Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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11話 : Sudden Change_

出会って、意気投合して、笑いあって、夢を語り合う暇なく、死んでいく。

 

――――よくあるこった。

 

1994年、スリランカにて。

 

    ~アルフレード・ヴァレンティーノ少尉の日記より抜粋~

 

 

 

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1993年、11月。日本では秋から冬に入ろうかという月。かつてのインドでも、暑から涼へと移り変わる月に、3度目のハイヴ攻略作戦が行われた。いつものように行われるブリーフィング。だが、手が抜かれることはない。なぜなら、前々回、前回のそれを聞いていた古い顔が消えているからだ。新しい顔へ向けての作戦概要の説明だ。

とはいっても、それだけではない。作戦部もちゃんと仕事をしていた。彼らはこれまでの戦闘で得られた様々なデータを集計し、それを分析して、衛士達がより有利になるように作戦の細部を煮詰めていた。彼らとてこの作戦の成功率が低いことは理解していた。しかし、上に何度もそのことを告げたが、聞き入れられる様子は一向に見られない。だからせめて、と地上部隊の損害が少なくなるように、何とかなる部分を改善した。それは、突入部隊の士気を保つことに繋がる。今のところ、ハイヴ内部での戦闘において、これといった改善を行うことはできない。突入部隊が帰還し、ヴォールクデータより詳細なデータを得られればどうにかしようもあろう。だが、突入した部隊は尽くが全滅した。一人も帰還していない。そして、データを得られないのであればどうしようもないのだった。

 

「以上だ」

 

部隊長の中佐の説明が終わる。それを聞いた衛士達が立ち上がる。

 

―――3度目の正直とは言う。もしかすれば、という期待を捨て切れない衛士もまだ存在している。光明は完全に消え去っていないと思いたい衛士も。クラッカー中隊も例外ではない。

 

「ったく、今日こそはいけるんだろうなあ。正直なところどう思うよ相棒」

 

「それこそ仏様しか分からんことだよ、シャール。お前はそれよりサーシャの嬢ちゃんに払う金の方を心配したらどうだ?」

 

「あ、てめ思い出させんなって。つーかハリーシュよ、確かお前の方が負けてなかったか?」

 

「だから忘れられんのだろうが」

 

軽い感じで応答するクラッカー9、ハリーシュにクラッカー10、シャール。どちらもインド出身で、かなりの昔からクラッカー中隊で戦ってきた衛士だ。武の機動から危うさが消え始め、ターラーが中衛の要に戻った今。この二人が、ツートップを務めている武とリーサの最前衛を援護するポジションについている。どちらもベテランで、総合的な面では今の武より一枚も二枚も上手といえる力量を保持している。

 

「ったく、男共はギャンブルが好きだねえ。故郷の酒場でも見たけど、どうしてこう、勝負事となると眼の色を変えちまうんだか」

 

「お前も人の事は言えんだろうが、リーサ」

 

「うるさいよアル。しっかし、アンタも負け続けてるってのに………懲りないもんだね。敵わないとか思わないのか?」

 

「あたぼうよ。何よりこんなちっさい娘にバクチの腕で劣るってのは、俺の沽券に関わるんでね。まあ運なら負けてねえし、いつかどうにかできるぐらいの芽はある差だ…………武は論外だけどな」

 

「あ、ひでえなアル!?」

 

「紛う事無き事実だろうが。つーかお前、3のワンペアで迷わずコールした時はさすがの俺も引いたわ」

 

「ぐ、それは………でもブタで挑むよりは!」

 

「それは投身自殺というんだ馬鹿者。しかし、役なしが3つ続いてようやく役ができたからと言って、そんなゴミ手で挑む馬鹿がいるとはな………隊長はどう思います?」

 

「言わせるなよターラー中尉殿。案外お前の教育のせいかもしれんぞ? お前も昔から………」

 

と、そこでラーマの言葉が止まる。不穏な視線を感じたからだ。

 

「ま、これに懲りて学ぶことだな白銀。何より戦場に立つ衛士であれば、もう少し戦況というか、状況を見極める眼を持たなくてはなあ」

 

「ラーマ大尉のように、ですね。いくら武が考えなしだからって、あれはほんとに無いと思う。カモだからいいや、とかそういうレベルじゃない。将来が心配になるぐらい」

 

「なら手え抜けよサーシャ!」

 

「真剣勝負に手心を加えるのは失礼に値するってターラー中尉から聞いた。それより手加減して欲しい? こう、頭を下げるなら考えないでもないよ?」

 

「「う、怖え………」」

 

「エンドレスにカモられる………ふふ、それもありかも。借金まみれにするのも面白そう…………」

 

「怖いっすよ大尉!? この子の教育方針はどうなんですかターラー中尉!」

 

「私に言うな!」

 

「はは、変わらずに馬鹿やってるな馬鹿共。俺も飽きんよ、でも――――」

 

こっちの方は飽きたから、終わりにしたいよな、とラーマが言い。全員が異議無しと、頷いた。この面々をして、もうまっぴらなのだ。地底で死んでいく仲間を前に、ただ祈ることしかできないのは。

 

 

そんな衛士達の裏でも、動いている人物も存在する。その中でも代表的なのはパウル・ラダビノット大佐だ。実戦経験が豊かで、指揮力、判断力、決断力に優れる彼は可能な限りで奔走し、ハイヴ攻略戦における損害を最小にしようとしていた。他の将官も同じだ。上層部の意見が変えられない以上、損害を最小にする以外にできることはない。誰もが必死で、今後のために表に裏に動いていて。

 

―――そして。その、更に裏で蠢いている存在がいた。

 

「本当にこのままでいいでしょうか、タゴール准将殿?」

 

「構わんさ。忠告しても、どうせ上は聞きはしない。それよりは後のことを考えるべきだ」

 

「――――確かに。取捨選択は、決断を迫られる上の立場の人間としては当たり前。だが、貴方の決断には反発する者も多そうですが?」

 

「パウルやアルシンハ、他の若くて馬鹿な面子あたりはそうだろうな。だが、これは誰かがやらねばならんことなのだ」

 

椅子に深く腰をかけたまま、腕を組む男。訳知り顔で語るその目は淀んでいた。視線は定まることもない。かといって、見上げているとは決して感じられないだろう。まるで、誰もを見下ろしているような、そんな不快感を感じさせる眼であった。

 

対する男は、痩身痩躯と一言で言い表せる不気味な外見をしていた。メガネをかけているが、その眼の奥には何も映してはいない。ただ、尋常ではありえない、懐中電灯を真正面であてられたかのような――――不自然で、凶暴なものを感じさせる眼だ。

 

「セルゲイ…………パルサ・キャンプの方の手配は」

 

「すぐに連絡が出来るものを何人かは。鍵となる駒も現地に入り込ませています。しかしタゴール司令、本当によろしいので? これは一度露見すれば、自身を滅ぼす爆弾になりうるほどの危険物ですよ? 准将ほどの身をもってしても変わらない。いや、むしろ階級の高さこそが貴方を殺すでしょうね?」

