Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

113 / 275
7話 : 狼煙 ~ signal ~

「つくづく感じますよ。俺は嘘つき野郎になったんだって」

 

「あら、嘘も方便と言うじゃない。それにアンタの心労一つで安心が買えるのなら、安いものでしょ? 手札を容易に晒してカモになるより、何万倍もお得じゃない」

 

「はー………さっすが、1人で帝国軍や斯衛と渡り合ってきた人ですね。実績から来る説得力が半端ないです」

 

「皮肉はいいから納得しなさい。出来ないまでも、外に出すのはやめなさい」

 

「それは甘えだからですか………ちなみに先生にだけは甘えてもいいですかね?」

 

「お断りよ。私は安い女じゃないわ。それに癪に障るけど、アンタも安い男なんて言わせないわよ」

 

「………おっしゃりたい事は分かってますよ―――シルヴィオの、ムッツリグラサン野郎の件は頼みました」

 

「言われなくても準備は万端よ。例の衣装も、ようやく完成したしね」

 

「あー、あれですか。ていうか本気ですか?じゃんけんに負けた人には同情しますよ………つーか、先生も遊び心を忘れない人ですよね」

 

「覚えておきなさい、白銀。遊べる内に遊んでおくのが長生きするコツよ。辛気臭い空気ばら撒くのも無意味で生産性のない行為だし」

 

「………同意は止めて、神宮司軍曹に同情しておきます。まあ一緒にはっちゃけられても困るんですけど………いや、酒の力を借りれば互角かな」

 

「それだけは止めなさい。基地諸共に消し飛ぶわよ」

 

「そこまで!?」

 

 

そうして、冗談の飛ばし合いは終わった。

 

 

「行って来なさい。これを読んでからね」

 

夕呼が手渡したのは、プロミネンス計画に参加している衛士の名簿だった。武はその中にある欧州の部隊の名前を見て呻いた。

 

「………え゛っ。ちょ、マジで?」

 

「言っとくけど嘘じゃないわよ………あんた、ほんといい加減にしなさい。女だけじゃなくて、トラブルも惹きつけないと気がすまないの?」

 

「ご、誤解ですって! いや、でも、これは好機かも」

 

「――――そうね。すぐに気づけた事に関しては、合格点を上げるわ。気づかないようなら、鼻で笑ってたけど」

 

 

夕呼は不敵な笑いを、武は思案の面持ちを。

 

最後に、夕呼が告げた。

 

 

 

「あっちの方の仕込みの第二段階。その下準備を済ませるわよ」

 

 

「了解です、夕呼先生」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「監視員………ですか?」

 

「ああ。電磁投射砲の防衛及び調整、必要になれば破壊する人員を派遣する。それが条件だ」

 

「分かりました」

 

唯依は告げられた内容に、戸惑いながらも頷いた。

確かに、軍事機密とも言える新兵器を他国に配備するというのだから、そうした人員も配属されるのは当たり前なのかもしれない。

 

「人員は1人。現地の基地にて合流するとのことだ」

 

「了解しました。ありがとうございます」

 

唯依は敬礼しながら、心からの感謝を示した。自分でも無茶だと思っている要求を文句の一つも言わずに通してくれたのだから。

あとは、これで。決意する唯依だが、そこにかけられる声があった。

 

「………極東ソビエト戦線の要衝だ。何が起きてもおかしくはない、という心構えだけはしておけ」

 

同じ最前線でも、日本のものと大陸のそれとは異なる部分が多いと。

 

経験者からのアドバイスに、唯依は敬礼をして応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2001年、8月3日。アルゴス小隊はペトロパブロフスク・カムチャツキー基地に向かう船の上にあった。

ユウヤとヴィンセントは舷側から見える存在感のある山に圧倒されながら、急に冷え込んだ空気を感じていた。

 

グアドループのような自然美などどこにも見られない、淀んだ色の海と鼻につく潮と何かが混ざった嫌悪感だけしか湧かない臭い。

その原因である崩れた桟橋や打ち捨てられた古い軍用艦も、その上に広がる空もなにもかもが一言で言い表される。

暗い。あるいは、辛気臭い。

 

「だけどよ。ゴミであっても物があるってことは………ここがまだ人類の領域だって証拠だよな」

 

「ああ。それに、あの山は………」

 

BETAに支配されている地域は、荒野しかない。建物どころか山さえも平らげられて、何もない荒涼とした平地しか残っていないのだ。

こちらの都合や感傷には全く斟酌してくれない。思い入れのある風景や建物、動物さえもBETAは呑み込んでしまうのだ。

光景に見る色と同じく、命の少ない寂しい世界。ユウヤは直感的にだが、そんな感想を抱いていた。

 

