Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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300万文字突破ぁ!



25話 : 先のこと

 

早朝、横浜基地の廊下。とある部屋から其処に飛び出た二人は、無言のまま歩を進めていた。片割れの男―――ユウヤが、ぼそりと呟いた。

 

「……武。お前、副司令に何したんだ? すぐに謝った方がいいぜ」

 

「いきなり断定かよ。いや、心当たりが無いこともなくはないけど」

 

「どっちだよ。いやどっちでもいいが、早く何とかしてくれよ」

 

ユウヤは咎める視線を武に向けた。原因は先程言葉を交わした、この基地でも随一とも言える権力を持った女性にあった。具体的には、そのあまりの機嫌の悪さに。武は、小さなため息と共に、何かされた訳じゃないと無罪を主張した。

 

「あれは疲れてるだけだって。いよいよ研究も佳境を迎えたって聞いたし」

 

ただの疲労と寝不足が重なった結果だという説明に、ユウヤはそういうもんか、と訝しみながらもひとまずの納得を見せた。

 

「それにしても、研究、か……内容は知らされてないが、重要なものなんだよな」

 

「ああ。下手しなくてもこの星の行く末を左右する話だ。頭が良くない俺でも、それぐらい分かる程に」

 

因果律量子論はひとまずの完成を見せた。今研究しているのは、それを応用してのことだ。その一歩目として、XG-70を活用する方法を模索する事が挙げられる。

 

「……あっちでも噂にはなってたけどな。ただの失敗作として」

 

「試運転で起こった事は、どこまで公開してんだかなあ。なんか、搭乗者がシチューになった、って話だけは聞かされたけど」

 

肉もスープも真っ赤っ赤。想像するだけで気分が悪いと、武は毒づいた。ユウヤは、何ともいえないような表情で遠くを見た。

 

「米国らしいフロンティアスピリッツが裏目に出た例だな、きっと。開発衛士に哀悼の意を捧げるぜ、クソッタレ」

 

「あー、合理的を謳ってんのに、豪快過ぎることするのはそれが原因か。巻き込まれるこっちはたまったもんじゃねえけど……だってのに、病的なまでに裏工作仕掛けてくるし。北米担当の外務二課は、マジ大変だろうな」

 

「いやいや。米国も人員は無限ではない。ならばやりようはいくらでもあるのでね」

 

「日本だけじゃなくてソ連に欧州、統一中華戦線に大東亜連合にも注意を払う必要があるからか――――っっっ?!」

 

瞬間、ユウヤはそこから飛び退いた。そのまま、最大限の警戒を持って“その”人物を見た、が。

 

「おい、武?!」

 

「あー……この人なら大丈夫だって。なんかデジャブを感じるけど」

 

「それはいけないな、白銀武。既視感は疲れから来る錯覚だと聞いた覚えがないような」

「いや、どっちですか」

 

「聞けば答えが返ってくると思うのは甘えだよ、白銀武」

 

「……いや、そうですけど」

 

「香月博士曰く、思い込みの一種らしい。私的には、因果律量子論あたりが関係していると思うのだがね」

 

「って答えるのかよ!」

 

武がツッコミを入れるも、現れたスーツ姿の、帽子をかぶった男はひらりとそれを回避した。ユウヤはその二人のやり取りを呆然と眺めていたが、正気を取り戻した後、警戒を強めた。

 

「……知り合いかよ。ていうか、一体何者だ?」

 

「ふむ……人に名前を尋ねるのなら、まず自ら名乗りなさいと教えられた覚えはないのかね、ユウヤ・ブリッジス」

 

「いや……て、ちょっと待て。俺の名前を知って……!?」

 

「こと情報省に於いて、君の名前を知らない者は居ないよ。あるいは、篁祐弥と呼ぶべきかもしれないが」

 

その言葉に、ユウヤは驚きと共に警戒心を最大限まで高めた。敵意と怒気に彩られた視線が、スーツの男に向かった。男は、おやおやといった表情でそれを受け止めると、何でもないように口を開いた。

 

「私は微妙に怪しいものだ」

 

「……いや鎧衣課長、違うでしょ。確かにこの上ないぐらい怪しいけど」

 

武は翻弄されるユウヤに割って入って、スーツの男の正体を説明した。

 

「ユウヤ、この人は……噂をすればの帝国情報省外務二課の人だ。そこで課長をしているらしい、鎧衣左近っていう変なおじさんだ」

 

