Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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6話 : 対話 ~passing each other , but~_  前編

人は夢の中で、これが夢であると気づく時がある。同時に認識できることは、2つ。

自分の思い通りになるか、ならないかだ。見たい光景を見られるか、見たくない光景を前に動けないかの違いがある。

 

タリサ・マナンダルは声も出せないまま、ただ呻いた。これはいつもの夢である。もう泣きはしない。慣れたものであるから。

自分の思うように世界が動いてくれないのも、いつもの事だった。

 

(………口論。男と、女の声)

 

曲がり角の向こうから、誰かが激しく言い争っている声が聞こえた。片方は、自分もよく知っている声だ。

 

『っ、イツキには分からない!』

 

それが、会話の終わりを示す言葉だったのだろう。タリサは気配が自分の方に近づいてくることを察した。

だが、向こうは気づいていなかったようだ。タリサは俯いたままこちらに向けて走ってくる彼女を――――旧友であり金色の髪を持つ彼女の頭をすんでの所で受け止めた。

 

『あっ!』

 

『っとぉ! あぶねーな、なに考え………』

 

言葉は行き先を見失った。どうしてって、目の前の人物が異常だったからだ。普通であれば、あり得ない光景であった。

訓練生になる前も、なってからの生活の中でも見たことがない。

 

――――目の横と鼻の穴から、赤い血液がこぼれ出ている顔など。

 

『お前、サーシャ………それ、どうしたんだよ!?』

 

『タリ、さ』

 

疲労の極致にある声だった。呼吸も乱れている上に、顔色も悪い。

タリサは旧友でありシンガポールで再会を果たした腐れ縁である彼女の尋常でない様子を見て、反射的に叫びそうになった。

 

医者でも、いや誰でもいい、誰か。だがその言葉はサーシャによって止められた。

待って、と。タリサは自分にすがりついてくるような声とその握力に、必死なものを感じた。

 

比喩ではなく、死も辞さないという逼迫した緊張が伝わってくる。

そうして、英雄部隊の1人でもある彼女は――――サーシャ・クズネツォワは言った。

 

『誰も呼ばないで、誰にも………言わ、ないで』

 

お願い、お願いします。タリサは蹌踉めきながらも、必死に声を絞りだした。

 

『っ、なんでだよ! お前、だって、それ…………っ!』

 

彼女の身体がどうなっているのか、一目見ただけで分かる筈がない。だが限界が訪れていることだけは嫌でも理解できてしまう、それほどの異常だった。

この東南アジアの命運が左右される決戦の日も迫っていると聞く。なのにどうして、彼女はそんな事を言うのか。

 

『これしか、無いの。私、此処しか無いのよ』

 

『でもそんなの………っお前が死んじまうじゃねえか!』

 

タリサは思い出そうとした。もっと、会話があったように思う。

だがタリサが今もはっきりと覚えている言葉だけが、夢の中で繰り返される。

 

『死ぬ、より、嫌な事があるの。ここで逃げるなら………舌を噛み切って死んだ方が何倍も楽って』

 

苛烈な言葉だった。だがタリサはどうしてか、哀れだと思った。

言えば、どういった反応をしていたのか。

それでもタリサは何も言えなかった。理屈ではなく、目の前の少女の中には簡単な気持ちで触れてはいけない部分があると知ったからだ。

事情を知らない自分が、何の覚悟もなく手を伸ばしてはいけないと感じた。

 

(だから、止めなかった………違う。言い訳をするな。あたしは、止められなかったんだ)

 

帰ってくるからと、彼女は言った。約束を果たすから。お願いと。懇願して、震えが収まらない小指を見せつけられた。

 

(………嘘つき)

 

結末は必然だった。当然の結果として、彼女は過酷な戦場から帰ってこなかった。

 

あの時に止められていればという、後悔だけがつきまとう。だが、タリサは信じていたかったのだ。

◯◯ルが居るなら、何とかなる。絶望的な戦場でも、夢の様な結果を持って帰って来てくれる。

 

――――浅はかだった。見るからに、限界なのは理解できていた筈なのに止めなかった。判断を誤ったのだ。

ifの話を思い浮かべたくなる。あの時に、ああしていればなんて考えてしまう。もしもの場合を懇願している自分が存在するから。

 

だからこそ、こうして夢を見るのだろう。不可能であると知りながらもだ。

もう過ぎ去ったかつての出来事である。だからこそ、これは夢以外にあり得ない。目の前の愚かな自分を止めることが出来ない、ただのリフレインである。

その証拠を見せつけるように、自分は弱々しくも笑って去っていくサーシャの背中を見送ることしかできない。

 

走ったことで限界が訪れたのか、壁に手をつきながら。まともに歩くこともできないその格好を、しかし止めることはできない。

傍目には無様にしか見えないだろう。衛士として、戦場に出るべきではない姿である。

 

だがタリサは、全く逆の感想を抱いていた。今にも壊れそうなその背中に、意志を。言葉では表すことの出来ない、純粋な強さを感じていた。

 

弱く、強い、儚く、確りと、蹌踉めき、前に。止めるのならば、命を賭ける必要があるとまで。

 

矛盾だらけの光景、それでもあの時のあの場所では幻ではない、現実としてのものだったのだ。

 

 

「………夢、か」

 

 

コックピットを天井に、意識を取り戻したタリサはぼんやりとした呟きを零すことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼しました」

 

扉の閉まる音。やがて数秒後、部屋の中にため息の音が響いた。

先ほどまで、部屋に居たのは4人。だが二人が退室して、残ったのは二人になっていた。

 

その内の1人が、ため息をつく。

 

「全く………ヒヤヒヤさせられる」

 

「ですが、収獲はありました。計画全体で考えれば、これは確かな進歩ですよ。F-15ACTVの開発に携わった自分にとっては、情けないという感情が浮かんできますがね」

 

ハイネマンは飄々とした様子で答えた。苦笑を交えても、その表情はあまり変わらない。

情けないという言葉を零しているが、それが本心であるかどうかも分からない程だ。

それを見たイブラヒムは、お言葉ですがと前置いてF-15ACTVに乗っていた衛士の事を言及した。

 

