Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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9話 : 交差点 ~ a battleground ~

遠く、戦場の音が鳴るのを待っている。その中心から離れた位置に居たアルゴス小隊に、発着場に向かえとの指示を出されていた。

 

アルゴス1、ユウヤ・ブリッジス。アルゴス2、タリサ・マナンダル。アルゴス3、ヴァレリオ・ジアコーザ。アルゴス4、ステラ・ブレーメル。各々がそれぞれの了解を返答して。もう一人が、それに付随して声を出した。

 

『スローイン1、了解………ってなんですかマナンダル少尉、その顔は』

 

『いや~、酷いコールサインだと思っただけだ。あと、敬語は要らないよ』

 

『分かった、タリサ。それなら言わせてもらうが、“おまけ(スローイン)”なんて名前を付けたのはなんでだ』

 

武は文句を言いつつも、自分がおまけ扱いされる理由は分かっていた。自分はXFJ計画の主だった構成員に含まれていない、いわば部外者である。今回の出撃でも、アルゴス試験小隊には編成されていない遊撃専門の要員となっていたのだ。

 

(つーか“おまけ”の概念は日本にしか無かったはずだけど、タリサに教えたのは――1人しかいねーよな、あのバカ親父)

 

武は遠い異国に居る父を呪った。空に浮かんだ空想上の父は、親指を立てながら歯を光らせていた。

 

『まあ、脚だけは引っ張るなよ。ここでシェル・ショックになんかなられたら、実戦テスト自体が滅茶苦茶になる』

 

『鋭意努力しま~す。その点、ブリッジス少尉は………大丈夫そうだし』

 

心配なのは自分だけかー、と武は棒読みで返答する。声をかけられたユウヤは、不敵な笑みを浮かべていた。

 

『なんだ、小碓少尉。昨日の事と言い、しつけえぞ。ひょっとしてオレの事が心配でしょうがねえのか?』

 

『違うっつーのゲイでも無いの、に………あ、あの念のため聞いておきたいんですけど、ブリッジス少尉はノーマルですよね? 巷ではローウェル軍曹との怪しい関係が噂されてますけど、違いますよね?』

 

『なんでいきなり敬語になってんだよ! 根も葉もない噂をばら撒いてんのは誰だ!?』

 

『あら、女性に興味がないような素振りを見せていたのは、そんな理由があったからなのね』

 

『おいおい勘弁してくれよトップガン。まさか俺のケツを狙ってんじゃねーだろうな』

 

『失礼ですが自分の後ろに立たないでもらえますかブリッジス少尉殿』

 

『お前らぁ…………っ!!』

 

 

 

 

 

CP将校と唯依達が揃っている基地の中。その場にいた全員が、通信を挟んでじゃれ合っているユウヤ達の声を聞いていた。

 

「え~と………大丈夫、ですよね」

 

ぽつりと零したのは、リダ・カナレス伍長だった。実戦でCP将校を務めた経験のない彼女は、前から想像していた『実戦を控えている衛士達』よりかけ離れている会話に少し不安になっていた。

 

「だいじょぶだよ。最低限の緊張は保ててるみたいだし。あんたも、必要以上に緊張しないこと」

 

「私語厳禁――――ですよね、篁中尉」

 

「いや、喋るなとは言わない。最低限のラインを保てることが前提だがな」

 

もとよりCP将校とはそういう役割も任されている。隊への情報伝達もそうだが、声で相手をリラックスさせることが出来れば一人前と言われているのだ。アルゴス小隊のやり取りも同じだ。新人衛士が変に緊張しないよう実戦経験豊富な衛士が軽い冗談を飛ばして場を和ませるのは、どの戦場でも見られる光景だった。

 

「成程な。小碓少尉を出撃させたのは、そういった意図があったからか」

 

「………はい」

 

唯依は少し迷ったが、肯定の声を出した。本当は違う思惑があったのだが、ここでいう必要はないと。

 

(フォルトナー少尉のアドバイス通りに………電磁投射砲を守るのであれば、少尉も戦場に出たらどうですか。風守少佐にそう提案したのは、確かに自分だが)

 

そういった役割でこの基地に配属されている以上、自分の提案を拒否することは出来ないはずだ。唯依は尤もな理由を以って、恐らくは実戦経験豊富であろう少佐を利用するつもりだった。疑惑よりも、今はユウヤを生き残らせることが最優先であると判断したからだ。

 

その提案に返ってきた言葉は、唯依としては予想外のものだった。“それもそうだな、いいよ”と。欠片ほどの迷いも見せない、即答だった。

 

(なんというか、斯衛らしくないな………本当に風守家の者なのか?)

 

振る舞い、素振り、言動すべてがらしくない。だが、この場で最も必要になる戦闘能力は確かなものだ。唯依は若干の不安を抱きつつも、前線に居るユウヤ達が居る方向に思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さてと、どうなることやら。……で、ヴァレンティーノ大尉殿はなんでそんなに不機嫌なの?』

 

『分かってるだろうによ、リーサ。ロシア野郎の支配地域で運用試験だぞ? インドでの嫌な事を思い出さざるをえんだろ。その点、フランツは変わらなさがちょっと怪しいんだが』

 

『この試験小隊に配属された時点で予想できていた。今更何も思わんさ。お前やどこぞのチビのように、不機嫌面をばらまく趣味もないしな』

 

『俺は本音を大事にする男なんでな。鈍いウドの大木とは違って、繊細なんだよ』

 

『上官に向かっての言葉遣いではないな。ああ、表立って罰するつもりはない、恥になるしな。せいぜい肩でも揉んでもらおう――――いや、背が届かないから無理か』

 

『はっ、脚でなら揉めるぜ? 間違って後頭部を蹴っ飛ばしてしまうかもしれねーけどよ』

 

いつもの調子の、いつものやり取り。その中でフランツは、解決すべき問題があることに気づいていた。

 

『お前ら、気づいているか?』

 

『当たり前だろ。アルゴスとイーダルの方は怪しいけどよ』

 

『バオフェンにはユーリンも居るしねー。いやー、相変わらず良いモン持ってたわ』

 

『アルゴスも………事前に気づく奴が居るかもしれない。クリスからの情報だけどな』

 

