Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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ようやくオルタ時間軸………はまだですが。

誤字指摘、虚和さん、魔空の豹さん、mais20さん、心は永遠の中学二年生さん、ありがとうございました。

そして一話づつ改訂指摘してくれている光武帝さん。本当に助かります。


8話 : 第207衛士訓練小隊

寒風が吹きすさぶ白い冬の朝。ハラハラと雪が降る中、少女は大きな荷物がつまった鞄を片手に、口の中から一定のリズムで漏れる白い息を視界に収めながら、それを追い越していった。横に寝転がればそのまま下まで辿りつけそうなほど傾いている道を一歩づつ、一歩づつ。やがて見えてきたのは道なりに並ぶ、幹と枝だけになった木だった。

 

それを見た少女は―――鑑純夏は、これがそうなんだ、と友人から聞いた話を思い出した。陸軍の訓練学校にまで噂が届いていたのだ。新型爆弾に蹂躙され、荒廃した土地で唯一咲くといういわくつきの桜並木のことは。

 

(う~っ………本当に咲くかどうかは知らないけど、できれば春に来たかったよ)

 

寒いのは苦手なんだよね、と夏の名前を持つ少女は愚痴混じりの溜息をついた。向ける先は季節外れの転校を命令した者に対してだ。純夏は20世紀が終わって5日が経過してから告げられた通達を見て、最初は冗談か質の悪い嘘としか思えなかった。

 

あまりに衝撃的過ぎて、暗記が苦手な純夏をして忘れられない―――“陸軍の衛士訓練学校から国連軍横浜基地にある訓練学校へ転校せよ”という命令書は、疑問符を拳にこめて乱打しても許されるだろう内容だった。

 

どのような意図があるのか。純夏は見当もつかなかったが、寝食を共にした同期生と離されることになったのは事実だ。横暴すぎると怒ってくれた―――矛先が国連かアメリカかは分からないが―――同級生の顔が忘れられなく、暖かかった。その声が無かったら、もっと足取りが重く、身体も冷えていたかもしれない。

 

そう思える反面、純夏は後ろめたさも覚えていた。嬉しいと思う気持ちがあるからだ。故郷である横浜に帰ってこれるということ。母が横浜基地に居るから、頻繁に会えるようになるかもしれないということ。

 

好奇心もあった。仙台に居た頃に、今は行方不明となっている幼なじみと他愛もなく交わした言葉があった。

 

『もしも―――もしかしたらBETAが居ない世界で、丘の上にある基地が学校だったら、お前と一緒に通っていたかもしれないな』と。冗談であることは純夏も分かっていたが、やけに具体的な内容だったので気にかかっていたのだ。

 

どんな所なのか。期待感を持つ純夏に、随伴する者が声をかけた。

 

「怖がっていないようだな。どちらかと言えば珍しがっているように見える」

 

「はい、いいえ。武ちゃんと話していたことを思い出しただけです、紫藤少佐」

 

「基地の門を潜り抜けるまで階級をつける必要はない。それより、あの頓痴気は何を話していた?」

 

純夏は樹が唐突に告げた蔑称に驚くも、憤りより先に納得が来て、頷いた。そうして落ち着いた後に、説明をした。それを聞いた樹は、複雑な表情でそうかもしれないな、と頷くだけ。

 

純夏は、その表情を見て、武ちゃんとどういった関係だったんだろうか、と考えこんだ。負の感情は沸かなかった。相手は転校を画策した国連軍に所属する衛士であるが、純夏は反発しようという気持ちはなかった。知人の知人という関係だけではなく、送迎の車を基地の前ではなく坂の下で止めて欲しいという我儘を聞いてくれた人に怒りをぶつけられるほど、自分は怒っている訳ではないと。より強い感情に胸の内を支配されているからでもある。

 

何気ない言葉を交わしながら、やがて登り切った坂の上。純夏は振り返り、廃墟となった故郷を見た。無事なモノが一切ない、死の町。その中にあった自分の家と隣の家をぼんやりと眺めた。はっきりとは見えないが、それでも頭と胸の中にあるものが消えるはずもなく。

 

(だから……基地に呼ばれた理由。ひょっとしたら、もしかしたら、だけど)

 

純夏は小さく頷くと、街を背にした。樹と共に横浜基地の入り口まで辿り着き、身分証を提示する。確認が終わると、屈強な容貌を持つ二人の男性警備兵は敬礼をすると、通行の許可を出した。純夏も、訓練学校で何度も練習させられた敬礼を返した。

