デモンスレイヤー   作:蛮鬼

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 今回はオリジナル話です。
 


12.勇者訪問

 率直に言って、彼は不機嫌であった。

 

 遺跡に巣食うゴブリン群、及びその首領たるオーガ討伐を経て数日。

 件のゴブリンたちを掃討し終えた彼らは、迎えの馬車に乗って辺境へと戻ると、各々の帰路についた。

 妖精弓手ら3人はギルドが経営している宿へ。

 女神官は神殿へ。

 そして一党の頭目たるゴブリンスレイヤーは、幼なじみがいる牧場へと。

 

 となると、辺境に着いてすぐに冒険に出たデモンスレイヤーだけは戻る場所がない。

 王都にある自室にまで戻るという手もあるのだが、折角辺境まで来て、1つの依頼をこなして「はい、さようなら」というのはあまりに馬鹿げている。

 よって彼もギルドとは別に、街中の宿屋に滞在することを決めた。

 

 では何故、彼が不機嫌であるのか。

 その理由は言うまでも無く……。

 

 

「……()()

 

 

 依頼掲示板(クエストボード)に張り出されている紙。

 紙の数だけ依頼があり、内容は下水道のネズミ退治やどぶ浚いを始め、難易度の高いものではトロールやドラゴンの討伐まである状態だ。

 無論、混沌の勢力が直接襲ってくる激戦区の王都とは異なり、辺境の冒険者の質はやや劣っている。

 例外を挙げるとすれば、『辺境最強』の槍使いと『辺境最高』の一党を率いる重戦士か。

 ともあれ、如何に報酬が高くても、最強種と名高いドラゴンを相手に戦える冒険者など限られており、だからこそこんな時間帯になっても残っているのだと容易に察せられる。

 

 そして余り物の依頼において、代表的な類を挙げるとすれば、それはもう1つしかない。

 言うまでもなく――『ゴブリン』だ。

 

 

「北西の山に小規模の巣……南東の森林に中規模の……東の川を中心に周囲一帯を荒らし回っている群れ……これは渡りか」

 

 

 毒を用い、数に優れ、けれども依頼者の大半が村人ゆえに報酬も微々たるもの。

 故にゴブリン討伐はあまり好まれず、こうして数多くの依頼が残ってしまう始末なのだが、それはまあ、納得せざるを得ない。

 自分も上位の等級に上がってからは、報酬の少ない依頼はなるべく避けるようになった。

 食事や睡眠については必ずしも取らねばならないというわけでもなく、宿を取るのも、一時的な拠点として利用するだけで、快適に睡眠をとるためではない。

 とはいえ、理由は何であれ宿を取れば金が掛かり、また冒険へ行くにも必要なものを揃えなければならないのでやはり金が掛かる。

 

 とにかく、この冒険者稼業というのは金が掛かる仕事だ。

 デモンスレイヤー自身は基本単独(ソロ)であり、達成した報酬は丸ごと彼の懐に入って来るからまだいい方だが、一党を組んでいる冒険者たちの場合、人数に応じて分けねばならないので、受ける依頼も限られてくる。

 そんな金のかかる仕事だからこそ、報酬の割に数だけは多く、そして危険度も地味に高いゴブリン討伐は忌諱される傾向があるのだ。

 

 

「やはり……アレらに関する依頼は無しか」

 

 

 まあ話をもとに戻すと、彼の不機嫌の理由は前回の冒険。

 その最中で邂逅した2匹の新種ゴブリン――否。『異形のデーモン』たちだ。

 多数の女囚をその身に縛りつけ、防具と為した巨躯のゴブリン。

 革と鉄の継ぎはぎ鎧を身に纏い、数種の武具を帯びた武装ゴブリン。

 前者の方は直接戦ってみた結果、戦闘能力は然程ではないことは確認済みだ。

 問題は後者の方、武装ゴブリンの方だ。

 

 投擲の練度の高さに加え、纏う気魄や佇まい。

 ()()は強い。『つらぬきの騎士』や『老王オーラント』のような、無駄を省き、研ぎ澄ました強さがアレにはあった。

 あの遺跡でオーガを相手している間に逃走を許してしまい、以降こうして探しているのだが、やはり奴らはその姿を未だ晦ませている。

 流石はデーモンというべきか、それとも小鬼どもの狡賢さまで真似た結果なのか。

 

