1
彼女を案内人として雇えば、竹林で迷って死ぬなんてことはまずない。春先はタケノコ狩りの為に人里から来た者達がこぞって彼女を雇う。かの竹林の地理構造を熟知する者が彼女一人しかいない、というわけではないのだが、案内人としての人気は妹紅がぶっちぎりである。何故ならば、彼女は案内人であると同時にボディガードとしての役割も果たしてくれるからだ。
竹林はただ迷わせるだけではない。妖怪がいる。地理を知っているだけでは生存を約束されない。その点『ごーすとばすたー』としての妹紅の実力は高く、人里は愚か、竹林にいる妖怪で彼女に喧嘩を挑もうという者はいない(悪戯を仕掛ける兎はいる)。妹紅がついてきてくれれば、誰でも安全に竹林を渡れる。
商売でなくとも、妹紅は竹林を練り歩き、妖怪に襲われている人間を助けたりしている。
そんな彼女に案内の依頼が舞い込むのは、春先でないとはいえ、大して珍しくもないことだった――が。
「
その客は異様だった。
胡散臭い。
第一感、妹紅は思う。
洋装からして幻想郷では珍しいのに、全身黒ずくめのスーツときた。季節外れも甚だしい、見ているだけで暑くなる。それがこの上なく似合っているのがいよいよもって奇妙である。シルクハットから革靴まで――怪しすぎる。黒いシルクハットの下から見える顔は愁眉で、この道の先に住む妹紅の怨敵を想起させた。
「何だ? 病気か? どっか悪いのか?」
妹紅は聞いた。
「いえ。使命を果たしに行くのです」
何とも不思議な返答だった。
どんな使命だと更に聞いたが、お客ははぐらかして教えてくれなかった。人形のような無表情が不気味である。こいつに背中は見せないようにしようと妹紅は心に決める。
依頼を断ろうかとも思ったが、他の案内人にこいつを任せるのも不安だった。永遠亭までたどり着いた瞬間、駄賃の代わりにナイフをお見舞いしてきそうな危うさが、このお客からは感じられた。そんな多大な不安と、ほんの少しの好奇心に中てられ、結局妹紅は依頼を承った。
永遠亭を訪ねる者はたまにいる。
病や怪我などで里の医者に見限られた者は往々にして、天下一の薬師である永遠亭の管理者――
使命とは何だ?
もしかしたら、彼女は月の使者かもしれないと妹紅は考えた。永琳は元々月の住人であり、彼女を慕う者と今でも親交があるという。『使命を果たしにいく』という言葉なんて、いかにも使者が使いそうではないか。
謎が解けた妹紅は、少し機嫌を良くして隣を歩くお客に話しかける。
「あんた、地上は初めてかい?」
お客は何も答えなかった。表情を見るに、質問の意味がわかっていないようだった。あれ? 月の使者じゃないのか? と不安になり、妹紅は確認する。
「月? いえ、違いますよ僕は」
妹紅の推理は外れだった。きまりが悪くなり、顔を俯かせる。
「じゃあ、何で永遠亭なんか行くんだよ」
「使命ですよ」
お客は同じ答えを繰り返す。それ以上の情報を教えてくれる気はなさそうだった。
しょうがないので話題を――というか質問を変える。
「あんた、ここらじゃ見ない顔だよな。どこから来たんだ?」
「外からです」
お客は足を止めないままに、明後日の方向を指さした。言わずもがな、ここは360度竹林に囲まれているので、指し示した方向は適当だろうが、その人差し指に籠められたニュアンスは妹紅にも汲み取れた。
このお客は、幻想郷の外からやって来たと言ったのだ。
「どうやって?」
半ば反射的に妹紅は聞く。
興味が出てきた。
「普通にです」
「普通にって、
「いえ。外で忘れ去られたのでこちらにやってきました。最初に出たのは、あっちの墓地です」
お客はまた別の方角を指さす。その方向に墓地はなかったが、言いたいことはわかる。
「
「ああ、そうです。そんな名前でした」
妹紅はこのお客に対する警戒心を引き上げた。忘れ去られたからこちらに来た――『幻想入り』したということは、必然ただの人間ではない――人間であるかどうかも疑わしい。十中八九妖怪である。
しかしそうなるといよいよ謎が深まる。
そんな新参者が何故、永遠亭に?
