ヴィーザルの復讐   作:あるばさむ

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 ……………………。

 

 

 

 紅々と燃ゆる瓦礫と、数多の大小様々な悲鳴が再生された。

 そこはかつて町だったらしい。らしいというのは、辛うじて民家の残骸だろうと判断できる炭屑の山があちこちに散見されるためだ。それらも映像の再生時間が進むごとに己の形を維持できなくなり、次々と崩壊していく。画面の端から端までを埋める火炎が、物体の燃焼可否を問わず、何もかもを喰い尽くしていく。

 町があり、家があるならば、人間が住んでいたはずだった。だが、この町の住民の生存予測は目を瞑りたくなるほどに希薄だった。声はすれども姿が見えない。大抵は炎に巻かれ、虚しく抗った末に黒焦げになっていった。四十メートルほど先に、まさに地獄の業火というものに呑み込まれ、絶叫する誰かが映った。

 地獄。

 そんな簡単な単語で表すことが許されるなら、そこは確かに地獄だった。人が死に、町が燃え、命が簡単に煤けていく。積み上げた営みが焼き払われ、滅ぼされ、失われていく。

 何もかもが壊される。

 理不尽に害為された者は誰もがこう思っただろう。

 何故、と。

 否、この時代の人間はある意味で理不尽に慣れている。世界は荒ぶる神に陵辱され、侵略され、喰い散らかされている。彼らは人智の及ばぬ怪物の隣で息を潜めて日々暮らすことを余儀なくされ、それでもようやく、安寧とは程遠いにしても、せめてもの水準の生活は確保した。それがこの、壊された町の元々の在り様だった。

 ならば今更問うまでもない。ここに住んでいた人間は皆、怪物に脅える日々からの解放を願い、叫びつつも、どこか諦観していた。

 怪物に殺された奴は確かに気の毒だ。だが、それは、運が悪かったからこそ、起こるべくして起きた悲劇だったのだ、と。

 一般人の力を遙かに凌駕する化け物がそこらじゅうを闊歩している現在。安心安全が保障される場所など、世界のどこにもありはせず、だからこそ仕方のないことだったのだと。危険と隣り合わせの彼らは、図らずも、死というものへの絶望を知らず植え付けられていた。

 だから、今更問うても仕方がない。答えが返ってくる頃にはどいつもこいつも喰い殺されている。そういうことの象徴、具現が歩いているからこその怪物なのだから、と。

 そう。

 だから。

 だからこそ、彼らには理解できなかった。だからこそ、問わずにはいられなかった。

 路傍の死体、生気を失った眼に怨みがましさを点すのも忘れ、まずはその疑問への回答を何よりも求めている。瓦礫に圧し潰された細い腕が、去り行く背中に縋るように伸ばされている。

 何故。

 なぜ。

 どうして。

 貴方達が、そこに立っているのか。

 

 

 カメラが持ち上げられ、画面が雑に振り乱れる。誰かがこの機材を発見し、その状態を検めているのだろう。やがて電源が入りっぱなしであることを確認したのか、発見者は敢えて映像録画を中止せず、そのままレンズを進行方向に向けた状態で歩き始めた。

 周辺の景色が後方へと流れていく途中、付属の指向性マイクは、炎が家々を焼いて爆ぜる音や、画面の揺れに併せて刻まれる足音、四方八方から響く悲鳴、大降りの刃物が肉を切る音、銃声と同時に途切れる断末魔、その他様々な音を拾い続けていた。

 やがてカメラの持ち主は、町の広場だった場所に行き着く。同時に地面を踏み均すような音が起こり、しばらくの後に、カメラはその平らになった場所にそっと置かれた。

 レンズは広場のシンボルだった噴水を映している。

 その画面端に、人影が入った。

 砕かれ、岩塊と化したそれに、人影が腰を下ろす。背後で燃え盛り続けている炎の逆光で顔は見えない。

 口を開く気配。そして間もなく、周囲の様々な雑音に明確な言葉が加わった。

 

「同僚諸君。俺達は、もはや首輪に繋がれた狼じゃあない」

 

 人影の主、恐らくカメラを持って運んだ本人は、あたかも向かいの席の友人に伝言を届けるような気軽さで声を発していた。男の声だった。

 

