Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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色々と端折っています。

美冴の過去とかToLOVEるな美冴を見たい方は原作(クロニクルズ03)をば購入してください。祷子さん(御前)のいい声で奏でられる腹黒さとか、心の叫びとか見れますよー。あとシルヴィオのバカっぽさ全開の所とか。




特別短編 『Resurrection』 2話

 

『――――なあ、レンツォ。お前は俺を恨んでいるよな』

 

尋ねながらも、望むような声。血の色を僅かに帯びた白の霞だけが存在するような、前も後ろも地も空も分からない世界。

その中でシルヴィオは、輪郭だけしかない存在に向けて話しかけていた。自分の過ち。アルジェリアの極秘強襲作戦の中でのことを。

 

ターゲットは国連未承認の研究施設。内実は、βブリッドの研究が行われているヘドロよりも汚い、人間のクズ共が集まっている場所だ。

そこに囚われた真実を、難民たちを救い出す。それが、自分の使命だと思った。

 

キリスト教の原理主義者や恭順主義者――――BETAを神の使徒と崇め、滅びは人間の運命だと言う奴らがしでかした事の始末をつける。

シルヴィオはそれを潰すことを選択した自分の意志を疑ってはいない。

 

だが、思うことがあった。情報局の人間にあるまじき姿を。あの頃の自分は、目的だけに囚われすぎてはいなかったかと。

 

『βブリッドの研究。その側面をお前は語った。そのどれもが、俺には想像の外にあった内容で………』

 

BETAにしか効かないウイルスが開発できればどうか。そうする価値が、あの研究にはあるんじゃないのか。

もしそうなれば。イタリアから、家族を置いて逃げることしかできなかった自分達。その原因であるBETAを駆逐できる可能性があるのではないか。

 

シルヴィオは反論した。倫理を越えた外道には、必ず裁きが下される。その塊であるβブリッドを許すことはできないと。

レンツォは言った。信仰は欧州に置いてきた。僅かばかりに残っていた信心も、戦友達が散った空に埋葬してきたと。

 

『それだけじゃない………作戦が成功した時。研究施設を破壊できた後のことも、お前は』

 

アメリカやソ連にも未承認の研究施設はある。その中で、アフリカ連合の未承認施設のみを槍玉に上げることは、様々な事態の引き金と成りかねない。

例えば、経済や産業の大躍進を遂げている南半球の国々が、この件を発端に反発したらどうなるのか。

アフリカ連合も加えて、国連に疑いを持ったらどうなるのか。

 

そうした火事場に出てくるのがアメリカだ。アフリカ連合、南半球の国々と結託して国連の主要機能を掌握しようと動かれればどうなるのか。

決まっている――――第五計画の確定だ。結果、ユーラシアは草木の住めない地獄になる。

当時からG弾の脅威は語られていた。結果、故郷にさえ帰れなくなるのだ。

 

シルヴィオは自覚する。自分は、そうした事に、頭が回っていなかった。

一刻も早く武力で解決し、囚われている人々を解放することだけに因われていたことを。

 

『お前なら………お前の作戦なら、上手くいったかもしれない。いや、仮に違っても………っ』

 

襲撃は事前に察知されていた。標的の研究者は逃げられて、戦術機をまとって乗り込んだ場所には誰もいなく。

そして、まるで置き土産であるかのように小型から大型まで、種類を問わずのBETAが解放された。

難民キャンプが集まっている場所にも関わらずだ。それだけではない。解放されたBETAは、H:12(リヨン・ハイヴ)に向かおうとしていた。

ルート上には3つの都市が。そこで、強襲部隊は決断を迫られた。

 

欧州連合は撤退を命令した。強襲任務は極秘作戦であり、シルヴィオ達の存在を国連やアフリカ連合に報せる訳にはいかないからだ。

だが、それでは何十万もの民間人が犠牲になってしまう。

 

難民キャンプがある、沿岸部の人々。BETAの移動ルート上にある3つの都市に住まう人々。その全てが踏み潰されてしまう。

 