「永琳と知り合いなのか? 永遠亭には、居候をさせてもらうとか」
「――いえ」
お客の答えは、またしても否だった。
「今から伺う場所に、知り合いはいませんよ」
だったら何で。
喉元まで出かかった言葉を、妹紅は飲み込む。
また「使命です」と返されるのがわかったからだった。
「最近の外はどうだ?」
妹紅は質問を変えた。
嫌な雰囲気を変えようと思ったのだ。
「この前、私も久々外に出てみたんだが、昔の面影なんて全くなかったな。最近は『すまほ』とかいう便利な機械が人気らしいけど、あんたは見たことあるか?」
超能力者の小娘から聞きかじった話を振ってみる。
「スマホですか。そうですね、今は大体皆持っていますよ。ちょっと前まではただの贅沢品でしたが、今はもう生活必需品です」
「写真が撮れるとか、ゲームができるって聞いたんだけど、最近は皆ゲームしなくちゃいけないのか?」
「……そうですね。皆さんストレスが溜まっていらっしゃるので」
そうなのかと妹紅は頷いた。現代の人間は皆ストレス解消にゲームをやるらしい。ゲームねえ。楽しいけど、ゲームをやっててストレスが溜まるってことはないのかなあ。
そんな疑問をぶつけてみたら、お客は「仰る通りです」と言って頷いた。
「まあ、それはゲームに限った話ではありません。それは何にでも起こり得るでしょう。楽しいことをやっていたのに、いつのまにか苦しくなっているなんてことは」
「楽しいことが、苦しいことに」
少し抽象的な話だったが、妹紅はすんなりと飲み下せた。思い当たる節があったからだ。
「同様に、苦しさが楽しさに変わることもあるでしょう。何事にも波はあるという話です――藤原さんは、ゲームの類をやられることがおありですか?」
「いや、そんなにないな」
怨敵との殺し合いに飽きた時、趣向を変えてテーブルゲームをやることはあるが、あいつも妹紅もルールを覚えたり緻密な戦術を立てるのが苦手なのだ。ぱーっと行ってぱーっと決着をつける弾幕ごっこの方がよっぽど性に合っている。
「そうですか」
「あんたはやるのかい、ゲーム」
「電子ゲームにはあまり縁が無いのですが、ボードゲームは遊ぶことがあります。特に、チェスが好きですね」
「チェスか……」
妹紅には縁のないゲームだった。将棋ならまだわかるのだが、チェスは駒の動かし方からしてわからない。ちなみに、あの手のボードゲームで妹紅が一番得意なのは囲碁である。
「碁ならわかるんだが」
「ほう、碁ですか。あれもまた奥の深いゲームです」
「昔ハマった時期があってね。将棋もまあまあ指せるんだけど、チェスはてんで駄目だな」
「とてもシンプルなゲームですよ。アジア圏の将棋に比べれば――なんせ、とった駒(ピース)を使えませんから」
「らしいね」
他愛のない話を続けて、この奇妙な黒ずくめのお客を、実はそこまで悪い奴でもないんじゃないかと思い始めた辺りで、霧の向こうに段々と人工物が見えてきた。長い生垣に囲まれた寝殿造りの屋敷――お客の目的地である永遠亭だった。
静謐な雰囲気を持つ永遠亭だが、このお客は特にこれといった感慨も覚えなかったらしい。「ここですか」と無表情で呟くだけだった。
「ここから先は地面に注意してくれ。落とし穴があるから」
「そうですか」
何でそんなものがあるんだと、お客は聞かなかった。案の定掘られていた幾つかの落とし穴を回避しつつ、二人は永遠亭の門前に辿り着く。
門に向かって声をかけようとした妹紅を、お客が制止した。
「何だ?」
妹紅はお客を見る。どうしたのだろう。
「ここで良いのです」
「ここでって……いや、せっかく来たんだし、私も中に入ろうと思うんだけど」
「それはお勧めできません」
「……何で?」
その質問には答えず、お客は門に身体を向けたまま、左の掌を上にして自身の前に差し出す。挙動の意味が分からず、妹紅はそれを黙って眺めていた。
止めればよかった――
何であそこであいつを止めなかったんだと、
この後、妹紅は
2
幻想郷中に鳴り響く轟音と共に迷いの竹林から黒煙があがったのは、西暦にして20XX年7月2日 午前10時23分のこと。
空へと立ち昇るどす黒い柱は、博麗神社からも観測できた。
「何だあれ」
境内に生える木々のあいまから最初にそれを捉えたのは、神社へ偶々遊びに来ていた
神職であり、この神社に在住する『巫女』博麗