(クリスカの言う事も………間違ってない。無理もねえよな、こんな光景を見せられたんじゃ)

 

ユウヤは先日にクリスカと会った時のことを思い出していた。

偶然に基地の中で出会い、リルフォートで少し話さないかと誘ったが断られてしまった時に、クリスカは苛立ちと共に自分の主張を声にしてきたのだ。

祖国奪還の悲願を一刻でも早く叶えるために、最も必要とされている最新鋭の戦術機を完成させて、今も戦っている同志の元に送り届ける。

ユウヤは反論として、それは衛士としての義務だろうが、切羽詰まった状況や精神的に余裕の無い状況じゃあ見当違いのアイデアしか出てこない。

整備兵や同じ隊の仲間とのコミュニケーションも、開発計画における重要なプロセスの一つだと告げた。

 

だが、この世界を。死の世界を見せられてからは、その主張が全面的に正しいものだとは思えなくなっていた。

 

(でもよ。1人で思いつめてたって、空回りするだけだぜ)

 

ユウヤはクリスカに、どこか自分と似た部分があるのを感じ取っていた。

観念は人によって違うのが当たり前であり、たとえ同じ国の人間でも価値観が同じとは限らないのだ。

それを同じに扱ってしまうと軋轢を産んだり、無意味な時間のロスにも繋がる。

ここ一ヶ月の間に学んだ大きな実体験があり、だからこそユウヤは自分と同じ過ちを犯しているように見えるクリスカの事が放っておけなかった。

 

「ユウヤ、どうした黙っちまって………お、もしかして女のことでも考えてんのか?」

 

「な、何でもねえよ」

 

「どもったって事は当たらずといえども遠からずか。初の実戦を前にして、神経が太いねえ。まあ、現状の不知火・弐型を考えれば分かるけどよ」

 

「そんなんじゃねえよ。ただ、この光景を見せられるとな」

 

色々と考えちまうぜ、とは小さく声に。

見ているだけで何も出来ないと気が滅入っていく一方だから、さっさと最前線に放り出して欲しいとは内心だけで呟いた。

 

そして、視線をさっきから黙りこんでいるヴィンセントに向けた。

 

「なんだ、シケた面して。別にこの風景にまで合わせる必要はないだろ」

 

「おまえな………いや、おまえらしい言葉だよ」

 

「口数も少ねえな。そりゃあ俺も強化モジュールの組み込みがこの遠征の後に回されたのは残念だって思うけど、ここまで来ちまったからには仕方ねえだろ」

 

不知火・弐型には強化モジュールが三段階に分けて組み込まれる。ユウヤの仕事は1段階ごとに変わる機体の調整だ。

不知火と米国製のパーツとでマッチしない部分などを指摘して、ハイネマンや整備兵達が調整していく。

繰り返しながら、3段階目を目指す訳だ。今は1段階目――――フェイズ1と呼ばれる状態で、本来であればこの遠征の前にフェイズ2に移る予定だった。

だが、突如にその予定は変更になったのだ。最前線であるペトロパブロフスク・カムチャツキー基地において、生のBETAを相手に実戦での運用試験を行う。

 

ユウヤはそれを聞いた時に驚き不安を感じたが、同時に喜びも抱いていた。

死の危険はあるが、実戦は自分の糧になる。それはXFJ計画にも利になるものだと。

 

「………悪かったよ」

 

「あん、何がだよヴィンセント」

 

「俺も実戦経験がないから緊張してたんだけどよ。お前がそうやって乗り気なのに、俺が怖じ気づいてちゃ相棒失格だよなって。お前の方が何十倍も危険なのによ」

 

「いや………でも、覚悟しとこうぜ。それに俺達がここでヘタレな所を見せれば、米軍全体が腰抜け扱いされちまう」

 

プロミネンス計画に参加している衛士は各国の代表であり、顔となるのだ。そんなトップクラスの衛士が下手を打てば、その国はこんなレベルかと嘲笑されてしまう。

恐らくはそのドジッた衛士より下に居る、多くの人間でさえも。ヴィンセントもそれを分かっているので、ユウヤの言葉に笑顔で『そうだな』と答えた。

 

「おー、お熱いね。やっぱりユウヤの女に興味ない発言は本気だったンか?」

 

「ばっ、ちげーっての!」

 

「おいおい、二人の世界を作っておいてそりゃあないぜ。それともユウヤの興味は、前に聞いた通りあっちの方か?」

 