「外務二課の課長……ってことは、こいつが母さんを?」

 

母親であるミラ・ブリッジスを助けた1人か、というユウヤの質問に武は頷きを返した。それを見たユウヤは訝しげな表情をしつつも、警戒を薄めた。

 

「……一応、礼を言っとくぜ。あんたのお陰で、母さんは助かったようなもんだからな」

だが、とユウヤは話を転換させた。その情報省の人間が、どうしてここに居るのか、と。その質問に対し、左近は先程の話題が答えだと言った。

 

XG-70の件で副司令に伝えるべき事がある、と。その言葉に武は頷き、案内をするべく来た道を引き返していった。

 

間もなくして、副司令室へ入った三人は、夕呼の不機嫌全開の視線に晒された。その視線は、整っている容貌から放たれるが故に余計に殺伐していると感じられ。怯む武とユウヤを置いて、左近は飄々とした態度のまま、話を進めた。

 

「XG-70の件について……米国と国連の間で一悶着があったようですが、概ねは受け入れられたようですな」

 

「ふん……まあ、当たり前よね。“あんな”事があった後だし?」

 

「面子を潰された、と国連軍のある勢力が奮闘した成果だそうで。なにせ保持するHSSTが2機も事故にあったのですから……怖い怖い」

 

「……キリスト教恭順派に傾倒した国連の職員、かしらね?」

 

「これはこれは、お耳が早い。流石は日本が世界に誇る、見目麗しき香月副司令閣下ということですか」

 

表情も変えずに、左近が言う。夕呼は舌打ちを押し殺しながら、答えた。

 

「別口からタレコミがあったのよ……役立たずとは違って、ね」

 

「これは手厳しいですな」

 

夕呼は、国連事務次官である珠瀬玄丞斎から受け取った情報を惜しげもなく左近に与えた。今回の騒動で、玄丞斎他、基地にいた国連の職員を葬って得をするだろう勢力についてを。

 

発端は昨年、ある国連職員がG弾に関する資料を暴露した事件にまで遡る。そのあまりにもあまりな威力と悪影響を知った各国の要人達は、様々な反応を見せた。

 

米国では、国内の議会でも使用に疑問を持つものが増え。G弾を保持しない国々は、そのG弾の脅威論から、オルタネイティヴ計画の是非を問うまでの騒動に発展したのだ。

 

「その職員は、キリスト教恭順派に傾倒していた人物だった、ってね……いかにもきな臭いと思わない?」

 

「いやいや、ただの公務員には何とも言えませんが……つい最近、恭順派なる集団がとある基地の騒動に関与していた情報は入っていますよ。噂では難民解放戦線だけでなく、CIAとも連絡を取り合っていたそうで」

 

左近の言葉に、武はユーコンだなと呟き、それを聞いたユウヤは驚いた表情で武を見た。日本語で会話されているため、内容の全てを理解できないが、情報省とユーコン、キリスト、CIAという単語から連想できるものがあるからだ。そんな二人を置いて、場を支配する二人は話題を進めていった。

 

「特に、指導者(マスター)と呼ばれている人物について……足取りの全てが分かった訳ではありませんが―――」

 

「欧州とも繋がりがある、と。下手に手を出せば、色んな所で火事が起こりそうね」

 

「心配性ですなあ。ただボヤで済むのか、大火に至るのかは、これからの風向き次第でしょう……こちらも他人事ではありませんが」

 

外の勢力に入り込まれている件について。左近が告げた内容に、夕呼は戦略研究会の名前を出した。

 

「おお、これは話が早い。勤勉な若手の将校達が主導する勉強会のことは、既にご存知でしたか」

 

「ええ。真面目すぎる所もね……そいつらの思想に興味はないけど、関わっている勢力を聞けば話は別よ。で、そこまで掴んでいるのに、放置している理由は?」

 

「お恥ずかしながら、裏が取れていないのですよ。ただ、帝国国防省と内務省にちらほらと悪い影が見えていまして」

 

「ふん……国益を最優先する誰かさんが、売国の輩に囁いているとでも?」

 

「HSSTの一件はXG-70で手打ちに。そう判断したのは、次なる手があるから、というのは想像の範疇を逸脱しませんがね」

 

左近はそこまで話すと、視線だけを武とユウヤの方へ移した。

 

「把握しておきながら、積極的には動かない。既に手は打っていると、そういう訳ですか。ああ、そういえば先の防衛戦では、謎の部隊だけではなく、斯衛の精鋭もかなりの成果を見せたとのことですが」

