Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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短編っていうよりは本編っぽかったので本編話として。

少し短めですが、にんまりとして下さい。


22話 : 顔見せ、交流と

かつて、22番目のハイヴとして認定された場所―――横浜ハイヴと呼ばれた土地。その地下にある広い部屋で、22を数える若者たちが集まっていた。

 

男女比率にして、実に3対19。数少ない男の中でも、女性のような容姿を持つ者は――紫藤樹はようやくとばかりに告げた。

 

「衛士の実数として21名。2個中隊24名には届かないが、一応は揃ったな」

 

その半数となる10名は新兵だが、一個中隊に匹敵する数がようやく。半年前に比べれば数にして倍に増えたのだ。指揮官として戦力不足を嘆いていた樹は、素直に喜ばしい事だと内心で呟くと、当初の目的に沿った方向に話題を切り替えた。

 

「―――榊、彩峰、御剣、鎧衣、珠瀬。今ここには居ない鑑を含めて、第207衛士訓練小隊のB分隊6名の入隊を、我々は歓迎する。おめでとう」

 

正式な任官は一ヶ月後になるが、少尉として扱う。樹の言葉にB分隊の5人は敬礼を返した。その様子に、教官を勤めていた3人が頷いた。

 

「実験的とも言える訓練過程をよくぞ乗り越えてくれた。最後まで諦めなかったあの姿は……あとで教えるが、我々A-01の隊が掲げるモットーを体現したに等しい」

 

実戦を知らぬ身であのような過酷な試練を踏破したのは偉業に讃えられても良いかもしれない。まりもはそう告げながらも、A-01の先任である教え子達の方を見た。

 

案の定、ライバル心を燃焼させている。まりもは、この事態を引き起こす遠因となった親友に対してため息をついた。

 

(白銀の実力を教えるな、ってね……納得できる部分はあるけど)

 

それは提案だった。B分隊の6人には、白銀武という衛士がどの程度のレベルにあるのかを教えない。極東、否、単騎では世界で3指に入るという者を打ち破った事実を教えることは、慢心に繋がりかねないという理由からだ。

 

一方のA-01には、B分隊が銀蝿と呼ばれている者を打倒した者達だということを予め伝えておく。そのレベルを知らない、という背景を含めて。

 

(確かに、隊内においても不用意すぎる馴れ合いは必要ないけど……それを調整する身になって考えて……駄目ね、夕呼だから)

 

隊全体を考えれば、隊内で競争心が燃えたぎるのは良いことだ。向上心を保つには、対抗する相手が必須となるからだ。だが、実戦での連携に影響が出ないように指揮官がまとめあげられる事を前提としての話である。

 

優秀であるからこそ癖の多い20人あまりを、どうまとめ、どのようにして指揮していくか。まりもは「女性の立場の方がなにかとやりやすいだろう」という、樹からのさらっとした責任の放擲(※or責任の放棄、責任転嫁)を受け止めざるを得なかった事実に、頭を抱えたい気分になった。

 

親友の無茶振りに振り回される事に慣れてしまったまりもが、樹の方を見る。樹はその視線にジトっとした感情が含まれている事に内心で冷や汗を流すも、顔には出さないままB分隊の5人の方を見た。

 

「……では、中隊のメンバーを紹介しよう」

 

樹はそう呟くと、武の無茶振り―――「中隊のイカれた仲間を紹介するぜ!」という前振りをして欲しいという要望―――を無視して、普通に話し始めた。イカれているのはお前だけだ、と返した時の武の顔を思い出しながら。

 

「紫藤樹だ。階級は少佐。今まではA-01全体の指揮官を務めていたが、今後は神宮司少佐が指揮を執る。こちらは第二中隊の隊長になるが」

 

教官だった樹はそれ以上の説明は不要だな、と一歩下がり、代わりに見た目穏やかな大人の女性が前に出た。

 