ヴァレリオが指差す先は、戦術機があるであろう場所だ。ユウヤはそれに対して、沈黙を貫いた。

先日もそうだが、今は不知火・弐型のことしか考えられないというのは嘘偽りのない本音だったからだ。

言葉を濁すユウヤ。そこで、船の中から寒そうにしながら出てくる姿があった。

 

「なんだ、寒いのかよチョビ」

 

気温はユーコンとほぼ一緒なのに、というユウヤの言葉にタリサは全然違うと答えた。

 

「鈍感だねー………とも言い難いか」

 

「何がだよ」

 

「べっつにー」

 

「私は平気だけどね」

 

「そりゃあ、ステラは平気だよな。遺伝子的にも慣れてそうだし」

 

「ふふ、そうね。でも、ユーコンより厳しいってのは同感だわ。ここはあそこより緯度が低いのに、ね」

 

「ああ、それなのにこの寒さ………質も違うよな。刺すような冷たさっていうのか?」

 

ヴィンセントの言葉に、ヴァレリオが答えた。ここはあの山のように自然が残っているが、ユーラシアでは荒れ地になってしまった場所の方が多い。

そのせいで気候が激変して、近くにあるこの基地周辺までがおかしくなってしまっていると。

 

「こっちは山が盾になってくれてるお陰で、最前線とは言い難いけどね」

 

「逆を言えば、山の向こう側が正真正銘の最前線って訳だな。ソ連軍と極東国連軍がBETAと殺し合ってる主戦場」

 

光線級の脅威が無い戦場は、本当の意味でのそれではない。言外に告げる内容に、ユウヤは息を呑んだ。

自身も光線級の脅威については、耳にタコが出来るほどに聞かされたのだ。それを考えると、山のこちらと向こうではそれこそ天国と地獄ぐらいの違いがあるだろう。

その会話の途中に、空気が震動した。距離的には遠いが、爆発音のようなものも聞こえる。ここが戦場であると、嫌でも認識させられる音だった。

 

(問題は………天国と呼べるぐらいのここでさえ、この光景と空気なのか)

 

厳密に言えば、あちらも天国であるかもしれない。エヴェンスク・ハイヴからは、何故か光線級が出てこないからだ。

その内心を見透かすように、タリサが告げた。

 

「まっ、ここも安心とは言い難いんだけどね。あっちの主戦場は光線級が出ないって話だけど、そんなの安心材料にならないし」

 

今は光線級が出ないということで、空軍が機能している。陸と空の両方の攻撃により、BETAの侵攻を押しとどめられているのだ。

だが、いつまでも光線級が出てこないとも限らない。その時には、山を越えてここが主戦場になってもおかしくはないのだ。

 

「っ、警報!」

 

「敵襲か!?」

 

ユウヤとヴィンセントが構えるが、タリサは空を指さした。全員は空を見上げると、そこには3機で編隊飛行をしている戦術機があった。

だが、3機編成とは変則的なものである。そう考えている内に、更に2機の戦術機が出てきたが――――

 

「向こうから帰還してきたのね………」

 

「元は、中隊かな」

 

ユウヤはタリサの言葉に、鼓動が一つ大きく跳ね上がるのを感じていた。

元は中隊、つまり12機というのであれば残りの7機は一体どこに行ったというのか。いや、大隊という可能性もある。

 

考えている内に、ヴァレリオの少し焦る声が。同時に、飛行している戦術機の一つが一際大きな爆発音を奏でた。

炎の赤に、白い煙。機体はそのまま失速し、地面と激突すると落下地点を黒い煙で染めていった。

緊急脱出したようにも思えない。出来なかったという方が正しいか。

 

隣では、実戦を経験している3人の冷静な分析があった。胸部ブロック付近に要撃級の一撃が直撃すれば、別段おかしくない話だという。

日常のように語られる内容に、ユウヤは実戦経験の有無の差を肌で実感させられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北東ソビエト最終防衛線を支える重要拠点である基地。

ここは国連の重点支援地域にも指定されていた。南北に長いオホーツク海、それと並列する山脈という自然条件に恵まれている陸の孤島だから。まだ未定ではあるが、将来的に発動されるであろう大陸反攻作戦の橋頭堡となり得る場所である。

 

そのブリーフィングルームでイブラヒム・ドーゥルは、この基地におけるXFJ計画が成すべき目的を説明していた。

口調は、ユーコンに居た頃と全く同じで、ここが最前線であるという緊張をおくびにも出さない。

それを見たヴァレリオは、流石に部隊長の鑑だねえと感心の声を呟いた。

 

「それに、あっちも。何考えてんだか分からない、いつもの顔だな」

 

ユウヤはヴァレリオが言う方向を見た。そこには、ハイネマンの姿がある。

脳裏に、ヴィンセントの声が反芻された。

 