 

ため息をついてタゴールは言う。

 

「それでも、明確な差を覆すには真っ当な手では無理だ。証拠を消す方法は考えているし、露見しても知らぬ存ぜぬで突き通せる。とりあえずの矢面となってもらったあの阿呆に………"喋れなくなった"阿呆と適当な兵士に押し付けるさ。しかし、彼は残念だったな」

 

「ああ、彼は気の毒でしたね?」

 

言いながらも、二人の声には何の感情もこもっていない。まるで一年後の天気を予想しあう時のような―――どうでもいいことを話すかのように。

 

「ゴマすりとコネで佐官に成り上がった無能だ。いても害悪にしかならん。自身は気づいていないようだがな。そう、自身を鑑みることができないぐらいの、な」

 

何でもないように、手を下した者が言う。

 

「あの馬鹿が成り上がれるぐらいに、こちらの国連軍は混乱している………アメリカはソ連の方に興味を持っているらしいからな。10年耐え忍んだが、インドは最早もつまい。政府高官と深いつながりがあった将官がまだ粘っているようだが、もうすでにここは"亡国"として扱われている」

 

「亡国、ですか。言い得て妙ですね。しかし、まだ可能性はあるかもしれませんよ? 国連軍と混ざりあった状態ですが、インド国軍の軍事力はまだ健在です。死を待つよりは賭けに打って出る方が賢明では?」

 

「分かっていながら聞くなセルゲイ。嫌味か? ハイヴ攻略作戦だと? ―――こんな達成不可能な作戦に何の意味がある。そもそも、これは賭けにもなっていない。勝率がほぼゼロである賭けなど、それこそ自殺行為に等しい」

 

「では、貴方は違う方策を取った方がいいと? 故国を見捨てて今は迅速に撤退すべきだと?」

 

「いや、今はまだ撤退できんよ。インド南部やナグプールには、避難が完了してない市民が残っているからな。全く、素直に避難すればいいものを………」

 

「ナグプールにも残っているそうですね? 避難を拒んでいるとか」

 

「ああ。説得を続けている。全てを説得するのは面倒だが………何もせず見殺しにすれば、後々に影響しかねんのでな。市民全員を避難させるまで、我々軍人がBETA共の防波堤となるべきだろう。軍に対する信頼はわずかだが残っている」

 

「つまりは、市民の軍に対する信頼が崩壊する方が怖いと?」

 

「ああ。戦ってきたことを知らない者はいないだろう。例え負け続きでもな。だが、ここで市民を見捨て逃げようものなら………軍人が積み上げてきた信頼も権威もまとめて砕けかねん。最多となる市民の信頼を得られない組織の末路など、ひとつだからな。悪評や噂が広がれば、他国の市民にも不安を与えてしまう」

 

「そうでしょうね。自分たちを守ってくれる軍が、いざというときには逃げる――――多分に市民の感情を揺らしかねませんか。

次は自分たちの国かもしれない。ただでさえ不安定である市民感情の渦に、火炎瓶を投げ込むも同じですね?」

 

それはそれで面白そうですが。セルゲイが何でもない風に言い、タゴールはそれを無視する。

 

「ゆえに………ボパール・ハイヴのBETA間引きを行って時間を稼ぐことに関しては、そう間違ってもおらん。完全な反対意見が出ないのはそのためだ。まったく、突入部隊など編成せずに、ただ地上部隊の間引き作戦に専念すればよかろうに」

 

貴重なベテランを失うのは、軍全体として大きな損失だ。取り戻せない程の損失。今後のためにと考える者が反対するのはそのためである。生き延びれば、次世代を鍛える教導官にも教官にもすることができる人材を、無謀な作戦に投入する。それは、宝石をドブの中に放り込むも同じな行為だった。

 

「まだ何とかなると………崩れども残っている祖国を諦めることなどできないのでしょう。時間稼ぎに何の意味があると。ボパール以北を取り戻したいという勢力も居るようですね?」

 

「――――聖なるガンジスの流れのために、か。スワラージでもそう叫んで戦っていた奴らがいたな………みな、死んだが」

 

言いながら、タゴールはじろりとセルゲイを見るが、肩をすくめるだけ。笑いもせず、無表情のまま何の感情も返さないセルゲイに、タゴールは舌打ちをして話を続ける。

 

「………まあ、いい。ソ連の計画は知らん。大事なのはアジアにおける戦線の確保だ。過ぎたことより、これからの事だ」

 

劣勢をひっくり返すための何かが必要だ、とタゴールは考えている。次世代の兵器が揃うには、今しばらくの時間が必要で、それまでの時間を稼ぐには一体どうすればいいのか。考えたが末に、彼は選んだ。極秘裏にだが、それでもなすべきことを。

 

「それで、私ですか。しかしこれは軍を以ってして外道と呼ばれる行為ですよ?」

 

「承知している。だが、綺麗事では最早どうにもならん。それに、外道だと? ――――殺し合いに正道も外道もなかろうよ。何をもってして核が開発されたのか。BC兵器などが生まれた理由はなんだ?」

 

「より多くを効率よく殺すためでしょうな。それとも、勝つためでしょうか?」

 

「両方であると私は考えている。そうだ、どうあっても戦争の根本は変わらんのだ………BETAが相手である戦争ともあれば、そうだ。勝てば許される」

 

無様に負けるよりは。どんな手を使っても勝つべきだと、タゴールは主張する。

 

「コストの問題もある。金が足りんと戦争もできん。相手が変わろうと戦争の本質は変わらん。戦争とは、資本力を武器としたぶつかり合いだ。養える兵士が、資金が少ないほうが負ける。金から成る物資と人員無くば、相手を殺せないのだからな」

 

「それには同意しておきましょうか。そして、今この亜大陸方面………加えては、アジア方面軍の戦況が思わしくないことを。

コストの観念に関しても。あの忌まわしき米国を冷静に観察すれば………第二次世界大戦を考えれば分かる、当たり前の意見ではありましょう」

 

「うむ。つまりは―――どれだけ安く、敵を殺せるのかが最も重要になる。低コストで効果の高い兵器………戦術機も、実戦で運用するにはあと5年程度は必要だろう。だが、5年は無理だ。それまで待っていればアジアまで一気に喰われかねん。ゆえに、今ある兵士と兵器の運用方法を変えるしか無い………」

 

保持する戦力を、いかにして最大限に活かせる方向で殺すことができるか。

 

「幸いにして素材は用意できた。あの妙な日本人の小僧………白銀武か。その活躍のおかげで、隠せる影もできた」

 

「あれは良い意味でのイレギュラーでしたが………しかし少年兵とは言えど、あの短期間の訓練であそこまで戦えるはずはないのですがね?」

 

少年兵を優先して採用しているソ連軍人。よく知る彼をして、奇妙だなと眉をしかめさせる日本人衛士。

 

―――白銀武。若干10才にして前衛をつとめ、3度の実戦を死ぬこと無く生き抜いた少年。セルゲイはタゴールとはまた別の方向で彼のことを考えていた。

 

(日本の諜報員………いや、あの国の仕掛けじゃないですが。性質が違う。それにしても、いったいどうやって?)

