Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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仕事が忙しすぎて脳が痛い……。感想返信できなくてすみません。

申し訳ありませんが本編更新も文章量的に無理っぽいので、
10月22日特殊短編更新であります。



間章 短編の1 【10月22日特殊短編】

気がつけば果てが無かった。遠くを眺める。見えるのは延々と続く登り坂と、先にある途方もない青空のみ。どこにどう辿りつけばいいのか、途方に暮れる他にはなく、答えてくれる者は居なく。代わりとばかりに自分を叩きつけるのは、あまりにも激しい雨に雨。嵐というにも生ぬるい。そして行く先のあちこちには、稲光の乱舞が際限なく自己主張を重ねていた。

 

迷っている暇はない。留まれば体温が奪われる。かといって、行く先には暗雲ばかり。雷による感電は、よほど運が良くなければ即死だ。

 

終わりが分からないのに、どうして。体温は奪われ続けている。あまつさえは震えさえも。死ぬことを考えれば、足まで震えてくる。なのに、なんで、何のために歩くのか。

 

自問に対する自答は無く、存在するのは自分を急かす誰かの声だけ。

 

早く、早く、早くしなければ間に合わない。

そうなれば雨も雷光も、空さえ消えて無くなってしまう。

 

 

「………上等だ」

 

 

自然と口が動く。紡いだ言葉に迷いはない、故にこれは本音の筈だ。強がりであるかもしれない。だけど真偽に関係なく、真実であり、強さを思わせる声でなければならない。

 

白銀武は、そういった存在でなければならない。誰に決められた訳でもない。進むと決めた。諦めたくないから。本気でやると、本気で思った。想ったのだ。

 

今も自分が凍死していない訳を。周囲に見える、大小様々な光の粒が見えたから。認識してからは、暖かささえ覚えるような。ずっと座っていても大丈夫かもしれないと、そう思えるような。

 

だが、武はふと後ろの方を振り返った。明確な理由はない、衝動と言えるものがあったから。そうして見えたのは、遥か後方に見える過ぎ去ってきた風景の数々。思えば、悪い事の方が多かったかもしれない。それでも確かに光るものがあったのだ。

 

 

「……よし」

 

 

小さく息を吐く。それは自分の身体に向けての前進の合図だった。道に灯りはなく、この道が正しいのかも分からない。

 

だけども、考えて選んだ道だ。今までもそうだったと、武は思う。間違えていれば、周囲の光が自分の頬を張ってくれていた筈だ。

 

自分に親しい一つの光と、妙に大人ぶる11の光と、近くにあるととても嬉しくなる銀色の光は特に口煩く言ってくれたことだろう。5年振りに戻った地で出会った、色取り取りの光達も。今は見えなくなった光達も、胸の中に小さな火として灯り続けている。

 

それが、とんでもなく幸運のように思えて、嬉しくなって。

 

 

「――――走るか」

 

 

傘を持っていようが縛られることはない。投げ捨てる事も、盛大に雨に打たれるのも人の自由だと聞いた事がある。なら、どしゃぶりの中を笑いながら駆け抜けるのはもっと自由な筈だ。武は高ぶってきた気持ちのまま、唐突に走り出した。雨が口に入ろうが、額から零れた汗で目が染みようが、一切関係ねえよとばかりに走り続けた。

 

どこからか聞こえた、呆れたため息と小さな笑いを聞きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………起きた?」

 

「あー……サーシャか」

 

「見れば分かるでしょ?」

 

小さな笑い声に、武はそりゃそうだと苦笑した。そして珍しくも―――今となっては珍しくなってしまった――――寝ぼけていたせいで、即座に自分の置かれている状況が判断できなかった。

 

まず認識したのは一面に広がる見慣れた顔と、少しこちらに垂れている銀色の髪と、後頭部に感じる少し硬い感触。それは鍛えているせいだろう、それでも女性特有の柔らかさが残っている、太ももの肉らしい。

 

「あー……えっと」

 

どうしてこうなったのか、武はまずそれだけを考えた。だが、どれだけ思い出そうとしても思い出せない。そんな様子を可笑しく見守っていた主犯は、種明かしはと言いながら武の額に手を置いた。

 

「ここは横浜基地。今は2001年の7月。取り敢えずは………おかえりなさい」

 

「あ、ああ……えっと、ただいま?」

 

武は答えながら、一気に今の状況を思い出していた。自分は、7月の始めにユーコン基地から横浜基地に一時だけ帰還したのだ。XFJ計画に紛れ、目的達成の準備の第一段階をクリアした後、次のカムチャツカに向かうまでの準備を済ませるために。そして、疲れた身体を一時だが休ませるために。

 

だが、武は寝入る直前の記憶が思い出せなかった。強いて言えばサーシャ特製だという紅茶を飲んだだけだ。

 

「………一服盛ったな、おい」

 

「うん。バカに付ける薬はないけど、飲ませる薬はあったみたいだから」

 

悪びれもなく返された武は、うっと言葉に詰まった。サーシャの言葉ではなく、そう告げる目を見たからだ。サーシャはそれ以上何も言わず、武の額をさすり始めた。

 