「タリサ・マナンダルは優秀な衛士です。それは、貴方も良く知る所でしょう」

 

「ええ。F-15ACTVの完成度を見れば分かります。その点に関しては疑っていませんよ」

 

ならば、と二人が見たのはモニターにある映像。不知火に、タリサのF-15ACTVが転ばされたシーンだ。

行われた動作は単純なものである。受けて捌き、押して転ばせる。機体のダメージを最小限に抑える形で、不知火はF-15ACTVを制したのだ。

 

「挑発に制圧………全ての動作がスムーズすぎる。間違いなく、実戦での対人戦を経験している衛士ですな」

 

「私は慣性制御の補助に中刀を利用した点に注目しますがね」

 

どちらにせよ、尋常でない経歴を持つ衛士だろう。

二人の見るべき所は違えど、最終的な意見は一致していた。

 

「ですが…………そう、彼は日本人でしたね」

 

「ええ、それが?」

 

質問をする声に、ハイネマンは何かを思い出すようにして答えた。

イブラヒムも聞いたことのない、珍しく感情のこもった声だった。

 

 

「彼の顔を…………遠い昔に、どこかで見たことがあるような気がしましてね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2001年、6月21日。

 

XFJ計画に携わっている人員とソ連のイーダル試験小隊に関連する人員はユーコンから離れ、グアドループ基地に居た。

西インド諸島にある国連大西洋方面第4軍基地の一つであり、カリブ海に浮かぶ島にある基地である。

その南国の島に、大人数を載せた航空機が着陸した。

 

「おお………」

 

飛行機から降り立った整備兵の1人が、自然の原色に彩られた世界を前に感嘆の言葉を零した。

ユーコン基地の中でよく見る、コンクリート塗装などの人工物ではない。荒々しくも雄大な、天然の色彩による芸術が目の前に広がっていた。

清々しい青空に潮の香り、暑い気候も揃っている正真正銘の南の島である。その中で、場違いとも言える暗いため息が響いた。

 

「はあ………」

 

「あンだよ、タリサ。ビビットカラーの世界でモノクロームな声出してよ」

 

「ほっとけ、VG」

 

答えたのは、タリサの暗い声だ。

VGと呼ばれた男、ヴァレリオ・ジアコーザはしばらく考えた後に、ああと手を叩いた。

 

「広報任務のこと気にしてんのか。確かに、お前には難しい内容だよな。水着を着て色気振りまくとか」

 

計画の人員がこの基地に訪れたのは、戦術機が過酷な環境下において動作に不良が生じないかを見る環境試験を行うため。

だがそれはあくまで名目である。本命は一ヶ月前にあるはずだった、広報用の撮影を行う事にあった。

 

題目は『米ソの協力と、ユーラシアの奪還。過酷極まる戦場に人類の叡智が生み出した最新鋭の戦術機で挑む、勇敢な衛士達』。

被写体として選ばれた戦術機はSu-37とF-15ACTVで、衛士は紅の姉妹とタリサ・マナンダルだ。

近年は男性の衛士が戦死して女性衛士が主流になるという理由や、アジア各国を含む世界の共闘という耳触りが良いキャッチフレーズを織り込み軍部その他の士気を高めるのが目的とされている。

だが、それも一ヶ月前の揉め事で一時的に中止になっていた。それ以降も両計画のスケジュールが折り合わず、延期につぐ延期になっていたが、今回ようやく仕切り直されることになったのだ。

 

「うっせーよ! ってかそっちじゃねーよ!」

 

タリサは不機嫌に声を上げながら、ちらと横目である人物の方を見た。

そこには、撮影の準備のために広報官にこき使われている男がいた。

 

国連の広報官としてやってきたのはオルソン大尉という、金髪にサングラスをかけたアメリカ人だ。

その男にいいように指示を出され、重たい荷物を持ちながら駆けずり回らされている問題の人物も金髪でサングラスをかけていた。

 

「あー………そっちね」

 

ヴァレリオは納得、と呟いた。声量を絞ったのは、タリサの内心を考えた上でのことだ。

衛士としては面白くないだろう。自分を気絶させる程の腕を持っている衛士が、下士官以下のように扱われているのは明らかに不遇であり、違和感のある光景だった。

タリサはそれを見て何も思わないのか、と言外に訴えているのだ。

ヴァレリオとステラは不意打ちのような真似をした事について、演習の直後に正式に謝罪は受けていたが、それだけでは飲み込めない部分もある。

 

「でも………仕方ないわよ。ドーゥル中尉から説明は受けたでしょ? 今回の騒動に対する罰だって」

 

「ステラの言うとおりだな。それにああまで見事に転がされたのは、お前の迂闊な行動が原因だぜ?」

 

ヴァレリオとステラは、今回の件を蒸し返すつもりはなかった。

相手に関しても、最初こそ相手が見せた予想以上の機動に驚いたが、慎重に仕掛けていれば同等以上にやりあえる程のものだという結論に至っていた。

―――戦う前に感じたあの感覚を無視すれば、だが。

 

タリサを含めた、誰もが口には出さない。あの時の、以前にも抱いた事があると思った感覚が――――戦術機に乗ったばかりの新兵の頃に感じた、教官に対して抱いたものと同じだとは。

 

「それにしてもよお。紅の姉妹を初めて見た時にも思ったが………世界は広いな」

 

「ふん、どうだか」

 

「あら、どうしたのタリサ? いつにも増して不機嫌な顔して」

 

「なんでもないよ」

 

タリサは気まずげに黙り込んだ後、気を取り直すように自分の頬を叩いた。嫌な夢を見たからあいつらが、とは子供の言葉だ。

ここに来ているのはアルゴス試験小隊だけではないのだ。以前にやらかしてしまった広報任務の事もあるので、タリサは積極的には揉めるつもりもなかった。

自分たちが協力しているXFJ計画にも、確かな進展があったのだから。やや強引にでも明るい方向に思考を引っ張り、顔を上げた。

 