 

基礎訓練は分かる。未成熟な子供の身体を衛士のそれに作り変えるには、あれぐらいの訓練期間が必要となる。おかしいのは、そのあとの戦術機訓練だ。セルゲイは手に入れた教習課程のログを見て――――偽物だと断じた。掴まされた、と。こんな簡単な情報収集で自分が失態を犯すとは、と苦悶の声を上げた。もしかすれば、この国連軍に入り込んでいる他国の諜報組織に気づかれているのかもしれない。だからセルゲイはここ最近まで潜伏することに努め、他国の諜報員を洗い出そうとしていた。

 

だが、いくら探しても該当する者はいない。居るにはいたが、それは後方のスリランカ基地を探っているようで。どうにも咬み合わないと、一時期は本当に混乱の底にあった。そうして、ハイヴ攻略作戦が始まった後。白銀武のデータや、他の衛士達からの情報を収集した後、分かったのだ。あの教習過程のデータは本物だったということに。

 

(動作応用教習課程をクリアするまでの期間………他の訓練兵には見せていないようですが)

 

ターラーという教官は、個人の動作レベルを上げるよりも、チームワークを主とする方策を取ったようだ。どのみち前線には出すつもりはなかったのだろう。それよりは、とチームワークの大切さを教え込んでいた。個人の動作レベルを上げなかった理由としてはもうひとつ考えられるが。

 

(練度を上げるつもりはなかった。まあ、司令にしても無駄打ちだけはしたくないでしょうからね)

 

使う物資にしても貴重なのだ。あくまで捨て駒なので衛士としての腕を重視するわけではないが、最低水準に達していない衛士を使うこともできない。

 

―――だが、そんな中で白銀武だけは違った。レベルが上がるはずのない訓練なのに、

 

そんなの関係ないと言った具合で成長していった。あの初実戦の前に、一人の衛士として使えるレベルまで。そうして、一度目の実戦が終わった後。一人だけで行わせた動作教習過程のデータ。あれは本物だったのだ。

 

――――全過程クリアまでの速度。それは、歴代最短時間のたった"半分"。

 

(今でも信じ難いですが………そういえば、R-32にスーパーエリートソルジャーと言っていま………いや、子供の妄言です。私らしくもない)

 

そんな与太話を真に受けるようでは、諜報員失格である。だが、諜報員がそんな荒唐無稽な方向に思考を傾けさせてしまうほど、白銀武という人物は異常であるのだ。

 

「本人はさておき、計画の進行上に問題は出ない。特に脅威もないので放置しても問題ないと言ったのはお前だろう」

 

「現状、取り立てて対処する必要は無いですね。下手に手を出せばどんな蛇が飛び出してくるかもわかりませんので。まあ、一応として推した案でここまで上手く運べたのは良かったのですが………イレギュラーというのは、何時何処にあっても起こりうるものですね?」

 

「事象の全てを把握するなど人間では不可能なことだろう。まあ、その少年衛士がどこまで保つかは分からんが………少年兵採用の反対意見を黙らせられただけ、意図した役割を果たしてもらったとも言える」

 

「パルサ・キャンプでも?」

 

「少なからず影響はある。完全ではないが、速成訓練のデータは取れたのもある。あとはあちらに居る者がうまくやるだろうから問題はないな」

 

しかし、と軽く手を上げてダゴールは言う。

 

「問題があるとすれば………アルシンハだな。もしかすると気づかれるやもしれん」

 

「ええ。司令との会話を聞かせて頂きましたが………油断のならない人物ですね?」

 

タゴールは、少し前にアルシンハと二人で会っていた。話したのは、哨戒基地の司令に関してだ。アルシンハは、死んだ司令が所属している派閥の上役であるタゴールが、何らかの手を下したのだろうと考えていた。問い詰める内容から、その理由にしても感づいているようだ。少ない情報から割り出し、その証拠を叩きつけようとしていた。

 

結局はタゴールの弁舌と証拠の不明瞭さをつかれ、断定には至らなかったようだが。

 

「ああ、そういえばかの大佐殿は今回の作戦ではあのクラッカー中隊に同行するようですが?」

 

「自分の眼で見極めたいということだろう。同期のターラーの尻をおっかけたいだけかもしれんがな」

 

「本当にそれだけでしょうかね?」

 

と、問いつつもセルゲイは、目の前の人物について考える。このタゴール司令との会話は、今後における方針について再確認を行う、という意味が多分に含まれている。過ぎたことを確認するから、感情もさほどこめられていない。だが、ターラー、という言葉を話す時だけ、妙な感情がこめられていることにセルゲイは気づいた。

 

(ああ、そういえば………例の事件の。彼女は、"鉄拳"ターラーでしたかね)

 

事件の詳細を思い出したセルゲイは、この司令にもまだまっとうな人間味というか、感性が残っていることに気づいた。特にこの司令は女性を蔑視している。それが大隊長を務めるなど、とんでもないという考えを持っているのだ。女の上官など不要。その歪んだ信念のもとに、女性士官をエリートコースから蹴落とそうと躍起になっていた。結果がどうなったかは有名である。早い話が殴り倒されたのだ。しかも衆人環視の中で。その時に負った不名誉も、未だ残る侮蔑の心も、抱え込んでいるが故の感情だろう。

 

(あのような方策を取るようになった人間が、なんとも可愛らしいことだ。まあ、非道に努められる人間はいないですからねえ)

 

――――自分のことは棚に上げて、セルゲイはふとクラッカー中隊の事について考える。

 

(そういえば、かの中隊にはR-32が居るんでしたか………どうしましょうかねえ。所詮はリサイクル品ですし、万が一のための記憶処理は済んでいますから今後問題が出るようなこともない。断片はあるでしょうが、本人が暴露しても妄言としか取り上げられないでしょう)

 

それに、自分が所属する"計画"の権限は大きい。インドの地にあっては、誰に露見しようが早々に叩き潰せる。

 

(それよりも、今は計画の方を………スワラージの失敗を取り返さないとまずい。さすがにリーディングの成果があれだけというのは本国も予想外なようでしたし。何より、日本で最近妙な動きがあるとも聞きます)

 

ソ連の諜報員は、世界のどこにでも潜伏している。その内、日本にいる諜報員と政府方面から入ってきた情報を聞くに、どうにも次の"計画"の案が動き始めているというのだ。

 

(東洋の猿が。いや、だがあの国の技術力は高い。少なくとも、ライセンス生産もできないこの国とは比べものにならないぐらいに)

 

