Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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以下のお題の短編です。


●武の近衛軍での恋愛事情(地雷原の上でブレイクダンスを踊る勇者の話)

●3.5章後 各勢力、各家々の宇宙人配偶者候補選抜の談合
 (※ちょっと違いますが)


シリーズ:斯衛之6 恋愛事情とか

塔ヶ島離宮の防衛戦が終わって間もなくの頃。第16大隊は激戦で傷んだ機体のチェックと改修を行うため、仙台に来ていた。前線に近い東北まで戻ってきたのは、関東域が未だ最前線が近く、各基地に居る整備班も次の防衛戦のためにと奮闘しているためだ。通常の倍の時間の戦闘を強いられた大隊の機体の損傷は並ではなく、中途半端に手を付けた所ではどうにもならない。一方で、人間の方も無傷とはいかなかった。

 

医師の口から全治二ヶ月及び、絶対安静にすること。そう告げられた大隊の衛士は、2名居た。風守隊の指揮下で磐田朱莉と共に行動していた古都里美祢と、真壁隊で防衛ラインを死守している最中に戦車級に齧り殺されそうになった衛士。後者は精神的にも療養が必要だとして、診察通りの時期で復帰できるかも怪しいとも言われていた。

 

精鋭を誇る16大隊に、欠員が出る。その情報は斯衛の中を駆け巡り、ちょっとした騒乱になった。隊の活躍はめざましく、今では所属するだけで箔が付くとも言われている程だ。出世や栄達を望む武家や、名誉に飢える武人ならばその機会を何としても逃さないと考えるだろう。

 

その騒動の渦中である16大隊が居る仙台の、とある病室の中。白いベッドの上に座っている病院服の男は遠くを見ていた。

 

「それで、どうしてオレみたいな奴が選ばれたんですかね………陸奥大尉殿」

 

心底うんざりしているという心境を表情で見事に語ってみせた男の名前は、瓜生京馬といった。ベッドの上で気だるけそうにしながら、陸奥へ視線で訴えた。褒章は望んでいる者にこそ与えられるべきでしょう、と。一方で陸奥は謙遜をするなと言いつつ、理由を述べた。

 

「お前さんの活躍がようやく認められたということだろう。報告は聞いているぞ」

 

瓜生京馬は先の防衛戦の最中、機体に損傷を負った帝国本土防衛軍と斯衛の一部部隊を撤退させるための殿(しんがり)を務めてみせたという。中隊規模という個人では手に余るほどのBETAを見事引きつけてだ。侵攻戦を得意とする斯衛では、珍しい戦果と言えた。本人も満身創痍になりながらも帰還した。

 

しぶとく、肝が座っているとして新たな人員候補として介六郎が見定めた人物。その面接を受け持ったのが武達だった。選ばれたと告げた後の反応を見ることこそが。

 

苦手だ、と武は内心で思う。陸奥はもっと上に任せればいいだろうに、と溜息を。それでも陸奥は表向きには出さず、戦果の評をした。だが、ねぎらいの言葉に京馬は頷かなかった。それを見た武が苦笑すると、京馬は片眉を上げて口を開いた。

 

「何か、おかしい所でも?」

 

「いや、自覚はないっつーかな。普通、あの場面で撃ち漏らしを出さないってのはちょっと半端じゃねえなあと」

 

記憶にないこともないが、滅多にあることじゃないと武は断言した。戦況が有利な中や戦力が整っている所で勝つ、というのは段取りと戦力が整っていればどうとでもなる。戦略と戦術によって決まるからだ。机上で決定されるそれは、緊急性を要するものではなく、時間をかける事ができる。一方で、負け戦の最中に被害を最小限に収める、というのは関わる衛士の能力によって大きく左右される。一手間違えれば全滅もあり得る状況で、最善の選択のみを掴み取っていかなければならないからだ。鉄火場でそれをやってのけられる人間は少ない。死んでいった人間の方が多いことは、武も知識と経験として持っていた。

 

「へっ………別に。必死だっただけだ。それに、赤のお坊ちゃまに褒められた所でな」

 

京馬は鼻で笑いつつも、どこか嬉しそうに。それでも反骨の心を持っているからか、背もたれに体重を預けた。

 

「けっ、大名だかなんだかしらねえけど、どっちも家追い出された宿なしだろうが。それをふんぞり返りやがって」

 

京馬は舌打ちを重ねて愚痴を零す。家格は置いても、上官にする態度ではない。それでも武と陸奥は怒りを返さずに興味深いとばかりに京馬を見つめた。

 

一方で京馬は、怒声が飛んでくると思っていた所に男二人の熱い視線が返ってきた事からそっちの趣味があるんじゃないかと尻の当たりを気にしだした。

 

武と陸奥は何も言わない。言えないからだ。根から葉まで清廉潔白な人間が居ないのと同じで、武家の全てが高潔な筈もない。一部の地位と発言力が高い赤の武家が横柄な態度をとった事や、その悪影響が出始めている事は武達も把握していた。

 

それでも、京馬が行った事は斯衛らしくない。武は率直に問いかけることを選択し、結局はそれが正しかった。

 

 

返ってきた答えが、とてもシンプルなものだったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――明後日。

 