「と、噂をすれば――――見ろよ、ユウヤの奴」

 

指さした先には、悩んだ表情を見せる不知火・弐型の開発衛士が居た。難しい表情をしながら、遠巻きに唯依の方をじっと見つめている。

 

「あれは………熱帯標準軍装(トロピカル・アーミー)に目を奪われてる、って表情じゃないわね」

 

ステラの言うとおり、その視線の中に桃色を感じられる要素など一切ない。かといって、以前のような憎しみも含まれていないようだった。

観察するようなその調子に、ヴァレリオが呆れた声を出した。

 

「ったく、ユウヤの奴もよくやるぜ。真面目っちゅーか、熱心だよなあ」

 

タリサとステラが頷いた。同じ開発衛士として、ユウヤが何を考えているかはすぐに推測できたからだ。

先の奇襲染みた模擬戦での結果を鑑みれば容易に分かることである。

今まで振り回されっぱなしだった機体を使って、かつ長刀のみの戦闘であったにもかかわらずだ。

性能に劣っているはずの不知火で武御雷を相手に一定以上の動きが出来たのだ。

ある程度の腕を持つ衛士同士、あの結果は偶然ではあり得ない。ユウヤは自分があの動きが出来たことには何らかの理由があると、その原因らしきものを何とか分析して自分のものにしようと考えこんでいるのだ。

 

「分かり易い奴だよな。あんなに不満そうたぁ………こんな所に来たくなかったって表情だぜ。南の島も眼中に無しってか」

 

「そうね。一刻も早く帰って、不知火・弐型に乗りたいって顔してるわ」

 

周囲に誰が居るとも関係なしに、自分に与えられた課題に対して一直線に向きあおうとしている。

開発に真摯であり、本気である証拠だった。

 

「でも………見ててハラハラするわね」

 

ため息混じりの声に、ヴァレリオとタリサは素直に頷いた。没頭するのは良いことだが、分かりやすいにも限度がある。

そう言わざるを得ないほど、ユウヤは周囲ではなく自分の中に没頭しているように見えた。

これまでの言動と同様にだ。幸いにして周囲に気を配ることができるヴィンセントが居るから日本人の整備兵と揉めることなく、また大きな問題になっていないものの、もし彼が居なかったら日本の整備兵と一悶着があってもおかしくはなかった。

見事な調停者であり、影の功労者である。

 

そして三人の目の前で、その功労者が微妙な距離を保ちながら佇んでいるユウヤに話しかけようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「なーにやってんだよユウヤ。って………そうかそうか」

 

ヴィンセントはユウヤの視線の先に居る人物を見て、にたにたとした笑みを浮かべた。

 

「いつものC型軍装も良いけど、ああいう格好もそそるよなぁ」

 

「馬鹿、そういう意味じゃねーよ。変な所で納得すんなっての」

 

「あーもう、分かってるって。前の、演習での一騎打ちの件だろ?」

 

ユウヤは頷くと、自分の手を見た。想起したのは不知火・弐型で唯依が乗る武御雷に近接戦闘を挑んだ時のことだ。自分でも信じられない事があった。戦闘の中盤から、機体の操作性が全くの別物に変わるような感覚など今まで抱いたことがなかった。

ユウヤはそれを逃がすまいと言うように、固く掌を閉じた。決意が含まれているその様子を見たヴィンセントが、呆れた声を出す。

 

「それで、唯依姫をずっと見てるのか」

 

「ああ………って唯依姫?」

 

聞かれたヴィンセントは、知らなかったのかと説明をした。

唯依の生家である篁家は斯衛の中でも名が知られている名門であり、姫と呼ばれてもおかしくない立場にあると。

 

「………近接格闘の腕はお姫サマってレベルじゃなかったけどな」

 

小さく呟く。ユウヤも、あの一騎打ちの勝敗が腕の差などと自惚れてはいなかった。

それまでの様子や戦術機の動きから、あの時に唯依が手加減していた事は察することは何となくだが理解出来ていた。

長刀のみという条件下で真正面から立ち会えば、1分で斬り捨てられるぐらいの差があることも分かっている。

その言葉を聞き逃さなかったヴィンセントは、驚いた表情を浮かべた後に、嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「なんだ、もう仲直りは済ませたのか?」

 

「そんなんじゃねーよ。ただ、開発衛士としての義務を果たしてるだけだ。あとは………認めるべき所から目を逸らしたくないんだよ」

 

そうでなければ、故郷にいたジュニアスクールのガキどもと同じだ。忌々しげに呟くユウヤに、ヴィンセントはため息をついた。

 

「まったまた、本当にユウヤくんは素直じゃねーなあ」

 

ヴィンセントは皮肉を言う。内心では、喜んでいた。

これは傍目には小さな一歩かもしれないが、相応の時間を一緒に過ごしてきた自分にとっては間違いなく大きな一歩であると心の中でガッツポーズさえしていた。

ユーコンに来た当初に見た、ニホンジンがーと頭ごなしに否定する計画的観点から見て処置なしと言える衛士は、もう居ないのだ。

 

「認める気になったのか?」

 

「別に。ただ、日本人にも………変な奴が居るしな」

 

視線の先には、相当な重量物を軽く持ち上げている男がいた。

周囲に居る整備兵から喝采を受けつつも雑務をこなすその姿は、およそ腕の立つ衛士とは思えなかった。

そう、自分の見てきた衛士の中でも有数の腕を持っているタリサを完封したような、腕利きには到底見えないのだ。

 

「あいつか。っと、なんならあの感覚について一度聞いてみちゃどうだ? 唯依姫には聞き辛いだろうしな」

 

「………まあな」

 

ユウヤは唯依の事に関してだけ、素直に頷いた。つい先日まで意地の張り合いをしていた相手であり、全てではないが見当違いな意見を偏見のままに叩きつけていた相手である。それどころか年下であり、異性でもある衛士だ。

素直に質問をできるほどに距離が縮まった訳ではない。

 