F-4やF-15といったアメリカ産戦術機のライセンス生産が出来るほどに、日本が保持する技術力や生産力は高い。第三世代の機体の開発も順調らしい。そして、曙計画の例もある。F-4をベースに作り上げられた"瑞鶴"という機体の性能を考えるに、決して侮ることはできない国なのだ。そして技術力が高いということは、それを運営できる組織、そして人材が豊富な国だということ。そんな中――――ありはしないと思うが規格外の人材が出てきても。現計画を考えた天才に比する天才が出てきても、一笑にふすだけではなく、考えを変えた上で受け入れるだけの土壌は出来ているかもしれない。

 

(可能性はある。ならば、急がないと)

 

男にしては珍しく、焦りの感情を胸に抱いている。それをなんとなくだが察したタゴールは、言葉をかけた。

 

「考え事か? いや、悪巧みというのか」

 

「はは、諜報員に言う言葉じゃありませんね。むしろそれこそが仕事ですからね?」

 

「では仕事に熱心なのは分かるが………最後に、確認しておきたい」

 

何にしても、とタゴール司令は机の上で腕を組んだ。

 

「分かっているだろうが、これから先は1ミリたりとも油断できん。例の医師はまもなく後方へと送る、後は任せるが………頼んだぞ」

 

「了解です」

 

敬礼を返すセルゲイ。

 

(別方向での有用性を示すために、ね)

 

しかし、その敬礼はタゴールに向けられてはいなかった。言葉の向きでさえも。そのまま、退室した彼の背後で、タゴールは呻くようにつぶやく。

 

「………ふん、最後までふざけた調子で会話しおって。だからあの国は嫌いなのだ」

 

見下されていることは容易く想像がつく。隠そうともしていないのだ、気づかない方がおかしい。

 

「だが、利用価値はある………何より、BETAに勝つために。勝つのが軍人だ。市民の信頼に、どうあっても答えるのが軍人…………人は信頼によって動くのだから」

 

その言葉を聞くものは、どこにもいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銃撃の音が響く。噴射跳躍の轟音が鳴る。ボパールでの作戦は、いつものとおりに始まっていた。囮部隊がBETAを引き込み、殲滅。後方の補給物資がある場所に戻り、再度前進、また引き込んで殲滅する。だが、いつもと違う部分があった。前々回、前回よりも殲滅する速度が明らかに上昇しているのだ。

 

これは作戦部の功である。それまでの戦闘データや、衛士達の意見をまとめ、より早く効率よく殲滅できるように。補給物資の種類と量、そして置かれる位置を改善したのだ。そして、わずか10分程度で、早くも二度目の引き込みに入っていた。いつもの半分の時間だ。

 

「武、右だ!」

 

「了解!」

 

跳躍。ひと飛びで突撃級の突進を躱し、背後に回ると同時に突撃砲を斉射する。ぐちりと弾頭が肉に食い込む音。同時に、突撃級はその活動をやめ、滑りこむように前へと倒れた。

 

「………お前、反応も動作も前よりまた素早くなってんな。ターラー中尉が中衛に引っ込むわけだぜ」

 

「まあ、"実戦経験積んでるのに成長しないなんて"とか言われながら怒られそうですから。それよりもシャール少尉、右です!」

 

「応、っと」

 

返答するや否や、構えて射撃。36mmの弾丸で要撃級の頭部を吹き飛ばした。

 

「いや、そういう事じゃなくてな………っと左だ。成長速度が………いや、今更なのか?」

 

「了解! っと、要撃級撃破です。それで、何でしょうか少尉?」

 

「いいさ。それよりも、調子には乗んなよ。確実に、堅実にいけ」

 

「分かってます!」

 

言われなくても、と応答する武。だが、たずねたシャールには、その声の中には反発の色が含まれていたのを感じ取っていた。分かっていることを注意されたからではなく。乗っている所に、水をさされた時に出す色だ。

 

(確かに、今日は大きなミスも無いし撃破の速度も上がっているが………)

 

戦況も滞り無く、サクサクと進められている。BETAの総数がいつもと比べて少ないのもあるが、白銀の腕が上がっているのも確かだ。今まではやや足手まといになっていた武。あるいは、ターラー中尉が下がったことをいい方向に受け止めているのかもしれない。

 

(自分の成長が感じ取れているようで、嬉しいのかもな)

 

だが、その熱にやや浮かれされているのはまずい。事故とは得てして心の死角が原因となるものだ。シャールは基地を出る前、ターラー中尉から白銀機のフォローを頼まれていたことを思い出していた。

 

(あれは、こういう意味か。あの女性に頼まれたし、フォローしないとな………義理は果たす………っと、ハリーの馬鹿はどうなのかねえ)

 

周辺のBETAを倒し、残弾を確認するシャール。ふと、僚機も同じ体勢になっていたので通信を繋げた。

 

「順調だな………でも、あっちは大丈夫かねえ」

 

「大丈夫でしょう。ターラー教官に聞きましたが、リーサ少尉の前衛における安定感はこの基地でもトップクラスらしいですか、ら!」

 

跳躍し、また突撃級の背後に回りこむ武。背後に射撃を叩きこむと同時に、今度は背後を向いた。見れば、戦車級が危険域にまで近づこうとしている。特に示し合わせずに、それを確認していたシャールと呼吸を合わせ、足を止めながらの一斉射撃によりミンチにした。

 

その様子を見ている人物が居た。通常であればこんな前線にまで出張ってこない、元インド国軍のエリート士官。アルシンハ・シェーカル。齢24にして大佐の地位まで上り詰めた傑物である。士官学校上がり特有の上から目線ではなく、現場の目線でものを言える若き士官で、叩き上げの軍人からの人気は高い。

 

衛士の腕もよく、指揮にも優れる本当の意味で優秀な軍人だ。そのアルシンハは、目の前で戦う機体を見ながら副官へと通信を飛ばす。

 

「………ターラーが言うだけのことはあるか。それで、間違いはないんだな?」

 

「ええ、我が隊長殿。もといアルシンハ大佐殿。あの機体の衛士が、クラッカー12、白銀武臨時少尉です」

 

クラッカー中隊より少し離れた位置。二人は連携を組みながらも、武機を確認。同時に目の前の敵を潰している。

 

「………的確だな。反応速度も、操縦技量もそこそこ高い。いや、ターラーの教育もあるんだろうが………っと、長刀まで使うか」

 

見れば、少年の機体は長刀を抜き放った。戦術機における長刀とは日本で開発された戦術機の兵装で、一部の衛士を除き、あまり使われることのない近接兵装だ。使うには腕がいるため、衛士の全てが兵装として選択することはない。しかし、前衛においては耐久力の高い武器となるので、特に実戦経験が豊富な衛士には好まれている。今では、特に前衛では在庫の少なくなった突撃砲の変わりにパイロンを埋めている。だが、使うものが使えば突撃砲よりも多くBETAを殺すことができる。アルシンハは、ターラーが好んで使用していたことを思い出していた。

 

「確かに、突撃砲よりは多くのBETAを殺せるが………」

 

だが、上手く運用するにはそれなりの腕が必要だ。遠くから目標をロックして引き金を引けばいい銃とは違う。長刀を使うにはBETAとの間合いの内に入らなければならないのだ。銃とはまるで違う緊張感が必要となる。その上で機を見極め、障害物に当たらないように振るわなければ長刀は役立たずの棒と変わらない。

