもあるが、軍隊との関係は必ずしも良好ではなく、対立が示唆される場面もある。