 どちらであれ、現状においては奴らを見つけ出す手段は限られており、きっとこの先、混沌の勢力あたりが大規模な動きでも見せぬ限りは、アレらも当分身を潜めて機を待ち続けているかもしれない。

 

 

「賢しい奴らめ……」

 

 

 兜内でそう吐き捨てると、仕方なく彼は他の依頼紙へと目を向ける。

 事は早急に為すが吉であるが、焦る必要もない。

 あちらが動きを見せぬのなら、こちらはそれまでに備えておくまでのこと。

 幸いにも、まだ残っている依頼の中にはそこそこの報酬のものがあり、いずれもデモンスレイヤーの実力ならば完遂できるものばかりだ。

 

 鉱山に住み着いたトロール。山の遺跡に縄張りを張ったドラゴン。大沼の巨人――。

 

 

「さて、いずれを受けるべきか……」

 

「あ、あのぉ……」

 

「む?」

 

 

 掲示板を睨むように見つめていると、不意に声が掛けられた。

 振り向くその先にいたのは1人の女性職員。

 ギルド職員の証明たる制服を見事に着こなし、緩く結んだ三つ編みが特徴的な若年の女性。

 昔どこかで見たような覚えがあるのだが、いまいち思い出せない。

 

 

「あのぉ、デモンスレイヤーさん、ですよね?」

 

「……? いかにも、私がそうだが」

 

 

 妙に引き攣った、あるいは恐れが滲み出ている笑みは、デモンスレイヤーを怖がっているのか。

 今でこそ『魔性殺し』(デモンスレイヤー)としての呼び名が定着している状態だが、一時期に付けられていた不名誉かつ恐ろしい渾名の方を知っていれば、怖がるのも無理はないが……。

 

 

「そうですか。実は、神殿の方より招待状を預かっておりまして。これをデモンスレイヤーさんにと」

 

「神殿の者が? 何故……」

 

 

 そうして差し出された封筒を取ると、その場ですぐに封を切って中の紙を開く。

 ご丁寧に記された、ごく綺麗な文字の羅列。そして紙の端に押された印。

 成程、()()な書類というわけか、と中身を改めると彼は受付嬢に礼を言い、ギルドを出ていった。

 

 がしゃり、がしゃりと鉄の音色を奏でながら進んでいく彼の後ろ姿を目に、受付嬢はそれまで張り付けていた笑みを消すと、「ふぅ」と溜まっていた諸々を吐き出すように息を1つ。

 

 

「どうしたの? そんなに緊張した?」

 

 

 その様子を傍から見ていた友人である監督官がそう訊ねると、受付嬢は首肯を以て彼女の問いに肯定した。

 

 

「あの人、5年前にここで働いていた先輩の友人なんですよ」

 

「ああ。そう言えばそうだったね。先輩とデキてるって噂も立つほど良い仲だったから、都の方に引越したって聞いた時はまさかとは思ったけど」

 

「まあ、実際結婚した相手は違いましたし、お二人は変わらず友人関係のままだそうですが」

 

 

 何せ()()『魔性殺し』だ。

 幾多もの魔神を討ち、混沌勢力に少なくない打撃を与え、遂にはあの魔神将の一角さえも屠った歴戦の猛者。

 金等級へ昇級の際に都へと拠点を移し、以降は王都守護に専念して襲撃してくる魔神(デーモン)らを悉く討ち果たした『最新の英雄』。

 そんな彼が突然、王都からこの辺境へと舞い戻って来たのだ。それもわざわざ、金から銀の認識票へと変えて。

 

 

「あの人が防衛を失敗したって噂も聞かないし、やっぱり今回の件も、彼をあのゴブリン討伐に参加させるためにわざと銀等級へと一時降格させただけかもしれないね」

 

「まあ、その可能性の方が高いでしょうね」

 

「それで? 何をそんなに怖がってたの?