 

「危なっかしいけど、一応は及第点に達しているか。やるには、やるみたいだが………そこまで言うほどのことか?」

 

訓練前に見た映像と同程度。普通の衛士と同等か、幾分か劣る練度だ。

 

「ラジーヴ、どう思う?」

 

アルシンハは副官であるラジーヴに問う。ラジーヴはしばし考えた後、迷いながらも答えた。

 

「そうですね。粗は多いですし、指摘すべき修正点は多々あります。射撃精度も高いとは思えませんが………あの年齢でいえば十二分と言えるんじゃないでしょうか? 特にそれ以上の感想はありませんが」

 

特筆した所があるとも思えません。ラジーヴが言うと、アルシンハは同意した。彼らはそれなりの経歴をもつエリート衛士だ。戦場に出た回数など、そこらの一般衛士とは比べものにならない。そんな二人の眼から見て、白銀武の機動は特に驚愕に値するほどのものではなかった。確かに、この短期間で実戦に耐えうる域にまで至れたのは驚愕に値する。

 

だが、それ以上ではない。大したものだ、で終わる程度。

天才より優れた程度、居ても取り立てて騒ぐほどでもない。

 

「一部が騒いでいるようだが………戦況を変えられる程の傑物には見えんぞ? せいぜい実戦2年目の俺程度だ。ターラーが手放しで褒めるレベルとは思えんな」

 

「褒める? ………いえ、私はそのような話は聞いたことがありませんが」

 

「見てれば分かるよ。アレは自分にも他人にも厳しい。そのアイツが、あそこまで言うような天才とも思えん」

 

「質問に答えて下さい大佐殿。っと、もしかしてそこらの衛士に聞き込みでもしたのですが?」

 

「いやしていない。だが、アイツは良くも悪くも有名だからな。会話のひとつふたつ、ちょっと耳をすませば入ってくる」

 

「では耳をすませたのですね。叶わない望みのために。ご愁傷様でと言ってもいいですか?」

 

「余計な一言を! というか、結論が早いわこのヒゲが!」

 

漫才をしながらも、二人は突撃銃を目の前の要撃級に叩きこむ。この二人、会話しながらもいつもと同じ調子でBETAと戦えている。しかも、戦況を把握して、時に部下に指示を出しながら。日常生活と同じといえるぐらいに、戦闘を経験している人間でないとできない芸当である。3度の飯と同じようにBETAを殺す。起きて寝るまでの時間で、当たり前のものとして存在する行動になっているのだ。それこそ無意識でも殺す動作をやってのけるぐらいには慣れ親しんでいる行為だった。

 

「ヒゲを馬鹿にしないでいただきたい。このヒゲは私の戦友です。あなたよりも付き合っている時間は長い!」

 

「当たり前だろうこの三十路おっさんが」

 

「大佐は今この軍の2割を敵に回しました―――というより、何を怒っているんです? 

 

あなたが噛み付く相手はラーマのほ……………急に真剣な顔をして、どうしましたか大佐殿?」

 

「いや………ラジーヴ。あいつの機動、どこか変じゃないか?」

 

跳躍し、構え、撃つ。攻撃を避け、軽い跳躍と共に長刀を構え、振る。戦術機の基本動作、その大本は永遠に変わらないだろう。だが、個人の特有の癖によって多少の違いは出てくる。アルシンハも多くの戦場を経験しているので、様々な機動や動作を見た。

 

だが、そんな彼をして目の前の衛士の機動は変に思えた。言葉では、明確に表現できない。

 

それでも彼がどこか普通の衛士とは違うと、アルシンハは思っていた。

 

「ターラーから報告があったが、これのことか」

 

「新機動概念の提唱。及び、動作教習過程の改善。積み上げられてきた従来のものから、改善可能な部分を突き詰めていくというちょっと"アレ"な話でしたが………」

 

「ああ。あいつらしくない、荒唐無稽で馬鹿な案だとは思っていたがな。これならば、何を言いたいのか理解できる―――っと、光線級の掃討が完了したか。早いな」

 

「ええ、前よりは格段に早く全滅させられましたね………」

 

光線級の警報が消えたことに、安心の声を出す二人。熟練の衛士をして、光線は心の底から警戒すべき敵なのだ。こういった平地の戦闘においては、戦車級より多く衛士を殺す。レーザーの見ための威力もあり、周辺にも被害を及ぼすのだ。突入部隊はまだしも。これで、今日の地上部隊の損耗率は大幅に減少した、と。

 

――――だが、そのような思いは。甘い考えは、しばらくして発生した事態により、消え去った。

 

武達クラッカー中隊を含む囮部隊がBETAの二度目の攻勢をさばき、いつもの弾薬補給をするためにと後方の地点へと戻っていた。補給を任務とする戦術機部隊があらかじめ用意していた弾薬に近づき、順番に弾倉を交換していく。

 

「注意しろ! できるだけ早く弾倉交換! 二機ともに無防備になるな! 気だけは抜くなよ!」

 

「「「了解!」」」

 

ターラー中尉の指示通りに。一機が弾倉交換している間に、連携を組んでいるもう一機が周囲を警戒。近くにBETAの反応は無いことを確認すると、弾倉交換が済んだ機体と交代し、もう一機が弾倉の前まで接近する。そして突撃砲の中にある、残弾が1割の弾倉を捨てて。用意された新たな弾倉を手に取るため、突撃銃を手にした時にそれは起こった。

 

「………これ、は!?」

 

クラッカー中隊において。全部体の中でも図抜けて五感に鋭いサーシャが、戸惑いの声を発する。それは、いつになく焦った声で。聞いたラーマが、激しく反応する程だった。

 

「おい、気のせいだよな? っ違うか、これやっぱり………!」

 

確かめるようにリーサがつぶやく。

 

「クラッカー3、クラッカー11? 一体、どうし―――た!?」

 

冷静なお前らしくもない。ラーマも、そう言おうとした所で感知した。

 

最初のうちは、勘が鋭いか五感が鋭い者しか分からない程度の微細な振動。

 

地面の下から戦術機の足を媒介として伝わる振動が、誰でもはっきりと分かるぐらいに大きくなっている。

 

 

「っ、全機傾聴! 地面下に注意しろ、これは――――」

 

ラーマが通信で叫ぶ。届く範囲のありったけに。

 

「地中からだ、下がれェッ!」

 

同時、地面の下から。砕かれた土塊を撒き散らしながら、続々とBETAが這い出してくる。

 

「おおおぉぉっ!?」

 

黒の軍団が戦術機の足元を割った。連鎖的に地盤が崩れていく。それを見越していたほとんどの衛士が噴射跳躍で一端後方に逃れることに成功したが、それも全てではない。遅れるものはいつでも存在する。ご多分に漏れず、即座に反応できない機体もあった。連鎖して崩れていく地面に足を取られて、バランスを崩してしまう。