関東では、ある手打ちが行われていた。出席している人物はそうそうたるもの。全てが、赤以上の格を持つ武家の者ばかり。その最たる格を持つ政威大将軍、その横に居る女性が小さく頭を下げた。

 

「この度は申し訳ありませんでした。少佐のご厚意に乗ること、恥知らずと思ってくれても良いです。これは私が意見してのことで―――」

 

「………それ以上は。私としても、蒸し返すつもりはありません」

 

風守光が淡々と答えた。完全復帰には程遠いが、それでも背筋と姿勢は堂々たるもの。

それを見た月詠真耶は、謝罪を続けた。

 

「それでは………亜大陸に家の者を送り込んだこと。これに対し、責がある私が謝罪を示しました。よって、これ以降はこの件について互いに遺恨を残さない事を約束して頂けますか。少佐も、雨音殿も」

 

言葉が光に、雨音に向く。風守家現当主を背負う女性は、はっきりと答えた。

 

「はい、承りました。何より………誰よりも彼自身が望んでいないでしょうから」

 

真っ直ぐに見据える。風守雨音は、眼をそらす事なく答えた。当人からも了解を得ていた。あの件に関わった全ての人間に咎を定めないことを。

 

相対する二人の表情が動いたのは別のこととして。雨音自身も、叱責よりは自責の念が勝る。この場に居るのは加害者ばかりだ。そうした茶番を思う心はあったが、誰にとっての有益が優先されるべきかを知っていた雨音は、それ以上の言葉を重ねることはなかった。

その後は現状報告と情報交換が成されていった。場には斑鳩崇継、真壁介六郎と情報収集力に長けている人物が居る。この機会を逃すほど、月詠真耶は無能ではない。そうして木刀の切っ先で突っ付き合う情報戦が終わって間もなく。離宮の防衛成功の話に移った時だった。

 

ごく自然な声で崇継は告げた。

 

「これは最近になって聞いたことなのだが………斯衛には見目麗しい女性が多いと、本土防衛軍や陸軍では噂になっているようだ」

 

あまりにも唐突な。場が硬直する中で、崇継は小さく笑った。

 

「新しい隊員候補の背景を洗わせている時に録音した物だ。担当は陸奥武蔵と、風守武に任せたのだが―――」

 

崇継は言葉を終える前に、介六郎に用意させていたラジカセを取り出させた。

 

―――後に、それは悪魔の笑みだったと介六郎は語る。

 

一方で女性陣は浮足だっていた。崇継の言葉と視線と出てきた名前の関連性を見いだせないほど、察しの悪い人物はこの場には存在しない。

 

崇継は笑顔のまま、告げた。

 

「やはり、言葉だけではなく心通わすには共通の人物の話題が相応しいと思ってな―――介六郎」

 

「はい」

 

かちり、という音と共にテープが流れ始めた。雑音を拾いながらの音声がスピーカーから聞こえてきた。

 

 

『じゃあ………中尉が殿(しんがり)を買って出たのは、帝国本土防衛軍の、なんだ。衛士中隊に好みの美人が居たからって?』

 

『あったりまえだろ。特に指揮官だ。俺好みの巨乳で大人しそうな子だってんならもうやるしかないだろう………オレ的には、今度再会した時には胸を3揉みぐらいさせてくれると思っているんだが』

 

『となると、中尉の命は巨乳3揉みか………これ、高いのかなぁ陸奥さん』

 

『言うな。と言っても、磐田には間違っても聞くなよ。雨音殿に聞いた日には俺が始末をつけるが』

 

聞こえてきた和気あいあいかつ下のネタが含まれた会話に、女性陣の動きが止まる。

介六郎は胃を押さえ始め、隣に居る崇継は心底楽しそうに笑っていた。

 

『えーと、女性衛士情報ネットワーク………? それ、斯衛にも浸透してんのか』

 

『そりゃあな。戦ってると、こう、生存本能が刺激されるからか、丹田の下のあたりがムラムラするだろ? でも発散できる場もない。だったら虚しいけど可愛い子やエロい娘の話をすれば解決できるじゃん、ってな。特に斯衛の上の方は贔屓一切抜きで美人美少女が多いし』

 

心の疲労を癒やすための美人を求めた者達が組んだ情報網ができているらしい。瓜生京馬はその発起人で、斯衛担当の一人だと言う。

 

『美人、か………例えば?』

 

『ああ、最近噂なのは………ってあんたも好きだねえ、陸奥大尉』

 

『いいから言え』

 

『了解でーす。まあ斯衛で代表的なのは、赤鬼青鬼のお二人ですか。実力があり、二人揃うと赤と青で映えるわ映える。胸も、磐田大尉の方はかなりのモンですからね。青鬼さんは年下少尉がどうにかしたようなので観賞だけですが、赤鬼さんは結構狙ってる奴多いみたいです。才能溢れる精鋭なのに、ちょっと芯が弱そうな所とか。こう、押し倒したらいけそうって感じがしません? ―――風守少佐殿』

 

『って、なんで俺に振る?』

 

『いや、ちょっとした噂がありましてね。猪っぽいですけど、妙に女の子っぽい仕草をするようになったと調査班から報告もありまして』

 

『あー………まあ、そうかも』

 

