Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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13話 : 千尋の峡谷から

白銀武は思う。状況というものを考える。

 

空気のように、常に周囲について回る。時には選択を強いてくる事がある。個人が選ぶことなどできない。逃げきれるものではない。逆らっても無駄だ。滅ぼせる類のものではない。まるで、それが絶対であるかのように、いつまでも世の中を占領していく。人の意志など、関係ないと言わんばかりに。大げさに言えば、状況こそが世界とも言えた。

 

「だが」

 

声を発したのは、紫藤樹だ。かつてない悲しそうな表情で、聞いた。

 

「本当に、それでいいのか?」

 

質問は率直なもので。故に武も、率直に、苦笑しながら答えた。

 

「良いも悪いもない。他に方法もないのなら、さ」

 

残ったのがたった一つの冴えたやり方だと、武は冗談混じりに答えた。

 

 

「……状況が……時間が許せばもっと違う方法も取れた。だけど、ダメだった。なら――――これが世界の選択ってやつだろう」

 

 

何かを決意した少年は、悲嘆の色を胸中に秘めながら、そう笑ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

窓の外には橙色の空が。逢魔が時に、夕焼けが落ちていく。千鶴は横浜に帰る船の中からその光景を眺めていた。何も考えられないままに。気の重さに、思考能力の全てを奪われたかのように。

 

千鶴は、何もかも冗談だと思いたかった。先週に教官の二人から告げられた内容に関しても、最初は冗談の類だと思っていた。

 

夏に行われる予定だった総合戦闘技術評価演習を、来週に行うという。二人の教官から言われたその内容が時期を早めるという事だけなら、何とか心の落とし所を見つけられた。だが、付け足された内容は到底頷けるものではなかった。演習は来週が終わってしばらく行われない、少なくとも年内にはその予定はないなどと。

 

前言を翻すも甚だしい。不合格になれば、一年以上も訓練兵として扱われるのか。当然、千鶴達は質問を重ねた。前もって発言を許されていたからだ。それでも、返ってきた言葉は「状況が変わった」といった類のものばかり。二度、三度繰り返した後に、千鶴は隣から小さく息を吐く音が聞こえた。

 

分かりました、と。声の主はA分隊を任されている涼宮茜のものだった。千鶴は茜の落ち着いた表情、そしてA分隊の表情を見て驚いた。

 

理不尽だけど、仕方がない。諦めるような、何かを覚悟したかのような。こんなに理不尽な事を、どうしてあんなに短時間で。千鶴は後で茜に問いただした時に返ってきた言葉を反芻した。

 

――――だって、今はそういう時代だから。

 

諦観ではない。反発心ともまた違う。恐怖が無い筈もない。千鶴が茜の言葉とA分隊の様子を見て思った事だ。そして、胸の奥に刺さるものがあった。A分隊の隊員が、茜を見た後に、姿勢を正した光景を目の当たりにした後に。

 

焦燥感。抱いたものを正確に表せば、そのような三文字になるのだろう。もっと早くに突き詰めるべきだった。もしその源が何であるのかを考えていたら、きっと演習には合格できていた。そんな感触がどこかにあった。だが、現実はどうか。千鶴はB分隊が置かれた状況を振り返ると、瞼を強く閉じた。

 

目に飛び込んで来る光からも逃げたかった。それでも、暗闇の中で浮かんでくるのは、演習で不合格になった時の、決定的な光景だった。

 

ダミーの地雷が炸裂した時の爆竹のような音と、白い煙と、それに包まれ呆然としている自分。千鶴は、それに紛れたかった。

 

―――最終の到達地点まであと少しだが、時間制限に余裕が無い状況。

 

―――全員が到達すれば合格。だが、ルートは2つ。安全だと思われる迂回路と、直進するルート。

 

―――隊員から提案されたルートは迂回路。直進する方の道を見た鎧衣が、このルートは地雷原になっていると思う、という意見が出たから。

 

だが、明確な根拠は無かった。強いて言えば勘だという。千鶴はその時、隊員の顔を見回して決めた。疲労困憊な状況で迂回路を選択しても、時間までに辿り着ける可能性は低いこと。迂回路にも何かトラップが仕掛けられていたら、状況的に詰んでしまうこと。

 

(だから、私は直進する道の方を選択した。原則で言えば、それが最善だと判断したから……だけど、結果は)

 

無根拠な意見を隊の方針に反映させるのは危険に過ぎる。定石で言えば、辿り着ける可能性の方が高い直進ルートを選ぶべきだ。反対意見は多かった。その中で、最終的に選択したのは“定石に拘り過ぎている”という声があったからだ。

 

言ったのは彩峰慧。臨機応変って言葉を知っているか。遠回しに告げられた言葉に、千鶴は反発するように隊の方針を告げた。唯一冷静に、鎧衣の勘に対する実績と、直進ルートの危険性と、迂回路の存在を元に意見をしてきた御剣冥夜の言葉に頷かずに。

 