『へえ、どんな奴だよ』

 

『アルゴスの裏に“宇宙人”が居るかもしれない、とのことだ』

 

フランツの、冗談のような言葉。

それを聞いた面々は、まず訝しみ、次に驚き、最後には笑顔になった。

 

『事前に気づくようならば、か』

 

『ああ、お手並み拝見といこう。その前にラトロワ中佐だな。話の分かる人物であれば良いが』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのユウヤは、コックピットの中で今回の作戦の内容を反芻していた。

海よりの大規模侵攻を阻止する防衛戦。その段階は、4つに分けられている。

 

第一段階は、水上艦による爆雷。

第二段階は、海上艦艇による砲撃と、地上からの支援砲撃と、航空爆撃。

第三段階は、機甲部隊と戦闘ヘリによる攻撃。

第四段階は、混戦になると予想される戦場へ、戦術機甲部隊を投入する。

 

そして最後、一定数以上に減った僅かなBETAを意図的に防衛戦の後ろに抜けさせ、自分達試験小隊がそれを相手にする。

包囲の心配もない圧倒的優位な状況で、生のBETAを相手に試験機の性能を試すのだ。

 

(先行するソ連の戦術機甲部隊は………ラトロワ中佐の指揮するジャール大隊か)

 

先の揉め事や、先日のブリーフィングで見た妙齢の女性衛士だ。

ユウヤはその時に告げられた内容を思い出し、内心で舌打ちをした。

 

フィカーツィア・ラトロワと名乗る中佐は、はっきりと告げたのだ。諸君らに与えられている役割は、子供にでも出来る簡単なものだと。

先のドゥーマを例に上げ、“試験小隊が子供以下であることの証明はしてくれなくてもいい、ガルム試験小隊のようにこなして当たり前の任務を当たり前に果たせ”と、痛烈な皮肉を叩きつけてきた。

 

(ソ連の軍人ってのは全員あんな感じなのか。クリスカも様子が変だったが………)

 

昨日に出会った時のことだった。ユウヤが見たクリスカは、ユーコンに来たばかりの頃に戻っていたのだ。無人島で遭難した時や、先日にこの基地の少年衛士達に絡まれた時に見たものとはまるで違う。本当に少しであるが、時折見せていた柔らかい言動などが見られなくなっていた。共産主義に染まった軍人のような、冷徹な機械のような。

 

(この期に及んでも、あいつらが気になるってのはな………ヴィンセントが呆れる訳だぜ)

 

クリスカの変わりように驚いていた所に、ヴィンセントも居たのだ。ユウヤはどうしてそこまで他国の人間を気にかけるんだと、ヴィンセントからは呆れた声をかけられていた。

 

(四郎は言った。人は違うものだと。それは分かってるが………部分的に同じなものもあるんだよな)

 

ユウヤは、クリスカに過去の自分を見ていた。誰も寄せ付けない、自分だけに強い責任を課してそれだけが大事であると信じこむ。助力をも突っぱねて、自分はたった1人で何でもできるというような素振りを何も考えずに周囲にばら撒いている自分を。

生まれも境遇も立場も違う、それでも同じ匂いのようなものを感じ取っていた。

 

ユウヤはその姿に対し、過去の自分のイタさを実感すると同時に、不安を覚えていた。このままじゃ駄目になると、心配せずにはいられなくなる。

 

そうした、言い知れないもどかしさを感じている時だった。突然、オープン回線で衛士の会話が飛び込んできたのは。声は、先日に揉めた少年少女の衛士達のものだった。

 

『ヤンキー共は静かだねぇ。まさか、戦争を他人に任せて自分達だけ寝てるんじゃないだろうな』

 

『あり得るねえ。平和の国の衛士サマだ。休憩も試験(テスト)も前もって決められた時間割通りってかぁ?』

 

『ふん、今はお昼休みってこと? ―――ああ、後ろで突っ立ってるだけならこんな棺桶でもイイ寝床になるよねぇ』

 

聞こえるように、わざとらしく。次々と飛び交う皮肉交じりの嘲笑は、ユウヤ達に向けられているものだった。試験小隊のお守りを任せられている事に対する不満から、流れ弾に当ってくれれば手間が省けるとまで言い出す。

 

オープン回線のカットが認められていない以上、通信の声から耳を塞ぐことはできない。ユウヤは苛立ちのあまり、舌打ちしそうになった。いつもより少しだけ鼓動が早まっていることから、自分が緊張しているのは自覚しているのだ。ここで口論して、くだらない事に精神力を消費したくなかった。VOXにしているため、ウインドウは立ち上がらない。だが、通信越しの声は絶えることなく続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

その裏で、一つの通信が入った。待機している、不知火からだ。

 

『ラトロワ中佐、お聞きしたいことが』

 

『何も答えることはない。あのボウヤのことなら――――』

 

『はい、いいえ。自分が言いたいのは機甲部隊の数が不足しているという事です。侵攻の規模を考えると、この戦車の数では絶対に撃ち漏らしが出てくると思うのですが』

 

『言いがかりも甚だしいな。何を持って不足していると判断する?』

 

『地形要素と戦車部隊の退避ルートを考えた上でのことです。一箇所に集まっている戦車の密度が、要求されているものに見合っていません』

 

『………貴様もか』

 

武は、ラトロワ中佐の表情がほんの少しだが変わったことを感じていた。

そして“も”という言葉の意味を理解する。

 

『ガルム小隊からもそのような指摘が出ている、ですか』

 

『統一中華戦線の試験小隊からも同じ意見が出ている。葉大尉、と言ったか』

 

『今からでは………司令部に問い合わせても間に合わないでしょうね。あるいは、要請した所で“意味はない”か』

 

これが意図的であれば、司令部はまともに取り合わないだろう。

意図的でなければ、致命的だ。機甲部隊の絶対数が足りていない以上、どうしようもなくなる。

 

『ならばいくつかの機体は状況に応じて援護に回ります。ガルムとバオフェンからも、そういった要請があったのでしょうか』

 

『まるで前もって示し合わせていたような言葉だな』

 

『この状況の拙さを見るに、取れる手段はそう多くありませんよ。それに、こっちは身重な機体が一つありますので』

 

