Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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13話・後編  夢灯 ~Light my light~

ユーコンにある歓楽街、リルフォート。ユウヤは町並みと此処に集まっている人混みを見ながら、アルゴス小隊の仲間と小碓四郎、ヴィンセントと一緒に歩いていた。

 

「おいおい、こりゃすげえなぁ………まるでお祭りだぜ」

 

「大勢が参加するパーティーだからなぁ。正しく、街を上げてのお祭りだろうぜ」

 

「ブルーフラッグが始まる前の、顔合わせという意味も含まれているだろうしな………ほら、あそこ。遠征に参加していない試験小隊も呼ばれているみたいだぜ」

 

小碓四郎――――武の指差す先には、カムチャツカで見た覚えのない顔もあった。

彼らもこのパーティーに参加しているようで、ユウヤ達の目的地である酒場に談笑をしながら入っていった。

ユウヤ達もそれに続く。そして、入り口付近に居たナタリーに案内された席に座り、一息をついた。

 

「前もってナタリーに言っといてよかったぜ。予約してなかったら別の店に行く羽目になってたかもな」

 

「VGはそういう所で気が利くよな………このパーティーの熱気に乗じてナタリーを口説き落とそうってのが狙いなのかもしんないけど」

 

「おっと、それを言うのは野暮だぜ? なんにせよ、いつもの場所で良かったよ。別の場所に行って料理とか酒が不味かったらそれこそ台無しだったろ」

 

軽口を交わしている間に、飲み物が運ばれてきた。男4人と少女のような体躯を持つ女1人の持つグラスが、甲高い音を奏でた。ナタリーはそれを、眩しそうな表情で見つめていた。

 

「っ、ぷはー………生き返るねえユウヤ」

 

「おっさんくせーぞヴィンセント。それにしても………イーダルの奴らの姿は見えないのな」

 

見れば、軍人らしき者までもが駆り出されているようだった。

BDUの上にエプロンを纏い、給仕を手伝わされている姿が見える。

 

「なんだ、ユウヤ。本命の『紅の姉妹』が居なくて不満だってのか?」

 

「本命とか、そんなんじゃねーよ。まあ、こういう所に来るような奴らじゃないってのは分かってたが」

 

ソ連というのはそういう国らしい。ふと、ユウヤは思った。ヤーコフと呼ばれていた少年、あるいはターシャと呼ばれていた少女。年端もいかない衛士達は、こういった物を食べたことがあったのだろうかと。

 

答えは分からない。知ることは、きっと無いのだろう。そうして葛藤が始まる前に、料理が運ばれてきた。

グラタンと似ているようで少し違うが、合成食料を元に調理されたものとは思えない良い匂いを放っていた。

 

「えっと………ナタリー?」

 

「ふふ、それはステラの料理よ。今は奥の厨房で腕を奮ってるわ」

 

ウインクして答えるナタリー。それを聞いたユウヤとヴィンセントは、へぇーと感心した声を出した。

 

「これがスウェディッシュなのか………って美っ味え!」

 

「おお、マジでイケるな。どこぞの味気ない合成食料とは大違いだ」

 

「"調理に一手間かけるだけで、人の温もりが感じることができる"、か………言うだけはあるぜ」

 

思い出したのは、グアドループでのステラの言葉だ。

そのままではとてもじゃないが美味しいとは言えない食材でも、人の手によって人が食べるように工夫されたものは別物になると。

 

「………見たかい、あの顔。子供みたいな顔しちゃって」

 

「"ユウヤを落とすに銃火はいらぬ、手料理の一つもあればいい"ってか?」

 

タリサと武の冗談をよそに、ユウヤは昔の自分のことを思い出していた。

目の前のタリサ達のように、美味そうに食べている様子を見ればそれだけ作った方も嬉しいだろうと。

 

(お袋は………どういった気持ちだったんだろうな)

 

出された料理は、今でも覚えている。だがユウヤは、母の手料理を美味しそうに食べた覚えはほとんどと言っていい程になかった。例外は1つか、2つだけ。本当に美味しいと思った料理以外は、無言かつ無表情なまま黙々と食べていたように思う。

ユウヤは、振り返って思いだして分かった。その時の自分は、自分の境遇に対する不満を示すように決して喜びの表情を見せないようにしていたのだ。

 

「ってお~い、何を不景気な顔してんだよ。あ、舌でも火傷したのか?」

 

「いや………別に、ちょっと食い物が喉につっかえただけだ」

 

「おいおい、美味いのは分かるけどがっつくなよ。もっとこう、周囲の奴らみたいにさ」

 

武が指差す先には、他の試験小隊の衛士達の姿があった。全員がブリーフィングルームで見るのとは違う、緩んだ表情をしていた。

 

「まあ………このユーコンは、最前線に居た衛士達にとってみれば天国だろうしね」

 

「そうそう。ひょっとすれば、こうした場所で美味しい料理を腹いっぱい食べるのが夢だった~とか思ってる奴が居るかもしんねーし。特に大東亜連合とかな。一度食べたことがあるけど、あそこの合成食料は不味いのなんのって」

 

「へえ………怖いもの見たさで聞くけど、どんな味なんだ?」

 

「あー、なんていうか、こう………一言で表すと、レインボー? 改良途中のやつは不味い上に、食べたら妙に屁が出るようになるし」

 

「虹と屁かよ。そりゃあ、美味しい料理を食べるのが夢だって奴が居るかもしれねーな」

 

ヴィンセントは納得した、という風に頷く。そして話題はそれぞれの持つ"夢"の内容へと移っていった。

 

「夢、ねえ。目標とか目的じゃダメなのか?」

 

「はあ………分かってないねえユウヤは。努力目標は持ってなきゃダメなモノだろ?」

 

「そうそう。で、夢ってのは、自分が持ちたい、諦められないもの。荒唐無稽でも捨てられない、憧憬みたいな?」

 