ユウヤは寄ったリルフォートで、酔ったヴィンセントからこの合同運用試験に関する不満や愚痴を聞かされたのだ。

この時期にそこまでして、不知火・弐型をBETAにぶつけたいのか。

 

(でもよ………俺としては、チャンスだと思ってるんだぜ)

 

実戦でしか拾えないものは多くある。具体的なものは分からないが、それを得るための機会が与えられたのならば喜ぶべきだ。

ユウヤはむしろ望む所だと思っていた。実戦経験が皆無ということで隊のお荷物になったり、ましてや弐型の完成に支障を来すなどあってはならないと考えているからだ。

それに、近接戦闘の腕においても、一ヶ月前のそれより格段に上がっていることは唯依も認める所である。

腕試しというのも不謹慎だが、実戦で強くなった自分を試したいという気持ちも確かにあるのだ。

 

ユウヤの内心での気持ちの昂ぶりを他所に、ブリーフィングでの説明は唯依のものに移っていく。

評価試験スケジュールに追加された試作兵装。その言葉に、モニターが切り替わった。

 

(あれが………電磁投射砲か)

 

正式には、試製99型電磁投射砲という。今回の遠征に伴い、日本で検証を行われた兵器も運用試験を行おうというのだ。

 

(でも、いくらなんでも詰め込みすぎだろ………そりゃあこの機会に色々やっておきたいって事は分かるが)

 

電磁投射砲の運用試験を行うのは、他ならぬ不知火・弐型だ。世界初の新兵装の、実戦における初試射を任されたことに対しては多少の高揚感があるが、それだけ。

それよりもユウヤは、近接戦の試験ができるかどうかが不安になっていた。

 

タリサ達もユウヤがこの最前線で何を目的にしているのか、それが分かっているため同じ不安を抱いていた。

どういう意図があるのかは分からないが、不知火・弐型のコンセプトとは明らかに違ってしまっている。

 

「おかしいだろ!! タカムラの奴も何を考えてるんだか………ユウヤもそう思わないのかよ!」

 

「思うが、文句を言ってはい分かりましたって返される方が困るぜ。割り切った上でさっさと終わらせて、俺は俺の目的を果たすさ」

 

「それが分かっていても口に出さなくてはいられないのが、少し前の貴方だったのにね」

 

「VGの言うとおりに、大人になったって事だろ。変な意味じゃなくてな」

 

「な~んか面白くねえの。あ、そういや整備兵達の賭けはどうなったんだ?」

 

「ああ、唯依姫とのアレか? 聞いた話じゃあ、もう有耶無耶になってるそうだぜ」

 

賭けとは一体何のことか、ユウヤが尋ねようとした所に声が割り込んできた。

 

ブリッジス少尉と、呼びかける声は話題になっていた唯依のものだ。

 

 

「貴様がテストする新型兵装をこれから見に行かないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人の足音が廊下に響く。唯依はそれを耳に収めつつも、内心では別の事を考えていた。

急に提案された今回の実戦運用試験。唯依は開発主任として、この試験を受けることを断固認めないつもりだった。

 

ひとえに、時期が悪すぎる。剣術に関しても、いろはのいも終えていない現状であり、実戦でいきなり試すのは危険過ぎると判断していたからだ。

その旨をドーゥル中尉に伝えて、しかし返ってきたのはどうしようもない情報だけだった。

既に遠征を行うのは総司令部が決定したものであり、日本政府の同意も得ているとのこと。

 

一介の開発主任だけではどうにもできない状況になっていたのだ。

そして唯依は、ドーゥル中尉の現実的に考えろというアドバイスを得て、動くことを決意した。

 

ドーゥル中尉も自分も望んでいる事は同じ。派遣部隊を無事にユーコンに帰還させる、そのために自分が何かをしなければならない。

 

「そういや、さ」

 

「………え?」

 

「なんだ、呆けてんのか中尉。しっかりしてくれよ、最前線じゃあ先輩だろ?」

 

「あ、ああ」

 

「頼むぜ。そういえば中尉、電磁投射砲のことだが、どうしてあの兵器に関する事前通達が無かったんだ」

 

「それは………済まなかった」

 

急遽に決定された遠征、国外への試作兵器の持ち出し、それに関連する国内各所への調整。

色々な理由があったと、それを聞いてユウヤは納得した。

 

「………すまないな」

 

「もういいって。それよりも、ここか?」

 

厳重なセキュリティが敷かれている扉をくぐり、目的の場所に。

そこでユウヤは、言葉を失っていた。

 