『………客は客で黙って招待されていろ。余計な事だけはするな』

 

冷たい、拒絶するような言葉。武はその中にも、迷いがあるように思えた。中佐もこの状況が良くないものであると理解していて、何かの対策を施さなければならないことも分かっているのだと。だからこそ、武は提案した。

 

『こちらも、余計なことはしません、ホスト国の面子を潰さないように立ち回ります。動くのは“そういった”状況になってから。前に出ず、あくまで援護に徹します』

 

撃ち漏らしは想定以上のBETAと相対することを意味する。試験機が撃墜される可能性が高くなるのだ。その場合、実戦での運用試験を提案したソ連が責任を負うことになる。だが、招待されている“お客様”である他国の試験小隊が前もってしゃしゃり出ることも好ましくない。ここはソ連の土地。そこに展開している、全てのソ連軍将兵の面子を潰すことになるからだ。

 

『分を弁えているか………そちらの援護要員は』

 

『自分1人だけで十分かと。少しだけ耐えれば、あとはブリッジス少尉の持っている“アレ”で問題は解決できますので』

 

『大した自信家だ。たった一機で、何が出来るという?』

 

『添え物なりに、主菜を引き立てますよ。これでも実戦経験は豊富ですので』

 

冗談混じりの言葉。ラトロワは、そこに意気込みも粋がりも感じなかった。ただの事実を告げるような。それは、ガルム試験小隊のものと全く同じだった。それでも、要請を飲むにはリスクが大きすぎた。ここで他国の手を借りて問題を解決するということは、司令部の意図に反する行為に等しくなる。

 

別方面での問題もあった。

 

『昨日今日に顔を合わせた程度の関係だ。信頼できる要素が皆無であることは、貴様も分かっているだろう。何をもって貴様の言葉が真実であると証明する?』

 

『信頼も信用も不要です。そちらに責任を追求するつもりもない。ただ、ちょっとした不手際には対処すべきだと判断しているだけです。現場の混乱は可能な限り抑えるべきでしょうし』

 

これはあくまで、戦場での連携を円滑にするためのちょっとした世間話であります。

冗談のように告げる武に、ラトロワは目を閉じた。

 

『………結果的に被害が少なければ追求はされなくなる、か』

 

『今頃は各国の試験小隊の責任者が司令部に抗議してくれていますからね。この話が明るみになっても、中佐が悪者にされることはなくなるかと』

 

司令部の命令を無視したと、その責任を追求される可能性はある。だが他国の目がある以上、窮地を脱するべく現場での判断を優先したラトロワ中佐1人だけが悪者にされる可能性はなくなる。そして武は、サンダークがどう動くのかも予想していた。

 

一方でラトロワは、ユウヤの機体がある方を見た。この戦場の勝敗における最重要要素を担う者だ。部下達の、オープン回線での声は聞こえていた。

 

(どうするかは、あの危なっかしいボウヤの出来次第だが………)

 

どう返すか、と。注目している所に、また声が上がった。

 

 

 

 

 

 

『おい、だんまりかよ。まさか乗ってんのは人間じゃなくてアメリカ産のチキンか?』

 

『そりゃあ黙るしか無いねぇ! VOXにして顔も見せられないって訳だ!』

 

『となると、俺達に任せられてんのは鳥野郎の世話ってか? 他国の人間にきついアメ公が礼儀しらずだってのは知ってたけどよぉ!』

 

うるせえ、クソガキ。ユウヤはげらげらと笑いながら大きな声で罵声を飛ばしてくる少年衛士達を怒鳴りつけたくなった。だが、何も言い返さない。他のアルゴス小隊と同じく、言い争いをして同じレベルにまで落ちないように平常心を保つことに専念していた。

 

(……いや。ちょっとした言い争いをしたからって、あいつらが俺を笑うか?)

 

ユウヤはユーコンに来て出会った面子を思い出した。結論は、誰一人として笑わないというものだった。生暖かい視線を向けてくることはあっても、見下すような笑いだけは絶対にしないだろう。

 

(――言われっ放しは、性分じゃないしな)

 

もし、自分がいつもの自分のままであれば。ユウヤはそう考えた後、軽く笑った。

 

『おいクソチキン野郎、なんで笑ってん―――――』

 

『ああ悪ぃ、今起きた所だ。心地よい雑音のお陰で、ぐっすりと休めたぜ』

 

『なっ………!』

 

『初陣って体力消耗するらしいからな。そのために休んでたんだけど、お前らのお陰でいい休息がとれたぜ。でも、起きたからもういいぜ……ありがとうよ』

 

VOXをやめて、顔をみせて笑いながら礼を言う。瞬間、モニターに現れた少年少女達の顔が驚き、次にからかわれた事に気づいて赤くなる。

 

その時だった。CP将校より通信が入ってきて場が一気に緊張する。

直後に、ラトロワ中佐の鋭い視線がモニターに映った。

 

 

『余暇はそこまでだ――――全機、さっさと主機を戦闘出力に上げろ!』

 

 

 

 

 

戦闘開始の砲撃が火を吹いたのは数秒後のことだった。未だ水中にいるBETAに向けて、艦艇から、機甲部隊から、様々な大口径の砲弾が雨あられと降り注ぐ。

 

南部に統一中華戦線のバオフェン試験小隊。北部にソビエト連合のイーダル試験小隊。中央部南側にガルム試験小隊。そして、中央部北側にアルゴス試験小隊。

 

その小隊長であるユウヤは、初めて見る密度の砲撃に驚きを示していた。圧倒的な砲撃音。重厚感たっぷりな激突の震動と共に、海水と大地が砕けて宙に舞う。それは仮想演習の時とは全く異なるもので、桁違いの迫力があった。これならば、ひとたまりもない筈。そう思っているユウヤの耳に、冷静な声が届いた。

 

『これ……アルゴス4、どう思う?』

 

『砲撃の密度が要求に達していない………撃ち漏らしが多すぎる。この誤差は無視できないわね。そのあたり、アルゴス3はどう判断するのかしら』

 

『同意する。徐々に誤差ってレベルじゃなくなるだろ。このままじゃあ、機甲部隊がやられちまうぜ』

 