「神宮司まりもだ。階級は紫藤少佐と同じで、こちらの方が後任になる。だが……この度、第一中隊の隊長と全体の指揮官となった」

 

波打った髪を持つ、できる女性の風格を持った女性が敬礼をした。

 

「伊隅みちるだ。階級は大尉。貴様達からすれば、5期の先輩になるか……第一中隊の、隊長補佐となる。ポジションは中衛だ」

 

水色の髪を持つ、怜悧な表情の女性が前に出た。

 

「碓氷沙雪。階級は大尉。伊隅の1期上で、貴様達の6期先輩になるか。第二中隊で、伊隅と同じく隊長を補佐する中衛になる」

 

日本では珍しい銀色の髪を持つ女性が、敬礼をした。

 

「サーシャ・クズネツォワ。樹と同じく、紹介は不要かな。階級は中尉。第一中隊所属で、ポジションは後衛」

 

深い青をポニーテールにしてまとめた、活発な印象を持つ女性が前に出た。

 

「速瀬水月よ。第二中隊の前衛で、階級は中尉。ポジション争いなら、いつでも受けてたつからよろしくね」

 

戦意を隠そうともしない物言いに、隣の男が顔をひきつらせた。

 

「鳴海孝之だ。水月と同じく第二中隊の前衛で、階級も同じ。こいつのお守りを引き受けてくれる人材を募集中だ」

 

隊内で最も柔らかい印象が特徴的な、見た目には軍人らしくない女性が苦笑した。

 

「涼宮遙です。指揮車両からみんなを戦域管制するCP(コマンドポストオフィサー)……あ、階級は中尉です」

 

特徴的な3期の4人の中で一番影が薄いが、と男が軽く敬礼をした。

 

「平慎二だ。階級は中尉。ポジションは、中衛と後衛を行ったりきたりだな。第一中隊所属となる。何か分からない事とかあれば、遠慮なく聞いてくれ」

 

例えば怖い先輩に対する接し方とかですね、と小さく笑いながら独特の雰囲気を持った女性が前に出た。

 

「宗像美冴だ。速瀬中尉の1期下、貴様達の2期上になる。階級は中尉で、ポジションは後衛で、第一中隊になる。先程言った通り、猪突猛進な先輩への対処方法ならば任せてくれ」

 

敬礼をする横から、剣呑な雰囲気が。美冴は、しれっと言葉を続けた。

 

「と、速瀬中尉の目下の所の、打倒すべき目標が言っていました」

 

「……また、か」

 

ふふふと暗い笑いを零す横で、小柄な女性が怯えながらも敬礼をした。

 

「舞園舞子ですぅ。美冴ちゃんの同期で、階級は少尉。ポジションは平中尉と同じく、中衛と後衛の間、ぐらい?」

 

「舞園……何故疑問形になるんだ」

 

「ご、ごめんなさい神宮司教官! ……その、第二中隊所属です、よろしくお願いします!」

 

黒色の髪で短く整えられた頭を後輩に向けて下げる舞子に、まりもがため息をついた。その隣に居た深緑の色をした髪を持つ、同じく小柄な女性が整った動作で敬礼をした。

 

「風間祷子。階級は少尉で、あなた達の1期上……と言うほど間は空いていないけど」

 

貴方達207は訓練期間が短いから、と祷子は告げた。

 

「困った事があったら、相談に乗れると思うわ。同じ教官から教えを受けた者どうし、頑張りましょう」

 

祷子の物言いに、B分隊の5人はサーシャの方を見た。祷子はその様子に首を傾げるも、何かに気づくと慌てて一歩下がり、代わりにとB分隊でも見知った顔が前に出た。

 

「涼宮茜……って、必要ないか」

 

「そうだな。後で交流を深めると良い。最後に、隊の規則を教えておくか」

 

言葉を発したまりもに、視線が集中する。まりもは3つある、と言いながら一つ目の指を立てた。

 

