Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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超難産でしたが、何とか更新です。


23話 : 糞親父

横浜基地における白銀武の朝は早い。朝起きてまずやるのは、目覚まし時計を止めることだ。すっかり軍生活に馴染みきった今では、幼少の頃とは異なって寝坊することはほぼ無いと言えた。

 

次にやるのは、空間認識力を高めるための訓練。天井から吊るした紐と僅かな重りの前に立ち、目を閉じた後に軽くそれを叩くのだ。重りが振り子のように戻ってくる所を、また叩き、叩き、叩く。ずっと眼を閉じながらだ。時には斜め前に叩き、やや歪んだ軌道で戻ってくる所をまた叩き返していく。

 

我流で思いついた空間把握能力を高める訓練法だが、コストがかからず、基地が変わっても続けられるということで、武はずっとこの内容での訓練を続けてきた。

 

10分ほどそれを繰り返した後、ようやく着替え始めた。椅子にかけていた黒いランニングシャツと国連軍のズボンを穿くと、部屋の外へと出て軽く準備体操を始めた。

 

最後に軽く、二度三度その場で跳躍すると、武は廊下の上を走り始めた。武は衛士になった後、大怪我かしようのない事態にならない限りは、ずっとこの朝のランニングを続けてきた。『体力はいくらあっても困らない』という教官の教えと、初陣でのトラウマがほどよくミックスされた結果である。

 

走り、走り続けて―――ユウヤの部屋がある扉を通り過ぎた後、首を傾げた。

 

「……あれ?」

 

いつもならば、ここで合流する筈なのに。武は後ろ向きに歩いた後、ユウヤの部屋へと続く扉の前に立つと、どうしたものかと悩み始めた。

 

「ん~………朝からエロいことやってる、っていう可能性もあるよな」

 

その場合、とても気不味い。ただでさえクリスカには怖がられている節があり、武はその理由までよく知っていた。ユウヤも別にイチャイチャしている所を全世界に発信したい、というような奇人ではないため、そうした光景を見られるのは嫌な筈だ。

 

だが、体調不良ならば話は別となる。あるいは、ただの寝坊であり、自分の考え過ぎかもしれない。武は少し悩んだ後、ポケットにある古銭を取り出した。大陸でターラーから譲り受けたものの一つで、親指で弾いた時の感触を気に入っていた武は、コイントス専用としてこの古銭を持ち歩いていた。

 

「表が出れば、ノックして部屋に入る。裏が出たら……ノックせずに突入するか」

 

先程までの悩みを放り捨てた武は、取り敢えずと親指でコインを弾き。直後に、眼前の扉が横にスライドした。

 

「……おはよう、ユウヤ。時に、聞きたいことがあるんだけど」

 

武は落ちてくるコインをぱしりと受け止めながら、尋ねた。

 

 

「どうしたんだ、その隈……寝不足ってレベルじゃねーぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は? ………今日の夜にミラさんと会う約束があるから、緊張してるって?」

 

「そうだ。昨日なんて一睡もしてねえ」

 

頬までこけたように見えるユウヤの言葉に、武は理解不能な生物を見るような目を向けた。

 

「折角再会できるってのに、なんでそんなに嫌がってんだよ。あんなに会いたがってたじゃねーか」

 

「ああ……生きていてくれてた、ってのは素直に嬉しい。でも、なんていうか、その……あるだろう!?」

 

「人語を話せ、さっぱり分からねえ」

 

そうして武は切羽詰まったユウヤの遠回しな言葉の数々を聞いた後、小さく頷いた。

 

「つまりは―――いざ会えると分かってから、自分が取った過去の態度とか言動を思い出したと。それで、めちゃくちゃ気不味いんだな」

 

「お前、ずっぱりとまとめるな………別に間違っちゃいねえけど」

 

「プライベートまで遠回しな表現使いたくねえからな。で、どんだけ恥ずいんだ?」

 

「……後生だから」

 

ユウヤは答えなかった。実際の所は―――ベッドの上で転げ回るほど恥ずかしかった。主に自分の過去の言動の青さとか、若さなどを思い出してしまったが故に。

 

(思い出すだけで体温が上がった気がするぜ。恥ずかしい……よりも後悔が先に立つか。色々と理不尽な言葉を使ってたからな。お袋の気持ちも考えずによ)

 

黙り込んで自省するユウヤ。それを見た武は、ため息をついた。

 

「ほんっと、似てるよな。今まで会ったことがない、ってのが嘘みたいに、兄妹でそっくりだ」

 

「はあ!? 俺のどこが唯依に似てるってんだよ!」

 

「話の途中に自己嫌悪かつ猛省に没頭するところ。クソ真面目っつーか、融通の利かない頑固者っつーか」

 

「ゆ、唯依ほど酷くねえだろ! ……まあ、百歩譲ってそうだとしても別に変じゃねえだろ。むしろお前が軽すぎんだよ」

 

「突撃前衛だから機動力優先がモットーなんだよ。じゃなくてだな……ああもう面倒くせえ。つまり、会いたいのか会いたくないのかどっちなんだよ」

 

頭をかきながらの武の問いかけを前に、ユウヤは黙り込んだが、それも一瞬のこと。ユウヤは小さな声で「会いたいに決まってんだろ」と呟いた。

 

それを聞いた武は思った。こいつ面倒くせえと。それでも、ベトナムで会った時のミラの顔を思い出すと、渋々諭すようにユウヤに話しかけた。

 

「なら普通に会えばいいだろ。別に押し倒された挙句殺されそうになる訳でもないし」

 

「……体験談のように聞こえたんだが」

 

「あんまり思い出したくないから言わねーよ」

 

武はそう答えつつも、ユウヤを落ち着かせるために色々な質問をした。話を切り上げなかったのは、ヴィンセントに対して後ろめたい気持ちがあったからだ。騙したも同然に、ユーコンで別れることになった事から、せめて代わりになるか、とも考えていた。

 

一方でユウヤは、武の質問に対してぽつぽつと答えていった。

 

「会ったら……まず謝りたいな。色々とお袋の心を踏みにじるような真似をしてきたから。は、具体的に何をしたのかって? ……悪いが、言えねえな」

 

