仲介業者へ来るマシロへの依頼は受けきれない程だった。バッテラが話をしたのか上流階級や世界有数の資産家からの問い合わせも増え、幻影旅団の団員逮捕に貢献したという情報がそれらに更に拍車をかけていた。
対応のほとんどを仲介業者に任せ、マシロはその中で切迫していると思われるものを選んで受け続けた。
脅迫された歌手や掲げる政策が原因で命を狙われた政治家、組織の腐敗を暴こうとした警察官、マフィアと政治家の裏取引のネタを掴んだ記者、開発予定の重要な土地の一部を相続してしまい地上げのヤクザに狙われた少女、等々。
思いがけない形で依頼を受けることもあったが、報酬の多寡に関わらず受けた。
簡単に終わるものもあれば、根の深いものもあり、その中でも脅威となる者が判明している場合はそれらを取り除いていった。
探偵業を始めたスクワラにも度々協力してもらうこととなった。護衛対象の脅威となっている人物の情報収集や犯罪の証拠集め等にスクワラは力を発揮し、マシロ共々世間に名を知られる事となった。
暗殺者に対するカウンターとして地位を築きつつあるマシロは、9月のオークション後から年が変わっても忙しく働いていたが、春の暖かさを感じ始めた頃ようやくその忙しさにも一段落ついてきていた。
そういう時にやって来た一つの依頼がマシロの興味を引いた。
ITの分野で成功を収めている実業家からのNGL自治国への随行依頼だ。
自分が創設した自然保護団体のNGL自治国で行っている自然調査の視察に行きたいので付いてきてくれというものだった。その実業家は動植物に対して並々ならぬ熱情があるようで、長期休暇を取って自ら赴くというのを再三制止してきた部下の忠言を容れての依頼だった。文明から切り離された上に色々と黒い噂もある国へ社長が行くことが不安ということらしい。
自然溢れる所へ行くのも気分転換になっていいかもしれないと考えたマシロは、その依頼を受けた。深い山の中で育ったマシロの一種の郷愁の表れとも言えた。
NGL国境の検問所。
機械文明の恩恵を受けた物は全て取り上げられ、天然素材の商品と交換させられたが、それ以上の検査は無くあっさりと入国を許可された。
「NGLの入国審査は厳しいと聞いていたんですが、えらく簡単に通れましたね……」
「国の理念に感銘を受けたと言って、自然調査の申請をした折りに少なくない額の献金をしたからね。多少は気を利かさせたのだろう」
「だからといって機械を隠し持てば、問答無用で拘束されるだろうがね」と言って、笑いながらロセスは歩いていく。
ロセス=ログラムは四十を幾つか越えているが、若々しく溌剌とした男だった。
移動用の馬を借りるため、二人は国境に近接した牧場に向かっていた。調査チームとは連絡が取れてあり、そのベースキャンプまで馬で向かうことになる。
ベースキャンプまではNGLがつけた案内人の先導で野宿を挟んで一日。
調査チームは川を見下ろす場所にある丘の抉れた平場を拠点としていた。荷馬車を壁に、土で囲われた平場に天幕を張ってある。一角には小型の動物や昆虫を入れた籠が並べてあった。
「やあ!諸君ご苦労。調子の方はどうだね」
ロセスはずいずいとベースキャンプの中へと入っていく。マシロは乗って来た馬を案内人に渡してからその後に続いた。案内人は調査チームに同行していた仲間の案内人と分担して、馬を下の川へと連れていった。
「ああ、ロセスさん。順調ですよ。新種と思われる動植物を幾つも発見しましたし、なんと絶滅危惧の希少植物が群生している場所も見つけたんですよ。ただ、機械類を持ち込めないのが痛いですね。カメラも無いから発見したものをいちいち描き表さないといけない」
男が指し示した先では動物や昆虫が入った籠の前で紙に向かっている者が何人かいた。
「それよりロセスさん。捕獲した生き物の持ち出しの禁止って約定、何とかなりませんかね? 絶滅危惧の植物を持ち出せれば、自分達で繁殖させられるんですが」
「ん~、それは無理だろう。今回の調査を受け入れてもらうのだって苦労したのだから。そんな事をしたら次調査したいとなっても受け入れてもらえないよ」
ロセスは生き物が入った籠を興味津々に見て回っている。
男はその背中を見ながら仕方がないと溜め息をついた。
次の日からロセスは調査チームの活動について回った。メンバーに色々と教えてもらいながら楽しそうにしている。
マシロもそんなロセスから離れ過ぎないようにしながらもリラックスして森を散策した。そんな日が何日か続いたある日、マシロは足を踏み入れた森に異変を感じた。動物達が息を潜めているのか森全体にどこか生気がない。
"円”で周囲を探る。異変は無い。
マシロはオーラを棒状に伸ばし、それを自身を起点にレーダーアンテナの様にぐるりと回転させた。マシロが編み出した"円”の応用で、オーラの操作難度と把握難度は格段に上がるが、通常円で探れる距離を大きく伸ばす事が出来る。マシロの場合、通常円では半径180メートルが現在の最大距離だが応用円ではその距離は1100メートルにまで伸びる。