返答まで僅かに数秒。その“間”に何かを感じた一名の笑顔が深まっていく。

 

『まあ、美人ですしね実際。次に人気花丸急上昇なのが、風守家の現当主。風守雨音様。京都で看護に当たっている姿を目撃されたようで。その時の姿を見た野郎どもが心臓を射抜かれたようで』

 

『ああ………気を使わせてはいけないからって、看護服を着てたらしいからなあ』

 

『実際に見た奴から話を聞いたけど、俺も一度見てみたかった。日本人の心たる黒髪に、儚げな印象。それと看護服との相乗効果………陸奥大尉、女神のお姿を写真に収めたネガ。もし、入手できるツテがあるとしたらどうしますか?』

 

『言い値で払おう、さっさと言え』

 

『ちょっ、陸奥さん!? っていくらなんでもあり得ませんって俺も見たいけど!』

 

喧騒轟々。一方で、しばらくして、呟くようにラジカセから声が発せられた。

 

『まあ………女の子っぽいってのは同意する。仕草とか、こう、やっぱ大陸でのアレとかソレな女傑とは違うなーって思う時があるし。それに普通に気遣いができるんだけど、グイグイ来ないっていうか。樹から聞かされた大和撫子そのまんまだった。とにかく、一緒に居たらほっこりするんだよな。安心するってーか』

 

『あと、実は結構に胸が豊かだって聞いたけど?』

 

『ああ、うん。まあ、見た目以上にあるかも―――何言わすんだよ、ってぇ陸奥大尉?!』

 

しばらく、何か荒れる音が。風守雨音は前髪で表情を隠していた。ただ一つ、見える耳だけがリンゴのように赤くなっていた。

 

そうして途絶えた直後に、また質問が飛んだ。

 

『そういや、煌武院の譜代の傍役の………月詠って家の衛士知ってるよな』

 

『知らない訳がないだろ。16大隊に所属していた事もあるしな』

 

いつの間にかタメ口になっていた武が聞き返した。

 

『で、その月詠さん………二人居るけど、それがどうしたって?』

 

『おお、情報通だな。その二人の色々について当時同級生だった奴から情報が送られてきてな。そいつは眼鏡のキツ目の美人の方が好みらしいんだけど………“笑顔が見たい”、“勝負して勝って参ったとか言わせたい”、“踏まれたい“、“罵ってほしい”………欲望に忠実な意見が多いな』

 

『欲望通り越してんじゃねえか。ていうか最後のはなんだよ』

 

『何でも、煌武院直下の白の武家の男児からの感想だ。詳細は聞くな、武士の情けだ』

 

『あー………色々と突っ込みどころが多すぎるんだが?』

 

『………でも、そっち方面で人気あるのは分かるな。生真面目っつーか自分に厳しいし他人にも同じなんだよな。それでも、気遣いができる優しい人って印象が強いな。たまに笑った時とか、マジ可愛いし』

 

いつの間にか美人談義に。武はアルフレードから教わった、女性の長所を見つける術とかつての記憶のまま率直に語った。

 

『マジ可愛い………いやマジって、何語だ。何となく意味は分かるけど………というか笑った所とか目撃談がねえのに、どうやって?』

 

しばしの沈黙。舌打ちが聞こえたが、話は次に移っていった。聞く者の中で、少女の笑顔が更に深まり、噂の当人は困惑のまま―――少し頬を赤くしながら―――額から汗を流していたが

 

『それで、斯衛の訓練学校を卒業したての衛士も粒ぞろいらしくて』

 

『いや、それは………自由恋愛で片付けられんだろ。15才ぐらいとチョメチョメってのは色々と拙すぎる』

 

『流石に観賞用ですよ』

 

言葉のチョイスが古い、と小さく呟いて京馬は語りだした。

 

『特に人気なのが、最近になって戦線に復帰したらしい崇宰の所の有名な譜代武家とか』

 

『崇宰の、有名な………まさか、篁唯依?』

 

『そうそう―――ってなんで知ってんだよ同志?!』

 

『誰が同志だ! ………ちょっと訓練をつけた事があって。生真面目で、なんていうか素直で可愛い反応を―――』

 

『反応!? つーか訓練って訓練(意味深)の方か!? 年不相応な青いながらも熟した果実を味見、いや同い年だから主家を越えての禁断の逢せ―――』

 

声と、殴打の音。30秒の時間を置いて。溜息の声がラジカセから流れた。

 

『そんな関係じゃないって。まあ、純夏以上のモノをお持ちになっていたことは認めるけど』

 

『くっ、比較対象がいまいち分からねえ! つーか純夏って誰だよ』

 

『どんどん遠慮がなくなっていくな………俺の幼馴染だ。まあ、家族っつーか妹的存在っつーか、まあそんなもんだな』

 

『へえ―――美人か、あるいは可愛いか?』

 

『二択かよ!?』

 

武は答えにくいが、と呟いてのしばらく沈黙の時間が。聞き手にも静寂の帳が降りる。介六郎が胃薬を取り出す音が、妙に響いた。

 

『あー、まあ………可愛い、んじゃないかな。しらねえけど』

 

『その割にはなんか間があったように思えるんだが。なんだ、妹だったか。ひょっとして風呂場で裸のまま迫られでもしたかその時の事を思い出しグボシぁッ!?』

 