武はその動作がどうにも“休め”と言っているように思えて、気まずくなった。軍人として自己の体調管理は義務である。武は長年無茶を続けてきた自負はある故、今の自分の状態がよく把握できていた。正直言って、よろしくはない。サーシャや樹だけではなく、夕呼からも休めと直接言われるぐらいには。

 

そして武は経験上、学ばされていた。こうなったサーシャに反論や無茶を重ねると、更にひどい目にあわされる事を。

 

そのまま、数分が過ぎた頃だろうか。サーシャはぽつりと、鳥の囀りのように呟いた。

 

「頼れって、休めって言ってるのに……バカ笑いして走るんだから」

 

「え?」

 

「何でもないよ。うん、武は相変わらずバカだね」

 

「い、いきなりの暴言!?」

 

「否定できるのなら、否定してもいいよ」

 

「………黙秘権を行使するぜ」

 

「いいよ。でも、罪状は公然わいせつ罪ってことで」

 

「不名誉過ぎるだろ!? っていうか覚えがなさすぎて困るんだが!」

 

「はい、はい」

 

「いや、はいじゃなくて……ふぁなをひっはるな!」

 

サーシャは小さく笑うとつまんでいた武の鼻から手を離し、額を撫でた。優しく、触れるだけに努めた。

 

祈る。これ以上冷えないように、暖まりますように―――壊れませんように。

 

武はサーシャの手が小さく震えている事に気づいたが、黙って従っていた。初めての行為に戸惑っていたというのもあるが、それ以上にこの手を跳ね除けるのが先の罪状より遥かに重い事のように思えたからだ。

 

小さい空調だけが音を支配する部屋の中。しばらくして、サーシャが再び呟いた。

 

「……いよいよ、だね」

 

「ああ……207Bは、どうだ?」

 

「しごいた甲斐はあったと思う」

 

「そうか……ターラー教官ばりの鬼教官だったって樹が震えてたぞ」

 

「ふーん……まあ、それは後で。実力は、高まっていると思うけど、まだまだ未知数だね。約束の時間に間に合うかは、まだ不明。その先にある事も……」

 

「……ああ。まあ、どうなる事か知れたもんじゃないけど」

 

「そうだね。でも、今まで先に起きる事を知れた時ってある?」

 

「無いと言えば、無いかもな。あると言えばあるけど……そっちの方が思い出したくねえかなあ」

 

武は苦虫を噛み潰した顔で答えた。現在進行系で学ばされている。知っているからこそ、より一層恐ろしくなるものがあるのだ。

 

――障害の大きさ。

――敵の強大さ。

――失敗した時に失われるものの重さ。

 

どれ一つ取っても、心胆だけではなく魂の底まで凍えさせられる程だ。考えるだけで、心拍数が跳ね上がる。それを察したサーシャは、優しく告げた。

 

「でも、やる事は今まで通り。何も変わらない」

 

「ああ、そうだな―――やるしかないんだ」

 

その決意の言葉は抽象的過ぎるが、適していた。全てを予想できる筈はなく、想定以上の困難があちらこちらから襲ってくるだろう。それでも何が立ち塞がろうが、膝を屈する事は許されなかった。

 

「違うな……俺が許さないんだ」

 

「……タケルは相変わらず、バカだね」

 

 

先程と同じ言葉。ほんの少し、意味と声色を変えた文句。

 

武は自分でも気づいていなかった。別れた後とは違う、ほんの少し彼女との距離感が狭まった事を。

 

サーシャは気づいていなかった。207Bの面々が見れば別人だと断言するほどに、自分の顔が優しく綺麗なものになっている事を。

 

口付けもなく、色事を睦み合う訳でもなく、心を交わす。

 

そんな二人の胸中に去来するものがあった。

 

――これより先の先、辿り着いた時。

 

武はあちらの世界で、ユーコンでの動乱が収束した日を聞かされていた。

 

10月22日。あちらの世界の白銀武にとっては、全てが始まった運命の日。その日に、こちらの世界の命運を左右する、最後の連日公演が始まるであろう開演の日が重なってくるのだ。

 

 

「そこまで辿りつけなきゃ、意味ないんだけどな」

 

「ふん……もしかしたらなんて言わない方が良い。戻ってこなかったら許さないよ? シャール少尉の負け分、まだ武から徴収していないし」

 

「あれか……まあ、そりゃあな。それ言われたらもう、戻ってくるしかないな」

 

「うん。そのためにも、もう少し休んだ方が良い」

 

 

サーシャはそう告げると掌を武の目にかぶせた。数秒して、すぐに武の口から寝息がこぼれ始める。それから武が再び起きるまで、サーシャは飽きることなくずっと、武の寝顔を眺め続けていた。

 

隣の部屋で監視していた白衣の女性の口元では、砂糖が一切含まれていない液体が黒く輝いていた。

 

 

 

 




全てが始まった日。そこに至るまで。

そして至ってから後に、最後の戦いの幕が上がる…………乞うご期待!

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