ユウヤはタリサ達の言葉を聞いて、前方を注視した。確かに、徐々にだが機甲部隊がBETAに圧されているように見える。これだけの面制圧でも駆逐しきることはできない事実と、それを冷静に把握するタリサ達。ユウヤは実戦経験者との差を見せつけられたような気持ちになっていた。

 

『支援砲撃の密度も薄い、か。これはいよいよもって拙いな』

 

そんな声も聞こえてくる。だがユウヤは、今は小隊の隊長としてやるべきことを優先すべきだと判断した。ジャール大隊のラトロワ中佐に支援砲撃の強化を要請すべきだと打診しようとする、だがそこに待ったの声が割り込んだ。

 

突然の制止に驚くユウヤ。そこに、通信が入った。

 

『焦るんじゃないよボウヤ。段取りが少し狂っただけだ』

 

『な………っ!?』

 

『ジャール1より各機。戦車部隊の後退を支援しろとの命令だ。ジリエーザ2、貴様の小隊は“荷物”の番をしろ』

 

そうして、ラトロワは前を向いた。

 

『万が一の時は逃げろ――――シロウ・オウスと言ったな』

 

『はい』

 

視線だけで言葉を交わす。

武はその中に、拒絶の意志がこめられていない事を察した。

 

『バオフェンからは1人、ガルムからも1人だ』

 

『了解です。ご武運を』

 

『貴様らの方にこそ必要だろうよ――――ジャール大隊、行くぞ!!』

 

『了解!』

 

先ほどまでとは全く異なる、衛士の声での応答。それと共に、少年衛士達はラトロワの後をついていった。多くのBETAが残っているが、正面からそれにぶつかっていく。その光景を見ながら、ユウヤは通信越しに叫んだ。

 

『どういう事だ、スローイン1!』

 

『電磁投射砲を守るためだ――って事にしといてくれ。どの道、今から応援を要請しても間に合わない。そもそもまともに取り合ってくれるかどうかも分からないし』

 

司令部に抗議をしても、後方の基地に控えている航空機により即座に対処可能だから、という声が返ってくるだけだろう。

 

『………機甲部隊の数が少ないことに気づいてたのか? っ、それで中佐に事前に話を通したのか』

 

『ガルムとバオフェンからも提案があったから、理解を得られるまで早かったぜ。あくまで現場の判断だ、で押し切ることは出来るだろう。3小隊の編成なら、文句は出ないはずだ。お互いの面子を潰すようなことをしない限りは』

 

後が少し怖いけど。武はそう告げて、ユウヤの方を見た。

 

『それを守るために、俺は派遣された。それだけの価値がある。威力もな』

 

『……中佐が“荷物”を守れ、って言った意味がそれか』

 

ユウヤはちら、とジリエーザ2と呼ばれた機体を見た。アルゴス小隊を、電磁投射砲を守るために1機を割いた意味を考える。

 

『そうだな………場が混乱しても、それぞれの役割は変わらないってことか。それで、スローイン1は何をするつもりだ?』

 

『3機編成で色々と援護する。あくまで前に立たず、あの少年衛士達を死なせないようにするさ』

 

『急造の、それも小隊未満の戦力で………連携もできねえだろ。本当に大丈夫なんだろうな』

 

『“おまけ”なりに、無茶は控える。無理そうならばさっさと退避するさ。あとは“本命”が決めてくれるからな』

 

武はそうして、モニター越しにユウヤと視線を合わせた。

 

『砲撃戦は米軍のお家芸だったよな?』

 

意味ありげな口調。ユウヤはその意図に気づき、不敵な笑みを見せた。

 

『―――ああ、その通りだ。砲撃戦でアメリカに敵う国はいない』

 

つまりは、そういう事だ。武はそうして、タリサ達を見た。

 

『申し訳ないけど、護衛役を頼む。地中侵攻が無いとも限らないしな。母艦級とか』

 

『嫌なこと言うなよ。冗談はともかく、こっちも心中するつもりはないぜ?』

 

『無理だと判断した場合は電磁投射砲を捨てて逃げてもいい。不知火・弐型と違って、こっちには代わりがあるからな』

 

『貴方に与えられている役割を聞いたけど………まるで正反対な事を言うのね』

 

『信じてるからな。アルゴス試験小隊はアラスカで最強なんだろ、タリサ?』

 

武の言葉に、タリサはうっと言葉に詰まった。だが、直後にはあ~とうめき声をあげつつ、片手を上げた。中指を立てて、言う。

 

『勝ち逃げなんて許さないからな!』

 

『分かってる。でも、それじゃあ俺は未来永劫死ねないんだが』

 

『言ってろクソッタレ!』

 

立てられた指が、中指から親指に変わる。武も応じて、前を向いた。既に撃ち漏らしが出てきている。それに対して、ガルム試験小隊も展開している。

 

武はこれならば万が一もないと察し、気合を入れた。

 

 

『―――後は、任せた』

 

 

その声が跳躍ユニットの点火の合図だった。背中に推力を纏った不知火が、少量の砂塵を巻き上げる程に低い高度で荒野を駆けていった。更に前方では、ジャール大隊が機甲部隊の撤退を支援している。その交戦区域に入る直前に、通信が入った。

 

『こちら欧州連合、ガルム試験小隊のリーサ・イアリ・シフ中尉だ。そちらはアルゴス試験小隊の者か?』

 

『はい、小碓四郎。階級は少尉です』

 

『こちらは、李………ってクラッカー中隊の!?』

 

驚きの声。だがリーサはそれに構わず、不知火に乗る衛士を注視した。モニター越しに見える茶色の髪のサングラスをかける男に、突き刺さるような鋭い視線を送る。

 

『………オウス、と言ったな。そのサングラスは取れないのか?』

 

『直射日光が酷く苦手でして。投影は問題なくできています――と、そういう所で勘弁して下さい』

 

『それは力量次第になるな。事情は興味ないが、足手まといは要らない。自信が無いならここで帰ってもいいぞ』

 

『大丈夫です、問題ありません――――とは、言葉だけになりますね?』

 

 

説得にはならない。そうした意味ありげな言葉と共に、武は機体の向きを変えた。

 

その方向には戦車級と要撃級が、機甲部隊の後退を援護している戦術機があった。

 

 