殴打の音。喧騒の後、舌打ちと恨み声。しばらくして会話は次の人物に移った。

 

『あと、不敬も極まるけど………殿下も人気あるんだよな。なんつーか冗談挟む余地なく、美少女だし』

 

『まあ、否定できる要素はゼロですけど………えっと、陸奥さん?』

 

『俺も聞いたことがあるな。年寄りにも人気あるみたいだ。凛としたお姿を見て曰く、“煌武院殿下こそが、武家の棟梁に相応しいお方だ”ってな』

 

『そうそう。スタイルも完璧だし。特に何が、って訳じゃなくてバランスが完璧だよな。黄金比っぽいというか』

 

『あー、まあ確かに。っていうかコレ、誰かに聞かれたら斬殺されそうな気がするんだけど………あとなんでか、陸奥大尉の控えめなコメントに引っかかる自分が居る』

 

『気のせいだろうきっとそうだ。それで、風守は殿下とお話をした事があるんだっけか、その感想は?』

 

『………同い年には見えなかった。見事っつーか、立派っつーか。ちょっと敵いそうにないぐらいだった。でも、俺と同じでまだ15やそこらなんだよな』

 

武の言葉に、沈黙が流れる。間もなくして、武の呟きが沈黙を破った。

 

『まあ、問答無用に美少女だよな』

 

『………あー、なんていうかずばっと言ったな? 俺としても同意なんだが、恥ずかしくないか?』

 

『あー、ちょっと。でも知り合いのイタリア人に教えられたんだよ。客観的な判断と感想は隠すべきじゃないって。なんでも、女の子は綺麗だって言葉にして告げられるだけでどんどん美人になっていくらしいし』

 

『………興味深いな。ていうかぼっちゃんに見えて修羅場くぐってそうだな』

 

そのまま会話は海外の方へ。その時、ふと思い出したように京馬が尋ねた。

 

『俺としちゃ大和撫子が好きなんだけどな。海外に、こう―――出しゃばらなくて優しくて黒髪で巨乳な優しいお姉さんとか居なかったか?』

 

『条件細けえし図々しいな!? ………まあ心当たりはあるけどぉぉぉぃ近いっ!?』

 

『落ち着け、傷が開く!』

 

『今は痛みより優先する事があるんです! いいから教えろお坊ちゃん様!』

 

『それ何語?!』

 

衣服を掴んで前後に揺さぶる音と、頭を揺さぶられて慌てる少年の悲鳴。ようやく収まった後、小さい咳と共に答える声があった。

 

『有名人だから知ってると思うけど―――葉玉玲(イェ・ユーリン)っていう台湾出身の衛士が居るんだよ』

 

『っ、葉玉玲っておま、もしかしてクラッカー中隊か!? ………つーか斯衛の赤のお坊ちゃまが、なんで海外の衛士の事知ってんだ? それもスムーズに名前が出てきたな、おい』

 

違和感を覚えつつも、京馬は自分の欲望に忠実だったのか質問を変えた。

 

『あー、海外に出たことないし、俺も風体は知らないんだけど。玉玲って人はそんなに美人で巨乳のおねーさんか?』

 

『まあ………そう、かもな。改まって考えてみると、美人じゃないとかとても言えん。あと、巨乳なのと優しいのは本気と書いてガチと読むな。事故で胸に顔うずめちまった時があったんだけど、窒息するかと思ったぜ。でも、顔赤くするほど怒りながらだけど許してくれたぁぁぁぁっっ?!』

 

組み打ちでもしてるのではないか、という人間が暴れる音。京馬の鼻息は荒く、興奮している様が見て取れるよう。何かが軋む音さえ―――ラジカセのこちらと向こう両方で―――聞こえてきた中で、質問は続いた。

 

『そういや、クラッカー中隊は美人ぞろいって聞いたな。ターラー・ホワイト中佐はエキゾチック系美人だって聞いたが、ガセか?』

 

『それは………いや、やめてくれ。マジで答えにくい。美人だとは思うけど』

 

『なんだ、その母親の容姿を褒められた子供のような反応は。別に風守光さんについて質問はしてねえぞ。童顔で20代に見られるほど可愛いらしいが、貧乳に興味はねえし』

 

『おま、人の母親捕まえてなに言ってんだよ?!』

 

『瓜生………お前斯衛訓練学校での事を忘れたのか? 本当に怖いもの知らずだな』

 

『………いや、今のは失言ということで。この通りです』

 

『土下座!? ってかなにやってんのお袋!?』

 

『まあ、そういう事だな。つーか貧乳ってお前』

 

ラジカセの音に、肉声で発せられた暗い笑いが混じった。雨音以外の誰もが、その発生源を見ようとはしなかった。一方で雨音は、おろおろとしながら左右を見回していたが。

 

『で、残りは3人だっけか………一人は、リーサ・イアリ・シフか。うん、パスだ』

 

『え、なんで? ―――理由は何となく分かるけど』

 

『いや、俺としてはガサツな女はちょっと………白人系金髪巨乳に対する学術的探究心は尽きないが、色々と噂がすごすぎて。なんていうか、先っぽに魚刺した銛とか担いでウェハハハとか笑ってる感じが』