 

「あら、そうなの。初耳だけど、まだ日本も捨てたものじゃないってことじゃない?」

 

他人事のように、夕呼は肩を竦めた。左近はそれに何の反応も見せず、帽子の前のつばに手をやりながら、それを少しだけ下ろした。

 

「……実は、本題はここからでして。どうしても確認しておきたい人物が居るのですよ」

 

「ここにきて大東亜連合だけでなく、統一中華戦線、欧州連合の衛士を集める理由。それが、知りたい訳ね」

 

あっさりと、夕呼は先日に手配を済ませた件について暴露した。左近は動じず、問いを返した。

 

「オルタネイティヴ4以外に興味がない博士が、ここに来て外の力を動かし始めた。この星の未来を案じる者の1人としては、興味深い出来事です」

 

「それは、国のためではなく?」

 

「ええ。火事と喧嘩は帝都の華と言いますが、それも人が営む生活があってのことでしょう」

 

微笑と共に告げられた言葉に、武は微妙な気持ちになりながらも、言わんとする所を理解できてしまっていた。人類同士の対立や抗争を喧嘩と例えられるのも、足場であるこの星があってこそ。BETAに負けて全てを失えば、喧嘩という概念さえ根こそぎにされてしまうのだ。

 

だからこそ、と。手に力を入れる武の姿を目にしながらも、左近は話の先を言葉にした。

 

「これから日本国内で起きる事件は、恥という言葉が含まれるでしょう。それらを国外に晒すことになりかねない点について、お聞きしたいのですよ。果たして趣味から来るものなのか、それとも―――」

 

「趣味らしいわよ。いえ、悪戯好きなガキが仕掛けた茶番劇とも言えるかもしれないわね」

 

唐突な言葉に、左近が言葉を止めた。その隙にと、夕呼はキーワードだけを並べた。米軍の無断帰還に、G弾の無断投下。電磁投射砲に、横浜基地で起きた襲撃事件、ユーコンでのテロ事件、ソ連の軍事施設強襲に、HSST落下の事故。そして、と左近を真正面から見返しながら、告げた。

 

「正に、よ。これから先に起きる騒動は、どうしても必要でしょう? ―――そちらにとっても、ね」

 

「……207B分隊の任官もその布石、とおっしゃられる」

 

「6人も要らないけどね。必須だった人材は二人……いえ、今は1人だけかしらね。ただ、経過は順調だとは言っておきましょう」

 

「成程……かの娘の動向を探りに来ただけですが、想定以上に面白い事になっているようで」

 

「詳しく調べたければ、自力で掴むことね。祭りに乗り遅れたいのなら、別に止めはしないけど」

 

夕呼はそう告げるなり、内線でピアティフに連絡を取った。鎧衣課長がお帰りだから、エントランスまで送っていきなさい、と。それを聞いた左近は微笑を浮かべたまま、武とユウヤに向き直ると、告げた。

 

「怖い人物からの伝言があるが、聞くかね?」

 

「ええ、是非」

 

「ふむ……“11月の末から12月の初旬頃まで、第16大隊は仙台で機体の点検と改修を行う”、とのことだ」

 

「……崇継様からですね。分かりました、と伝えといて下さい」

 

「あとは、“今度は勝つから勝つまで死ぬな”だそうだ」

 

「……烈火な人からですね。そりゃ、こっちも死ぬつもりはありませんが」

 

「おお、忘れていた。最後の1人は、“体調には気をつけるように“とのことだ。買われているな、白銀武」

 

「五摂家の二大良心の片割れさんですか……」

 

武はそこで言葉を止めて、左近の方を見た。良心の、もう片方である人物の事を思い浮かべながら。左近はその視線を受け止めるも、微笑を携えたままで何も答えず。ふと、思い出したように懐からあるものを取り出した。

 

「これをあげよう……なに、お土産だ。部屋にでも飾るといい」

 

「……なんか、懐かしいというか、変わらないというか」

 

武はモアイ像を受取りながら、ため息をついた。

 

「おや、気に入らなかったかね?」

 

「いや、そうじゃなくてですね……って、分かってんでしょうが」

 

「力不足を責められたばかりでね……では、息子によろしく」

 

「はいはい、息子のような娘ですね。まあ、死なせはしませんよ……仕掛け人がどの口で、とか何とか言って責められそうですが」

 