タリサと武の言葉に、ユウヤはそういうものかと頷いた。

 

「これは受け売りだけど、一流の衛士ってのは夢を持ち続けることができる奴らしいぜ? その点、既に一流の領域に入ってるユウヤはどんなもの持ってるのかなと」

 

「あ、それはアタシも気になるな」

 

「俺もだ。相棒の本音は把握しておきたいね」

 

「いや、いきなりそんな事言われてもな………」

 

ユウヤは目標も目的も持っていたが、それは現実的なもの。夢といった幻想的なものなど考えたこともない。

それでも一流になるためには必要だという。無ければいけないということもないだろうが、とまた思考の迷宮に入り込もうとした時だった。

 

「まあ、今この時間に絶対に語らなければならないーってなものじゃな

いからな。それより、いいもの見せてやるよ」

 

ヴィンセントがさり気なく示した先。そこにはエプロンを身につけたステラと、もう一人。

同じくエプロンを身にまとい、鍋を両手にこちらを見つめている唯依の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ど、どうして無言なんだ? おかしいのか、やっぱり変なのかこの格好は!)

 

唯依は表向きの表情を繕ったまま、内心では混乱の極みにあった。

 

(エプロンを着れば一撃必殺などと、風守少佐の言葉を信じたのが………いや、でもブレーメル少尉はこんなに似合っているし。BDUの上からでも変では―――はっ、だが私が似合っているかどうかは別の話だ………っ!)

 

厨房の衛士からは褒められた。だが、それはお世辞だったのではないか。階級が上である自分を立てるための言葉だったのではないか。唯依はきっとそうだと、調子に乗った自分が浅はかだったのだと自分の迂闊さを恥じた。

 

それでも、このまま無言を貫いていても意味はない。この料理は、ユウヤに対しての償いという意味もあるのだ。

無茶な条件で出撃させてしまったこと、計画半ばで投げるようにして自分の命を賭けてしまったこと。

ステラと武から、その申し訳の無さを埋めるための良い案があると言われ、そうして聞かされたのが手料理を振る舞うというものだった。やるからには本気で、という決意と共に用意したのはレパートリーの中でも唯一自信を持てる料理、母直伝の"肉じゃが"だ。

 

(このままでは埒が………ええい、ままよ!)

 

一歩を踏み出して、一言。

 

「ぶ、ブリッジス少尉。食事が進んでいるようだな」

 

「あ、ああ。ステラの料理だろ、これ。すげえ旨かったよ」

 

「ふふ、ありがと」

 

「う、うむ。それは良いことだな。健全な精神は健全な肉体に宿るという。食事も、衛士の重要な仕事だから………」

 

唯依は話しつつも、良い方向にもっていけたと自画自賛をしていた。この勢いのまま行けば、と。そこでユウヤが口を挟んだ。

 

「お前、なんか緊張してねーか? なんてーかグアドループの水着撮え、いや広報任務の時のよう、なっ!?」

 

言葉は最後まで紡がれなかった。ヴィンセントの肘打ちがユウヤの脇腹に決まったからだ。

だが時は既に遅く、水着撮影の時のことを思いだした唯依の顔は、ぼんやりと赤く染まっていた。

 

「い、いや………そうだ、あの時にも貴様には迷惑をかけたな!」

 

唯依は無理のある方向修正を試みながら、ずずいと鍋を前に出した。

 

「そのお詫びだ。貴様の口に合うかは分からないが………栄養バランスも優れている」

 

「あ、ああ。頂くよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(こいつがこんな騒ぎに参加するとはな。俺と同じで、こいつもこういう騒ぎが苦手だと思ってたぜ)

 

それでも、参加することに意味を見出しているのだろう。そう考えたユウヤは、素直に唯依の料理を食べることにした。用意された皿に、牛肉、じゃが芋、人参、玉ねぎが乗る。そして、色合いは元のそれより大して変わることもなく。

 

(いや、ちょっと待てよ………まさか、この料理は)

 

ユウヤは言葉と表情には出さず、それを食べた。

人生で初となる、日本料理。だが口の中に広がる風味は、とても覚えのあるものだった。

 

「………これは」

 

「お、肉じゃがだ。日本の伝統的な家庭料理だけど、かなり美味そうだな」

 

隣に居る武から、軽くフォローが入った。ユウヤはそれを聞いて、唯依が緊張していた理由が分かったような気がした。自分の過去は唯依も知っている。日本人の父を恨んで来たのだ。だからこそ、どういった反応をするのか怖かったのだ。トラブルの種になってもおかしくないと考えているのかもしれない。それでも、と唯依は踏み込んできたのだ。

 

「ど、どうだ?」

 

「ああ………」

 

不安な声。ユウヤは、率直な感想を言った。

 

「――――旨いぜ。まあ、好きな味だな」

 

嘘偽りのない言葉。ユウヤは母・ミラから初めて食べさせられた時と同じ感想を告げた。

告げながら、内心で苦笑を禁じ得なかった。

 

(おいおい、お袋………あんた、オリジナル料理だって言ってたよな)

 

だが、ユウヤには母が嘘を言ったその理由も分かっていた。日本料理であると告げられれば、また違った感想を抱いたに違いなかったからだ。日本に行ったことがないのに、日本の家庭料理を作る事ができる理由まで尋ねていただろう。

 

――――日本人の父の大好物だった。そう答えられた時、子供の頃の自分はきっと料理を皿ごとぶちまけてしまったことだろう。

 

(それでも、この料理を………偽ってでも作り続けた理由は………親父を思い出すためか? あるいは、俺に何かを伝えるため? 頑固だったアンタのことだ、自己憐憫でそんな事をしていたとは思わないけど)

 

本当の所はなんだったのか。それはもう、永遠に問い詰めることができない。死者は蘇らないのだ。それこそ、先ほどの話にあった荒唐無稽かつ幻想的な思想の果てにしか見出すことができない。