打開策として選択したのは、研究施設にあったエネルギープラントの破壊。

それを成したのは、作戦を立案したシルヴィオではなく、レンツォだった。

 

『誘爆により、周辺一帯は吹き飛んだ。だが。BETAも一緒に………難民キャンプの人々諸共に、お前も』

 

フェニーチェ2、レンツォはKIAだというHQの言葉をシルヴィオは忘れられない。

同時に、レンツォが残したものの大きさも。酷いという言葉でも足りない、大きな失敗だった。

それでも、被害は最小限に出来たのだ。単純な算数の問題にすることは愚かだろう。

だが現実のものとして、限界状態に近かった難民キャンプの人々と引き換えに、数十万の都市部の人々は生き残ることができた。

 

それが綺麗事を吐き、方法を選んだ結果だった。シルヴィオは自らの手を見る。

手を汚さず、まっさらな手のひらは綺麗なまま。

 

見た目には綺麗でも、役に立たない。溢れる水の一滴でさえ、留まらせることができないハリボテな自分を表しているかのようで。

 

故にシルヴィオは何度も思うのだ。俺が生き残ったのは間違いであり。本当ならば、レンツォが生き残るべきだったのだと。

方法に囚われることなく、幅広い視野を持つレンツォであれば、強襲などという直接的にも程がある方法を選ばずに難民キャンプの人々を――――もっと多くの生命を救うことができたからと。

 

あるいは、あの少年のように。

目的のためには暴虐そのものである炎の嵐のように舞い狂える、戦闘機械になれれば。

 

――――"下がっていろ、シルヴィオ・オルランディ"と。

思い出す度に、声が再生される。少年の形をした化物(フリークス)のようであれば。レンツォが頭脳役で、あのような規格外の戦闘能力があれば。

 

 

『レンツォ………』

 

お前が生きていれば、と。

 

霧の残影はいつもの通り、シルヴィオの呼びかける声を前に、一切応えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが、世界初の第三世代戦術機か」

 

シルヴィオは美冴に案内されながら、横浜基地の格納庫(ハンガー)を歩いていた。

第二の暗号が示した先は図書館であり、そこでの鍵は回収できた。

途中にまたブラジルな格好をした少女に急襲を受けるなどアクシデントはあったが、暗号の通りに2つ目の鍵は入手できた。

 

そして次なる3つ目の暗号――――『油脂の湖沼を越え、炭素の群衆の奥、益荒男の登場を、大いなる兵が待つ』。

シルヴィオはこれが格納庫を示すものだと判断し、美冴に案内してくれるように頼んでいた。

 

「………ええ。帝国から国連に貸与されている、TYPE-94、不知火よ」

 

1994年から配備と、欧州連合のEF-2000より格段に早い時期に実戦投入されている日本帝国の技術力の高さを示す象徴とも言える機体。

だがシルヴィオは不知火を見ながら、別の機体のことを思い出していた。

 

「そ、そういえばシルヴィオは衛士でもあるのよね。欧州と言えばF-5系列の機体が主流だけど、シルヴィオは何に乗ったことがあるのかしら」

 

「ああ………EF-2000のような、高性能の機体でなかったのは確かだ」

 

もし、あのような機体があの場所にあったら。無い物ねだりなのは分かっているが、思うことは止められない。

 

「まあ、F-5系列のどれかさ。あれは良い機体だからな。紫藤少佐あたりは詳しそうだが」

 

「そういえば………でも、語られたことはないわ」

 

色々と有名な過去のため、事情は両者とも知っていた。

故に、特に語りたがらない理由についても察することができた。

 

「そうね………恨み事を聞いた覚えはないけど、積極的に話したい内容でもないようだったわ」

 

「………そういうものか」

 

何を思って言葉を噤んでいるのか。シルヴィオは分からなかったが、そうした理由があるのだろうなと思った。

 

「そういえば、少佐の姿が見えないな。陽炎の話も聞きたかったのに、残念だ」

 

シルヴィオが初めてみた日本産の戦術機は、F-15J(陽炎)だった。アメリカ産の戦術機のライセンス生産で、純日本産の機体ではない。

だがそのあまりの戦闘力から、他国の戦術機と比べても特に印象深い機体としてシルヴィオの記憶の中に残っていた。

 

