翌日。9月4日。
朝のミーティングで今日の予定の確認と午後からのネオンの買い物についていく護衛の当番が決められた。
世間は仕事や学校に行き出す時間だが、当のネオンは奥の部屋でぐっすり夢の中だった。
護衛チームのメンバーは
そんな中でクラピカは物憂げな表情を浮かべながら部屋を出ていった。
「何か用事ですかね?」
「お友だちのところに行ったのよ。ヨークシンに来てるらしいわ」
センリツの持ってきたコーヒーをマシロは礼を言って受け取る。
「そうですか。なら、少しは気が晴れますかね」
「あなたも心配してくれるのね」
「そりゃあ命を預け合う仲なんですから、ただの知り合い以上の関係性でしょ。俺達は」
昨夜は幻影旅団の襲撃があったもののオークションは予定通り行われた。
オークションを楽しみにしていたネオンは終始ハイテンションで、お目当ての"緋の眼”以外にも多数落札することとなり、ライト=ノストラードは娘の楽しそうな姿に笑みを送りつつもどこか顔を引きつらせていた。
クラピカと共に護衛についていたマシロだったが、その時からクラピカの様子がおかしい事に気がついていた。
何か物思いに沈んでいるのかいつもの覇気が無く、心此処に在らずといった様子だったのだ。
個人的な悩みなのだろう、相談もされないためマシロは何も出来なかったが、友人がいるのなら大丈夫だろうと、マシロは椅子に座ってテレビを見始めた。
発展著しいヨークシン。そんなきらびやかな大都市にも開発から取り残された区画がある。そこの廃ビルの1つを幻影旅団は拠点にしていた。
「シャル、ノストラード
ノブナガは苛立たしげに声を荒げる。
ウボォーを殺した鎖野郎の正体がいまだに分からず、影さえ掴めない。ノストラードに最近雇われた事が判明しているが、ウボォーが報復に行った後はそのノストラード
「
「ちっ」
「シャルナーク、オレが頼んだ方はどうだった?」
散乱する瓦礫に腰かけた団長が問いかける。
団員全員がこの場に集まっていた。つい2日前まではこの輪の中にウボォーもいたのだが、もうその姿はない。声が大きくて鬱陶しいといつも思っていたのだが、今は灯が消えてしまったような寂しさをノブナガは感じていた。
「マシロ=シロギヌの事だね。一応ハンターサイトも使って調べてみたけど、大した情報は無かったよ」
「それでもいい」
「分かった。マシロ=シロギヌ、22才。3年前、依頼人をゾルディックから守りきったことで一躍名を上げた。その依頼は、ゾルディックが相手だと判明していたから皆敬遠したんだけど、駆け出しで碌な仕事のなかったマシロ=シロギヌに回ってきたみたい。その
「これが顔写真だよ」とプリントアウトした紙をシャルナークは皆に見せる。
ノブナガも聞いたことのある名前だった。噂話で聞いた程度で気にも留めていなかったが、昨日団長とやり合って団長の目論見を潰したらしい。
「そんな団長が気にする程の奴なのかよ」
フィンクスが疑問の声を上げる。
「ああ。この先鎖野郎を追うのならぶつかる可能性もある」
「よっしゃ。追っていいんだな団長。鎖野郎を」
ノブナガは歓喜する。もしかしたら、今夜の競売品を盗ったらホームに帰還することになるのではないかと心配していたからだ。だがそれも杞憂に終わった。
蜘蛛のために情より利を優先させる団長にしてもウボォーの死はよっぽどの事らしい。ウボォーとは蜘蛛の結成以前からの付き合いだ。ノブナガとしてもその怒りは並大抵ではない。
「喜んでるとこ悪いけど、結局どうやって鎖野郎を見つけるかが解決してないよ」
「だぁー! うるせーぞ、マチ! それを今考えてんだろうが」
「全員で今分かっていることを確認しておこう」
団長を中心に情報を整理していく。
ノストラード
何かを閃いたようだった。そしてこういう時の団長の閃きは、ほとんど正解に辿り着いていることをノブナガは経験から知っていた。
標的が定まった蜘蛛は動き出す。
「マジかよ!! 部屋をかえたのがバレたのか!?」
クラピカからの電話はホテルで留守番をしていたスクワラを動転させた。
旅団の襲来。奴等はホテルベーチタクルの方向を目指して移動しているらしかった。
ワガママ娘の買い物に付き合わずに済んでホッと一息ついているところだったが、取るものも取らずに慌ててスクワラは逃げ出す。……緋の眼だけは持って。
逃げ出すにしても雇われている身だ。雇い主の娘が大切にしている物まで捨てて、逃げ出す訳にはいかなかった。
エレベーターに乗って地下の駐車場に向かう。
車を飛ばす。一刻でも早く、一寸でも遠くへ。