それでも、小碓四郎という男も日本人である。ならば長刀の扱いや、日本製の戦術機に関してある程度の知識は持っている筈だ。

逡巡するユウヤだが、それを横目にヴィンセントは大声で呼びつけた。

 

「って反応鈍いな………あ、来た」

 

「ローウェル軍曹、何か仕事でも………あ、それともブリッジス少尉の方ですか」

 

武は何の他意もなく話しかけると、ユウヤの方を見た。その視線を受けたユウヤは、罰の悪い顔で言う。

 

「一応、礼を言おうと思ってな。あと………あの時は悪かった」

 

流石にポリ容器をぶつけた事に関しては謝るべきだ。そう思っての言葉に、武はああと頷いた。

 

「いやあれはタイミングが悪かっただけの不幸な事故ですから、気にしちゃいませんよ。それとも、どこぞのサッカー選手志望の衛士のように自分の頭を狙って蹴ったとかおっしゃる?」

 

「まさか、偶然だ。間が悪いってのは同感だがな。礼については………アドバイスの事だ」

 

あの時のあの助言がなかったら、もしかしたら。

そう告げるユウヤに、武は笑みを返した。

 

「どういたしまして。でも、本当の意味での礼は要らないですよ。所詮は自分のためですから」

 

「自分の………ああ、XFJ計画が成功して喜ぶのは軍曹の居る日本だもんな」

 

ヴィンセントの言葉に、武はええと頷いた。

不知火・弐型の開発が成功して最も利益を受けられるのは、他ならぬ日本だ。そのための協力であれば何の労力も惜しまないのは、計画に一部でも参加している日本人であれば当然の事なのだ。

 

「あとは周囲へのフォローに奔走していたローウェル軍曹のアシストですかね。たまーに胃のあたりを押さえてましたから」

 

「く~っ、お前めちゃくちゃ良い奴だな!」

 

ヴィンセントは感激して、武の背中をバンバンと叩いた。それを見たユウヤは複雑な表情になっているが、気がつかないまま言葉を続けた。

 

「あんだけ走り回ったってのに、他の整備兵と違って動き鈍らねえし。なんだ、暑いのに慣れてんのか?」

 

「まあ………本当に色々な所に行きましたからね。環境と気候の変化に関しては、一家言あります。あ、でもローウェル軍曹とブリッジス少尉も、暑さには慣れっこだぜって顔してますよね」

 

「俺達はグルームレイクに居たからな。真夏のあそこは本当に地獄だったぜ」

 

「湿気がある分、また別の辛さがあるけどな。シローもそういった場所で戦った事があるのか?」

 

日本と繋がりが深いのは大東亜連合である。ならばそこに異動させられた事でもあるのか、とヴィンセントが何の気なしにたずねる。

対する武は、そんな所ですと曖昧に返した。

 

まさか、正直に話す事はできない。それどころか、別の世界まで行きましたーとか狂人の戯言にしか聞こえないのだ。

武は用事はそれだけですかと少し焦った様子で離れようとする。そこに、ヴィンセントが慌てて説明を加えた。

 

ユウヤはあの時の感覚がどういったものなのか、その取っ掛かりとなり得る情報が欲しいのだと。

 

(ここで答えを言うのは簡単だけど………)

 

ユウヤの事だから、理由を聞けばすぐモノにできるだろう。だが、そうならない可能性も十分にあった。

自分で答えに辿り着いた上に納得して初めて、理解と言えるのだ。そしてユウヤ・ブリッジスはその理解に執着している部分があり、人からの助言を少し違った方向に受け取る悪癖があった。

武はあちらの世界でのユウヤと出会っている。一年にも満たない期間であるが、接してきた経験があるのだ。

 

だから、目的に沿うような回答をすることにした。

 

「いえ、自分など。それに関しては………篁中尉に聞かれた方が良いと思います。自分は、道場で正規の剣術を学んだ経験はありませんし」

 

ユウヤは武の言葉を聞いて驚いた。正規の剣術を学んでいないという点が、予想外だったのだ。

ヴィンセントも同じで、日本人であれば誰もが長刀の扱いを子供の頃より叩き込まれていると思い込んでいた。

武は、武家ならばともかくと帝国における衛士の技術について問題のない範囲で説明をした。

少なくとも、日本人全員が長刀サイコーと叫んでいる訳ではなく、苦手としている衛士も存在していると。

 

「そうした、勘違いによるズレもありますし。ここは腹を決めて、篁中尉と話をするべきでは?」

 

「ズレと………勘違い?」

 

「言っちゃなんですが、お二人は会話が少なすぎであると思うんですよ。あ、言葉の殴り合いは会話とも対話とも呼びませんよ」

 

お互いに知らない所が色々とあるだろう。そう指摘されたユウヤは言葉に詰まり、聞いていたヴィンセントはうんうんと頷いた。

一番にユウヤと唯依の会話を聞いていたのはヴィンセントだが、彼の目から見ても二人は確かに戦術機に関する話しかしておらず、それも一方的に言葉をぶつけあうコミュニケーションしか取っていなかった。

 

『と、篁中尉も気にしているようですし』

 

小声で話しながら、さり気なく後ろを指さす武。その背後には、ちらちらとこちらの様子を伺っている黒髪の衛士の姿があった。

ユウヤはそれを視界におさめた後、内心で踏ん切りがつかないまでも小さく頷いた。借りを返すという意味もあって、一度アドバイスを素直に受け入れてみようかという気持ちになったのだ。

 

「だが、あっちの方から断ってきたらそれまでだ。頭を下げるつもりもないぜ」

 

「まあ、そうなるでしょうね。篁中尉も意固地になる所がありますし」

 

武は聞こえるように、小さく呟いた。なにせ彼女は堅物過ぎて、水着を着るかどうかが賭けとして成立する程だ。

柔軟な思考を持っているようで持っていない。なら、と武は言った。

 

「そういう時は、こう思って下さい――――篁中尉もブリッジス少尉と同じで、素直になるのが下手なだけなんだと」

 

「っ、てめっ!」

 

