Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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21―2話 : 正理 ~ kindling ~

メリエム・ザーナーは同胞たる仲間の悲鳴が反響する廊下を歩いていた。激痛に対する苦悶の声。それは生きている証拠でもあり、状況によっては名誉の負傷と呼べるものだが、今は違った。たったひとりの敵にこうまでしてやられるのは、屈辱以外の何物でもないからだ。

 

(………敵、か)

 

はたして、そう呼ぶべき者の正体は。考えようとした所でメリエムは――――この組織ではヴァレンタインと呼ばれている女性は頭を小さく振ると、現場で指揮を取っている男に話しかけた。

 

「状況を報告しろ」

 

「はっ! 苦戦はしていますが、追い詰めました。しかし………」

 

「………このまま突入するとなると、犠牲が増える、か」

 

「はい。手榴弾を使用した甲斐はありました。これ以上の損害は看過できませんからね」

 

メリエムは負傷している仲間を見ると、彼らも手榴弾の爆発に巻き込まれたのだと察した。無言のまま、やり過ぎではないのかという視線を向けられ、男は渋面のままに答えた。

 

「使わなければ、より多くの同胞がやられていました。余計な情に惑わされるなというクリストファー少佐の教えに従ったまでです」

 

余計な情の対象は敵であり、味方でもあるのだろう。一時の感情に振り回されて血迷うなとは、クリストファー少佐の口癖で、メリエムも何度か聞いたことがあった。

 

「………敵、味方か」

 

「ヴァレンタイン? 何か、あるのですか」

 

「なんでもない………ことは無いか。お前は国連に妻子を奪われたと言っていたな」

 

正確には過酷な環境である居留地に妻子ともどもに押し込まれ、身体が弱かった妻子が病死したということだ。解放戦線に入る理由を思い出させられた男の表情が、苦悶に歪む。

「すまない。だが、な………この先に居るのはイブラヒム・ドーゥル“大尉”だ」

 

「ドー、ゥル大尉………? まさか、ロードスの………あの難民救済の英雄だというのですか!?」

 

男の声に、メリエムは頷いた。メリエムは探索中に不覚を取って捕獲されかけた所で、直接確認したのだ。トルコに近いキャンプに居た難民であればその名前を知らない者はいないし、メリエムは過去に助けられたことがあった。

 

「しかし、なぜそんな英雄が国連に………」

 

「聞いてみないことには分からない。だが、彼は紛れも無く英雄だ………いや、“英雄だった”か、あるいは」

 

今はもう英雄ではなくなったのか。それは現状では分からず、直接言葉を交わしてみないことには判断がつかないことだ。メリエムは眼を閉じると、小さく言葉を紡いだ。

 

「もし、英雄であれば我々の話に耳を傾けてくれる………かもしれない」

 

「ですが、彼はこうして敵に! 何人も戦闘不能になるまで負傷させられている!」

 

「だから敵だと? ………そうかもしれない。だが、何も問わず、聞かず、一方的に裁くことはできない。それは私達が憎む国連のやり方だからだ」

 

「………我々が聞いている命令とは違う。敵は打倒すべきだ。そのような見せかけの希望に踊らされ、騙されて死んだ同胞が何人居ると思っているのですか」

 

「そうだな。難民キャンプは今の惨状よりも酷い、地獄だった。その悲惨な状況において悲鳴を上げる者達が居た。だが国連も、その他の国々も………我々の意見を一切受け入れず、“声なき者”として扱った。死人であれば口はないとでも言いたげにな」

 

その敵と同じになる訳にはいかない。メリエムはそう告げながら、目を開いた。

 

「希望に縋るのではない。迎合するのとも異なる。ただ、ドーゥル大尉は強い。あるいは言葉で解決できれば、これ以上の戦果はないだろう。10分だけ時間をくれ。それ以上は望まない」

 

「世界に向けての演説を………我々の象徴となった貴方を危険に晒す訳にはいかない。だが、敵と同じになるという言葉も認められない。30分だけ自由にする時間を。その間にやれることはやっておきます」

 

「すまない、ありがとう。………私が人質に取られた場合は、分かっているな?」

 

「言われずとも躊躇はしませんよ。それが貴方の望みでしょうから………武器は?」

 