 

『あー………否定できない。でも見た目北欧美人だから、年下衛士からの人気は凄かったけど』

 

『へえ? でも、年上からはやっぱり人気ないか』

 

『尻に敷かれそうどころか、船の底板にされそうだってもっぱらの噂だった。乗り回された挙句に海の藻屑とされそうな、って』

 

『噂に違わぬ、か………で、あと一人。サーシャ・クズネツォワだったか』

 

『………そう、だな』

 

今までとは全く異なる、複雑な心境を抱いている事が分かる声。様子が変わったことに気づいたのか、慌てたように陸奥の声が響いた。

 

『他国とはいえ、最後まで任務に殉じた英雄だしな。何を言うにしても不謹慎になるし、これ以上はやめておけ』

 

『お、おお。怖いな陸奥のダンナ』

 

『誰がダンナだ………で、入隊の話に戻るんだが』

 

 

ぶつり、と。そこでラジカセは止まった。聞いていた全員が崇継の方を見た。

 

 

「これで終わりだ………ふむ。今年の流行り風邪には、人の顔の血行を良くする効果があるらしいな。珍しい」

 

白々しい言葉だが、自覚した数人が恥ずかしげにしながらも深呼吸をした。そうして全員が落ち着いた後、真耶から崇継へ質問が飛んだ。

 

「それで、瓜生京馬でしたか、彼は16大隊に?」

 

「相応しい人物であると判断した。変に隊内で派閥を作られても困るのでな。尤も、俗な意味での派閥が出来るかもしれないが」

 

「………軍上層部や、城内省の一部高官の声が大きくなりそうですね」

 

「それも必要経費として割り切ろう。腕と気概は、確かなものだからな」

 

崇継の反応を見た真耶は、一つ腑に落ちない部分があったが、表向きは追求をすることはやめた。テープの音声はいきなりのものであったが、元のこの場は煌武院と風守の両家が互いの遺恨を忘れよう、という言葉を向け合う場であるからだ。

 

「それでも、一言だけ………負けるつもりはありません」

 

「―――はい。受けて立ちます、殿下」

 

「ふふふ………こちらこそ、遠慮は無用ですよ?」

 

笑顔と言葉の応酬。それを見た風守光は引き攣った笑いを、介六郎は顔を青くしながら胃の辺りを押さえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、どのような意図があってあのような悪戯を?」

 

面白くない事態に陥る可能性もあった。介六郎の訴えに、崇継は笑顔のまま答えた。

 

「なに、私は異性の喧嘩を見たことがあっても、女性同士の修羅場を見たことがなかったのでな。つまりは興味本位………というのは冗談だからその怖い顔は止せ、其方達」

 

隣では雨音が光に対し、“こんな人だったんですか”と視線を。光と介六郎は疲れた顔で小さく頷いていた。

 

「それで………崇継様。先ほどの件は、一体どのような思惑があっての事ですか?」

 

「なに、奴がこの世界に戻ってこれ易いようにな。虚数空間とやらを越える代償の事は其方達も聞いたであろう」

 

崇継の言葉に、3人がハッとなった。世界から居なくなるということは、世界から忘れられるということ。その影響は未知数だが、最悪は全員の記憶から白銀武という存在が消去される可能性もある。

 

「世界を越えられる、その成功に関しては疑っていない。問題は戻ってくる時だ。童の歌にも歌うだろう」

 

通りゃんせという童歌。一説には神隠しにあった子供の事を歌っているとも言われる。その上で、と崇継は言った。

 

「今回、白銀が挑むのは正真正銘の神だ。世界という法則だ。神隠しを意図的に起こすようなもの。どこの神の細道を通るかは知らんが………帰る家にさえ忘れられたままで帰れるとは思えん」

 

「怖いのは帰り………そのために私達が武殿を強く想うように、決して忘れる事がないようにと。そう思われたが故のご行動ですか」

 

「その通りだ。これは個人的な意見なのだが、記憶と想いというのは実に曖昧なものでな。共有する他者も居らず、思い出す切っ掛けさえ失ったまま過ごしていると、いつしかその形さえあやふやになってしまう」

 

そも想いという言葉さえ偶像だ。人を変えるには十分なほど強いものではあるが、物理的に説明できるものでもない。

 

「全ては推測に過ぎぬ事だがな。だが、暗い世界を越えて帰ってこようとする勇者が居るのだ。ならば僅かであろうとも、帰る場所に明るい道標の火を灯してやろうと思うのは道理であろう」

 

「………崇継様」

 

雨音は崇継の臣下を思う気持ちに対し、感極まりながらこれ以上ない尊敬の念を抱いていた。一方で、光と介六郎は視線で会話をしていた。

 

それで、と光が切り出す。

 

「そのお言葉と、修羅場に対する好奇心。どちらの方が割合が高いのでしょうか」

 

「何を言っている、風守――――どちらも10割に決まっているだろう」

 

途端、雨音の顔が一転して二転した。光に対する驚愕と、崇継に対する驚愕と。

 

よく気づいたな、という崇継に対して介六郎は溜息をついた。

 

「何年のお付き合いですか。本当に………実利と自らの好奇心を一挙に満たす方法を考えるのがお得意だ」

 

「なに、褒めるな介六郎」

 