「あ! 俺ちょっとオルソン大尉に呼ばれてますんで、じゃあ!」

 

武は怒るユウヤを置き去りに、颯爽とその場から去っていった。

遠ざかっていく背中を見ながら、ヴィンセントは言う。

 

「へえ、やるな。この短時間で、ユウヤの性格を見抜くとは」

 

「…………うるせえ」

 

「で、素直になれないブリッジス少尉はどうするんだ?」

 

素直になるのか、とからかうように尋ねるヴィンセント。

 

ユウヤは不機嫌な表情を顕にしながらも、機会があったら話してはみるさと答えた。

 

 

 

 

 

 

―――――その夜。

男の義務と浪漫を敢行しようとしたイタリア人が火傷を負うなどのアクシデントはあったが、撮影は無事に終了した。

その後にアルゴス試験小隊とイーダル試験小隊は、打ち上げの宴会を行うこととなった。

 

場所は海の上に浮かぶコテージ、その中間にある広場の上だ。星がよく見える夜空の下で、国連軍の広報官たるオルソン大尉の音頭と共に、乾杯の声が唱和される。懇親な付き合いをしているとポーズを取るためのものであったが、全てが建前ではない。

親交を深める意図もある宴会の中、計画の主要人物である1人の女性は物憂げに暗い海を見つめていた。

 

(私は………駄目だな)

 

唯依は先日の、自分が提案した偽装模擬戦に至った経緯の事を考えていた。実際に命がかかっている実戦、という舞台を演出した上でのテスト。強引すぎる手法であったが、結果は十二分に得られたものと思っている。だが、そうしなければ結果が得られなかった事は事実として存在する。ユウヤ・ブリッジスという衛士が近接兵装を使いをこなすに足る技量を持っていることも。

 

もしも、そうしたリスクの高い手段を取らなくても済むように意思疎通が取れていたら。

変な疑念やすれ違いを生じさせることなく、次の段階に進めることができていたら。

 

(無手の衛士を相手に、刀で脅すような真似をせずに済んだ。小碓軍曹にしても………)

 

素性の怪しい所はあるが、小碓四郎の助力が自分の目的の助けになった事は確かである。

無茶を要求したのも自分である。なのに自分はそんな彼に、連帯責任として罰を負わせているのだ。

 

ヴィンセント・ローウェルに対してもそうだった。素直に謝罪を示した自分に対し、ヴィンセントは許しを示した。

F-15ACTVに傷をつけたことに関して、怒ってはいないという。

悪意あっての行動ではなく、計画の成功を思っての行動に自分たちが文句をいう道理はないと。

 

小碓軍曹と直接対峙した3人も、怒るようなことではない、むしろ良い刺激になったと礼を言われた。

少し歯に引っかかるような物言いであったが、蒸し返して責任を追求するような真似はしないとの言葉は得ている。

やりようによっては外交問題に発展させて自国に利益をもたらせる事も可能だというのに。

あれ以来、ユウヤは変わった。無茶をした甲斐はあったというものだが、そもそもその無茶を強いたのは自分の不甲斐なさが原因なのだ。

 

(落ち込んでいるだけでは、何も解決しない。分かってはいるのだが………)

 

唯依は懐中時計を取り出して、見つめた。これは父・祐唯より借りているもので、74式長刀の開発に携わった者のみに与えられた大事なものだ。それを見つめることで、日本に居る父の偉大さを感じることができる。だが、この場においては自分の情けなさを自覚させられるだけにしかならない。

 

「なに1人で黄昏れてるんですか中尉、もう夜ですよ?」

 

「っ!?」

 

唯依は突然かけられた声に驚き、懐中時計を落としそうになった。が、すんでの所で持ち直して何とか海に落ちることだけは避けた。

 

「………小碓軍曹」

 

「いや、そんなに驚くとは思わなくて」

 

振り返った先には、皿を持った男が居た。上には焼けた肉が乗っている。

 

「それは?」

 

「バーベキューで焼いた肉ですよ。ブレーメル少尉から預かってきました」

 

美味しいですよ、と武は言う。材料は合成肉や培養した野菜であり天然物に比べれば味は格段に落ちるが、こういった空気の中で食べると多少は誤魔化されるものだ。

 

「料理は一手間かけるだけで、人の温もりを感じることができる。そういった少尉の気持ちがこもった肉ですよ」

 

「ああ………頂こう」

 

唯依は受け取ると、食べ始めた。日本でも食べ慣れた肉の味だ。味に関しては食料プラントの質に落ちるこちらの方が下であると言えるかもしれない。

だが確かに、普段とは違う何かを感じられた。

 

「1人で食べると味気ないですけど、誰かが居るだけで美味しく感じられる。空の下なら、もっと」

 

「確かに、そうだな…………誰かと空の下で、か」

 

唯依は子供の頃を思い出していた。京都が陥落する前に、家族で行った縁日でのことだ。

屋台で買ったものを、歩きながら父や母と一緒に食べていた。当時の家で食べていたものとは違い、材料も悪いものらしかったが、それでも美味しいと笑えたのだ。

顔を上げれば、交歓会を楽しんでいる者たちの顔が見える。唯依はその光景に、全く同じではないが縁日で祭りを楽しんでいる人達と重なる部分を感じた。

 

武は唯依の空気が若干柔らかくなるのを感じ、提案を切り出そうとした。

ユウヤと話をして、今後の事などや意見のすり合わせを、と。

 

交歓会といえど、相手はイーダル試験小隊である必要はない。元々がそういった意図も含められているのだ。

南国でやや開放的になった事で、含むもののない言葉も交わすことができるだろう。

 

――――そう目論んでの言葉は、怒声にかき消された。

 

 

「なんだよっ! 人が折角謝ってやってんのにその態度は!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タリサは怒っていた。交歓会の意味を理解した上で、先日の件にケジメをつけようとしていたからだ。

あれは事故であり、仕掛けたのは目の前に居る紅の姉妹の片割れの方であるが、それでも自分が挑発を行ったのも事実である。

だから肉を渡しながら嫌々でも謝罪の言葉を伝えようとして、その時だった。

 