日本人を、父親を一方的に否定した事とか、とはユウヤは胸中だけで呟いて。

 

「後は……なんか、昔のことを思い出す度に挫けそうになるな」

 

「それは、嫌いだったからか?」

 

「……それは違うな。喧嘩は何度かしたが、嫌ったことは一度もない。爺さんとか、会ったことのない父親に対してはムカついていたけどな……四方八方敵だらけの中で、唯一の拠り所だった、って部分もあるが」

 

父に対する言動に関しては思う所もあるが、嫌いになっていたら軍に入った時の動機を抱くこともなかった。ユウヤはそう答えた後、深く息を吐いた。

 

「深く考えすぎても、結局は今更な事なんだよな………単純に、誤魔化さずに普通に話せばいいだけか」

 

「ああ。ひとんちの親子関係には口ださねえけど、誤魔化しが入ったらなんも解決しないと思うぜ。まずは話し合い、か? そのあとは強奪してきたお嫁さん紹介……は、できねえか」

 

「嫁ってお前な………いや、流石に機密の問題があるだろ。どちらにせよ今日は療養中でぐっすりだから、紹介したくてもできねえよ」

 

そのあたりの線引きをしておかないと、お互いに不幸になる。ユウヤの真面目な言葉に、武は若干目を逸らしながらも、そうだなと同意を示した。

 

「それに、あの二人の快復にはまだ少し時間がかかりそうだからな―――指向性蛋白って奴は本当にクソだな」

 

「その点については完全に同意するぜ。あのボルシチ野郎共は人を何だと思ってやがんだってな」

 

武とユウヤは頷き合いながらロシア人やサンダークの悪口をひとしきり言った後、どちらともなく時計を見た。そして朝飯に行くか、と立ち上がろうとした所で部屋に備え付けられていたスピーカーが声を発信し始めた。

 

『あー、マイクテスト。マイクテスト。二人とも、聞こえるかしら』

 

「……この声は、夕呼先生?」

 

「先生? ユウコって……ああ、副司令か」

 

二人は困惑した。聞こえてはいるが、応答した所で通信も繋がっていないため、向こうには通じないだろう。そう思った所で、武がハッとした顔になった。

 

「まさか……盗聴器!?」

 

『そのまさかよ。男どうしの話には興味無かったけど、二人で楽しませてもらったわ』

 

「……二人?」

 

苛立ちを覚える武とユウヤだが、先に“二人”という単語の方に反応した。夕呼はともかくとして、誰が。問いかけようとした所で、武達が居る部屋の扉が開いた。

 

現れたのは、1人の女性だった。金色の髪も長く、国連軍の技術士官の服を身に纏っている。その姿に、先に反応したのはユウヤの方だった。

 

「……母、さん?」

 

「………ユウヤ」

 

二人は互いの存在を、名前を言葉にした。視線には背後の壁も、隣に居る武でさえも忘れ、お互いの姿しか映っていなかった。

 

ユウヤはいきなりの事態を前に、心臓の音が煩いぐらいに膨れ上がるも、口を金魚のようにパクパクすることしかできず。ミラは、その様子をじっと眺め続けていた。

 

動揺も極まる中、その影響は仕草にも出ていた。前に踏み出そうとするも、足が動いてくれない。一歩駆け出すのが、絶望的に遠い。そんな空気の中で、スピーカーからため息の音が零れ出た。

 

『おせっかいはここまでよ……白銀。盗聴器は植木鉢の後に一つだけ。回収して、執務室に来なさい』

 

「了解です」

 

夕呼の意図を察した武は、指定の場所に駆け寄り、盗聴器を発見するとそれをつまみ上げた。

 

「見つけました。あれ、埃がついてない? ……ということは」

 

『うるさいわね。いいから、あんたも空気読んで早く部屋から出なさい』

 

「……ですね。じゃあ、あとは任せます」

 

武が告げるも、二人はおろおろと視線を彷徨わせるだけ。ささっと武が退室した後も、二人の距離は一歩分だけしか変わらなかった。

 

去り際に武から背中を押されて、部屋の中。緊張した面持ちのミラ・ブリッジスは、意を決したようにユウヤの目を真正面から見据えた。

 

「……ごめんなさい。私自身、踏ん切りがつかなくて」

 

「なにを……いや、もしかしてさっきの話を聞いて……?」

 

「ええ。いきなり、私の事を話し始めたのには香月副司令も驚いていたけど」

 

絶妙なタイミングね、と盗聴器から入ってくる声を大きくしたという。それを聞かされたユウヤは、俯いた後に尋ねた。

 

「怖い、のは……俺と会うことが?」

 

「ええ。私は、最低なことをしたから」

 

「……それは」

 

何を指しているのか。問いかけようとしたユウヤを遮るように、ミラも俯きながら答えた。

 

「子供の頃から辛い思いばかりさせて……挙げ句の果てには、貴方を裏切った。1人にしてしまった。生きている事を報せず、私だけ逃げてしまったのよ」

 

あんなに、思っていてくれたのに。血を吐くような言葉を聞いたユウヤは、ハッとなった後、顔を上げた。

 

「違う! それは、母さんのせいじゃないだろう!」

 

怒りを顕にしながら、叫ぶ。

 

「全部、理不尽に巻き込まれた結果だ! くだらねえ理屈を振り回すクソ共から、俺を守るために……助けがなかったら、自殺するつもりだったんだろ!?」

 

横浜基地に来て間もなく、ミラが失踪した経緯と事情を聞いたユウヤは、怒りのあまり隣にあった椅子を蹴り上げた。今は、その時よりも深く大きい怒りの炎がユウヤの脊髄を焦げ付かせていた。

 

悔恨の言葉に嘘はなかった。悲痛な声は、思い出にあるものよりも傷ましく。双眸より流れている涙さえ、卑怯者のやる行為だと自分を責めているようで。

 

何よりも、死ねば良かったなどと、後悔の言葉を発するなんて。察したユウヤは、怒りのあまり震えていた。

 

―――よくも、よくぞ、やってくれたな。

 

呟いたユウヤはぎしり、と砕けんばかりの力で歯ぎしりをした後、前に歩き始めた。

 

ミラはその様子に気づきつつも、逃げることなくその場に留まり。歩み寄ったユウヤはミラの前に立ち止まり、俯いているミラを見下ろした。

 

その姿を見たユウヤは、ユーコンに配属してから何度目になるだろう、新しい事実を発見していた。

 

(こんなに小くて、細い………悲しんでいて。なのに、俺はそれに気づかないままずっと……っ!)