16大隊が、帝都の外へ。それが“何を”煽っているのか、知っているから。ユウヤは話の内容を理解できなかったが、武の身が強張るのを見て、この先に何かが起こるのだろうとは、それとなく察することが出来ていた。

 

とはいえ、話が一割程度しか理解できなかったため、何を聞けばいいのかさえ分からない。戸惑うユウヤと、暗くなった武と、変わらない夕呼を置いて左近はあっさりと去っていった。

 

やがてピアティフから鎧衣が基地から出ていった連絡を受けると、夕呼は自分の椅子に座った後、盛大なため息をついた。それを見た武が、気の毒な人を見る顔で告げた。

 

「えっと……お疲れ様です。コーヒーでも入れましょうか?」

 

「別に、いいわ。今からちょっと眠るから……っと、その前に」

 

「ちょ、いきなり―――」

 

武は夕呼から投げられた書類を危なげなくそれを受け取ると、「受理されたんですか?」と夕呼に尋ねた。夕呼はユウヤを見た後、英語で話し始めた。

 

「ユーコンで撒いた釣り餌の効果は絶大よ。そりゃそうよね。大した金もかけずに、プロミネンス計画と同等かそれ以上の戦力向上を見込めるんだから」

 

肩を竦めながらの夕呼の言葉を聞いたユウヤは、武を見ながら呟いた。

 

「……XM3。それを配布する、と聞いた時は正気とは思えなかったが」

 

「それは必要経費よ。独占した所で、他国と戦争をする訳でもないし」

 

最たる理由は、仕上げのために必要な一手だから。夕呼の声ならぬ声に、武だけは無言で頷きを返していた。

 

「ユーコンでの計画も一通りは済んだようだしな。無理に国外に流出させるのは危険だし」

 

「だからこの基地に集めて演習するって話か。まあ、食いつかざるを得ないだろうな」

 

「XM3の有用さについては、国ごとに報告が行っている筈だからな……反応には大小あるだろうけど」

 

武は呟きながらも読んでいた書類の中で、集められる衛士の名前に見知った文字列を発見していた。

 

「統一中華戦線からはユーリン、亦菲と……アルアル言っていた奴か」

 

「大東亜連合からは……お、タリサも来んのか。あとはマハディオ・バドルに、グエン・ヴァン・カーン? 元クラッカー中隊の衛士か」

 

「欧州からはアルフとリーサ、クリスに……ええええええ」

 

武はマジかよ、と夕呼の方を見た。夕呼は面倒くさそうに、あくびをしながら答えた。

 

「あのムッツリサイボーグが頑張った成果みたいよ。代わりにアーサー・カルバートと、フランツ・シャルヴェだっけ? 彼らが欧州に残るみたいだけど」

 

「それでも……欧州に名高いツェルベルスが来るとは思ってませんでしたよ」

 

「……ハルトウィック大佐の関与があったらしいわ。貴族筋として、見逃す訳にもいかないと、誰かが判断したんでしょうね」

 

ルナテレジア・フォン・ヴィッツレーベンと、ヴォルフガング・フォン・ブラウアー。

いずれもフォンの名前を持つ貴族であり、地獄の番犬とも言われている欧州の最精鋭部隊に所属する衛士がまさか極東の国連軍基地にやって来るとは、武も想定してはいなかった。

 

「あとは、斯衛からも…………げ、唯依が来んのかよ」

 

今更どんな顔をして会えばいいのかと悩むユウヤに、お兄ちゃんとして会ってやれ、と武が気安く肩を叩いた。

 

「再会の時間は確保できると思うぜ。シミュレーター上での対戦訓練も行うから、じっくりと成長した姿を見せられる」

 

ユウヤもXM3の慣熟訓練は行っていた。武もその成長度合いを目にした事があるが、ユーコンに居た頃とは雲泥の差だ、と感じていた。あの時に起きた実戦に、シミュレーターを利用した模擬演習に、死線を潜り抜けたユウヤは著しい成長を遂げていたのだ。

 

「……そうだな。シミュレーター上なら、クリスカ達も参加できるしな」

 

「体調はもう良いんだっけか? ……無理に戦う必要もないと思うけど」

 

「いや、本人達からの要望だ……じっとしているだけじゃ、不安だってよ。それに衛士としての力量はこれまで疑いなく積み上げてきた自分の一部だからな」

 

