Muv-Luv Alternative ~take back the sky~ 作:◯岳◯
ホームページ関連のあれこれが逝っちまったので、今後はこちらを主として投稿する予定であります。
思い出すことがあった。夢のようなものがあると、語られたことがあった。
戦術機のOSを改善しようという発案だ。実現に必要なものに関する様々なものが不足していることから、実現不可能という結論が下されたもの。
だが、生きているならば。今もまだ、あの頑固者が諦めていないのであれば面白いことになるかもしれない。
それだけではない。今のユーコンは、プロミネンス計画は緯度の高い土地にもかかわらず、熱気に包まれているらしい。
次世代戦術機に、次世代の装備。それを聞きながら、ターラー・ホワイトは思う。
なんとも心温まるニュースだが――――きな臭いと。
本心では嬉しいことだが、些かではなく急過ぎることだと。
「だが、時期が悪い。私では対応しきれん」
先日に入ってきたボパール・ハイヴに関する情報。それを考えると、今の自分がこの土地から動く訳にはいかない。
そんな結論を出した彼女の視線の先には、二人の男の姿があった。
数秒も経たない内に、ターラーの視線の意図も含めて敬礼を返した。
ターラーも敬礼をしながら、告げる。
「私の代わりに頼む――――お前たちの分も含め、あの馬鹿に心配させた代償を叩き込んできてやってくれ」
握り絞められた拳。その威力をしっている二人は、苦笑ながらに頷いた。
2001年8月14日。
ペトロパブロフスク・カムチャツキー基地の私室の中、ジャール大隊の副官であるナスターシャ・イヴァノワは目の前で椅子に座っている上官をじっと見つめていた。
「それは………もしかして、あの実験機のデータですか?」
ソ連のものとは異なる様式でまとめられたそれは、一目見ただけで大隊について書かれたものではないと分かる。
それを前提に、ターシャは不安そうな表情を隠すように俯いた。
「この前………中佐はあの男達と話をされていましたね」
「大した話じゃないさ。連中のおかげでありつけたヴォトカとの礼と、援護に入ってもらった感謝を伝えるためにな」
「ですが、その資料は」
戦闘に参加した他国の小隊データが書かれている書類の束。ターシャはラトロワが注視している部分に引っかかりを感じていた。
見ているのはバイタルチャートばかり。つまりは、衛士の精神状態を見ているのだ。
「………実際に面白くてな。ガルムに関しては流石、というべきか」
ガルム実験小隊の面々は、待機時はおろか、BETA襲来時のバイタルチャートに大きな差は見られなかった。
唯一、リーサ・イアリ・シフだけが交戦時に興奮状態となっているが、それも通常のそれとは異なる内容だ。
「サングラスの男も同様だ、というのは気になるが」
「え………?」
「今回はドゥーマとは違う、それなりに実戦経験がある衛士を選んできたようだ、が――――」
出撃前と出撃後の待機時、そしてBETAと対面した時と交戦状態に入った時。
見比べてみると、ガルムの4人とバオフェンの1人、そして"おまけ"の1人は明らかに違うものがあった。
「訊けば、18歳だそうだな」
「興味があるのですか?」
「無い、といえば嘘になるな。この場馴れぶりを考えるに」
「慣れている程に戦っている………少年期から戦場に出ている、ということですか」
同じ少年兵出身の衛士だということ。それに興味があると、ラトロワが誤魔化した。
だがターシャも、薄々とであるが誤魔化されたことに感づいていた。
「おいで、ターシャ」
呼ばれたターシャは、見た目相応の少女のようにラトロワの腕に収まった。
ラトロワは体重を預けられる感触を包み込んだまま、優しく言った。
「大丈夫だ………ターシャ。私はどこにもいかないさ」
「う~ん………どうすべきものか」
少し曇ってきた空の下。白銀武はユウヤが寝転んでいた場所で、ずっと悩んでいた。
内容はユウヤにかける言葉についてだ。
(そもそも、鈍すぎるんだよなあ。あっちの横浜基地で出会った時とは段違いだぜ)
武の知るユウヤ・ブリッジスは二人居る。1人はこの基地に、もう一人は別世界の横浜基地に居た、この時期より数年先に居るユウヤ・ブリッジスだ。
あっちの世界でのただ1人の"男の戦友"であり、何度か戦場を共にした事がある戦友だ。
(まあ、"なすがままに"やってやるしかないか。あいつも何だかんだ言ってバカだし)
その上でバカを自覚する自分が小細工を弄した所で意味はない。賢しい言葉で諭してやるなんてもっと無駄。
武はそう結論づけて立ち上がった。
「で、そこの人達。俺になんか用でもあるのか?」
振り返って告げた先には、数人の衛士の姿があった。背格好は自分より小さく、顔立ちも成人のそれとは違う。
武はひと通り見回すと、それがジャール大隊の面々であることに気づいた。
「あんたが、オウスって野郎だよな?」
「その通りだ。ってーか間違えようがないだろ、この基地でこんなサングラスかけてんの他に居ないしな!」
「自分でいうのかよ………いや、違う。俺はアンタに訊きたいことがあったんだが」
先頭に立つ少年は戸惑いを見せながらも、武を睨みつけた。
「分からないんだ。アンタ、どうしてあの時に俺を助けた」
「………質問の意図が分かりかねるな。なに、ひょっとして自殺志願者とか言わないよな。破れかぶれになってて、どうして助けたーって訳わからん文句を言いに来たとかじゃないよな」