「A-01は副司令が主導となって進めている計画直属の、秘密部隊だ。訓練過程でも叩き込まれた事を忘れるな」

 

Need to know。俗にいうと、知りたがり喋りたがりは死にたがりと同じ意味となる。気をつけろ、との言葉にB分隊は背筋を伸ばした。

 

まりもは複雑な表情のまま、二つ目の指を立てた。

 

「一方で、その役割や立場は一般の隊の比ではない。その責任もな。故に、効率的な隊の運営が必須となる」

 

形式よりも成果を求められると、まりもは告げた。

 

「故にこの隊では、無駄に堅苦しい言動をする必要はない。伝えるのならば率直に。無論、TPOを弁えた上での話になるが……隊員どうしで形式張った交流は不要だ」

 

副司令からの命令でもある、という言葉にB分隊は納得を見せた。

 

「最後に、我が中隊のモットーを教えておこう」

 

復唱をしろ、という言葉の後にまりもは息を吸った後、大きな声で告げた。

 

「――死力を尽くして任務にあたれ!」

 

中隊、復唱。樹の言葉に、A-01の全員が応えた。

 

「――生ある限り最善を尽くせ!」

 

更に大きな声で、復唱の響きが部屋を揺らした。

 

「――決して犬死にをするな!!」

 

声だけではなく、感情もこめられたまりもの声に呼応するように、一番大きな声が部屋の中で反響した。

 

 

「以上だ―――B分隊、復唱!」

 

 

まりもの言葉に、B分隊の5人は敬礼をして。

 

モットーであり隊の訓示を遵守すると誓うように、出せる限りの大きな声で部屋の大気を振動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく後、同じ部屋。残された207の10人は、再会の挨拶を交わしていた。

 

「待ってたよ、千鶴」

 

「待たせたわね、茜」

 

茜が軽く突き出した拳に、千鶴も同じく拳を合わせた。軽いその様子に、茜が少し驚いた表情になった。

 

「千鶴……だけじゃない、他のみんなも何か変わったね」

 

「……そうだな。変わらざるを得なかった、という方が正しいかもしれないが」

 

冥夜の言葉に、晴子が笑みを浮かべながら応えた。

 

「でも、良い方に変わったと思うよ。うん、私は今のみんなの方が好きかな」

 

「……ぽっ」

 

「あ、彩峰さんに茜ちゃんは渡さないから!」

 

「落ち着きなさい多恵……っていうかなに、今の言葉はどういう意味?」

 

「あはは~。築地さんも、涼宮さんも変わってないね」

 

「私としては少し、変わって欲しかったなぁ……まあこっちに被害が来ないから、どっちでも良いけど」

 

「高原さん黒い、黒いよ!?」

 

「それはもう……あんな苦行を乗り越えるには、ね」

 

「麻倉さんまで……でも、分かるなぁ」

 

同じく、今までの軍とはまるで異なる新方式での訓練を受けた身どうしである。辛く厳しい道だったよね、という篝の呟きに全員が頷きを返した。

 

この先に待ち構えているだろう過酷な任務をこなすためには、あれだけの訓練が必要だった。そう説かれれば躊躇いなく同意を示せるだろうが、同じぐらいに辛い思いをしたのは事実だからだ。

 

「特に、第二段階の第二ステージとか……あれを発案した人とか、絶対に性格悪いよ」

 

萌香の言葉に、9人の首が縦に上下した。同時に、同じ思いを共有できると知ったA分隊の表情が明るくなった。そこから先は、互いに受けた訓練の内容についての話になった。

 

「やっぱり、私達とそっちじゃステージの内容も違ってたんだ」

 

「そのようだな。恐らくは隊員の適性に合わせて、ステージを組んだのであろう」

 

「そう思うと、手がかけられてるのが分かるね。A-01の衛士として相応しいように、丹精込めて訓練されたって訳だ」

 