「………これはやはり風守女史の教育のせいでは」

 

「馬鹿をいうな真壁。これは生来のものだろう」

 

視野が広く物事を深く考えながらも、結局は自らの道を行く。光は15年近い年月の中で、崇継の気質をよく理解していた。

 

(それでいて………こちらにも気を使えるのだから、敵わない)

 

光は実の所は崇継の試みはありがたかった。止められないと分かっていながらも、葛藤したままそれ以上の方策を思いつけない自分とは大違いだからと。

 

一方で、崇継は苦笑していた。

 

誤魔化すことが出来たと、内心でしてやったりの念を抱く。

 

 

(知られる訳にもいかなかったからな………)

 

 

そうして、崇継は陸奥から報告を受けた話を。

 

止まったカセット、その裏面にも録音されていた会話の事を思い出していた。

 

 

 

 

 

「………前の隊はこういう馬鹿話できる奴が居なかったんですよ。武家らしく生真面目で、義務だ名誉だって煩くて」

 

愚痴の言葉。それを吐いている内に、食事の時間になったようだ。食器が小さくぶつかる音と咀嚼の音だけが鳴り響く。しばらくして、重々しい言葉がこぼれ出た。

 

「ああ、聞きましたよ、俺の隊のこと。撤退の途中でBETAどもに捕捉されて、ほとんど死んだってね。馬鹿みたいな話ですよ。義務を楯に逃げたにも関わらず、結局の所はくたばってるんですから。最後までレールの上で………あいつら、本当に生きてるのが楽しかったんですかね?」

 

「さて、な。会ったこともない俺に分かることじゃない」

 

ただ分かることがある、と陸奥は溜息混じりに答えた。

 

「そういうお前も、心の底から楽しんでいるようにも思えんが」

 

「………見ただけで、分かった風なこと言いますね」

 

「それこそ、何も。皆目分からんさ。当たっているのか、見当はずれな憶測なのか。だが、馬鹿を重ねてもな………忘れられん女でも亡くしたか?」

 

「別に………忘れることには、慣れましたからね」

 

京馬は語る。心を通わせたと自分が思っていた女性は、今までに4人。その全員が死んでいったと。

 

「穴埋めか、代理か。我ながら糞ったれな理由だと思いますが………死んで、しばらくすれば忘れちまえるんですよ。そう、忘れて………何も、無かったかのように」

 

震る声で、京馬は言葉を続けた。

 

「でも、一人じゃたまらなくなるんですよ。誰かに縋ってねえと、こいつを守ってるんだって思っていなければ欠片の奮起もできねえ。武家だってのに情けないですよね」

 

「お前………」

 

「でも、忘れて。忘れちまえるんですよね………本当に………嘘じゃなくて………」

 

「………なる程な。お前の事が少し分かったよ」

 

瓜生京馬の腕は大したものである。なのに功績が認められていないのは、上官への態度に問題があるから。その理由を陸奥は理解した。

 

死にたかったから。京馬自身が、自分に見限りをつけていたからだ。

 

無言だけが流れていく。陸奥は何も言わない。死にたがりを隊内に入れていいとも思えないからだ。それは道理であり、善なる判断だろう。このまま無言のまま別れ、真壁介六郎に報告を行えば、瓜生京馬の16大隊入りの話はなくなる。

 

―――そう思われた時に、少年の呟きが流れた。

 

「………忘れられない味が、あるんですよ」

 

「なに?」

 

「大陸でね。明日は光線級吶喊だっていう深夜の森ですよ。糞みたいに不味い合成食料で、みんな我慢して食ってた」

 

関係のない話に、陸奥と京馬が咄嗟に何も答えられず。武はそれでも話を続けた。

 

「配給された量が少ないのが助かりました。でも、やっぱり少ないから腹空くんですよね。ほら、俺って育ち盛りだから。ちょっと腹の虫が鳴っちまって。それを見かねたのか、別の隊の衛士が俺に食料を分けてくれたんですよ。でも、やっぱり不味くて………」

 

武は言う。俺の部隊内じゃ、意見が真っ二つに割れましたと。

親切心だったのか、不味くて食えなかったのか。

 

「………それほどまでに不味かったのか、お前の部隊の人間が疑り深いのか」

 

「どっちも、でしょうね。俺も分からなかった。もやもやするのも嫌で、なら作戦が終わった後に聞けばいいって、そう思った」

 

「思った、か………聞けなかったのか?」

 

「その作戦で生還したのは俺たちの隊だけでした。答えは、永遠に分からなくなって………珍しいことじゃなかった。大陸じゃ、そんな事日常茶飯事でした。でも………あの時の合成食料の味は、どうしてか忘れられないんですよ」

 

武は、呟くように言った。

 

「斯衛で何度か食べたような、合成じゃない食料とは、めちゃくちゃ旨い食事とは全く違うのに。あの失敗作の合成食が美味しい筈がないのに………意味分かんねえですよ。前の方が不味かったはずなのに………これ、どうしてですかね?」

 

「………その思い出が特別になったからだろう。その時に抱いた喜びの感情が影響しているのか………悲しみと、後悔の念が絡まっているのか」

 

判別はつかない。陸奥の言葉に、武は頷いた。

 