 

ゆっくりと、黄色と黒の塗装が塗られた鋼材による門が開かれた。純夏は雪の世界の中、行く道の先にある建物を見据えると冷たくなった掌を強く握りしめ、期待を込めた一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一時間後。純夏は集合場所であるブリーフィングルームの中で一人首を傾げていた。新しく建設された基地の設備に驚いていた、という訳ではない。基地に入り、集合場所と自分の寝床となる部屋を教えられ、部屋に荷物を置いた後、国連軍の制服に着替えて集合する。命令された内容におかしい所はない。珍しいと思ったのは、与えられた部屋についてだ。

 

通常、訓練兵が個室を許されることはほとんど無い。純夏も帝国の訓練兵から聞いた又聞きだが、その理由が“集団行動という意識を養うため”、“厳しい訓練過程の中で一人きりになることで心身ともに参らないように”など、納得できるものばかりだ。

 

(それなのに、どうしてだろう。ひょっとしたら国連軍は個人主義を推奨する所、とか。いや、でもちょっとおかしいし)

 

純夏が悩んでいる所に、部屋の入り口が開けられた。間もなくして青く長い髪をポニーテールにした入室者は、純夏の顔を見ると、ふむと小さく頷いた。

 

「一番乗りと思っていたが………先を越されたようだ」

 

その声に悔しさはなく、晴れ晴れとしたもので。同じ口調で、少女は名乗った。

 

「御剣冥夜という。其方の名前は?」

 

「そなた? いえ、あ、うん。私は、鑑純夏………よろしく、御剣さん」

 

きっと同期生だろうと、純夏は冥夜に手を差し伸べた。冥夜は時を置かずに出された手に少しきょとんとするも、すぐにその手を握った。

 

「うむ、よろしく頼む」

 

「うん………って、あれ?」

 

純夏は握手を交わした後、首を傾げた。よくよく冥夜の顔を近くでみて、既視感を覚えたからだ。何か、どこかで見たことがあるような。それも直接会った訳じゃなく、ブラウン管越しか写真か何かといった間接的な所で。

 

その思考も新たな入室者の登場に中断させられた。次々に入ってくるのは、背の大小はあれど似たり寄ったりの年頃の者ばかり。明るい表情を崩していない者はごく一部でほとんどが、緊張を隠せていなかったり、重い感情を抱えていそうな者ばかり。唯一共通点があるとすれば、冥夜の顔を見るなり身体を硬直させた、という反応だけだった。

 

えっ、という小さな声を出すもの。眼を丸くするもの。きょろきょろと周囲を見回す者。純夏はその反応を見て、やっぱり御剣さんは有名人なんだと頷くと、思考をそこで止めた。視線を冥夜から訓練生の方に変える。

 

(……静かだねー。陸軍(あっち)じゃ、教官にいくら注意されても、ずっとお喋りしてた人も居るのに)

 

誰もが規律正しく、服装や姿勢も整っている。確証はないけど、きっとレベルの高い所なんだと、純夏は何となく察することができていた。

 

こんな優秀な訓練兵を鍛える教官は、どんな人なんだろう。純夏の疑問は間もなくして答えられた。入室した、明らかに自分達より年上である大人が二人。

 

敬礼、と声。その後に名乗ったのは、女性教官の方だった。

 

「神宮司まりもだ。貴様ら207小隊の内、A分隊の5人を任された教官となる」

 

「紫藤樹。残りのB分隊の6人は、こちらで担当する事になる」

 

立て続けの自己紹介に、複数人の口から驚きの声が漏れる。だが、まりもの強い視線を向けられると、すぐに口を閉ざした。例外は冥夜だけ。じっと樹の方を見据えていた。その視線さえも受け流して、樹は自分たちの階級を説明した。国連軍の教官として、階級は軍曹になると。

 

その後は、簡単な訓練過程の説明がされていった。まずは体力と各種基礎を鍛える基礎訓練過程を。その総決算として総合戦闘技術評価演習を。機会は2度限り。分隊ごとに試験を受け、合格した隊は衛士の訓練過程に移ることができるが、失格した隊はその限りではないと。

 