『――――衛士ならば』

 

『――――機動で語れ、でしょう?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後方に待機しているアルゴス小隊。その全員が、ガルム試験小隊の機動に目を奪われていた。距離は遠く、その全てが分かる筈がない。その状態でも3機が織りなす連携は他のそれより隔絶していることが分かった。

 

『あ、右ー』

 

『ちょっと左いくわ』

 

『左後方、カバー頼むぞ』

 

聞こえるのは単語だけ。なのにどうしてか、連携は上手すぎる程に回っていた。

 

(一個一個の動きは………難しいことをしている訳じゃないな。開発衛士のレベルなら、誰だって出来るぐらいのことしかやってない)

 

英雄と言われている彼らだが、特別な事はしていなかった。高度な操縦技量が求められる特別な機動など、使ってはいない。それなのに、とユウヤは思う。あれを真似をするのは無理だと。理屈ではなく、理解させられていた。

 

(無理な理由は………分かった。とにかく、早すぎるんだ。自機の位置取りに回避行動の要否、兵装と戦術の選択。その全ての判断が的確かつ早過ぎる)

 

次々に襲いかかってくるBETAを相手に、まるで川の流れのように淀みなく対処していく。一連の動作の合間にあるロスが極端に少ないためだろう、無理があるようにも見えない。お互いのカバーリングも完璧で、まるで隙が見当たらなかった。あれならば、10倍以上のBETAを相手にしても生還出来るのではないかと思わせるぐらいの絶妙な連携で、危なげなくBETAの群れを制していく。

 

『………タリサ。あれが本当のベテラン衛士ってやつなのか?』

 

『また別枠かな。あの中隊は同じ面子で何十もの戦場を経験してるし、連携の練度も通常のベテランとは桁違いだろ』

 

戦術機甲部隊は特に損耗が激しく、一つの戦場で何人かが欠けるのが常だ。

人員の入れ替わりが激しいため、全く同じ人員で戦い続けるというのは通常ではありえない。

 

『言ってはなんだけど………羨ましい話ね。仲間に恵まれているというのは』

 

『おいおい、俺達を捨てる気かよステラ。ってまあ、気持ちは分かるけどな』

 

人格と力量は必ずしも一致しない。気の合う友人が、いつまでも生き残ってくれるとは限らないのだ。多少なりとも別れを経験している二人は、そうした気の合う戦友といつまでも背を預け合って戦えるという環境を羨ましいと思っていた。

 

『………命を、か』

 

ぽつりとユウヤが呟いた声は、誰も聞いていなかった。

 

その注視する先より右側に居る、最前線で援護に回っている部隊。その動きに気づく者もまた、その場には居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、証明をと。そう語るが如く、武は手早く突撃砲の狙いを定めると同時に、引き金を引く指に力を入れた。同時、36mmのウランの塊が火と共に大気を裂いて滑空する。

 

『ヤーコフ危な………あれ?』

 

通信越しの、間の抜けた声。それが結果を意味していた。ヤーコフと呼ばれた少年衛士が乗る戦術機、それに飛びつこうとしていた3体の戦車級の頭部が弾けて散った。

 

『は、早すぎ………!?』

 

武は李と名乗った衛士の、驚く声に構うことなく突撃砲の狙いを変えていった。放たれる二度三度の砲撃が、危うい位置にいた少年衛士の駆る戦術機を脅かしていた個体をしとめていく。それは位置取りも完璧で、射線も全く重ならない的確な援護だった。

 

『と、こんな所です。どうでしょうか、シフ中尉殿』

 

『なんとか及第点だね。ああ、コールサインを統一したいと思ってるんだけど、どう思う?』

 

『それじゃあ、中尉殿はクラッカー11が良いと思う次第であります』

 

『そういう小碓少尉は、クラッカー12で?』

 

『――――はい、それで』

 

その言葉は酷くあっさりと、だけどこれ以上なく鮮やかに。サングラス越しに、視線にこめられた何かが合う。二人だけにしか分からない笑みが交わされた。

 

それも、一時のもの。すぐそこにまで迫っているBETAの足音に、戦術が決められた。

 

『………という陣形で、ジャール大隊の援護を。ただ、彼らより前には出ないこと。クラッカー10もいいな?』

 

『は、はい! って自分がクラッカー10でありますか!?』

 

『そうだ。背丈が低ければもっと良かったのだがな………冗談だ。そう細かい指示を出すつもりはない。ただ、最前線に居るジャール1より前には出ないこと。あれを越えたら反則だと思え』

 

『いわゆるひとつのオフサイドラインってやつですね』

 

『そうそう、越えたら男の局所をフリーキックするぞ。理解したか、李少尉?』

 

『そ、それはもう!』

 

『良い返事だ。私より多く倒せたら、濃厚なキスをしてやろう』

 

『そ、そうですか………ああでもキスが本当なら頑張っちゃおうかな………』

 

『よし、後でユーリンにチクってやろう』

 

『ちょ、中尉殿!?』

 

『そう喜ぶな。オウス………いや、シロも頑張れば胸でも揉ませてやるぞ』

 

『わーうれしいなーあはははは』

 

『ははははこやつめ』

 

棒読みと、わざとらしい笑い声。そうして二人は、笑いながら突撃砲を構えた。途端、空気が変わる。李は、言い知れない圧迫感を覚えていた。それは、正しかった。

 

そこから先の二人は、まるで理不尽な自然災害のようだった。早く、速く、疾く。風のように淀みなく動きまわってはジャール大隊の衛士に襲いかかるBETA群を適度に駆逐していく。狙いは正確無比かつ、迅速果断。無駄弾がゼロであると錯覚させるように的確に、一体一体の肉を弾き沈黙させていった。

 

ジャール大隊の少年少女の衛士達の練度も低くなく、適度に密度を薄められたBETAを相手に奮闘し確実に対処していた。最前線中央部のBETAの数が、目に見えて減っていく。そうして機甲部隊が安全圏に入ろうとした時だった。中央部より北側、右翼の方面より突撃級が突出して来たのだ。一部凹凸した地形を抜けた突撃級が、本来の速度で移動し始めたのが原因だった。このままでは後方に回り込まれるか、安全圏に退避中の機甲部隊が食いつかれる。そう判断してからの、二人の動きは風のようだった。