 確かに彼はあの『魔性殺し』だけど、別にそこまで怖がる必要はないんじゃない?」

 

「それは、そうなんですけど……」

 

 

 ごにょごにょと言い淀む受付嬢の姿に、監督官は「?」と首を傾げて不思議そうな表情を浮かべる。

 

 

「あの人……たまに怖い、()()()()で見て来る時があるんですよ」

 

 

 まるで、人間(わたし)人間(ヒト)と思わないような、冷たい目で――。

 

 監督官に、受付嬢の言った言葉の意味はよく分からなかった。

 魔神を葬り、人の営みを守護し、混沌を阻む英雄。

 そんな彼が人を人と思わぬ外道であるなど、彼女は微塵も思ってなどいなかったから。

 

 

 

 

 

 

 神殿へと辿り着くと、まず最初に神官たちが彼を出迎えた。

 とはいえ数はごく僅か。まるで彼の来訪を他者に悟られぬよう、密やかに行われた歓迎。

 そうして迎えられたデモンスレイヤーは、1人の神官に連れられて応接室らしき場所へと案内されると、そこには3人の人の姿があった。

 

 1人は女。胸元の開いた戦装束を身に纏い、腰に見事な剣を佩いた長身の美女。

 もう1人も女。こちらは先の者とは違って小柄で、その体躯を猫耳を思わせる2つのふくらみが付いたフード付きの外套で覆っている美女。

 そして最後の1人。こちらは頭から膝当たりまでを外套ですっぽりと覆い隠していて、その素顔もはっきりとは見えない。

 だが、そのフードから覗く長い髪からして、おそらくはこちらも女性であろう。

 

 

「……貴公らが、私を呼んだ者たちか」

 

 

 向かい合う形で設置された2つのソファ。

 その内の1つに座すのは、未だ顔を見せぬフードの人物ただ1人で、他の2人はその後ろで石像の如く屹立している。

 

 

「突然の呼び出し、誠に申し訳ない。だがこうでもしない限り、我々と貴方のみで話す状況は作れなかったのです」

 

 

 どうかご容赦を、と。

 長身の美女がその高い背を曲げ、丁寧に頭を垂れる。

 こういう手合いは無駄にプライドが高いと認識していたのだが、どうやら彼女はそうではないのか、それとも自分を『魔性殺し』と知っての対応なのか。 

 どちらであれ、そこまでされてはこちらも文句の1つを言うのは無礼であろう。

 先に許可を取った後、鎧姿のまま向かいのソファの前に立ち、携えていた剣と盾を傍に置いて、自らもソファに腰掛けた。

 

 

「……おや?」

 

「……」

 

 

 そうして3人と向かい合うと、そこでようやく彼は1つのことに気がついた。

 いや、正しく3人の内、その1人が誰なのかに気づいたというべきか。

 長身の美女でも、そしてフードの人物でもなく、もう1人の――

 

 

「貴公……賢者殿ではあるまいか?」

 

「……お久しぶりです、魔性殺し殿。変わらず息災のようで、何よりです」

 

 

 ぺこりと簡素に頭を下げてきた彼女。

 『都の賢者』――王都に拠点を移した後、国王を介して出会った都随一の知恵者。

 魔法の腕前もそうであるが、何よりも注目すべきはその異名に恥じぬ莫大な『知識量』。

 彼の側のデーモンである『異形のデーモン』について、遠回しに何度か尋ね訊いたことがあり、内容の大小と違いがあるが、何度か彼女には世話になっている。

 

 

「貴公がこのような辺境に姿を見せるとは珍しい。

 ……ひょっとすると、私を招き寄せた張本人とは、貴公か?」

 

「申し訳ない。ただ、陛下からあなたが王命を賜り、任務としてこの辺境へ向かったことを聞いた。

 任務中に呼び出すのは流石に気が引けたゆえ、ギルドに手紙を残して来たのだが……」

 

「そうか。……それで、賢者殿はともかく、残る2人には面識がない。

 素性も分からぬ相手と話す言葉を持ちはせぬ故、まずは彼女たちを紹介してはくれまいか?