「時は来た、と言っているんだ。角笛から鳴り響くこの美しい音色こそ何よりの証拠。太陽と月は飲み込まれ、道化と番犬は楔から解放された。虹の橋は壊れ、海原は巨蛇と亡霊の船で溢れ返る。かつて血を分けた兄弟同士の殺し合いが始まる。天地を支える大樹は焼き尽くされ、生命の悉くがリセットされる。意味が解るか? かつて行われようとした半端な『終末』なんかじゃない――『黄昏』は、とうの昔に始まっている」

 

「フェンリル、世界の統率者、我が尊き同僚達。そう、お前達が神を喰い殺す狼だというならば、俺達はお前達の顎に右手首を差し出す者、そしてその図体ごと切り裂く剣の持ち主だ。神話の悪魔を名乗るぐらいなら、その由来の顛末も知っているだろう? 訳が解っていない馬鹿は今すぐ勉強し直すか世界ごと死ぬまで呆けているがいい。いずれにせよ時間は残り少ない。俺達も気の長い性分ではないしな」

 

「端的に言おう、フェンリル。お前達からすれば、俺達の扱いは現時点を以て反逆者、背任行為を犯した大罪人ということになるだろう。それで構わない。それでこそ、お前達には俺達を誅する大義名分が与えられる。そして俺達は、それすら望むところだと笑い飛ばせる大馬鹿者の集まりだ。解りやすく説明するなら、――こういうことだ」

 

「俺達は、アラガミを殺す神喰らい(ゴッドイーター)。そして同時に、同僚(ゴッドイーター)を殺す、殺人鬼(ゴッドイーター)だ」

 

「これより俺達は世界各地に点在するフェンリル支部及び拠点を襲撃し、物資を略奪、防衛に当たっているゴッドイーターを軒並み殺して廻る。無理も無茶も承知の上、それを可能にするための力が俺達にはある」

 

「これから始まる殺戮は前座に過ぎない。この光景すら余興、デモンストレーションの一環だ。これからこんな地獄が世界各地に広まる。だが、俺達はお前達に何も求めていない。殺したいから殺す。殺さなければならないから殺すだけ。シンプルに、ただそれだけだ」

 

「ただ、ひとつだけ。――俺達の望みは、かつての平和。この世からアラガミを滅ぼし、穏やかな日常を取り戻すために戦っている。その血を受け入れた同胞も含めて、俺達は全てを、この地獄から救う」

 

「さて、全国各地の同僚諸君、特にその中でも選りすぐりの『魔人』ども。俺達を止めたければ最大の策略と火力を用意しておけ。チンタラしてても死人が増えるだけだ。無抵抗のまま殲滅されたいってんならこっちとしても気楽で有り難いもんだが、お上の連中はそれを許さんだろう。情報管理局は今頃大慌てかな? どうあれお前達は、俺達と一戦交えることになる。まだ見ぬ友よ、互いに顔も知らない間柄だが、殺し合える時を楽しみに待っていてくれ。足りない己を自覚している奴はせいぜい腕を磨いておくことだ。それら全て悉くを俺達は凌駕し、殺し、勝利し、その度に望みへ近付くことだろう」

 

「……始末に追われる役人が早速お出ましか。いいだろう、今日はここまでだ。これから世界は多少混乱するだろうが、心配は要らない。敵がもう一つ増えるだけだ。アラガミに対して自衛してきた今日これまでの順応性があれば、すぐに慣れる。それと、断っておくが俺達は無益な殺生は好まない。必要な飯は貰っていくし、邪魔する奴は殺すだけだが、それ以外は基本的にノータッチだ。そこを踏まえて、俺達の処遇に頭を捻るがいい」

 

「それではさらばだフェンリル諸君。俺達は”ヴィーザル”、死を厭わない喰人鬼(マンイーター)。黄昏時、ヴィーグリーズの野で会おう」

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 この映像が最寄の支部に転送され、データーベースに最重要機密のセキュリティーロックをかけて保存された、二十七分五十一秒後。

 

 旧北欧フィンランドに位置するフェンリル本部が武装勢力により奇襲を受け、僅か数十分で陥落した。

 

 世界恐慌が始まる。

 

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