 

「っ、フォローを!」

 

「この規模じゃ出来ませんよ!」

 

助けようとするターラーの言葉にアルフレードが事実を告げた。それほどに今回の地中侵攻の余波は大きい。這いでてきたことによる地盤の崩壊の規模は大きく、助けに行った機体まで巻き込まれそうな程に広い。

 

「くそっ、地盤が緩んでいたのか………!?」

 

「ハイヴが近いせいか!? っ、くそイルナリが!」

 

バランスを崩して倒れこむ機体。まもなく戦車級に群がられた。強靭な赤の悪魔の顎が装甲を噛み砕き、それによる不協和音が周囲に響いていく。

 

「このままじゃ―――」

 

「やめろ、撃つな白銀! 味方を殺す気か!」

 

砂塵が発生しているせいか、視界が少ない。そうでなくても、倒れこんだ味方機から戦車級を取り除くには突撃砲では不可能だ。だからターラーは短刀を抜き放ち、取り付いた戦車級を切り払おうと接近しようとする。だが、要撃級がその間に立ちはだかった。即座に首を刎ねて屠る。だが、左右からまた要撃級が接近してくる。

 

「く、詰められんか!」

 

「下がれ、リーサ! くそ、陣形が………っ!」

 

「射線を確認してから撃て、サーシャ! 下手すりゃ味方機に当る!」

 

「右だ武っ!」

 

「アルフレード、左から戦車級!」

 

中隊の中で通信が飛び交う。

 

「ひ、ぎ、あああああああああああああああぁぁぁッtrうぁ!?」

 

「イルナリーぃぃぃぃっ!?!?」

 

クラッカー4。イルナリの通信から、ガラスを引っ掻いたかのような甲高い断末魔が聞こえた。連携を組んでいた衛士が叫ぶが、反応はない。それよりも目の前のBETAに追われる中隊。他の部隊も同様に、弾倉交換の時に起きたまさかの事態に混乱も極まっていた。足を取られ、転がった所を要撃級に殴られた機体がある。混乱しているうちに突撃級に何度も踏み潰された機体は、もう原型を留めていない。

 

通信が阿鼻叫喚に染まっていった。

 

 

「ブラフマー中隊全滅! くそ、アシュトー中隊、シャリーニ中隊左翼の方から中隊規模のBETAが接近しています! え、BETAの密度が上がって―――」

 

「くそ、地中振動の観測班は何をやって――――」

 

「それが、ハイヴ周辺でしたので観測は――――」

 

CPでは悲鳴のような通信が飛び交っていた。状況確認に指示を出す声。

 

「くそ、馬鹿な! やつら読んでいたとでも言うのか!」

 

弾倉交換中に、地中から奇襲。それも、補給ポイントから後方にかけて。まるで全てを読んでいたかのように行われた奇襲は、あまりにも致命的な要素が揃いすぎていた。指示を出すにも、陣形がズタズタにされているので上手く働かない。そうこうしているこの間にも、囮部隊の被害は加速度的に増加していた。

 

「何としてでもだ! 急ぎ態勢を立て直せ、突入部隊の道を開けるのだ!」

 

ハイヴ攻略を推進している大佐が声を荒げる。しかし、あまりにも無謀な内容の命令にCPの一人が反対の声を出す。

 

「無茶です、時間がかかりすぎます! 道を開けられたとしても、囮部隊が全滅しては!」

 

「命令だ! 次はない、これで決めねば………む、どうしましたタゴール准将」

 

「―――やむを得ん。突入部隊に伝えろ。作戦は中止。突入部隊の各機は、敵中に孤立している部隊の救助に行け」

 

「司令、何を………!」

 

「衛兵、この馬鹿を頼む。どうやら今日は早くに"お休みしたい"ようだ………連れていけ」

 

「―――な!? おい、やめろ、貴様ら、俺を誰だと―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラッカー中隊の付近は特に砂塵が濃く、視界も不明瞭だ。だがそれぞれが一般の衛士よりは上の腕を持つ者達。互いに背後をカバーしあいながら、襲い来るBETAを迎撃し、ただの一機を除いてだが、何とか持ちこたえていた。レーダーを確認し、互いの機体を傷つけないように射線を厳選して、撃つ。長刀や短刀を持つものは優先して使用し、近場に居るBETAを倒しながら足場を確保。混乱の中で潰されないよう、嵐の中で耐える船員のように踏ん張りながら戦闘を続けた。

 

そして、ようやく砂塵が晴れた後。残る一機――――クラッカー4、イルナリ機のコックピット部分は、戦車級の赤と、血の赤に染まっていた。ぽろり、と何かの物体がコックピットから地面へと転げ落ちる。

 

それは、イルナリだったものの一部――――血に染まった腕。

 

「………あ?」

 

よりにもよって近くでそれを見てしまった衛士が居た。年は10才。その顔にはまだあどけなさが残っていて――――だが、目の前の光景を見て硬直してしまっている。突然舞い込んできた惨劇とも言える映像を脳内でうまく処理できずに、思考を止めてしまったのだ。身体も同じで動かない。当然のように、機体の方も直立の姿勢で止まってしまっている。

 

――――要撃級が背後から近づいているのにも気づかずに。

 

「タケルッ!」

 

「白銀っ!」

 

遠間からだがそれを見ていた、サーシャ。そしてペアであるシャールが武機の背後にいる要撃級に突撃砲を叩き込んだ。シャールの方は、動きながらの射撃。サーシャの方は距離が離れていたため、足を止めての狙撃となった。両方の弾丸が要撃級の全身に命中した。BETAの頭部が砕け、紫色の血のような液体がまき散らされる。

 

だが、危機はまた別の方向からやってきた。

 

「サーシャ、後ろだ!!」

 

「―――っ!?」

 

足を止めていたサーシャ機へ、背後から戦車級が飛びついた。

 

「止まるな馬鹿が!」

 

だが、すかさずターラーが短刀で戦車級の頭部を引き裂いた。その隙に、追撃してくるほかの戦車級の群れが斉射によって撃ち潰される。

 

「あ、ありがとう、ございます」

 

「礼はいい! 状況をよく見ろ! 各自、2機連携を保って死角を消せ! フォローは近場の相手に任せろ、近くの敵から潰していけ!」

 

「了解!」

 

ラーマが叫ぶように指示を飛ばす。

 

「クラッカー6、アジールは私と一緒に来い! 帰投するまで私と僚機と3機で戦う」

 

「……了解!」

 

ターラーが凛とした大声で指示を出した。

いつも通りの声。それを聞いた隊員達は、何とか冷静な思考を取り戻す。

 

「………白銀。イルナリの仇を取るぞ」

 

ターラーは周囲のBETAを突撃砲で斉射し、長刀で切り払いながら言う。

 

「………っ!」

 

対して、顔を青くしながら息をつまらせる武。先程の光景が目に焼き付いて離れないのか、顔色は土気色になっている。

 

