Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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挿入歌は、Insanity

PS3・ゲーム版TEのOP曲です。1番の歌詞があうかも。



23ー2話 : 正気 ~ Insanity ~ (2)

星が雲に隠れ、夜の闇が深くなっていく。はっきりと視認できるのは遠くに見える光点だけだ。人類を脅かすことだけしかしらない化け物が、僅かな月灯りに照らされている。光とは闇を照らす良いものであるはず。だがあの光は、数の力に物を言わせてユーラシアの大半を占拠した光だった。今、それが目の前にあった。いつもと変わらぬ、数の暴力を手にした敵が。

 

それも、更なる増援があるという。それを聞いた各々が見せた反応は二種類に分かれていた。悪態をつく者と、諦める者だ。その内の片方、諦める者に属している男である白銀武は乾いた笑いを零した。

 

――――もう楽勝なんて言葉を聞くのは諦めた、と。

 

『あー、くそ。スムーズに事が運ぶとは思ってなかったけど………』

 

武は愚痴りながらも、F-22から送られてきた敵の出現ポイントと進路を見ていた。後方のBETA群は、引き寄せられる筈のブラックボックスから離れていく方向に、ハイヴがある南西へ向けてのルートを進もうとしているようだった。何故、とは問わず。米軍のF-22はこの状況下でも通信を通すことができるのか、という疑問も脇に置いて。武はこの状況を打破するための方法と、BETAの動向についてありうる可能性を脳内で列挙していった。

 

『F-22は、後で考えよう。問題はBETAだ。数だけでも厄介なのによ………かなり、一掃するのが難しくなったと考えた方がいいな』

 

『前半には賛成だが、後半は………新手のBETAは数だけではない、という事か?』

 

『確証はないけど、恐らくは………通常のBETAとは異なる習性を持っている可能性が高い。研究施設で何らかの処置を施されたんだろうな』

 

武は自分なりの推論を出した。研究施設で、BETAに何らかの投薬を行われていたかもしれなく、その結果に習性や性能が変わってしまったのかもしれないと。

 

『出てくるタイミングが段階ごとに分かれていることから………後から現れたBETAは地下の重要度が高そうな場所から這い出して来たかもな。通常のBETAのつもりで相手してたら、えらい目にあいそうだ』

 

『厄介だな………だが、放ってはおけないだろう』

 

敵の全滅こそがこちらの勝利条件であるため、強敵だからとして見逃すという選択肢は取れない。そして離れた場所に居る以上は、迎撃の手を分ける必要がある。唯依は考えこんでいる時間はないと、自分から提案した。

 

『私が行こう。あとは………白銀少尉はついて来い。マナンダル少尉はバオフェン小隊と一緒に数が多い方を。ビャーチェノワ少尉は………』

 

そこで唯依はようやく気づいた。部隊の中にSu-37の姿が無いことを。

 

『もしかして、逸れたのか………?』

 

そういえば、去り際にユウヤに向かって何かを話そうとしていたような。唯依の言葉に答えたのは、タリサだった。

 

『逃げたんじゃねーの? まあ、どっちにしても探してる時間はないよ』

 

臆病者と罵倒するのも、生き残ってからだ。タリサの言葉にユーリンと唯依が頷いた。

 

『マナンダル少尉の言う通りだ。亦菲、彼女とエレメントを組んで前衛に。盧と李は私と一緒に後方から援護だ。突撃砲の残弾確認を急げ』

 

こうしている内にも時間は過ぎていく。故に、とユーリンは唯依と武に視線を送った。

 

 

『了解しました。すぐに片付けて戻ってきます』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1分後、武御雷と不知火の2機は200の増援の進路方向に陣取っていた。対するは戦力比にして100倍の化け物である。装備の状態が悪いと話にもならないと、戦闘に入る前の最終確認を行っていた。

 

『………少佐』

 

『少尉だって。まあ、今は通信が繋がらないから別にいいけど。あと、敬語は勘弁してくれな。恩ある篁祐唯主査のご令嬢だってのに、無駄に偉ぶってたらオヤジにどつかれそうだし』

 

『白銀………影行氏だったか』

 

『ああ。74式長刀の開発には携わってないから、例の懐中時計は持ってないけど』

 

懐中時計とは、74式長刀の開発に参加した者にのみ渡されるものだ。唯依がユーコンに来る前に父から渡された、お守りになっている。武も、同等のお守りを肌身離さず持っている。風守光の写真を持っていた影行と同様に。

 

『しかし、開発には携わっているな。マナンダル少尉からも聞いた』

 