「異変か?」
魔理沙が呟き、次いで箒にまたがって宙に浮いた。木が邪魔で煙の下が見えなかったからだ。
霊夢も飛ぶ。彼女は特に何の予備動作も無く、立っている姿勢からいきなり浮いてみせた。二人はだいたい地面から15mほど浮き――ともに同じ方向へ視線を遣る。
「迷いの竹林ね」
霊夢が言った。
「妹紅のやつか?」
迷いの竹林で炎と言えば妹紅である。魔理沙は妹紅が何かして、山火事ならぬ竹林火事を起こしたのではないかと考えた。彼女が原因の出火は、前にも一度あったのだ。
だが。
「違うわ」
霊夢は魔理沙の言葉を否定した。長い付き合いなので魔理沙にはわかるが、その言葉には何の裏づけも根拠もない。論理的説明など全くなく、理由を聞いても返ってくるのは「勘よ」の一言だろう。魔理沙はやれやれと首を振ってため息を吐いた。毎度毎度のことながら、そういう風に適当言われると困るんだよなあ。まあ、ここで私が何か言っても霊夢が自分の態度を改めることはないだろうけどさ。
長い付き合いなので、魔理沙はよく知っている。
霊夢の勘が外れないことを。
「行くわよ」
「おう」
これは異変である。
二人にとって、それは決定事項だった。
3
轟音はどこにいても聞こえたし、黒煙はどこからでも見えた。無論、霧の湖からも――湖畔に佇む紅い魔の館からも。
館の門前に立つ
鼻提灯が割れる。
「何だあれ?」
ずり下がっていた帽子を直しつつ、館と湖とそして魔法の森の、更にその向こうに立ち昇る黒い煙を凝視する。煙の根っこは迷いの竹林だろうか。どうしたんだろう、蓬莱人が間違って火事でも起こしたのかなと想像を巡らせていた美鈴だったが、不意に首を捻り、視線を煙とは反対方向に戻す。
そこには一人の少年が立っていた。
「良い湖ですね」
少年が話しかけてくる。突然のことだったので、美鈴は反応に遅れた。
「雰囲気が良い。霧に包まれているところが最高です」
「はあ……」
奇妙な少年だった。年相応な感じがしない。美鈴の主のように、五百年ほど年齢をサバ読んでいると言われても納得できる所作である。
何者だろう。
美鈴は警戒心を引き上げる。
「何という湖ですか?」
「……正式な名前はわかりません。私たちはそのまま、霧の湖と呼んでいますけど」
「へえ、それはもっと良いですね。正体がわからない。名前もわからないなんて理想的です。気に入りました」
少年が笑う。「無邪気」とはとても形容できない、禍々しい笑顔だった。
「……どちら様ですか?」
美鈴が問うが、少年はそれを無視しし、手前勝手に話始める。
「妖怪は自身の正体を隠すことで力を得ます。正体不明であり、理解不能だからこそ怪異は力を持つ。だから人間はそれらに説明をつけ、正体を解き明かすことで怪異を克服していきました。やまびこは音の反響、ヒダルは盆地に溜まる有毒ガス――『ぬえ』の正体も、最近一つ仮説が立てられましてね。レッサーパンダが正体なんじゃないかって仮説なんですけど」
「……」
「人は怪異を解明し、忘れていった。神の怒りは放電現象になったし、吸血鬼は狂犬病患者になった。神は消え去り、悪魔は朽ち果てた。そしてとうとう人間達は『僕ら』を忘れた」
「あー……すみません」
美鈴は困ったように笑い、頭を掻く。
紅い髪が美しく揺れる。
彼方の黒煙は依然として青空に昇っており、おさまる気配はない。まっすぐあがる煙の示す通り、本日は快晴にして無風。紅魔館の前はちょっとした野原になっていて、穏やかな天気である本日は、平和ボケの象徴にも見える草花に溢れており――
美鈴を中心に吹き上げる突風により、全て消し飛ぶ。
「間違っていたら謝りますけど――貴方、敵ですね」
花が舞う。
美鈴は少年を睨む。
数十年ぶりに見せる、妖怪の瞳だった。
少年は笑う。
人間の表情ではなかった。
「その通り」
少年が呟く。
あまり大きくない声だったが、美鈴にははっきりと聞こえた。
少年が片手を挙げる。するとどうしたことか――少年の周囲の大地が割れ、そこから刀や槍を持った無数の兵士が這い出てきた。
「僕は敵です――僕らは全ての敵だ」
4
――ねえ、妹紅。
あれはいつだったか。
数えきれないほど繰り返した殺し合いの内のどれか――へとへとになってお互い仰向けに倒れた後で、彼女が妹紅に語りかけてきたのを憶えている。
――死にたいって思ったこと、ある?