 

軍で見てきた鍛え抜かれた者たちに比べれば、母であるミラの身体はあまりにも弱く見えた。幼い頃は見上げるような存在で、その厳しさと強さから、一生叶いそうにないと思ったことがあったというのに。

 

ユウヤは後悔の念が唾液になって、口内に広がっていく感触を覚えた。それはあまりにも苦く、己を苛むもので。

 

だが、直後にはその全てを振り切って、最後の一歩を詰めた。

 

そして、びくりと肩を震わせるミラに構わず、力の限りその身体を全身で包み込みながら、告げた。

 

「―――良かった」

 

「……え?」

 

「生きていてくれて、本当に良かっ……!」

 

ユウヤは、どうしてか視界が塞がっていく感触に襲われていた。目の前が雨に打たれている時のように滲んで、よく見えない。その雨粒が、水滴が、ミラの肩に落ちていった。言葉も、最後まで形にすることができなかった。

 

抱きしめられたミラの位置からは、その顔は見えない。ただその水滴と、嗚咽混じりの声が、強い包容の力がミラの心を締め付けた。その力は心の中にある罪悪感を増幅させたが、更にその奥にあった自身の願いは負の感情より大きく、何倍も膨れ上がると、単純な声になって集約した。

 

 

「……ありがとう」

 

ユウヤの背中に腕を回し、精一杯に抱きしめ返し、ミラは言った。

 

 

「―――生きていてくれて、本当にありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………それで、なんでいきなり予定が繰り上がってんですか。ミラさんが来るのは、今日の昼頃だった筈ですが」

 

「敵を騙すにはまず味方からよ。この時期の横浜基地に来訪する客がどういった側面を含んでいるか……危険性も、ユーコンでの騒動を考えると、分かるでしょ?」

 

「それは、まあ……CIAは屈辱を受けたどころの騒ぎじゃないでしょうからね」

 

CIA、DIAはユーコンの騒動で得ようとしていた米国の利益を、ユウヤの決断によって大半を掻っ攫われたようなものだ。

 

不知火・弐型関連では、技術を盗用しようとした日本に対して非難の声明を出すことで、国際的な発言力を削ぐつもりだったと思われる。

 

オルタネイティヴ3の遺産であるイーニァ、クリスカに関連することも、これからの対ソ連政策の札にするつもりだったと考えられる。

 

それを防いだ勢力として、考えられるのは片手に余る。その中でも候補の筆頭とも言えるオルタネイティヴ4の本拠地である横浜基地に対する注意力が、米国の中で更に高まっていくことは必然だと言えた。

 

「ミラ・ブリッジスの来日は必然だった。これは間違いないわ。とはいえ、彼女の存在は爆弾そのものよ。取扱方法を間違えれば、大きな痛手を負うことになる」

 

「……それで、この後はどうするんですか?」

 

「昼までは時間を取ってあるわ。親子の話し合いはそれで終わりよ」

 

「あと3時間程度、ですか。でもそんなに長引きますかね?」

 

「それは、本人たち次第ね。でも、複雑な過去を持っている親子どうし……色々と話すことはあるでしょ」

 

以前には話せなかった事とか。その言葉に、武は小さく頷いた。そして、間に入ろうとも思えなかった。あれは家族の中の会話で、他人の自分がしゃしゃり出る事ではないと感じていたからだ。

 

結果は不明だが、自身の経験から分かることは一つだけ。その会話が終わった後は精神的にかなり疲労しているだろうという事だった。

 

「でも、その後は弐型の開発責任者とテスト・パイロットとして話し合ってもらう必要があると」

 

「その通りよ。でも―――なにを他人事のように言ってるのかしら」

 

アンタはアンタでやることがあるのよ、と夕呼は告げながら武に書類を手渡した。武は嫌な予感を覚えつつもその書類を受取り、表紙に書かれていた文字を読んだ後、顔を上げた。

 

「えーと………よりによって、このタイミングですか?」

 

「バカね。だからこそ、ここで一気に片付けるんじゃない」

 

時間的余裕もないからね、と笑う夕呼の前で、武は小さくため息をつきながら書類に書かれていた報告書類のタイトルを読み上げた。

 

「―――“JRSSの開発成果及び他方向への技術流用に関する報告書”、ですか」

 

その報告者は、篁祐唯と記載されていた。その名前を確認した武は、自分の胃がキリキリ鳴る音を聞いたような気がした。

 

「ちなみに、明日の昼過ぎに到着する予定だからよろしくね」

 

「早っ!? って準備期間無しですか!」

 

「一日あるじゃない。あと、篁唯依と帝国陸軍の巌谷中佐も来るわ」

 

何気なく告げられた名前の数々は、その意図は今更問いかける必要のないもので。それを聞いた武は顔を青くしながら、自分の腹を押さえつつも、関係者の中で唯一出席しないであろう父に、心の中で文句を垂れることしかできなかった。

 

その後、昼から武とユウヤとミラは同じ部屋に集まっていた。武はそこで、涙が原因だろう、目を赤く晴らした親子に対して何かを問いかけることしなかった。何処か吹っ切れたような表情をするユウヤと、感謝を告げてくるミラの言葉に頷くだけで、どういった言葉を交わしたかを尋ねることはなかった。

 

ただ、明日のために頑張りましょうと握手を交わし、不知火・弐型の開発における情報交換を始めることになった。

 

「それで……弐型の開発は順調だと聞かされていますが」

 

「ええ。貴方から提供されたデータを元に、以前から準備は進めていたから」

 

データとは、平行世界のユウヤが開発した不知火・弐型のことである。この世界で開発されたものより性能は落ちるが、その改善点には共通する事項も多いと見た武が、ベトナムに行った際に一緒に譲渡していたのだ。