そして、京馬は無言のまま俯き、肩を震わせていた。何かに怯えるように、小刻みに。武と陸奥はその様子を見ると、互いに小さく頷きながら立ち上がった。

 

その気があるなら、連絡を寄越せと電話番号を告げるだけで立ち去っていく。

 

部屋を出て、歩く。部屋越しに漏れてきた泣き声を残したまま。

 

「………お前も、残酷な事をするな。忘れたまま壊れられるより、正面からぶつかって全部を思い出させるか」

 

武は思い出す方法を教えたのだ。そして京馬は、忘れられない何かを持っていた。ただ思い出したくなかったのか、思い出せなかったのか。答えは分からないが、声を聞けば何かを思い出した―――思い出してしまった、という事は二人にも理解できていた。

 

「でも、後悔してませんよ。あのままじゃ、瓜生中尉は壊れてましたから」

 

「断言する、という事は………実体験からくるものか?」

 

「いえ、俺じゃなくて………思い出したくもないですけど、大陸にも中尉に似た人がよく居たんですよ。到底割りきれてないのに、本人は割りきったつもりになって、強がり続けて―――いきなりドカン、ってなる衛士が」

 

武は割り切り云々も才能だという。人の命を割り切れることが最善だとは言わない。武の結論は違うからだ。だが、十人十色の結論があるとも知っている。

 

不運なのは、全てを割り切れるほどドライになれない者の事。そうしようと強がっている者ほど、限界を迎えた時に“こっぴどく”壊れることになると語った。

 

「強がって、強がって、強がったままボロボロと何かが剥がれちまうような。最後には周囲も巻き込んで盛大に撒き散らかすんですよ。弾やら、死やら、精神的な影やら。残るのは恨み節と後悔の言葉だけ。大丈夫だと言ったじゃないか、ああやっぱり、何かを言っておけば良かったって………全部、終わった後で」

 

「経験則から来る、確かな危険予知か。そうなった時の事を考えると、確かに恐ろしいな」

 

「あんな光景………見ない方が良いですよ。俺も見たくありませんから」

 

「いや、私心も含まれているだろうが、こっちとしては有り難いさ。全く、立場が逆だ。本来ならば俺たちの仕事だろうに」

 

「まあ、そこは適材適所ってやつで」

 

「元服して間もない奴が言うことか………いや、お前にその分野では到底敵わないのは分かってるんだが」

 

「臆病なだけですよ。確かに戦友だったのに、いつか忘れてしまうかもしれないって………その他の事も、色々と割り切れてないですから。大尉もそうでしょう?」

 

「お前よりは少ないだろうが………確かにな」

 

それでも、嫌になるほど、死人の数が多すぎる。死なれて嘆いて、先逝かれて怒って。特別じゃない、日常的に起こることだから、繰り返している内に分からなくなる。まるで一週間前の朝飯の事を思い出せないように。

 

それでも、関連が付けば記憶に刻まれる。死なれれば、より鮮烈になる記憶もあるが故に。そこまで考えた陸奥は、ふと思った。ずっと残りそうな記憶が、お前にもあるのかと。

武は、その問いに考えこみ。

 

しばらくして、小さく呟きだした。

 

「………色々と、あり過ぎるなぁ」

 

―――小さな頃、純夏と一緒に食べた合成食材で作られた初めてのカレーのこと。

 

―――亜大陸撤退戦の前日、残っているからと腹一杯に食べた合成食料のこと。

 

―――アンダマンの海でサーシャとタリサと一緒に食べた串で焼いた魚のこと。

 

―――タンガイルの悲劇の後、サーシャと一緒に食べた塩味のパンのこと。

 

―――ハイヴ攻略戦の前夜、眠れない良樹達と一緒に食べた駄菓子のこと。

 

―――唯依達に訓練をつけた後の朝に食べた、何気ない朝食の。

 

―――黛英太郎から巻き上げた、朝食の卵焼きの味まで。

 

一通りを聞いた陸奥は、溜息をつきながら苦笑した。

 

「こう言っちゃなんだが………出会いの多い、濃い人生を送ってるな」

 

「えっ。いや、俺なんてふつーですってふつー」

 

「お前のような普通があるか」

 

 

陸奥は笑いながら言い、武は気づかなかった。目の前の人物が、少し緊張した面持ちになっていた事を。

 

 

 

 

「やはり………全てを背負うつもりか、白銀」

 

自室に戻った後。崇継は陸奥が報告してきた事をまとめ、その時に陸奥が抱いていた心情を改めて理解していた。情感溢れる口調と内容で語られた言葉。それは、武自身が何も割りきれていない事を意味しているからだ。

 

「本来ならば、頼れる相手を………縋る相手を求めるものなのだがな」

 

瓜生の例は極端にしても、精神的に危うい時にこそ誰かに寄りかかりたくなるのは人間の本能だ。風邪の時に弱音を吐かない人間の方が珍しい。

 

「問題は、誰がいるのか。15という年頃から、最も相応しいのは母親だろうが………」

 

崇継は考えてみるが、候補はいないと首を横に振った。武家として動いている現在、民間人である育ての親である鑑純奈に縋るのはよろしくない。そういった光景を見て悪しざまに語る武家の者は少なくないからだ。一方でターラー・ホワイトはもっとあり得ない。一時は家族のような存在であったかもしれないが、現時点で彼女を頼るのは体面が悪すぎる。