それを聞いた訓練兵達は驚き、絶句した。試験についてはある程度推測していたが、チャンスがたった2度だけで、落ちれば衛士になれないというのはあまりに横暴に聞こえたからだ。だが、淡々と語る樹の口調が訓練兵達の反論の意気を削った。

 

追い打ちをかけるように、失笑が混じった声が浴びせられた。

 

「人間は一度しか死ねない。なのに試験の失敗が、一度は許されるという―――多いとは思わないか、訓練兵」

 

呼びかける声に、誰も言葉を返せない。答えれば、1回ある猶予も削り取られてしまいそうだと思ったからだ。

 

樹は沈黙する訓練兵に、もう一度だけ言うが、と前置いて宣告した。

 

「機会は2度ある。2度“も”ある。衛士になりたければ努力すればいい話だ。その方法は教えてやる。それでも出来ないと甘えるなれば―――疾く、去れ。愚鈍な怠け者や無能など、戦場に於いては一切不要」

 

戦線の一端を担う戦術機の中に、腐った蜜柑を紛れ込ませる訳にはいかないのでな、と。皮肉の色を混ぜながらも甘えた考えを一刀両断するような言葉に、全員が口を閉ざした。

 

その後、207分隊はそれぞれに並びを変えさせられる。

 

言われた通り、端から順番に自己紹介を始めた。

 

「涼宮茜です!」

 

「築地多恵……です」

 

「柏木晴子です」

 

「た、高原萌香です」

 

「麻倉、(かがり)です」

 

緊張の中、辿々しい敬礼をしながら名乗っていく。その人数が5人になった所で、まりもが言葉を挟んだ。

 

「それまで。今の5人がA分隊となる………紫藤軍曹」

 

「ああ――次、始めろ」

 

樹が視線を送ると、眼鏡をかけた訓練兵から順に名乗りを始めた。

 

「っ、榊千鶴です!」

 

「……彩峰慧です」

 

「鎧衣美琴です!」

 

「た、たた珠瀬、壬姫です!」

 

「鑑純夏です!」

 

「――御剣冥夜です」

 

何かを悟ったのか、少し言葉を詰まらせる者。同様に、名乗りが少し遅れたもの。元気な声と、緊張しているのかどもった者。陸軍の訓練学校で少しだが教官の圧に慣れたうえに、知人だからか気負いのない者。そして、最後の一人は堂々と。

 

途中に「榊って」「彩峰ってまさか」という声が出たが、樹の視線によって黙らされ。その強い視線のまま名乗った6人を見回すと、唇の端を少し吊り上げた。

 

「以上、この6人が207B分隊だ。俺が“特別に”担当することになった、な」

 

強調された言葉。そのせいか、場の空気がピンと張り詰め。生み出した張本人である樹は、その場の全てを無視して宣言した。

 

「だが――AもBも区別は無しだ。平等に、徹底的に鍛えてやる……吐き散らかして寝込むのが嫌なら、今のうちに仮病届けを書いておけ」

 

そうすればお家に帰れる、と。最後の一言は訓練兵の誰もが、ぞっとするほどの冷たい声だった。それでも頷く者はおらず。

 

教官二人はそれを確認した後、207小隊を引き連れて移動を開始した。目的地は講堂だ。到着して間もなく入隊式が行われた。整列した207小隊の前で、壇上に居る基地司令が歓迎の言葉をかけた。

 

純夏は、内心で司令の名前を反芻していた。同期生から聞いたことがあったのだ。横浜基地の司令、パウル・ラダビノット。インド亜大陸撤退戦にも参加した元衛士で、今は国連軍の狗になっている裏切り者という。もっとも、国連軍とアメリカ憎しの感情を隠そうともしない過激な性格をしている人物からの情報だったため、純夏も鵜呑みにはしていなかった。

 

そして相手がどのような人物であれ、階級も無い軍人が将官に舐めた態度を取っていいはずもない。純夏は裏切り者という罵りの言葉が脳裏を過るも、207小隊と一緒に、壇上のパウルに向けて国連軍入隊における宣誓の言葉を告げた。

 

国際平和と秩序を守る、という文面を除けば陸軍と同じような内容だ。それでも暗記しきれなかった純夏は、後半の部分は唇をそれっぽく動かして誤魔化した。

 

ばれているのか、いないのか。純夏は冷や汗をかきながらも、教官の方を見ることができなかった。発覚すれば帰れと言われるかもしれないと思い、怖くなったからだ。だが指摘の言葉が飛ばない事に安堵した後、それを待っていたかのように壇上から声がかけられた。