 

アルシンハと影行はそのデータを元にして前もって技術者へ周知を行っていた。その構造把握や製作図の整理等、工場で部品を作るに必要な事前準備を進めていたのだ。

 

工場の方も、前もって生産ラインの確保は済ませていた。優秀な工員の収集も進められていて、最終的な弐型の設計図を元に量産を進めていく体制はほぼ整いつつあった。

 

「それでも、工場はまだ動いてない? ……いや、そうか。母さんがこっちに来たのは……」

 

「そうね。個人的な事情によるものだけじゃないわ」

 

ユウヤはミラが来日した意図を察した。弐型の改善点等をまとめたのは自分だが、開発責任者であるミラとの面識はない。それが原因で、もしかすればだが意図した事とは逆の結果になってしまうかもしれないのだ。

 

「解決するには、面と向かって確認しあうのが一番なのか………勘違いの芽を潰すためには、慎重過ぎる方が良いのは分かるけど」

 

「それもあるけど、生産ラインが動き始めたら手遅れになりかねないから。一端出来た流れを修正するのは非常に困難なのよ……何より、貴重な時間が失われることになる」

 

図面に不備が出たら、その修正と確認に時間がかかり、更にその後に工場での金型の修正等が必要になる。時間、経費共に浪費されてしまうのだ。

 

「いざとなったら、ね。第四計画の事を考えると、納期厳守が最優先。でも、それを言い訳にして中途半端なものを作り上げたくないから」

 

「それは……開発者としての意地って奴だよな」

 

「ええ、そうね。せめて戦地に送り出すなら、出来る限りの仕事をする。それが開発者としての義務よ」

 

「……ああ。俺も、同じだよ」

 

ユウヤは嬉しそうに呟いた。何より、ユーコンでの開発の日々がある。個人的にも思い入れがある弐型を、不満が残る形で世に送り出したくない気持ちがあった。

 

互いに頷き合い、打ち合わせが始まった。武を議事録役として、ユウヤとミラは弐型の図面を元に、忌憚なく意見を交換し始めた。

 

二人は感情的になることなく、一つのものを作り上げるために誠意を尽くした。具体的には、武に言われるまで、用意されていた飲み物に見向きもしなかったぐらいに。

 

その、合成ではない天然モノのコーヒーを飲んだ後も、様子が変わることはなかった。言葉に継ぐ言葉、意見に足される意見、情報の上に編み上げられていく情報。途中で熱中した二人による勘違いが起きそうになるも、第三者の視点に専念していた武が疑問を挟んでいくことでそれは解消されていった。

 

そうして、打ち合わせが終わったのは午後10時が過ぎた頃。武は議事録を書いたノートを脇に避けた後、机に突っ伏した。

 

「……腹減ったぁ」

 

「俺もだ……でも、この時間だしな」

 

基地のPXは24時間体制で動いているが、今日の深夜は京塚曹長や鑑軍曹が当直ではない。武は食堂で、ユウヤは運ばれてくる食事からその二人の腕の良さを知っていた。

 

人間、美味しいものを知れば、美味しくないものに対する忌避感は強まっていくものだ。贅沢は敵だと知っている武達とはいえ、人間である。いつもとは違う疲労を抱えている今、あまりそういったものを食べたくないかも、という思いが湧き出るのは当たり前のことだった。

 

それでも、何か食べなければ眠ることさえできないだろう。そう考えた武はノロノロと動き始めるも、そこでミラの様子に気づいた。

 

同じように腹を空かせているユウヤを見ながら、何かを言おうとして、でも言い出せないような。武は動物的直感から目を輝かせた後、ミラに話しかけた。

 

「もしかして、ですけど……何か、事前に用意しているとか? 例えばユウヤの好物とか」

 

「えっ!? あ、いえ、その、それは………」

 

言い淀むミラ。その顔を見たユウヤは、ハッとなった顔をしながら尋ねた。

 

「多分だけど―――肉じゃが、だよな」

 

母さん、と言葉を重ねるユウヤ。ミラは驚きつつも、小さく頷いた。

 

「基地に到着したのが昨日だったから……フロアに備え付けられていたキッチンを借りたのよ。材料は、影行さんが副司令に掛け合ってくれたようだし」

 

「……やるじゃねえか、親父」

 

でもそれはそれとして明日の打ち合わせに出席してくれねえかなあ、と武は思った。

 

 

「それで、その、だけど………………………………食べる?」

 

 

たっぷりと間を置いた後の問いかけに、ユウヤは勿論だと笑顔で頷き、武は両手を合わせて頂きますと告げ、頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、横浜基地。その部屋の中で、武は目の下の隈を揉みほぐしながら来客を待っていた。実戦や訓練による疲労ならばともかく、単純に頭を動かすことでの疲労に慣れていない武は、いつもより疲れを感じていた。

 

(でも、達成感がある……弐型の出来は、それだけ凄い)

 

疲れた甲斐があったと、武が躊躇いなく頷けるぐらいに、弐型の向上した性能は素晴らしいものだった。戦術機の最高峰である米国のYF-23には及ばないが、それに準ずると断言できるぐらいの性能があるのだ。費用対効果を考えれば、F-22(ラプター)YF-23(ブラック・ウィドウ)、武御雷とは比べ物にならないぐらいに。

 

ハイヴ攻略戦においては、性能もそうだが、数を揃えることも重要なファクターになる。XM3による反射速度向上も加われば、鬼に金棒だ。

 

後は、長丁場になる傾向にあるハイヴ攻略戦において、戦術機の継戦能力をどう伸ばすか。そう考えていた武の元に、打開策を作り上げた人物が現れた。

 

1人は、隠しても隠しきれない疲労を若干ながら表に出すも、あくまで武士然として姿勢を崩さない男。ユウヤに似た容貌を持ちながら、その雰囲気は日本人そのものである篁祐唯。

 

もう1人は、見た目には筋者に見えるほどの強面。頬の傷を誇りにしているのだろう、醸し出している雰囲気は何にも恥じることはないと言わんばかりに堂々としている、巌谷榮二。

 