唯依の説明を聞きながらも、目の前の兵器に圧倒されていたのだ。

攻撃力や制圧能力は一級品であること。ユウヤはそれを聞いて、近接戦偏重と思っていた日本帝国への認識を改めざるをえなくなっていた。

カタログスペックだけでは分からない、巨大な構造だけが持つものがそこにはあったのだ。

 

「って、その断定するような口調は………ひょっとして中尉はこいつを撃ったことがあるのか?」

 

「ああ。短期間ではあるが、国連に転属する前はこいつの開発に携わっていたからな」

 

「え………中尉は開発衛士だったのか?」

 

「ああ、そうだが………」

 

と、そこで唯依はあることを思いだした。以前に自分が、開発衛士を貶すような発言をしたことを。

 

「別に、いまさら気にしちゃいないって。それよりも色々と訊きたいことがある」

 

砲撃系の兵装に関する問題はどれも似たり寄ったりだ。開発衛士として、どういった部分で問題になったり、どういった調整が面倒くさいのかはユウヤも熟知している。

ユウヤはその辺りの事を質問し、対する唯依も開発衛士にしか分からないような内容で答える。

 

「でも………機動性は完全に殺されるな、これ。不知火・弐型のコンセプトには合わないと思うんだが」

 

むしろ真逆と言って良いぐらいだ。その言葉に、唯依が目に見えて動揺した。

 

「それは………必要だったからだ。この兵装が」

 

「必要って、何のためにだ」

 

「………ここで貴様と不知火・弐型を失う訳にはいかないんだ」

 

ユウヤはそれで、唯依が何を言いたいのか察した。

この兵装はつまり、自分を含むアルゴス小隊の生存率を上げるために唯依が用意したものなのだと。

それも、先ほどの話を聞く限りは、恐らく国内からの反対の声をも押し切ったのだろう。

 

「もちろん、それだけではないがな」

 

唯依は日本の実戦証明済(コンバットプルーフ)と、それに対する世界各国からの信用度の問題を話した。

帝国軍は海外での新兵器実験を行わない傾向であり、国内で行われている試験データの世界的信用性が低いのだと。

見栄や身内贔屓で、試験データを水増ししているのではないか。

暗に揶揄されているその声を払拭するためにも、海外での試験はいずれ行う必要があると認識されていた。

 

「8分………生き残っても意味がない。基地に帰ってくるまでが初陣だ」

 

「それは?」

 

「私が初陣の時に言われたものだ」

 

何もかもが分からなかった頃。必死になって、仲間と一緒に一生懸命だった時のこと。

唯依は言葉と同時に思い出して、その表情に少し陰りが見えた。

 

「ああ………甘くない事は分かってるさ。8分に関しても、10年以上前の統計だろ?」

 

第三世代機もある近年では、8分をゆうに越える筈だ。ユウヤの言葉に、唯依は違うと答えた。

 

「平均できる戦場など無いんだ。もしBETAが本腰になり、厳しすぎる戦況になれば………第三世代機で出撃したとしても、たった数分で命を落としてしまう者も居る」

 

「楽観的じゃあいけない、ってことか」

 

ユウヤは先ほどのタリサの言葉を思い出していた。人類はBETAに対しての知識が少なすぎる。地球に来た理由さえ分かっていないのが現状だ。

何らかの気まぐれで、光線級を含んだ大規模侵攻が起きないとも限らない。

 

「認識がまだまだ甘い、か………実戦経験の差、ってのはこういう事だろうな」

 

今は何を話した所で、空回りになるだけかもしれない。ユウヤはそう判断しながらも、伝えるべきを伝えようと口を開いた。

 

「差があるのは自覚しているさ。だが、いつまでもこのままでは居られない。それだけは駄目なんだ」

 

「ブリッジス………」

 

「そんな声出すなって、調子狂うだろ。約束するよ、あんたの大事な不知火・弐型は絶対に壊させないって。そのためならば、この電磁投射砲も使うまでだ。だから………いつものアンタで居てくれよ」

 

「いつもの、私?」

 

「剣術訓練の時のようにさ。ヘマをしたら、がーって怖い顔して怒ってくれればいい」

 

「な………っ。私も、好きであんな顔をしている訳では!」

 

「そうそう、そんな感じで。じゃないと、調子が狂っちまう。同じ開発衛士だってことも分かったんだしよ」

 

より良いものを作るために、妥協せずに。自分の意見はしっかりと、それをぶつけ合うことを躊躇わずに。

 

真剣な表情で告げるユウヤに、唯依は少し黙りこみ。そして、笑顔と共に「ありがとう」と返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日のこと、ユウヤは誰とも知れない相手に文句を投げながら、自分の機体があるハンガーに向かっていた。