妹紅は青空に向けていた視線を彼女の方へ倒した。
何でそんなことを聞くのか。そんな質問をした彼女は今、どんな顔をしているのか知りたかった。
彼女は先ほどの妹紅と同じように、仰向けで青空を見ていた。偉大な芸術家が掘った彫刻のように美しい顔は泥だらけで、しかしちっともその美しさを覆い隠せていなかった。
晴れやかな表情だった。
思う存分身体を動かした後だったからなのだろう。彼女は、二人の前方に広がるあの大空のように突き抜けた笑顔を妹紅に向けた。問いかけの内容とは本来ミスマッチであるべき表情だったが、妹紅の中で、それは気持ちよい程合致した。
――ねえ、貴女死にたいって思ったことないかしら?
妹紅は「ある」と答えた。長い永い人生の中で、化物として蔑まれる度、親しい友に先立たれる度、死よりも辛い苦しみに苛まれる度、妹紅は自殺を考えた。考えただけではない。実際何度も自殺を試みた。勿論、蓬莱人である妹紅が自殺を成功させることは一度も無かったが。
その度に蓬莱の薬を飲んだことを後悔した。我儘で世間知らずで、信じられないくらいの馬鹿だった過去の自分を呪った。自分で腕を引き裂き、大岩に頭を打ちつけ、炎で身を焼いた。喉が壊れるまで泣き叫んだ。何故だ、どうしてこんなことになったんだ。考えても考えても、何も変わらなかった。
お前はどうなんだと妹紅は問い返す。彼女の答えもまた是だったが、彼女はその後、こんなことを付け足した。
――でも、最近は死にたいって思わないのよ。
「それは――」何で、と言いかけた妹紅だったが、最後までセリフを言い終えることなく口を閉じる。妹紅も同じだったからだ。
――ここは楽しいじゃない? 永遠亭には永琳がいて、てゐがいて、鈴仙がいる。竹林から出ればもっとわんさか面白い奴がいる。だから最近は死にたいって思わないの。
それに――と、彼女は続ける。
「貴女がいるから」
5
お客の手が炎に変わった。
そこでようやく妹紅は自身を取り囲む嫌な気配に気づいたが、遅かった。
手を延ばす――お客のやっている『何か』の邪魔をするべく、妹紅は全力で手を伸ばす。
彼女の手が届く寸前、お客は左手から小さな火種を飛ばした。
映像がスローモーションに見えた。小さな火種が、開かれていない門に飛ぶ。
門に火が触れたと思った瞬間、永遠亭は焼失した。
天まで届く火柱と轟音――それから少しの間、妹紅は記憶が飛んでいる。気を失っていたか、それとも一度死んでいたか。どちらかであることは確かだったが、妹紅本人に判別はつかない。次に古い記憶は、永遠亭があった場所から吹き上げる黒い煙と、煙の中から現れたお客の姿だった。
「あ、あんた――」
言葉が出てこない。
何を言えばいいのかわからなかった。
千年以上生きているが、こんな衝撃は初めてだった。
「用事はすみました」
淡白な調子でお客が言う。
「では行きましょう」
散歩中、連れを待たせてトイレに立ち寄ったかのような調子だった。さきほどまでの行動とスケールが合致していない。お客は不気味で歪だった。
「な、何で――何でこんなことしたんだ」
妹紅の口から最初に出てきたのは疑問だった。怒りよりも先に困惑が来ていた。あまりに突飛なことをされると、人は却って冷静になるらしい。
「後に回すと厄介そうだったので」
お客が答える。
「後、って……」
妹紅がその言葉の意味を悟ったのと、お客が火種を妹紅に飛ばしたのは全く同じタイミングだった。
後ろに跳ぶ。火種は地面に落ちた。そこからまた火柱があがるなんてことはなく、焚き火ほどの火事がそこに生まれただけに終わった。
お客は顔色を変えない。
妹紅は真っ青な顔で、先ほどまで永遠亭だった場所を呆然と眺める。
「そんな……」
永遠亭が焼け落ちた。
消えた。
妹紅はぶるぶると首を振る。落ち着け。大丈夫だ。てゐは基本的に屋敷には居ない。鈴仙も、昼は薬を売りに里まで出張している筈だ。大丈夫。輝夜と永琳は不死身だし――
「『永遠』」
お客が言う。
「そんなものはありません。万物には必ず終わりが来る」