晴子の言葉に、B分隊の全員が少し引きつった顔を見せた。とある1人の衛士こと、最終試練を思い出したからだ。口外する事は禁じられているためA分隊には話さなかったものの、内心は素直に頷けないものがあった。

 

咳を、一つ。千鶴は改めるように、A分隊の5人の方を見た。

 

「それでも、ようやく正式な任官よ。これからよろしくね、先輩方」

 

「先輩って……私達も実戦は経験してないってば! それに衛士としての力量も、速瀬中尉とかに比べればまだまだだし」

 

「速瀬中尉……茜が憧れてるっていう、お姉さんの同期の」

 

千鶴は茜から直接聞いたことがあった。まだ横浜が健在だった頃に家まで来てくれたという、運動神経抜群で面倒見も良い先輩の話を。

 

「……強そう、だった。実際に戦場を経験して、生還したからというだけじゃなくて」

 

「そうだな。実機で相対するまで明確な力量差を分析することはできないが、並の腕ではない事だけは分かった」

 

慧に冥夜という、将来的に前衛のポジションを争うであろう立場からの言葉に、茜は自慢げに胸を張りながら答えた。

 

「私も、目標にしている人だから……でも、その水月先輩も目指している人が居るんだって」

 

茜は水月から聞かされた、その目標かつ打倒すべき敵の事を語った。

 

「嫌になるぐらいに強くて、嫌味で、とにかく嫌な奴だって。あと、きっと女たらしだとか何とか」

 

それは猪どころか突撃級呼ばわりをされた水月の愚痴なのだが、素直な茜は言葉そのままに解釈をした。

 

「でも、見たことが無いぐらいに強力な衛士だった、って。最近は姿を現さないらしいけど」

 

「……けど?」

 

「あくまで敵役でも、味方には違いない、って紫藤少佐が言ってたの。あれを倒せれば、どんな敵でも相手にできるだろうって。私はその人の事を知らないんだけどね」

 

いずれ、A-01に配属されるであろう事は水月達も周知の通りだという。そこでふと、茜はB分隊を見回しながら尋ねた。

 

「そういえば、鑑さんは? 6人全員が任官を認められた、って聞いたけど」

 

「……今何処に行っているかは言えないけど、後で合流することになってるわ。だから、A-01の隊員は実質23人になるのかしら」

 

「うん……少し前までは、もう二人居たんだけどね」

 

多恵は1期上の、風間少尉と同期となる先輩の話をした。先の任務で、1人が大怪我で入院し、1人が別の病院に入院したことを。

 

それ以上は言えないけど、と茜が思案顔で続けた。

 

「戦場の厳しさとか、色々と思い知らされたというか……でも、先任の人達がどんなに凄いのか、っていうのも分かったんだ。訓練兵時代は分隊長を務めてた風間少尉も、仲間の入院に一時期は落ち込んでたんだけど……宗像中尉とかに励まされて、今はね」

 

交流と訓練を重ねて、立ち直る事ができたという。千鶴は自分の立場で考えてみて、悩んだ。もしもだが、仲間が隊から離れていく様を戦場で目の当たりにした時、あるいはその後に自分は即座に立ち直る事ができるかどうか、その答えが出せなかったからだ。

 

「表に出せば、隊内に良くない影響をばら撒くことになる。その理屈は分かってるけど、実践しなければいけない、って所は考えさせられたんだ。隊である事の意味も」

 

多くの先輩が戦死した。だが、A-01は今も残っている。立場から課せられた“もの”を守るために。

 

「その一員になった、っていうのは……ね」

 

「茜も、怖くなった?」

 

「うん。そういう気持ちが無い、なんて言えないけど、逆の気持ちもあるんだ。千鶴達も同じだと思うけど」

 

いつ戦死するか分からない、過酷な任務を任せられる。それは重要な立場を任せられるという“精鋭”として認められているという事と同じだ。追い詰められているこの国を守る一員として、大きく期待されているのだ。