「そ、それは違うけど………っていうかなんでそういう発想になるんだよ。妙に実感がこもってるし」
「前にそういう事があったから。『ガキが余計なことすんな!』とか殴られかけた。やー、あれは流石に凹んだわ」
「ガキ、って………そういえばアンタ」
「日本からやって来たフレッシュな18歳、小碓四郎です。気軽にシローって呼んでやってくれ」
「………変な奴だな、アンタ」
周囲の少年兵達も概ねは同意見なようだ。武は解せぬ、と思った。
「それでも、理由はあるだろ。なんであの時に援護に入って、俺を助けたんだ?」
「前に他の誰かに助けられたから。別に見捨てる理由もないから。BETA嫌いだから。ガキの頃に先任に助けられたから、次は俺がって。あと死なれたら戦力的に困るから。自己満足っていうのもあるな! ていうのが俺の回答だけど、後はお好きにどうぞ」
武は建前と本音らしきものを思いつく限り並べてみた。どれであっても、おかしい所が無いように聞こえる。
集まっている少年少女達は予想外の反応に今度こそ戸惑っていた。
訊きたいのは他国の人間がわざわざどうして、という点なのであるが、そういった点に一切の頓着がない回答を返されてはそれ以上の文句を続けようがなかった。
「ガキの頃って………あんたも少年兵だったのか?」
「うん。その頃の一番の恥ずかしい思い出は、教官役だった人を"お母さん"って間違えて呼んでしまったことだ………って全員が心当たりあんのな」
「う、うっせえなぁ!」
動揺を見せるもの、思い出して顔を少し赤くするもの、反応は様々であるが1人の漏れなく何かしらの反応を見せた。
武はそれを見て、にまりと笑う。
「大丈夫だ、安心しろ。あのおっかないけどめっちゃ美人な中佐殿には黙っておいてやるから」
「なにをだよ! って中佐をそんな目で見んな! ………訊きたいことはもうひとつあんだよ!」
「そうさ。昨日、ラトロワ中佐がアンタとあのチキ………アメリカ野郎と何か話してたようだけど」
そこで口ごもる。武は一連の流れから、どうやらその会話の内容を知りたいようだと推測した。
そしてかつての自分と同じ境遇である彼らの心境を考えた上で、ああと頷いた。
「俺には………ヤーコフを助けてくれてありがとう、ってな。どうした、ヤーコフらしき少年よ。顔がかな~り緩んでるぞ。嬉しい気持ちは分かるが」
「ち、違うっての! で、あのカッコつけ野郎にはなんて言ってたんだよ」
「ユウヤには上物のヴォトカを飲めた礼を言ってたぜ。その後でちょっと失言しちまったユウヤに対して、色々とボロカスに言ってくれちゃったりもしてたけど」
お陰で悩んでいる最中だ、とは口に出さない。武も、あれが忠告の類であることは分かっていた。
だが、武としては米軍の日本撤退に関してはまだ触れて欲しくなかったというのが本音だった。
その上で横浜の事まで言及されることになったのだから。
(それを見越した上で、ってこともあり得るけどな)
戦場で悠長なことをしている暇などない。それが分からないはずがないだろうという、遠回しな善意から来る忠告の可能性もあった。
あるいは、善意ではなく返礼としてか。どちらにせよ、ユウヤの周囲への状況認識が一段階上がったことは確かだった。
裏の意味もあるだろうが。武はその事に気づいているであろう、集まった内の数人に対してはっきりと告げた。
「あとは、ユウヤ・ブリッジスを見極めに来ただけかと。あれだけの威力を持つ兵器を扱う衛士だ、ジャール大隊を守るために人柄を把握しておくってのも指揮官の仕事だろうし」
「私達の、ため?」
「その辺りは知らんよ。数回話しただけだしな。でも………俺の知ってる、俺の嫌いなロシア人らしくない人に見えたのは確かだ」
武はそれを告げた途端に、少年たちの視線が強くなるのを感じていた。
まるでロシア野郎と中佐を一緒にすんな、と言いたいように。
「怖えなぁ。じゃあ、これで。もう用がないなら行かせてもらうぜ」
「………最後に聞かせちゃくれないかな。あんたも少年兵だったんだろ?」
少女が、たどたどしい声で言う。武はそこで歩みはじめた足を止めた。
向けられている視線に応えて、口を開く。
「ああ、ちっちゃな頃から衛士だった。日本人としちゃ、ちょっと例外だと思うけどな」
「なら………アタシ達がすべきこと、最善の行動ってなんだ?」
まるで試すような言葉だ。例えるならば、嘘を暴くような。
だが武は、なんだと言わんばかりの表情で即答した。
「指揮官を信頼するしかないな。自分を守ってくれる人を疑った時点で終わりだ。ガキに出来ることなんて知れてる。集まった所で同じだ。大人の権力は、BETAよりねばっこくて大きい」
だから、と続けた。
「大切に思ってくれる上官がいる。なら"信頼しなくちゃ生きていけないから"、じゃなくて"信頼したい"でもなくて、"信頼する"ってのが最善だと思う。みんなが同じ方向を向いて一致団結できれば、隊の中のあれこれも変わってくるだろ。もっとも………」
武は全員の顔を見回し、言った。
「何人も同じような仲間を失ったからか、そういった覚悟というか決意はできてるようだし………俺の言葉なんてなんの助けにもならないようだな」
道化だな、と一言。だが、それに対する反論は無かった。責める声も。
数秒の沈黙の後、質問をした少女が思い出したように口を開いた。
「っ、そうだな。アンタに言われるまでもない」