 

「ど、どうしたユウヤ」

 

「いや………何でもない。ちょっと思い出すことがあっただけだ」

 

唯依の嬉しそうな表情が少し曇る。それを見て、ユウヤは内心で悔恨の念を抱いていた。

今ならばもっと、分かることが多いのに。母が何を望んでいたのかは分からない。だけど、もっと自分が素直になっていれば。あるいはアメリカに認められずとも、目の前の唯依のように嬉しそうな表情を見ることができただろうに。

 

(夢、か)

 

どうにも母の顔がちらつく。だが、内心を悟られれば引かれるかもしれない。

そう思ったユウヤは、唯依にこの料理のことを聞いてみた。

 

「母から教わったんだ。時間のかかる料理でな。もっと煮込んだ後に冷めるのを待てば、加熱した後でも隠し味に使った胡椒が上手く馴染んで………」

 

「これでも美味いけど、未完成なのか?」

 

「充分美味いっすけどね。いやー、日本料理は奥深い」

 

「あたしはもっとスパイス効かせた方が好みだけどなー。これはこれで、前に食べたもんより美味しいけど」

 

タリサは、大東亜連合に居る日本人に食べさせられたものより数段旨いという感想を告げた。

 

「それにしても、母親か………唯依のお袋は、日本に?」

 

「ああ。今は帝都の方にな。京都の生家からは無事に避難できた」

 

「あ、そうか。京都は1998年に…………唯依もその時に戦ったのか?」

 

「戦わないという選択肢は無かったさ。私の生まれ故郷で、斯衛が最優先で守るべき場所だったからな。非才の身でも役に立とうと必死だったが………何も出来なかった」

 

「でも、その時の中尉は15歳だったのでしょう? それも、任官繰り上がりで訓練が足りていない状況なら無理もないわ」

 

「そうだろうけどな………不甲斐なさはあった。先任と他国の部隊に助けられて、ようやく生き残ったと言える程度のものだった。特にベトナム義勇軍には世話になったな」

 

と、そこで唯依は武の方を見た。そういえば、と京都で出会った少女の事を思い出す。

 

(純夏は、タケルちゃんがミャンマーで死んだと言っていたな。当時の風守少佐に)

 

そして、探していた人物の名前は唯依も覚えていた。家に滞在していた頃は勿論のこと、その後の京都の病院で何度も聞かされたからだ。

 

(――――白銀武。同い年の幼なじみだと言っていたが)

 

武という名前は少なくないが、風守という名前が絡んでくれば別となる。そして、鑑純夏は横浜からやってきたと言っていた。家が隣同士だったということは、風守武――――白銀武の故郷も横浜である可能性が高い。

G弾を落とされ、不毛の地となった上で、実質的には国連軍に支配されているあの土地に。

 

「それでも、生き残ったのは唯依の力があったからだと思うぜ。あそこは………ちょっとでも油断すれば死ぬ場所だった。少ししか知らない俺が何を言えるのかは分からねーけど」

 

「いや、その気遣いは有り難い。だが…………1人で出来ることの限界を。個人としての無力さを痛感させられた場所だった」

 

波濤のようなBETAの奔流に、個人の武勇などなんの役にも立たない。後に残されるのは、破壊の傷跡だけだ。唯依は上総が救助された後、自分も機体に損傷を受け、負傷し入院させられた時のことを思い出していた。

 

「戦場で気を失って、気づけば病院のベッドで。混乱していたのだろう。寝ていてはいられないと、隣に立てかけられていた松葉杖をひっつかんで歩きまわって」

 

そこで見たのは、傷ついた人たちだった。軽傷から重傷、身体部位欠損に死亡。

悲鳴と、何かを呪う声が木霊する病院。戦場とはまた異なる、そこは地の果てであった。

 

(そして………私は志摩子と和泉の死を思い出した)

 

戦闘前にかけられた後催眠暗示が解けてしまったのだろう。薄ぼんやりとしていた戦場での恐怖心が、脊髄と臓腑を駆け巡り、耐えられなかった自分はただの少女のように泣きわめいてしまった。

武家としては相応しくない。座り込んだまま、周囲の人間に示しがつかないほどの勢いで泣いてしまった。

 

「………失ったのが悲しかったのか、自分の無力が嫌になったのか。上手く説明できないな」

 

「そう、か………でも、怖くなかったのか? その後に戦うことが嫌になったりはしなかったのか」

 

「恐怖は、あったように思う。だけど…………それでもと、戦おうという気持ちになった」

 

「それは、どうしてだ?」

 

気づけば聞き入っていたユウヤが、問いかける。たった15歳、本当の恐怖を知ってまで何故。

問われた唯依は、少し恥ずかしそうな表情で答えた。

 

「泣いた後、看護師に運ばれたベッドの上でな。落ち込んでいる時に、臨時で病院の手伝いをしていた同い年の少女の言葉に励まされたんだ――――戦ってくれてありがとうと、感謝の言葉と共に頭を下げられた」

 

少女の手は震えていた。BETAは怖いという。その声自体にも、言いようのない実感がこめられていたように思う。

泣きそうな顔で、それでも万感がこもった色で。

 

「へえ………でも、変わった子ね。戦地であった京都の病院に………ひょっとして武家生まれの友達だったとか?」

 

「いや、一般人だ。それより少し前に見知ってはいたが、まともに会話をしたのはそれが初めてでな。赤い髪の少女で、名前は――――」

 

そこで唯依は多少の意趣返しも含めて、横目で武を見た。

ひょっとすればと、武が口に飲み物を含んだ瞬間を見計らって答えた。

 

「――――鑑純夏という」

 

同時に、盛大に飲み物を吐き出したモノが居た。

霧状になったそれは、目の前に居たタリサに全てかかった。

 

「っ、てめえっ、この野郎!」

 

「ちょっ、ごほっ、待っ――――」

 