 

“横浜基地一同、貴様達の入隊を歓迎する”という。定型文であり陸軍でも聞いた言葉だが、純夏は不思議とその声を聞いた後、同期生の罵声が遠ざかっていくような感覚を抱いていた。

 

陸軍で聞いたものとは、どこか違うと感じたからかもしれない。純夏は少なくとも悪い人ではないのかな、と小さく呟いた。

 

その後は基地内の案内だ。とはいっても衛士の教習課程に案内されるのは資料室かPX―――食堂だけ。そこを案内されている時、純夏はとても良く知っている声を聞いた。

 

鯖の味噌煮定食お待たせ、と。純夏は声の方向を見ると、思わず「お母さん」と声を発してしまっていた。それを聞いた207小隊と案内をしていた樹とまりもが振り返った。

 

「お母さん? ………もしかして、鑑軍曹のことか」

 

「は、はい」

 

「………珍しいケースだが、基地内では軍人どうしだ。階級も今の貴様よりは上となる。陸軍の訓練学校に居た貴様ならば分かっているとは思うが―――」

 

「なんだい、こんな所で。って、もしかして純奈ちゃんの娘さんかい?」

 

「きょ、京塚曹長」

 

「まりもちゃんかい。この子達は―――ああ、新人だね」

 

給食着を来た体格に貫禄がある女性は207の面々を見回したあと、「良い面構えだね」と頷くと、笑みを向けた。

 

「あたしは京塚志津江。この厨房の主さね。食事関係で困ったことがあったら、遠慮無くアタシに言いな。主に食事量のことなんかでね」

 

内緒で増やしてあげるよ、と大声で。207小隊の面々はぎょっとしたが、周囲の反応は特になく、強いて上げれば「ああ、いつもの」と頷く兵士が居るだけだ。

 

その後も『食べる子は育つ』や『栄養が足りていなさそうな子がいるね』ど豪快かつ直球な言葉が浴びせられたが、厨房から『京塚曹長、次の注文が!』という純奈の焦った声を聞くと、急いで厨房へと帰っていった。

 

「………嵐みたいな人ですね」

 

ぽつり、と彩峰が呟く。それを聞いたまりもは、溜息と共に答えた。

 

「否定はできんが、良い人だ。料理の腕も確かだからな」

 

「食事の量を増やしたければ相談するといい。ただ、最低限の慎みは持つことだな。食べ過ぎて訓練の時に動けませんなど、笑い話にもならんぞ」

 

緩みかけた空気が、樹の一言で引き締まった。それから207小隊は基地内の案内が終わった後、各自の部屋へと戻っていった。

 

純夏はシャワーを浴びた後、ベッドの上で仰向けに寝転がっていた。綺麗な天井を見上げながら、そういえばと寝ながら横を見た。

 

「一人部屋……一人っきりになるのは、久しぶりだよね」

 

仙台では母と一緒に。その前は横浜の自分の部屋で。そこまで思い至った純夏は、思わず身体を起こして壁の方を見た。何もない、綺麗な部屋。でもかつての自分の部屋であれば、隣の家のある部屋が見渡せる窓があった。

 

その窓ごしの明かりが点かなくなったのは、6年も前から。当たり前のように続くと思っていた光景が失われたのは、一瞬のことだった。人が消え、建物が消え、復旧の兆しは欠片も感じ取ることができない。それどころではないというのは、純夏も熟知している。とにもかくにも、佐渡ヶ島のハイヴを攻略。それが成功してようやく、日本は戦い以外の方面に目を向けることができる。

 

陸軍の教官が熱く語っていたことだが、純夏はあまり関心を持っていなかった。日本が大変でBETAをどうにかする必要がある、という事は知っている。それでも、どこか遠い国の事のように思えるのだ。生活圏を脅かされているのに、という声も浮かぶ。それを潰すように、胸の中に感情が満ちる。

 

そういった意味で、純夏は入隊初日に落胆していた。

 

紫藤樹。極端に少ない、自分と幼なじみを――白銀武を繋ぐ糸の一つ。呼ばれた時にもしかしたら、と思った。迎えに来たことから、ひょっとしたらと思った。死んだと聞かされた武が実は生きていて、再会するために自分に会いにきたのかもしれないと。

 