 

「ったく、重たいもん背負わされすぎなんだよ」

 

歩きながら、見える光景がある。そんなユウヤの意識の半分を占めているのは機体や風景ではなく、昨日の唯依の顔だった。

年相応な表情に、不相応な悲しい顔。その中でも最後の笑顔は、年よりも幼く見えた。

 

「それにしても、あいつが開発衛士だったなんてな………」

 

そんな単純な経歴を知ったのは、こんな時期になってから。マヌケな話だと、ユウヤは自嘲していた。

 

「お、どーしたよユウヤ。お姫様とうまくいかなかったとか?」

 

「そんなんじゃねーよ………って、なんだよチョビ、そんな顔して」

 

ユウヤは歩きながら挨拶を交わしながらも、タリサの表情が僅かにだが緊張している事に気づいた。

直接的に尋ねると、驚いているような表情を返してくるのだから間違いではなかったらしい。

タリサはチョビじゃねーっての、と言いながらも感じていた事を話した。

 

「なーんか、空気が変だと思ってさ」

 

「なんだ、居心地が悪いとかか?」

 

「おじゃま虫なのは分かってるさ。実際、ここでドンパチやってる衛士にとっちゃ邪魔者以外の何者でもないからね」

 

それでも、居心地が悪すぎる。タリサの言葉に、ヴァレリオが付け足した。

 

「人員も物資も不足している基地だろ? そこにバックアップ万全で死ぬ危険性が少ないから試験しましょう~、ってな俺達だぜ? むしろ好かれる理由がねえよ」

 

「でも………確かに、非協力的過ぎると思うわね」

 

近似の戦況さえも分からない。軍事基地として当然、報告、連絡、相談はあるのだろう。

だがアルゴス小隊を含む試験小隊はその輪の中から徹底的に弾き出されているような気がする。

ステラの言葉に、タリサとヴァレリオが頷いた。ステラがスウェーデン人であり、ソ連との歴史的な確執がある事は二人共知っている。

だが、自分たちも含めて、ここにいる試験小隊の全てが同じような背景を持っている訳ではないのだ。

 

「あー、あれも関連してるんだろうな。ほれ、第一次派遣のドゥーマ試験小隊は知ってるだろ?」

 

「ええ、アフリカ連合の小隊よね。ミラージュ2000改の開発を進めている」

 

「ああ。その衛士の国の人道的な皆様方だが、どいつも実戦経験が無かったらしいんだよ。で、いきなり地獄絵図見ちまって、即パニック」

 

「………衛士が全員シェルショック? 何やってんの、ていうか何しに来たんだ?」

 

錯乱した味方は、状況によってはBETAより恐ろしい。そのことを知るタリサ達は、心の底から呆れていた。

同時に、自分たちが歓迎されてない所か邪魔者扱いされている理由を嫌でも理解させられた。

 

「それで、何人死んだんだ?」

 

「ああ、撃墜された奴はいないそうだぜ。無傷じゃないらしいけどな。なんでも、近くにいた同じ試験小隊が迅速にフォローしたそうだ」

 

「アフリカ連合としては、最低限の面目を保つことが出来た訳ね。全滅でもおかしくなかったのに………その部隊の名前は?」

 

「ガルム試験小隊だ。ちょっと前に人員が入れ替わった欧州連合の第2実験小隊で、トーネードADVの開発に携わっている………っと、あれじゃねえか?」

 

 

ハンガーに到着すると、不知火・弐型を見上げている衛士の姿があった。

強化装備を見るに、ここに居る衛士達とは若干異なるようだ。そもそもが、この基地で不知火・弐型を見に来ようという衛士は居ない。

 

見えるのは、3人。1人は、ウェーブがかった金髪をもつ長身の女性で、もう一人が更に背の高い黒髪の。

その背後では、金髪のショートカットで整備兵の服を身に纏った女性がじっと機体を見上げていた。

 

「………嘘、だろ」

 

「お、どうしたタリサ。もしかして知り合いか?」

 

欧州連合に知り合いなんて、とヴァレリオが話そうとした途端に全員が振り返った。

その中の二人は、あっと声を上げるとタリサに視線を定めると、そのまま小走りで近づいて、口を開いた。

 

「ひょっとして………タリサ? タリサ・マナンダル! あ、少尉!」

 

「え、ああ、そうだ、ですけど。でもアタシが分かるってことは………」

 

「え、もう忘れた? まあ久しぶりだからなぁ。6年、いや3年ぶりになるからな」

 

「いや、忘れようにも忘れられないっていうか………」

 