そして、と。唯依は戦術機の開発に関することで、聞きたいことがあった。

 

『戦闘に入る前に、どうしても確認しておきたい。先程、敵中で暴れまわっていた時に見せられた、尋常ではない機動のことだが………』

 

前衛は武で、唯依はそのフォロー。移動中に決定した作戦だが、それを行う前に唯依は説明して欲しいことがあった。武も、やっぱりと言うように答えた。

 

『まあ、お察しの通りだ………“あの動きは通常のOSじゃできない”、だろ?』

 

『――――それは、父である影行氏が開発したものか?』

 

『違う。名称は、新OS“XM3”………でも作ったのはオヤジじゃない。というか、全くの畑違いだしな』

 

影行の専門は機体、すなわちハードであって、中身、ソフトではない。武はそう説明して、何でもないように告げた。

 

『それに常識から外れに外れた性能を持つ異端の技術だから、普通の奴には作れないって――――横浜の魔女以外には』

 

もっと言えば霞とイーニァとの合作だが、武はそこまで言うつもりはなかった。とはいえ、出てきた名前が名前である。唯依はやはりか、という表情になった。

 

唯依は電磁投射砲を受け取る時、内部にあるブラックボックスは横浜から提供されたものであると叔父から聞かされていた。その内部の構造や砲身その他について熟知しているような言動と、監視役として選ばれたこと。この2つを考えれば、白銀武が横浜基地に深い所で協力していることは容易に推測できることだった。だが、その性能は。視線だけで質問する唯依に、武は端的に答えた。

 

『目算だけど、これがあれば衛士の戦死者を6割は減らすことができる』

 

『――――はっ?』

 

唯依は目を丸くして驚き、耳を疑った。それはもう戦術機の進化という範疇ではない、別種のものになるも同然だ。本当であればこれ以上の喜びはないが、言葉だけで信じられるものでもない。唯依はもう一度聞き返そうとしたが、すぐに黙り込んだ。

 

『………先ほどの常軌を逸した機動は、それを実証したものか』

 

『いや、使いこなした結果だ。でもまあ、一応だけど概念を提供したのは俺だから。使ってすぐにあれだけの動きが出来るってモンでもないけど――――』

 

武が言葉を切ったのは装備のチェックが完了したと同時だった。罅割れた短刀を捨てて、温存していた中刀の二振りを取り出すと、武は続きの言葉を声にした。

 

 

『――――完熟したら、この通りだ』

 

 

不知火は跳躍ユニットの全開と共に、風になった。駆け抜けると同時に先頭の突撃級の脚をすれ違い様に切断していく。

 

『っ、突撃級の速度は±10%の差がある! 耐久力は同じだ!』

 

唯依に情報を伝え、並行して次なる敵へと向かう。着地した直後に訪れる機体の硬直、それを一切無視した不知火は近場に居た要撃級の腕の一振りを中刀で捌きながら伝達する力のまま脚部と腰部にある電磁伸縮炭素帯に伝え、その反発力と共に軽く跳躍し、横方向に一回転しながら、

 

『遅え』

 

攻撃を仕掛けてくる一体と、側面に居るもう一体の胴体を斬り裂いた。要撃級が倒れこみ、地鳴りが響き、終わるのを待つことなく不知火はもう動いていた。

 

『要撃級、攻撃を仕掛けてくる間合いが15%遠い! 耐久力は………っ!』

 

武は一度倒れながらも、再度立ち上がろうとする要撃級を見て、驚いた。わずかに動いていることからまだ生きているはずの要撃級を乗り越えて、新手の戦車級が現れたのだ。通常のBETAであれば、横に避ける筈。完全に不意をつかれた形になったが、状況を認識すると同時に武の反射は終わっていた。

 

着地することによって生じた地面との反発力、それを後方への跳躍力に換算したのだ。要撃級の攻撃を空を切ると同時に、その頭部らしき部位に36mm超の穴が穿たれた。

 

『しいっ!』

 

そのまま、連続。武は機体の右肩を出す動作で突撃砲の反動を横に流し、回転しながら中刀を振るった。遠心力が加わった横薙ぎの回転斬りが、側面から飛びかかってきた4体の戦車級をまとめて切り飛ばす。

 

 

 

 

 

(――――背中と側頭部に眼がついているのか、脳が2つあるのか)

 

熟練の衛士であろうと、全方位から襲いかかってくる敵の全てに対処することは非常に困難である。だというのに、不知火は先程よりも更に洗練された動きでその理屈を蹴っ飛ばしていた。自分には真似できない。唯依はその事実を認めた上で、長刀を抱え上げた。