純夏は小さく眼を閉じると、再び身体を横にして、呟いた。

 

「それでも、訓練の話をしてそれっきり……期待していたのになあ」

 

武が居る所にこれから案内をする、と。そうなれば、夢のようだと思った。それでも現実は夢の通りではあり得ず。純夏は静かに眼を閉じた。潤んでいたまぶたの表面張力が限界を迎え、その端から一滴の涙がこぼれると、白い枕をわずかに湿らせた。

 

 

 

 

 

 

その翌日から訓練が始まった。最初は各々の適性と基礎体力を見るための、簡単なものだ。3日かけて一通りが終わったその夜、純夏は三日前とは別の意味で涙を流したくなっていた。原因は、適性や基礎能力の試験結果を目の当たりにしたから。

 

純夏は陸軍の経験もあり、自分の運動神経が人に比べてよろしくない事は自覚していた。それでも、1年には届かずとも厳しい訓練学校で鍛え上げたという他の者には無い経験があると、ちょっとした自信をもっていた。

 

(なのに、11人中9位? 自信ってなんだろうね……ふ、ふへっ)

 

思わず気持ち悪い声がこぼれるそうな。それは井の中の蛙が大海を知った時に鳴いたような声だった。通知を受けた時は更に酷く、驚きと落胆のあまり口を半開きにしたまま硬直してしまった。純夏はその時の自分がどういった顔をしていたのか、鏡が無いから分からなかったが、通達した紫藤樹がやや引いた様子で口をつぐんでいたことから、相当にアレな顔をしていただろう事は理解できていた。

 

それでも落ち込んでばかりはいられないと、部屋を出た。A分隊の涼宮茜とB分隊の榊千鶴の提案から、夜にPXに集まって交流会を行うことになったからだ。

 

到着すると、既に9人が集まって話していた。会って間もないからか、話す時の仕草や雰囲気などはぎこちなく。だが、共通する話題もあって、それなりに盛り上がっていた。話題とは当然、測定結果に関して。純夏は涙目になりながら、がっくりと肩を落としていた。

 

「か、鑑さん、大丈夫?」

 

「大丈夫だよ~……多分だけど。それにしても、珠瀬さんもすごかったよね」

 

「え、え? でも私、総合で10位だったんだよ?」

 

「でも、射撃の適性はぶっちぎりの一位だったよね」

 

その才能は教官二人をして、見事だと言わしめたほど。陸軍の同期生でも相手にならないよ、と純夏が告げると、全員がえっという表情をした。

 

「鑑さん、だったかしら。陸軍って、帝国陸軍のことよね?」

 

「うん」

 

純夏は千鶴の質問に頷くと、素直に説明した。先月まで所属していた場所と、急な転校を命令された事。それを聞いた千鶴は「そう」という言葉を溜息と一緒にこぼした。

 

「ん? どうしたの、榊さん」

 

「いえ………なんでもないわ」

 

千鶴が黙りこむ。代わりにと、隣に居た晴子が話題を繋げた。

 

「総合順位は低かったけど、持久走に関しては流石だよね。私も自信があったんだけど」

 

「うん………あっちの訓練学校に入った当初は、いやっていうほど走らされたから。それでも御剣さんに負けて2位だったけど。それにしてもすごいよね、家でトレーニングでもしてたの?」

 

純夏は純粋な疑問から言葉を発したが、直後に固まった場の空気に、えっと驚きの声を上げた。何かおかしい事を言っただろうかと焦る。

 

冥夜は、泰然とした様子で頷くと、訓練はしていたと答えた。

 

「備えあれば憂いなし。師からは何事にも大成するには時間がかかると教わった故な」

 

「あ、そうだよね。積み重ねって大事だよね。あっちの学校でも、努力しない子とかすぐに成績落ちちゃって」

 

「………鑑の学校は志願制と聞いたが」

 

志願したのに、どうして怠けるのか。理解できないといった風に悩む冥夜に、純夏は苦笑しながら答えた。

 

「それはそうなんだけど、“こんなにキツいとは思ってなかったー”って。私達は子供なのに、とか言って愚痴ってもいた。教官は教官で“第二次成長期が終わっているならもう大人だろうが”とか変に怒鳴って。志願したのに腑抜けどもがーとか。連帯責任にもなるし、もう大変だったよ」

 