「不要だ。逆効果にしかならないからな」

 

「了解しました。それでは、作戦の立て直しを図ります………それと、どうやら敵は一人じゃないようです」

 

もう一人、英雄が居ます。

その声を背後に、メリエムは丸腰のまま歩き出した。

 

そのまま、メリエムは誰が居るかも分からない暗い廊下の中、自分の位置が分かるように「話をしたい」という声を出しながら歩いていた。

 

目標に接触できたのは、間もなくしてだった。いつの間に背後に回りこまれたのか、メリエムは倒され、後頭部に銃を突きつけられていた。

 

「立て………こちらを向け。ゆっくりとだ。手はそのまま、頭の後ろから離すなよ」

 

「………ドーゥル大尉、ですか」

 

「要件を言え………まさか、丸腰か? あの呼びかけはどういうつもりだ」

 

「イブラヒム・ドーゥル大尉。私の名前はメリエム・ザーナー。ラシティのキャンプを覚えていませんか?」

 

「………今の私は中尉だ。要件だけを言えと、そう言った筈だが」

 

「30分の休戦を提案します。要件は………手遅れになる前に、会話を。難民解放の英雄であるあなたと話がしたい、それだけです」

 

「私は英雄などではない。国連軍中尉の、ただの衛士だ。無論、責務を忘れたつもりもない」

 

テロリストとは協力しない。言葉と態度でそう示しているイブラヒムだが、メリエムは聞かされた事実を前に、苦渋に満ちた顔のまま声を荒げた。

 

「降格………まさか、あの時のせいで………!?」

 

メリエムは覚えていた。唯一と言ってもいい、多くの難民を救おうと手を差し伸べてくれた人間を、忘れられる筈がなかった。

 

「我々は違います………貴方を殺したくない。難民であれば、誰もが貴方と共に戦う事を望むでしょう」

 

「そして、仲間と共に民間人を殺せと?」

 

「我々の行動によって民間人が死ぬことは事実です。言い逃れはしません。ですが、殺害そのものが目的ではない。届かなかった声を、届く前に掻き消された罪なき人々の声を多くの人々に伝えるためです」

 

「そうして殺された人々が、更なる“声なき者”になる。罪なき人々がそれを望み、欲しているとでも言いたいのか」

 

「違います! 現状を放置したままでは何も変わらない、変えられない! 彼らと同じ境遇の人々が増えていくだけだから………貴方に………誰よりも貴方がっ! まさか、キャンプの今を知らないとは言わせない!」

 

「十分に承知の上だ。放置できない事実であることも分かっている。だが、貴様達が今この時も殺して続けているだろう人々も、この基地で働く者達も同じく罪のない人々だった。テロリスト共と協力し、それを仕方がないで済ますのであれば、貴様達も同じ穴の狢だ」

 

「恭順派と一緒にしないで欲しい! あくまで我々難民解放戦線は――――」

 

「客観的な事実を言っているまでだ。人は表向きの情報だけを見る」

 

「ならばっ………どうすれば良かったというのですか。いや、違う。どのような誹りを受けようとも構いません」

 

覚悟の上だと、メリエムは言う。

 

「信じてください、大尉。我々はあのテロリストとは違う。無駄な人殺しはしない。犠牲は最小限に、声なき者の声を世界に発信し、難民キャンプで行われている非道を認めさせる」

 

「………これ以上の悲劇を産み出さないために?」

 

「はい。キレイ事は言いません。仕方ないとは言わない。ですが、難民がこれ以上苦しまないために………あの地獄に変革をもたらすための、尊い犠牲なのです」

 

メリエムは自分の心臓に手を当てながら言う。

その声には演劇ぶったものはない、本心からのものであった。

少なくとも彼女はそのつもりで、イブラヒムもそれが虚栄心や自己陶酔などの虚飾に彩られたものではないと察していた。

 

何を言うべきか。数秒迷ったイブラヒムが口を開こうとする、その時だった。

 

「そうだな、犠牲だ。人が死んだ。だが、誰が殺したんだ?」

 

「っ、誰だ………貴様は!?」

 

メリエムはその顔に見覚えがあった。事前にクリストファー少佐から渡された資料に映っていた顔だったからだ。

 