あの野郎即座に避難させたというのは嘘だったのか、と小声で。

だが抵抗も虚しく、タリサのスリーパーホールドが武の首に決まった。

落ちる寸前に何とかタップした武は、後で何か高いものを奢るということで譲歩案を引き出した。

 

そして落ち着いた後、タリサは思い出したように唯依に向き直った。

 

「そういえば、カムチャツカでさ。ベトナム義勇軍の衛士の名前を言っていたようだけど」

 

タリサは思い出したように尋ねた。カムチャツカでの、ガルム小隊に告げた名前のことだ。

唯依はああ、と頷いて答えた。

 

「義勇軍の衛士は3人居たが、そのうちの1人だな。マハディオ・バドル。元はクラッカー中隊の衛士で、タンガイルの戦闘の後に隊を離れたと聞いたが、マナンダル少尉の知り合いか?」

 

「ああ、知り合いというかな。アタシは弟をベトナムの孤児院に預けてるけど、そこで見知ったんだ。同じ、保護者的な立場か? あっちは妹的存在らしい――――プルティウィっていう女の子を預けてて」

 

「………弟?」

 

ユウヤは少し驚いた。タリサに弟が居たとは初耳で、意外だったからだ。

同じ感想を抱いたヴィンセントが、タリサに尋ねた。

 

「孤児院って珍しいな。パルサ・キャンプに預けられるのが普通だって聞いたけど。というか二人姉弟か~。弟くんは姉に頭が上がらなさそうだな」

 

「………まあ、そんなとこ。って今日はアタシの話はいいだろ?」

 

遠征が成功したパーティーなんだから、とタリサは話題をユウヤの方に移そうとする。

 

そこに、聞きなれない声が飛び込んできた。

 

 

「―――随分楽しんでるみたいじゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………どっかで見た顔と声だな。えーっと、確かカムチャツカ基地で?」

 

「見た目通りに乏しい頭してるわね。いいわ、名乗って上げるから覚えておきなさい――――統一中華戦線の崔亦菲(ツイ・イーフェイ)。階級は中尉よ」

 

中尉、つまりは上官。タリサは引っかかる物言いに反発心を感じつつも、ひとまずは敬礼を返した。

ユウヤ達もそれに習う。1人、げっという表情を押し殺していたが。

場が、緊張に引き締まった。緑色の髪、それをツインテールにまとめているその表情は油断のならないもののように見えたからだ。

そして統一中華戦線といえば、先の模擬戦でドゥーマの連中を相手にして圧勝した強者である。

 

「堅苦しいのは良いわ。階級を振りかざすような趣味もないし」

 

楽にしろ、という言葉なのだろう。ユウヤ達は敬礼をやめて、声をかけられる前の状態に戻った。

 

「素直でよろしい。で――――あんたがユウヤ・ブリッジス?」

 

「そうだ、が………!?」

 

ユウヤは驚きに固まった。食事を再開しようとじゃが芋を口に運んでいると、いきなり目の前に亦菲の顔のアップが映ったからだ。

 

「な、なんだよ………ひょっとして肉じゃがが欲しいのか? なら唯依にでも………」

 

「ちょっと、じっとしていなさい」

 

「はあ?! って何がしたいんだよ!」

 

至近距離からこちらの目を、その奥を覗きこもうとしている。無遠慮にも程がある態度に、ユウヤは不快感を覚えていた。

 

「ふーん………拗ねた目でも、ヒネた目でもないわね」

 

「はあ? いきなり何言ってんだよ、アンタ」

 

ユウヤは付き合っていられないとばかりに一歩退いた。

 

(………あれ、シロー? なんか居心地悪そうだが)

 

統一中華戦線と因縁でもあるのか。そう思わせる程に不自然な態度だった。

 

「遠征の成功、ねえ………米軍のエリート様の活躍は何度も聞かされてるけど、経歴詐称ってことはないようね」

 

「過去話を捏造する趣味はない。それより、統一中華戦線の中尉殿が俺たちに何のようだ」

 

「あんた達じゃなくて、用があるのはアンタよ。日帝の開発チームにいる、米軍トップクラスの開発衛士だっていうアンタ」

 

どうして、アメリカが日本に。そう言いたげな口調に、ユウヤは誤魔化すようにして答えた。

 

「アルゴス小隊は多国籍チームだからな。いつかのどこかの中隊のように、色んな国の衛士の意見を取り入れるためじゃねーのか? そういや、そっちの中隊長サマもそうだったか。姿が見えねーようだけど」

 

「旧交を温めたいってのに邪魔をするほど野暮じゃないわ。それにしても………自国の戦術機開発を外国に、それもアメリカ人に任せようなんてね」

 

またかよ。ユウヤはそう言いそうになった。

が、次の言葉は予想外のものだった。

 

「で、あんた元々は何人なの? 名前からして日系のようだけど………それとも米国籍を得るために海を渡って軍に入った、って口かしら」

 

亦菲はずけずけとした物言いで、ユウヤを問い詰めた。誤魔化しは許さないという、妙な迫力をもって告げられた内容に、ユウヤは考えこむ。

―――日本人か、日系か。その言葉が、胸に突き刺さったように感じた。

 

「………駆け引き知らずの暴風。友達少なそうだなー」

 

武が、聞こえないように小声でぼそっと呟いた。

常人ならばとても聞こえないような声量。だが、亦菲はそれに反応した。

 

「何言ってるのか分かんないけど、侮辱されたように感じたわ――――アンタね」

 

と、亦菲は武の方に視線を向けた。茶髪で、サングラスをしているいかにも怪しい風情の男である。

だが、それで怯むような性格ではない彼女は、矛先を変えるように武に詰め寄った。

 

「ちょうど良いわ、アンタにも用があったの。凡スコアしか出せない衛士は興味の外だけど」

 