溜息混じりに語った内容は、軍人の世界にようやく足を踏み入れた少女達には興味深いもので。純夏はいつの間にかやって来ていた彩峰も含め、小隊の少女達からされた色々な質問に答えながらも、その指摘の鋭さからこの小隊のレベルの高さを痛感させられていた。

やがて話は具体的な方向へ移った。即ち、明日以降の訓練について。純夏は教官の言葉と以前に聞いたアドバイスから、ある程度の推測はついていたため、それを小隊の面々に聞かせた。

 

軍人は身体が資本で、体力が財産になる。逆に言えばそれが無い者は何事も成すことなく、地球の肥料になっていくだろうと。紫藤軍曹の知り合いも言っていたことだから間違いはないと思う、と。そう告げた純夏に、再び視線が集まった。

 

「えーっと………紫藤軍曹って紫藤軍曹よね」

 

「そうだけど」

 

「………ひょっとして紫藤軍曹とは知り合い、とか?」

 

「え、どうかな。前に面識はあったけど、直接的に知り合った訳じゃなくて」

 

京都で助けられた事はあっても、武という間を挟んでのことだ。純夏はそう答えたが、どよめきの声は大きくなった。

 

「知り合いって………いえ、それはいいわ。でも、紫藤樹って言えば」

 

千鶴の確認するかのように告げた言葉に、美琴が頷いた。

 

「うん。世界で唯一、戦術機でハイヴを落とした中隊の一人だよね」

 

「………被害も大きかったけど、戦術機で反応炉を破壊したのはマンダレーだけ」

 

「興奮したよね~。ニュースでハイヴ陥落の速報が流れた時は、嬉しさのあまりお姉ちゃんと抱き合っちゃったよ」

 

「わ、わたしも!」

 

「私も………って築地さん、どうして睨むのかな」

 

「それにしても、紫藤軍曹って噂通りだったね………美人っていうか。あれで髪伸ばされたら、勝てる自信ないよ」

 

「私は鑑さんの知人の方も気になるかなぁ」

 

有名人の話題に移ると、すぐに騒がしくなっていった。どういった知り合いか、聞かれた純夏は偽ることなく答えた。知り合いとは明星作戦で行方不明になった、隣の家に住んでいた幼なじみで、今も探していると。

 

「もう1年以上経つけど、きっと生きてる。そんな気がするんだ」

 

純夏は断言することで、質問をした高原の謝罪を拒絶した。謝られる理由こそがないんだと。

 

「それに、経験はあるんだ。あの時もMIA(戦時行方不明)になってたけど、帰って来てくれたし」

 

「……そうだな。案外、平気な顔して生きているのかもしれない」

 

「そうそう、一度あることは二度あるってね。案外近くに居るとか、あるかもしれないし」

 

「うん……ありがとう、御剣さん、柏木さん」

 

純夏は笑顔で礼を告げた。励ましの言葉もそうだが、明るくしてくれようという想いを感じ取ったからだ。再会できたら良いと、偽りなく思ってくれている。

 

だから、本気で答えた。主には次の日の訓練、その厳しさについて。ハイヴを落としたとなればトップクラスの衛士の。その精鋭が体力の重要度を理解していない筈がない。

 

あの言葉は脅しでもなんでもなく、ただの事実だ。純夏はそう告げた後、顔を少し青ざめさせると、動揺している207小隊の全員に教えた。

 

――明日から睡眠時間がどんなものより至福な一時になる、苦痛の日々が始まると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女達が悲嘆を抱いたまま床についた日の、夜半過ぎ。横浜基地の廊下で響く足音があった。手には荷物を持っているため、やや不規則なリズムで。それが、唐突に止まった。周囲に人影はなく、漂うのは夜の静寂だけ。それを破るようにして、声が発せられた。

 

「………来るとは思っていたが、早いな」

 

「―――惚けた事を言うな」

 

樹は廊下の向こう、暗がりの中から現れる姿を見て溜息をついた。緑色の美しい長髪に、存在の苛烈さを主張する赤色の服。斯衛として見紛うことはない、月詠の名を冠する者でしかあり得なかった。

 

「それで? 何か御用ですか、月詠真那殿」

 

「くどい。惚けるなと言ったぞ、紫藤樹」

 

互いに階級では呼ばないまま、二人は対峙した。家格に関しては真那の方が上だが、戦歴と階級は樹の方が上だ。どちらの立場が優っているとは、簡単に言えない関係となる。樹は敬語で話すか迷ったが、どうにもその気になれないと普通に話すことにした。その態度を察したからか、真那が纏う雰囲気も厳しいものになる。