 

『だがっ!』

 

劣っているのは認めようが、腐ったままで良い筈がない。唯依はその気質を形にしたかのように、真っ直ぐな太刀筋で要撃級を斬り裂き、戦車級を突撃砲で駆逐していった。それでも、通常よりは遅い。原因は、いつもと調子が違うBETAにあった。

 

『遅い個体もあれば、速い個体もあるのか………っ!』

 

日本で今まで戦ったことがあるBETAは、まるで精度の高い工場製品のように均一の性能を持っていた。だが、目の前のBETAは明らかに個体差がある。特に速度の差があることによって起きる錯覚が問題となっていた。

 

近接戦闘を重要視する唯依にとっては、大きい要因となる。最適の戦術を選択するためには、敵との間合いと敵の攻撃速度、自機の体勢の確認が必須。経験を積めばある程度の処理を無意識下で行えるが、個体差と認識の僅かなズレが起こることによって、一体ごとの対処が必要となる。

 

『かといって、慎重に対処している時間も――――』

 

時間が無いことも、焦燥感を煽る原因となった。それが僅かな隙となる。唯依は要撃級に向けて長刀の一撃を見舞おうと一歩を踏み出した直後、背中に氷を入れられたかのような感覚に襲われた。

 

(この間合い、速度――――)

 

相打ちになる。喰らえば、損傷は必死。

だが止められないと武御雷は入力された動作の通りに動き、

 

『あ………れ?』

 

『止まるなって!』

 

武の言葉。唯依は驚きながらも、行動を済ませていた。噴射跳躍により、安全圏まで避難する。そこで、唯依は倒れた要撃級の腕に弾が当たった跡があるのを見た。

 

咄嗟にフォローに入ってくれたのか。唯依は感謝の言葉を口にだそうとしたが、そこに武の言葉が割り込んだ。

 

『一体づつ、確実に仕留めるんだ! それが出来ねえなんて言わせねえぜ!』

 

『っ、分かっている!』

 

『ああ、頼むぜ! こんな所で死なせたら、俺がユウヤに顔向け出来ねえしな!』

 

『自分の身は自分で守る、心配は無用だ!』

 

『へっ、断るぜ! 女は守れってーのが、育ての母から教えられた言葉だしな!』

 

お姫様のエスコートっていうんなら、気張らない理由もない。武はアルフレードから教えられた言葉をそのまま告げ、それを聞いた唯依は顔を赤くしながらも、誰がお姫様だと否定の言葉を叫んだ。

 

『わ、私よりもマナンダル少尉や崔少尉の方を心配したらどうなんだ! 何やら知り合いのようだしな!』

 

長刀が煌き、戦車級が2体まとめて斬り裂かれる。

 

『当たり前だ、誰一人として死なせねえよ!』

 

中刀が風となり、吹き終わった後には3体の要撃級が地面に倒れ伏す。

 

『はっ、破廉恥な!』

 

『論理の飛躍っ!?』

 

馬鹿な、と思いつつも武は戦術を変えた。動きから硬さが取れた唯依のフォローに回り始めたのだ。接敵してからしばらくして戦っていた唯依が駆る武御雷。ようやく、その“最低限の観察”は終えたと判断し、連携を取っての効率的な攻撃を行うための動きに切り替えたのだ。

 

唯依は長刀を7割に、突撃砲を3割。武はほぼ9割の攻撃を中刀によるものに切り替え、互いが互いの隙を埋めるように、動きまわった。

 

それでも、異常個体とも言えるBETAの掃討には時間がかかった。不知火と武御雷、武と唯依が200のBETAを殲滅したのは、予定していた時間より多くかかってしまったのだ。拙い、と唯依が武に通信を飛ばした。

 

『っ、急いで応援に向かわなければ! それに、奴らが最後の方に見せた妙な動きも………』

 

『ああ、分かってる』

 

残り40体ほどになった時だった。ハイヴに向けて一直線となる南西に向けてのルートを進んでいたBETAだが、急に進路を北へと変えたのだ。

 

いったい何が起こっているのだろうか。異常事態を前に慌てている唯依を他所に、武はある程度の察しはついていた。ブラックボックス内にあるG元素にも眼をくれなかった異常個体が引き寄せられたという事と、イーニァとクリスカが一時的に姿を晦ました事。事前情報を持っている武のみが、事態を正確に把握できていた。

 

(使ったな――――プラーフカを)

 