珍しくどもるタリサ。ステラとヴァレリオはそれを見ながらも、3人の階級を確認していた。

大尉と、中尉と、中尉。3人とも上官であることから、まず敬礼をしながら名乗った。

 

「ヴァレリオ・ジアコーザ少尉であります。アルゴス試験小隊に所属しています」

 

「同じく、ステラ・ブレーメル少尉です」

 

「同じく、ユウヤ・ブリッジス少尉です。その………ガルム試験小隊の?」

 

タリサとは知り合いなのか、と視線で尋ねるユウヤ。

それに気づいた黒髪の男は、答えた。

 

「ああ、すまん。自己紹介がまだだったな」

 

黒髪の男は敬礼と共に、告げた。

 

「アルフレード・ヴァレンティーノ大尉だ。先月からガルム試験小隊に配属されている」

 

「同じく、リーサ・イアリ・シフ。中尉で、タリサとは………6年前に同じ酒を飲んだ仲?」

 

「酒を………って、え?」

 

「その、名前は…………」

 

ヴァレリオとステラは二人の名前を聞いて、びしりと固まった。

横目でタリサの方を見るが、タリサはあー、と何を言えばいいのか分からない表情をしている。

そんな中で、じっと機体を見上げていた最後の1人が気付き、タリサ達の方に振り返った。

 

「私はクリスティーネ・フォルトナー。階級は中尉。それで、この機体の主席開発衛士は………」

 

クリスティーネはタリサ、ステラ、ヴァレリオと見て最後にユウヤに視線をあわせた。

 

「貴方? どうやら日本人のようだし」

 

「―――日本人じゃない、アメリカ人だ。二度と間違えないでくれ」

 

不機嫌なことを隠そうともしないユウヤ。対するクリスティーネは、興味なさげに言葉を続けた。

 

「ふうん。ま、いいわ。それで、貴方が主席開発衛士?」

 

「ああ、その通りだが………」

 

ユウヤはそこで、クリスティーネ以外の二人が嫌そうな表情をしているのに気づいた。

 

「アメリカだぁ? 不知火・弐型のコンセプトは聞いてたけど………マジかよ日本人」

 

「う~ん凄い。開発主任は尊敬できるね。アタシなら無理だわ、ぜーったいに我慢できなさそう」

 

「最初から我慢する気なんてないだろ、リーサよ」

 

急に話しだした二人に、ユウヤが戸惑う。自分がアメリカ人だと話した途端に空気が変わったこともそうだが、ステラ達の態度が急変した理由が分からないためだ。

そこで、ヴァレリオが口を開いた。

 

「その、中尉はもしかして………あの中隊の?」

 

「あー、まあ一応な。ていうかお前、どこかで見たような………まてよ、ジアコーザ?」

 

アルフレードはヴァレリオの言葉に対してさらっと答えると、じっと顔を見た。

 

「………モニカ・ジアコーザって知ってるよな」

 

「っ?! え、ああ。モニカ・ジアコーザは俺の姉貴ですけど」

 

「げっ、まじかよ。つーかここに来てなんちゅう人選を…………プレッシャーかけてくれるなぁおい」

 

アルフレードはクリスティーネに視線を向けた。ユウヤがどういう事か分からない、という表情をしている所だったが、クリスティーネが補足する。

ヴァレリオの祖父が、クリスティーネ達が携わっている改修機の元となるF-5/G《トーネード》の設計技師だったということ。初めて知る事実に、ヴァレリオ以外の全員が驚いた。

 

「そういう事だ。しかし、こいつぁ気合いれにゃならんな。同じイタリア人どうし、無様な真似は見せられねえ。中途半端に終わらせたら、空から雷が降ってきそうだ」

 

親指を立てる軽い調子のアルフレードに、ヴァレリオは戸惑いながらも答えた。

 

「いや、まあ爺さんは相当な頑固モンだったって聞いてますけど、そこまでは………それで、中尉達は不知火・弐型を見に来たンすか?」

 

「それも兼ねてだな。お前たちは、さっさと帰ったドゥーマの連中の話は聞いたか?」

 

「え、ええ。シェルショックの事ですよね。なんでも、後催眠暗示も薬も一切使わなかったのが原因だって聞いてますけど」

 

「そうなんだよ。で、俺達もトラブルには慣れっこだがちょっとな………流石にあの一発ギャグを連日繰り返されると飽きる。ていうか、正直しんどい。錯乱してるバカのフォローなんて、短期間に繰り返したくない」

 

もしも新しく配属されたアルゴス小隊とやらが、アフリカ連合の奴らと"同じ芸風を持っていれば"、相応の対処が必要になる。

だから直に顔を見て、確認しに来たというアルフレードに、隣に居るリーサがうんうんと同意した。

 