「――――すまないな。目の前に女性がいるのに、別の女性の事を話すのはマナー違反か」

 

「………ああ見えて隊長は男だぞ。腹が立つくらいというか奇妙なほど肌が綺麗なのは業腹で――――だが男だ」

 

気づいた風に言うシルヴィオに対し、美冴は能面のような表情で答えた。

対するシルヴィオが、冷や汗を流す。

 

「いや………冗談だ。それよりも、鍵を探そう」

 

不知火が並ぶハンガーを、歩く。それを見上げながらシルヴィオは呟いた。

 

「1994年配備、か。流石に7年も実戦に投入されているともなると………多少無茶とはいえ、改修の計画案が出るのも当たり前なんだろうな」

 

「ああ、ユーコンで開発計画が進められている不知火・弐型の話ね。日米の共同開発と聞いた時は、耳を疑ったものだけれど」

 

A-01の中でも反応は様々だった。

破綻するだろうな、と悲観的な者。技術だけ盗めば後は用なしよ、と腹黒いことを呟く者。

帝国主義者が煩そうだなーと関係者の胃を労ろうとするもの。開発現場で殺人が起きなければいいのだけれど、と物騒なことを淡々と言う者。

 

「万が一にでも成功してくれればいいけれど」

 

「そういう認識なんだろうな。射撃万歳の米国人衛士が関わった機体では、近接格闘能力については一抹の不安が残ると」

 

ドクトリンや戦術論といった、根本的に異なる思想を持つ米国人衛士に不知火の改修が務まるとは思えない。

それが一般の帝国衛士が持つ感想だろう。シルヴィオは調査せずとも、そういう不安が生まれることは理解していた。

 

「欧州の方も、色々と機体開発や戦術論の研究が進んでいるみたいね。"あの本"をベースとした、タイプ毎に適用可能な総合応用能力が高い戦術論が確立されつつあると聞いたわ」

 

「ああ………最近になって、認められてきている」

 

帝国にも話は伝わってきている話で、シルヴィオは否定しなかった。

 

(まさか第三戦術機にも適用できる、応用力がある戦術が多いとはな………上層部も思っていなかったみたいだ)

 

高反応、高機動における機体運用や戦術論における解釈、応用戦術論の完成度が高すぎる、控えめに言っても一世代か二世代上の戦術論だと。

EF-2000に搭乗したベテランの衛士がそう断言するほど、例の本は突き詰め、煮詰められたものだったのだ。

そんな本を作った、中隊の欧州出身の衛士達。彼らを認める声は多くなってきているが、シルヴィオは裏の話も聞いていた。

 

(過去に彼らの上官だった人物………その一部が、彼らを排斥しようと動いているらしいが)

 

ドイツの有名な精鋭部隊、"ツェルベルス"のシンパと組んで何がしかの動きを見せているという。

尤も、欧州連合の中の不祥事に近い話のため、シルヴィオは口に出すことはしなかったが。

 

「しかし、美冴は優秀な衛士なんだな。第三戦術機の数は多くないと聞くが」

 

それを任せられる程の力量を持っているという証拠でもある。

帝国の衛士は勇猛果敢で知られているが、その中でもトップクラスの腕はあるのだろう。

シルヴィオは褒めるが、美冴は冷静にそれを否定した。

 

「私などまだまだ。少し前までは、多少の自負もあったんだがな………」

 

「ど、どうした?」

 

突然遠い目をしたかと思うと、拳を握りしめて肩を震わせる。どう見ても穏当ではない美冴の反応に、シルヴィオは目を白黒させた。

 

「なんでもない…………いえ、なんでもないわ」

 

「そ、そうか」

 

「そうよ。それより、気を引き締めていきましょう、お寝坊さん」

 

「………それは言わないでくれると助かるな。だが、前半には賛成だ」

 