二人はまず武に歩み寄った後、仕事の話に入る前にと、礼を述べた。

 

「唯依から話を聞かされたよ……ありがとう、唯依を助けてくれて」

 

「こちらもだ、礼を言う。あとは、唯依ちゃんからも言葉を預かっている……今度会った時に直接お話したいことがあります、とな」

 

「は、はは……いえ、こちらこそユーコンでは色々と助けられましたので」

 

武は、その最後には助けるのと対極になる行為もしたけど、とは口に出せずに。ただ、お話の内容が気になっていたが、気合で表には出さなかった。そして二人の呼称から、これはプライベートな話であることを察した武は、小さく頷いて礼を受け取った。

 

「でも、今日こちらに来ると聞かされていたんですが……」

 

「……少し、別件が重なってね」

 

祐唯が答えるも、その表情は少し硬い。武は何かあったのかな、と思ったが藪蛇になりそうなのでそれ以上詮索することはしなかった。

 

その後、二人は立場と実績に相応しい軍人の表情になった。武も同じく思考を切り替えると、席に案内して椅子に座った。

 

階級は、祐唯だけが少佐で、武と榮二は中佐だ。そのため、祐唯は敬語を使って説明を始めた。

 

武は机の上に用意していた書類を手に取った。その題名には、統合補給支援機構、通称をJRSS(ジャルス)と呼ぶ、以前に武が祐唯に提供したものの名前が記されていた。

 

アタッチメントといった専用のものを必要としない上に、墜落した機体からも補給が可能となるという機構。戦術機の継戦能力を高めるための一つの解となる性能を持つそれは、将来的に訪れるであろうハイヴ攻略戦における重要な武器になると判断した武が、事前に仕込んでいたものだ。

 

(―――だけど、まさかだよな)

 

内心で呟く武に、祐唯から開発経緯の説明が始まった。

 

・・・・・・・・     ・・・・・

()()()()()()()()ではない、()()()()()で継戦能力を高める仕組みを。

 

 

「まず、JRSSについて……性能だけを見れば、極めて有能な機構と言えます。途中で脱落した機体の燃料や電力を無駄にすることなく活用できる。その効果は、攻略戦の回数が積み上がっていく度に増えることでしょう」

 

本来であれば、撃墜された機体に残っている燃料や電力は回収できない。戦闘が続けば地面に横たわっている機体は、BETAに踏み潰されてしまうからだ。そんな風に無駄になっていく燃料類を減少させることができる、という事は戦闘ごとに消費されていく燃料が少なくなるということだ。それは、戦費を減少させることに繋がっていく。軍事費の調達に頭を抱える者達の心労を減らす一助にもなるだろう。

 

 ・・ ・・・・・

()()()()()()()。謂わば死肉を漁るハイエナのように、死した戦友の亡骸を貪るに近い行為ですから」

 

「それは……そうですね。元は倒した敵機体から燃料を補給するのが目的ですから」

 

敵を人間とするF-22ならば、理に適った―――それでも強盗に近い印象はあるが―――機構である。だが、対BETAを想定して作られている国産機においては、戦闘中に脱落した味方機体の血を啜る行為とも見られる危険性が高い。

 

「補給時の危険性についても問題があります。本来よりも短時間で補給が可能となる機構を持つJRSSですが……それでも、戦闘中という事を考えれば決して短くはない時間です。そして回収途中にBETAに襲われれば、どんな機体であれひとたまりもない」

 

「あとは、コックピットから“はみ出た”仲間の死体を近くで見ることになる。それが原因で暴走する危険性も高まりますね」

 

祐唯の意見に付け足される形で出た武の言葉に、二人は表情を動かさないまでも、内心では小さく唸っていた。即座にその意見が出るとは、いったいどれだけの実戦を経験しているのか、と。

 

「……話を戻します。次に、JRSSを取り付けることにおける問題です。まず、現行の不知火は不可です。装置を積めるほど、余裕がある設計がされていないので」

 

「あー、そっちもありましたか。不知火は設計時の安全率がほんっとにギリギリですもんね」

 

安全率とは、材料に作用する応力と、材料が持つ強度の比である。1.0を超えれば強度を越えた応力は発生しないと言えるが、戦術機は本来であれば1.0ギリギリになるような構造にすることはほとんどない。将来的に機能等を拡張する際に、余裕を持たせておかないと、その選択肢が大幅に制限されるからだ。

 

だが不知火は、世界初の第三世代戦術機を目指すという意図がこめられたため、短期間に作られた機体である。性能は申し分ないものの、その反面として拡張性を失ってしまった。

 

「不知火に関する問題は、開発中の弐型に搭載することで解決できるかもしれない……ですが、先程挙げたような問題点は依然として残ってしまう」

 

「だからこその、他方向への活用ですか」

 

武は報告書の中で大きく題された、“燃料補給用の小型戦術機の運用”という部分を指差した。

 

「高機動とは言えないけど、地形の起伏をものともしない小型もしくは中型の機体に燃料を運ばせ、JRSSの機能を使って補給させる………数を揃え、燃料がある地点と補給地点を往復させる、ですか」

 

前日に確認した内容でもある。武はこの流用方法のコンセプトを考え、口にした。

 

「これは、JRSSの有用な点を分解した上で、“補給時間の短縮”、“実戦途中で補給が可能となる”という所を強調するんですね」

 

少なくとも戦闘中に補給をする、というような危険行為は不要になる。小型で数を揃えられるため、多くの機体への補給も可能となる。補給時間は、JRSS本来が持つ機能を活かせば、大幅な短縮が可能となる。

 

「燃料が少ない部隊……出撃した順に後退させ、補給を受けさせる。途中で燃料が足りなくなっても、周囲にフォローさせた上で、補給機体を少し前線に出せば立ち往生する機体もなくなるでしょう」

 

「別方向に運用すれば、弾薬のコンテナを持ってこさせることも可能、ですか……でも、その機体を動かす衛士は、どこから補充を?」

 

今の横浜基地でもそうだが、機体より衛士の数が足りていないのが現状だ。その衛士自体が居なければ、多くの小型機体を作るも、操る者が不足するという問題が出る。

 

