護衛が道   作:豊秋津

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3話投稿の1話目です。


No.009 バッテラ×会食

 バッテラ氏から招待されたレストランは、ヨークシンの一等地に建つ高層ビルの中にあった。シックながらも現代的な装いのその店は、完全予約会員制らしく雑多な都心の中とは思えないほどに異空間の様な静けさがあった。

 客同士が顔を会わせない造りになっており、ウェイターに案内されている最中もマシロは誰とも出会わなかった。

 間接照明の落ち着いた雰囲気の通路を通って案内された先は一番奥の部屋。部屋の前に立つ黒服の男にウェイターが取りつぐと、黒服の男はノックをしてから扉を開けた。中は個室というには広々としており、ヨークシンの夜景を見下ろす一面ガラス張りの窓が印象的な部屋だった。

 高級な調度品で飾られたその部屋の中でバッテラとツェズゲラが席から立ち上がってマシロを迎え入れる。

 マシロは招待への礼を告げ、促された席へと着いた。

 

「いや、よく来てくれた。君と話をしてみたいと以前から思っていたんだ」

 

「それは光栄です」

 

 バッテラが笑顔でマシロに話し掛ける。その態度には敬意と好意が表れていた。

 ゼノとの一件以来マシロに阿ねるような機嫌取りの手合いは増えたが、バッテラのそれはそういう者達とはどこか違った。"感謝のような喜び”。そんな微かな機微をマシロに感じさせた。

 ウェイターがカートに乗せて運んできた料理をテーブルへと並べていく。

 

「マシロ君、酒はどうかね?」

 

「遠慮しておきます。どうも舌が子供なのか、お酒が美味しいと思えないタチでして」

 

「はははは、そうか。私も若い頃は酒の味が分からなかったものだが、付き合いで飲んでいるうちに覚えたものだよ」

 

 料理に舌鼓を打ちながら、和やかに歓談する。

 バッテラはマシロのこれまでの仕事に興味があるようで、色々と話を求めた。ツェズゲラも基本は聞きに徹しながらもたまに話に加わり、時間は和やかに進んでいった。

 そんな中バッテラの食事の手がふと止まる。

 バッテラのアイコンタクトを受け取ったツェズゲラがおもむろに口を開いた。

 

「突然不躾な事を頼んですまないが、君の"練”を見せてくれないか?」

 

「……急にどうしたんです?」

 

「君の実力に興味があるんだ。私も……バッテラさんも。」

 

 困惑しながらバッテラを見ると、「お願いする」とバッテラからも頼まれてしまう。

 少し思案したが、仕事に繋がるかもしれないなら損でないと考えマシロは席を立つ。

 何を見せればいいのかと思案しながら空いたスペースに移動して二人に向き直る。

 

「んー……じゃあ、シャドーやります」

 

 息を詰めて見守るバッテラとツェズゲラ。

 その視線を受けて、マシロは左のジャブから入る。起こりの見えないジャブ。次いで右の上段蹴り。反転して肘打ち。また反転して後ろ足払い。

 速度がどんどん上がっていく。右の蹴り上げからパンチのラッシュ。飛び後ろ蹴りからかかと落とし。半円を描くように斜め後ろに跳ぶフォーリア。左のローからハイ。交換して右のハイの連続キック。

 息つく暇の無いマシロのシャドーにバッテラは息を呑んで魅入る。

 バク転からのバク宙で締め。

 

「素晴らしい!!」

 

 バッテラは立ち上がって惜しみのない称賛の拍手を送る。

 バッテラが横を見ると隣に座るツェズゲラは唖然と言葉無く固まっていた。

 そのツェズゲラの様子をバッテラは訝しんだ。

 

「どうしたのだ?」

 

 声を掛けられたことでツェズゲラはハッと我に返る。

 

「いや、失礼。想像だにしていなかったものを……見せられましたので、つい……」

 

「確かに素晴らしかったが、一流のハンターである君が言葉を失うほどのものだったのかね?」

 

「……念には"硬”と"流”という技術があるのです。"硬”は全オーラを一点に集める技術。"流”はオーラを移動させる技術。彼が今見せてくれたシャドーは体の動きだけみても確かに目を見張るものでしたが、本当のすごさはそこじゃない……」

 

 ツェズゲラは唇を戦慄かせた。

 

