言い知れぬ不安がペギーを包んでいた。
「些細なことでもいい。本当に何も心当たりがないのか、ハギャ」
「どれだけ聞かれても知らねェもんは知らねェよ。
第一、1日やそこらザザンが帰って来ねェからって何神経質になってんだよ」
「これ程帰還が遅れた事は今まで無かった。何かあったのではないかと考えてもおかしくはあるまい」
我が強く、煩く言われるのを嫌うハギャやザザンのような師団長の勝手を黙認していたのは、それでも女王へ献上する食料の調達は真面目にやっていたためだった。
「何かって何だよ。まさか人間にやられたってか? 下級兵の一匹二匹じゃなくて、ザザンを含めた部隊丸ごと!?」
「あり得ないね」とハギャが笑う。確かにペギーにもあり得る事ではないと思えた。しかし
「……お前も知っているだろう、不可思議な力を持つ人間の存在を。
まだまだ人間には未知な部分がある。侮ってかかるべきではないと思うが」
「分かった分かった。部下に何か知らねェか聞いといてやる。それでいいだろ?」
鬱陶しそうにそっぽを向いてしまったハギャを残して、ペギーはその場を後にした。
ザザンが城から進発したのが一昨日。今だ帰還がないために捜索の兵を外にやったがザザンはおろかザザン隊の下級兵一匹見つけることが出来ていなかった。
このところ不可思議な力を使う人間が"レアモノ”としてキメラアントの間で知れ渡り始めていたが、もしもその者達にザザン隊が壊滅させられているのだとしたら、その脅威度はペギーが考えていた以上になる。
その場合多人数のレアモノがひとつになって動いたと考えられ、キメラアントに対する反抗作戦を開始したのかもしれなかった。
そうであるなら対策を講じなければならず、他の師団長と至急話し合わなければならない。食料の調達のために城の外に出る時には一層の慎重さが必要になり、複数の部隊を連携させて動かなければならない。数が多ければレアモノ達も迂闊な攻撃は出来ないだろう。その間に敵を捕捉し、撃滅乃至は捕獲する。レアモノを女王に献上出来れば王誕生への大きな貢献となるだろう。
召集をかけるべく城内を歩くペギーだったが、気の重さを感じてもいた。ザザン隊の未帰還をどれだけの師団長が重く捉えるか。先ほどのハギャの様に事態を軽視する者のせいで足並みが揃わないことは容易に想像が出来た。師団長の中にリーダーシップを執れる者の不在は、女王を第一とするペギーにとって忸怩たるものがあった。
銃をばらして掃除をしていた。
クルトとレイナの家である。マシロは貰った端切れで銃の汚れを拭っていた。
装薬やカーボンといった発射による残留物だけでなく、泥や土埃、乾いた血液といった汚れもキメラアントから調達した銃には目立った。手入れもせずに撃つがままにしていたようだ。
救出したポックルを拠点にしていた村に運び込んでから3日。キメラアントによる襲撃もなく村は平穏だった。
キメラアントの毒によって全身の自由を奪われていたポックルだったが、既に痺れを残しながらも僅かに動ける程度に回復していた。奥歯に解毒薬を仕込んでいたらしく、その周到さにはマシロも感心した。
「平和ね」
そう言いながらポンズがマシロの傍に座って戸口の外の景色を眺めた。この3日、ポンズはポックルの看護をしていた。ポックル以外の仲間を失ったことで暗さは残っていたが、ひとまずの危急を脱したことでその表情は和らいでいた。
「……NGLの外の人たちにキメラアントのことは伝わったかしら?」
「伝わっているとは思います。俺の名前で協会に連絡するようにロセスさんにはお願いしましたし」
心配なのは協会の受け止め方だった。
キメラアントという新種の生物が集団で人間を捕食しているという程度の情報しか持ち帰れていないために、その危険度を過少に評価される恐れがあった。人語を操る程知能が高く、秩序立って動いているという事はロセス達が脱出した後に分かった事であり伝えられていない。その上キメラアントの中にはオーラを感じ取れる個体もおり、念を使えるハンターといえども決して侮れる存在ではなかった。
多少危険な魔獣程度の受け止められ方をした場合、初動の早さや送られてくる人員の能力に不安が残る。
「この村にキメラアントの軍勢が現れるのも時間の問題ね……」