ポールネィ・ザトミィニァの根幹である理論を実証したものの一つ。香月夕呼先生が提唱しているオルタネイティヴ4の根幹、量子電導脳。00ユニットが存在する全ての『他の世界』の量子電導脳を利用した並列処理、その亜種である。

 

元は戦闘用に調整された第6世代の素体であるイーニァの制御をするためのものだった。単独では破壊衝動に呑まれるイーニァの制御装置として産み出されたのが第5世代のクリスカで、プラーフカとは互いにリーディングとプロジェクションを使い、その衝動を抑えつつ戦闘能力を発揮するための仕組みだ。その時に起きたのがフェインベルク現象。短期の未来を予測するという、不可思議な能力を発揮するに至った。

 

武はその現象を推測だが夕呼から聞かされていた。恐らくは人格を統合・同調する際にG弾で開けられた次元穴より、何らかの形で並行世界へ干渉している可能性が高いということ。

 

(でも、なんだ………すげえ、嫌な予感が………っ!)

 

予想されていた状況の一つであるが、どうしてこんなに胸騒ぎがするのか。不安を覚えた武は操縦桿を強く握りしめると、背部にある跳躍ユニットの出力を全開にしながら目的地に向けて飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武と唯依が200体の別働隊を全滅させる、その10分前。BETAの大群の中では、暴風を越えた暴虐が死の風を撒き散らしていた。中心に居るのは、Su-37UB。紅の姉妹が駆る黒の機体が動く度に、死が量産されていく。それを目の当たりにしたタリサが、掠れた声

で見たままの感想を言葉にした。

 

『…………今日は化け物の特売日かよ』

 

南東よりやってきたSu-37UBはタリサの文句も、亦菲の嫌味も、バオフェンの部隊長であるユーリンの指示も、BETAの動向も、何もかもを無視して周囲にあるものにその暴力を振るった。

 

それも尋常ではない様相で。的確を越えた範疇にある最速の殲滅機動に、早すぎる機体の反応速度。まるで未来が分かっているように、Su-37UBは無人の荒野を歩くが如くBETAの肉片と体液を雨にして地面に降らせていった。

 

 

――――そのコックピットの中では、高笑いが反響していた。

 

 

『アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!』

 

 

視界にあるもの全てを、動かなくする。そうプログラムされた“人形(ヒトガタ)”は自らが持つ全てを懸けて機体を動かしていた。

 

戦闘用に調整されたイーニァの本領。それは高度な演算処理能力を用いて情報処理を行うことになる。戦術行動において必要となるもの、それ以外の要素までも含めたありとあらゆるもの全てを含めた複雑な方程式を瞬時に解いていく。リアルタイムで変化する状況も全て予測した上で解析し、また随時に修正を加えていく。

 

戦闘行動において勝利を収めるまでに必要な行程は、解析と演算と出力だ。

状況を解析し、勝利に必要な要素を演算で出力しきれば勝利は掌に飛び込んでくる。

 

“紅の姉妹”はそれを実践していた。背後にあたる風圧、その差分から敵の位置を把握する。各種BETAが取りうる行動も全て記憶しているが故に、敵の行動はブレなく完全に予想できる。全ての要素を解析した上で方程式を生み出し、その中で正答だけを選択し続けられれば、負ける理由など皆無となる。その具現が、ここに在った。

 

クリスカの役割も、制御装置だけではない。計画により産み出されたESP発現体は生来にして高度な演算力を持たされている。それらが互いをリーディングとプロジェクションする事により、2つの脳を一つのものにするだけではなく、それ以上の機能を持つものに変貌させる。

 

純粋な予知能力ではない、対人においては高度な予見能力も兼ね揃えているのだ。対象の思考、周囲の状況、これらを超高速演算により処理することで、擬似的な短期未来予知をも可能とする。リアルタイムで完全を越えた状況判断を行うことにより、全てを捩じ伏せることを可能とするのだ。

 

1000を超えるBETAであろうが、その全てを一息に相手する訳ではない。最大で1対4の戦闘の連続なのだ。その勝負に勝てる可能性があれば、それを瞬時にして導き出して形にしていく。単純も極まる理だが、実現できれば敵など何処にも居なくなる。

 

制御装置であるクリスカがその役割を放棄する、敵味方を判別するというリソースまでを戦闘能力に注ぎ込んだ、最大レベルでの解放。サンダークの許可の元に発動したプラーフカを前に、BETAはただ蹂躙されていった。

 

最善、最良の選択だったであろう。

 

――――少なくとも、周囲にBETAが居なくなるまでは。

 

 

敵性体を破壊するために産み出された力持つ高度演算装置は、その与えられた存在意義に従って動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お、おい………大丈夫かよ、お前ら』

