護衛が道   作:豊秋津

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No.008 ヨークシン×エピローグ

 クラピカは寝込んでいた。ネオン達が移った宿泊先とは別の小さなホテルである。

 内側から叩かれているような頭痛と倦怠感で、立っている事すら辛そうな様子にセンリツによって強引に休まされていた。

 クラピカが無理をしないようにと、ゴン達3人が護衛を兼ねた見張りとして近くにいた。

 昨夜の旅団との戦闘で緋の眼による"絶対時間(エンペラータイム)”を多用した事が体調不良の原因だった。

 昨夜はあれからヨークシン近郊にある民間の飛行船発着場まで飛行船で飛び、そこの格納庫で捕らえた旅団員2人の身柄を引き渡すための人員の到着を待ったのだ。

 明け方到着した協会から派遣された護送専門のハンターと世界刑事機構の捜査官達へと団員の引き渡しを完了させてクラピカとセンリツはヨークシンに戻って来たのだった。

 

 ……己の人生をなげうってでも復讐したいと憎んだ幻影旅団の人間を何故殺さなかったのか。

 捕らえた瞬間は確かに尋問をした後に殺すつもりでいた。だが、マシロに旅団員の処遇を訊かれた時に不意に目に入ったゴンの不安に揺れる瞳を見て、殺意が急速に萎えていくのをクラピカは感じたのだ。

 思えば、ゴンは始めからクラピカの敵討ちには消極的な姿勢だった。憎しみは理解しつつも、友人の手が血に塗れて汚れることを望まず、友人が復讐のために自分の人生を軽く扱うことも止めてあげたい。そう願うゴンの前で旅団の2人を殺すなどとは言えなかった。そして、人を殺すことに嬉々とするような己をゴンには見られたくないという思いがあった。

 捕らえた旅団の処遇があれで良かったのか。

 それは今も分からないが友達が悲しむような結末にしなかったことにはクラピカは納得していた。

 

 部屋の扉がノックされる。

 

「よお、入るぜクラピカ。お客さんだ」

 

 そう行って入ってきたレオリオに続いてその後ろにはマシロの姿があった。

 

「休んでるところすいません。お加減はどうですか?」

 

「心配かけてすまない。少し無理をしたようだが、今日一日寝ていれば治ると思う」

 

「それは良かったです。お知らせしたいことがあるのですが、今いいですか?」

 

ネオン(ボス)に何か問題でも起きたか?」

 

 マシロに座るように促す。

 

「いえ、落札した緋の眼が消えて騒ぎはしましたけど問題は無いです。お知らせしたいのは、クロロとヒソカのことです。あの後どうなったのか調べたのですが、ヒソカの方が瀕死の重体で病院に運び込まれたようで、どうやら形としてはクロロ側が勝ったようですね」

 

「……そうか。だが、ヒソカに止めを刺さなかったところを見ると、刺す程の余裕はクロロにも無かったということか……」

 

 ほとんど引き分けの様な決着だったのだろう。でなければクロロが裏切り者の止めを刺さずに見逃す事など有り得ないと思えた。

 しかし、これで団長とマチが手負い、戦闘員の2人が捕まり、パクノダは鎖を打ち込まれ、ノブナガはマシロによって重傷を負い、ウボォーは死んだ。ヒソカも抜け、無傷なのは5人のみ。実に半数以上が欠けるか傷つくかしたこととなる。今度は旅団による偽装ではなく正真正銘の半壊。

 クラピカは一区切りついたという気分だった。憎しみは今だ消えずに残っているが、それは心の奥の方に沈み、今は今まで見ようとしてこなかったものに目を向けられたかのような解放感があった。

 これからは同胞の眼を取り戻すことに力を傾注する。

 旅団の方は半壊の情報が出回れば、マフィアや賞金稼ぎ、警察などに追い回されることになるだろう。壊滅はさせられなくとも、傷を癒すのを邪魔することにはなる。

 

「あ、そうだ。俺の仕事は明日で終わりになります。ネオンさんを空港まで送り届けたらそこで契約終了です」

 