何に裏切られようが、訓練とその成果は自分を裏切らない。自らの立ち位置と存在を示す土台の一部にもなる。背景はどうであれ、それだけは事実だというクリスカの意見にこの上ない共感を覚えていたユウヤは、深く頷きを返す以外に出来なかった。

 

「……なんか、大人になったな。ユーコンに居た頃は全方位敵意散布システムっぽい、やんちゃ坊主だったのに」

 

「うるせえな、年下の台詞じゃねえだろ……いや、お前妙に老けてみえるから、なんか微妙に違和感がないけど」

 

「変に濃い時間、というか波乱万丈過ぎる人生を経験しちゃってる弊害でしょうね。若ハゲにならないように気をつけなさいよ?」

 

夕呼は武に言葉の一撃を加えた後、ユウヤにも矛先を向けた。

 

「それにしても、ハリネズミがアルマジロに、ねえ? そうさせるのは、護るべき人が出来たから、とかかしら」

 

「……それは、まあ」

 

「でも、気をつけなさいよ。情操教育で言えばクリスカ・ビャーチェノワは子供だから……ちゃんと“あれ”以外の事も、頑張りなさい」

 

社とクズネツォワには言い含めてあるけど、との夕呼の言葉に、ユウヤは何も言い返せなかった。一方で武は首を傾げるだけだった。

 

「と、ともかく……こっちも準備だけはしておきます」

 

「そうね。じゃあ、さっさと行ってちょうだい」

 

しっしっと退散させる仕草に従い、二人は素直に部屋を去った。そのまま、当初の目的地であった部屋に入る。そこには、銀色の髪を持つ女性が4人、集まっていた。

 

「……二人共、遅い」

 

「悪い悪い。ちょっと鎧衣課長と夕呼先生の腹黒バトルに巻き込まれてな」

 

「バトル、とは……取っ組み合いでも始めたのか?」

 

訝しげに、クリスカが問う。武はその様子を見て、マジで子供だな、と夕呼の言葉を思い出していた。ユウヤも同様の事を考えていたが、指摘された内容から、気まずげな表情でサーシャと霞の方から微妙に目を逸らしていた。

 

そんな戸惑う男二人を置いて、サーシャがフォローに入った。バトルと言っても物理的な闘争ではなく、政治的な闘争、すなわち言葉による論争を繰り広げていたのだろうと。その後サーシャは武達の方へ視線を戻すと、どうなったのか問いかけた。

 

「色々と貴重な情報が得られたな。とはいっても、これからする事が変わったりはしないけど」

 

「……はい。頑張り、ます」

 

「うん、私も!」

 

霞が頷き、横に居るイーニァも―――霞と出会って活発さが5割増しになった少女が―――元気よく手を上げた。途端、胸元にある二つの豊かな双丘が揺れるのを、武は近距離から見せつけられる事態になった。

 

「って、待てイーニァ。お前、下着はどうした?」

 

「えーと、窮屈だから。あとでしようと思って」

 

「いや、それはちょっと拙くてだな……ここに飢えた野郎が一匹居ることだし」

 

保護者の視点になったユウヤが、武を見た。武は気まずげに視線を逸していたが、いきなりの不意打ちを前に、頬がほんの少しだが赤くなっていた。

 

それを見た霞が、自分の胸元に視線を落とした。そしてイーニァの方を見ると、「あが~」と呟きながら顔を俯かせた。

 

サーシャは武をしてあまり見たことがないイイ笑顔になりながら、手元でポキっと何かを折る仕草をしていた。

 

クリスカはいきなり変質した空気に戸惑うも理由が分からず、頼りになるユウヤに理由を問い詰めた。

 

ユウヤは真正面からクリスカに問い詰められるも、夕呼の言葉を思い出し、素直に教えるのもどうか、と悩みながら顔を赤くしていた。

 

そんな混沌とした場を強引に誤魔化すように、武の大声で響いた。

 

「―――ともあれ! 来日する衛士とかの説明をするけど、いいよな!」

 

告げながら、書類を読み上げていく武。そして、タリサ・マナンダルの名前が出ると、霞を除いた3人はそれぞれの反応を見せた。

 

クリスカとイーニァは、渋い顔で。サーシャは、微笑を浮かべながら、来るんだ、と言った。

 

「ていうか、豪勢なメンバーだね……このツェルベルスの二人についてだけど、武は知ってる?」

 