 

どちらも目を逸らさない。直後に走ったのはむき出しの導火線のような視線がぶつかりあう光景。火気でも起これば爆発してしまいかねないと錯覚するほどに、こめられた感情は濃く。軍人でも若干の息苦しさを覚えるような。

 

樹はそれさえも煩わしそうに振り切ると、何でもないように問いを返した。

 

「至極真面目に答えるんだが、心当たりがない。どういった意図で問いかけられているのか、皆目見当もつかない」

 

「……207B分隊の事だ。どうして神宮司まりもではなく貴様が教官に収まっている」

 

埒が明かないと真那が告げた内容に、「やはりか」と樹は内心で溜息をついた。教官を引き受けるより以前に、予想していた事だった。それでも推測が当たったと喜んでいられる余裕はない。真那の重心がほんの少しだが前に傾いているのに気づいたからだ。樹は万が一に備えて警戒を強めた。戦術機ならばともなく、白兵戦で真那を上回る自信がなかった。誘いかもしれないが、迂闊に動けばどうなるか分からない。まさか仕掛けてくるとも思えないが、世の中には想定外のことなどいくらでもある。非常事態に備えるのは、樹の癖のようなものだった。

 

動揺はしていなかった。斯衛から出す人質について、以前より話だけはあった。月詠も横浜の真意を掴むべく、調査していた事も知っていた。それこそ魔女と呼ばれる横浜基地の主から、所属する部隊の教官まで。

 

樹は一連の事に真那が違和感を覚えると同時に、こうして自分の元にやって来るというのは予想していた。当初の4月入隊から3ヶ月も入隊が早まったことに反発心を抱くか、看過できないと問い詰めてくるか。

 

(矛先がこちらに向くようにしたが……正解だったな)

 

斯衛の事情で外に迷惑をかけるのも好ましくない。一方で樹は面倒くさいと思ってもいたが、内心に押し殺した。予め決めていた通り、隠避すべき所以外は素直に答えていった。まりもが特殊な訓練に入るため、小隊を分けたこと。入学が早まったのは、自分の意向ではないことも。

 

「つまり、貴様の差金ではないと?」

 

「そんな力は持っていない。横浜も、冥夜様をどうこうするつもりはないだろう。この重要な時期に他勢力を刺激する理由はない。あくまで偶然だ」

 

「……偶然、か。便利な言葉だ」

 

真那は視線を外さないまま、口を閉ざした。行動を見れば怪しいことこの上ないが、明確な根拠も何も持っていない状況で、これ以上の追求はできないと判断したからだ。それでも油断ができない相手ではある。何より、気にかかることもあった。

 

「偶然の言葉だけで片付けられるのは、あくまで一つの事象に対してのみだ……B分隊に急遽入隊が決まった人物。彼女は、どういった意図で呼び寄せられた」

 

「質問は明確にして欲しいな。何のことを指している」

 

「……鑑純夏。彼女が、どうして冥夜様と同じ隊に配属される」

 

真那の問いに、樹は溜息と共に答えた。

 

「他意はない。安全を確保するため、一つ所にまとめたかったからだ」

 

「なんだと?」

 

「誤解されたくないから言うが、俺一人の意向じゃない。部分的には含まれるがな……彼女には死んで欲しくないと思っている者は、そう少なくない」

 

白銀武という人物を知っている。あの少年が日本に残してきた、守るべき対象として想っていた少女を死なせるつもりはない。樹はもっともらしく告げた。

 

付け入る隙がある論拠だった。公私混同も甚だしいと言われたらそれまで。だが、煌武院の家臣である者達は鑑純夏を邪険に扱うことなどできなかった。

 

京都で巻き込んでしまった過去があるからだ。斯衛がしでかした所行の詳細を知る者ならば、ただの民間人である彼女をまた理由もなく陥れるなど、あってはならないと考える。真那も例外ではない。だが、何よりも優先されるべきは冥夜の安全だ。樹の言葉が真実である証拠もない。それでも答えは出ないと迷う真那に、樹は溜息と共に告げた。

 

「なら、疑わしきは罰するか――国外へ追い出すか? 10やそこらの少年を地獄に追いやった時のように」

 

「……っ」

 