睨みつけられると同時に、「あっちにいって、ちかよらないで、はなれて」と言われたのは。

 

「何とかいえよっ!」

 

「あやまってないもん………だから」

 

「なんだよ、はっきり言えよ!」

 

「あなたにあやまられるりゆうがない。そんなの、じこまんぞくにすぎないってじぶんでもわかってるのに」

 

「っ、んだとぉ!?」

 

図星をつかれた形になったタリサは、声を荒らげた。掴みかかるまではしないものの、冷静さを保とうという意志が飛んでいった瞬間だった。

 

「だって、ちがうもん」

 

「なにがだよ!」

 

「わたしも、くりすかも………つまらなくなんて、ない!」

 

反論するイーニァ。そこに、紅の姉妹のもう片方が駆けつけた。

 

「イーニァになにをしている?!」

 

「見りゃ分かんだろ!売られた喧嘩を勝ってんだよ!」

 

タリサは腕まくりをしながら答えた。それを見たクリスカは睨み返し、イーニァはクリスカの背中に隠れた。

 

「なにか、いやなかんじがする」

 

イーニァはつぶやくと、小刻みに震えはじめた。

それを見たクリスカは更に視線を鋭くしながら、タリサとフォローに入ろうとしていたステラを睨みつけた。

 

「これは何かの罠なのか? お前たち、一体何が目的だ!」

 

「わ、罠ぁ?」

 

突拍子もない言葉に、ステラの更に後ろに居たヴィンセントとヴァレリオが意味不明だと答える。

だが、クリスカは自分だけに確信できる何かがあるように、目の前に居る全てに敵意を燃やした。

 

そこに、武と唯依がかけつけた。二人が最初に見たのは、苛立ちと共にクリスカに話しかけるステラの姿だった。

何も企んでもいないし、タリサは交歓会の目的を果たそうとしていただけだと。

対するクリスカは、それを完全に否定した。何か目論見があり、自分たちを嵌めようとしているとの証拠があるような態度で反論する。

 

何かが噛み合わない会話。それを聞いていた周囲の整備兵や衛士も、止める切っ掛けが得られない。

その中に飛び込んだ者、ただ1人を除いては。

 

「ちょ――――ちょっと、待って!」

 

「………しろー?」

 

「っ、お前!」

 

じっと見つめてくるイーニァに、何故か怒声を飛ばしてくるタリサ。

 

「っ、貴様は変質者の!」

 

「………変質者?」

 

怒りを強めるクリスカに、突如出てきた訳の分からない単語を訝しむ唯依。だが庇うようにしてイーニァの前に立ったクリスカと、昨日の出来事を思い出した唯依は疑いの視線を武に向けた。

 

「んだよ、まさかこいつの味方をするんじゃねえだろうなっ!」

 

「しろー………」

 

「貴様、イーニァに何を!」

 

「何をしたのか聞かせてもらおうか、軍曹」

 

怒る三人に、助けを求めてくる1人。武はどうしてこうなった、と思いつつも横にちらと視線をやった。

その先にはユウヤの姿が。それを受けたユウヤは、あーと言いながら前に出た。

 

「変質者ってのは誤解だ。タリサもそこまでにしとけよ」

 

「んだよ、トップガン! ここで裏切んのかよ!」

 

「誰かトップガンだ。いいから、これ以上揉めても――――」

 

という言葉で収まるような場ではない。ユウヤはどうしたものかと悩み、そこに場を包み込む怒声が発せられた。

 

 

「――――やめんか貴様等ッ!」

 

 

大尉のお言葉を忘れたのか、という尤もな正論にその場は収められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日のこと。武は海上に浮かぶゴムボードの上に居た。軍用の6人乗りという、無駄に大きな乗り物の中心で空を仰いでいる。

隣には、昨夜の喧嘩の発端であるタリサが居た。

 

「どうしてこうなった」

 

整備兵なのに、という文句は封殺された。武はこの組み合わせが、先の模擬戦でのいざこざを解消するための粋なはからいだと考えていたが、心の底から大きなお世話だと発案者であるイブラヒムに呪いを飛ばした。

 

「なんだよ、陸の方を………お前もあっちに参加したかったのか?」

 

陸の方にはステラを含む女性衛士や、CP将校であるラワヌナンド達がビーチバレーをしていた。

昨夜にオルソン大尉が提案した、『無益な争いより有意義な親交を』という題目に則った結果だ。

ゴムボートでの競争もその一つだった。

 

「いや、まあ。というかなんで整備兵の俺が参加させられているんですか?」

 

「アタシに聞くなよ。あと、敬語はいいよ。何かアンタに敬語使われてると、気持ち悪くなるんだ」

 

酷え、ていうか鋭え。武は冷や汗を流しながらも、お言葉に甘えさせてもらうことにした。

ふとした事でタメ口を利いてしまいそうになって、いつやらかしてしまうか戦々恐々だったのだ。

 

(でも、何を話せばいいのやら)

 

印象操作のお陰で正体がばれる可能性は小さくなった。武は夕呼より、自分の存在がどういったものになっているのか説明を受けていたのだ。世界を越えた影響を。

 

(1、印象に残っていない相手なら記憶から抹消されている。2、印象に残っている相手でも白銀武または鉄大和の死亡を知っている者であれば早々に思い出さない、だったか)

 

そして、最も危険であり正体がばれる可能性が極めて高い3。

これはこのユーコンに居る誰にも当てはまらない条件であり、心配する必要はないことだ。

 

――――と、安心している武にタリサは告げた。

 

「ん~………アンタ、どこかで会ったことあったっけ?」

 

とても嫌そうな表情で尋ねてくるタリサに、武は慌てて否定した。

 

「でも、何か引っかかるんだよね。こう、海の上にって状況で」

 

「は、ははは」

 

武は誤魔化すように笑った。確かに、アンダマン島のパルサ・キャンプに居た頃にこうしてタリサと一緒に海に遊びに来たことがあるからだ。

このままタリサを喋らせっぱなしにすると拙い気がする。武はそう判断して、話題を逸らした。

 