 

風守光は、逆に気を使いそうだ。残酷だが、年月の積み重ねは正直なのである。

 

「リーサ・イアリ・シフもな。あるいは、相応しいかもしれないが」

 

過去の話を聞くに、白銀の精神状態について気を使っていた節がある。それでも、ターラー・ホワイトと同様に他国の人間であるが故に役柄としては相応しくないと崇継は考えていた。

 

「ならば、恋人だが………ふむ、磐田朱莉、は無理だろうな。どちらかというと、磐田の方が白銀に寄り掛かりそうだ。その点については、白銀自身も理解しているだろう」

 

次に、と出てきたのは風守雨音。

 

「………いや、無理か。守るべき者として認識しているのだろうな。女子のような仕草、というのもその一端か………ほっこりする、というのは守るべき存在がおとなしくしてくれていると、そう思っているからか?」

 

ならば、月詠家の二人。月詠真耶と真那のことを考えた。

 

「記憶の事について、深く尋ねた事はないが………どうだろうな。想い通わせた挙句に死なせてしまった、という記憶を持っているのだ。今度こそは守らなければならないと、無自覚に考えているのかもしれん。鑑純夏も同様か? 聞いていないのに名前が出てきた事を考えると、あるいは大きな存在として認識しているのかもしれんが」

 

推測しかできんが、と崇継は続けた。

 

「篁唯依………は、あまり芽はないな。あくまで教え子か。友達だと聞いたが、それ以上の事は思えんだろうな。また、別に接する機会があれば別かもしれんが」

 

それよりも煌武院悠陽か、と崇継は考えこんだ。

 

「鑑純夏と、月詠の二人と同様か………もっと別のものか。幼少の頃に出会っているとも聞いたな。その時の約束か何かが記憶と連結しているかもしれん。美少女、と断言した事は驚いたが………しかし、やはり」

 

長らく死線を共にした者は強いか、と崇継はクラッカー中隊の二人との関係を推察した。

 

「葉玉玲………改めて思えば、と言った。という事は、彼女とそれほどまでに近くで接していたからだ。顔を真っ赤にしても怒られなかった、というのは恥ずかしかったのだろうな。昨今の女性衛士としては、今時珍しい。それなりに距離も近かったようだ。白銀の奴の鈍さは筋金入りだ。迂遠に接されればそう思われもすまい………そして、サーシャ・クズネツォワか」

 

食事とは、味覚だけで取るものではない。嗅覚や、触覚。時には視覚や聴覚といった、五感全てが影響しあう事もある。忘れられない記憶とは、それらが複合して関連しあい刻まれるものだ。その記憶の中で一番に名前が上がったのは、他ならぬサーシャ・クズネツォワだった。

 

「家族のような、妹のような、姉のような。あいつはそう言っていたが、どうなのだろうな」

 

戦友であり、家族であり、守るべき対象であり。鑑純夏とはまた異なった方向性で“大切である”といった念を抱いていた筈だ。崇継はそこまで考えた後、深く溜息をついた。

 

「よりにもよって、その彼女を自分の手で壊してしまった………逃げる道など、はじめから無かった訳だ」

 

義勇軍に入る事も、そこで戦い続けたことも、明星作戦に挑む事も。サーシャ・クズネツォワが健在であれば、どうだったのか。

 

「………詮なき事か。時間は流れていくのだから」

 

人は時の流れに逆らうことはできない。やり直せないが故に、取り返しのつかない過ちが存在し。

 

―――だからこそ、掴み取れた成功にこそ意味がある。

 

 

「白銀は虚数空間(グレイ・スカイ)の向こうにある財貨を。白銀を思う乙女達は、その心を。我が帝国軍は、BETAを駆逐する未来を………全く読めんな」

 

世界は舞台で人は演者。言葉遊びだろうが、一つの形としての比喩に無理はなく。

 

そして演者が本気であるからこそ、劇は何よりも映えるのだ。

 

問題は、この時代には悲劇が多すぎるということ。

 

 

「忘れられないほどに強く想い合う者達の群像劇、か」

 

 

崇継は人の記憶と想いを曖昧だと言った。そのようなものは幻想や錯覚の一緒であり、非科学的なものであるため、何も確証するものはないと。

 

それは崇継の持論だった。だが同時に、崇継はその幻想の事を何よりも強い力だと認めていた。たった一つの決意を持ったことにより、飛躍的に力を伸ばした衛士を目の当たりにしてからは、より強くそう思うようになった。

 

それは、願望の一種かもしれなかった。泣きながらでも立ち上がれなかった者に未来はなく、強い思いを持てない者から順に淘汰されていく世界。

 

崇継は弱さが罪となる世界でも、裁かれるのが道理だとは思えなかった。

 

 

「………取り巻くもの全て、想いの河の流れの終着点はどこになるのか。その終点を見るまで、まだまだ死ねぬな」

 

 

誰を選ぶのか、選ばないのか、あるいは。

 

生き残る者は、死にゆく者は。

 

 

崇継は未だ見えぬ時の先を想い、小さく笑った。

 

 

 

 

 


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