昨日のことだ。シルヴィオはレセプションの警護を任せられる腕があるかどうか、生身での模擬格闘戦を行い試されることとなった。

色々なアクシデントはありつつも模擬戦は終わり、その直後だった。

レセプションの設営に使われる鋼材がトラックで運ばれてきたのだが、それが美冴に向けて突然倒れてきたのだ。

 

シルヴィオが咄嗟に飛び込むことで事無きを得たが、間違えれば死んでいてもおかしくはなかった。

原因は、レセプションを妨害する者の何がしかの工作だろう。

 

美冴もシルヴィオも、若干の解釈は違えども何者かが自分達を見張っているとの認識と警戒心は持っていた。

 

「――――勢い余って、というのも考えものだけれど」

 

「OK、俺が悪かった。だからその人を射殺せそうな眼光は止めてくれ」

 

「冗談よ………そうね、その後の"英雄的"行為で私は助けられた訳だし」

 

 

帳消しにしてあげると美冴が言い、シルヴィオは助かると頷いた。

 

冗談を言い合った二人は、格納庫の中で探索を続けていく。

 

 

そうして、鍵は見つかり――――突然、格納庫の中で笑い出した1人の男が、人知れず別の場所へ運ばれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………これでひと通りの炙り出しは終わったな」

 

美冴は4つめの茶番――――プールでの4つめの鍵の回収が終わった後に、1人自室で考え込んでいた。

指向性蛋白が打ち込まれた停滞工作員はこれで一掃出来た。獅子身中の虫の排除は済んだことに対しては、喜びの感情を抱いている。

 

なのに、この胸中はどうか。どうして今自分は、歓喜ではなく葛藤のようなものを抱いているのだろうか。

 

(プールでのことは………あ、あれは任務でのことで…………いや、違う)

 

考えるべきは、其処ではない。美冴は自問自答しながら、シルヴィオの事を考えていた。

イタリア人らしく女性を口説くのが当たり前なのだろう。あわよくば一夜の関係にと。南部か北部の出身なのかは知らない。

それでも、異性を口説くことが長靴の国での常識なのであると、話に聞いたことはある。

 

だけど、この違和感はどうか。美冴は今日のプールサイドでの事を思い出していた。

サンオイルを塗ってと、解りやすい挑発の言葉とポーズ。

 

(………ご、業腹だけど。それでも、どうしてか危機感は感じなかった)

 

ある程度の興奮は引き出せたのだろう。停滞工作員が反応を見せたのだから、間違いはない。

だが、その先はどうなのか。考えだした美冴は、それ以上の進展を見出すことはできなかった。

女性というものは、そうした視点に対する意識や危機感を備えている。

よほど鈍い人物であれば別だが、美冴自身はそうした鈍さなど持ち合わせていないと自覚している。

 

(違和感――――歪というか。彼はアクションを示している。だけどそれは、彼自身であるのだろうか)

 

例えば、生身での模擬戦のこともそうだ。

タックルを仕掛けたシルヴィオは――――あくまで事故であるのだが――――美冴が穿いていたズボンをずりおろした。

あまり思い出したくないのだが、その時が決定的だった。否、その前のことでも同じだったのかもしれない。

 

そうして考えている内に、決行の時は来た。

 

試練の鍵は揃い、4つの鍵を元に美冴はシルヴィオと共に夜の闇を駆けていた。

シルヴィオに充てがわれた部屋より、警備の視線を掻い潜って山のような地形の中を1時間。

ようやく到着した美冴は、シルヴィオに視線で合図を送った。

 

ここが、そうかという無言の投げかけ。

美冴は無言で頷き、シルヴィオは深く息を吐いた。

 

「………美冴。君はここで帰れ」

 

「なに? ここまできて、今更何を………私のことを信じられないとでも言うのかしら」

 

「悪くすれば地獄だ。聞くが、人を殺した経験は?」

 

シルヴィオの言葉に、美冴は首を縦には振らなかった。

そうだろうな、とシルヴィオは呟く。

 

「君が欧州連合の首輪付きになったのも、何かしらの原因があってのことだろう。だが、ここから先は………戻れなくなる」

 

「何を………どういう理由で戻れないというのかしら」

 