言葉に返ってきたのは、沈痛な息遣いだけ。言い訳も、弁解の言葉も返ってこない様子を見た樹は、真那に少しだが同情していた。

 

何もかもが偶然だった。彼女が行ったのは間違いではない。あの状況で目撃者の報告を行わないなど、その方が傍役失格だ。だがそれで真那が得たのは主の安全だけではなく、暗く重たいもので構成された悔恨と決意。

 

樹も武が国外へ追い出された時の経緯は聞いていた。あの日の横浜の公園での出来事を教えられてから、聞きまわったのだ。内容は白銀武の実質的な国外追放と暗殺について。

 

双子の存在を知られたと報告を上げたのが、月詠真那だということも知った。だが手はずを整えた上で行動を起こしたのは別の武家の者達だとも聞いた。

 

責任の所在はどこに問われるべきか。結論は出なかったが、樹は真那を恨むつもりはなかった。まさか偶然会った少年が風守の隠し子だったとは思えないだろうと。

 

「何もかもが今更だ。責めるつもりはないが……鑑純夏に手を出すなら別だ。その時は、全力で事に当たらせてもらう」

 

「何のためにだ」

 

「……耳にした言葉があるからだ」

 

樹は真那に告げた。

 

――バングラデシュ攻防戦で傷を負った武がうわ言のようにつぶやいていた言葉を。

 

「“純夏”、“純奈母さん”、“あいつらに喰われたくない”、あとは何だったか」

 

「……純奈とは、鑑純夏の母親の事か」

 

「あいつにとっては母代わりだったらしい。彼女たちを失いたくないと、10やそこらのガキが最前線でずっと戦い続けた挙句に、マンダレーまで乗り越えた……これ以上は言わん」

 

ただ、純夏に何かすれば斑鳩とも揉めることになると付け加えただけ。冥夜に関しても、教官以上の事をするつもりはないと樹は答えた。

 

そこでようやくだが、真那の重心が前から後ろに移った事に気づいた樹は、内心で安堵の息を吐いた。理性的に落ち着いた話が出来る状況になったと、教官職に就いた理由も説明した。

 

B分隊は特別であり、それを周知するために特別な教官になったこと。集められた理由を知っているのは冥夜のみ。千鶴他の訓練生には表立っては自分たちが人質であると知らされていない。

 

それとなく察しているかもしれないが、その疑念を深めるため。樹にとって最も困り回避したい事態とは、基礎訓練が終わるまでに彼女達自身が自らの境遇を知った上で、開き直られることだ。

 

一方で、特別扱いされているB分隊を目の当たりにしたA分隊に、対抗心を持たせるようにしたという意図もある。競争心を助長する意味でも、小隊内に少し偏りを生じさせた方が良いというのは、樹の持論だった。経験したことでもある。

 

まだF-5に乗っていた頃の話だった。どう考えても限界だった自分たちより先に、状態の良い機体が他所に流れたことを知った時、中隊の全員が一つになったのだ。即ち、“絶対にあの部隊にだけは負けたくない”と。

 

「それだけ……本格的に鍛えるつもりか」

 

「手を抜くつもりはない。誰であれ、鍛えて置いた方がいい……これから先、どうなるかはこちらにも分からないからな」

 

はっきりしているのは鬼も泣く程の苦境が待っている事だけ。ならば、不透明な未来を走り抜けられるだけの体力を。樹はまりもと協力して、脱落者が出ないギリギリのラインで、207小隊の全員を徹底的に苛め抜くつもりだった。背景、立場や性格の不一致など、気にかける余裕もないぐらいに。

 

「分かっているとは思うが、訓練中に“区別”するのは不可能だ――冥夜様がグラウンドで嘔吐しても手は出すなと、後ろの3人にも伝えておいてくれ」

 

樹は告げるだけ告げて、その場を去っていった。

 

真那はそれを見送った後に、気づかれていたか、と小さく息を吐いた。

 

吐かれた息は気温差により白く、儚く消えていった。

 

 

――2001年。世界情勢が劇的に動いた、動乱の12ヶ月。

 

その渦中となる横浜基地で表と裏の両方が本格的に動き始めた、1月のことだった。

 

 

 

 




高原と麻倉は、原作では苗字だけ登場。クーデター時に戦死?

207小隊、濃い面子ですが、流石に初対面では牽制しあってるもよう。

本当の地獄はこれからだ………!

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