「そうか……惜しいな。このまま仕事を続けてみないか?」

 

 クラピカの本心だった。仕事仲間として不足なく、この先確固とした友情も築けるかもしれない。世界の汚さを幼い時分に知り、その思いを深める中で生きてきたクラピカにそう思わせるものがマシロにはあった。

 

「今日帰国されたノストラードさんにも慰留されました。でも━━━」

 

 マシロが少し逡巡した。

 

「まぁ、クラピカには言ってもいいかな。俺、マフィアとか嫌いなんですよ。今回は事情があったので妥協しましたけど、普段なら絶対仕事は受けません」

 

「そうなのか。ふふ。なら、引き留める訳にもいかないか」

 

 クラピカはマシロが自分を見せたことに驚いたが嬉しくもあった。気さくだが自分からあまり歩み寄っては来ず、一定の距離からこちらも近づけないという感じの男が少し心を開いた。

 マシロという知己を得られたのは、これからどこまで続くか分からないハンター人生において小さくない財産になるのだろう。

 クラピカはそう思った。

 

 

 

 

 ホテルのロビーに入ると何かが肌に感じてきた。

 敵意という程明確なものでなく、しかしこちらに興味を持っているような、曖昧な違和感。

 マシロは目だけを動かして周囲を探った。背を向けて長椅子に座っていた男が近づいてくる。

 

「マシロ=シロギヌかな? 私はツェズゲラという」

 

 髪を後ろに撫で付け、髭をきれいに整えた風格のある男だった。

 

「……そのツェズゲラさんが俺に何か用が?」

 

「突然の来訪は謝る。そう警戒しないでくれ。私はある人物の使いで来たのだ」

 

「ある人物?」

 

「バッテラ氏だ。聞いたことはあるだろう? 彼は君がヨークシンに居ることを聞き付けてね。是非君を食事に招待したいそうだ。受けてくれるかね?」

 

 大富豪からの突然の招待への驚きよりも、マシロはこのツェズゲラという男がこのホテルに自分がいると特定した事に驚いた。ここに移ってまだ1日と経っておらず、それを特定したという事はこの男の能力の高さを示すと同時に、旅団に発見される恐れが高いということをも示した。

 

「人探しは私も些か得意とするところでね。そういう伝も幾つも持っているんだよ」

 

 動揺が伝わったのかもしれない。ツェズゲラが何でもな気に語りだした。

 

「分かりました。それでは、明日の夜にでもお受けいたします」

 

「感謝する。迎えはこのホテルでよろしいかな?」

 

「いえ、連絡をください。自分で向かえますので」

 

 そう言って携帯の番号が書かれた名刺を手渡す。

 

「了解した。それでは私はこれで。…………そうだ。A級首の幻影旅団の団員を捕まえたそうだね。おめでとうと言わせてくれ。それでは」

 

 ツェズゲラが立ち去る。

 情報の早さ1つとっても男の大きさが分かった。立ち合えば自分が勝てるかもしれないが、それとは別のところにこそツェズゲラの本領があるのだろう。

 

 

「お、マシロ。クラピカはどうだった?」

 

 エレベーターから犬を一匹伴ったスクワラが降りてきた。折られた右腕を吊っている。

 

「明日には復帰出来るそうですよ」

 

「そうか。そいつは良かった」

 

 窮地を救ったからか、スクワラはマシロに対して気安くなっていた。そして、それをマシロも嫌がってはいなかった。自分から親しくする事は苦手だが、親しくされて悪い気はしない。

 

「散歩ですか?」

 

「ああ。ネオン(お嬢様)がうるさくってかなわねぇ。組長(ボス)が居ないから諌める人間もいないしな。……ま、組長(ボス)が居たところで諌めやしねーか」

 

「急で悪いんですが、ホテルを変えますよ。不安が出てきました」

 

 途端にスクワラの顔がうんざりしたものになった。

 

「マジかよ……。まーたネオン(お嬢様)が癇癪を起こすぜ」

 