 特に……そこのフードの者について」

 

「……ふーん。()()たち、ね。剣聖(かのじょ)の方はともかく、どうしてボクも女の子だって分かったの?」

 

 

 そこで初めて、フードの人物が声を上げた。

 やはり、かの人物は女性であった。

 背丈は目測で、およそ賢者と大差ないと思っていたが、声音から察するに、齢は彼女よりもさらに下と見るべきか。

 座していたソファから立ち上がり、被っていたフードを勢いよく脱ぐと、そこでようやく彼女の全貌が露わとなった。

 

 

「……子供?」

 

「む、失礼な。これでもボクは15歳、成人したての立派な女性(レディ)だよ?」

 

 

 自分から女性と名乗る人物は、目の前の長卓に乗らないであろう――。

 そんなことを言い掛けた口を噤ませて、兜越しに視線を少女へと向ける。

 長く豊かな赤い髪。凹凸の少ない小柄な体躯。

 纏う装束は、下に着込んだ帷子(インナー)を除けばそのほとんどが純白。

 まるで穢れを知らぬ童のように、無垢な白地に長い赤髪は映えて、その歳以上の魅力を彼女に持たせている。

 

 ただの少女ではないな――思考の末、そして直感も合わせた上で、彼はそう答えを出した。

 平々凡々な単なる少女であるのなら、あの賢者が付いているなどあり得ない。

 まして曲がりなりにも自分は『英雄』と呼ばれる人物だ。容易く呼び寄せられぬ身の上となった自分を、賢者が神殿を介してまで召喚するほどの人物となれば、王族の類か、あるいはそれとはまた()()()()か。

 

 

「……それで、貴公らは何者か」

 

「初めに名乗らずにいたことについては、どうかご容赦を。

 私は剣聖と申します。そしてこちらが、貴方もご存知の通り、都の賢者。そしてこの方が――」

 

「うん! 初めまして、デモンスレイヤーさん! ボクは勇者!」

 

「勇……者?」

 

 

 勇者というと、()()勇者か?

 そう問い訊ねると、少女――勇者は大きく首を振って肯定し、その顔に晴れやかな笑みを湛えた。

 

 勇者――その名は知っている。

 古い文献においては、世界を危機より救う者。悪しき者共を討ち果たし、世に平和をもたらす選ばれし者。

 邪悪なる魔神の王と対を為す、秩序にして善なる側の切り札。

 よもやこの少女こそがソレであったとは……。

 

 

「あれ? 疑わないの?」

 

「まあ、普通ならば疑うべきところであろうが――そこに立て掛けた()()の存在もあれば、納得せざるを得まい」

 

 

 視線の先に見えるのは、鞘に納められた一振りの剣。

 精巧な細工と装飾が施された鍔と鞘、そして鞘に秘されし刀身より滲み出る聖なる力。

 ()()()()()()を知り、また所有しているからこそ分かる事実だ。

 

 

「それで、その勇者殿が私に何用か? 一介の冒険者如きに、貴公のような大物が、何故にこのような回りくどい形での邂逅を望んだのか」

 

「一介の冒険者如き、とはよく言いますね。貴方も」

 

 

 そう言ったのは長身の美女改め、剣聖。

 佇まいは先と変わらず、しかし一層鋭利さを増した視線で、彼女はデモンスレイヤーを見つめ、その先を続けた。

 

 

「デモンスレイヤー――10年ほど前に冒険者となって以降、数多くの依頼をこなし、魔物たちを葬り続けた方。

 ドラゴン、巨人、オーガ……特に魔神王の直接的な眷属たる魔神種(デーモン)の討伐数は目を見張るほど。

 『最新の英雄』とさえ讃えられる貴方を、そこらの冒険者と同じに扱うことはできません」

 

「……」

 

 

 剣聖の指摘に、デモンスレイヤーは沈黙した。

 別に予想外の称賛に照れて、言葉を口にできなくなったわけではない。

 そういう類は聞き飽きているし、何より事実なのだから恥じるべきものも何もない。

 

 問題は、彼女らが事細かにデモンスレイヤーについての知識を持ち、その上でこのような形での訪問を取ってきたということだ。

 こういう場合、後の展開は大体決まっている。まして相手がかの勇者の一党となれば、考えられるものはただ1つ。

 

 

「飾った言葉はあまり好かないので、率直に言わせて貰います。

 ――デモンスレイヤー殿。私たちと共に来てもらいたい」

 

「――ふむ」

 

 