「返事はどうしたぁ! 腑抜けてると基地の周り100周させるぞ!」

 

「りょう、かい、です!」

 

「良し! わすれるなよ! 絶対に生きて帰るぞ!」

 

ターラー中尉が活を入れ、部隊が応と返し―――また、それぞれが戦闘態勢に入った。指示の通り、連携を組んでいる僚機と共に死角を潰し合い、目の前のBETAを倒していく。この平地において、気を抜いた上での背後からの奇襲か、トラブルが無いのであればそうそうBETAにやられることもない。

 

しかし、しばらくして分かったことがあった。弾倉交換が完了した機体はいい。

だが別の問題がある。弾倉交換途中だった何機かは、十分な残弾を持っていないのだ。

 

「BETAの密度が上がってきている………右は違うな。くそ、左翼の部隊がやられちまったか!」

 

「アルシンハ大佐の第2中隊は健在です! 突入部隊も、突入を諦め各部隊のフォローに入るとのこと!」

 

「だが、このままでは保たん! 維持するにも弾が足りん!」

 

「………ラーマ隊長、ここは第2中隊と共に一端後方まで下がりましょう!」

 

「いや、後方にまで地中から這いでてきたBETAが侵攻している! 要塞級だ! ………ターラー、すまんが」

 

「………私しかいませんか。アジール、ハリーシュ、リーサ、サタジット。悪いが私に付き合ってもらうぞ」

 

「………中尉殿からの誘いとあれば断れませんね。弾倉も余裕がありますし

 

――――イルナリの馬鹿に、あっちで馬鹿にされるのはごめんです」

 

アジール、クラッカー6が答える。手は止まっておらず、突撃砲を撃ちっぱなしだ。

 

「ええ、美人のラブコールに答えない奴は男じゃないですしねえ。極上の華が二つなら余計に」

 

ハリーシュ、クラッカー9が僚機を見ながら答える。

 

「けっ、華なんて柄じゃねーぞアタシは。BETAの頭に華を咲かせてやるけどな」

 

クラッカー10、リーサが悪態をつきながら頷く。

 

「………でも、どっちも物騒な華だよなあ」

 

つぶやくように言ったのは、クラッカー5、アルフレード。

 

「うるせーぞアル、帰ったら殴るかんな!」

 

「アルフレード少尉よくぞ言ってくれた―――戻ったら覚えておけ」

 

反応した女性二人。それを、クラッカー1、ラーマが諌める。

 

「おいおいお前ら、喧嘩は帰ってからやれ。それよりターラー、頼んだぞ」

 

「ええ、任されました」

 

笑顔で返す。そのあまりにも素直な顔に、ラーマは言葉をつまらせる。

 

「………死ぬなよ」

 

「ええ、こいつらを残しては死ねません。シャール、アフメド、白銀とサーシャのフォローを頼むぞ」

 

「了解っす」

 

「頼まれました!」

 

二人の僚機が答える。

 

「これより、大佐の隊と合流する! 残弾確認! 8分、いや5分で済ませる! 行くぞお前たち!」

 

「「「了解!」」」

 

ターラー率いる4機は反転し、退路を確保するために後方の要塞級へと突っ込んでいった。残された武達は、目の前の要撃級と戦車級を次々に粉砕していく。残弾が多い機体を前に、安全な距離を保ちながら近くの敵から順に大地にぶちまけていく。だが、残弾を気にしているせいで、殲滅率はいつもの半分にまで低下していた。徐々にBETAの数に圧されていく。わずか5分も耐えれば生き残る道が見えてくるのだ。残された衛士達は、ごりごりと削られていく気力の中、ふんばりながらも戦い続けた。散らばる轟音。飛び散るBETA。跳ねては火を吹く戦術機。その時、クラッカー中隊はかつてない一体感をもって眼前の敵に挑んでいた。ハイヴの前近辺で行われた、

 

二度の激戦を経ての無意識の交流。命を預けあった中隊の中では、確かな信頼感が築きあげられていたのだ。

 

だけれども、それを以ってしても衛士達はBETAの数を圧倒できなかった。

ジリ貧に焦り、悲鳴のような声が通信に響く。

 

「くそ、何分経った!?」

 

「4分! 約束の時間まであと一分だ!」

 

「ああもう、早めに来てくれねーか、な………!?」

 

言葉が止まる。なぜなら、通信より外、機体の外からの轟音で、突如聞こえたのは――――戦術機の噴射跳躍の音。同時に、全員が空を見上げた。

 

「あれは、壊滅した部隊のやつか!」

 

空に浮かび上がった機体。見れば、戦車級に全身とりつかれている。恐らくは孤立した上で必死に逃げまわったが、叶わずとりつかれてしまったのだろう。そうして、混乱したが故の無謀な全力跳躍。光線種がいないためか、撃墜はされないようだ。だが全身を噛み付かれていて、あちこちの装甲はボロボロ。堕ちるのは最早時間の問題だろう。それを理解しながらも、動いている衛士が居た。

 

「っ、シャール少尉、戦車級を切り落とします!」

 

理解してはいる。だが、見殺しにできるはずもないと、武はぼろぼろの機体の着地点を予想し、そこに近づこうとする。長刀で戦車級を切り裂いて、助けようと。だが、それは最も"やってはいけないこと"だ。

 

「馬鹿、白銀、下がれ、近づくな!」

 

「えっ!?」

 

予想外の、制止を指示する言葉。武は驚き、網膜に投影されたシャールの顔を見て――――直後に、目の前の機体からの通信が入った。それは、声ではない叫び声。悲鳴。眼前の機体から、文字にならない言葉の乱舞が発せられ―――通信を介して、大音量で武の耳へと届いた。

 

「くそ、やっぱりトチ狂ってやが――――危ねえッッ!」

 

言うやいなやのタイミングで、シャール機が武の機体へ体当たりする。入れ替わりに、混乱した機体から打ち出された突撃銃の弾丸が通りすぎていく。

 

「な―――」

 

驚いた武。その視界に、コックピットが映った。見ればその衛士は、半狂乱の顔を浮かべて。目の前の戦車級に向けて何事かを叫んでいる。同時に、また突撃砲が動いた。それは、武とシャール機の方を向いていて―――それを見たシャールが、銃口でもって返す。

 

「クソ弾ばら撒いてんじゃねえええっっ!!」

 

放たれた弾丸がコックピットを貫いた。そのまま背後の跳躍ユニットに引火、ボロボロの機体が爆散する。

 

「………シャール、少尉?」

 

味方を、撃った。そのことが信じられない武はシャールを見る。だが、シャールは面白くもなさそうな顔で言った。

 

「………よくあるこった。文句なら帰ってから聞く、今は黙ってろ」

 

「っ、でも!」

 

「生き延びることに専念しろっつってんだよ! 後ろぉ向かったターラー中尉達の覚悟を無駄にするってのか!?」

 

「っ………了、解です」

 

「………すまんな、っとまだまだ敵はいやがるなァ!?」

 