「そういえば………あの時のことは」

 

「すみません、なんて間違っても言うなよ」

 

「いや、そのつもりは。ただ、怪我は無かったかなぁと」

 

敗者に謝るという行為は、傷口に塩を擦り込むも同じ。どんな経緯があれ、タリサがあの時の事で自分の失態と敗北を認識しているのは武も察する事ができていた。

 

「………綺麗に転がされたからね」

 

タリサは後から聞いた報告を思い出し、口を尖らせた。ヴィンセント達に聞いたのだ。突進の勢いを載せた自分の短刀の一撃、それは不知火の中刀で受け止められた時に完全に殺されたとのこと。

そのまま、慣性を横に逸らされた上に手首を押されて、くるりと一回転。側面から地面に叩きつけられ、その衝撃でタリサは気を失ってしまったのだと。タリサは最初にそれを聞いた時は、恥ずかしさのあまり地面に転がって悶絶しそうになっていた。

挑発に乗って猪のように突っ込んだ挙句に、それを制されたどころかほぼ無傷で取り押さえられたのだ。

 

「そういえばさあ。アンタ、あの時アタシになんて言ったんだ」

 

タリサは気絶した衝撃のせいか、何を言われたのか忘れてしまっていた。ただ、物凄く腹の立つ言葉だったことは覚えている。

 

「いやあ。ここでそれを言うと、冗談抜きで海に叩き落とされそうだし」

 

「ふん。でも、随分と手慣れてたねアンタ」

 

対人戦においての挑発という行為は有効な戦術であった。

相手がベテランや熟年者層であれば話が違ってくるが、若年者が多い戦術機甲部隊においては悪くない手段として認識されている。

なにせ無料で相手の連携を崩したり、判断力を奪うことができるのだから。

 

「ドーゥル中尉にも指摘されたけど、たまたまだって。同期………同じ隊の仲間内じゃあ普通にやってた事だから」

 

負けん気が強い相手だったし、と武は誤魔化した。タリサはそれを鵜呑みにはしなかった。

あの実戦に近い状況でさらっとそうした手法を使って崩す、という発想が出てくる方がおかしいのだ。それも当然のように行ってくることなど。

対人戦の経験など普通の衛士にあるはずがないのだから。

 

だが、タリサはそれ以上追求することはやめた。気に食わないことは多く、目の前の人物はいかにも怪しすぎる。

身体を見れば分かることだ。極限まで絞られた見事な筋肉に、大小の傷が見られる。

銃創こそないが、破損したコックピットの破片により出来た傷に似ている。その数は、不自然と言える程に多すぎた。

 

だが、戦って負けたのは自分だ。目の前の相手の過去に関係はない。

それだけは事実で、その原因を他所から見つけてくることは愚かな行為だと思っているからだ。

 

「アタシは、強くなきゃならないってのに」

 

世界の米軍、その中でもトップクラスだというユウヤ・ブリッジスと同等の勝負が出来て調子に乗っていたのかもしれない。タリサはそう思い、自分を恥じた。そして、向こうにあるボートの方を睨みつける。

 

そこには、同じようにボートレースに参加させられている唯依と、クリスカの姿があった。

 

「へっ。あんな奴らに負けてるってのに、油断もないか」

 

自嘲するその様子は、相応しくない。少なくとも自分の知っている彼女には。

そう思った武は、クリスカの方を凝視するタリサに尋ねた。

 

「そういえば………昨日の事だけど。なんであの二人と喧嘩になったんだ? そもそもの発端は、ブリッジス少尉が着任する時に起きた諍いのせいらしいけど」

 

イーニァは自分から喧嘩を売るような性格ではない。武はそれをよく知っていた。

タリサも、無意味に誰彼構わず敵意をばらまくような馬鹿ではない。少なくとも自分の知っている姉弟子は。

だからこそ不思議に思ったのだが、タリサは気まずげに口を閉ざした。

 

あ~、と何やら自己嫌悪の様子。そしてタリサは、罰の悪い表情のまま言った。

 

「………だよ」

 

「え?」

 

「詰まらねえ、哀れで可哀想な奴らだって言ったんだよ! ………あの二人にな。これ以上は言いたくない」

 

「いや、そこを何とか。ていうか親交深めるって目的がパァになったし、そこははっきりしとかないと」

 

口にしてみれば整理もつく、少なくとも自分はそうだった。

経験者は語るというような口調で告げられたタリサは、海の上の開放感もあってか、渋々ながらに話し始めた。

 

「あのさ。アタシに、その………ソ連出身の友達が居る、って聞いたら信じるか?」

 

「うん」

 

何を当然、というふうに武は頷いた。タリサはまさかノータイムで肯定が返ってくると思わず、目を丸くした。

 

「あの二人以外、って意味ですよね」

 

「当たり前だろ。で、そいつは行方不明で………でも、もしかしたらって」

 

MIAであり、KIAではない。もしかしたら、祖国で生きているのかもしれない。

そう思ったタリサは広報任務で一緒になったクリスカとイーニァに尋ねたのだ。

だが、返ってくる言葉はなしの礫どころか、敵意ある反論だった。

 

――――祖国より外に、東南アジアなどに協力したその者は恥知らずだ。

死んだのも、相応の原因があってのこと。むしろ、そうなるのが当然だったのだと。

ソ連人としての恥とまで言われたタリサは、激昂した。反論をして、売り言葉に買い言葉。

 

「………でも、昨日と同じだった。あいつら馬鹿みたいに繰り返すだけなんだよ。同志のため、祖国のために戦うのが義務であるとかなんとか。取り付くしまもなかった」

 

上官の命令は絶対である。国を守ることも。

それは軍人として当然の事であるが、タリサはどうしてかその言葉を受け入れられなかったという。

 

「なんていうか、会話にならないんだ。何を話しても手応えがなくて………人形と話してるみたいだった」

 

「それで、さっきの言葉ですか」

 

「まあ、言い過ぎだってのは分かってるんだけどね」

 