「殺した事に対する覚悟だ」

 

殺す覚悟などとは問わない。それはこうした職業に就いている以上は、あって当たり前のものだからだ。

だが、殺人の厄介な所はそこにはない。シルヴィオはそう断言した。

 

「今は仮宿だと思っているかもしれない。欧州連合も利用して、何かしらの目的を遂げようとしているのかもしれない。だが、殺人を犯した以上は、所属した組織に対しての責任が生まれてくる」

 

書面上には何も映らない。だが、心の裏にへばり付くのだ。

何に従い、誰の命令で、何者を殺したのか。その中で無意識にでも大きくなってしまうのだ。

組織に責任を転嫁したいという感情。理屈では消しきれないものがある。無視できる者も居るが、シルヴィオは美冴がそうした性格をしているとは思えなかった。

 

「………生命を懸ける価値はあると思っている。それだけでは不足しているとでも言いたいのかしら。いや、まさか――――」

 

美冴はそこで気づいた。シルヴィオは殺すと言った、地獄と言った。

つまりは、施設の破壊をも視野に入れているのではないかと。

 

「予定ではあくまで研究施設への潜入、協力者を外部に連れ出すだけでしょう? 第四計画のお膝元で破壊工作なんて、欧州連合が黙っちゃいないわよ」

 

確率を論ずるまでもない。シルヴィオが蛮行に出た場合、欧州連合は面子をかけてその生命を交渉の材料に並べるだろう。

 

「昨日に話したわよね? あなたが内通者とここを去った後は、私がここの監視を続けることになる」

 

「………それは」

 

「一時の感情で後の芽も潰すつもり? 全ては知らないけど………βブリッドの研究をしているのは、ここだけではないのよ」

 

美冴はシルヴィオがβブリッドに対してただならぬ執着心を持っていることを看破していた。

注意深く観察をするまでもない。それほどまでにシルヴィオは分かりやすかった。

 

「聞いていいかしら。何故、そうまでしてβブリッドの研究を憎むの。私怨では………ないように、見える」

 

「………私怨だ。拘っているのは俺だからな。いや、いいさ。ここまで来て誤魔化すのは、らしくないからな」

 

誰かの真似をして、シルヴィオは肩をすくめる。

そして、その“誰か”のことをシルヴィオは語り始めた。

 

兄貴分のこと。アルジェリアでの強襲作戦失敗。自分はあのアフリカの大地で死んだのだと。

 

「詳しくは語れない。だが、その時に俺は罪を犯した。それは………正されなければならない」

 

「その、幼なじみの友という人の代わりに?」

 

「俺が死ぬべきだった。間違いなく。あいつの方が生き残るべきだったんだよ。だが、神は俺を生き残らせた」

 

何の因果だろうか。シルヴィオは納得していないのだ。自分がこうして息をしていることに。

 

「だが………ありがとう。冷静になれた。確かに、あいつの代わりというのならばここで終わる訳にはいかないな」

 

もっと多くの人を救うことができたのだ。そのレンツォの代わりというのならば、ここで1人満足して死ぬことなどできない。

そうしてシルヴィオは、笑った。

 

「あの時もそうだったな。若い日本人だった。こちらも詳しくは語れないが、怒られたよ」

 

「年下の少女に?」

 

「いや、少年だ。だが、化物だった。泣いていたよ。そして、言うのさ。1人で満足して死にたきゃ死ねってな」

 

絶望的な戦力差。それを前にして、少年の形をした化物は機動で語った。

蜃気楼の別名を持つ戦術機は、シルヴィオを置き去りにして戦力比3対24の敵に地獄を見せた。

一切の容赦の無い皆殺し。人を弄ぶ悪魔ではない。純然たる東洋の怪物が、そこには存在した。

 

「………余計な事を語ったな」

 

「かもしれない、わね。でも………私だって置き去りは嫌だもの。それに、貴方が本当に死にたがりなのか、ここで終わってしまうような人なのか。それを見極めるために、生命を懸ける価値があるとは思ってるわ」

 