 

「誇らしい、っていうのかな。まだ実戦も経験していないから、偉そうに語ることもできないんだけどね」

 

「………これからが、本番。今は焼きそばパンでいう所の端っこ程度」

 

「う、うん、そうだね。端っこ、ってことは焼きそばが少ない一口めかな」

 

「茜……こんな焼きそば狂い、無理に相手する必要はないわよ」

 

「……照れる」

 

「褒めてないわよ」

 

「……うん、良かった。千鶴に褒められると、寒気がするから」

 

「貴方ねえ……!」

 

絶妙のツッコミに、茜達元A分隊の5人の顔が緩まった。相変わらずの二人だと、変わっていない部分を前に少しの安堵を覚えていたから。

 

「でも、名前で呼び合うようになったんだね。茜、私達もそうするべきかな」

 

「そう、だね……それが良いかも」

 

「あ、茜ちゃん!」

 

「多恵、大きな声でどうし……って、多恵はいつもと変わんないか」

 

茜は萌香、篝、と高原と麻倉の名前を呼ぶと、ちょっと照れくさいわね、と呟いた。頬を少し朱くしながら。一方で呼ばれた二人は、涙目で睨んでくる多恵を相手に「取らないから取らないから」と小声でも必死に訴えていた。

 

「そういえば、私達は第一か第二か、どちらに配属されるのかしら」

 

「訓練と模擬戦をやってからだと思う。2個中隊には足りないから、等分に……ってそういえば千鶴、田中くんはどうしたの?」

 

「……田中?」

 

首を傾げる千鶴。横で、ああと手を叩いたのは美琴だった。

 

「そういえばそう名乗ってたね」

 

「……名乗ってたって、もしかして偽名?」

 

晴子の鋭い指摘。慌てる美琴をフォローするように、冥夜が言葉を挟んだ。

 

「予想はついていたであろう。まあ、悪い人物ではない……力量も確かだ」

 

「へえ。じゃあ、田中くんと天敵さんが配属されたら二個中隊に届くね」

 

言葉を交わしながらも、A分隊の4人とB分隊の5人ではその認識が違っていた。

 

A分隊は水月の天敵という手練の衛士と、田中という同年代の男性衛士が加わることでA-01は更に強くなると喜び。

 

B分隊は天敵という手練の衛士だけではなく、田中こと白銀武という規格外の衛士まで加わることになると喜んでいた。

 

唯一、A分隊の柏木晴子だけはもしかして同一人物じゃあ、というA分隊とB分隊のどちらとも異なった疑念を抱いていたが、証拠がないため口は挟まなかった。

 

そのようなすれ違いがあっても、自分たちの今後に関わる内容である。それだけではなく、身近ではあまり見たことがない男性衛士の話だ。

 

元は207、今は秘密部隊に所属するようになった年頃の10人は、女性に相応しい姦しさで、男性衛士について語りあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ぶえっくしょい!」

 

「ちょっ……武ちゃん、音が親父くさいよ。あと、ちょっと汚い」

 

横浜の、更に地下深く。無人の廊下を歩く男女の姿があった。その片割れの男―――武は、鼻をすすりながら女の頭を小突いた。

 

「さっき俺に鼻汁を飛ばして来た奴が言うこっちゃねえだろ。ハンカチ、洗って返せよな」

 

「あ、あれは! その、ちょっといきなりだったから!」

 

「俺もそうだって……しっかし花粉が入る訳無いしな。ひょっとして、噂でもされてんのかな。美女とかから」

 

「……予想としては、大陸で知り合った人とか?」

 

「いや、それはねーな。っていうか美女って言葉が似合うのはチョキだけで済むし」

 

玉玲とサーシャを除けば美女というより野獣の方が多かったと、本人が聞けば問答無用でボコされそうな言葉を吐いた後、純夏を横目で見た。

 