「少しだけはな……ルナテレジア・ヴィッツレーベンってのは、若手の女性衛士だ。ツェルベルスでも新人の1人だな。今回あちらさんから選ばれたのは、クリスに匹敵するか、それ以上の戦術機マニアだからだろ」

 

「……欧州の要であるツェルベルスから1人、XM3を最も正確に評価できる者が選ばれた、ということ?」

 

「そんな所だな。で、ヴォルフガング・ブラウアー、ってのも若手……をちょっと越えたあたりの男性衛士だ。割りと常識人で面倒見がいいらしい」

 

武の言葉に、ユウヤは成程と頷いた。

 

「つまりはストッパー役だな。名高いグレートブリテン防衛戦の七英雄を出してこないのは……それだけ、ツェルベルスが欧州で頼られてる証拠か」

 

「で、その二人以外は顔なじみの3人だけど……ユーコンで忌まわしいF-22を撃墜したのが、あっちでも評価されたのかも」

 

サーシャの言葉に、撃墜の現場を見ていた武とユウヤが頷きを返した。その時の光景と周囲の反応を思い出すと、納得できる話であると判断したからだ。

 

「で、統一中華戦線とか大東亜連合の見知った面々は置いといて……」

 

「あ、唯依だ! また会えるね、ユウヤ!」

 

「……ああ。まあ、そうだな」

 

複雑そうな表情をするユウヤに、クリスカは首を傾げた。

 

「何か、会いたくない理由でもあるのか? 二人の仲は良いように見えたのだが」

 

「あー……ちょっと複雑だけど、会いたくない、って事はない。ただ、まあ、血縁と知った今になって、どんな顔で会えばいいのか、って思っちまってな」

 

初体験だしな、とユウヤ。クリスカはそういうものなのか、と難しい表情で考えこんだ。一方で霞は、斯衛のメンバーの中に武から幾度か聞かされた事がある姓を持つ人物を発見した。

 

「タケルさん……ここに書いている、真壁清十郎という人は知り合いでしょうか」

 

「えっ?! あ、マジだ。ていうかもう任官したのかよ……早いな。まだ16ぐらいだったと思うけど」

 

「初陣も未経験そう……でも真壁っていうと、あの16大隊の?」

 

「副隊長を務めてる介さんの弟だ。真壁家の10男で、かなりの才能がある将来有望な衛士だ。なんていうか、特徴的……というか変な人だけどな」

 

「……武に言われるとは。よっぽどな人と見た」

 

「手厳しいな、相変わらず。でも、まあ……ほんと、精鋭ばっかり集めたな」

 

訓練内容はどうするべきか。考え込む武に、サーシャが呟いた。

 

「難易度10割増しの最高位模擬演習とかが良さそう。シミュレーターのアレを見せつける意味合いもあるんでしょ?」

 

「……なら、それを与えておいて……生き残った数人に対し、この規格外をぶつけるとかどうだ」

 

「名案だな、ユウヤ。共通する大敵が前に居るなら、人は無理にでも歩調を合わせると聞いた事がある」

 

「A-01を巻き込んでの一大決戦ですね……最後は、やはり」

 

「うん、タケルしか務まらないね、カスミ!」

 

「えええええ。つーかなんで俺? 俺が“よくぞ生き残った、我が精鋭達よ!”とか言うのか? 丸っきり魔王の役割じゃねえか」

 

「……え、違うの?」

 

サーシャとクリスカは、訝しげな表情で武を見た。武は違うと言いたかったが、銀蝿というか蝿の魔王扱いされた事を思い出し、言葉に詰まった。

 

「まあ……それはそれとして、みんなと再会できるのは私的には嬉しいんだけど」

 

「私も、です。一度、会ってみたいと思っていました」

 

「……俺は微妙かな。周囲への配慮が必要ない、って状況だとこええよ。特にマハディオとリーサ、アルフからはグーで殴られそうだし」

 

「申し訳ないけど、マハディオに対しては自業自得だと思う」

 

サーシャの言葉に撃沈する武。一方でユウヤは、ヴィンセントと再会したら同じように怒られて殴られそうだな、と少し寂しい表情をしながら呟いていた。

 

その後、2、3打ち合わせをした武達は解散した。武とユウヤは訓練に戻り、復帰したクリスカも後に続いた。

 

霞は夕呼の元に、書類処理の手伝いに赴いた。そうして残されたサーシャも、訓練に戻ろうとした時だった。呼び止められた声に驚きながらも、サーシャは背後に居たイーニァに向き直った。

 