「買い物に出てもらいましょう。その間に荷物を運んでしまえば、ネオンさんはただ移ったホテルに帰ればいいだけです」

 

 エレベーターに乗る。それにスクワラも続く。

 エレベーター内を静寂が包む。スクワラは何か言いたいのかそわそわしている。

 

「どうかしたんですか?」

 

 視線が宙を彷徨いながら、恐る恐るといった様子でスクワラは喋りだした。

 

「まぁ、その……だな。オレ、エリザと結婚することにしたよ。エリザも頷いてくれた。それをお前に言っておきたくてな」

 

「…………え? お二人って付き合っていたんですか!? ……あー、成る程。おめでとうございますって言えばいいんですかね? 俺もこういうこと告げられるの初めてなんでよく分かりませんが」

 

「お前に助けられたおかげで結婚出来たもんだからな。礼を言っときたかったんだ」

 

「じゃあ、この仕事は……」

 

「ああ、辞める。お前は明日で契約終了だそうだが、オレ達は一度拠点に帰って身辺を整理してから退職する。…………それでだな。どうだマシロ、オレと組まないか? お前とならいい仕事が出来そうな気がするんだ」

 

「結婚するのなら護衛の仕事から足を洗った方がいいですよ」

 

「……オレじゃやっぱり力不足か?」

 

「そうじゃなくてですね。護衛っていうのは、いざという時に依頼主の代わりに命を差し出さなければならないと思うんです。だから家族がいる人は護衛の仕事は止めた方がいいと思うんですよ」

 

 自分の命を他人のためにつかうのだ。そういう仕事に家族を持つ人間が就くべきではないというのがマシロの考えだった。

 そしてそれが、マシロが悪人の護衛をしたくない理由だった。死ぬのなら満足して死にたい。悪人を護って死んだのではそれが出来ない。

 

「スクワラの犬達って皆優秀ですし、探偵業とか向いてるんじゃないですか? 尾行とかの密偵でも力を発揮すると思うんですよ」

 

「探偵か……考えたこと無かったが、そうだな、ちょっと考えてみるわ」

 

 18階でエレベーターが開く。

 宿泊している部屋に近づくにつれてネオンの騒ぐ声が聞こえてきた。

 昨夜の地下競売が中止のまま再開されずに、後日のネットオークションに振り替えられた事を聞いて騒いでいるのだろう。純粋な人間なのだろうが、我慢というものを知らないネオンにマシロは頭が痛かった。

 それにしても、恐ろしいのは幻影旅団だ。

 全世界のマフィアとの対立も辞さずに地下競売を襲ったかと思えば、その幕引きに十老頭の皆殺しを図った。今頃マフィア達は幻影旅団への報復どころではないだろう。勢力図が一変するような地殻変動に、どこの組織も自組織の引き締めと勢力の伸長に忙しい筈だ。ネオンの父親も慌てて自分の縄張りに帰っていった。ネオンも一緒に連れ帰ろうとしていたが、泣き喚いて抵抗したために娘は本来の予定通り旅行を楽しむことを渋々許したのだった。

 

 部屋のドアを開けると一層ネオンの喚き声が大きくなった。

 

「お前、あれを止められるか?」

 

「……まあ、頑張ってみます」

 

 ため息をこぼしながら、マシロは部屋の奥へと入っていった。




更新が遅くなって申し訳ありません。
更に重ねて申し訳ありませんが、物語はここで一区切りとさせて頂きます。

プロットも無く、その場の思いつきで書いているので、先の展開が思いつかないと筆が止まってしまう状況でして、書きたいという意欲も今は底をついてしまったので更新はしばらく停止とさせて頂きます。

実を言えば、クロロ戦を書いた時にある程度満足してしまって、それ以後なかなか執筆意欲が湧いてきませんでした。継続的に書くのってとても大変ですね。


蜂蜜梅様、五武蓮様、名も無き一読者様、烏瑠様、赤マティー様、蓮兎様、ちくわぶ様、赤頭巾様、白神紫音様。誤字報告ありがとうございました。


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