「フランツ・シャルヴェ大尉………マンダレーの英雄か」

 

「自己紹介をするつもりはないようだな。それで、だ。あんたのいう変革は、あと何人が死ねば訪れるんだ? 戦争と難民、その両方が永久に無くなるまでか?」

 

「………欧州に逃げ帰った貴方に言われる筋合いはない。ハイヴを落としたとはいえ、途中で逃げた貴様に。それとも、貴様は難民に………私達に、地獄のような現状を受け入れろとでも? そう言いたいのか」

 

メリエムは鼻で笑った。目の前の人物は難民達に一筋の希望を見せた中隊の一員だった。遠く中東にもその名前は届いている。だが、直後に希望は絶望に変わった。

 

「BETAを今すぐにでも全滅させられるのか? できないのであれば、これは必要なことだった。難民はこの時でも飢えと渇きに苦しんでいる。座して待てば破滅するだけだ」

 

「だから戦争によって生じる蜜をすすり、肥え太らせている連中の富を再分配するしかない。そう言いたいのか、お前ら難民解放戦線は」

 

「………その通りだ。国家に属する者として、貴様達の言い分もある程度は分かる。だが、できるやできないの話ではない。やらなければ我々に明日はないんだ。一刻でも早く目標を達成する。それ以上の最善はない」

 

「だから、誰かを殺してでもやり通す。非情な手段を取ってでも」

 

「責められるだろう。だが、国連ほど無差別に人を殺すつもりはない。まずは対話をするつもりだったが………その最初の手段でさえ、人を害すること以外の方法は塞がれていた」

 

その言葉には侮蔑と一緒に、自己を嫌悪する色が含まれていた。

メリエムのその様子に、イブラヒムは言葉を零した。

 

「非道を選んだ時点で、永らえる気はない………ここを死に場所とするか」

 

「はい。だが、それではあまりに無責任だ。残された者達は多い。その者達を、貴方なら導ける。恭順派の手など借りずとも我々の悲願に辿り着ける。本当の解放運動を始めることができる」

 

「………何度でも言うが、私にそのつもりはない」

 

「なぜですか! 貴方は正しいことをした、なのに降格された! そんな仕打ちを、あまつさえはこんな基地に追いやった国連などに、どうしてそこまで!」

 

「………」

 

「答えてください! 難民の英雄がこんな所で腐っている、その現状が………っ、私には我慢ならない、認められない!」

 

「………認められたいから戦っているのではない。私がここに居るのは私自身が選択したからだ」

 

ドーゥルはあくまで静かな声で、メリエムに告げた。

 

「貴様が舐めさせられた辛酸、それを完全に理解できるなどとは言わない。難民のために立ったという気持ちだけは………真偽を問おうとも思わないし、責めることもしない」

 

「ならば………っ!」

 

「否定はしない。正しいという主張、それを最初から否定するつもりはない。正しきという定義に絶対的な基準は存在しない。立場や状況によって敵対するべき者も変わる………正義とはその程度のものだ」

 

「………」

 

「あの時、私の命令で部下達が死んだ。その結果、生き延びた子供が民間人を殺した。そして、更に多くの犠牲を出そうとしている。これを神の皮肉と取るか、運命ととるか………決められはしない。だが、はっきりしていることがある」

 

「………それは?」

 

「自分が行動を起こし、起きた全ての事象。その全てを受け容れるということだけだ………あの時にそう決めた」

 

「………大尉、私は………私は間違っていません。より多くの人達を………」

 

メリエムの瞳が揺らぐ。自分の意見が否定されれば、抗おうと更なる言葉を返しただろう。だが、正しいと認められた上に相容れないという意思を見せられれば、どうしようもなかった。

 

触れようとする者があれば焼きつくさんという、炎のような瞳。

それが縋るような色に変わり、別の方向に向けられた。

 

「………お前たちは開発衛士を殺そうとした。いや、何人かは既に死んだんだろうな。念入りな計画で念入りに殺した」

 

そして、フランツは問うた。

死んだのは、あいつらが間違っていたからか。

 

「激戦地でBETAと戦わず、この基地で開発などに興じていたからか? 本当にそう思っているのか? 祖国があの化け物達に占領されている、そんな人間がほとんどだってのに、後方の地で遊んでいるとそう思っているのか? ………ふざけるなよ」