「ふっ、俺のパートナーは手厳しいな」

 

シルヴィオはそう告げると、侵入口の排気ダクトに機械化した左腕をツッコんだ。

中で回っていたファンが、機械じかけの怪力で強引に動きを停止させられた。

シルヴィオ以外の者がやれば、腕ごとばっさりと切り落とされていただろう。

 

「………右腕も人工義腕だったらと思うよ。そうすれば、もっと手早くできただろうに」

 

「無い物ねだりをするものじゃないわ。それに、私は嫌よ」

 

「何がだ?」

 

「一緒に踊る相手の両腕が、“義理”だけよりかは――――温かみが残っている方が嬉しいわ」

 

日本語、漢字での呼びかけ。美冴はどうしてそういう言葉を発したのか、自分でも分からなかった。

シルヴィオもその全てを理解してはいない。だが、ダンスの相手という言葉から分かることはあった。

 

生きて帰って、明日のレセプションで。

ほんの一欠片だが意志の疎通ができた二人は、後藤機関の本拠地であるという研究所の入り口に飛び込んでいった。

 

 

鍵を手に、戻れないかもしれないという決意と共に飛び込んだ陰謀の巣穴。

 

――――だが、そこで得られたのは望んだ形をしていない宝だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高級士官だけが使える、基地の中のバー。シルヴィオはそこで美冴と共に居た。

胸中には、昨夜の出来事が渦を巻いていた。

 

 

後藤機関はβブリッドの研究をしている場所であった。内通者は美登里川博士という妙齢の女性で、研究所の所長だという。

 

――――BETAを打倒できる成果は得られていない。研究の果てに残っているのは偶発的に生まれた、人間だけを殺す細菌兵器だけ。

――――ワクチンは横浜基地でしか作られないというもの。

――――美登里川博士は人類を救うための研究と思い参加していたが、その意図とは反する研究に成り下がってしまった。

――――故に内通者に情報を。だが、今ここでオルタネイティヴ4を潰すことは有益ではないと、暗号を与えてくれた協力者からの言葉があり。

 

反論をしようとしたシルヴィオは、黙らされた。

戦術機の間接思考制御の向上に、言語野解析の発達による自動翻訳技術の開発という、第四計画の中心人物である香月夕呼博士の功績だけにではない。

第五計画の発動を阻止している第四計画が、ここで倒れられればどうなるのか。少なくとも現時点では、香月博士には消えられては困るのだ。

 

(だが、納得はできていない………いや、そもそもが)

 

問うべきことは多い。研究に対する倫理観は。本当にβブリッドは必要なのか。それを否定する要素はいくらでも並べられる。

だが、本当に必要であればどうか。数少ない犠牲で、より多くの人間を救うことができるのならば。

第五計画によりユーラシアを死の大陸に変えられる、そのために手段を選ぶような余裕はあるのか。

 

シルヴィオは答えを出せなかった。不要だと言い切るには、多くの情報を持ちすぎていた。

否定出来ない要素もある。

今の自分の身体は、多くの手遅れとなった傷痍軍人の“協力”を――――悪く言えば実験対象として――――それが無ければ、成り立たなかったものだ。

 

それを忘れて綺麗事を振りかざすのは、過去の自分の愚行を肯定することだった。

 

「………望む成果が得られないから、暴れる。八つ当たりだと言われても仕方がないな」

 

「シルヴィオ………」

 

自嘲しか篭められていない声に、美冴は何も言えなかった。

4つの暗号を伝えた、テープレコーダーの声の主から指摘された事だった。

それは、ただの八つ当たりではないかね。シルヴィオはその時に、胸の奥に何かが刺さったと思った。

 

「それとも、納得しきれていない? 美登里川所長を救出できなかったことが」

 

シルヴィオも今ならば、と提案したのだが受け入れられなかった。なんでも、所長の妹が香月夕呼の保護を受けているらしい。

つまりは体の良い人質だ。美登里川所長は妹を犠牲にしてまで、研究所を脱出するつもりはないと言った。

 

「ドクター香月とも親しそうだったが………」

 