その結果が、地雷原に突っ込んでの擬似的な爆死だった。即座に全員が死亡判定を受けてしまったのだ。誰が発しただろう泣き声も、膝から崩れ落ちる音も、歯を軋ませる音も、全てを遠く感じながら、千鶴は俯き立ちすくむことしかできなかった。

 

(……無様、ね)

 

千鶴はゆっくりと瞼を開けた。窓の外は日が落ちたせいで、暗くなっていた。目に飛び込んでくるのは仄暗い海と空だけ。それを眺めながら、何が悪かったのか、千鶴はぼうっと考えていた。混乱しているせいで、明確な思考ができない。そんな中で浮かんだのは、ある人物が苦笑混じりに告げた言葉だった。

 

発言者は金髪をしていた。その発言をされた時、軽薄そうな表情が少し変わった事もあったが故、千鶴ははっきりと覚えていた。

 

(――――自分の信じる“正しい”が、いつも最善の状況を導き出せるとは限らない)

 

ならばどうすれば良いのか。質問をした千鶴に、答える声は無責任なものだった。だが、千鶴をして否定できない内容だった。そんな絶対的に正しいやり方があるなら、誰もがそれを実践していると。

 

銃を扱うことと、人を扱うことはまるで違う。冗談めかしたその言葉が、千鶴の中の何かを揺さぶっていた。誰かと何かを話せば、その原因と解決策が浮かぶかもしれない。

 

そう思いながらも、千鶴はその場に座り続けた。船はそう広くない。隣を向くだけで、B分隊の誰かの姿を確認することができるだろう。それでも千鶴にとってはその距離が、行動が、自分からとても遠いもののように思えていた。

 

だから、酷く驚いた。甲板から戻ったのだろう人物が、自分の隣に座ったことに。赤い髪を持つ、鎧衣と並ぶB分隊のムードメーカーで、士気高揚役で、気兼ねなく会話する事ができる相手は―――鑑純夏は、静かに告げた。

 

横浜に戻ってすぐ、B分隊の皆で一度話し合いたいことがあると。それは、いつになく真剣な声色だった。

 

それでも千鶴は、純夏の提案に最後まで頷かないまま、窓の外に広がる闇を眺め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

基地に帰ってすぐに、試験の合否を伝える機会が設けられた。事前に合格条件が伝えられているとはいえ、正式に通達する場は略式でも必要だからだ。

 

207B分隊は、全員が沈痛な面持ちをしていた。通達する者の中に、教官だけではない、金髪の訓練兵モドキが混じっていても、気にする余裕もなかった。先に告げられた内容が事実なら、自分たちは最低でもあと七ヶ月を訓練兵のまま過ごさなければならない。色々とおかしい点がある事に気づいている者も居たが、発言できるような状況ではなかった。立場、場の空気がそれを許さなかった。

 

――ただの一人を除いては。

 

「教官と……そこの人に、確認したい事があります。よろしいでしょうか」

 

「…………鑑訓練兵。発言を許した覚えはないが」

 

「じゃあ、殴られても構いません。聞きたい事は一つです」

 

純夏の全身は、緊張に震えていた。樹からの声色が咎めるものから怒りを帯びたものになったのも原因だが、それだけではない。まるで、底すら見えない崖に飛び込むような。それでも赤色の瞳は、真っ直ぐに樹と、その隣に居る者に向けられた。

 

「私達B分隊だけが不合格になる。教官達は、それを分かっていたんですよね? ………私達を任官させないために」

 

「っ、鑑!」

 

「だってそうじゃないですか! どう考えてもおかしいもん! どうして榊さんも私も、帝国軍に志願したのに、国連軍に居るの!?」

 

純夏の発言に、榊がぎょっとなった。慧が驚き、壬姫と美琴がえっ、と呟いた。

 

「私を陸軍から呼び戻したのは、戦わせないため………死なせないため! ううん、きっとB分隊の全員が………!」

 

純夏はそこで言葉に詰まった。それ以上話せることは無かった。推測できたのは目的だけだからだ。だが、そこに続く言葉があった。

 

「………斯衛、いや将軍家。帝国陸軍、内閣、国連」

 

「不自然だとは思っていたけど………でも、鎧衣は」

 

慧と千鶴の言葉を聞いた純夏は、美琴に質問をした。

 

「鎧衣さんのお父さんって、もしかしてトレンチコートを着た人?」

 

「えっ。そうだけど……」

 

「じゃあ、情報省関連の人だと思う。私が京都に行った時に……ううん、おびき寄せられた時に、会ったもん。そうだよね――――武ちゃん」

 

純夏が、B分隊の全員の視線が金髪に集中した。張り詰めた空間に、沈黙が満ちる。

 

1秒、2秒、3秒。やがてため息とともに、言葉が吐き出された。

 

「………まあ、そう来るかもしれないとは思っていたけどな」

 

武は、金髪のカツラを脱ぎながら告げた。

 

「念のため、この部屋を選んでおいて正解だったぜ……改めて自己紹介する。白銀武だ。まあ、誰だお前って感じだと思うけどな」

 