旅団の一人が陰獣と戦う場面を目撃していたスクワラは、自分では旅団の人間に到底太刀打ち出来ないと身に染みて感じていた。追い付かれれば、自分は狼を前にした子羊のように慈悲を願いながら死を待つしかないだろう。
「くそッ、こんな時に渋滞かよ!!」
時刻は夕方。この時間帯はラッシュのために街の中心部にかけて大渋滞することは有名だった。
遅々とした車の流れにスクワラの焦りは大きくなっていく。まだ大してホテルから離れられていない。今に旅団が現れやしないかと気が気ではなかった。
こんな時に頭に浮かぶのはエリザのことだ。
ネオンの侍女をしている彼女とは今の仕事に就いた時に知り合ったが、今では将来を約束する仲になっていた。結婚に踏み切れないでいるのは、自分の仕事が危険と隣り合わせで不安定だということもあるが、それ以上に家庭を持つということにいまいち実感が湧かず、尻込みしてしまっているためだった。愛しい人と相棒と呼べる犬達を果たして自分は守っていくことが出来るのか。
しかし、そんな悩みも今に至っては馬鹿らしいことだった。死んだら元も子もない。幸せに手を掛けながらなにを悩んでいるのか。
この窮地を脱したら、直ぐ様仕事を辞めてエリザにプロポーズすることをスクワラは決めた。
「……グルルル」
車に乗せている犬達の一匹が何かに気づいたらしく唸り始めた。
「どうしたッ」
後方を確認するため振り向くと一瞬過る影。なにかが車の屋根に乗った衝撃と共に刃が天井から突き出された。
「止まれ」
底冷えのする声。震えながら車を停車させる。
刀の刀身には、蒼白になったスクワラの顔が映っている。
「降りろ」
天井に乗っていた着流しの男が前方に降り立って言う。
左には銃を構えたスーツの女。右後方には髪の長い小男。逃げ場は無い。
スクワラは死を悟った。
せめて犬達だけは逃がそうと車を降りながら口笛で指示を出す。
後方へ走っていく犬達。
旅団の三人は犬を害する気は無いようでスクワラは一安心した。
スーツの女に後ろ手に手を取られる。
「あんたの仲間に鎖を使う奴がいるでしょ? 今どこ?」
「なんの話だ!? オレをノストラード
右腕を折られる。あまりの激痛に全身からぶわっと冷たい汗が出てきた。
だが、それでもスクワラには仲間を売る気は毛頭無かった。長年鉄火場を生きてきたプロとしての矜持が許さない。
その結果、例え死ぬことになろうとも。
突然スーツの女が吹き飛ぶ。その余波でスクワラも尻餅をついた。
霞む目で見上げるとマシロが立っていた。
20分前。
マシロはバショウと共に買い物をするネオンの護衛についていた。そこにクラピカからの電話が入ってきた。
「クラピカからか? 何だって?」
バショウが電話の用件を聞いてくる。
「幻影旅団がホテル方面にまとまって移動し始めたから、ホテルには戻らないようにとのことです」
「何! 奴等オレ達を探してるのか?」
「幻影旅団って競売品を盗んだっていう人たちのことでしょ? えーー! なんでホテルに来るのよォ」
買い物に夢中になっていると思っていたが、ネオンは今の話を聞いていたらしい。
「あ! 緋の眼! もしかしてアレ盗りに来たんじゃ」
昨日で旅団は半壊した筈だ。それが翌日にはもう、競売品だった品を奪いに動くだろうか。それとも、まだネオンを狙っているのか。
「アレ気入ってるのに~。……ねえ、どっちか緋の眼を取りに行ってきてよ。ね? お願い」
「それより、すぐに此処を離れましょう。無いとは思いますが、旅団がここまで来るかもしれない」
「やだよ。緋の眼を持ってきてくれるまで動かないよ」
頑ななネオンにマシロはため息をつく。隣のバショウを見るとこめかみに青筋を浮かばせている。
「……分かりました。俺が取りに戻ります。ですから、ネオンさんはバショウ達と一緒に此処を離れてください」
「はーい」
走りながらホテルとスクワラの携帯に電話をかけるが、どちらにも出ない。クラピカからの連絡が行ってホテルは出たが携帯は忘れたのだろうか。
デパートから出ると、昼頃から降り出した雨はまだ降り続いていた。
宵口のラッシュの時刻。車道も歩道も車と人で溢れ返っている。
「仕方無いか」
マシロは空中に飛び石のように壁を作り出し、その上を走って移動し始める。人々は傘をさしていることもあってか、それに気づく人間は多くない。
ホテルの方向に向かって走っていると、車道を走る犬の集団を見つける。スクワラの犬達だ。
車道に降りる。犬達は一瞬身を強張らせたが、マシロだと気づき警戒を解く。
「スクワラはどうした?」
マシロが問いかけると、一番後ろを走っていたセントバーナードが「ワン」と一鳴きして来た道を戻り始めた。マシロはそれについていく。