武の疑問に答えたのは、巌谷榮二の方だった。

 

「補充については簡単だ。衛士の適性、その()()()()()()()()()()

 

「っ―――そういう事ですか! 現行の軍の水準は、戦闘時における高機動戦闘に耐えうる衛士を前提にされたもの! だから、補給のような単純な作業に専念させるなら、そこまで高い適性が無くても良い!」

 

上下左右に激しく身体を揺さぶられても操縦できる。一度に多くの情報を処理できる者でなければ、適性検査で弾かれる。何よりも、無駄なコストの消費を抑えるために。

 

「でも、単純な移動だけならそこまでの適性は必要ない。訓練期間も短縮できる」

 

「あとは、補給時の動作だが………香月副司令から聞かされた、白銀中佐の発明品が役に立つとは思えんか?」

 

「発明品? って、XM3ですよね。あれが何か……って、ああ、コンボ能力を使えばいいのか!」

 

コンボ能力の本質は、単純であっても特定の動作を組み合わせれば、予めプログラムされた特定の動作を機体に反映させることができるものだ。つまりは、複雑な動作であっても、前もってプログラムしていたら操縦の難易度は劇的に下げられるのだ。

 

「戦闘もしないから、損耗も少ない……戦闘中、何度も運用することができる。そんなに多くを手配する必要もない」

 

「その通りです。そして、戦術機の補助腕。複数を使うことが前提でしょうけど、小型の機体を固定できるようにすれば」

 

「―――高度な操縦技能を持つ通常の戦術機でも、運ぶことができる。周囲の援護を受けながらBETAの攻勢を掻い潜れば、ハイヴの入り口直前で補給を受けることができる」

 

ハイヴ攻略戦において突入部隊は最精鋭部隊になるよう厳選されるものだが、突入の成功確率はいかにその部隊がアクシデントなくハイヴの入り口まで辿り着くことができるか、という事に左右されるというレポートがある。万全な状態を保てないままハイヴに突入した結果、道中で燃料が尽きた、など笑い話にもならないからだ。その時点で最高峰の機体と衛士を失うことになるのだから、目も当てられない。入り口で補給を受けられるのなら、その懸念は一蹴できる。

 

それらを説明した後、祐唯は深呼吸をした。

 

そして絞り出すような声で、語り始めた。

 

「……このような方策を取るのではなく、JRSSをそのまま使えばいいという考えもあります。戦友たちの屍を血肉に変えて突き進めば良い、と主張する猛者も居ることでしょう。そのような者達からすれば、代替案を模索すること自体が甘いものであり、弱腰であると責められてもおかしくはありません」

 

軍人が死ぬのは当たり前だ。兵士は死ぬことが仕事だ。戦いにおいては道理であり、それこそが人類の切っ先たる衛士の役割であるのだ、と言われれば真っ向から反論することは不可能だ。軍はコストと、効率的な方法を好むが故に。

 

祐唯はそれらを述べた上で、それでも、という言葉を声に出した。

 

「戦術機を生み出した米国に倣うなら、合理性を重視するべきでしょう。効率的、という考え方は自分も好む所ではあります」

 

「……合理を否定するなら、知識の粋である戦術歩行戦闘機を開発する事はできないから、ですか」

 

「ええ……ですが、旧友に習って視野を広げてみたんです。そうすると、もう一つ………彼らが持つ、好ましい信条を思い出しました。米国、というよりは米国の海兵隊が持つ信念を」

 

「―――“我々は味方は見捨てない”、ですか」

 

味方を見捨てず、かつ合理的に継戦能力を向上させるにはどうするべきか。それを模索し続けたのだと、祐唯は言う。不思議とその方策が決定した後は、研究班の熱意も加速し、協力者も増えていった事も。

 

主観とは別に、米国からの技術盗用の回避や、欧州各国への受け入れ度といった客観性も含ませていったのだと。それらをトータルに考えた上でこの計画は動いていると、祐唯は告げた。

 

「それで……なんで、俺に報告を? 帝国軍が主導で動いているなら、俺はもう無関係な筈ですけど」

 

というより、裏で動いていた事を悟られる方が面倒くさい。そう告げる武に、祐唯は真面目に答えた。

 

「無関係な筈がないでしょう。最初の切っ掛けは、鉄大和という少年でした。誰に説明しても、信じられはしないでしょうが………」

 

それでも筋を通すためにも、と。祐唯はそう告げた後、実戦経験が豊富であろう衛士に意見を聞いて回っている事も説明した。補給部隊の機能や運用までの問題点と改善点について何かないかと、今は一つでも有能な衛士に意見を聞いて回っている事を。

 

「あとはXM3搭載について話し合うため、ですか……抜け目無いですね、篁主査」

 

父から聞かされた話を元に、かつて父が祐唯を呼んでいたのと同じように武は言う。祐唯は、小さく笑いながら頷いた。

 

その様子から、武は内心について推測した。戦場に出ることなく、開発に専念することを選択した背景を元に。

 

(ならば全てを開発に賭してでも、か………開発バカな所は、ユウヤそっくりだな)

 

ユウヤより勝っている点と言えば、周囲を納得させようという意志を元に、実際にそれらを形にしていく手腕か。

 

(それで、周囲を動かしきったんだからマジで凄えよな……こっちにとっては、嬉しい誤算だし)

 

JRSSとは異なり、小型戦術機は別方面への応用が効くだろう。戦闘だけではなく、戦後の復旧作業など。あるいは火星における歩兵的役割を果たすであろう、小型戦術機の技術発展にも影響していくだろう。

 

(弐型による直接戦闘能力の向上に加え、継戦能力の向上……道具に関する札は、あと一つだけだな。でも………複雑だな)

 

武は、祐唯を見ながら、地下に居る親子を想った。様子を見るに、ユウヤの存在には気づいていないのだろう。もし気づいていれば、違った反応を見せていた筈だ。

 

真実を聞いてから、胸中に吹き出すものはなにか。武は祐唯と会話した感触から、後悔と自責ではないか、と推測していた。

 

「……白銀中佐? どうかしたのですか」

 

「いえ……少し、考え事を」

 