「へいへい。こりゃ、お耳を汚しましたようで………言われるまでもないだろうけど、家族のような戦友は大切にな」
得難いものだと告げた武は、掌をひらひらとさせながらその場を去っていった。
ヤーコフを含めた少年少女達は、遠ざかっていくその背中が見えなくなるまでじっと見送っていた。
同時刻、ハンガーの外。ユウヤは雲行きが怪しくなってきた空の下で1人、フェンスに背を預けていた。
目の前に見えるのは基地の中ではありきたりの光景。物資を運んでいる者や、軍用車が行き来していく。
だがユウヤはそんな五感から感じ取れるものよりも、内心の葛藤に意識を注いでいた。
米軍の一方的な条約破棄と即時撤退、その翌年にあったG弾の投下。
その2つの単語が大蛇のように心の中で畝っていた。
篁唯依は日本人である。斯衛の衛士たる彼女がその事を忘れているはずがない。
ユウヤもそれは理解していた。だが改めて考えると、引っかかる部分が出てくるのだ。
開発の最初期の段階にあってさえ、唯依はその点については一切言及しなかった。
ユウヤには、その理由が分からなかった。
(理屈じゃない、感情の問題だって言ってたよな)
米軍が撤退した理由はいくつかあるが、そのどれもが理不尽なものではない。
全ての詳細を知っているはずもないが、日本が悪い点だってあったはずだ。
だが、米国は国防に関して一切の妥協を見せることはない。
故に米国が自国の都合を優先させたというのも事実である筈だった。それが日本の、あるいは欧州各国の不興を買った部分はあるだろう。
それまでに多くの支援を行ったのは事実だろうが、それは理屈の上での問題で。
故郷を蹂躙された、身近な人を失った人間がそういった相手の都合を斟酌するかと言われると、否という答えを返さざるをえなかった。
唯依も、その点で悩んでいるのかもしれない。だから触れないようにしてきたという可能性もある。
(………考えたくはないけど、あの言葉がまるっきりの嘘だっていう可能性もあるんだよな)
唯依は自分を守るための電磁投射砲だと言った。だが、本当はあの砲のテストが主目的であり、不知火・弐型はあくまでおまけ扱いだったのかもしれない。
今までの態度は全て演技であり、本当は弐型の完成が目的ではなく、全てはボーニングの技術を盗むために日本側がしかけた陰謀であるかもしれないのだ。
ユウヤはそこまで考えた後、首を横に振った。それは9割9分あり得ないだろうと考えたから。
篁唯依のあれが全て演技であることは、祖父が本当は日本好きだったというのと同じぐらいにあり得ないことだと。
「………お、ユウヤか? なにやってんだよこんな所で」
ユウヤは声のする方を見て、驚いた。呼びかけてきたのは顔なじみのヴァレリオであるが、その隣に居るのはステラだけではなかったのだ。
アルフレード・ヴァレンティーノに、リーサ・イアリ・シフ。更に長身の男に、小柄な男が居た。
「お前こそ、何やってんだよVG」
「あん? いや、ちょっと世間話をだな」
あっさりと答えるが、どこか何かを隠しているようにも聞こえる。
それをフォローするかのように、隣に居たアルフレードが答えた。
「マッシュルーム・カットの4人組の話をしていたのさ、ブリッジス少尉。歌詞の解釈についてとかな。お前の方こそ、功労者がこんな所で辛気臭い顔して何やってんだ?」
「………あんたには関係ないだろ」
どこか弱く、言い返す。強く出られなかったのは、先に告げられた言葉だけが原因ではない。
G弾のことについて、話をしていなかったこと。
「それに、俺は本当の功労者じゃない。あの電磁投射砲こそが讃えられるべきだろ」
「まあ、その通りだって部分もあるんだけどな」
アルフレードは苦笑して、言った、
「でも、あの砲撃に関しちゃほぼパーフェクトだったろ………まさか、あの兵器が自動的に動き出した訳でもないよな?」
ユウヤは違う、と答えた。自分がトリガーを引いたのは確かだからだ。
「それで褒章をもらったってんならサービスで愛想と夢ぐらい振りまけよ。別に不当に貶されたって訳でもないんだし。つーかどうして、“俺ちょっとはすげえかもー”って自惚れることができんのかねえ。俺ならそれを口実に女の子を口説き回るぜ?」
「それは………俺だけが成したことじゃねえのに、そんな恥ずかしい真似できるかよ」
ユウヤははっきりと、罰が悪そうに言い捨てた。
それを見たアルフレードは、ポカンとした表情で隣にいるヴァレリオを見た。
「………でしょ?」
「あー………確かに。何やらデジャヴを感じるな。変な所で面倒くさいのとか」
ぽりぽりと頬をかくアルフレード。その他の3人も、まじまじとユウヤの顔を見る。
それに居心地の悪いものを感じたユウヤは、話題の転換を試みた。
「それより………大尉達はバオフェン小隊の小隊長が誰なのかを知ってるのか」
「そりゃ知ってるさ、ユーリンだろ? あのシルエットなら50m離れてても分かるぜ」
それを聞いたユウヤは、彼女が本当にクラッカー中隊の人間であるということを悟った。
それは、あの言葉の信憑性が増したことを意味する。
(いや………それだけじゃない。G弾のことは、あの女の言葉を聞かなくても………)
G弾が環境に問題のある兵器だということは知られている話だ。それを軸に置いている米軍のドクトリンについても、ユウヤが知らないはずがない。
欧州やアジアに点在するハイヴを最も効率的に攻略できる兵器として、世界に広く知られているのだから。