近く、武を見る亦菲。

その表情が、自信に溢れるものから奇妙な違和感を覚えるようなものに変わった。

微妙に有名な、聞いたことはある筈なのにどうしても思い出せない映画俳優の名前を思い出そうとしている時のような。

 

「ちょっと………あんた、どこかで見たような………?」

 

微妙に目をそらす武。だが、亦菲はそんな行為は許さないと回りこむ。

そこに、タリサの声が乱入した。

 

「へっ、中尉殿は男を漁りに来たのかよ。ならここにおあつらえ向きの男が居るぜ」

 

「おいおいタリサ。俺にも好みってものがあるんだぜ? まあ、見た目はハイレベルだけどよ」

 

「――――部外者は黙ってなさい。言ったでしょ? 良い機体に乗ってるのに凡スコアに毛が生えたような成果しか出せないような凡骨でポンコツ衛士に興味はないって」

 

「なっ、誰がポンコツだコラァッ!!」

 

タリサは激高し、模擬戦の中身に触れた。

 

「そういうアンタだって後ろからの援護なしじゃあさくっとやられちまってそうな猪衛士だったろうが!」

 

「ふん、口だけの奴に何を言われようが私は気にしないわ」

 

「………いや、かなり怒ってるような。あとタリサも猪っぷりじゃ人の事言えないような」

 

「「お前(アンタ)は黙ってろ!!」」

 

ツープラトンの攻撃に武は黙り込んだ。そしてタリサと亦菲は至近距離でガンの飛ばし合いを始めた。

収拾のつかなくなった事態に、溜息が木霊する。

 

「崔中尉………我が隊の衛士の非礼はお詫びする。ただ、今日のこの場の主旨に免じてもらえないだろうか」

 

言葉を受けた亦菲は、視線をタリサから唯依に転じる。

タリサはガンの飛ばし合いから逃げた亦菲に文句を言おうとするが、ヴァレリオに口を塞がれ、ヴィンセントが足を持って離れた場所に連行されていった。

 

「別に、責める気はないわ。無礼講だってのはわかってるからね。ただ………ユウヤ・ブリッジス」

 

言葉を向けられたユウヤは、その視線を受け止めた。

目の前の中尉は、先ほどの答えを求めているのだろう。

 

(………物言いはあれだが、嫌味さがない。純粋に聞いているだけなんだろうな)

 

ならば、と頷いた。視界に映るのは二人の日本人。そして、自分の舌にあった日本の家庭料理。

美味しいと答えた自分。嬉しそうにしていた母親。それらをひっくるめて、答えた。

 

「――――俺は、日系米国人だ」

 

何かを恥じ入るようでもない、真っ直ぐとした口調だった。

 

「っ、ユウヤ」

 

「ユウヤ………おまえ」

 

唯依が息を呑んで、ヴィンセントが信じられないものを見たような表情になる。

タリサとヴァレリオ、ステラは無言のままユウヤの方をじっと見つめている。

 

その視線を、感じないはずがない。ユウヤはその中で、ユーコンに居た頃と、母の料理について思いを馳せていた。

真実とは違った日本人の姿。自分の血に流れるものを、無かったことにはできない。

環境から思想と境遇と自意識がコンフリクトを起こそうとも、自分の遺伝子が変貌するはずがない。

 

だが、変化は忌むべきものではない。以前の自分であれば忌避していただろうが、違うと思えるのだ。

篁唯依の清廉さと一途さは、美しいものだった。年幼くしてこの地に立っている。先ほど聞かされた昔の話もそうだ。

同じ人間なのだ。恐怖も感じる、ただの篁唯依がいる。彼女は弱かった頃の自分を恥じ入るも、隠そうとはしなかった。

開発に関しても同じだ。ユウヤ・ブリッジスという開発衛士を失う訳にはいかないと、危ない橋を渡ってでも自分を助けようとした。

計画を重んじてのことだろうが、その中に自分に対する気遣いが無かったとは思わない。

 

(お袋を棄てた親父を、忘れることはできない。だけど、それだけに囚われるのは愚か者のすることだ)

 

視野の狭い餓鬼のままでいるのは罪だ。そう思わせられる経験があったからかもしれない。

 

「それで、何のようだ中尉殿。珍しいもの見たさに話しかけたってのか?」

 

「別に………そんな意図は無いわ――――私も、ある意味あんたと同じ。ふたつの血が流れているから。ただ、それだけ」

 

何気ない風に告げた言葉。唯依を含むほぼ全員が、その意味を理解するまでに数秒かかった。

――――唯一の例外を除いては。

 

亦菲が『私達気が合いそうね』と発言する直前に、武は鋭角の言葉を亦菲に向けた。

 

「それで、同じ境遇であるユウヤと友達になりたいと。友達少なそうですもんね、中尉殿は」

 

「――――ちょっと待ちなさい。誰が、何だって?」

 

ユウヤの方を向いていた顔が、ぐりんという効果音がつきそうな勢いで変わった。

笑っていない目。睨みつける先には、視線を逸らして口笛を吹く武の姿があった。

 

「私の、どこがそうだっていうのかしら」

 

「いや、強引過ぎるというか、人の言葉とか全然聞きそうにないし」

 

「………良い度胸ね。いや、良い度胸だわ」

 

ふ、ふ、ふ。口元からは笑い声が。肩も震えている。

だが、根源にある感情は楽しいとかそういったものでないことは、その場に居る全員が理解していた。

 

「サングラス取って表に出なさい。軽口の代償って奴を思い知らせて上げるから」

 

「命令じゃないのなら聞けません。無礼講ですし。あっ、まさか階級をうんたらかんたらの前言は撤回しないですよね?」

 

いけしゃあしゃあと言ってのける武。亦菲は、ぐっと言葉に詰まった。

だが、そこで大人しく引き下がるような性格であればこういった場には発展していない。

亦菲はつかつかと武に近寄ると、その顔を覗きこんだ。

 

「やっぱり、何処かで見た――――顔っ!」

 