「物騒、っていうかいかにも軍人らしい知り合い……敵も多いからな。純夏も、あまり俺の素性とか言いふらすなよ。洒落とか冗談じゃ済まなくなっちまう」

 

「そこまで言われてるのに、する筈がないよ。でも、やらかそうとした武ちゃんから言われたくないかな」

 

「俺が何をしたってんだよ……ってああ、A-01との顔合わせの事か?」

 

B分隊に混じって入隊すると、冗談で樹に告げた事についてだった。

 

「“出撃回数300回で搭乗累計1万時間です!”って一発芸したかったな。絶対にウケただろ」

 

「引かれるだけだと思うけど」

 

「樹と同じ事言うなよ」

 

「ごく一般的な話だと思う。あと、一発芸しなかったのって、それだけが理由じゃないでしょ」

 

「お、お前にしては鋭いな……まあ、言葉では説明できないような、深くて重い経緯があるんだが」

 

「……イタズラがバレそうって顔してるよね。ひょっとして、何かした?」

 

「してないって―――多分だけど」

 

あのレポートは冗談の範疇で済ませてくれるとね、と零すそれは希望的観測がこもったものだった。純夏は、深くて広いため息をついた。

 

「でも、一発芸にしても酷いと思うよ。普通は言わないって所も含めて」

 

「ばかな、純夏がまともな答えを―――嘘です、すみません」

 

武は謝罪をしたと同時、樹からの回答を思いだしていた。冗談を提案した直後に「お前のような新人が居るか」と冷淡にツッコまれたことを。

 

そういう所は変わってないね、と純夏が呆れた声で呟いた。

 

「変な安心と不安が同居しちゃうよ。最近中佐になった、って聞いたけど本当に大丈夫なの?」

 

「安心しろ、ちっとも大丈夫じゃない」

 

「胸張って言うことじゃないよ! え、ほんとに不安なんだけど!?」

 

「いやあ。でもまあ、秘密部隊だからな。他部隊とか関係各所へのやり取りなんて皆無に近いからどうとでもなる。書類関係は、神宮司少佐とか樹、サーシャに任せれば良いし」

 

「諦めが早すぎると思うんだけど……でも」

 

全部じゃないけどいつもの武ちゃんに戻ってくれて良かった、と純夏は心の中で呟いた。その言葉を知ってか知らずか、武がぽりぽりと頬をかいた。

 

「とりあえず、大きな迷惑はかけないようにするって。言ってる内に、到着したな」

 

武は目的の部屋がある扉の前に立つと、ノックもせずに扉を空けた。入るぞー、と一歩踏み込んだ所で止まった。

 

見えたのは、男女の姿。男は椅子に座ったまま、口を空けていた。女が手に持つ、スープが入ったスプーンを受け入れるために。どちらも、顔が少し赤くなっていた。

 

「………お邪魔しました」

 

武は過去最高とも言える反射速度でバックステップを踏みながら部屋を出ていった。扉が閉まる音が、廊下に虚しく響いた。

 

「えっと……武ちゃん?」

 

「帰ろう、純夏……帰ればまた来られるから」

 

具体的には一時間後ぐらいに。笑顔で親指を立てる武の眼前で、扉が勢いよく開いた。現れたユウヤが、真っ赤な顔で叫んだ。

 

「帰るなバカ! 今のは、その、違うから!」

 

「――何が違うってんだこのラブコメ野郎、って純夏、痛いって!?」

 

真顔になった武に、義務感満載の衝動のまま純夏が脛へと執拗に蹴りを放った。いつもとは違う痛みに、武が焦がされた鉄板の上に踊らされる者のように、ステップを踏んだ。

 

そうして、5分後。何とか落ち着いた3人は、部屋の中で対面していた。最初に自己紹介を。終わった後、武がユウヤにしたのは詰問だった。

 

「それで、さっきのはなんだ? っていうか、何故にベッドに座ってるクリスカがユウヤに飯を食わせてんだよ」

 