何が起きているのか分からないという面々。そんな中で冥夜だけが、別の驚愕の色を表情に浮かべていた。

 

「………其方は」

 

「久しぶりって事になるのかな。まあ、一度会ったきりだけど、覚えててくれてるとは思わなかった」

 

その言葉だけは誇張ぬきなもので。

 

そこから、武は表情を変えた。同時に、純夏に対して見せたことのない視線を向けた。

 

「そういう所があるから、任官して欲しく無いんだよ。軍人の原則はNeed to knowだ。お前みたいに、無差別に情報をばらまかれたらたまったモンじゃない」

 

敢えて言うけどな、と武は渋面のまま告げた。

 

「この基地にも米国の諜報員が居る。そいつらに情報漏らしたら、大勢の人が死んでたぞ。最悪は数百人って規模でな。そうなったらだ、純夏。その人達はお前が殺したも同然になる」

 

「………え」

 

「言っておくけど、控えめに表現しているからな」

 

武は念押した。2度、同じような事があれば、数百人では収まらない。だから、努めて強い口調で告げた。

 

「情報は階級ごとに制限がかかる。末端の兵士までが重要な情報を知る必要はない。何故かって? 情報の流出は取り返しのつかない事態を呼び起こすからだ。お前が持っている情報は例外も例外の特例だ。だからこそ、公開するべきじゃなかった。お前が軍人に向いていないって言ったのは、単純な運動神経とかじゃない。衝動的に感情で動く所があるからだ」

 

そして、と武はB分隊の面々を見回した。

 

「まあ……こうなったからには色々と言わんと納得できんだろうな。演習については純夏の推測が……当たっている部分もあるな。B分隊は合格できない。そう判断したからこそ、演習を行ったというのは事実だが」

 

A分隊は合格できると思っていたからな、という武の声に冥夜が反応した。

 

「それは……私達が各組織から送られた人質であるが故にか」

 

「そうだ。任官するなら、戦場に。そこで人質を死なせて良い筈がないだろう」

 

「じゃあ……私達が死ぬ気でやって来た事も?」

 

千鶴の声は震えていた。悲しみではなく、怒りで。他の5人も同様だ。あれだけの訓練を強いておいて、最終的に任官させるつもりがないなどと。

 

「人を……私達を何だと思ってるの!? 一生訓練兵でもやっていろって事!? こんな、こんな馬鹿な話なんてない!」

 

「い、いくらなんでも理不尽過ぎます………!」

 

千鶴に壬姫が声を荒げた。発言をしていない者達も同じか、それ以上の怒りを表情に乗せていた。

 

武はそれを見て、一瞬だけ躊躇した。それでも瞬きの程の時間の後に、戻れない橋を渡ることを選んだ。意を決して―――表情を、嘲笑の色に変えた。

 

「本望、だろ? 危ない危ない戦場に行かずに済む」

 

良かったな、と武は言った。

 

「嫌なら、帰ればいい。甘えればいい。そら、喜んだらどうだ? ――お家の中ならパパが守ってくれるじゃないか」

 

瞬間、場に満ちたのは殺気だった。ただの一人の例外もなかった。それだけの、これまでの努力の全てを否定する侮辱の言葉だった。武はその殺気の全てを飲み込み、鼻で笑って切って捨てた。

 

「おかしいなら反論して見せろよ。A分隊は合格した。同じ時間、同じような密度の訓練を乗り越えたあいつらは危なげなく合格した。だけど、お前たちは落ちた。個々の素質なら上回っているというのにな」

 

「っ、貴方は………貴方は私達が怠けていたとでも、そう言いたいの!? 戦場に出たくないからって!」

 

「経緯は知らん。興味もない。軍においては結果が全てだ」

 

武は千鶴の怒声をあっさり切り捨てると、B分隊の面々を見渡した。

 

「榊千鶴。規律に厳格で、軍人然とした所はいい。定石を重んじるのも結構だ。ああ、父親とは違う道を選んでるんだよな」

 

「な、っ………!」

 

「そうだよなあ。他国の事例を考えて見ればなあ。九州にBETAが上陸する前に、西日本の民間人は避難させるべきだった。それを無視した結果、何人死んだんだか」

 

「し……あ、貴方が何を知っているの!」

 

「知らんよ。知ってるのは無様な分隊長様の姿だ。定石を使うんじゃなくて定石に使われてる間抜けな指揮官様のお姿だけだ」

 

武の率直かつ心を抉る指摘に、千鶴が一瞬だけ言葉に詰まった。その隙を逃さず、武は更に嘲笑を叩きつけた。

 

「オヤジさんがお前を徴兵免除したのは正しかったな。間違っても任官しちゃダメなタイプだ。もしお前が指揮官だったら、俺は迷いなく後ろから撃つぞ」

 

殺気さえも孕んだ言葉に、千鶴は衝撃を受けた。言い返そうにも、厳然たる結果がある手前、何も言えなかった。そして叩きつけられた言葉の強烈さのあまり、瞳に涙が滲んだ。

「で、硬いお嬢さんはお引き取り願うとして……その喧嘩相手もだな。敵前逃亡した中将閣下の娘さんだっけ?」

 