声と共に手をのばす。その先にあるのは、武のサングラスだ。

強引に取り払おうとした手――――それは、空を切るだけに留まった。

 

「ふっ…………クンフーが足りないですね、中尉殿」

 

「ほんっ、とうに………良い度胸ねぇっ!!」

 

 

しばらく続いたサングラスを巡っての攻防は、バオフェン小隊の隊員である二人が止めに入るまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――硝子越しの星空の下。

銀色の髪を持つ少女二人は、肩を寄せあいながら瞬く光を見つめていた。

 

「クリスカ………ほしは、ながれていくんだね」

 

「どうしたの、イーニァ。急に………なにかあったの?」

 

「かわっていくんだ。だれも、おなじばしょでなんかいられない」

 

「イーニァ………」

 

大切な存在。そんな彼女が、何かを不安に思っている。対象は自分達以外の人間でしかあり得ない。

クリスカは、該当する人物に思い当たる節があった。

 

そして、イーニァから語られた言葉は予想通りのものだった。

 

「ブリッジスが………イーニァから離れて?」

 

「さびしい………ひとりはさびしいよ、クリスカ」

 

星も瞬く夜なのに。クリスカは、恐怖を感じて震えているイーニァを強く抱きしめた。

私はここにいる。どこにも、遠くになんていかない。それはきっとブリッジスも同じだと言うように。

 

(そう………イーニァの望みは。願いは、私の…………ユウヤ・ブリッジス…………)

 

自分でも唱えながら、安心させるように両腕で抱きしめて――――それと同時だった。

クリスカは、気づけば何もない空間に立っている自分を幻視していた。

 

あるのは真っ白な床だけ。地平線も何もない、平な空間で自分だけが居る。

恐る恐ると、一歩を踏み出す。そして、ここはどこだろうかと――――そう感じる暇さえ与えられなかった。

 

『く――――!?』

 

まるで水のように、流れこんでくる映像があった。それは、ユーコンに来る前と、来てからの自分の姿だ。

イーニァのためにと動きまわってきたクリスカ・ビャーチェノワ。そして、言葉を交わす機会が多かった人物。

 

(ユウヤ………ブリッジス………)

 

言いようのない、胸の中にあふれ出てくるような。温かい飲み物を口にした時に感じるそれに似ている。

だがそれは、ある1人の人物の映像によって途切れた。

 

それは、カムチャツカで感じたものだ。サンダーク中尉やベリャーエフ主任とは違う、異国の衛士。

心を読めない、ただ1人の人物。壁か網か、形のない何かに妨害されているのは分かった。

 

だが、その壁越しにでもうっすらと伝わるものがあった。

ユーコンに帰ってきてからも頭痛が治まらない原因だった。最前線で戦っていた衛士の中の1人。

遠い距離からでも分かる、見上げるように巨大な質量を伴ったもの。

中心に居る人物の密度が尋常ではないからか。周囲に居る3人からも感じられたが、それらは4つで一つになっているように感じられた。

 

(理解できない………触れれば、ただでは済まないような………)

 

気づけば、元の風景に戻っていた。クリスカは、自分の息が荒くなっていたことを感じていた。

幸いにして、イーニァは寝息を立てている。それでも、このまま横になっても眠れるとは思わない。

 

クリスカは寝所がある部屋を出て、シャワー室に向かった。

 

「大丈夫だ………調整は完璧だ………だから、私は大丈夫の筈なんだ………」

 

言い聞かせるように繰り返すが、その言葉には芯がなかった。意味のない言葉の羅列であり、誰の何に向けられているのかも分からず迷子になっている。

本当に大丈夫か、と問われれば言葉につまってしまうような。そんな中でクリスカは、自分でも気づかない内に名前を呼んでいた。

 

 

「ユウヤ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ………誰かに呼ばれたような?」

 

夜、寝室で1人ベッドに寝そべっているユウヤは、ふと窓のある方を見た。

見えるのは夜空と星と月だけ。誰も居るはずがないと、視線を天井に戻す。

 

「………日系米国人、か」

 

ぽつりとつぶやく。その言葉と、それを認めるまでの時間を思った。

そして、今日のパーティーで上がった話題についても。

 

夢――――諦められない、荒唐無稽でも。

そういったモノは、確かにあったように思えた。

 

過ぎ去った時間は戻らない。だが、もしかしたらを想像してしまうのだ。

色々な経験を積んで成長した自分で、母ともう一度言葉を交わせるのなら。

互いに遠慮無く、何の憂いもなく。単純な親子として、日常のくだらないことを話せたなら。

 

二度と訪れない幻想だった。いつか、軍に入ることを決意した頃の自分。その時に抱いたのが、そういった夢だったのかもしれない。

 

(今はもう………それを実現することは出来ないけど)

 

再会は無理だ。物理的に不可能だ。だが、母と繋がる全てが無くなった訳ではないのだ。

思い出は胸に残っている。記憶に残る母が居る。その彼女が、微笑みを浮かべるような自分になればいい。

 

(そのためにも、今は不知火・弐型の開発に専念する!)