シルヴィオは美登里川所長が香月夕呼に対して、“夕呼”や“あの子”呼ばわりしている事に引っかかりを感じていた。

 

「お、同じように、女性で研究者という立場だからだろう。過去には親しい間柄だった、という可能性もあるわ」

 

「そうか…………そうかもしれないな」

 

「そうよ。後は、怪しまれないように今の任務を果たすだけ。レセプションの警備の方は万全だったじゃない」

 

「………そうだな」

 

シルヴィオは頷く。レセプションに出席していたのは、事前にシルヴィオがチェックをした者だけだった。

サイブリッドになって得た能力の一つだ。事前にデータを入力しておけば、どんな変装も見破ることが出来る。

 

「自分で得た力ではない。自慢する程のものでもないさ」

 

そして、その力を得ても届かないものがある。

 

「それに――――いや、なんでもない」

 

「そこまで言って口ごもるのは………正直気になるけど、追求はしないであげるわ」

 

「ああ、助かる」

 

シルヴィオは言えなかった。昨日の事だ。後藤機関の研究室から撤退する時の警備兵の中に、レンツォの声を聞いたなどと。

 

「………来たな」

 

そうしてシルヴィオはバーテンダーに用意されたグラスに満たされた酒に映る自分の顔を見ながら、思った。

情けない面だと。だが、自分の知るレンツォであればここで落ち込むことはないと、グラスを手にとった。

 

満足ではないが、任務は成功したのだ。祝杯を、と2つのグラスで甲高い音を鳴らせた。

グラスの音が消えた後も、落ち着いたジャズが二人の空間を包み込んでいる。

 

「………旨いな。美女と酒と音楽、こういう夜も悪くない」

 

「悪くない、って当たり前でしょ。ここ、本当は高級士官用で私達の階級じゃ入れないのよ?」

 

「ああ、そうだな………香月副司令には感謝しているが、ここが特別なんじゃないさ。美冴が居たら、何処でも良い夜を味わえる。目の前の美女が居なければ、酒と音楽も楽しめないからな」

 

シルヴィオは美冴を見ながら言った。今の美冴はC型軍装ではなく、白いワンピースを身に纏っている。

その格好だけを見れば、とても衛士の精鋭とは思えなく、モデルと説明された方が納得できるものだった。

 

麗しい女性を口説くのが、男の義務である。シルヴィオはそう言わんばかりに、美冴に対してジョークを混じえた会話を交わした。

イタリアでも定番の話を、時間にルーズな電車の逸話などを話している内に、グラスが一度空き、二度空き。そこでようやく、美冴は溜息をついた。

 

「調子が戻ったようだけど………いえ、違うわね」

 

「何がだ?」

 

「貴方の心は此処にはない。私だって女よ。殿方の視線がどこを向いているのかは分かる、それに――――いえ」

 

「気になるな。そこまで言うのなら、最後まで頼むよ」

 

「………なら、言わせてもらうわ。昨夜、私に言葉を向けた貴方の方が貴方を感じられた」

 

覚悟を問うた時のこと。目的を話した時のシルヴィオ・オルランディこそ、貴方自身ではないか。

美冴の言葉に、シルヴィオは黙り込んだ。

 

レンツォであれば、こういう言葉も軽く躱すのだろう。だが、シルヴィオは何も。

冗談さえ言えない。次に出てくるのは、自分の胸中にある思いだった。

レンツォの事。後悔と慚愧で紡がれた言葉の数々。その中には、いつも自分が生き残った過ちを表すものがあった。

 

シルヴィオがひと通り話し終えた後、美冴は目を閉じる。

そうして、手に持っているグラスを少し傾けた後、シルヴィオの目を見ながら言った。

 

「これは知り合いの話だけど………」

 

いつもより更に小さく、ハスキーな声で語られたのは1人の女の話だった。

母から祝福されなかった娘の恋の話。仲違いをして、そのまま修復されなかった関係。隠された過去に、娘は後悔を重ねることしかできなかったという。

どうしようもなく持て余した感情に、母の複雑な過去が絡み合っての喧嘩。仲直りの機会も、BETAの日本侵攻により失われてしまったこと。

 