 

 

心配の声をかけた、何処かで見た衛士。紅に染まった“ひとり”は、それを聞くと同時に声の主へと襲いかかった。

 

相手の得意な戦術は脳の中に収まっている。同時に手に持っている武器から、最も防ぎにくい角度で攻撃を仕掛ける。

 

『なっ!?』

 

驚愕の声。その前に回避行動は完了していたと思われる。

 

“姉妹”は分析し、敵の脅威度を一段階上げた。弱点を洗い出していく。敵手は反応速度に優れ、この基地でも相性的によろしくない相手である。二度、三度。攻撃を仕掛けたが、表面の装甲を削るだけで機能を削ぐまでには至らない。同時に、こちらの動向に気づいた統一中華戦線の機体が近づいている。

 

(スウテキフリハカワラズ。ナガビイテハ、フリ)

 

もっと、的確な行動を。確実に仕留める攻撃を。そう判断した“姉妹”は、対象の情報を求めた。不足しているのは相手の情報、行動原理。

 

それを知れば、もっと効率のよい戦術を採ることができる。判断と、行動は同時だった。姉妹は、情報収集のための最善の方法として、記憶を洗い出すことを選択した。

 

リーディング、リーディング、リーディング。記憶を覗き込み、その機動戦術を構築する過程から読み取っていく。かかった時間は一瞬だ。同時に、想起した映像が脳裏によぎって。

 

『――――ぎっ!?』

 

破壊衝動により、対象の戦闘能力を削ぐための最善策を模索し、実行。敵手の苦悶の声。姉妹は相手が“ナニを”見たかは知らないが、動きを止めるには十分な要素だったと断定。突き刺さったナイフ、誰かの泣き顔、映った映像を処理したまま硬直した相手に攻撃を敢行。

 

コックピット内に居る対象の頭部を破壊するための一撃。繰り出した姉妹は、攻撃して通り過ぎた後に状況を整理した。対象は咄嗟に身を捩って、致命傷は回避。それでも被害は甚大で、未だに戦術行動を取る態勢にはなっていない。戦闘続行不可能。更なる追撃が必須と断定。突撃砲による攻撃を―――――別方向からの攻撃を確認、回避。

 

『っ、のお! とち狂ってるんじゃないわよ!』

 

『待て、亦菲!』

 

『聞けないわよ! チワワ、返事を――――』

 

敵性体の性能より、通常の戦術行動では目的行動の完遂までに時間がかかると判断――――手負いの一体に注意を払う思考の空白をついて、プロジェクションを実行。今までに読み取った内、最も人間が忌避するであろう映像を送信。同時に、思考に伴う感情の色を添付、送信、送信、送信。

 

『あ…………ぐ、っ!?』

 

効果ありと判断。突撃砲を斉射、中断。交戦距離に居る内の最も総合能力が高い一体からの妨害を確認、回避。

 

(分析開始)

 

止めるものはなにもない。ただ、破壊するのみ。哄笑を上げながら攻撃行動を続行。後催眠と薬物による錯乱、そのカモフラージュのための偽装。副産物である効果、確認。敵手への動揺を引き出すことに成功。中断させられた砲撃、ひとつが命中。敵性体その2、腕部を破損。

 

現状確認。組織的な攻撃行動が実行されないことから、敵手を殲滅するための最適行動を選択。通称“BETA”の異星起源種を削除しながら、最速で殲滅できる戦術を64通りから抽出。

 

 

(――――増援、確認)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現場に到着した武は、自分の嫌な予感が的中していた事を知った。タリサの不知火・弐型と亦菲の殲撃10型が、脚部を破損して動かなくなっていたからだ。

 

『っ、ビャーチェノワ少尉、シェスチナ少尉!?』

 

唯依の声が響く。その中で武は、Su-37UBの中に居る彼女達と視線が合ったような気がした。とはいえ、何の意味があるのか。

 

――――まさか、と思った時には遅かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーディングを妨害する特殊な装置の装備を確認――――最大戦力を保持する敵手を警戒。同時、リーディング続行。表層意識からイメージを収集。

 

(―――――ア)

 

理性のない獣は、感情に振り回されることはない。その獣をして、判断できることがあった。最大脅威である敵手だが、隠蔽を行っているのは不自然。発覚が危地につながるかもしれない重要な要素である。隠蔽は隠匿すべき現象であることを前提に行われる。故にこれをプロジェクションすれば、何らかの効果がある。

 

(解析、不要。速度を優先。最大速度で周囲の3機に映像を送付―――――効果、有り)