反省はしているが、そのことに関してだけは素直に謝る事はできないらしい。

武はそれで、イーニァが反論した理由を察した。背景を知っていれば理解できる話だ。

 

彼女達は決して、可哀想であってはならないのだ。党にとって重要であり、有用でなければならない。間違っても存在価値の無いような、詰まらない、必要のない存在であってはならない。

 

「でも、流石にそれは言い過ぎだと思ったから謝ろうと――――ああ、それで昨夜の喧嘩ですか」

 

仲直りの握手は振り払われ、それどころか敵意さえ飛んできた。そこでタリサが引き下がれる筈がない。なぜなら、と考えた所で武は頭を抱えた。これ間違いなく、サーシャが原因になってるよな、と。タリサは無言で唸っている武を見て、また口を尖らせた。

 

「なんだよ、折角話したのに…………協調の精神を重要視する日本人サマにとっては、くだらなくて馬鹿らしい話だったか?」

 

「いや、くだらなくも馬鹿らしくもない。でもちょっとややこしい話だなあと」

 

なにせ双方の内心を知っている者からすれば、頭を抱える以外の行動が取れないほどにこんがらがっているのだ。

どちらも退く理由がないし、その切っ掛けさえ得られない。武は衝動的に海に飛び込みたくなった。

 

(ここに来た目的は、篁中尉とユウヤのフォローだってのに)

 

何やら別方向から問題が。それも、自分の知っている者同士で角を突っつきあわせている。

武はひとまず、諦めることにした。この問題は早急に対処できるものではないと判断したのだ。

 

(それに………あれがサンダーク中尉か)

 

昨夜の交歓会の中で、クリスカの隣でこちらを観察するように視線を飛ばしてきていた人物の事もある。

名前を、イェージー・サンダーク。ソ連側の例の計画の中心人物であり、かなりのキレ者だという。衛士としての技量も高く、間違っても油断できるような相手ではないとの情報は得られている。

イーニァとクリスカは、そのような難物に見守られているのだ。迂闊に手を出せば腕ごと切り落とされるだろう。

見たところは、生身でも相当なものだ。元は諜報員として活動していたような節が見られる。武はサンダークを、自称サラリーマンの変人程ではないが、白兵戦で自分が敵うようなレベルではないと見ていた。

 

そうと決まれば、この話を続けるのは得策ではない。そう判断した武は、さりげなく話をタリサ自身の方に切り替えていった。

大東亜連合と、彼女が言う戦術機の知識における先生についてだ。日本とあっちの国々との関係を考えれば、別におかしい話題ではない。

 

「あっちの方じゃあ、ここ数年で日本人が10倍に増えたって聞いたけど。やっぱり移民が増えすぎるって問題多い?」

 

「メリットとデメリットで相殺してるって聞くな。それでも、日本人抜きじゃ悲願だった国産の第三世代機は完成しなかっただろうし」

 

大東亜連合はそれなりの戦力を持っているとはいえ、戦術機開発に関しては日本や欧州、米国より1歩どころか2歩後退した位置に居たのは周知の事実だった。

それを引き上げたのが、帝国の技術者である。

 

「噂の第三世代機………型式はE-04、俗称は確か《ブラック・キャット》だったか」

 

大東亜連合成立から4年後である2000年に完成したから、04。Eは東であるEastの頭文字だという。廃案となった試験機が3機あったからという理由もあるとも言われている。実際の性能を知る者は少ないが、機動性に優れている上に大変燃費が良い、相当な性能を持つ機体らしい。

 

「俗称の由来は、あれですか? 敵に不吉を報せるっていう」

 

眼前に戦う人類の敵であるBETAに、不吉と凶報を。そういった願いが篭められているのだろうと予想した武だが、タリサは否定した。

 

「いや、そういった意味もあるんだろうけどな。これも噂だけど、俗称は元帥が決めたらしい」

 

武はそれを聞いて納得した。かの有名な元帥閣下、アルシンハ・シェーカルは大東亜の黒虎と呼ばれているのだ。アルシンハとは、サンスクリット語で『獅子』を意味する。それが虎になったのは、インド人だからだろう。アフリカに居れば、黒獅子と呼ばれていたかもしれないが。いずれにしても、猫科に分類される生き物だ。

 

つまりは、黒=ブラックで、虎=キャットなのだろう。ブラック・タイガーにしなかった理由は言わずもがなである。

 

(なんだかんだ言って、熱狂的な支持を持ってるからなあ)

 

複雑な表情をする武。タリサはそれを見て、嫌な顔をした。

 

「功績は一等の、文句なしの人だろ。確かに腹黒いって噂はあるけど…………孤児院の件で世話になったし、悪い人じゃない」

 

「孤児院? って、マナンダル少尉はパルサ・キャンプの出身だったような」

 

「そうだけど、なんでアンタがそれを知ってるんだ?」

 

「え。いやだって、少尉はネパール人で、その年齢なら普通はパルサ・キャンプに」

 

言い訳をするような武に、タリサは疑わしげな表情を見せた。

それでも、怪しむというような言葉でもない。東南アジアの軍事情をそれなりに知っている者であれば、常識の範疇である。

ひとまずはそうか、と頷いてタリサは言った。自分が孤児院に入った訳じゃないと。

 

「世話になってるのはアタシの弟だ。手間のかかる、あいつみたいな…………っ!?」

 

と、タリサは視線をユウヤ達の居る方向に向ける。そこで、顔色が変わった。

 

「おい、あれ――――」

 

「ああ、様子がおかしいな」

 

見れば、ユウヤとヴィンセントが乗っているはずのボートには、1人しかいなかった。

そして、遠くを見れば何やらボートに屈みこんでいる唯依とユウヤの姿があった。

遠くには、いかにもな黒い雲があった。

 

 

「………一雨、くるな」

 

 

よく似ている気候を知るタリサの言葉に、武もまた即座に頷いていた。

 

 

 




お待たせしました。年度末進行、ようやっと仕事落ち着きました。
更新を再会します。

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