 兜内にて小さく呟き、顎部分に籠手を嵌めた手を添える。

 彼のいつもの癖である、考え込む仕草。あるいは、考える()()だ。

 こういう態度を示せば、相手は勝手にその先をべらべらと語ってくれることを、既に彼は経験していた。

 そして今回も例に漏れず、剣聖は自分たちの有利な方向に持ち込もうと、さらに話の続きを語り始める。

 

 

「貴方も知っての通り、現在世界は混沌の勢力による脅威に立たされています。

 これは神代の頃より変わらぬ事実ではありますが、近年はさらにその問題が深刻化している。

 その理由は言うまでも無く……」

 

「彼奴らの頭――『魔神王(デーモンロード)』の復活であろう?」

 

「はい。王とは、即ち国や軍など、一組織や一国家の象徴にして頂点。

 確かなる主を得たかの者共の動きは一層活発化し、最近では超規模の大軍勢を編成し、いよいよ我らとの全面戦争に持ち込もうとする動きまで見られます」

 

「そんな折に伝説の勇者殿が見つかり、我ら人間勢力も確固たる頭目を得た故、対混沌勢力用の戦力を集めている……そんなところか?」

 

「ご理解が早いようで。それでは、我らが貴方の同行を求める理由も、既に察せられておいででしょう」

 

 

 魔神の軍勢、悪魔たちの大軍団に立ち向かうには、相応の武を誇る猛者が求められる。

 一騎当千の猛将、千智万謀を極めた術師――前衛、後衛、問わず、腕の立つ者は幾らいても足りない。

 ましてかの勢力は魔神(デーモン)を中心とした組織だ。ならばこそ、その魔神を誰よりも多く屠り、彼奴らについてよく知る人物が求められるのは当然のことだ。

 

 即ちデモンスレイヤー――数多くの魔性を屠り、魔神狩りとして名を馳せた『最新の英雄』こそが、今の人間勢力にとって勇者にも劣らぬ切り札と成り得るのだ。

 

 

「かつて魔神王を討ちし『六英雄』も居ますが、今現在、最も混沌勢力が恐れているのはこちらに居られる勇者様と、そして貴方の2人のみ。

 『魔性殺し』の異名で知られる貴方が我らと共に来てくださることを宣言してくだされば、兵の士気も高まり、民も安堵の内に眠ることができるでしょう」

 

「……陛下から、何か言伝は賜っていないのか?」

 

「……? いえ、特には何も。……ああ、しかし1つだけ」

 

「何だ?」

 

「それが……『そなたの好きなようにせよ』、と」

 

「……ほう」

 

 

 賢者より『陛下からこの辺境へ向かったことを聞いた』という言葉を聞いた時より、何となくだが彼から何か言葉を受けていないかと思っていたが、どうやら当たりだったようだ。

 そしてその内容が()()だとは……どうやらかの若王は、本気で自分との約定を守る気でいるらしい。

 

 

(であれば、私もその厚意に甘えさせて貰うとしよう……)

 

 

 ならばこそ、答えは今この時に確定した。

 その意を視線を以て示すと、彼女たちも一層真剣みを帯びた顔付きで彼と再び向かい合い、その言葉を今か今かと待ち続ける。

 

 

「返答は、定まったようですね」

 

「ああ。陛下よりその言葉を賜ったのなら、私が口にするべき言葉は1つ――『否』だ」

 

『――!?』

 

 

 驚愕――予想外の一言。

 魔神王の復活と、悪魔の大軍勢の来襲という未曽有の危機。

 祈る者(プレイヤー)祈らぬ者(ノンプレイヤー)による全面戦争。

 

 そう遠くない未来の話であることは、彼も重々理解している筈だと彼女たちはそう解釈していた。

 であれば、魔神狩りたる彼もまた、世界を救うべく共に立ち上がってくれるものばかりかと思っていたが、

 

 

「っ、何故です!」

 

 

 ドンッ! とソファの一部を叩き、咆哮の如く剣聖が叫び問う。

 その際、あまりの衝撃でソファが一瞬浮かび、そこに座っていた勇者の体躯も一瞬浮かんだので「やめてよ、もう!」と非難の声が上がったが、それで空気が変わるような状況でもない。

 

 

「世界の危機なのですよ? 混沌の者共が総力を結集し、魔神王の指揮下のもと、迫って来ているのです!