“姉妹”は聴覚に対象の女性体3名の絶叫と心拍数が加速する音を捉えると同時に、行動を開始しはじめた。

 

目的は、脅威度での2位。日本帝国のtype-00、武御雷。中にいる衛士の機能を停止させるため、Su-37UBを最短距離で走らせた。

 

そのまま、最短距離で右腕部での攻撃を敢行、敵性体の一人を撃破――――

 

 

(―――失敗、だが効果有り)

 

 

“姉妹”は、満足出来る結果であると認識した。

 

武御雷の破壊は不可で、完遂は未了。だが庇うようにして立ちふさがった最大脅威の敵性体の損傷を確認した、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀武は薄暗くなっていく景色の中で、考えていた。考える前に身体が動いた結果のことを。

 

(――――左肩、か)

 

何を考える暇も無かった。突然に通信で届いた、絶叫。それが何であるかを感じ取った武は、間髪入れずに攻撃行動に移ったSu-37UBの前に立ちふさがったのだ。砲撃も迎撃も間に合わずと、身を盾にせざるを得なかった。その結果、短刀での一撃を受けた上に追撃の蹴りで仰向けに倒されたが、最悪の結末を回避することには成功した。

 

(だけど――――動いてくれるか、この左腕は)

 

嵐のように訴えてくる痛覚は、まるで小煩い目覚まし時計のよう。音量は半鐘よりも大きいが。そんな効果音が聞こえる程の激痛が、絶え間なく武を襲った。蹴り倒された時に後頭部を強打したのも拙い。武は意識が朦朧としていく中で、予想外の事態にどう対処すべきか思索を巡らせた。リーディングとプロジェクションを妨害するための装置。ユーコンに来る前に与えられたものだが、最大レベルまで解放されたプラーフカを完全に無効化するのは無理だったようだ。

 

どうすべきか、どうすればいいのか。相手の能力を熟知する武は、このままでは皆殺しにされると考え、打破する方法を求めた。

 

だが、武が考えられたのは、そこまでだった。

直後に見えた映像を前に、言葉を失ったから。

 

(――――)

 

言葉さえ発することができない。それは、“夜にはよく見る映像”だった。

 

自分が、無残に引き裂かれていく。空想だ。

戦友が、無残に引き裂かれていく。顔も知らない人物だから空想以外にあり得ない、だが。

――――直後には、よく見知った顔が。引き裂かれ、陵辱され、頭部だけに、脳髄だけになっていく。

 

赤い髪、銀色の髪、青い髪、紫色の、黒の、茶色の。慣れている。

 

だが、慣れているとはいえ、人には踏み込んではいけない領域というものが存在する。

 

 

(は――――ハ、ha)

 

 

ぶちん、と何かが切れる音。

 

それを開戦の号砲として、白銀武は理性の全てを吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インフィニティーズと共にテロリストと付近のBETAを蹴散らした、ユウヤ・ブリッジス。急いで援護に向かった先に見たのは、想像しうる状況の埒外にある光景だった。

 

『――――な』

 

視認できたのは、負傷している味方の機体が3体に、獣のように喰らいあっている機体が2体。どれもが知っているもので、暴風達は周囲のBETAを巻き込みながら荒れ狂っていた。戯れなどではあり得ない、殺劇の舞台。何が起こっているのか、ユウヤは2秒をかけて理解すると、通信を飛ばした。

 

近接だから、送受信は可能な筈だ。そう考えたユウヤに返ってきたのは、狂人の高笑いだけだった。

 

『ハっ、ハはあぁっ!』

 

『アハハハハハハハハハハハハハハ!』

 

速過ぎるにも程がある高機動戦闘。人外の域で、不知火とSu-37UBは互いの間に火花を散らしていた。8の字を描くように、低空を自由自在に飛び回る2機。乱流による機動の影響が大きいというのに、あまりにも尖すぎる軌道を描きながら、動き回っている。互いに互いを殺すための近接格闘だ。離れた時には、コックピットを狙っているであろう突撃砲の弾道が見えた。

 

『な、にが…………っ!?』

 

何がどうなって殺しあっているのか。周囲には殲撃10型も見えたが、高速で動きまわる2機を前にして、援護さえもできないでいるようだった。それより以前に、誰がどういった意図で誰を相手に仕掛けているのだろうか、全く理解ができないし推測もできない。戸惑っている内に、ユウヤはそれを見た。

 

何十度目だろう、Su-37UBが突き出した短刀。それが不知火の返しの斬撃によって、半ばから断ち割られる光景を。

 