 

実戦を経ての改修案はまとまっていた。

出来る限りのことはやったつもりだ。大東亜連合、イタリア、スウェーデン、そして日本。

それだけではない、欧州各国の事情に関しても戦術機開発や運用における背景を調べた。

 

全ては不知火・弐型を完成させるためだ。

ユウヤはかつてヴィンセントに言われた、"自分で導き出した結論でなければ本当の意味で理解できない性質を持っている"という言葉を認めていた。

だから、知るために必要な要素を集めたのだ。戦術機動の応用編が書かれているというクラッカーズの本も目を通した。

得られるものは全て頭に叩き込んで、その上で改修の案をまとめたのだ。

 

そうする気になったのは、今日言葉にして確たるものとした自分の足元――――日系米国人である自分を認めたからだ。

立脚点とはまた違う、その立脚点の土台になるもの。

見識を広めるにも基準が必要だった。だが以前とは違い、背景を調べる前に自分の何たるかを答えられるような気がしていた。

今日、それが現実のものとなった。

 

(俺は日系米国人だ。世間知らずの未熟者だが、それに嘘はない)

 

偽りの、取り繕う言葉であれば、アルゴス小隊の誰かから指摘か冷やかしが飛んだだろう。

それが無かったということは、自分の中の何かが認められたからだ。ユウヤは、その想いを信じることにした。

 

(以前の………陸軍に居た頃じゃあ無理だったかもな。レオン………お前には決して認められなかっただろう)

 

それでも、自分は自分だ。そう信じさせてくれるものは、この地で得られた。あとは、それに応えるだけだ。

 

ユウヤはライバルの顔を吹っ切り、明日に行われる不知火・弐型の試験のためにと、部屋の灯りを消した。

 

 

 

――――その日は珍しく、悪夢は見なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青空の下。サングラスをかけて黒いシャツを着た、群青色の髪をもつ男が不満ありげな口調でぼやいていた。

 

「ったく、わざわざ空輸なんてな。今から行く先が僻地だって嫌でも思い知らされるぜ」

 

「仕方ないでしょう。まさか、そのまま飛んで行くなんて言わないわよね? 推進剤を何回補給しなければいけないか、なんて問わせないでね」

 

金髪の女性が呆れ声を出す。対する男は、吐き捨てるように言った。

 

「田舎の基地までの距離なんかに興味はないね。北の果てで寒い、とだけ覚えてれば問題ないだろ」

 

「冬は雪と氷に覆われるという情報も付け加えておけ」

 

大柄で金髪の男が補足した言葉に、金髪の女性と群青色の髪を持つ男の顔が歪む。

 

「最悪………すぐに戻れるだろうけどな」

 

「だといいけどね。根拠でもあるのかしら、レオン」

 

レオンと言われた男は、サングラスを外しながら自信に満ち溢れた口調で答えた。

 

 

「整理整頓は得意なんでな――――すぐにでも片を付けるさ」

 

 

俺たちなら楽勝だろう、と。

 

不敵な笑みを浮かべる彼の肩には、米国陸軍第65戦闘教導団『インフィニティーズ』の隊章が日光に照らされ輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早朝、まだ夜も明けていないユーコン基地。

武は部屋の中で1人、窓から見える暁の空を見上げていた。

 

「気楽で楽しいバカ騒ぎは終わった………そしていよいよ始まる、か」

 

パーティーは悪いものではなかった。時には息抜きも、必要となる。だが今回のこれは、嵐の前のひと時の休息に過ぎないのだ。

 

祭りが始まる。山に火が、赤い雨が降り注ぐ。

BETAとはまた違う。人の悪意が発端となる戦いが始まる。

 

今までのこと、全てが武の予定の通りとはいかなかった。

そんな事情を他所に、"お祭り"の"要素"と"成分"は徐々にこの地に集いつつあった。武が把握している情報、その全てが事の始まりを物語っていた。

 

――――既に動き始めているSEALsの存在が。

 

――――近々この基地にやってくるであろう、米国でも最強の一つに数えられる部隊"インフィニティーズ"は。

 

――――ユーコンに入り込んでいる難民解放戦線と、キリスト教恭順派がどういった動きを見せるのか。

 

――――そう遠くない場所にある、BETA研究施設に対してのもの。

 

(その中でも、全くの予想外と言えば………ブルー・フラッグの対戦相手だよな。フランツ達の出番は後半に回されているようだけど)

 

ひょっとすれば、インフィニティーズにぶつけるつもりかもしれない。否、ハルトウィック大佐の目的を知っているなら、ぶつけない方がおかしいのだ。

対人を主幹に設計された戦術機と、対BETAの経験を積んできたベテラン衛士。

その勝敗如何によっては、今後の戦術機開発に大きな波紋が生まれることになるだろう。

 

それは武にとっても望む所だった。何より、ラプターを認める訳にはいかないのだ。

 

(ユウヤは。恨まない。戦術機の未来を語るあいつを、恨めるはずがない)

 

それはすなわち、オルタネイティヴ5の否定。そして、アメリカ人らしくないユウヤを嫌いにはなれなかった。

アーサー達もそういった考えを抱いているらしい。何をするにも生真面目そうで、日本人にしか見えないと。

横浜にアレを落とした連中とは違いすぎた。開発に命を注いでいる、戦術機バカ。それは、父・影行に通じるものがあった。

 

(あとは…………アーサー達に伝えるべきは伝えた。"避けるべき未来"は語った。"道筋"を示した。盗聴されないようにカムチャツカで直に言葉で………あとはあいつらを信頼できるかどうかだけど)

 

応えてくれるか、否か。武の中でそれに対する答えは決まっていた。今更になって問うまでもないと。

血ではなくても縁で繋がっている。背負ってきたものの大きさも同じ。だからこそ自分と同様に、足腰は鍛えられている。

多少の重みでへこたれるようなら、あのマンダレーのハイヴの地で既に物言わぬ骸になっているだろう。

 

武は、いつか落ち着いて話ができたらと思っていた。米ソの目が光るこの土地ではないどこかで。

 

(いつか、な。それは置いといて………良い意味でのイレギュラーもあるけど、今の所は順調だ)

 

――――大東亜連合のガルーダ試験小隊に配属された二人。

 

――――欧州連合であるガルム試験小隊、彼らよりハルトウィック大佐に語られた"XM3"の存在。

 

――――ブラック・キャットの配備の遅れも、充分に取り戻せる範囲で。

 

それらは、譲ることのできない一線を守り切るための手だ。

プロミネンス計画に対して、オルタネイティヴ4は価値を示した。敵の敵は味方にはならない。

だが、XM3という素材があれば話は変わる。戦術機でBETAを倒そうというプロミネンス計画は、あのOSを無視できないのだから。

 