 

『行くぞ、クラッカー12』

 

『ついて行きますよ、クラッカー11』

 

普通道路を走る自動車よりも速くやってくる、直撃すればビルさえも倒壊させるだろう突撃級の群れでの突進。その前面に躍り出て、的確なポジショニングを取るまでの時間は僅か10秒程度だった。

 

それだけでもう、迎撃の態勢は整っていた。遠距離よりやや近く、中距離と言うにはやや遠い。その距離に突撃級が達すると、武は狙いを定め突撃砲を斉射した。

 

ドドドド、ドドドド、ドドドド、ドドドド、と。リズミカルに放たれた弾丸の全ては、まるで冗談のように突撃級の脚に命中した。機動力が売りである突撃級はその強みを永久に封じられると同時に転倒し、鼻先を地面にこすらせていった。

 

だが、それで終わるはずもなかった。更に10体以上の突撃級が、転倒した突撃級を迂回して後から後からやってくる。狙いは既に定まっていた。

 

『射撃は苦手なんだが――――この距離なら』

 

中距離にまで突撃級が近づいてくると同時、リーサも36mmをばら撒いていく。命中精度こそ低いものの、何発かは突撃級の脚に命中。李も見よう見まねだが加わる。やや荒いレベルでの斉射が突撃級を襲い、次々にその脚が撃ち貫かれていった。

 

そして5分後には、突撃級の脅威は消えていた。見えるのは、地面に這いつくばるように歩いている無様な姿だけ。更に乗り越えるように、要撃級や戦車級がやってくるが、待っていたといわんばかりに武が一歩前に出た。

 

『行くか、男の子』

 

『もうそんな年じゃないですけどね。李少尉は、援護を頼む』

 

『………了解した』

 

李は文句を言わず、指示に従った。その声には、反論の色が皆無だった。自分自身、どうしてだか分からない。あるのは、そうした不思議な感情だけだ。年下の衛士の言うことで、通常であれば反発している所なのにどういった理屈があってか、文句を言う気が完全に削がれている。ただ、自分に与えられた役割をこなすことが最善だと思い始めていた。

 

それを見たリーサが、童女のように笑った。

 

『懐かしいな、少尉』

 

『何のことだか分かりませんが――――はい、と答えておきます、中尉』

 

犠牲はゼロではあり得ない。ほんの少しであるが戦術機の守りを掻い潜ったBETAが戦車に飛び掛かり、砲手操縦手問わずに肉を噛み千切る。その度に金切り声が、激しい嘔吐音のような断末魔が通信に響き渡る。

 

それを防ぐために、出来るだけ速く突撃砲を構え続ける。話している暇なんて、どこにもなくて。互いの胸の内を曝け出すにも、人が多すぎる。つまり、いつかの戦場のままであった。リーサは懐かしい戦場の空気に笑い、言った。

 

『………じゃあ、私も何のことだか分からないが言っておこうか』

 

武はモニター越しの、リーサの唇を見た。そして、その動きを見て息が止まる自分を感じていた。

 

 

“また一緒に戦えて嬉しいよ、我らが突撃前衛長(ストームバンガード・ワン)

 

 

武はその言葉を認識した途端に、自分の視界がにじんていく事を感じていた。

戦車級と要撃級が迫ってくる。呼応するように地面の震動が大きくなっていく。その震動の最中に、一筋の液体がサングラスよりこぼれ落ちた。

 

少し下がる視線。誤魔化すように構えられた中刀が僅かに差し込んでいる日光を反射した。

 

次の瞬間には、光ごとその刀身は霞み。間合いに入った戦車級と要撃級の首が、宙を舞って地面に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翻弄し、撹乱し、撹拌させて拡散させる。二機が交互に入れ替わり、密度の高いBETAの群れを捌いていく。

 

その姿を見ている者は少なかった。アルゴス試験小隊の面々はガルム試験小隊にしか注意を払っていない。だがもう一方で、やってくるBETAの数が他の場所より少ないバオフェン小隊は違った。漏れ出てくるBETAを相手にしながら、前方で異様な動きを見せている2機をじっと観察していたのだ。

 

それを見ていた1人である、緑色の髪をもつツインテールの女性衛士は、嬉しそうに笑った。

 

『ふ~ん、流石にやるわね………って葉大尉?!』

 

『なに、亦菲』

 

『いや………なにって言われてもね』

 

亦菲と呼ばれた、緑色の髪を持つ女性衛士は呆れた声で言った。戦術機動で頭が動く度に、両目から水が滴り落ちてるわよ、と。そう言われて初めて気づいたように、葉玉玲は自分の両目を拭った。

 

そして、また前方の2機を見る。激しく動いては、背中を預け合うように互いにもたれかかり。次の瞬間には、BETAを蹂躙する刃になる。その動きは気まぐれのようだが、息だけはぴったりと合っていた。まるで、何十年も共に生きている夫婦のように。

 

『ん~………なーんか、ね』

 

『歯切れの悪い声ね。何かあったの、亦菲』

 

『いや、日帝の方の機体がね。あの動き、どこかで見たことがあるような気がして………っ?!』

 

2機の暴虐は突出してきた群れを食い尽くしていた。機甲部隊の退避も済んでいる。その中で、亦菲は異変に気づいた。

 

海より次々にやってくるBETAの数と、上陸した後に倒されているBETA。その総数が、前もって告げられていた数より多いのだ。それどころか、まだまだ増えそうなぐらいだ。それを裏付けるかのように、更なる赤の光点が海より増え始めた。

 

『更に増援………!? このままじゃあ、いくらなんでも………って葉大尉。その顔は、もしかして気づいていた?』

 

『ああ』

 

『なら先に言いなさいよ!』

 

『すまない』

 

『いや、謝れって言ってるんじゃなくて! 私も上官にこういう口の聞き方は拙いって分かってるけど!』

 

『こんな時でも姐さん達はいつも通りアルなー』

 

自分としては非常に不安アルが、と呟く。それに答えるように、ユーリンが通信を飛ばした。

 

 

『大丈夫。ジャール大隊に退避命令が出ていないのなら………』

 

 