 そのような状況であるというのに、どうして――!」

 

「落ち着いて。ここで言葉を荒げて問い訊ねても、意味はない」

 

「……っ!」

 

 

 荒ぶる剣聖を抑える賢者。

 しかしその双眸に宿る感情はおそらく、剣聖が抱えるものよりなお激しいものに違いない。

 そうでなくば、彼を見つめるその視線に、これほどの熱が籠っている筈もないのだから。

 

 

「……理由を、聞かせて欲しい。魔性殺し殿」

 

「理由か。そうだな……何と言えば貴公らは納得してくれることか」

 

 

 再び顎に手を添えて、勿体ぶるように唸り込むデモンスレイヤー。

 とはいえ、どんなに形を変えようとも、この答えはきっと、彼女たちを納得させるには足らぬ代物だろう。

 何せこれは世界の危機とは関係ない、ひどく個人的な、私的返答に他ならないのだから。

 

 

「まず最初に言わせて貰うと、私は人々のために魔神どもを葬り続けてきたわけではない」

 

「それは……どういう意味かな?」

 

 

 問い訊ねるのは勇者。

 この中で最も幼く、経験に乏しい筈の少女の瞳は、だが万象一切を見通すが如き鋭さを有していた。

 まるで()()()()にでも見透かされているような感覚を覚えるが、デモンスレイヤーは構わずその先を紡いだ。

 

 

「ごく個人的な理由でね。私は、とある事情からデーモンが嫌いだ。

 人の世を脅かし、泰平を砕き、蹂躙する。

 生ある者の一切を踏みにじり、その魂魄一欠けらに至るまで貪り尽す……そんな奴らを心底嫌悪している」

 

「ならば! なおのこと我らと共に来るべきです!

 今奴らが行おうとしていること、そしてその先にもたらされようとしている災禍は、今しがた貴方が仰った内容そのままなのですよ!?」

 

「だろうな。だが、だからと言って私が貴公らに手を貸す理由にはならない。

 世界を滅ぼす魔神の軍勢は、確かに脅威であり、恐るべき代物なのだろう。

 だが今ここに、その大軍勢さえも恐れる切り札(勇者)がいるのだから、必ずしも私が出なければならないというわけではない……何より」

 

 

 そこで彼は1度、言葉を区切った。

 まるでその先の言葉を紡ぐのに、一握りの覚悟を要するかのように。

 

 

「何より、かの魔神(デーモン)どもは――()()()()()『デーモン』ではない」

 

 

 その一言で、3人の内にあった熱は一気に治まった。

 いや、正しくは彼が何を言っているのか分からず、疑問の内に熱も冷めてしまったという方が正しいのかもしれない。

 私の求めるデーモンとは違う? だから一緒には行けない? ……何だそれは。意味が分からない。

 

 

「デーモンはデーモンだろう! 人の世に仇為し、厄災をばら撒く混沌に違いなどあるものか!」

 

「いいや、違うな。貴公らがこれより相手するであろう魔神(デーモン)と、私が生涯に渡り殺し続けてきた『デーモン』とは、全く別の存在だ。

 金等級への昇級。そして陛下に仕え、都の守護役を務めたのも、総ては『デーモン』を討つがため。

 目的の存在をようやく捉え、本来の仕事に戻ったというのに名前(デーモン)繋がりで他の駆除にまで駆り出されては、それこそ本末転倒というものだろう?」

 

「っ! ……貴、様――!」

 

 

 遂に怒りが限界を迎えたのか、剣聖が腰に佩いた剣の柄に手を掛け、圧するように剣気を放つ。

 しかし、それもデモンスレイヤーにはまるで効果がない。

 きっと彼女は英雄と呼ぶに足る超人なのだろうが、所詮それも『人域』のもの。

 人の力などまるで及ばない、真に恐ろしき『人外』の発する圧に比べれば、この程度の剣気など、そよ風にも等しい。

 

 

「剣を振るって我が首を刎ねるか? それも良かろう、やってみるがいい。

 だが、殺した程度で私を死――いや、()()()()とは思うなよ。何より……」

 

 

 そう言いつつ、彼は虚空に手を伸ばし、歪めた空間を通して自身の内側(ソウル)より一振りの剣を取り出す。

 それはかつて、都に出現した魔神将を相手した時に用いた聖剣(ソレ)とは異なる、もう一振りの名剣。

 かの聖剣が穢れを払い、魔を退ける『白』ならば。

 かの一振りは魔を纏い、生ある者の一切を貪る『黒』。

 

 それ即ち魔剣。魂を切り裂き喰らう魔剣――銘を『ソウルブランド』。

 

 

「貴公如きに、()()()()()()()()()()を倒せるのかね?」

 

「……!」

 

「魔剣……単なる魔力を宿した武具ではなく、真なる魔性の一振り……!