「詳しい事情を聞いても、分からないと思うわ。でも………貴方と同じなのは、その娘が今も過去を生きているということ」

 

「………過去にだけ、か」

 

「分かっている筈なのに、目を伏せて。後悔だけに囚われてる。気づいているのに、それを振り切ろうともしないで………」

 

「後ろめたさに甘んじていると?」

 

「馬鹿みたいに、臆病にね」

 

そう答えた美冴を見て、シルヴィオは思い出していた。

2番めの鍵を探索しに、横浜基地の地下にある図書室に入った時の、社霞が手に持っていた本のタイトル――――"絶対に終わることのない物語"のことを。

シルヴィオも、子供の頃に読んだ事がある。そして、全てではないが、重なる部分があると気づいた。

 

望みを持って別の場所に行こうと思わない主人公に対して、その時の自分はどう思ったのか。

明確な指標を持たず、辛い現実と向きあおうとしない人間が果たして何処に辿り着けるのか。

 

「………貴方と違う所もあるわ。京都に居た母だけど、関東に避難できている可能性はある。でも、探すことが怖いの」

 

「手遅れだと知るのが――――いや、助かっていても何を話せばいいのか分からないのか」

 

「そう。その時の私は、関東の訓練校に居た。だけど、何かが出来たかもしれない。そうした思いがぐちゃぐちゃになって………」

 

活路はあるかもしれない。だが、踏み出すのが怖いのだ。その果てにある更なる苦痛や、向き合うことによって生まれる自分の醜さも。

見て見ぬふりをしていれば、これ以上の苦しみはない。

 

(………だが、俺は。いや、昨日のアレはそうした俺の弱さが生み出した幻聴だったのか?)

 

レンツォの声。あれは自分の弱さが生み出したものではなかったのだろうか。

シルヴィオは浮かんだ疑念を否定できるだけの材料を持っていなかった。

 

「? どうしたの、シルヴィオ」

 

「いや………」

 

過去から脱却できる方法を、とは言えない。それでも、何かしらの足掛けに出来るのならば。

シルヴィオはそう考えていた。暗く深い虚の中でも、落ちたままで良いとは思っていなかった。

 

(それに、本当にレンツォが居るのならば)

 

居るはずのない人物が居る。それだけでもう、異常なのだ。

レセプションの警備を受け持っている人間ならば、確かめるべきである。

 

「………美冴。今日は、ここで」

 

「ええ。明日も任務があるものね」

 

「そうだな………今夜は少し自分を見つめなおすことにする」

 

本当は居て欲しいと思った。シルヴィオも美冴の話の本質は理解していた。

知り合いの話ということも。感情が篭められた語り手が、何を隠したいのかも。

 

居て欲しい、というのが正直な感想だった。

同じような過去。似たような悩み。だがシルヴィオは弱さを言い訳に、酒を理由にしてその言葉を吐くのは違うことだと思っていた。

 

(―――レンツォ。本当に、お前なら)

 

KIA扱いされた友が、生きているのなら。

 

対面できるならば。向き合うべきか、忘れて前に踏み出すべきか、あるいは。

 

シルヴィオは期待と不安、そうした切っ掛けが無ければ踏み出せない自分の弱さへの侮蔑と、それに反発したいという心を綯い交ぜにして走りだした。

 

1人、パートナーも居ない夜の闇の中を走る。そして昨夜と同じように潜入した、後藤機関のある研究所。

シルヴィオはそこで、全く予想外の事態が進んでいる事に気付かされた。

 

物陰から、本来なら警備兵である筈の機械化歩兵が通信越しに話していた単語を聞いたのだ。

 

――――この基地で最も不幸と呼ばれている少女。

――――ああなってはもう人間ではない。

――――第四計画の核の一端を担っている、女狐の娘。

 

 

そうして、シルヴィオは、単語から連想できる少女――――社霞を暗殺して次の時代を呼び込め、という工作員の声を聞くと同時に、それを阻止するため外に向けて走りだした。

 


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