「……そうですね。どれだけの食料を必要としているのかは分かりませんが、村一つの人間を浚っているのだとしたら巣の周辺にあった村はもう残ってないかもしれませんね。
だから、あの蠍型のキメラアントが率いる部隊が巣から離れて遠出していたんでしょう」
「私達が確認した巣の大きさからいって一千近くのキメラアントがいてもおかしくはないわ。そんな大軍勢の一日の食料がどれ程になるのか……。
そうなったとしても村人へ被害を出さずに退けるつもりだったが、手元にある銃弾の数に心もとなさがあった。鹵獲した時点で弾数が少なかったのに加え、ポックル救出の際にも使用したためもう残りが1発分しかなかった。
「この近くに国の施設はありませんかね? 国民に秘密にしていたり、立ち入りを禁止しているような厳戒な施設だといいんですが」
「そんなことを聞いてどうするの?」
「銃弾を補充したいと思いまして」
「心当たりはあるわね。キメラアントの調査をしているときにいくつか見つけたの」
ポンズに教えられた場所は拠点の村から大分離れた場所にあった。マシロの足ならば半日もかからずに行き来出来る距離だが、施設からは村よりもキメラアントの巣の方が近い。
善は急げと出発したマシロの目に道中入ってくるのは、緑豊かな大地と透き通る青空だった。陽の光と新緑の匂いに包まれていると今NGLで起きている事が遠い出来事のように思えてくる。村があって、家族がいて、子供たちが笑顔を浮かべている。そんな事を幻視させるような穏やかな日和のなかで、しかし施設に向かう道中には壊滅した村もあった。家屋や田畑は荒れ、打ち捨てられた死体は腐敗している。
到着した施設の中も似たようなものだった。物が散乱し、血痕はそこかしこに飛び散っている。施設は周辺に広がる畑の管理施設らしく、用具の保管庫や倉庫が併設されていた。建物の中にはライフル銃など機械文明を拒絶するNGLには存在する筈のないものが転がっており、この場所で後ろ暗いものを栽培していることを物語っていた。
ハンドガンの弾を求めてマシロは内部を探索していく。死体こそ残ってはいないが建物の中には闘争の気配がまだ色濃く残っていた。見つけた弾は持っている銃に補充した後は、予備のマガジンを拾ったマガジンポーチが付いたベルトに入れて持ち運ぶ。
手早く用事を済ませたマシロは物見のために行きとは違う道程で帰途についた。
四囲を山に囲まれた様な地形の森を歩いていると奇妙な光景に出くわす。森が円形に伐り開かれ、何十体ものキメラアントが一様に両断されて転がっているのだ。
「……念能力?」
直感的にマシロはそう思った。
切り株の高さを見ると全て同じ様な高さに揃っており、一刀で伐り倒された事を示している。円形だというのもその中心で何者かが鋭利な武器を使う様な能力を使ったと考えられた。
目の前に広がる様な光景を作る兵器に心当たりが無いマシロは、そう結論づけた。倒れたキメラアントの中には意識は無いがまだ息のある者もおり、この状況が作られてからそう長い時間は経っていないようだった。
「討伐隊……にしては早すぎるか」
迅速に討伐隊が組まれていたとしても今頃国境に着いたならまだしも、既にこんな深くにまで到達したとは考えづらい。
となると考えられるのはポンズ達の様に調査に来ていたか、たまたまこの国に居合わせた念能力者かということだ。
地面の足跡を見つけてしゃがむ。
草が生えていて土がむき出しの箇所が少なく足跡から正確な人数は知れないが、足跡はキメラアントの巣の方角に伸びていた。国境に向かわず、巣に近づいていっているということはこの生物災害の大元である女王蟻を叩くつもりなのだろう。
少し思案してからマシロも巣へと足を伸ばすことにした。
敵地と呼べる中での数少ない味方である。顔を繋いでおけば心強いし、情報の共有も出来る。マシロの持つ情報は少ないが手助け出来る事があるかもしれない。
延々と森が続く。木々が空を覆い多少薄暗くもあるが、藪が少なく草花の背丈も低いので見通しは困る程には悪くない。
注意深く進んでいると前方からこちらに近づく気配を察知する。マシロはさっと木の上に身を隠した。
ようやく3話完成しましたので、今日、明日、明後日と投稿しようと思います。