「シャドーによる仮想敵へのインパクトの瞬間瞬間に、攻撃する部位へと何の予兆も無く全オーラが一瞬で集まっているのです。インパクトの瞬間に"硬”。それ以外の時間は全身にオーラを纏う"堅”。それを行える程速く静かな"流”を私は見た事がない……!」

 

 常は泰然としているツェズゲラの初めて見せる姿にバッテラは意外なものを見た思いだった。今見たマシロのシャドーは念を使える者にとってこそ驚愕のものらしい。

 

「……彼を買いなさい、バッテラさん。彼を自由に使えるのなら金なんて幾ら出しても惜しくはない」

 

 ツェズゲラのその言葉にバッテラは今度こそ驚いた。一ツ星(シングル)の称号を持つ世界でも有数のプロハンターにここまで言わせるマシロという青年。どうやら自分が思っていた以上の傑物らしかった。

 

 シャドーを終えたマシロは元の席に戻ってグラスに入った水で喉を潤した。

 

「君はグリードアイランドというゲームに興味はないかね?」

 

 バッテラが話し始める。その目は真剣だった。

 

「……念能力者専用のゲームでしたか?」

 

「知っているのかね?」

 

「最近知り合った子が話題にしていましたので概要位は」

 

「そうだ。そして私は、そのゲームのクリアを欲している。今日行われたオークションで落札したものは何者かの襲撃に遭って奪われてしまったが、残りの6本は何がなんでも手中に収めるつもりだ。そこでどうだろうか、君もこのゲームに挑戦してくれないだろうか?」

 

「バッテラさん」

 

 ツェズゲラがプレイヤーではなく護衛として雇えと口を挟もうとしたが、バッテラは分かっていると手を上げて制止した。

 

「クリアした者への報酬は500億という事にしているが、それでは君とツェズゲラが喰い合ってしまう。私は君たちが協力し合うことが望ましいと思っているのだが、報酬の山分けとなれば先に攻略に取りかかっているツェズゲラは面白くないだろう。そこで提案だが、月10億J(ジェニー)支払う。それで私のボディーガードになってくれないだろうか」

 

「……名目上はボディーガードですが、その仕事内容はグリードアイランドの攻略ですか」

 

「君が望むのならその報酬でクリア後も契約し続けてもいい」

 

 1ヶ月10億の複数年契約。バッテラがマシロを高く買っていることの証左。この上なく破格な条件だ。

 だが、マシロの肚は初めから決まっていた。

 

「大変有り難いお話ですが、お断りさせて下さい」

 

「10億で足りないのならもっと払ってもいいし、君の要望も可能な限り叶えよう」

 

「いえ、今俺が欲しいのはお金じゃ無いんです」

 

「では何かね?」

 

「……経験……か?」

 

 ツェズゲラがぼそりと呟いた。

 

「そうです。今の俺は護衛者としての経験が何より欲しい」

 

 然も有りなんとツェズゲラは頷く。

 

「だが、グリードアイランドを攻略することも得難い経験になる筈だ」

 

 それでもツェズゲラは反論する。さっきのシャドーを見て、攻略にはマシロが必要だと感じたからだ。

 これから先クリアに向かっていく中でカード入手の難易度の増加とプレイヤー同士の衝突が予想される。そこに戦いに長けたマシロが一人居るだけで、取れる選択肢が大幅に増える。

 

「グリードアイランドはゲームと言っても、コンピューターを相手にするような単純なものではない。ハンター専用と言うだけあって、頭脳も体力も必要な命を懸けたものなのだ。そこで得られる経験は必ず君のためになる」

 

「そうかもしれません。ですがタイミングが悪い」

 

「タイミング?」

 

「俺はまだキャリアが浅い。それに加えて仕事を再開して、まだ1件しかこなしていないんです。今はまだ護衛以外の仕事は考えられません」

 

「…………そう……か」

 

 椅子の背もたれに背を預けてツェズゲラは溜め息をついた。マシロの迷いの無い目を見て説得は無理だと諦めたのだ。

 そしてそれはバッテラも同じだった。

 迷い無く自分の道を進むマシロに若かった頃の自分の姿が重なった。一つ一つの事が経験となり自分の成長を感じられる今が一番楽しい時期なのだろう。確かに脇目を振っている時間も惜しい。

 

「……実に残念だ。だが、純粋なボディーガードの仕事ならば受けてくれるのだろう?」

 

 バッテラは微笑んだ。

 

「必要になった時には是非とも君に頼みたいものだ」

 

「ええ、喜んで」

 

 マシロは笑顔で頷いた。

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