『―――ケぁっ!』

 

『ギ、ィ――――っ!』

 

そこから先は、一方的だった。第二世代機、否、第三世代機でもあり得ないであろうSu-37UBの動き。不知火はそれを完全に上回る形で、全身に傷を刻んでいく。軌道上に居るBETAも、その全身を切り刻まれて死んでいく。

 

途中で光線級のレーザー、その発射直前の光が見えたが、コンマ数秒で突撃砲の一撃に破砕された。要撃級などものの数にもならない。いつの間にか放たれた砲撃が、後方から現れた突撃級の脚を抉って、行動不能にする。

 

そして、中刀の連撃だろうか、斬線さえも見えない何かが要塞級の全身を刻み、その動きを永遠に停止させた。

 

その光景を前に、ユウヤだけではない、バオフェン小隊も言葉を失い棒立ちになっていた。BETAは誘蛾灯に導かれた虫のように、衝突する2体に集い、バラバラにされていく。その中心に居る2体は、ただそうであるが当然というように、炎となって死と破壊を散乱させていった。

 

 

――――そして、その時が来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“姉妹”は自らが置かれた状況を前に、行動をすることを選んだ。破壊のための最善策を練る。このままでは勝利の可能性が無くなると判断したためだ。自らが持つ短刀を確認した所、一箇所付近に衝撃による傷が生じている。偶然ではあり得なく、敵手が狙って行ったものであると推測。

 

(―――人間の性能を超過している)

 

冷静に、決断を下した。リーディングも通じす、プロジェクションなどは行う度に相手の動きに容赦が無くなっていくように思えるほど。

 

(――――止まらない)

 

その声は、僅かに残った理性によるものだった。欠片ほどに残った、状況を理解しようという、クリスカでもイーニァでもない誰か。武御雷をこの手で破壊せずに済んだことに安堵しながら、直後に現れた想定外の規格外を前に、思考能力さえも奪われていた。

 

(武御雷を破壊しては、言い訳がつかない。最悪は戦争になる。だが、目の前の相手が自分達を破壊すればどうなるのか)

 

こちらが破壊すれば、というのはその光景が浮かばなかった。演算の結果からも、理解させられる。機体の性能的には、相手の方が上。それだけではなく、最適の角度で腕を振る以上の威力をもって、こちらに衝撃を透して来るのだ。外見からは判別がつかないため、電磁伸縮炭素帯を利用しての攻撃を繰り返しているのだろう。見た目で解析できれば模倣することも可能だが、分析しきれないものでは対処することさえ難しい。

 

姉妹は、警戒に値する技術であることは理解できていた。それで行き止まり。今までに学習してきた知識の中では、目の前の敵性体を撃破するための方法が浮かばなかった、が。

 

(――――機能、停止?)

 

原因は不明だが、不知火は着地すると同時に両腕部を下げると、中刀を地面に落とした。切っ先が地面に刺さる。“姉妹”はそれを認識すると、最後の勝機を形にするため機体を前に奔らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

親友の最後の光景。それだけではない、まだ生きている両親や恩師、同僚の“異形の姿”が、まるで現実であるとでも言いたげに、強引に脳髄へと叩き込まれたかのよう。中には、BETAに食い散らかされた人の死体が。それだけではない、異形なナニかに作り替えられた人間の姿があった。

 

(冗談で、聞いた、眼から、レーザーでも、発射しそうな)

 

京都で聞いた冗談が、冗談とも思えなくなった。空想話で聞く化け物などとは比べ物にならない醜悪で。それが人間の所業であると考えてしまうと、吐き気が倍増する。その改造された人間の顔に、親しい人物の顔が重なるものだから、もうたまらない。

 

絶叫し、声が枯れて、それが現実のものではないと認識しても、衝撃的という表現を越えた映像はBETAの肉片のように全身にこびりついていた。綺麗な映像もあった。途中に見えた白い部屋と、その中に居る子供。クリスカとイーニァかもしれない二人の姿と、歌を教える誰か。それは見ているだけで涙が出てくるような光景だったが、それ以上に見せられたこの世の地獄の方が衝撃的に過ぎた。

 

何が起きたのか、唯依は理解ができなかった。何をされたのか、推測することもできない。だが、はっきりと分かることがあった。全身に残る痛みが、これが現実のものであると教えてくれたのだ。

 