 

「………っ」

 

「これで開発が遅れるだろう。更に多くの衛士が死ぬ。そして衛士が死ぬことは、その後ろに居る多くの民間人が危険に晒されることを意味する。BETAに喰われて死ぬんだよ」

 

お前たちが殺すんだと。メリエムはフランツの言葉に反論をしようとして、できなかった。開発衛士がどういった思いを抱いていたいたのか、メリエムはその全てを把握していた訳ではない。そしてF-22との間に繰り広げられた激戦は、メリエムも聞いていた。本気で取り組んでいる目の前のフランス人が主張するのだ。開発衛士の何人かは本気で開発に取り組んでいた、ということを。

 

それを頭ごなしに否定することはできなかった。心の内を聞いた訳でもなかったからだ。そして、これから危険に晒されるという民間人の話。メリエムは何処かから、自分達を責めるような声が聞こえた気がした。お前たちさえ居なければ、と。

 

「俺たちはそれを止める。開発に携わる俺たちの望みは、一刻でも早くBETAをこの星から追い出すことにある。多少の差異はあるかもしれない。だが、あの糞ったれな化け物共を叩き潰し、故郷を取り戻す。そのためにこの地に居る。それだけは否定させない」

 

どちらも否定できない。間違っていないと、フランツは告げた。

 

「“正しき”は一つで良いと、貴様達が主張するかどうかは知らん。だが、俺はそう考えない………奪われるのならば抗う」

 

フランツは視線をイブラヒムに向けた。

イブラヒムは頷き、メリエルに答えた。

 

「死にゆく誰かのために、多くの誰かを殺す――――その道を私は選ばない。衛士としての責務を最優先する。間違っていない………だからといってそれが誰かを殺していい理由になどならない」

 

そう告げるイブラヒムはフランツと同様に、メリエムに背を向けずに真正面から見返していた。暗い廊下の中、一人残されたような感覚に陥ったメリエムは、うわ言のように繰り返した。

 

 

「私は………私の選択は、間違っていない………」

 

 

その声には、先ほどまでの炎は篭められてはいなかった。

 

 

「………ウーズレム…………マスター」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「都合の悪いものには蓋をする。あなた方の常套手段でしたね、閣下」

 

基地の計器と、わずかばかりの照明が照らす司令部の中。

赤い髪の男は悠然と椅子に座りながら、縛られている男を見た。

 

「人を塵に見立てて処分する。本当にそれだけで全てが解決すると思っていたのですか、アターエフ大佐」

 

「人を塵のように殺すあのBETAを神と崇める。そのような人間が、何を気取っている」

 

「それは違う――――といっても世界ではそう認識されているのでしょうね。そう仕向けた各国政府………その一員であるロシア人にこそ言われたくはありません」

 

「………狂信者の戯言だな」

 

「飢えた人々に食料を配給し、幼き子等を苦しみから解放する。難民の救済のために行動する我らが存在することは、各国政府の正しきに沿わなかったからでしょうね」

 

「………」

 

「『BETAのために子供を生贄に捧げる』、『若い女性をBETAと交わらせるための儀式を行っている』………一石二鳥と言う訳ですね。自らの非道を隠せると同時に、都合の悪い存在を排除できる」

 

「狂っている者の言葉をこそ、狂言と言う。貴様の言葉に踊らされる者こそ哀れだな」

 

「正しきを問いますか………だが、我々がBETAを奉ったことは一度たりともない。そうだな、執事」

 

「はい。審判を経て神の御許に行くこと。教えに恭順するのが貴方達ですが………あのような異形を神が遣わしたなどと、どうして思えるのでしょうか」

 

「狂っているからだろう。だからこそこのような暴挙に出る。テロリストの言い分を聞く者など存在しない………と思っていたのだがな。難民解放戦線も、狂人の集団だったとは。それとも、このテロに参加している者だけが正気を失っているのか?」

 

アターエフが、執事と呼ばれた男に視線を向ける。マスターも同時に執事の方を見た。

執事は感情を荒ぶらせず、冷静に視線を受け止めながら言葉を返した。

 