その応用円に異物が引っ掛かった。人間の大人程の大きさをした知らない形をした生き物だ。問題なのはその生き物の前に人間の子供が二人いることだ。
マシロはロセス達に状況を伝えて駆け出した。
岩場を飛び越え、木々を縫って駆ける。山奥で育ったため馴れたものだった。
急斜面を飛び降り、枝を掴んで着地する。兄らしい子供が妹を庇って釣竿を構えている。
子供を襲おうとしている生物は蟹に似ているが違う外観を持つ知らない生き物だった。
背後から近づき、腰にある甲殻の継ぎ目をナイフで切り裂く。ナイフは国境の検問所で手に入れたもので、常用しているものに比べて粗悪品といってよかったが、"周”で強化することによって抵抗無く刃は致命傷を与えた。
謎の生物は仰け反りながら痛みで叫ぶ。
マシロは切り裂いた傷口に念弾を叩き込んだ。
謎の生物は断末魔を上げて、前のめりに地面に倒れ伏した。
絶命したのを確認してからマシロは子供達に近寄った。
「大丈夫だったかい? 君達」
状況の変化についていけなかったのか子供達は暫し呆然としていたが、マシロがしゃがみこんで目線を合わせると、安心したのかマシロにすがりついて泣き出してしまった。
「あーほらほら、そんなに泣かないで。もう大丈夫だから、ね。お兄さんがおうちまで送っていってあげるから」
地面に散乱していた魚を落ちていたざるに集めて子供達に持たせてから、兄妹を片腕ずつで抱き上げる。
「さぁ、おうちはどっちだい?」
兄の方が弱々しく指で方角を指す。
その頃になって、ようやくロセス達が追い付いてきた。調査チームの面々は、死んでいる蟹に似た生物を見て騒ぎだしている。持ち帰ろうとしているのか、木を切って担架の様なものを作り始めた。
二人を抱えながら歩いていると、程なくして木々の合間から村らしきものが見えてきた。
「……あそこがぼくの村」
家に着いてホッとしたのだろう、二人とも顔の強張りが取れて体の力も抜けていた。
村に入ると畑仕事をしていた若い女性がこちらに気づいて駆け寄ってきた。女の子がその女性に向かって手を伸ばしたので、二人を降ろしてあげると女性に向かって駆け出した。
「お母ざぁぁぁぁぁぁん゛…………ッ」
女性に抱きついて、兄妹は泣きじゃくりだした。
「どうしたの二人とも……!?」
女性は困惑している。
泣きじゃくって要領を得ない兄妹を連れて、マシロも家へと招かれた。
マシロがあった事を説明する。すると女性は事の重大さに気づいて兄妹を抱き締めながら、マシロに礼を述べた。
「この辺には人を襲うような、あんな変な生き物がいるんですか?」
「……いえ、そんな生き物初めて聞きました。この辺で人を襲う動物といえば熊くらいですが、それでも滅多にそういう事もありませんし……」
「となると、どこかから流れてきた新種……?」
マシロが兄妹の母親と話していると家の外がざわつき出した。外に出てみるとロセス達調査チームが村にやって来ていた。
例の謎の生物も運び込んでおり、村人達がそれを見てざわついている。ロセスは村の老人と何やら話をしていた。
「あの生き物、こっちに運んできたんですか?」
「あぁマシロ君か。この村の方が近かったんでね。この村の代表者とも話して拠点をここに移す許可も貰ったところだ。君も拠点の移動を手伝ってくれ」
謎の生物に興味を持った調査チームは、この村を拠点に違う個体がいないか捜索するらしい。マシロも手伝ってその日の内に拠点の移動を完了させた。
謎の生物に夢中な様子の調査チームの面々は毎日の様に侃々諤々と議論を交わしていた。
専門家が集まっていても意見が一致しないようで、純粋に未確認の新種だとか、体の造りが既存の生物の継ぎ接ぎみたいでおかしいことからNGLが極秘に開発した生物兵器だとか、メンバーは飽きること無く熱に浮かされた様に話し合いを続けていた。
マシロはというと、ロセスが村の外の探索についていかない時は時間が出来るので、念の技術の向上に努めたりしていた。
バッテラ達に見せたシャドーは"流”を磨くために始めたのだが、所詮は相手が居ないシャドー。今では完璧にこなせるようになってしまい、最近は上達が頭打ちになってきていた。
マシロの訓練は娯楽の少ない村の子供達には刺激的なようで、マシロが助けたクルトとレイナもマシロの後を付いて回るようになっていた。暇な時間には子供達と遊んだりもした。
そういう日々が続いていたある日、村の外から人がやって来た。
ポックルと名乗るプロハンターが率いるチームで、NGLに入り込んだ可能性のある新種の生物の捜索に来たとのことだった。
心当たりのあった調査チームは、先日の蟹に似た生物の事を話した。死体は埋めてしまったので、記録したものを見せるとポックル達は確信したかのように頷き合った。
"超大型のキメラアントが繁殖している”
その確信を得たポックル達は、自衛出来ないのならばNGLから出た方がいいと言い残して村を去っていった。