「………っ」

 

黙りこむ慧。武は、その耐えている足場を根本から崩す言葉を伝えた。

 

「……“人は国のために成すべきことを成すべきである。そして国は人のために成すべきことを成すべきである”。良い言葉だよな――肝心の中将閣下が体現できてないのを考えると、一気にうさんくさくなるが」

 

武はあざ笑うと、手で自分の首を叩いた。それを見た慧は、弾かれたように武に向かって駆けた。表情に大きな揺らぎは生じなかったが、発せられるそれは修羅の怒面もかくやというほどの。最短で最速、一直線に武に飛び掛かったが、瞬時に関節を極められねじ伏せられた。

 

「く……あ……っ!」

 

「暴れると折れるぞ……で、分かっただろ? 単独じゃこんなもんだ。俺一人倒せない。でも、6人で掛かってくれば、結果は逆になっていただろうけどな」

 

武の言葉に、慧は頷かない。ただ頭だけをよじり、憎悪のままに武を睨んだ。武はそれさえも無視して――ほんの一瞬だけ動揺するも――冥夜達の方を見た。

 

「止める暇も無かった、って所だな。予想していなかったか。207じゃ一番の激情家だってのに」

 

「は、なせ………っ!」

 

「誰が離すか。で、この機会に是非にでも聞きたいんだが……どうしてお前は好き勝手に単独で勝手に動くんだ? 臨機応変は良い。定石ばかりを主張する間抜けよりはな。でも、隊の方針を無視して単独で臨機応変に動いた奴の末路を知ってるか? 誰かを巻き込んでの盛大な自爆だ。そういう奴を無謀で無能なクソ馬鹿というんだよ」

 

武はそのまま、美琴と壬姫を見た。

 

「最後の地点でどういった選択肢を取るのか、見てないけど予想はできる。大方、直進するか迂回路で行くかでこいつと分隊長が揉めたんだろ。で、その時お前らは何をしてた?」

 

言葉に詰まる二人。すかさず、武は睨みつけた。壬姫は経緯を簡単に説明した。それを聞いた武は、深い溜息をついた。わざとらしく、小馬鹿にした風に。

 

「……協調性を重んじるのは良い。隊の運営には必要なことだ。でも、無茶を諌めるのも部下の役目だ。まあ、仲良くお手を繋いで谷底に飛び込みたいってんなら止めないがな」

 

はっ、と鼻で笑った。

 

「踏ん切りが付かない。勇気がない。いざという時にあがって、何もできなくなる。それは弱点だ。断言してもいい。いつか……その弱さが、仲間を殺す。まあ、決断のし過ぎも程があると思うが」

 

「な、にを……何を言いたいんですか」

 

「横浜をG弾で蹂躙したのは米国だけど、横浜を取ったのは国連だ。その国連事務次官がここ横浜に居る。さあ、どんな皮肉だと思ってな」

 

「パ、パパの事を悪く言わないで! それに、明星作戦の時は……」

 

「ああ、証拠不十分だからこれ以上は言わんけどな。でも、まあ、ここ横浜は俺の故郷だから」

 

嫌味の一つでも言ってやりたかったと、武は言う。

 

「で、鎧衣。お前、どうして自分の勘が正しい事を最後まで主張しなかった?」

 

「それは……根拠が無い、という千鶴さんの意見も正しかったから」

 

「いや、馬鹿か、よりにもよってそこで主張を折り曲げてどうする。そんな反論された程度ですぐに諦めるような中途半端な意見なら、始めっから言うな。そこで自分の意見を曲げるから、事態が余計に悪化するんだ。それに……石を投げるなり、創意工夫の余地はあっただろうが。無駄にして終わらせんな。お前の勘が信頼されてたんなら、誇れ。そして責任を持って貫き通せ」

 

他の奴らも認めてる長所を自分で殺すどころか他人の命まで奪うなよ、と。武の意見に、美琴は俯いたまま何も言えなくなった。

 

「まあ、隊全体に問題があるからこそだがな……」

 

そして、冥夜の方に視線を向けた。冥夜は、怒っていた。だが怒りに振り回されているのではなく、指向性を持った怒気を武に向けていた。

 

「……其方は語ったな。地球と全人類を守る事が目標だと。あれは、嘘だったのか?」

 

「嘘な筈があるか。だからこそに決まってんだろ」

 

武は逆に、冥夜を睨み返しながら答えた。

 

「軍隊の強みは数だ。個人じゃできないから組織がある。その中で最も扱いづらいのは、隊として成っちゃいない無能だ。最前線で防衛ラインを構築する衛士なら、余計にな」

 

どうして、強引にでもまとめようとしなかった。武はそういい捨てた。

 

「怠惰は罪だ。少なくとも戦場にとってはな。修正すべき点を放置するから、こういう事になる」

 

「……故に私達がこのまま任官すれば、その防衛ラインの穴となる。其方はそれを確信しているのか」

 