 魔性殺し殿、あなたは一体……!」

 

 

 出現した魔剣が纏う禍々しさと、その魔性を帯びてなお平然としているデモンスレイヤー。

 魔性を殺す英雄が、魔を纏う一振りを扱うという矛盾の現実を前にしては、彼女たちの反応も当然であろう。

 ならばこそ、重要なのはこの先。このまま剣と彼の放つ圧に押され、彼の同行拒否を認めるか。

 それとも武具を取り、ここで一戦交えるという愚行に走るか。さて――

 

 

「はいはい、そこまでそこまでー!」

 

 

 ()()()――。

 

 剣呑な雰囲気を打ち破り、最悪の展開に待ったをかけたのは勇者。

 三者の間に割り込む形で、真中の卓に仁王立つと、手に携えた抜き身の聖剣で圧しつつ彼らを見下ろす。

 

 

「君たちも、もうそこまででいいでしょ?

 きっとこの人は、ボクたちがどれだけお願いしても付いてきてくれるつもりはないよ」

 

「ですが、勇者様――!」

 

「どんな事情だとしても、嫌がる人を無理矢理連れていくのはボク、嫌だなぁ」

 

 

 勇者由来の圧倒的存在感とは裏腹に、彼女には微塵も交戦意識は存在しなかった。

 聖剣の抜刀も、本当に三者を抑えて戦いに発展させないための行為なのだろう。

 

 

「ごめんね。えっと……デモンスレイヤーさん、だっけ?

 本当なら一緒に来てくれた方が、ボクとしても嬉しかったりしたんだけど、まあ、しょうがないよね。君にも君のやりたいことがあるんだし」

 

「む……。あ、ああ」

 

 

 ()()()――。

 

 ()()()()()()()

 こちらにもその気がなかったとはいえ、どうしてこうも、この少女に有利な展開へと進んでいくのか。

 まるで世界――否。運命そのものが、彼女に味方しているようではないか――!

 

 

「こんなことを言うのは何だけど、ここはボクの顔に免じて、どうか2人を許してあげてくれないかな」

 

「……」

 

 

 ()()()――。

 

 ()()だ。

 先程から鳴るこの乾いた音。鳴るはずのない音。聞こえる筈のない音。

 まるでどこかで()()()()でもしているかのような、そんな虚しく、乾いた音色。

 そしてこの音色が奏でられる度に、この少女の為した言動の数々は、総て成功(クリティカル)へと収まっている。

 

 そんな考えを巡らせている内に、その沈黙を是と受け取ったのか、勇者は笑顔で「ありがとね」と言って、剣聖と賢者を連れて応接室を後にした。

 

 

「じゃあね。もしまた会ったら、その時は色々とお話しよう!」

 

 

 そう言って去っていった彼女の姿はどこまでも眩しく、まるで地上にもたらされた人型の奇跡とさえ思えてならなかった。

 だからこそ、だろうか。あまりに人間離れした魅力を有するからこそ、彼はソレに()()()を覚えていた。

 あの感覚には覚えがある。人ならざる身であり、その正体がデーモンの似姿とはいえど、決して陰ることのなかった頂に立つ者の気魄。

 

 北の地において最後に相対したデーモン――かのオーラント王の似姿たるデーモンが纏っていたものと同じ、人外の王気。

 そして――

 

 

「あの骰子の音は、一体何だったのか……」

 

 

 ソファに座したまま、ぎしりと身を沈ませて天井を見上げる彼の呟きに、答えてくれる者は誰一人としていなかった。

 ()()()――と。また1つ、骰子の音が聞こえた気がした。

 

 




 

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