「んー、久しぶりに来たけど相変わらずの広さだこと。さすがは超名門ってところかね」
春。真新しい制服に身を包み、校門の前でこれから通う学び舎を見ながら呟くのは、ポニーテールが印象的な少年 文貫。
先日受けた入試は無事合格し、晴れてこのヒーロー科最高峰と名高い雄英高校へと入学することができた。
倍率300倍と言われる雄英高校ヒーロ科への進学。合格通知が届いた時の両親の驚きようと言ったら、今でもクスリと笑ってしまうほどに面白いものだった。
なんてことを考えながら、高校の敷地を歩いていると
「うん? あの後ろ姿は確か……」
自身の少し前を歩く女生徒。歩くたびに揺れるサイドテールを見て、もしや、と思った文貫は歩く速度を速める。
そして距離が1メートルほどにまで近づいたくらいで、その仮定は確信へと変わる。
「おーい、そこのサイドテール女子」
「ん? 私……って、お前は」
いつぞやの時と同じ呼び方をすると、予想どおりこちらへ振り返る女生徒。そんな女生徒へ文貫は笑みを浮かべ小さく手を挙げる。
「よぅ、お久しぶり拳藤」
「お前、文貫⁉︎」
「あら覚えててくれたんだ。ありがたいねぇ」
女生徒、拳藤 一佳は文貫を見て驚き目を見開かせる。
「やっぱり合格してたんだな」
「ははっ、運良く合格できましたよ。そっちも、無事に合格できてなによりだ」
実技試験で互いに共闘しただけあって、この場でこうして顔を合わせられたのは非常に嬉しい。これで仮にどちらかが落ちていたら……そこで文貫は考えるのをやめた。
「そういえばクラスはどこ? 私はB組なんだ」
「おお奇遇だねぇ、俺もB組なんですよこれが。いやぁ、知り合いがいるってのは気が楽でいい」
「知り合いって、まだ会って間もないだろ」
「いやいや、顔と名前を知ってれば十分ってもんだし、それに一緒に試験を乗り越えた仲でしょう」
確かに共に試験を乗り越えはしたが……まぁ彼が知り合いというのだったらそういうことにしてこう。別にそれで困るわけでもないし。
そんな会話をしつつ、教室へと向かって足を進める二人。
そして数分後、二人は辿り着いた『1-B』と書かれた扉の前でしばし呆然と立ち尽くす。
「……扉でかくないか?」
「確かにこれは、デカすぎる……かな?」
拳藤の言葉に苦笑いを浮かべつつ同意する文貫。ざっと4メートル近くはあるだろうか、見上げるほどの高さの扉に言葉を失ってしまう。
おそらくは様々な”個性”に対応するためのバリアフリーのようなものなのだろうが、にしてもデカすぎではないだろうか。
だがいつまでも扉に目を奪われている場合ではない。文貫は扉に手をかけスライド、教室の中へと足を踏み入れる。
「どーもー」
挨拶しながら教室を見渡す。
中には茨いばらのような髪をした生徒やメガネをかけた獣のような生徒、さらには全身真っ黒な生徒など多種多様な見た目をしたクラスメートの姿が。
するとそんな生徒の中から一人、灰色の髪をした強面の男子生徒が歩み寄ってくる。
「おぅ、お前らもB組か! 俺は
「こりゃまた、元気のいい自己紹介をどうも。俺は文貫 字現、こっちこそよろしく頼むよ」
「私は拳藤 一佳。よろしくな、鉄哲」
「席は出席番号順になってるらしいからよ! 一応黒板にも書いてるからそれ見てくれや!」
そう言い二人の元から離れる鉄哲。初対面だというのにこの気配りの良さ。強面と声の大きさから勘違いされそうだが、彼もまたヒーローを目指す者の一人だということがわかる。
文貫が黒板に視線を向けると、鉄哲の言う通り席の割り振りが書いてあった。二人はそれを参考に文貫と拳藤は自身の席へと移動する。
三列目の一番後ろ。そこが文貫が与えられた席だった。
机の上にカバンを置き、静かに席に着く文貫。そして改めて教室の中を見渡すと、やはり個性的な面々が集っていた。
ぼーっと、文貫が視線を右へ左へ動かしていると
「ばぁ!」
そんな声とともに突如、文貫の視界に女性の顔が映し出される。突然のことに文貫は目を丸くさせ、その女生徒の顔をまじまじと見つめる。
予想とは違う反応を見せる文貫に、女生徒は「ん?」と首を傾げ
「あれ、びっくりしなかった?」
「びっくりしたはしたんだが……ちょいと唐突すぎやしませんかい?」
「いやーなんだか眠そうな感じがしたからさ。ちょっと目を覚まさせようと思ってね」