立場逆だろ、という武の言葉にユウヤは睨みを返した。

 

「元はと言えば、お前の相方のせいだろ。タリサの友達だっていう……サーシャ、っつったか」

 

「違うぞ、ユウヤ。元はと言えば、私が望んだことだからな」

 

男前な事を言うクリスカだが、事情が分からないと武は首を傾げた。言い難そうに、ユウヤが言葉を付け加えた。

 

「クリスカがな。その、相談したらしいんだよ」

 

「何を。ってか、なんで顔赤らめてんだ?」

 

純粋に疑問を抱いていた武の横で、純夏がもしかしてとユウヤとクリスカを見た後、納得がいったように口を挟んだ。

 

「ひょっとして、ブリッジスさん? が喜びそうな事は何か、とか相談したのかな」

 

「……! 驚いたな、心が読めるのか」

 

「よ、読めないよ!? でもビャーチェノワ、さん? は分かりやすいし。っていうか、サーシャさん何教えてるのかな……」

 

純夏は呆れつつも、サーシャの内心をすぐに察する事が出来た。先程の行為は単語にまとめると、“あーん”である。乙女的には想い人とやりたい行為の一つであり、王道かつ鉄板の威力を備えている。そしてそれを真っ先に教えた、という事はサーシャ自身がその行為を望んでいるに等しいということ。

 

「―――ちょっと待て。いや、待って下さい純夏さん。なんで握り拳を」

 

「……はあ。でも、これだもんね」

 

行為を見てサーシャと関わりがあると思わなかったのは、武がまだサーシャにそれをされた事が無いからだ。きっとスルーされたんだろうなあ、と純夏は複雑ながらも同情の心をサーシャに捧げた。

 

そして、噂をすれば影である。ノックの音が数回響いた後、新たな4名が部屋に入ってきた。

 

「副司令にサーシャさん、霞ちゃんに……えっと」

 

霞よりは背丈が大きく、サーシャに比べれば小さい。それでいて他の誰よりも子供っぽい表情をしている少女―――イーニァは純夏の前に立つと、その顔をじっと見つめた。

 

「……スミカ?」

 

「え? あ、うん。私、鑑純夏っていうんだけど」

 

「イーニァ・シェスチナ。イーニァって呼んで、スミカ」

 

「うん。よろしくね、イーニァちゃん」

 

握手して笑い合う。あっという間に仲良くなった二人を見ていた武とユウヤは顔を見合わせながら、隠し話をするように小さな声で話し合った。

 

「タケル、あの人見知りのイーニァがこんなに早く……どういう事だ?」

 

「いや、俺も分からん。強いて言えば精神年齢が近いから……っていうのも無いな」

 

純夏は、平和な平行世界と比べ若干ではあるが大人の観点を持っている。だが、色々と“見て”来たイーニァはクリスカとは異なり、その外見に反して鋭く本質を突く目を持っている。

 

「まあ、悪い奴じゃないしな。裏切る、っていう可能性は毛先ほどにもないから」

 

「惚気んなようぜえ」

 

「お前が言うな。幼馴染だからだよ……っと、そういえば唯依とも会った事があるしな」

武の言葉に、ユウヤはああとユーコンに居た頃の事を思い出した。京都で部隊が壊滅した後に出会った少女の名前が、鑑純夏だったと。

 

「……唯依にも懐いてたしな。でも、まあ……良かったよ」

 

武は言葉を選びながらも、安堵した。ユウヤはその態度に違和感を覚えたが、クリスカが居る横できな臭い話はしたくないと思い、後で問い詰めようと決めた。

 

その後は、お互いに自己紹介を。サーシャが名乗って手を差し出すと、ユウヤはそれを握り返しながらタリサの事を話した。

 

友達が死んだ、と思っていること。バカにされたと勘違いした時は、烈火の如く怒ったこと。それを聞いたサーシャは、目を丸くした後、小さく俯きながらその目を閉じた。

 