「神の教えに恭順する者は、正しきを実践する者達だった。我々難民解放戦線は、恭順派に感謝している。私達を認め、助けてくれたのですから」

 

「それは、難民解放戦線の総意として受け取ってもいいのだろうか?」

 

「はい。貴方達が居なければ………我々はキャンプの中で、人間であるための大切なものまで失っていたでしょうから」

 

恭順派の指導者の一人であるマスターと、難民解放戦線の指導者の一人である執事が言葉を交わす。それは教義は異なっても、互いに互いを認める言葉だった。

実際に助けられたことが多くある戦線の兵士から、歓声があがった。

 

アターエフはその光景を見ながら、滑稽だと扱き下ろした。

 

「茶番だな………貴様達はここで終わりだ。この基地を占拠した所で無意味なことは承知しているだろう。先に続く道などない」

 

感情のまま行動を起こし、袋小路で野垂れ死ぬ愚かな人間だと、アターエフは続けた。

 

「人類が協力しなければならないこの時に、何をしている」

 

「協力と搾取は同じ意味の言葉ではありませんよ、閣下。各国が本気で協力していると?閣下も米国に対しては思う所があるでしょうに。自分たちだけ戦わせて高みの見物を決めるな、などのね。それと同じような事を貴方達に感じている人々も居る」

 

例えば、被差別民族だ。米国がソ連にしていることと同じように、ソ連の中核を握っているロシア人が、ロシア人以外の被差別民族に行う。

 

「地獄ですよ、閣下。信じる者は違うかもしれない。だが、想像できるでしょう。一切の希望さえも見えない地の底の獄。そのような場所に叩きこまれても、素直に応じる者は………叩き込んだ者を恨まないものは、存在しない」

 

「………何を言いたいのかは知らん。だが、米国が本気になった段階で貴様達の命運は尽きる。所詮は素人の集団だ、爆撃機の迎撃など――――っ?!」

 

 

アターエフは自らの言葉の途中であることに気付き、驚愕に瞳を染める。

 

一方でマスターと呼ばれた男の元には、ある一報が届いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みかた………いない…………クリスカ」

 

弱々しい声。Su-37に乗るイーニァは紅の姉妹と呼ばれている姿に似つかわない、迷子の少女のようにユーコン基地の外れにある空域を飛んでいた。

 

「おそと、日がしずむ………どこなの………」

 

太陽が沈めば夜が訪れる。夜になれば暗く、隣には誰も居ない。

 

一緒に行動していたイーダル小隊の僚機も撃墜された。

イーニァは震える腕を必死で操作して、自分を助けてくれる存在に思いを馳せた。

 

「クリスカ………ユウヤ………」

 

いつも一緒にいてくれる人。大切にしてくれる人。

その心の在り方に惹かれた人。心の中に昏い部分を持ちながらも、自分にはいつも優しくしてくれた人。

 

そしてもう一人、イーニァはユーコン基地に来るまで全く出会ったことのない人間を思い浮かべていた。

 

理由は分からないが、心が読めない。なのにこの人は自分に優しい人だと、危害を加えない人だと思わせてくれる。

 

「シロガネ、タケル………」

 

全てを読みきれた訳ではない。だがイーニァは、カムチャツカに居た頃に心の中からその名前を聞いた。撤退戦の途中。元クラッカー中隊だという衛士の心の声が、映像が、探知範囲の外なのに届いたのだ。強烈なそれは今まで感じたことが無いほどに輝かしく、イーニァの心の隅を占拠して退かなかった。その理由をイーニァは理解できない。だが、唯一分かることもあった。

 

イーニァはよく知っていた。自分に危害を加えようと、利用しようと、黒い感情をぶつけてくる者がどういった内面を持っているのかを知っていた。そういった人物はどのようなものであれ、外面に影響を与えるものだ。だからイーニァは例え心が読めなくても、誰が危険な存在であるのかを感じ取ることができていた。

鉄大和という存在が、自分達の能力を知っていることでさえ。

 

「でも、どうして………タケルはどうして、そんなかおでわたしをみるの」

 

分からないことだらけだった。そう言うと、だったら聞けばいいとばかりに言葉を交わしてくれた。面倒くさがらずに、間違っているのかもしれないのに。その時の笑顔は。仕方ないというその顔は、イーニァが今までに見たことがない類のものだった。