武は答えた後、榮二の方をちらりと見た。そして、その視線がゆっくりと閉じられ、祐唯には分からない程に小さく横に振られた仕草を見た後、事情を察した。祐唯はユウヤの存在を知らされていないことを。

 

(なら、どうするべきか………なんて、俺が決めることじゃないか)

 

時間はまだある。で、あるならば当事者達の意志に託すのがベストだろう。そう考えた武は、自分の仕事をしようと、祐唯に言葉を返した。

 

「分かりました。XM3の手配は副司令に掛け合ってみます……あとは、問題点と改善点についても」

 

「では、今から?」

 

「ええ、まあ……多分、こんな機会はもう訪れないでしょうから」

 

武は内心でため息をつきながらも、報告書に書かれている情報から、自分が気づいた点を祐唯に話し始めた。

 

それでも、長い時間はかからなかった。関係者で煮詰められた報告書の完成度は相当なものであり、武が口出しできる部分は10数ヵ所しかなかったのだ。終わった後、武は小さく頭を下げた。

 

「すみません、大してお役に立てなくて」

 

「いえ……正直な所を言えば、思っていた以上の収穫でした」

 

その口調の成分は、二種類。大半の嬉しさの中に、若干の悔しさが隠れていた。その仕草は、これ以上はないと考えて意見を出したユウヤに対し、ミラがほんの少しだが改善点を示した時の仕草に酷似していた。

 

(成果を得られた嬉しさと、自分の未熟に対する悔しさがにじみ出てるのか、これは……マジで親子だな)

 

どうするべきか。判断がつかない武は、ワンクッションを置くことを選択した。具体的には、事情を知っている者を呼び出す方法を。

 

「……巌谷中佐。XM3の手配について、少しお話があるのですが」

 

「分かった……篁少佐には聞かせられない内容か?」

 

「別件にも関わっていますので、申し訳ありませんが」

 

武は嘘を言うことなく、榮二に訴えかけた。XM3の手配について、弐型の開発速度や、大東亜連合の勢力圏内で準備されているだろう小型戦術機の事を考えると、話をしておいた方が良いというのは確かだ。

 

別件とは、そのままミラとユウヤの件である。榮二は小さくため息を吐いた後に頷き、分かったと席を立ちあがった。

 

「―――時間は?」

 

「10分もあれば」

 

「と、いうことだ……篁少佐はここで待っていてくれ」

 

榮二の言葉に、祐唯は敬礼で答えた。

 

その後、武と榮二の二人は別室に向かった。道中、榮二は何も武に話しかけず、武も何も話さなかった。

 

そうして、3部屋分を移動した武は、その扉をノックした。

 

「白銀です。すみません、今入っていいですか」

 

「ええと……はい、どうぞ」

 

部屋の中から帰ってきたのは、女性の声。榮二は少し訝しく思うも、武に続いて部屋に入った後、待っていた女性の顔を見るなり、その表情を驚愕に染めた。

 

「まさか………ミラ、なのか!?」

 

「その顔は……ええっと、もしかしてエイジかしら?」

 

少し困惑するミラを置いて、榮二は武の方を見た。

 

「どういう事だ? 何故ミラが生きて……いや、それよりも、何故ここに!」

 

「色々と、複雑な経緯がね……それよりも、エイジこそどうして」

 

疑問を投げかけ合う二人。だが、その答えが口に出されるより先に、隣の部屋の扉が開かれた。

 

「大きな声で、誰が……って、あんたは」

 

「お前は……その顔は」

 

榮二はXFJ計画で見せられた顔写真から、その名前を呼んだ。

 

「ユウヤ・ブリッジス………」

 

「……そうだが、そういうアンタは何者だ?」

 

「巌谷榮二だ。祐唯の友であり、ミラとは……旧友になるか」

 

「そう、ね。私は今でも友達だと思っているけど」

 

「……そう、か。それはありがたいが………な」

 

榮二は複雑な表情をしながら、苦笑し。ユウヤは唯依の言葉から、眼の前の人物に関する情報を思い出していた。

 

「確か、小さい頃の唯依がちょっと怖がってた強面の」

 

「それを聞いた時は信じられなかったけど、今なら納得ね」

 

「……その情報漏洩者が誰かを、問い詰めたい所だが」

 

間違っても、唯依本人が言うことはないだろう。残るルートは、影行経由の武発か。察した榮二が武を睨みつけるが、武は視線を逸しながら誤魔化すように口笛を吹いていた。

 

「まあ、今の所はいい……それで、先程の問いに答えよう。俺は祐唯と共に、この基地に来ている」

 

「―――え?」

 

「壁を3つ、か。隔てた先に、祐唯が待機している……ミラも、自分の子供の存在も知らないままに」

 

榮二は具体的な情報を開示した。時間が無いからだ。あと20分で、自分たちはこの基地を去らなければならない。開発を進めるにあたり、この期に及んで無駄な時間を費やすような暇はないからだ。

 

そこまで説明した後、今度はユウヤに向けて問いかけた。

 

「もう一度言うが、祐唯はお前の存在を知らない。俺と影行は察していたが、教えることをしなかった。唯依ちゃんから聞かされた後でもな」

 

「それは……どういった意図で?」

 

「昔に関しては、確証が無かったからだ。推論で投下するには、重たすぎる爆弾だった。今は、開発に悪影響が出るのを怖れたからだ。事実を知れば、間違いなく開発は頓挫するだろう」

 

日本国内における技術類の評価については、それを開発する者の人格に左右される。特に信用度に重きを置かれるものにおいては、開発者の過去や実績、振る舞いや背景が実物に与える影響は無視できないものがあった。

 

「……広めるには問題があるから、俺の存在は消された。でもそれらは全部アンタ達から見た、アンタ達だけの都合だよな?」

 

「――その通りだ。自分を優先し、お前の存在を認めなかった……当時、気づいていた影行に口止めをしたのも俺だ」

 

「だから、篁祐唯に非は無いと?」

 

「………それは」

 

榮二は即答できなかった。非が無いとは決して言えないからだ。少なくとも子供が出来るような行為をしていた事は確かであり、ミラが失踪したことから、その裏事情を察することはできたのかもしれない。