「……タリサが、ね」

 

「意外、と思うか?」

 

「まさか、なんて思わない……根は真っ直ぐだから。私なんかと比べ物にならないぐらいに」

 

少し眩しすぎる所はあるけど、と語る様子は妬ましさ故ではなく、懐古の念に浸るように。その憂う表情にイーニァは何を感じたのか、興味深いという様子でサーシャの方を見ていた。

 

「―――はいはい、そこまで。とりあえず、顔合わせはこれで終わりよ」

 

夕呼が手を叩いて、ひとまずの解散を告げた。その視線を向けられた武は頷き、純夏に近づきながらその手を取った。

 

「それじゃあ、地下二階まで案内する。A-01内での話し合いがあるからな」

 

「あ、うん……お願い、武ちゃん」

 

純夏は疑問を抱きつつも、武の手の感触の方に気を取られ、促されるまま歩き出した。二人が去った後、ゆっくりと口を開いたのはユウヤだった。

 

「顔合わせ、と言いましたが……機密レベルが高い俺達にわざわざ会わせる必要があったんですか?」

 

米国を裏切った者として、恨みだけではない注目を買っている可能性が高い自分たちと引き合わせる理由は。問いかけたユウヤに、夕呼は迷うことなく答えた。

 

「断言はできないけど、ね。取り返しがつかない事態になるよりかは、有意義な選択だったと判断しているわ」

 

明確な根拠を示してではない、抽象的な答え。訝しむユウヤを置いて、サーシャが夕呼に声をかけた。

 

「……らしくない、とは言いません。ですが、今の状況において武の反感を買うことは得策ではない。つまりは、この機会は武の提案では?」

 

忙しい身で自ら出張ったのは、要請の声と理由があったからではないか。サーシャの問いかけに、夕呼は小さなため息をついた。

 

「私にも確証がないから、無責任な事は言えないわ。でも、最悪に備えるのがあんた達の専売特許でしょう……そのための用意なら、手間を惜しむ理由もない」

 

発現の兆しがある特殊な能力、情報から察せられる鑑純夏という特異な存在、その影響について。良しかれ悪しかれ、無視できるような話ではない。夕呼は入り口の扉を見ながら、告げた。

 

「こうした機会は増えていくでしょう。その度に反感を抱かれるのは、よろしくない。これはあいつの提案だけどね」

 

最初の顔合わせにも少し時間をずらせば、A-01の面々は純夏が特別な扱いを受ける事を察するだろう。布石だと、夕呼は告げた。

 

 

「運命なんて、陳腐な言葉は唾棄すべきものよ―――因果は輪のように巡る。誰も彼もの希望に関係なく、ね」

 

続く道を、万人が望むようなものに。自信たっぷりに語る言葉に、サーシャと霞とイーニァは笑みを浮かべ、ユウヤとクリスカは迷いながらも気高く強い背中に、安堵感を抱いていた。

 

不意打ち気味に、言葉が紡がれた。

 

 

「――あと、ミラ・ブリッジス。来週半ばに来日するから、よろしくね」

 

「………え? って、はあ!?」

 

鳩が電磁投射砲を受けたような意表をつかれた顔をしたユウヤに、夕呼は不敵な笑みのまま言葉を叩きつけた。

 

 

「偽名は白銀の方で用意したわ。篁祐唯が開発した次世代型補給機。その意見交換の場にはアンタにも出向いてもらうから、覚悟と準備だけはしておくようにね」

 

 

使える者ならば、遠慮はしない。世界を敵に回しても、と言わんばかりの強い信念を感じさせられる背中から発せられた言葉に、ユウヤは一言も反論できないまま、無意識に敬礼を返していた。

 

 

 

 

 

 




あとがき

ちなみにユウヤはこの後、偽名として用意された「鰤村祐太郎」と書かれた名札を引きちぎったそうな。

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