ユウヤはその事についてどう思っているのか、衝動的に訊きたくなっていた。クラッカーズと呼ばれている面々ではない、ヴァレリオやステラに尋ねたくなった。
同時に喉の奥が乾いていくのを感じていた。動悸も、何かを察しているかのように速くなっている。
――――本当は、アメリカ人である俺のことを憎んでいるのか。
言いたくないような、言わなければいけないような、そんな焦燥に駆られた。
「………顔色が悪いようだけど、大丈夫?」
「い、いや。なんでもないさ、ステラ」
「そう。でも、ここに来て無理だけは駄目よ」
自分を気遣うような声。ユウヤは安堵している自分を感じ、更に複雑な心境になっていた。
「………そろそろ、時間だ。アルフレード」
「せっかちだね、お前も」
「遅れでもしたら、クリスの奴が煩くてかなわん。急ぐぞ」
そう告げて、ユウヤの事を一瞥しながら去っていこうとする。だが4人は思い出したように立ち止まり、ユウヤに向き直ると告げた。
ユウヤは先頭に居る大柄の男が、敬礼をするのを見た。
「初陣クリアおめでとう、ルーキー君。あの砲撃には助けられたよ」
「………嫌味、ですか?」
「君の解釈次第だ。では、機会があればまた」
そう言って去っていく4人。
ヴァレリオとステラは残り、自分を気遣うような視線を向けてくる。
ユウヤはその視線に、居心地の悪さを感じていた。
大丈夫だと言い返し、逃げるように1人でその場を去っていった。
(情けねえな………ここに来て視野が広まったってのは感謝してるが)
代わりに考えなければいけない事も増えたと、ユウヤは内心で苛立っていた。
自分にとっての最優先事項は、実戦での近接格闘戦を経験して一段階上に行くことだというのに。
今はそれどころか、周囲と自分の認識のズレや新たに生まれた疑念に振り回されている。
内心に生まれた焦燥と苛立ちを噛み締めながら、歩く。
その先に辿り着いたハンガーには、整備兵とタリサが居た。
タリサは顔色悪く歩いてくるユウヤに気付き、走り寄った。
「おっす………どうしたんだよ、ユウヤ。また誰かにからまれたのか」
「何でもねえよ。それより………弐型を見てたのか? F-15ACTVじゃなくて」
米国の機体ではなく、日本の機体を。ユウヤはそう言おうとしたが、寸前で止めた。
「べつにいいじゃん。今回の遠征の主役を見ててもおかしくないだろ。知り合いもここに来てたし、ちょっとね」
そう告げるタリサは、嬉しそうな表情をしていた。ユウヤはふと、そういえばタリサとガルム実験小隊の二人が以前に出会ったことがあるという話を思い出した。
「―――アンダマン島、だったか。お前はそこで訓練を受けたんだよな」
「なにさ、急に。確かにあたしはあそこのパルサ・キャンプで訓練生になったけどさ」
「小さい頃から、か。なあ、タリサ………アジアの方じゃそれは当然なのか?」
「当然って………明らかに適正のない奴は弾かれるけど、それ以外は軍人になるってのは確かだよ。よっぽどの理由がない限りは、ね」
タリサはネパールから南下して、海を越えてアンダマン島へ渡った。難民が集まるキャンプの中で、選択肢もないままに軍人になったという。
ユウヤは、それを聞いて驚いた。てっきり、志願して入隊したと思っていたからだ。だが事実はそうではなく、半ば以上の強制の上で軍人にさせられたという。
「おかしい、って思ったことはないのか? 子供の自分が戦場に、ってよ」
アメリカではあり得ないことだ。ユウヤはその考えがあるから、タリサの言葉が少し信じられなかった。
対するタリサは、あくまで冷静だった。
「あー………訓練がキツくなってきた頃に、一度だけ思ったな。でも、キャンプに帰ってそこに居る家族を見ると理解させられるんだよ。アタシ達はこうするしかないんだって」
難民キャンプは酷い所だという。ユウヤは、そういう噂を聞いたことがあった。だが、その実態は詳しく語られることがない。
米軍の中は当然のことだとして、ユーコンに来てからもそういった方面に話題が飛ぶことはなかった。
「軍人になる方がマシだって言われる程だからね。ジャール大隊のガキ共も同じだと思うぜ。それを考えると、ラトロワ中佐はよく立ち回ってる」
「中佐が?」
ユウヤは引っかかるものを感じ、先に小碓四郎に責められたことを混じえて話した。
それを聞いたタリサは、何とも言い難いという表情をした。
「“与えられている役割の中で、拾えるものは多くない”、か。これは分かった方が良いのか悪いのか………」
「なんだよ、言いにくいことなのか」
「説明するのが難しい、って言った方が当てはまるか。分かってもそれはそれで………戦闘中なら、ある程度ならなあ」
ごにょごにょと言いよどむタリサ。そこで、誤魔化すように話題を変えた。
「あいつら………少年兵の衛士に似た奴は多く見てきた。キャンプの中でも居たから」
「だけど、それを納得してやってんのか? 無理やりに最前線に立たされて、それで死ぬ可能性が高いってのは………」
「どの道、帰る場所なんてないからね。それなら、って自棄になるのも多いけど、帰る場所を取り戻すまではへこたれてなんか居られないって、息巻いている奴も居た」
「そうか………でも、何か他人事のような口調だな」
お前は違うのか――――ネパールに帰りたいから戦っているんじゃないのか。
ユウヤはまた、言おうとして言えなかった。だが、タリサは不自然に黙り込んだユウヤを見て、ああと頷いた。
「アタシは…………故郷よりは家族だな。ネパールの思い出なんてほとんど持ってないし」