 

「だが、祐唯を急ぎ帰国させたのは俺だ。斯衛にリークしたのもな」

 

それが原因で、祐唯は米国での情報収集の中止を余儀なくされた。ミラとユウヤの存在に通じる道を潰したのは誰か、という問いかけをすれば、間違いなく巌谷榮二という人間であると答えざるを得ない。

 

それを聞いたユウヤは、苛立ちのまま頭をかきあげながら、榮二を睨みつけた。

 

「どうして、なんて今更問わないぜ。事情を考える暇はあった……だけど、納得できるかどうかは別だ」

 

「そう、だろうな。ブリッジスの家の事は、過去にミラから聞かされている。想像できる、とは口が裂けても言えないが……」

 

「言ったらぶん殴るぜ。それが、誰であってもな」

 

ユウヤは榮二を鋭く睨みつけながら、告げた。榮二はその視線を真っ向から受け止め続けた。ミラは、口を挟まなかった。この場でどちらを擁護しようとも、結局は自分に対する言い訳になると思っていたから。

 

そうして、しばらく静かな時間が流れ。決壊は、ユウヤのため息と共に訪れた。

 

「戦友……違うな。友達を守るために自ら身体を張って、ってことか―――少し、アイツが羨ましいな」

 

「……なに?」

 

「別に、今更だって話だ。それに……俺の事をバラす必要はねえだろ」

 

呟くようなユウヤの言葉を、榮二は即座に理解することはできなかった。予想していた内容から、真逆の事を言われたからだ。

 

榮二は少し口を開閉させた後、ユウヤに問いかけた。

 

「―――それで、良いのか?」

 

「良いんだって、俺が決めた。母さんとも相談したんだけどな……恨みを晴らしたい、っていう気持ちはあんまり無いんだよ」

 

ゼロじゃないがな、と挟んでユウヤは続けた。

 

「お互いに、事情があったんだろ。それが分からないほどガキじゃねえ。納得はできねえけど、ただ……理解はできた。そんだけだ」

 

それよりも暴露する方が怖いと、ユウヤは言った。

 

「日本における開発は、無駄になる。弐型への悪影響も、あるだろうな。そうなると唯依が悲しむし、唯依のお袋さんだって悲しむだろ。違うか?」

 

「……違わないが、それは」

 

「俺にはそっちの方が重要だって話だ……バラすかバラさないかは、俺に託された。母さんと話し合った結果だ。その上で俺は、黙った方が良いと判断した」

 

すっぱりと言い切ったユウヤに、榮二は絞り出すような声で尋ねた。

 

そこにはお前が含まれていない。お前自身が報われることがないと。

 

ユウヤは、だからだよ、と親指で自分の胸を指した。

 

「家名じゃなくて、母さんに送られた名前……その字にこめられた祈りを無視したくなかったんだ」

 

祐弥―――あまねくを助ける人間に。暴露はその祈りを潰すに等しい、無意味なことだとユウヤ・ブリッジスは言った。

 

榮二はその姿を見て、絶句した。直後に、堂々たるその姿を見て、惜しいと思った。今となっては有り得ない、もしもの話を。

 

何の障害もなく、このユウヤ・ブリッジスが篁祐弥になっていたら、と。その考えはユウヤの今の姿や、ミラ、栴納、唯依といった篁に関係する全てに対する侮辱に繋がる考えのため、即座に否定したが。

 

一つ息を吐き出した後、榮二はユウヤの視線を改めて見返し、尋ねた。

 

「……それで、全てが許されるなどとは思っていない。俺も……聞くことはできないが、祐唯もな」

 

「当たり前だろ。アンタ達の事、何もかも許したって訳じゃねえよ。出来るなら、アンタともども一発殴ってやりたかったけど……その気持ちも失せたしな」

 

嫌な奴ならば、尊敬できない奴なら遠慮なく通り魔になったのに。

 

ユウヤは呟いた後、改めるように榮二に告げた。

 

「篁祐唯に伝えといてくれ。唯依や、センナさんだったか? 二人を悲しませたら、通りすがりの日系米国人がアンタの頬を張りに行くってな」

 

ユウヤは告げながら、内心で呟いた。

 

―――もしその二人を悲しませるなら、今の祐唯を想って名乗り出ないことを決めた、母・ミラの思いさえも無駄になっちまうと。

 

秘められたその言葉を薄々と察した榮二は、深々と頷いた。

 

「分かった……確かに、伝えておこう」

 

「ああ……言葉の選別は任せる」

 

そのまま隣の部屋に戻ろうとするユウヤを、榮二が呼び止めた。だが、ユウヤは振り返らないまま、榮二とミラに告げた。

 

「二人の会話の邪魔になりたくないんだ…………あとは、察してくれよ」

 

ユウヤはそのまま隣の部屋に入った後、扉を閉めた。その背中を見送った榮二とミラは、どちらともなく呟いた。

 

 

「……あの頃と同じようには戻れないのは、分かっていたつもりだが」

 

「進まなくちゃいけないのよ、きっと………誰も彼もが」

 

 

 

 

 

扉の閉まる音を背中に、ユウヤはため息を一つだけ。そのまま真っ直ぐ進むと、机の横にある椅子に勢い良く腰掛けた。

 

ぎしり、と椅子が軋む音のまま、ユウヤは黙り込んだ。だが、即座に顔を上げると、机の上にあるヘッドホンを―――武と祐唯、榮二が言葉を交わしていた部屋に設置された盗聴器に繋がっているそれをじっと見つめながら、呟いた。

 

「……“我々は味方は見捨てない”? はっ、どんな皮肉だよ」

 

一人息子の存在さえ知らないままによ、と。ユウヤは呟きながらも、口は笑う時の形になっていた。

 

そうして、ヘッドホンの向こうに居る父親を。

 

3つの壁を越えた先に居る篁祐唯の方を見ながら、小さく呟いた。

 

 

「今の嫁さんと、唯依を大事にしろよ…………糞親父が」

 

 

言葉と共に、水滴が二つに、三つ。

 

ユウヤの足元に落ちては、床の染みになって消えていった。

 

 


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