「事実、そうだろう。今なら、あれだ。笑うしかないぜ。あの時語ったお前の夢を、心の底から嗤ってやれる」

 

武の言葉に、冥夜が言葉に詰まった。その様子を無視して――絞りだすように――武は告げた。

 

「定石ばかりで人を見てねえ隊長。相談なしに単独で動く協調性のない猪。上っ面の関係が好きで、あがり症な狙撃手。長所を自分で殺す間抜け。情報の重要さを認識してない馬鹿。身の丈に合わない夢を追ってる、口だけの落ち武者」

 

まとめるとこんなもんか、と。武はまとめて見下すように、言った。

 

「お前ら、戦場に来んな。お前らのせいで仲間が死ぬ。その後ろに居る民間人もな」

 

武の言葉に、黙っていた慧が反論した。

 

「っ……その道を阻んでいるのは、お前の」

 

武はそれさえも嘲笑した。何も答えず、慧を離すと樹の方に視線を向けた。

 

「――大した教官殿だな。流石は斯衛を出奔した問題児。こういうのを、類が友を呼ぶって言うんだよな?」

 

「……そうかもしれませんね」

 

「肯定すんなよ。あー、無駄な時間だった。じゃあな、後は頼んだぜ無能教官。俺は忙しいんでな」

 

武は樹の肩をぞんざいに叩くと、その場を去っていった。その背中を、誰も呼び止めることができなかった。

 

その気力さえ奪われていた。言葉は最悪、人を殺す刃にもなる。遠慮なく心の表面から底までを抉られた207B分隊は、立っているだけで精一杯になっていた。

 

人格を否定するかのような。家族にまで言及され。それでも怒りだけに染まらないのは、自分たちの不甲斐なさを実感したからだ。指摘された内容は、それぞれに覚えがあるものだった。仲間を殺すなら戦場に来るな、という言葉も正しいように思える。教官である樹が罵倒されたのも、堪えていた。

 

やがて、1分が経過し。絞りだすように、千鶴が呟いた。

 

「でも………どうして、なんであそこまで言われなくちゃ……っ!」

 

家族にまで言及するのは、反則だ。変な所もあるし、悪意さえ感じる。好き勝手言うにも程がある。千鶴の言葉に対し、壬姫が頷いた。だが、それを否定する者が居た。他ならぬB分隊の教官である紫藤樹だ。

 

樹は、事実だけを語った。時に厳しい軍隊では、人格を否定する言葉を吐く教官はざらに居ると。そうして反骨心を煽りつつやる気を引き出し、甘えを消していくのだと。それは、一種の洗脳に似ている。それでも必要な処置だと、割り切っている軍も多いのが現実だった。

 

「でも……教官がそうなさらなかったのは、どうしてですか?」

 

「一応は連携が取れている。そう告げたが、白銀は逆の感想を持っていたそうだ。窮地になればボロが出ると。事実、そうなった」

 

樹は言っておくが、と言葉を続けた。

 

「任官を止める云々は事実じゃない。相応しい実力があれば、任官は認められる筈だった……そのための演習だ」

 

「……元より人質が目的であれば、ですか」

 

最善は演習にさえ参加させない、という方法がある。むしろ、演習を受けさせる方に問題があると言えた。

 

「そうだ。だが、急いだ結果がこれだ。これは無能と言われても仕方がない」

 

樹の言葉に、千鶴達は痛みを感じる表情のまま黙りこんだ。自分たちを信じてくれた教官の面子さえも潰したのだと、改めて自覚をしていた。

 

合格すれば認められていた、という事実にも叩きのめされていた。結果が全てだと言う言葉に偽りなどなかったのだ。結局の所は自分たちの力不足に集約される事になる。

 

ようするに、自分たちが甘かったのだ。その甘えが、家族への暴言に対して反論を行う余地を消し去ることになった。

 

それでも、あのような暴言を認められる筈がない。特に家族の元へ帰れば、という発言は訓練兵として鍛えてきた自分たちを頭から否定するものだ。思い出した全員が、怒り心頭とばかりに顔を顰めさせた。騙されていた、という事実が更に怒りの感情を増幅させていた。そこでふと、冥夜が純夏の方を見た。

 

「そういえば、知り合いだったそうだな。以前に本人から少しだけ聞いたことがあるが」

 

「え……うん」

 

「良い、どのような関係かは問わん」

 

「……でも、御剣さんも知り合いって聞いたけど、何時武ちゃんと会ったの?」

 

「ずっと前だ。まだ子供だった頃にな」

 

まさか姉上と一緒にな、とは言えず冥夜が黙りこんだ。純夏はなけなしの記憶力を総動員して、気づいた。自分が風邪になっていた頃、公園で変な双子と緑色の髪を持つ鬼婆に遭遇してえらいめにあった、と疲れた表情をする武の姿を。

 

「戦死した、と風の噂に聞いたのだがな」

 

「あ……うん。その時は私も泣いちゃって。でも、生きてたんだ」

 