そうしてユーリンは、視線をアルゴス小隊の方へと向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アルゴス1よりジャール1! ラトロワ中佐、敵の増援が見えないのか!』

 

『見えていない筈がないだろう! この忙しい時に、何の用だ!』

 

『このままじゃ維持は難しい、弾薬だって無限じゃないんだ! このままじゃ、後方に居るはずの機甲部隊もまとめて全滅する、後退して一時的に――――』

 

『貴様に言われなくても理解している………っ!』

 

冷たい声には、苛立ちが含められていた。それは戦いが始まる前までの比ではなく、ユウヤが一瞬だが言葉を失うほどのものだった。だが、直後にユウヤは大声で叫んだ。

 

『このままじゃ拙いって分かってんだろ?! ベテランだってんなら、俺より分かる筈だろう! このまま命令なんて待ってたら全員が………』

 

『分かっているよ。だが、後退命令は出ていな――――』

 

言葉の途中で、ラトロワは黙り込んだ。

 

『今ならまだ間に合う………逆に言えば、今しかないんだ………っ!』

 

ユウヤは目の前の光景が耐えられなかった。BETAの見た目の不気味さと、言い知れぬ圧迫感ではない。それを前にして何も出来ない自分に対してだ。機甲部隊の損害はゼロではない。通信越しとはいえ、その断末魔を僅かなりとも聞いているのだ。なのに自分はのうのうと後方に居るだけで、36mmの一発も撃つことができない。見れば、タリサ達も何かを耐えているような表情をしていた。

 

それだけで、これが衛士にとっては耐え難い、許されないことであると感じていた。

戦闘の地響きが、遠すぎることが許せない。他国の人間がどうかなどとは関係がない、自分の衛士としての矜持がこの状態を許容できないのだと。故に絞りだすような声で、懇願した。

 

『お願いだ、中佐………頼む………っ!』

 

『………確かにな』

 

現状を把握するに、違和感だらけだった。元々の状況がおかし過ぎたのだ。あのレベルの援護が無ければ、機甲部隊が全滅していた可能性もある。今でも、航空支援なしで戦えば戦術機甲部隊が半壊する恐れがある。それなのになぜ、司令部は何の指示も出さないのか。命令は遵守するものという、軍の根幹たる意識に対する信頼さえ揺るがしてしまいかねない行為なのに。

 

『まさか………フン、そういうことか』

 

そこで、気づいた。司令部の思惑は、新型の電磁投射砲を試射させたくないのだ。

そのためだけに機甲部隊や、自分達を含めた戦術機甲部隊を捨て駒にしようとしている。この配置でまず損害を被るのはジャール大隊だ。部隊が戦闘能力を失い、いよいよ拙い状況になった所を航空支援部隊で片付けるつもりだろう。

 

『そうはさせるか………っ』

 

怒りと焦りを絞り出すような声。ラトロワは、ジャールの子供たちに大声で告げた。

 

『ジャール1より大隊各機! これより防衛線を二分する、各中隊ごとに指示座標へ後退!』

 

『了解! あ、でも、支援砲撃無しでは………!』

 

返ってきた声は、まだ少女の面影が強い。

ラトロワはそれを受け止めながら、柔らかい口調で告げた。

 

『分かっているさ、イヴァノワ大尉―――だが、大丈夫だ』

 

視線の先。そこには、電磁投射砲をスタンバイしている機体の姿があった。

 

『この最悪の状況を、あのボウヤが何とかしてくれるそうだ』

 

『えっ? でも、新兵器なんて………』

 

『それを保証したのが、あの馬鹿げた機体を駆っている1人だ』

 

守るためにと、派遣された衛士の質。それが証拠になるのが分からないが、と言いながらラトロワは声を大にした。

 

 

『どちらにせよ時間が無い、後退急げっ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――CPよりアルゴス1ッ! ジャール大隊は後退命令を受諾しました! 砲撃を許可するとのこと!』

 

『っ、よし! アルゴス1、了解だ!』

 

駄目かと思っていた所に、砲撃許可の連絡。ユウヤはガッツポーズをすると共に、急ぎ電磁投射砲の発射シークエンスをスタートさせた。

 

『超電導モーター起動………よし』

 

『出番だぜ、トチるなよ!』

 

『分かってる! カートリッジ、ロード!』

 

『頼むわよ、ユウヤ………!』

 

『任せろ! っ、マウントアーム固定!』

 

その声と共に、電磁投射砲が地面に固定された。

前方に居る戦術機甲部隊は、既に上空に退避していた。

 

銃口から、青い光がこぼれ出る。

 

 

『ぶちかませ、ユウヤァアアアッ!』

 

『任せたぞ、ユウヤ!』

 

タリサと武の声。ユウヤは応じ、大声で吠えた。

 

 

『お――――うよ!』

 

 

狙いを定める。可能な限り多くのBETAを撃破できるように敵の配置を頭に叩き込んだ。

 

そうしてユウヤが発射する直前に思ったのは、敵の姿だった。

初陣であろうが、嫌味が得意な子供衛士だろうが、理屈の通じない上官ではない、それらを虫けらのように殺そうとするBETAの異形だった。

 

そして今の自分の役割は。果たすべき任務は。最適の解は。それらの問答がユウヤの中で混ざりスパークした。

 

 

『くたばれ、バケモノ共ぉぉぉぉぉぉッッッ!』

 

 

声と共に、電磁の光跡が虹のような色を描いた。

円状に広がったその中心から極まった速度で弾丸が飛び出していく。

 

 

『―――お、ああああああああっっ!』

 

 

放たれるのは超高速の砲弾。ローレンツ力により従来のそれとは比較にならないほどに高められた速度で飛ぶそれは、真正面から最硬を誇る突撃級の装甲を突き破ってあまりある程で。

科学の結晶とも言える暴力の塊が、ユウヤの雄叫びに呼応するように大気を蹂躙した。

 

そのままユウヤは一点だけではなく、広範囲に散らばっているBETAをなぎ払うように銃口を移動させた。

毎分800発で放たれる極光の矢は、何体ものBETAを抉り壊した後に、大気との摩擦によってようやく消滅していく。

 

雷のように途方も無い砲撃、続いたのは1分に満たなかった。

だがそのたった60秒で十二分だと言わんばかりに、赤の光点はその数を激減させていた。

 