それは、タリサの本心だった。風景をはっきりとした記憶として残すことができるような年になる以前に、故郷を離れてしまったからだ。
だからタリサは、山岳民族だと言われてもピンとこない所があった。
「………帰りたくは、ないのか」
「いやー、そう言われてもね。そりゃ帰れるんなら帰ってみたいけどさ。何が何でも、って気持ちは持ってないよ。そういった思いを抱いてる奴は多く見てきたけど」
「大東亜連合には、そういった衛士が多いのか?」
「少なくはないよ。そもそも、自国のために戦うってのが軍人の本懐だろ? BETAに占拠されたまま、それを受け入れられるって奴が居るならお目にかかりたいね!」
例え、壊れていても帰りたいと思う奴らがいる。ユウヤは、それを聞いて思った。
理屈としては、素直に納得はできる。だが、故郷に帰りたいという思いが実感として湧いてこないと。
「故郷って、良いもんなのか? 戦う理由そのものにできる程に………俺には分からねえ」
ユウヤが生まれた土地と聞いて思い浮かぶのは、苦しみしかなかった日々の記憶だけ。
楽しいことなど何もなかった。それが壊れるとして、喜びはしないが悲しむ気持ちも沸き上がることがないだろう。
ユウヤは、内心でそう確信していた。軍人になってから一度も戻ったことがないという事実が、それを裏付けていると。
「………ユウヤも難儀な奴だよなぁ。あんなに俺はアメリカ人だーって言い張ってたのに、故郷の土地には帰りたくないなんて。てーか、本当に無いの? 土地とかそういうんじゃなくて、守りたい場所とか」
「守りたい場所、失いたくない場所か…………一つだけ、あるな」
迷った後に、浮かんだものがあった。それは土地ではなく、風土でもなく、建物だった。
広大なブリッジス家の屋敷の中に建てられた、自分と母を隔離するための離れの小屋だ。
母はもう居なく、故に帰りたい場所には該当しない。
だがユウヤには、あの頃のあの場所ならば帰りたいという気持ちが生まれるかもしれないと、思う所があった。
同時に、連想もしていた。苦しいながらも、思い出があったあの離れ。それを粉微塵に砕かれた挙句に、毒を撒かれる。
ユウヤは想像した途端に、自分の顔が険しくなっていくのを感じていた。
守る術がないという。強すぎるバケモノが居るという。だが、それを踏みにじることを正解だという誰かが居る。
果たして、自分はそれを許せるのか。答えは、出なかった。
迷うユウヤ。タリサはため息混じりに、言った。
「G弾のこと、だよな。そこでそんな顔するってことは、何か言われたのか………って言われたんだよな、きっと」
ユウヤは突然図星を突かれたことにより、驚きに固まった。
タリサはすぐ分かるって、と何でもないように言った。
「もろ顔に出すから、そりゃあ分かるって。こーんな風に眉間に皺寄せてたらバカでも気づくよ」
「そ………そのバカは、なんで分かったんだ?」
「バカっていう方がバカだっつーの! 理由はいくらでもあるけどさあ、ユウヤが訊きたいのはそういう事じゃないんだろ?」
「………ああ」
訊きたいことは、最近は戦友として意識するようになった者たちがどう思っているのか。
そして、直接G弾を撃ち込まれた日本を故郷に持つ唯依がどう思っているのか。
「言っとくけど、アタシには分かんねーからな。タカムラがどう思っているのか、なんて。VGもステラも、本音の全てをアタシに話してくれてる、なんて思ったことないし」
「そう、なのか?」
「信頼はしてるしされてると思うけど、誰だって隠し事は持ってるだろ? でも………いや、まあヒントをいうならさあ――――さっきユウヤが言った言葉に、答えはあるんじゃないのか」
「俺の………さっきの言葉の中に? それはどういう――――」
そうしてユウヤが問い詰めようとした時だった。
基地の中に、非常呼集の放送があった。プロミネンス計画に参加している人員で、整備兵以外が対象だった。
二人が怪訝な表情をしながらも、指定された場所へと駆け足で向かっていった。
そして10分の後にブリーフィングが開かれた。全員の前に立ったのは、イーダル試験小隊を配下に持つサンダーク中尉。
彼から告げられたのは、『数日中に再度の実戦試験を行う』とのことだった。
拡散したBETA群による二次上陸に対する処置であるという。厳重警戒態勢で挑んでいる沿岸部のソ連軍と共同で、上陸するBETAを迎え撃つという算段であるという。
ユウヤはそれを聞きながらも、集まった面々の中に唯依が居ないことに気づいていた。
どうして、この場に居ないのか。ユウヤはブリーフィングが終わると、ドーゥルに急ぎ駆け寄った。
「篁中尉か? 今は野外格納庫で99型砲について整備兵と話しているが………待て、今行っても恐らくは会えんぞ」
ドーゥルは、次の戦闘が数日中に控えているというのに、99型砲の整備状況は芳しくないということをユウヤに伝えた。
その事で、整備兵と小碓少尉を混じえて対処方法を検討中であると。
「現状での最優先事項だ。貴様の用がそれを上回るようならば、話すことができるだろうが」
「いえ………」
「―――らしくないな、はっきりと言ったらどうだ? お前が訊きたいのは、近接戦試験のことだろう」
「はい………それもありますが、何故そうだと?」
「ユーコンに居たころから貴様の行動は一貫していた。それを知っている者なら、すぐに気づくさ。篁中尉にも言い含められていたしな」