「……そうか」

 

良かったとも何ともいえない。冥夜の胸中はかつてない程に複雑になっていた。先日の会話と、たった今告げられた内容が錯綜していたからだ。夢を笑われた事も相まって、表面上は落ち着いているものの、冥夜も他の5人と同じく、混乱していた。

 

だが、6人に共通している部分はあった。それを見た樹は全員を整列させた。反応が遅く、駆け足と怒鳴られつつも従った6人が、横一列に並んだ。樹は全員の顔を見回すと。満足そうに告げた。

 

「表情は、死んでいないか」

 

心が折れていたなら、ここで終わらせる手もあった。最悪はそうしようと、他ならぬ武から前もって言われていた事だ。だというのに、あれだけの事を言われてから10分足らずで復活するのは、並ではない。

 

(予想通り、か。そこまで理解しているが故に……)

 

樹は思う。短所は人の裏側。深く知らなければ、尽くを指摘することなどできない。興味のない人間であれば、あそこまで的確に心を抉る言葉は吐けないだろう。

 

――それも、感傷か。樹は葛藤を振りきって、告げた。

 

どうにか、207B分隊が任官できる道はあると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吐きそうな気分になるのは経験がある。そういった記憶には事欠かない。常には、誰かが死んだ後に抱くものだった。だが武は現在進行形で、人死にとはまた異なる最悪を知った。あれだけの言葉を思いつき、発することができる自分に呪いあれ。

 

考えつつも、発言したのは自分の意思だ。今更何をどうやって他人のせいにすると、荒んでいく心を自覚しつつも、歩は進んでいた。

 

付近に人影はいない。いつもは聞こえない足音まで、鼓膜の奥を響かせるような。その足音が唐突に止まった。武は苛立ちを心の中にひっこめると、努めて冷静に告げた。

 

「そこに居るのは分かってます……出てきて下さい、月詠中尉」

 

武は敬語で話しかけた。そして察していた通り、斯衛の赤を身に纏った女性が姿を表した。背後には同じく斯衛の、白の服を着た3人組が居た。共通点は少ない、特徴的な3人だ。共通しているのは背丈が低いことと、殺気を纏っていること。

 

(いや、中尉は隠しているだけか)

 

見るに、自分の素性が発覚している事は間違いなかった。そしてこのタイミングを思うに、先ほどまでの会話も漏れていた可能性がある。武はそこで自嘲した。それを望んだのは俺だろうに、と自らに苦笑しながら。

 

それでも、身体は骨の芯まで染み込んだ習性に従っていた。武は間合いの僅か外で立ち止まった。それを見た月詠が、重々しく問いかけた。

 

「……何をしている」

 

「見ての通り散歩です。他に何をしているように見えますよ、月詠さん?」

 

「……名を呼ぶ許しを与えた覚えはない。真耶は違うかもしれんがな、風守武」

 

「真耶さんにも許してもらった覚えはありませんよ。あと、俺は白銀武です。記憶障害ですか?」

 

挑発するような物言いになるも、武は止まらなかった。自己嫌悪を覚える自分に吐き気を抱くも、荒れている心は平常時とは程遠い。

 

「それで、何と呼べばいいんですか? 傍役殿か、あるいは鬼婆様が良いですかね」

 

「……顔色が優れないな。今の貴様は、随分と無様に見える」

 

それでも、と真那は武を見据えた。

 

「間違いではなさそうだな……」

 

重苦しい呟きに、3人の内の一人である茶色の髪を持つ少女、巴雪乃の同意の声が返された。真那は頷くと、信じられないとばかりに訝しい表情で告げた。

 

――――死人が何故ここに居るのか、と。

 

武は答えなかった。更なる追求の声が飛んだ。

 

国連軍のデータベースを改竄してまで潜り込んだ目的は何か、政府の管理情報にはしっかりと残っていると。

 

「何より……冥夜様に近づいた目的はなんですか」

 

神代巽が問いかける。武は記憶の底から彼女の名前を反芻すると、ふと気づいたように尋ねた。

 

「もしかして、神代曹長の親戚?」

 

「なっ……!?」

 

「フルネームは……神代乾三だったっけ」

 

懐かしいな、と言うも感情は灯らず。真那達は、より一層訝しげな表情を見せた。更に一歩進むと、強い口調で告げた。

 

「もう一度問う……何故、死人がここに居る。よりにもよって冥夜様に近づき、何を企んでいる」

 

「いえ、何も? ……と言っても、看過できる筈がありませんか」

 

武本人は気にしていないが、因縁があり過ぎる相手だ。そも、あの公園で起きた事が全ての発端だったとこじつける事ができるぐらいに。

 

主観的な言葉だけでは不足するか。そう判断した武は、端的に事実を並べた。

 

「何を企てるもありませんよ。客観的に見て、任官もしていない18歳が一人。殿下ほどには信望を集めていない。これで何かを企てるとでも?」

 

「……復讐、とも取ることができる。まさか、恨んで無い筈がないだろう」

 