衛士はおろか観測していたCPまでも絶句する、それは圧倒的すぎる砲撃だった。

 

数秒し、BETAだった粉末――――血煙を見た衛士達が、口々に感嘆の言葉を吐いた。

 

 

『……す………す、っげぇ…………っ!!』

 

『な、なんなんだよアレはよ!?』

 

『中佐っ、これは………何が、一体何が起きたんですか!?』

 

『いやー、やらかしてくれるわ日本人は!』

 

『さすがに変態大国だなあ、おい』

 

『正に理想的な砲撃だったな………撃ってみたい』

 

羨望の声と、歓声さえも上がっている。

その中で1人、いつもの調子を崩していない男は功労者に声をかけた。

 

『たーまやーってね。ブリッジス少尉、ナイス砲撃っした。ありがとうございます』

 

『あ………あ、ああ。いや、俺は』

 

『いや、マジで文句なしだって。任せた通りに、やってくれました。食い残しも少しだけ居るようだけど―――――』

 

 

武はそこで黙り込んだ。代わりにと、通信から声が響く。

 

 

『ジャール1より各機! 気を抜くな、まだ戦いは終わっていないぞ!』

 

『りょ、了解!』

 

『残飯は少数だが脅威には違いない、油断せずに平らげろ!』

 

ここで死んでは意味が無い。ラトロワはそうした意図を含めての命令を出して、そして内心で呟いた。

 

(新兵器、言うだけの事はあったか。それにあの坊や………あれだけの兵器を扱うというのに、全く迷いがなかった)

 

初めての試射ということは、それだけ躊躇いがあるのが当然である。

発射態勢を整える所から砲撃を終えるまで、ケチを付ける所がほぼ皆無である方が珍しいのだ。

 

 

(それに、あの出鱈目な衛士………ガルムの連中もそうだが、たまには面白い奴が出てくるものだな)

 

 

ラトロワは呟き、口元を緩めた。それはこの戦闘が始まってより初めての、笑みの表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(よかった………本当に)

 

残敵掃討に移っていく衛士達。それをCPで見ていた唯依は、安堵の溜息をついた。

 

隣では、ハイネマンがブラボーと言いながらスタンディングオベーションをしている。

更に隣では、サンダーク中尉が感嘆の声をあげていた。

 

だが、唯依は生返事をするだけ。恐縮です、と最低限の言葉しか返せないでいた。

それを見かねたイブラヒムが、声をかけた。

 

小隊の状況確認と、行動の指示を頼むと。それを聞いた唯依は、えっと声を漏らした。

あくまで自分はXFJ計画の開発責任者であり、指揮権は持っていないと。

 

それを聞いたイブラヒムは、小さく視線を下げると、目を閉じて小さく告げた。

 

「鈍感、というのは日本人特有の資質なのか?」

 

「いえ、その」

 

唯依は通信越しに、誰かがくしゃみをする音を聞いた。

はっとなって、顔を上げる。

 

そうして頷くと、通信をユウヤに向けた。

 

「CPよりアルゴス1。聞こえるか、ブリッジス少尉」

 

『その声………なんで篁中尉が?』

 

「緊急事態だからだ。いや、そう緊急でもないのだが」

 

『き、緊急? いやどっちなんだよ』

 

「いや、その………あ、アルゴス1、現状を報告せよ」

 

『………了解。とはいっても、見ての通り全機健在だ。電磁投射砲も含めてな』

 

「そう、か。よくやったぞ………初陣にしては上出来だ」

 

『ありがとよ。でも、素直には喜べないな』

 

「えっ?」

 

『色々と差を見せつけられちまったからな。こいつに関しても、な………でも、凄いじゃねーか』

 

ユウヤの声は、若干であるが興奮の色に染まっていた。

 

『見てたろ? あんたが手がけたこいつがみんなを救ったんだ。誰も、違うなんて言えないぐらいにな………日本人も結構やるじゃねえかよ』

 

「………っ!」

 

その声に、唯依の頬が赤に染まった。それは喜びと、別の何かが作用してのことだ。

主成分は嬉しいという感情。それは大きく、知らない内に両の目から涙が溢れるほどだった。

 

『篁中尉、BETAの殲滅を確認しま………ってなんで泣いて!? ブリッジス少尉、まさかまた!?』

 

『お、俺じゃない! ていうかまたって人聞き悪いだろ! 根も葉もない噂を………お前、まさか』

 

ユウヤのはっとなった表情。それに、視線を逸らす犯人の顔。無言のまま、緊張感が高まっていく。

唯依はそれを見ていると、どうしてか口が緩むのを感じていた。

 

『お楽しみ中に悪いが、じゃれあいはそこまでだ―――状況終了! アルゴス試験小隊は速やかに帰投せよ!』

 

『アルゴス1、了解!』

 

唯依の命令に、ユウヤの返答。それが、初の実戦を締めくくる言葉になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方で、砲撃の跡を見つめる衛士は小さく呟いた。

 

 

「旧式だってのに大した威力だな」

 

 

これならば、何とかなりそうだ。コックピットの中で紡がれた武の言葉は、誰にも聞き取れなかった。

先に飛び上がったアルゴス小隊を追うように、跳躍ユニットに火を入れる。

 

背後に居る4機のトーネードADVから送られてくる視線と、側面に居る1機の殲撃10型から届いているであろう視線に未練を感じながらも、基地へと続く空を見上げた。

 

 

「………また、な」

 

震える声で語る。顔を合わせる機会は必ず訪れるのだ。謝ることもその時に。

 

忘れられていない、確信を持って覚えられているという事実が、申し訳のなさに拍車をかけていた。

 

(自分を覚えている人間………それは、記憶から“白銀武”の存在が欠落すると、その人物の“今”がバラバラになってしまう者だけ)

 

日常であれ、戦場であれ、それ以外のどれであれ。今までに記憶した風景から武の存在が欠けてしまった時点で、精神の均衡がばらばらになってしまう。それほどに深く、繋がりを持っている人物なのだから。それなのに、自分の生存を明かせないという矛盾があった。

 

だが駄目なのだと、武は自分に言い聞かせた。

 


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