「私に用事って……珍しいね、イーニァ。てっきり避けられてるって思ったけど」

 

「それは、違うの。今までは……少し、事情が」

 

「……ああ、クリスカが武を警戒していたから遠慮を?」

 

サーシャは武本人から聞かされていた。暗い記憶を見られた事、そこから直接戦闘した過去があり、それが原因で怖れられていること。極力自分と接しない方が良いかも、と相談を受けたことがあったのだ。

 

「その気遣いができるあたり、大人だね。どこかの誰かに聞かせてやりたいぐらい」

 

「……怒らないの?」

 

「怒らないよ。勝手に覗いて壊れて酷い心配をかけた私は、イーニァ達を責められる立場にないから」

 

どのような気持ちになったのだろう。どんなに落ち込んだのだろうか。義勇軍に入ってから立ち直るまでの白銀武をよく知るのはマハディオだけであるため、詳しく聞ける機会は無かったが、サーシャは樹から少しだけ聞かされたことがあった。立ち直りかけている状態でも、後悔の心に塗りつぶされそうで、昔の面影は僅かしか残っていなかったと。

 

それだけでないこともサーシャは知っていた。今でも、ふと用事もないのに会いに来る時があるから。顔を見て少し言葉を交わした後、安心したように去っていく事もあった。

 

「……怖いんだね」

 

「ああ、そう思う。私も……武も」

 

サーシャは昔の武を知っている。成長する前の姿を見ている。故に、今の姿を見ていても、誤解はしなかった。

 

白銀武は、決して強くはない。優しいだけなのだと。

 

「……むじゅん、っていうんだよね」

 

「うん。弱くて壊れるのが怖いから、いつも強くあろうとする……失いたくないから」

 

サーシャは大陸に居た頃、立脚点について尋ねたことがあった。帰ってきた答えは、大切な人達を失いたくないから。戦いが続くにつれ増えていくから困ったもんだと、冗談混じりに笑うその姿を見たことがあった。

 

「……大変、だね」

 

「うん、大変だ。イーニァも、ね」

 

「……やっぱりわかってた?」

 

「確証はなかったけどね……あの二人に遠慮している所を見てから、なんとなくは分かってた」

 

―――イーニァは郷愁の念はあまり強くないんだよね、と。その問いかけに対し、イーニァは困ったように笑いながら、頷きを返した。

 

「クリスカはね……きっと、ほんものなの。私とは違って」

 

「それは……本物じゃないって思うのは、実感が沸かないから?」

 

「うん……サーシャはよく分かるね。もう、読み取る力も弱くなってるのに」

 

「そこは人生経験でカバー。長年の間、あの鈍感を相手にしてきた実績もあるから」

 

微笑みと共に、哀愁漂わせた様子で。イーニァはどうしてか、その頭を撫でたくなったが、我慢した。

 

「……こほん。ともあれ、悩ましいね。下手に言い出すと、逆に気を使われそうだし」

 

「うん……帰りたいっていう気持ちは嘘じゃないの。でもそれが本当に自分のものか、って考えると……」

 

「読み取ったせいか、そこに共感しただけのものなのか。疑う、ってことは……理由も、自分で分かってるんだよね?」

 

「……うん」

 

イーニァは、答えた。自分には、思い出せることがほとんど無いことを。定期的に記憶を消されていたせいか、ユウヤが言う思い出と呼ぶものが自分の中には存在しないと、寂しげに語った。

 

「カスミも同じだった。だから……私たちが望むものは、似ているんだよ」

 

足場もない空間で、一人ぼっちにされているような。サーシャは霞から聞かされた、自分という存在の空虚さを思い出していた。

 

何も無いのは寂しい。だから、輝くものが欲しいと。

 

イーニァは、また違った言葉で自分の欲しいものを語った。

 

ユウヤ、クリスカだけではない、一緒に居たいと思える人達と刻んでいく日々こそが―――思い出して、温かいと思えるものが欲しい。その言葉は少女らしくない、切実なものだった。

 

サーシャは、イーニァの悲願に対し、頷きだけを返した。同情も、哀れみも抱かなかった。ただ、その願いに尊さを見つけ、何も言えなかった。それさえも読み取ったイーニァは、嬉しそうに語った。

 

横浜基地に来てからの、何でもない日々を。出会った人達を。それを聞いたサーシャは、ひょっとして、と尋ねた。

 

「……もしかして、ユーコンでの記憶は?」

 