「それはそっちの願望でしょうに。むしろ感謝していますよ」

 

武は本音で語ったが、素直には取られないだろうな、と思っていた。推測どおりに、真那達は退くつもりはないようだ。

 

「まあ、怪しむなと言う方が無茶でしょうけどね。せめて威圧的に出るのは勘弁して欲しいんですが」

 

武は自らの中に毒じみた感情が残っている事に気づいた。言葉の棘が止まらないと。一方で、真那達はそれを挑発と取ったのか、表情を更に険しくした。

 

「そもそも、あの爆発で生きているはずが……真那様」

 

「……控えろ、戎」

 

「しかし、冥夜様が」

 

「控えろと言った……2度は言わぬぞ」

 

真那の低い声に、金色の団子頭をした少女が雰囲気に圧されて下がった。そこでふと、武は真那の様子を観察した後、訝しんだ。重心に、物言い。それを思うに、どうにも力づくで強引に事を運ぶつもりは無いようだと気づいたからだ。

 

客観的に見て、武は自身の怪しさを自覚していた。特に冥夜にとっては超が付く危険人物になる。なのに、傍役である真那が武力行使に出ようとしないのは、あり得ないまでは行かなくても違和感を覚える光景だ。何らかの理由が無ければ、納得できないぐらいに。

 

尋問で済ませているには、何らかの背景があるかもしれない。ふと考えた武は、自分の背後関係を気にしているのか、と思いつき。あっ、と声を上げた後に尋ねた。

 

「もしかして、雨音さんか母さんから何か?」

 

武の言葉に、月詠は黙りこんだ。しかし、目を閉じつつも静かに答えた。

 

「先の件は誰にとっても不慮の出来事だった。本人が許している以上、責める責めないもない……ただし」

 

「……ただし?」

 

「月詠の家に対し、彼女達は宣告をした――――次は無いと」

 

真那の答えに、武は汗を流した。贔屓ではなく、風守光と風守雨音は思慮深い性格だ。無闇矢鱈に武力衝突を選ぶような者ではない。だからこそ、他者にとっては怖い部分がある。

 

そういった人物が譲れない一線を明示したこと。それは、決着がつくまで終わらない、徹底抗戦を選んでも守るものを相手に伝えるというもの。犯せば、あとは殲滅戦に等しい状況になる。虚偽なく、容赦なく、妥協なく“事”に当たるだろう。

 

(でも、それだけで月詠さんが退くか? 何か、違う原因が……)

 

どういった命令があれば、冥夜を守るためであっても、手荒な手段は控えようとするのか。その唯一に、武は冥夜以外でただ一人だけ、心当たりがあった。

 

確認と、脅しか。武は無理もないと、首を横に振った。そして、はっきりと否定する。今は冥夜に構っている余裕が無いことを。

 

客観的に伝えた。香月副司令の信任が厚い、斯衛にも多数のパイプがある自分が、どうして冥夜に近づいて何かを企もうとするのか。

 

「ましてや、あり得ないでしょう。ここには、純夏も居るんだから」

 

「……演習に挑ませたのは、そういった意図があっての事か」

 

「いえ、単純な力不足です。まさか帝国斯衛軍が分かっていない筈もないでしょうに」

 

あの隊を出せば多くが死ぬ。それを止めない方が衛士失格だ。当たり前のように語る武の言葉を、真那達は否定できなかった。

 

「あとは……俺は少し国外に出るので。いずれ分かるでしょうからここで言いますけど、目的地はユーコンです」

 

「ユーコン……アラスカの、っXFJ計画、不知火・弐型か」

 

「流石に耳が早い。知ってるでしょうけど、色々と身内の知り合いとか、俺自身にも知り合いが多いので」

 

訓練兵に構ってる余裕はない。かといって、207A分隊を遊ばせておくにも無駄が多すぎる。B分隊に今の状態で任官されるのも困る。故の判断だと、武は主張した。

 

月詠達はその主張を否定できる根拠は持っていなかった。追求するにも、背景を考えれば強引に問い詰める訳にもいかない。下手を打てば風守だけではなく、16大隊を敵に回すことになる。斑鳩臣下の内情に関しても、不透明な部分がある。そして斑鳩崇継は主君である煌武院悠陽を除けば、次期政威大将軍として最も相応しい人物とされていた。迂闊な行動が、何を呼び起こすのか分からない。赤の鬼神として憧れを抱いていた衛士も多く存在する。害せば、最悪は。そういったレベルで白銀武という名前は厄介だった。白の家格である神代、戎、巴は言うに及ばず、月詠としても慎重にならざるを得ないぐらいには。

 

武は月詠達の雰囲気と追求が来ない様子から、立ち去っても問題ないと判断した。静かに4人の隣をすり抜けていく。だが、すれ違って7歩。歩いた背中に、真那は問いかけた。

 

「……最後まで見届けないつもりか」

 

「それは……B分隊の事ですよね」

 