「……」
お客の言葉は、妹紅の精神をひどく崩した。ぐらりと視界までもが傾いた気がした。血流が加速し、心音が嫌に大きく響く。こめかみにできた汗が頬を伝って顎からポタリと落下した。
もし。
もし輝夜と永琳が復活しなかったら。
最悪の状況が頭を過ぎる。
落ち着いてはいられなかった。
妹紅は決して馬鹿ではない。貴族の娘として受けた教育は最早記憶の彼方だが、千年も生きれば知識は溜まるし、元々の頭脳の切れ味も(普段使わないだけで)中々のものである。故に、本来ならわかる筈だった――永遠亭が燃えたということの意味が、理解できるはずだった。
輝夜の能力によって『永遠』を約束された館が焼け落ちた意味を。
思い至らなかったのは混乱のせいか――それとも、無意識下で何かが妹紅の思考を止めたからか。
それは誰にもわからないことだった。
「てめえ……」
妹紅は憤る。
自身では説明のできない衝動に駆られて。
手に火球を生成し、背中に炎の羽を生やし、ありったけの膂力で投げる。狙うは黒服の客人。生きて帰す気は無い。
――消し炭にしてやる。
撒かれる弾幕。属性は炎――妹紅の術は千年の練達。首の無い紅蓮の不死鳥が客目掛けて突っ込む。
「『フェニックス再誕』!!」
手加減はしない。お遊びの弾ではない――本気の炎。
黒服の客は、放たれた妹紅の炎を同じ炎で以て相殺する。
地を這う火だった。
どれだけ高く揺らめこうとも、決して地面から離れない。飛来する妹紅の弾幕を、弦のように伸びた火の手で絡めとってまた地にへばりつく。完璧な迎撃だった。
黒服の客が飛行する様子は無い。多少訝しむ妹紅だったが、細かいことはあまり気にしないで全て焼き尽くすのが彼女の戦い方だ。黒服の客の周りを飛び回り、竹の間を縫いながら弾幕を張って全方位から襲う。
「貴女の火は希望の火なのですね」
唐突に客が喋りかけてくる。
「生命力を感じます。命の象徴としての火。とても眩く、美しい」
喋り続ける客に向けて妹紅は絶えず火球を飛ばしているのだが、全て客の周りに展開する火の壁に阻まれ、客を燃やすには至らない。
「ぶっ殺す!」
「だからこそ貴女の攻撃は私に通らない」
不死鳥を象った火の弾幕は、黒服の客に届かなかった。
倒れてきた竹に阻まれた。
「――!?」
いつのまにか、妹紅の足元は火の海だった。赤く燃えていない場所は見当たらない。倒れた竹は、根本を焼かれた結果自重を支えられなくなったのだ。
「僕の炎は破壊の象徴」
地を這う火が、竹を伝って妹紅の高度まで昇ってくる。
ミシミシと音を立てて竹が倒れてゆく。
妹紅は倒れる竹を右へ左へ避けながら飛行する。このままではいつか捕まる。妹紅は高度を上げ、竹より高い位置に飛び出した。
瞬間、火柱があがる。
超火力の対空砲火――これまで反撃が無かっただけに、それは妹紅の虚を突いた。地上から距離があっただけに直撃は避けられたが、右の二の腕から先が、灼熱の炎の中に巻き込まれた。
「うお……!」
思わず声が出る。専守防衛に徹していた敵だったが、殺意は満々だった。
黒服の客は、妹紅を殺すつもりでいるらしい。
さっきは永遠亭に入ろうとした妹紅に「それはお勧めできません」とか何とか忠告していたが――妹紅が怒りを以て向かっていったからだろうか。腑に落ちない部分があるが、この時の妹紅はただ一言「上等だ」と吐き捨て、それ以上は何も考えなかった。右腕の再生を待たずして、彼女は眼下に広がる火の海へ急降下突撃をかます。
不死鳥の特攻。
時速はゆうに300kmを超える。何をどう足掻いたとしてもこの膨大な運動エネルギーを真っ向から迎え撃つことはできない。火炎をブースターとして使い、ここから更に妹紅は加速。自らへの被害を何も考えない無謀な突撃――しかし、幻想郷でもたった三人しかいない『不死者』の妹紅は、インパクトの後、紅蓮の炎から再生する。
失せろ。
私が決して逝くことのできない場所へ去れ。
火の鳥が竹林へ突っ込んだ直後、先の火柱にも劣らない轟音が幻想郷中に響いた。