 

「………ちがう。みたことは、ある」

 

誰かの記憶を覗いた時にだ。きっと、仲が良い人なのだろう。

日常的なものだった。基地の中でも見たことがある。冗談を言った相手が見せる反応だ。仕方ないな、と言わんばかりになんでもなく笑うその表情。

 

「でも………覗かなくても、みえたのははじめて? ………どうして」

 

向けられた笑顔は、クリスカとも違う。

それは、どこにでもある当たり前の表情だった。

 

――――心を覗けることを知っている。なのに、何でもないように笑いかけてくれる。

イーニァにとっては、初めてのことだった。

 

並ぶ者が居ない空の中。イーニァは、ぽつりと零すように言った。

 

 

「それに………なんで、かなしいのにわらってるの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

欧州連合の第二実験小隊。地獄の番犬の名前がつけられている小隊は、その名前に相応しく死と破壊をばら撒いていた。

 

周囲には、戦術機の残骸。有人機と思われる前に立った機体から、隣に居る機体へと通信が飛んだ。

 

『………自決したみたいだな。ハンガーで仕掛けてきた奴と同じだ』

 

『分かってるよ、アーサー………生き恥は晒さない、か』

 

―――自分の中だけで完結してるんじゃないよ。リーサは死者の居る機体に言い捨てると、残りの2機を見た。アルフレードとクリスティーネの乗る機体だ。どちらも誘導兵器によって多少の損害は受けていたが、戦闘には支障がないと言わんばかりに手をあげていた。それを見たリーサは、親指を立てつつも笑った。

 

『やっちまったね』

 

『ああ、ちょっとドジッちまった。いや、でもよ………言っちゃなんだが、あのF-22との模擬戦が無けりゃあ俺だってな』

 

『………機体に負荷を強いたあの一戦が無ければ、問題なく対処できたって言いたい?』

『へっ、言い訳だよ。忘れてくれ。それよりも、フランツの野郎は大丈夫かよ』

 

『某宇宙人くんの話どおりなら、とりあえず問題はないだろうな。それに、一時的だけども強力な協力者が居るって………どうした、リーサ?』

 

『ん、いや。なにか、小さいものが動いたような』

 

『………もしかして小型種とか?』

 

『違う。突撃級………とまではいかないけど、結構な速度だったからな。あり得ないでしょ。兵士級とか、闘士級とかそんなサイズ。光線級ほど大きくもなかったな』

 

『そうか………ていうか、どれが該当しても嫌すぎるよな』

 

自動車以上の速度で移動する小型種など想像したくもない。

アルフレードは盛大に溜息をついた。特に光線級だ。

高速で動きまわる移動砲台など、想像するだけで胃壁が削れるほどの脅威となる。

だが、それ以上に厄介な敵もまた存在する。

 

『仕掛けの要点は分かるけど、全体像がまるで想像できねえな………あいつらも、無事で居るといいんだけど』

 

『そう言っている内に来たようだよ………統一中華戦線の機体か。あの動きはユーリンっぽいな』

 

衛士としては新兵レベルであるテロリストとは異なる動き。

それを見たリーサ達は警戒しつつも、殲撃10型に通信を試みた。

 

『待て、そこで止まれ………貴様がテロリストでないのならばこれに答えられる筈だ。………バングラデシュの基地で、英語が苦手だという巨乳の衛士が居た。そして、ある宇宙人に教えを乞うたという。その人物の名前は?』

 

『ちょっ………う、撃つよ!?』

 

『その恥じらう乙女な声は、ユーリンだな。って、アホなことやってる場合じゃねえか』

 

『………愉快な状況じゃないしね』

 

ユーリンは周囲の残骸を見ると、リーサに問いかけた。

 

『何機、来た?』

 

『12機だ………その前にも生身の時に仕掛けてきた奴が居たけどな』

 

『そう………』

 

ユーリンはリーサの声色から、その仕掛けてきた人物がどういった最後を迎えたのか。

そして、ガルム小隊に関連する整備班の何人かが傷を負ったのだと察した。

 

(努めて“軽い”って感じを声に出して、自分の感情をコントロールしてる………怒り過ぎないように)