光線種がいないとしても、その物量は相変わらず健在だ。レーダーを見れば、飽和した紅い点が次々に青い点――――味方機を食いつぶしている。それはまるで蟻が獲物を食い尽くすかのようで。戦う前はそれなりにあった青い点も、今ではその数を4割程度まで減らしている。

 

「く、無事かクラッカー中隊!」

 

「大佐!」

 

「こちらも後方へと応援を向かわせた! あともう少しだけ耐えろ!」

 

無事な部隊の一つ。押し出されたアルシンハ率いる第二中隊と合流するクラッカー中隊。だが、あまりにも数が違うので状況は好転しなかった。精鋭揃いのアルシンハ隊だが、それでも万を屠るのは不可能だ。残弾も少なく、このまま残っていれば圧殺されてしまいかねない。

 

―――だが、それよりも早くターラーからの通信が入った。

 

『要塞級の掃討を完了! 退路を確保しました』

 

「良くやったターラー! よし、全機撤退を開始! 一気に後方まで下がるぞ!」

 

告げると同時、ラーマは残弾を確認する。前に火器を集中しながら、一気に突破するためだ。そのためにと、残弾が多い者を調べる。だがそんな中、一機だけ違う動きをする者が居た。

 

「近寄れ、白銀」

 

「はい? ………え、弾倉の残りですか?」

 

「節約したんで、抜けるまではもつはずだ………じゃ、頼んだぞ」

 

「シャール少尉? えっと、これは………」

 

「ってことです隊長。俺はここに残りますんで」

 

「少尉?!」

 

意味が分からない。ここに残るということは、死ぬのと同じだ。退路が確保できたのに、諦める意味などどこにもない。武が問い詰めようと投影の映像越しに必死な形相となり。ラーマは、冷静な顔で確かめるように問うた。

 

「跳躍ユニットか?」

 

「拗ねちまったようでさ。なだめるのが間に合わなかったようで」

 

「っ、そんな!? シャール少尉!?」

 

「時間がない。行け………大尉!!」

 

「………任された。白銀、行くぞ!」

 

「ラーマ大尉、でも!」

 

「ここじゃあ、何も、待っちゃくれないんだよ!! シャール、良き旅(グッドラック)を!」

 

「ええ、貴方の旅路に幸運を(グッドラック)!」

 

そして武は、振り返ることすら出来なかった。

 

「シャール少尉………俺、絶対に、忘れませんから!」

 

「応よ、まあ背負ってけ! あ、ついでにサーシャへの借金もよろしくな!」

 

「―――っ、承りましたぁ!」

 

そうして満足して、笑った。

 

「良し、行け! ぜっったいにだ! 生き抜けよ少年(ボーイ)!」

 

最後のやり取り。見届けたラーマがうなずき、促す。見届けた武は、最後まで躊躇いながらも退いていく部隊についていった。

 

そうして、シャールは戦い続けた。最早逃げることも叶わない。だけど彼はなんとも思っちゃいなかった。後は死ぬその時まで、どれだけBETAを殺せるか。それだけに心奪われていた。

 

そしていつもと変わらない彼の背後に、また新たな戦術機が一機やってきた。

 

「う~い、精が出るな」

 

「来たのかよクソハリー」

 

「ひでえなあ、それが幼馴染に言うセリフか?」

 

一人、ブーストジャンプもできない状態で奮戦。しつつも死出の旅路を辿っていたシャールの背後には、クラッカー9と呼ばれている機体があった。いつかのように。かつてのいつものように。その背後を守っていた。そこが当然の場所だと言うように。

 

「なんで戻ってきた」

 

「死にたいからさ」

 

「けっ………正直すぎるんだよお前は」

 

「あと、借金の量がちょっと」

 

「台無しだな!?」

 

馬鹿を言い合う二人。だけど目の前の光景は地獄そのもの。殺そう、殺そう、殺そうと。殺意の見えない化物が、二人の前で隊列を組んでいる。その背後からも。新たな団体さんが地中から湧き出した。

 

「あ~、温存してたか。光線級多数………聞こえたかコマンドポスト様!?」

 

『聞こえました………すぐに全軍に通達します』

 

「ありがとう」

 

そっけない応答。このやり取りで、また何人かの衛士の命が救われる。シャールとハリーシュは、それだけで残った価値があると思えた。思えるだけ、自分の命に興味がないのだ。

 

―――かつて、シャールは壊れていた。それも前線の衛士にはよくある話で。目の前で、大切な人を失ってしまった。幼なじみの彼女は同期の衛士だった。特別可愛くもないが、不細工でもない。ターラー中尉やリーサのように綺麗でもない、どこにでも居るような女性。だけど、故郷を守るために戦いたいと言っていた。だから、一緒に最前線に送られても、必死で戦っていたのだ。ハリーシュと幼なじみ3人で戦っていた。

 

――――終わりは急だった。今では断片的にしか覚えていない、思い出したくない。

 

戦車級に齧られている"味方"。

 

こちらを向いた"銃口"。

 

逡巡した"時間"。

 

―――もっと、生き汚くなればよかったのだとシャールは今でも思っている。あんなに大きな代償を払うことはなかったと。塞ぎ込んでいた所を、ターラー中尉に拾われた。あの人の誘いがなければ、俺はきっとあそこで腐れて死んでいただろう。

 

「"活きたまま"喰われる。そいつぁ素敵なことだなバカハリー」

 

「まったくだ。ゴミ箱に捨てられるよりは余程いい。俺らのようにゃ腐りかけには最善か?」

 

「………借金はあるけどな。白銀に押し付けてきたけど」

 

「奇遇だな、俺もだ!」

 

変わらない調子。変わらないやり取り。大切な要であった彼女が抜けた後でも、二人は居た頃のようにふるまうことを選択した。

 

だから壊れていった。そして、最後の場所にここを選んだのだ。

 

彼女に似た声で笑う日本から来たバカ。そして、まるで似てはいないが―――同じように、不安な顔を隠そうとしていた。サーシャ・クズネツォワという少女のために。

 

「もうちっとやれるかと思ってたんだけどな」

 

「わりかし早かったなぁ」

 

シャールの後ろ。跳躍ユニットには弾痕があった。言うまでもなく、さきほど撃ち殺した衛士のせいだ。ハリーシュも同じ。シャールほどは深くなかったが、粉塵が舞っていた中、サーシャを庇ったせいでできた損傷だった。だけど、微塵も後悔していない。彼らはただ、遺志に従って進んだのだ。幼馴染の少女が祈った。少年少女が笑って暮らせる世界のままに。

 

「………残弾は?」

 

「きっちりゼロ。でもまだ、拳があるよなぁ?」

 

「上等だ。先に死んだ方が酒をおごれよ。あいつはホント飲むぜ?」

 

「知ってるさ。お前と同じぐらいには」

 

 

言い合いながら、笑いあいながら二人は津波のようなBETAへと突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――かくして、この時より。

 

インド亜大陸における最後の戦いの幕が上がった。

 

 

 

 

 


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