「その心遣いは感謝するけれど、そういうのはもうちょい仲の深い人とやるもんだと思うがね」
黒みがかった緑色の長髪が特徴的な女生徒に、文貫は苦笑いしつつ自身の右手を差し出す。
「俺は文貫 字現。おたくの名前は?」
「私は
取蔭と名乗る少女と握手を交わし自己紹介を終えたところで、教室の扉が開き一人の男性が入室してくる。
赤と白が特徴的なヒーローコスチュームの下には、一目で鍛え上げられたとわかる筋肉質な肉体が。下顎から伸びた牙と左頬の十字傷が印象的な彼はプロヒーローの『ブラドキング』。
プロのヒーローの入室に教室内は静まり返り、教壇に立ったブラドキングは席に着く生徒たちを見渡し静かに口を開く。
「全員揃っているな。俺は今日からB組の担任をする『ブラドキング』だ」
「うっそ、ブラドキングって……」
「マジのヒーローじゃん。やっぱり雄英すげー」
本物のプロヒーローの登場にざわつく教室内。さすがはヒーロー科高校の最高峰と言われるだけはある。プロのヒーローが教師とは、なんとも贅沢すぎる環境だ。
「これから簡単に今日のスケジュールを説明する。まずは入学式だが──」
テキパキと、手際よく今日のスケジュールを説明するブラド。
彼の話を一通りまとめると、今日は初日ということもあり入学式と簡単なガイダンス程度で終了。本格的な授業は明日から行うという、実に簡潔なものだった。
さすがに雄英といえど、初日から色々とぶっこんで来るわけではないらしい。
「とまぁ、これが
「通常の生徒、と言うことは俺たちは違うんですか?」
何か含みをもたせたようなブラドの言葉に、骸骨に似た顔の男子生徒が挙手をし質問する。
その質問にブラドは「ああ」と返し
「お前たちには『個性把握テスト』を行ってもらう」
「個性把握、ですか?」
「ああ。今の自身の”個性”の段階を知るためのテストのことだ。それを知る知らないでは今後の改善に大きく影響してくる」
ヒーローにとって”個性”をどう生かすのかが重要なポイントとなってくる。長所と短所を知り、得意を伸ばして不得意を改善する。そのためには今の自分がどの程度”個性”を操れるのかを知る必要がある、とブラドは語る。
「だがそれはお前たちが望むのならば、という話だ。最初も言ったが今日は初日、明日に備えて心身ともに落ち着けたいと思うものも少なくないだろう。俺も鬼ではないからな、無理なら無理と言っても構わないぞ」
それでどうする──そう目で語るブラドにいち早く答えたのは
「俺はやりますよ先生!」
文貫に席を教えてくれた男子生徒、鉄哲だった。彼は勢いよく立ち上がり力強く拳を握り締めると、クラスメート達へ視線を向け
「お前らも! ヒーローを目指すってんなら、初日だからって甘えないでやろうぜ、テスト!」
「……まぁそうだな。やって損ってわけじゃないし」
「いっちょやるか、個性把握テスト」
そう、力強く叫ぶ様はまさに熱血漢。背景に炎を思わせるほどに力説する鉄哲に、クラスメート達も賛同。
そんな生徒達の様子を小さく笑みを浮かべ眺めていたブラドは
「結論は出たな。では今日の日程がすべて終わった後、体操服に着替えてグラウンドに集合。望み通り個性把握テストを行う!」
「「「はい!」」」
そうしてB組の面々は放課後の『個性把握テスト』に向け、モチベーションを高めつつ入学式へと向かうのであった。
入学式、そしてガイダンスを終えた文貫達1年B組の生徒達は、体操服へと着替えてグラウンドへ集合していた。
試験の行われたビル群のようなグラウンドではなく、今回はれっきとした運動場での活動だ。
「集まったな。それでは、これから個性把握テストを行う」
先にグラウンドで待機していたブラドは、集合が完了した生徒達に視線を向け個性把握テストについての説明を開始する。
「試験内容はいたって単純。”個性”を使用した体力テスト、それだけだ」
ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50メートル走等、自身の身体能力を図る体力テスト。中学までは”個性”を使用することなく行われてきたが、今回行われるのは”個性”を使用したもの。
「それぞれの”個性”がどんな分野に秀でているのかを限界と一緒に知れるわけですね」