 

感情に流される奴は二流だが、生来の気質によってその難易度が上下することもある。

リーサは、隊の中でもそういった事が1、2を争うほどに苦手だった。

それを知るユーリンは、すぐに話題を変えた。

 

『他の部隊は? こっちは手分けして仲間を集めてる。篁中尉達は奇襲を仕掛けるために、元の場所に戻ったけど』

 

万が一にも失う訳にはいかないと、タリサと唯依とサンダークは武とユウヤの元に戻っていた。テロリストの増援から奇襲を仕掛けるために。ここに残っているのは、統一中華戦線の3機のみだった。1機、李の機体は開発データを残すためにと、安全な場所に避難させられていた。

 

『情報を。今は、少しでも手が欲しい』

 

『私達も、そう思って移動したんだがな。東欧の奴らは既にやられてたよ』

 

声に収まりきらない怒りの色が交じる。察したユーリンは、アルフレードに言葉を向けることにした。分かっていると、アルフレードも状況を説明し始めた。

 

『グラーフ小隊のMiG-29OVT(ファルクラム)だが、2機は仕留めた。が、1機だけ逃げられてそれっきりだ。追おうとした所に、このF-16Cが乱入しやがった』

 

『3機………残りの1機は?』

 

『一応は健在だが、万が一にも破壊されたらたまらないって、半壊したハンガーに潜んでる。開発衛士も軽くない傷を負ってたからな』

 

渋面で、アルフレード。それに答えたのは、亦菲だった。

 

『積み上げたデータを、仲間の犠牲を無駄にする訳にはいかない………そういう事なら、何も言えないわね』

 

『ああ………最悪を回避しようってんだ、何も言えねえさ』

 

そう告げたアーサーの言葉だが、力は無かった。判断を下した衛士の勇気を讃えるものの、このテロが終わった後の事を考えれば明るい話になるとも限らない。最悪はテロに対して消極的な行動を取ったと、腰抜け扱いされる可能性も零ではないからだ。そうなれば、開発衛士としては終わったも同然となる。

 

『それも無事に終わってからだ。ユーリン、アルゴス小隊はどうした?』

 

『ブリッジス少尉と、クロガネ………いえ、シロガネ少尉が増援の足止めをしてる』

 

『なるほどな………じゃあ、行くか』

 

軽く答えたのは、リーサだった。まるで散歩にでも行くように、危険などないとばかりに。その様子に違和感を覚えつつ、質問を投げかける者が居た。

 

『即決アルな。それほどまでにあの衛士は腕が立つアルか?』

 

雅華(ヤァファ)………拘るわね』

 

『拘らない方がおかしいアル。姐さんも、姉さんも』

 

『まあ、待て。問われたからには答えよう』

 

そうして、アーサーは告げた。

 

『知っての通り、俺達はあの時一緒に戦った。カムチャツカの撤退戦の時に、最後まで殿を務めた。その俺から言わせてもらうんだが――――』

 

同情心を最大にして、アーサーは苦笑した。

 

 

『もう終わってるだろ。たかが素人の一個中隊や二個中隊なんて、1000秒ありゃ片付けてなきゃおかしいぐらいだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――その同時刻。

 

戦闘は既に終わっていた。立っているのは不知火と、不知火・弐型が二機。そして武御雷と、F-15Eと、大東亜連合の開発部隊。先ほどまで敵対していたF-16Cは、自律機を含めた23機全てがその機能を奪われ、地面に叩き伏せられていた。

 

唯一生存している有人機。半壊した機体の中、操縦していた難民解放戦線の衛士の一人であるウーズレム・ザーナーは苦悶の声を上げた。

 

『化け物め………っ!』

 

『酷えなぁ、よく言われるけど。それよりも聞きたいことが――――!?』

 

武は質問をしようとした直前に、弾かれるように視線を空に向けた。

武だけがそれに気づいていた。戦い続けた年数を数えたことはない。だが誰よりも長く敵対してきた者であるからこそ、理解させられてしまうことがあった。

 

 

『――――BETAか』

 

 

同時、空を切り裂くレーザーが光り。

 

遠雷のような爆発音が大気を震わせた。

 

 

 


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