唯依は吐き気と闘いながら、自分の状況を把握しようとしていた。まるで肥溜めの底に押し付けられたかのような。喉の奥の奥、鼻の奥の奥、眼球の奥の奥まで汚泥を注ぎ込まれればこんな気持ちになるのだろうか。何がどうしてこうなったのかは不明だ。だが、人間がこんな感覚を抱いたままでは、生きてなど居られない。唯依はどうしてかこの胸中の感覚がずっと続くことを想像してしまい、涙目になっていた。

 

―――耐える、などと考えつく以前の問題だった。アレを前に、人は泣き叫ぶ以外の行動は取れないだろうと。喉が晴れる程に絶叫し、枯れに枯れた声帯。唯依は痛みと不快感により、薄暗くなっていく視界の中で、はっきりと見た。

 

(――――後の、先)

 

先、先の後に続く、剣理のひとつ。相手に攻撃を仕掛けさせた後、それを弾くか避けた上で返す型である。

 

その理論通りに、Su-37UBが最短距離で突き出した短刀は、待ち構えていた不知火の振り上げの一撃に。地面の抵抗を利用した跳ね上げの一撃により、上へと弾き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――獣は、御しやすい。武は夢のような心地の中で、かつての師の言葉を思い出していた。野生動物は無駄なく洗練された筋肉を持っている。故に強力で、最速をもって喉笛を噛みちぎらんと飛びかかってくる。

 

(ソレを制するのが人の業。想像と経験を活用できる、人間だけが持つ特性)

 

知らなければ、知ればいい。完全に知らなければ、想像力によって補えばいい。いくつもの状況を想定し、それを打破する自らを創造する。力で劣っていようが、技術を以ってこれを制する。最低限の力は必要であるが、最終的にものを言うのは勝つための方法を煮詰めた人間である。

 

人間の特性を駆使して、自分より性能が高い相手でも勝利を得る方法を練る。武術とはその集大成だった。故に、最短距離だけを走ってくる猪を捌くのは本懐とも言えた。

 

隙が大きいと。そう誘導した通りになぞって来た敵右腕部の短刀を、地面より跳ね上げた左腕部の中刀で跳ね上がる。直後に、右の中刀で斬りつけた。コックピットを狙った訳ではない、頭部の一撃。それは敵の、破損した短刀がある左腕で止められた。武器にならなくても盾にはなるという、生存本能だけが高い獣らしい行動。

 

それをも、武は読んでいた。斬りつけた中刀、それに体重をかけると同時に噴射跳躍、敵を飛び越す形で前方に一回転しながら、不知火の踵でSu-37UBの後頭部を蹴りつけたのだ。致命には程遠いが、震動を与えることに成功し、

 

(――――ココ、だ)

 

また跳躍ユニットを吹かすと同時に脚を前方に振り上げ、今度は後方に宙返りをした。

 

直後に聞こえたのは、着地の隙をついて反撃をしようと、反転しながら横薙ぎの一撃を繰り出したSu-37UBの音。

 

だが、不知火はそこにはいない。巻き戻しのようにSu-37UBの前に戻る。そこには、背中を見せた隙だらけになっていた敵の姿が、目前にあった。

 

 

『――――死ね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理解を越えての攻防。その決定的な瞬間を、ユウヤは見ていた。誰がどう見ても、致命的な状況。勝敗は決したも同然で、勝負は終わる。不知火の中刀の一刺しは、装甲を貫いて中に居る人間を引き裂くだろう。一撃で終わるはずもない。要塞級を斬り裂いた嵐のような連撃によって、殺し合いは終結するのだ。

 

――――クリスカとイーニァの死、という形で。

 

 

『―――や』

 

 

言葉だけでは、止まらない。

 

そう思ったユウヤは、考えるより前に突撃砲を構えていた。

 

 

 

『やめろおおおおおおおおおおおおおおっっっ!』

 

 

 

絶叫と共に放たれた36mmの砲弾が、大気を切り裂き音速を超過して虚空を舞った。

 

 

 

 

 

 




あとがき

プラーフカの解釈は完全にオリジナルです。確か、明らかになっていない筈なので。
ですが、①プラーフカを発動したクリスカ達がBETAを引き寄せた(BETAは高度なCPUを優先して狙う)、②短期未来予知、③Su-47の性能など、原作にあるパーツを組み立て、考えています。

殺し合いになったのは、偶然が重なった結果です。クリスカ達の暴走のレベルアップ度合いは、『制御できない状態になってるのに、そうそう揉め事が起こらないはずがない』というオルタ世界への厚い信頼が生み出した結果。原作での被害はタリサさんのみですが、それのもっと悪いバージョン。もっと、プラーフカのシンクロが高まったらプロジェクションとリーディングを割こうなんてことにはならなかったのにね(ゲス顔

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