A分隊はつつがなく衛士になるだろう。素質があるし、風間祷子他3名を教導した経験とあちらの世界でのデータ収集から、新OSに適応する衛士を育てる方法もかなりのレベルになった。問題があるとすれば、挫折に打ちひしがれているB分隊。それも、演習不可とまで告げられたのだ。

 

その解決策はどういったものか。武は悩みながらも、フォロー出来る人物は多い方がいいか、と伝えることにした。

 

「今、あの分隊は初めて一つになりました。立場的にも、精神的にも」

 

とことんまでこき下ろされた。頭から馬鹿にされた。訓練兵として屈辱を受け、底の底まで叩き落とされた。そこで、共通して抱く思いが生じる。

 

外敵を前にしてようやく協力する国と同じくして。分かりやすく打倒すべき目標を見つけたのなら、あとはどこまで徹底的になれるかだ。そのために色々と撒き餌はしたと、武は言う。

 

「……そのために悪役を買って出た。鞭役は貴様で、紫藤が飴か」

 

「あるいは、守るものですかね。面子を潰した、って事に気付けない奴らじゃありませんから」

 

そして神宮司まりもではなく、紫藤樹のみが可能とする手がある。

 

基礎教習はそのままに。次の応用課程では、あちらの世界で組んだプログラムを。このレベルをクリアして、最終試験に合格すれば衛士になる事を許される。色々と前例や規則を無視したものだが、紫藤樹ならば、大きな違和感なく事態を収められる。

 

―――この条件をクリアできれば、任官を認めるという言葉に説得力が生まれるのだ。

 

「……ちなみに、その最終試験とは?」

 

「不知火に乗った俺を撃ち落とすこと――――それだけです」

 

本当に後が無いと言った状況ならば、と武は言う。そして最後にやる気を引き出すための仕上げがあるので、と。

 

武は努めて背筋を伸ばしながら、その場を去ろうとした。

 

その背中に、最後だと質問がかけられた。

 

「どうして……207の事を、そこまで気にかける? どうして、殿下に自身の生存を伝えない」

 

意図が不明だ。利用しないというのなら、こうまで深く関わるのは不可解に過ぎた。殿下からも、旧知の仲だったと聞いたことがある。真那はこれまで入手した情報から、少なくとも斑鳩家とその臣下が、白銀武の生存を知っていることを確信していた。

 

なのに殿下にだけは会わない理由は、と。

 

武はその問いを聞くも、ただの一度も振り返ることなくその場を去っていった。

 

 

――誓いと約束を果たすために、と。

 

 

誰ともない相手に向けての言葉を、その場に零しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――翌週、ユーコンに経つ飛行機の中。搭乗した武は、窓の外から207B分隊の姿を見た。こちらを睨んでいる事が、物腰から察することができる。

 

武は、その視線を意図的に無視した。まるで、興味が無いとばかりに。

 

(……これで、良い)

 

決定的だと武は思う。言い逃げにも等しい。これで、自分に対する印象は最悪になっただろう。武は確信する。だからこそいいのだと思った。他にも方法があったかもしれない。樹にも別の方法を提示された。だが、武はどうしてか失敗するとしか思えなかった。肝は憎しみの対象を作り上げること。その対象を自分にするには、あそこまで徹底的に言う必要があった。中途半端であれば、演技がバレていただろう。そういった確信があった。それ以上は考えたくなかった。

 

意図的に悪意を抽出して、言葉にして叩きつける。武も過去に、レポートか冗談の類で行ったことはある。だが、取り返しがつかない域まで、人の尊厳を根こそぎにするような言葉を発した事はなかった。

 

そして、ここまで疲労を覚えるとも思っていなかった。まだ毒のようなものが胸の奥に沈殿しているように思える。吹っ切れそうにもないな。武はそれが弱さであるのか、判別がつかなかった。

 

それでも、ここで撤回する事はない。今この時こそが仕上げだ。条件は前もって聞いていた。B分隊にはその返答を、樹越しにだが伝えた。

 

興味がないけど頑張れば、と。まるで意識していない風を装ったのには、理由があった。憧れではない、憎しみと無力感から見返してやりたいという気持ちは、対象がまるで自分の事を意識していない状況でこそ最高潮になるから。

 

本当は嘘である。罵倒されて当たり前だ。人を馬鹿にしているのに変わりはない。騙くらかすにも程があった。それでも武は後悔していなかった。ここでそう思う事こそが、純夏や冥夜達に対する侮辱になると思っていたから。

 

逃げるようにして、意識を切り替えた。これから向かう地で、成さなければいけない事も多すぎる。

 

武は自分に言い聞かせながら、飛び立つ時の重量に身を任せた後、静かに眼を閉じた。

 

 

 

 

飛び去った滑走路では、6人。

 

飛行機を見送った少女達の中で、捻り出た声があった

 

 

―――這い上がるぞ、と。

 

 

誰ともなく発した言葉だった。反応は一様ではなかった。

 

それでも各々がそれぞれに異なる怒りを胸に抱きながら、深く頷きを返していた。

 

 

 

 




あとがき

意識しているからこそ、無視されるのが一番堪えるというおはなし

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