律儀にも、念押しで言っていてくれたらしい。ユウヤは感謝の念を唯依に抱き、同時に生まれた複雑な感情を持て余していた。
「それで、結果の方は………」
「残念だが、試験の内容やスケジュールに変更はないとのことだ。99型砲の整備状況にもよるだろうが」
「今はまだ検討中、ってことですね」
「そのようだ。最終的な結論は、すぐにでも篁中尉から告げられる。それまでは大人しくしておけよ?」
間違っても、基地の人間や試験小隊の人員と揉め事を起こすな。
ユウヤは唯依に対する妙な後ろめたさを感じつつも、そう暗に言われていることを理解して敬礼を返した。
翌日、8月15日。ユウヤはブリーフィングルームの外壁が響くほどの大声で、叫んだ。
「出撃、中止!? それは…………っっ!!」
ユウヤの許可されていない内の発言に対し、イブラヒム・ドーゥルは睨みをもって制止させた。
ユウヤはひとまず口を閉ざしたものの納得した様子を見せなかった。
現在の状況は、数時間後にBETAが上陸するというものだった。そのブリーフィングだというのに、どうして不知火・弐型が出撃中止などということになるのか。
疑問を抱くユウヤに、声がかけられた。
正確には中止ではなく、出撃の順延。説明を引き継いだ唯依は、あくまで淡々と状況を説明した。
「99型電磁投射砲の不調………原因は不明だが、起動も不可能な状態にある。したがって、今回の不知火・弐型での出撃は見合わせることになった」
メインコンピューターを含む、制御系プログラムの全てが応答不能。各所に目立った不具合がないが、一切の入力を受け付けない状態にあるという。
そこに、質問の声がかけられた。
「原因不明とは、お粗末だね。専任の技術者に衛士までも連れてきているというのに、何も分からないというのはおかしな話じゃあないか」
ストレートな物言いで不手際を責めたのは、ハイネマンだった。ドーゥルが自重を促すが、ハイネマンは聞こえないとばかりに言葉を続けた。
「技術者として問うているのさ。それで、急ぎ答えてもらえると助かるのだがね、篁中尉」
「はい。ご質問に答えます、ハイネマンさん」
唯依はそうして、説明をはじめた。この遠征には99型砲の機密中枢に関する知識を持つ技師や整備兵は派遣されていないこと。
プログラムの問題はあろうが、それをどうにかできる程の権限を与えられている人間が居ないこと。
「それは、小碓少尉も同様と。機能回復の見込みさえ立てられない、というのが答えかね?」
「はい。そちらの暗号まで与えられている訳ではありませんので」
「ふむ………その点については理解しよう。だが、何故出撃中止ということになるのか、その理由を教えてもらえないかね」
「その点に関して、私からお答えします」
唯依は、機体の再調整に時間がかかっていること。砲装備仕様からの基本仕様へ復帰するには、時間が不足していることを挙げた。
「成程ね。あとは確認だが、F-15EとF-15ACTVに関しては基本仕様のまま、出撃にはなんら問題がないのだね?」
「はい」
「結構だ。では、F-15ACTVの近接格闘試験だけでも………と言いたい所だが」
ハイネマンは言葉を止めると、ユウヤに視線を向けた。
今にも激発しそうな顔をしているのを見たからだ。そのまま、何か意見があるのかね、と尋ねた。
「………それは」
口ごもるユウヤ。その視線は唯依を捉えていた。
自分が近接格闘戦における経験を積みたいことは伝えている筈だ。なのにどうして、この場においてその機会を奪うのか。
死なせる訳にはいかないと、伝えられた言葉がある。だがユウヤは、ある疑惑が捨てられなかった。
ひょっとして、もしかしたら自分の意見などどうでもよく、99型砲こそが本命なのではないか。
黙りこむユウヤに、沈黙が1、2、3秒と過ぎる。そこに、横合いから声がかけられた。
「よろしいですか? ここは――――どうでしょう、不知火・弐型はF-15Eと共に出撃してはいかがか」
低い、声。それはサンダークのものだった。
「遠征の目的は実戦でのデータを集めること。その裏には、衛士が実戦を通じて新鋭機に与える良い影響を助長させるという目的もあるでしょう」
「それは………つまり?」
「今回のような適正規模の上陸は滅多にないと言っています、ドーゥル中尉。単機が危険であれば、随伴機を用意しても安全を確保する。その上で経験を積むことこそが、プロミネンス計画にも良い結果を生み出すことになるかと」
「それは妙案だ。随伴機としての適性も評価できる。ブリッジス少尉の目的も果たせる訳だ」
サンダークの言葉に、ハイネマンが同調した。だが、ドーゥルは反対した。
いくらなんでも、調整中の不知火・弐型での近接格闘戦は危険すぎると判断したためだ。
「ならばすぐにでも作業をやめさせた方がいい。調整中でなければ、突撃砲の運用に関して言えば問題が出ることはないだろう………君はどう思うかね、小碓少尉」
サンダークの言葉が向けられたのは、武に対してだった。
武は急に振られた話に、少し驚いた。
まさかここで自分に意見を求められるとは思っていなかったのだ。
武はさてどうしたものか、と考える。そこに、タリサからの視線を感じた。
見返すと、何か言わなければ後で殴るとでも言わんばかりの迫力に満ちあふれていた。
それだけではない、ヴァレリオとステラからも何がしかの訴えるような視線が送られてきている。
そして、別の気配も感じ取っていた。すぐ横ではない、少し離れた場所にいる4人。