「多くは、思い出せない。あのちっさいの……タリサっていうの? うっすらと、嫌いって思いだけで」

 

「それでも嫌いは嫌いなんだね……じゃあ、武のことも?」

 

「ううん。それは、はっきり覚えてるの。なんか、武はヘンだから」

 

「ちょ、直球だね。否定できる材料が微塵もないけど……じゃなくて、武の事は忘れてないの?」

 

「うん。消されたけど、消えてないの。だから、武はヘンなの」

 

「……言いたいことは分かったけど、本人には直接言わないでおいてあげてね。流石にイーニァに面と向かって宣告されるのは堪えると思うから」

 

サーシャの言葉に、イーニァは素直に頷き、答えた。

 

「でも、ヘンだけど好き。武の周りには、色んなものが溢れてるから」

 

明るいもの、暗いもの、今までに感じたことのないもの。多くの人の感情が交わり、極彩色に彩られていて退屈することがない。嬉しそうに語るイーニァに、サーシャは深く頷きを返した。自分こそが、イーニァが伝えたい気持ちを世界で一番に分かっていると思ったからだ。

 

「ついていくのは、ちょっと疲れるけどね……うん、確かに」

 

「そうなんだ……この先も、ずっと?」

 

「そうなると思う。差し当たっては来週の事とか」

 

世界の危機百連発、って感じだし。サーシャの言葉に、イーニァは先日のHSSTの騒動などを思い出し、頷きを返した。

 

「でも……辛くてきっと苦しいけど、退屈しなくて。それでも心から笑える場所、なんだよね?」

 

「うん。巷では、それを楽しいっていうらしいね。“生き応えがある”と思えるのなら、それは幸せだって」

 

サーシャはラーマとターラー、自分の両親だと確信している人達の教えを伝えながら、イーニァの頭を撫でた。されるがままの様子を見て、犬のようだと思う。クリスカは猫だな、と勝手に思いながら。

 

そして、願いを捧げた。共感できる暗い過去だけに、視線を向けないようにと。

 

ユウヤとクリスカから教えられ、気づいた事だ。ユーコンに居た頃のイーニァは、人が持つ暗い感情を好んでいたという。サーシャはそれを聞いて、一つの仮説を立てた。

 

イーニァが暗い過去を、感情を持っていたユウヤに惹かれたのは、共感できるから。家族や大切な人を持ち、明るい感情を胸に宿す人の心情は、“教えられなかった”から共感できなかったのではないかと。

 

(思い出すだけで泣きたくなるような、大切な記憶……欲していたけど、共感して実感できるのは自分と同じように、辛くて苦しいものだけだったのかもしれない)

 

見てはいたが、理解不能の絵として放り投げていた。今は違う心情を持てるようになっている。その切っ掛けは不明だが、それは尊いことだと、サーシャは掛け値なしに思えることが出来ていた。

 

「……やっぱり、サーシャは優しいね。それに……頑張りやさん」

 

「それはね。努力をしないと、置いていかれちゃうから」

 

「それだけじゃないの……分かってる」

 

少し落ち込んだ声で、イーニァは尋ねた―――サーシャはあと何年生きられるの、と。その質問を聞いたサーシャは困ったように笑いながら、答えた。

 

「長くて20年、短くて10年かそれ以下……らしいけど、モトコ先生が頑張ってくれてるから」

 

「……うん」

 

「イーニァと霞もね。幼生固定だ、なんて……ずっと子供のままにするなんて許さないって。今も研究は進められているらしいから」

 

自分ではどうこうできない問題であること。サーシャはそう認識しながらも、負の感情に呑まれることなく、気負いさえなく語った。

 

「先のことは先のこと。前を見るのは、少しだけでいいの。どうしようもないって諦めるのは、早とちりすぎるから」

 

「……うん。それは、おっちょこちょいだね」

 

「その通り。取り敢えずは今日を頑張って、楽しんで……明日のご飯の事を考えながら枕に頭を預けるの」

 

それが続くのなら、いつまでも幸せで。後悔をすることもないと、サーシャは微笑みと共に告げた。

 

 

 

 

―――二人が言葉を交わしている、部屋の外。

 

入り口の扉に背を預けていた白衣の女医は、虚空を一睨みした後、火を点けていないタバコを携帯灰皿に戻しながら、自分の戦場へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 




そして来週も波乱万丈へ。


次回、パンケーキ VS 屋根裏のゴミ 

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