少しして、強化した視力で前方の人影を捉える。
「キミ達はここにいて」
マシロは犬達にそう言って、また壁を作って空中を走り出す。
敵の視界に入らないように大回りしながら近づいて行く。
スーツを来た金髪の女がスクワラの腕を折った。それを見たマシロは走る速度を上げ、高速で接近していく。
横合いからの急襲。女は反応出来ずに、まともにマシロの膝蹴りを顎にくらって吹き飛ぶ。
同時にマシロに気づいた髷を結った男の斬撃を身体を捻りながら壁を作っていなす。いなしながら、近づいて来ようとしている小男に銃撃を見舞う。
着地したマシロは直ぐ様スクワラを抱えて距離をあけた。
「ま……マシロ」
「俺の後ろから動かないで下さいね、スクワラ」
そう言ってマシロは、スクワラを囲む様に"
「パクノダはどうだ、コルトピ?」
髷の男は刀身を鞘に戻した刀の柄に手をかけながら、マシロを睨んでいる。
「駄目。完全に気絶してる。暫く起きそうにないよ」
「ちっ、仕方ねー。お前はパクノダ連れて団長の所に戻れ」
「わかった」
コルトピと呼ばれた小男は金髪の女を抱えて引いて行く。
「さてと、誰だてめェ……と言いたかったが、その面。てめェがマシロ=シロギヌか」
「そういうあなたは幻影旅団。……引いてくれるならこちらも追いませんが?」
髷の男は鼻で笑う。
「はっ、誰が引くかよ。仲間やられてむざむざ引ける訳がねェ。……お前に聞きたいこともある」
髷の男の目が据わる。一戦交えるのを回避することは出来そうにない雰囲気だ。
髷の男は腰を落として半身になる。居合い特有の構えだ。
「てめェの仲間に鎖を使う奴はいるか?」
クラピカの顔が浮かんだが、それを素直に教える訳が無い。
「鎖?知りませんけど」
「そうかい。なら……殺すだけだ!」
髷の男が地を蹴る。接近してくる男に銃を撃つが完全に見切っているようで、刀すら抜かずに避けられる。
彼我の距離が詰まっていく。
撃つ。片足が相手の"円”に入った。悪寒。銃弾に込めたオーラから壁を生み出す。髷の男の刃が壁を断ちながら進む。マシロはなりふり構わず地面に転がって避けた。
「っぶない」
マシロは銃弾に込めたオーラで自分から離れた所に壁を生み出して、それに相手がぶつかった隙を突こうとしていた。その攻撃がたまたま相手の攻撃と同時だったために意図せず壁が緩衝材となり、居合いを避けることが出来ていた。
そうでなければ完全に斬られていただろう。それだけの疾さと必殺の意思が刀に籠っていた。
一筋縄ではいかない相手に冷や汗をかく。さすがはA級賞金首だ。
立て直す。
とにかく相手の初太刀を避けて刀を抜かせる事は出来た。居合いが無いうちに攻めにかかる。壁を作る時にはいつも以上にオーラを込めることにした。
「ちっ、やるじゃねーかよ。団長が手こずるわけだ」
マシロは腰からナイフを抜いて切りかかる。相手の間合いの方が長いが、壁を盾に使って強引に相手の懐に入る。
ナイフを突き出す。
髷の男は回転して避ける。そしてその勢いのままマシロの首を断とうと斬り上げる。
マシロはそれを"硬”で受け止める。
「!!?」
驚愕する髷の男。マシロはその場で身を捻りながら跳び上がる。
右手を狙って刀を蹴り飛ばす。泳ぐ相手の身体。
着地と同時に回し蹴り。"硬”を纏ったそれは髷の男の右肩を完璧に破壊した。
「ぐわァァァッ……!!!」
髷の男は肩を押さえてうずくまる。
マシロは悠然と立ってそれを見下ろす。
「さあ、さっさと消えろ」
強い語調で告げるマシロを血走った目で睨み付けながら髷の男は撤退して行った。
スクワラのところへ戻ったマシロは、彼を囲んでいた壁を消す。
「……お前、すげーな」
スクワラはマシロに驚嘆の眼差しを向ける。
何しろあの幻影旅団の三人を一人は気絶させ、もう一人には深手を負わせて撤退に追い込んだのだ。ただただ凄いとしか言いようがない。
「礼を言うぜ。助かった」
「お礼ならあなたの犬達にも言ってあげてください。あなたの元まで俺を案内してくれたんですよ」
遠くから犬達が駆け寄ってくる。誰も彼もが尻尾を大きく振って、主人の生還を喜んでいた。
「そうか」
スクワラの横顔は嬉しげだった。
どのキャラが「何を知っていて」「何を知らなくて」、このキャラは「何を考えて行動しているのか」などが書いていて分からなくなってしまったりしているのですが、そういう部分でプロの漫画家さんや小説家さん達はすごいなと改めて痛感しました。
評価、お気に入り登録、感想、いつもありがとうございます。ここ最近、凄い勢いでそれらが増えて恐縮している次第です。
自分の好きに書いたものが皆さんの期待に応えられるものでしたら嬉しい限りです。