ぎりぎりこちらの会話が聞き取れるような場所で、ブリーフィングの内容を整理しているように見せている者たちがいた。
ちら、ちら、とこちらに視線を送っている。武はため息をつきながら、答えた。
「そうですね………長刀は無理でも、突撃砲での近接戦なら十分にこなせると思われます」
「っ、小碓少尉?!」
「正直な意見です。あくまで安全性を重視するのであればF-15Eの随伴に徹させるべきだと判断しますが………ここに来て1人だけお留守番ってのは無いかと」
「ほう、何故かね」
「ほう、何故かね」
ユウヤは問い返すサンダークを見ながら、胸が締め付けられるような感覚を抱いていた。
どうしても出撃に反対する、というような態度を見せる唯依。ドーゥルも同じで、横に居るタリサ達もそれに反対する素振りを見せない。
もしかして、もしかすれば、信じたくないが。
ユウヤは自分の胸の中で疑念が膨らんでいくのを感じると同時に、目の前が真っ白になっていくような感覚に襲われていた。
フラッシュバックするのは、新たに知った事実と疑惑と、それらを取り巻いている灰色の予感。
それは目の前を曇らせると同時に、かつての白黒の記憶を思い返すには十分な材料であった。
表向きは良いように、だけど裏では信用さえされておらず。
肝心な時には蚊帳の外で、入ったとしても犠牲を振りまく災厄の。
例外は居た。だが、巻き添えにするかのような形で失ってしまった。
ユウヤは血が出る寸前まで、拳を強く握りしめた。
問いかけられた年下の少尉の、迷い顔が見える。
だが、続きに紡がれた言葉は予想の外であった。
「そうですね………ブリッジス少尉はどう思います? 出撃するの、怖いですか?」
「な………っ!!」
ユウヤはその言葉を聞いて、別の意味で目の前が真っ白になるのを感じていた。
まるで子供に問いかけるような言葉。侮られていると認識した途端に、言葉は口から飛び出していた。
「舐めんな! ここで逃げるほど腐ってもいないし、バカでもねえよ!」
「出撃したいんですよね。それは、やっぱり近接戦闘でなくても実戦を直に経験したいからですか?」
「そうだ! 命が惜しいだけならユーコンに篭ってても出来るだろ! ここで退いたら、何のためにここまで来たのか分からねえ!」
誰のためでもないと、怒りのままに告げた。
「俺は、中尉と約束したことを! 不知火・弐型をもっと良い機体に………高い次元で完成させるためにここに来たんだ! そのためなら、出来ることなんて何だってやってやる!」
握りしめた拳を大きく振りながら、叫ぶ。その後に訪れたのは数瞬の沈黙だった。
それを待って、武は言った。
「………なら、ブリッジス少尉はパートナーだ。プロミネンス計画の、XFJ計画を共に進めていく上で必要不可欠な衛士だ。その彼の意見が頭から否定されるってのは、あっちゃいけないことでしょう」
階級は大事ですが、と武は続けた。
「担う役割から言えば、その意見の全てが封殺されるのはおかしすぎる。実戦経験豊富な上官の判断だからって、一方的に行動を制限するのは理屈に合わない。それに………ユウヤ・ブリッジスは男だ」
「ふむ………男だから、どうだと言うのかね」
「過保護にされた上で、危険だからって実戦から遠ざけられる。最新鋭の超威力砲撃が無ければ出撃さえさせられない。つまりは、“そうした状況じゃなければお前は生きて帰れない”と言ってるのと同じですよ。そういうの、腹が立ちません?」
「………成程。だが、客観的な根拠には成り得ないな」
反論したのは、唯依だった。武はそれを聞くと、唯依に向き直って問うた。
「でしょうね。物証根拠道理を以ってしての説明材料には足らない。ですが、大事な部分なんですよ。そのあたり、ジアコーザ少尉はどう思います?」
「俺か? まあ、そうだな。ここで後ろにすっこんでろ、と言われてそのままになるようじゃ、男が廃るわな。女の子にだって、恥ずかしくて口説けなくなる」
「タリサ。女でチビだから役に立たない、って言われたままでいられるか?」
「まさか、拳でもって答えるね! それで足りなきゃ模擬戦でもなんでもして、取り戻すさ。舐められたままの負け犬なんて耐えられない」
「ブレーメル少尉。ユウヤは初陣を経験しました。その上で、調整中の機体だっていうのにこの場で経験を積みたいという。女性として、どう思いますか?」
「そうね………個人的な意見だけど、応援したいと思うわね。理屈にあわないかもしれない。だけど、機体の開発は機械がするわけじゃないもの。未熟な人間が、良い機体を開発できると言う方が無茶よ」
「ですよね………野郎としちゃ、ここでこうまで虚仮にされた方が後々に響くと思われますよね。そのあたり、篁中尉はどう思います?」
「………間違ってはいない。だが、リスクが大きすぎる。もしもの時は………いや」
「もしもの時は…………いや」
唯依はそこで言葉を止めた。もしもの時とはなんだ。いつだって実戦は厳しいもので、もしもの時が訪れてしまえば周囲諸共に踏み潰される。
問題は、これが多くの人間が関わっている一大計画だということだ。失敗すれば、自分の責任だけでは贖えない。
自分を取り巻く様々な人々まで巻き込んでしまうだろう。
だが、それが何なのか。唯依は、99型砲を導入する時に自分に問うた言葉を思い出した。
(死なせないために、叔父様へ要望を出した………なのに今更、被害が大きくなるかもしれないから途中でやめると?)