「アルフの言うとおりだ。それと、これ以上派遣部隊の風当たりを厳しくさせる訳にもいかないし」

 

「ロシア野郎の侮られた視線をぶつけられるのも屈辱。ハラショーとか言いながら殴りたくなる」

 

「おいやめろバカ」

 

「リーサの言うとおり、そういうのは口に出すなっての。ともあれ、どいつも実戦経験があるようだしその心配はないか………そっちのアメリカさん以外は」

 

ユウヤは視線が向けられた事と言葉の意味に気づき、その視線を受け止めると睨み返した。

 

「中尉殿。自分にはユウヤ・ブリッジスという名前があります」

 

「そうみたいだな。だが、俺の耳にはイマイチ聞こえねえ」

 

「なっ………!?」

 

おちょくった口調に、ユウヤの感情が怒りに傾く。それを見ながら、アルフレードは告げた。

 

「坊主、と言わせてもらおうか。あいにくと俺は難聴でな? ――――お前の名前が覚えられるよう、精々気張ってくれや少年」

 

「………了解しましたよ、おっさん大尉殿」

 

ユウヤの言葉に、アルフレードは不敵な笑みを向けた。その隣では、リーサとクリスティーネが笑いをこらえている。

押さえた掌から漏れて、おっさ、おっさんという声が聞こえてくる。

一瞬、俺がおっさんならお前らはおばさんだからな、と言いそうになって止めた。歴戦の危険察知能力が成せる業であった。

 

「締まらねえけど、まあ行くわ。タリサもユーコン基地に戻ったら話そうや………って何か言いたそうだなリーサ」

 

「締まらないのはいつもの事だろ。アルフの癖に」

 

「同意」

 

リーサとクリスティーネの追い打ちに、アルフレードの額にある血管がびしりとなった。

ふ、フーという不気味な吐息が大きく響く。だがアルフレードはそのまま、何も告げずに去っていった。

 

唐突にあらわれて消えていく3人。その背中を見送った後、最初に口を開いたのはヴァレリオだった。

 

「おい………タリサ。お前、あの大尉達と知り合いだったのかよ」

 

「あー、まあな。って言っても、アタシが直に会ったのは数回だけだ」

 

まさかあそこまで覚えられているとは思わなかった。タリサの言葉に、ユウヤが口を挟んだ。

 

「ていうか、何なんだよあの連中は。欧州では有名なのか?」

 

「ああ、有名だな。ただし、欧州どころかアジア圏内でも相当な有名人だぜ」

 

ユウヤはもったいぶったヴァレリオの口調と、アジア圏内でも有名だという言葉を聞いてまさか、と呟いた。

 

それを見ていたステラが、そうよと頷いた。

 

 

「あの人達が、衛士の最高峰とも言われている一角。世界で唯一、戦術機でのハイヴ攻略を成し遂げた英雄中隊の衛士達よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電磁投射砲がある一室。その中で、二人は対峙していた。

 

「………どういう事だ」

 

「こういう事です、篁中尉殿」

 

声は、白銀武のものだった。対するのは、篁唯依であった。

軍事機密の漏洩を防ぐための人員。そこで出会ったのは、先日に帰国した整備兵だった。

 

問いただそうとする唯依だが、視界に見えた目の前の人物の腰にある二振りの刀を見て動きを止めた。

 

「それは………まさか!?」

 

「ご明察の通りです」

 

太刀としてはあまりにも短い。脇差しというにも長い。それは、小太刀と呼ばれるものだった。

そして、柄の装飾も見事なそれを、唯依は過去に写真ではあるが父より見せられたことがあった。

 

「“霞残月”………もう一振りが」

 

「ご明察、“夢時雨”だ。篁家の“緋焔白霊”と同じ、武家の当主の証になる」

 

そして、そのふた振りを当主の証とする家は一つしかない。

そもそもが、唯一の一刀ではなく2つの刀をお家の象徴とする家は少なく、その上でこのように見事な細工があるものは一つしかない。

 

唯依は愕然として、目の前の人物を見据えた。

 

 

「それでは、貴様は………いえ、貴方は」

 

 

口ごもる唯依。それを前に、小碓四郎と呼ばれていた青年は――――白銀武は、はっきりと答えた。

 

表向きは小碓四郎でこれは口外を禁止しますが、と前置いて告げたのだ。

 

 

「電磁投射砲の機密漏洩を防ぐ監視員および、XFJ計画においてかけられた"ある疑惑”の真偽を確認するために斑鳩家と崇宰家の両家より命じられた――――風守家当主代理、風守武少佐だ」

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。