共通する敵の名前は、アメリカ。防ぐべきはオルタネイティヴ5。

なぜなら、かの国の無謀は証明されることはないからだ。

 

多くの死を以って手遅れになってからしか、気づくことができない類のものだから。

それを止めるために必要なものは多い。暴力でさえ必要になる。

思想や信念の異なる誰かが居る。そうした大勢の人間を巻き込んでの闘争が始まるのだ。

違うから殺す。正当化されない、血みどろの戦いが始まろうとしている。

 

(俺にも、原因の一端はある。止められる筈はなくても、知っているから)

 

かつて、世界の中心は欧米であった。だからこそ、その2つの強大な国々を中心とした地図では、日本は極東の地として扱われる。

それを故郷に持つ自分が、世界を左右しかねない鍵を握っているのが現状だった。

自惚れではない、それは純然たる事実なのだ。

 

(半端ねえな………この重圧は。たった一回の呼吸をするにも苦労するなんてよ)

 

あくまで主観的な、幻想であるのは理解している。だが、周囲全ての大気が深海の水に変わったような。

人の死を直に見れば嫌でも実感させられる。その経験だけは、人一倍にある。故に、これから起こるであろう戦いに対して思う所がありすぎた。

気を抜けば、地面に膝を、肘を、手をついて頭を抱えたくなる。誰とも分からない誰かに許しを請いたくなる。

 

その停滞が何よりの罪となるのに。選ぶものは選ばなければならないのだ。

誰を殺すのか、この手で選択しなければならない。時間切れで何も出来ないまま終わるなど、自分を含む全てに対しての裏切りだ。

 

愛する誰かを失った、この世の終わりのような悲鳴を覚えている。

それを覚えていても、覚えているからこそ、前を向かないではいられない。

アメリカも、地球を滅ぼすなど本意ではないはずだ。救おうというからこそ、本気であのG弾を使おうとしている。

言葉で説得できたのなら。何度も抱いたそれは、所詮は夢物語だった。

 

「………夢、か」

 

ふと思い出したのは昨夜の会話だった。荒唐無稽でも、諦めないものであっても。

 

 

「本当に………出来るならさ。誰を殺すとか、殺さないとか………そういうことを考えないで済むような生活を送りたいよなぁ」

 

 

だが、それは夢だ。都合の良すぎる、遠い夢であった。何も知らなかった頃になど。

過ぎた時は戻らない。進んできた、血塗れの道がある。

足元は屍の山。その誇り高き骸達から、受け取った想いがある。捨てて逃げることはしないのだ。許されるとか、そういう問題ではなくなっていた。

 

背負うと決めたものがある。捨てず、抱くことを選びとったのは自分だ。

 

「つーか純夏よ、なにしてんだお前………すぐに京都から避難したんじゃないのかよ」

 

隠し事があったとは知っているが、予想外だった。それでも、純夏が京都に残ったのは何故なのか。

自分が居たからか、あるいは純夏が人間だったからか。答えは出ない。だが、決して悪いものではないと、そう信じることができた。

 

ユウヤ・ブリッジスはユウヤ・ブリッジスだった。違う世界であっても、同じく馬鹿な思想を捨てきれていない。甘いだろう。だけど、その甘さが武は好きだった。

 

篁唯依は以前より変わっていない。真っ直ぐで、強くて、弱い部分もあるけどそれを恥だとして誤魔化さない。絶望に顔が歪む所など見たくもない、友達だった。

 

タリサ・マナンダルは少しの虚無感を抱いているが、戦う意志は十全なものだった。妹のことは聞いている。それでも諦めず、強くあろうとしている。

 

クラッカーズの面々は変わっていなかった。変わらず、あの日の約束のままに已の誓いを胸に抱いたまま戦い続けてきたことが分かる。

 

崔亦菲も同じくだ。からかいはしたが、芯の強さと変に意地を張っている所は変わっていない。

 

あるいは、多少は柔らかくなったのかもしれない。ユーリンから聞いたが、何だかインファンに似ているとのことらしい。ということは、面倒見が良いのだろう。

 

イーニァ・シェスチナは、明るいように見えた。そして、クリスカ・ビャーチェノワも生きている。二人共が子供のようだった。何も知らない子供で、だけど想いは純粋なもののようで。

 

それぞれの思いを、夢と共に戦っている。ユーコンに居る者達も同じだろう。

夜空にまたたく無数の星のように、異なる輝きを抱いてはいても、夜の闇に埋もれないように必死に光を放ち続けている。

いつしか、朝が来ると。太陽が昇ると信じて、この糞ったれな世界を戦い続けている。

 

プロミネンス計画の果てとはすなわち、戦術機によるBETAの打倒だ。武としても、大いに賛成できるものである。

それだけではハイヴ攻略が不可能だとしても、オルタネイティヴ4に活かせるのだから。だが、今まさにそれを潰そうという者達が動き出している。

 

(衛士の希望を、太陽(プロミネンス)を消さんとする偽りの月がやって来る)

 

武は、静かに眠れる夜は嫌いじゃなかった。明るい昼も同じで、好きだ。そして、暗き夜の空でこそ美しい月も。

 

だが、仕組まれた策謀が形を成したものはその限りではなかった。

国家に属する人間の欲望で構成された、人為にほかならない汚れた月が、太陽の光を遮ろうと動きだす。

 

 

―――――皆既日食(トータル・イクリプス)が始まろうとしている。

 

 

武は自分を締め付けるような感覚に耐え、歯を食いしばりながら拳を握りしめた。

物理的に遠くあろうとも、大切な人たちが居る土地に――――太陽が昇る方角に。

 

「希望の炎を――――太陽の光を、穢させはしない」

 

だから見ていてくれ、と。

武は日のいづる国に向け、決意を握りしめた拳を突き出したのだった。

 

 

 


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