根源は何だ。唯依はそうして、断じた。
(私はユウヤ・ブリッジスを信じる………そう決めた。洞窟の中、決意を知らされた時に決断した。なのにここで疑って、全てをご破算にすることなど)
――――今更だったな。
そうして、唯依は言った。
「………ブリッジス少尉」
「っ、なんでしょうか篁中尉」
「リスク・コントロールを考えてのことだ。だが………先ほどまでの言葉を撤回させて欲しい。そして、すまなかった。実戦で成長したいという、少尉の決意を汚してしまった」
唯依は告げて、頭を下げる。
そこに、ハイネマンが言葉をつないだ。
「篁中尉………それはつまり、不知火・弐型の出撃を要請する、ということでよろしいのかね?」
「はい」
「結構なことだ。共同開発におけるパートナーの思惑を理解してくれて嬉しく思うよ。だが、リスク・コントロールの事は無視するのかね?」
「それは………いえ。出来る限りのことはします」
告げて、唯依は向き直った。そこには、少尉の階級章をつけた人間が居た。
「小碓少尉。少尉は、ブリッジス少尉の随伴機として、戦闘に参加して欲しい。最優先事項は、不知火・弐型の生還だ。それを最優先として――――」
「必要ならば死んで欲しい。そういうことですよね、了解しました」
武は間髪入れずに、敬礼を返した。一切の躊躇のない回答に唯依は驚いたが、表面には出さずにまた別の方向を見た。
アルゴス試験小隊の面々については、いまさら言うまでもない。その上で唯依は、保険をかけようとしていた。
視線の先には、4人の衛士が居た。その目には、爛々とした光が満ちている。
言いようのない存在感を、常に身にまとっているように見える。その相手に、唯依は告げた。
「ガルム実験小隊の………元クラッカー中隊の四方。アルゴス試験小隊が万が一にでも危機的状況に陥った場合、優先して援護をお願いしたいのです」
「な――――」
ユウヤの、驚いた声。その一方で、唯依には勝算があった。
クリスティーネ・フォルトナーはクラッカー中隊が篁という名前に借りを感じていると言った。ならば、この言葉に対して何らかの反応があるはずだ。
上手く行けば、そのままの協力だって。そう思った唯依に、隊長である巨躯のフランス人――――フランツ・シャルヴェは答えた。
「分かった。出来る限りの範囲で協力しよう。そもそもが、プロミネンス計画とはそういうものだしな」
「え………」
「呆けた顔をするな、中尉。この計画で各国が協力するのは、技術開発だけではないということだよ。有望な若者は死なせるべきではないだろう? それに………」
フランツはそこで、サングラスをかけた武を見た。
武はと言えば、居心地が悪いというよりはバツが悪いというような態度で、微妙に目をそらす。
それを見届けた後に、微笑と共にハイネマンをちらりと見つつ言った。
「恩を仇で返すのは趣味じゃない。公的にも私的にも、協力する理由を作るのには苦労しないということだ」
「………感謝します。しかし、義理堅いですね」
「樹から聞かされた言葉だ。“一期一会に”、“袖すり合うも他生の縁”と言ったか。特に好ましい言葉だと思っている」
「あ、それでも個人的な礼は全然オッケーだぜ? 例えば個人的なデートでも――――」
アルフレードの言葉は、三重に叩きこまれたローキックで差し止められた。
特にアーサーの一撃は重く、脛を押さえこんで床を転がる。
それをドーゥルを含めた、ハイネマンとサンダーク以外の全員が呆然と見ていた。
「あー………アタシからは何も。欲を言えば、面白い話でも聞かせてもらえればなー、と」
唯依はそう言われても、と内心で困った。百戦錬磨の衛士を満足させられる言葉など浮かばないと。
だが、ふと思いだしたことがあった。
今でも思い出せる、初陣のこと。詳細は覚えていないが、そこで聞いた人を笑わせようと話題を振っていた誰かのことを。
「………そういえば、ブラック・バードを歌った所を辛気臭いと怒られた人が居たとか」
その言葉に、4人が一切に吹き出した。ばぶっ、と飲み物を含んでいたら霧を作り出しそうな勢いだった。
「そ…………ごほん。それ、誰から聞いたんだ?」
「あれは確か………ベトナム義勇軍の、マハディオ・バドル中尉だったかと」
唯依の答えに、驚きを見せたのは5人だった。
クラッカー中隊の4人。そしてもう一人は、話を聞いていたタリサ・マナンダルだ。
勢いよく振り返ると、信じられないという顔で唯依を見た。
「マハ………ディオ? てーか、ベトナム義勇軍? それがなんで中尉と」
「日本防衛の際に、お世話になりましたので」
もしかしたら、これも交渉材料になるかもしれない。唯依はそう思い告げて、そしてそれは効果てきめんだった。
「あー………成程ね。色々と納得したわ」
「は?」
「いや、こっちの話さ。しかし、益々手は抜けなくなったな――――分かった。出来る限りのことはしよう」
「はっ…………感謝します、大尉殿」
「お互い様だ。ああ、こっちが窮地に陥った時にも援護してくれよ、少尉?」
「それは………ええ、必ず」
ユウヤは戸惑いつつも、咄嗟に思いついた言葉通りに答えた。
それに満足したように
フランツを先頭にして4人が部屋から去っていく。
遠ざかっていく足音。ハイネマンも例外ではなく、F-15Eでの出撃が決定した者たちも退室していく。
残ったのは、ユウヤと、唯依。
自然な流れであるように残った二人は、視線を交差させていた。
「………どういうつもりだ、なんてのは今更言わねえ。だが、訊きたいことがある」
「答えよう。それが私にできる罪滅ぼしだ」
「そういうこっちゃねえ。俺が訊きたいのは………どうして中尉がそこまで俺を信じるのか、その理由を訊きたい」
一拍置いて、ユウヤは告げた。
「G弾に、一方的な………私見はあるだろうけど、米国の撤退。思う所はあるんだろ?」
「――――それは。いや、無いと言えば嘘になる。当時、私も前線に出ていたからな。梯子を外されたかのような感覚と、あの忌まわしい黒い半円は忘れられない」
恨んでも恨みきれない。
唯依は、だが、と迷いながらも口を開いた。
「信じてくれと言った。信じると言った。あの時の言葉に…………嘘はないと思った。私が感じたんだ。嫌いだといえども、貴様は機体は完成させると吠えた………それに、応えたかった」
「信じたいと………応えるべきだって?」
「本音を吐露するには勇気が要る。その上で貴様は、偽りを重ねることを止めた…………私はそれを尊いと思った」
だから、応えるべきである。唯依はそう告げながら決意を秘めた微笑を、そうとは感じさせないままユウヤに見せていた。