「ああ、そういうことだ。各々、自身の”個性を用いて励んでくれ」
ブラドの説明に骸骨顔の男子生徒が納得したように、このテストの目的を考察する。
始業式前にブラドが口にした『個性の段階を知る』というのは、各自の”個性”の得意と限界を知るということ。持久力や筋力、瞬発力などを図る体力テストは”個性”を知るにはうってつけのテストといえるだろう。
「さぁ、テストを始めるぞ!」
そうして始まった個性把握テスト。
第一種目は50メートル走。敏捷性や走力を測るテストだ。
ここで輝いたのは下顎から獣のような牙を生やした男子生徒だった。彼はスタートの合図とともに体を巨大化させ、両手足で地面を力強く踏み抜き
「素早さというのなら、私は少々自信があるのですなァァァッ‼︎」
まるでテンションが振り切ったかのように高らかに叫びながら、獣のごとき速度でレーンを駆ける。
結果は『4秒1』という驚異的なもので、クラスメートたちは彼の結果に「おぉ!」と声を漏らす。
「ははっ、さすがに身体強化系が頭一つ抜け出るか」
その結果を見ていた文貫はそう呟くと、自身の出番に備えて準備運動を始める。
そんな文貫に声をかけたのは、第一種目を終えた鉄晢だった。
「おぅ文貫! もうすぐお前の出番だな! 頑張れよ!」
「ありがとさん。そういうお前さんはどうだった?」
「まぁまぁだった! もっとも、俺の”個性”は速さには向いてねぇからな!」
そう言い親指を立てる鉄晢。相変わらず前向きな鉄晢に文貫は小さく手を振りスタート地点へと向かう。
するとそこには、すでに準備を整えていた取蔭が軽くストレッチをしており
「お、来た来た。さっ、やろか」
軽い口調で言うと取蔭は小さく口元に笑みを浮かべる。
「ははっ、お手柔らかに頼みますよ」
文貫はスタート地点へ立つと、自身の”個性”を発動させる。右手の人差し指に灯る光は線となり、文字を形作っていく。
瞬く間に文貫の前には『速』の一文字が完成し
「文字力『
そう呟くと文字は文貫の体へと吸い込まれていき。隣ではその一部始終を眺めていた取蔭が不思議そうな瞳を向け尋ねる。
「へー、それがあんたの”個性”なんだ」
「まぁそういうこと。ああでも過度な期待は厳禁ということで」
そう話をしている間に合図が鳴り、両者は同時にスタートする。
が、二人が並んでいられたのはほんの一瞬、たった一歩の間だけだった。
風を切り、およそ常人では出せない速度でもう一人の走者を置いていく文貫。”個性”により増幅された走力は瞬く間に取蔭との距離を離していく。
その速度は結ばれた髪が一直線に伸びたまま靡くほどで、周りの生徒たちはそんな彼の姿に「おぉっ」と感嘆の声を漏らしている。
「おぉ、速ぇなあいつ」
「身体強化系の”個性”か。機動力はなかなか良さそうだな」
各々が感想を口にする間に文貫は完走。
ふぅ、と息を吐きタイムを計測していたロボットへと視線を向ける。
『ピピッ……5秒』
「5秒か……まぁ上出来ってところかね」
自身のタイムに喜ぶでも落ち込むでもなく、納得したような表情を浮かべる文貫。
その直後、もう一体のロボットが計測を終えた音を鳴らし、文貫が視線を向ける。だがそこにはいるはずの取蔭の姿はなく、文貫は不思議そうに視線をその場にとどめていると、不意に肩を誰かに叩かれる。
振り返ると、そこには宙に浮いている人間の指が。
「お……おぉおおおおっ!?」
まるでホラー映画のような光景に、文貫はたまらず叫ぶ。
ここだけの話、文貫は幽霊だとかそういう類のものが苦手である。それはもう、『大』がつくほど。
「あっははは! いやー、あんた良い反応するね!」
「と、取陰! これ、お前さんのっ」
「そっ、私の”個性”。いやー、気に入ってくれたようで何より何より」
笑いながら歩いてくる取陰。
彼女からしてみれば、軽い”個性”の紹介のつもりなのだろうが、如何せんやり方が悪趣味すぎる。
文貫の非難の視線を受けながらも、取陰はからからと笑みを絶やさない。
「……はぁ~。とりあえず、そういうのはやめてくんないですかね? こちとら、心臓が口から飛び出そうだったんですわ」
「んふふ~、了~解っ♪」
ああ、これは絶対にわかってない奴だ。
嗜虐的な傾向のある取陰に、最重要警戒人物の称号をつけた文貫は、次なる種目へと向かうのだった。