Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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26話 : Under the ground zero-Ⅰ

「……国連太平洋方面第11軍の横浜基地。明星作戦における決戦の地、そしてG弾が投下された爆心地(グラウンド・ゼロ)、か」

 

暗雲立ち込める空の下、諳んじた場所である基地の廊下を歩いている赤の斯衛服を身に纏った少年―――真壁清十郎は、緊張の面持ちで息を飲んだ。

 

原因は、二つ。この基地が建設された背景事情と、兄である介六郎からかけられた言葉にあった。

 

横浜基地とは、斯衛を含む全帝国軍にとって因縁深き土地である。人によっては、思い出すだけで抜刀をしたくなるような―――そんな土地だ。日本にあって唯一、国連軍に支配された土地でもある。

 

(先週になって突然の、それも帝国軍ではなく、国連軍基地への出向……往く価値はあると、兄上はおっしゃられたが)

 

強いることはしないが、行かないと後悔するだろう。兄である介六郎からそう告げられた清十郎は、少しの間を置くだけで出向の意志を伝えた。清十郎にとっての介六郎とは、厳しくも公平な兄であった。幾度か訓練をつけてもらった時も、いくつかの選択肢を与えはするものの、どちらを選ぶかを強要されたという経験はなかった。自らの意志で決断する、という行為に対して上の兄達の中でも、誰より拘りをもっている。それが、ドイツより帰国した清十郎が気づいた、介六郎の内面であった。

 

その兄が、珍しくも一択の方を推して来るのだ。第16大隊に所属し、斑鳩崇継閣下の信頼が厚い兄が何を元にそう判断したのか。清十郎はそれを確かめずに、一方的に拒絶するのをよしとはしなかった。

 

(介六郎兄のことだ、難事がある事は間違いないだろうが……それでも来れて良かったのだと、基地に入る前に確認できるとは)

 

清十郎は車同乗者の1人であり、自分の前に歩く人物を見た。山吹の服を着る、崇宰の譜代武家を。

 

(いや、ただの譜代武家とは違うな……篁唯依という女性は)

 

篁家の当主は、斯衛用の機体として初めて開発された戦術機、“瑞鶴”の開発者である。戦術機の技術者としては斯衛において随一とも呼ばれ、今の自分の機体である武御雷の開発にも大いに携わっていた。

 

そして、ユーコンで行われたというXFJ計画―――不知火・弐型の開発責任者を務めたのが、他ならぬ彼女だ。

 

(異国の地で、米国人を開発衛士に据えての計画……並ならぬ苦労があった事だろう。テロさえあったと聞く……それでも、彼女はやり遂げた)

 

本人もテロ事件の前後に狙撃され、負傷したという。そんな様々な苦境を乗り越えての弐型の完成は、斯衛の将兵までもを大いに騒がせた。そして並ならぬ速度で製作が進行中という情報は、最近では珍しい、今後の展望に希望を抱けるような明るい話題にもなった。

 

そういった背景もあり、篁家の発言力は急上昇中だという。以前より開発を務めた武家として資産が豊富であり、そういった面から様々な揶揄や風評被害を受けた事もあったが、そこに勲功と実績が伴ってくると話は違ってくる。母方は崇宰の直系ということもあり、当主不在の現状、篁唯依を担ぎ出そうとしている派閥もあるという噂を、清十郎は耳にしたこともあった。

 

(情報源の瓜生中尉によると、篁中尉は長い黒髪が美しい、正統派の大和撫子と聞いたが……)

 

見目が麗しいというのは、一つの武器にもなる。真剣に語りながらもどこか間の抜けた

表情をしていた先輩衛士の事を思い出し、一理ある、と清十郎は頷いた。

 

(と、いかんぞ清十郎。今はこの先にある難事をどう乗り越えるか、そこに集中しなければ―――っ)

 

清十郎はそこで、思索に意識を割きすぎていたことに気づいた。具体的にはある人物を見つけ、立ち止まった唯依に気づかず、その背中に衝突してしまった後に。

 

悪い癖だ、と反省を一秒で済ませ。そして、謝罪の言葉を出そうとした清十郎だが、その言葉は周囲に突如湧き出した殺気のようなものに覆い尽くされてしまった。

 

何が起きた、と戦慄する清十郎は、その物騒な空気が集中する源を見た。日本人、男、その胸元に篁中尉、男の背後には外国人らしき女性衛士が数人。

 

直後、篁中尉は爆発したかのように耳を赤らめながら急いで男から離れた。清十郎はその姿を見て、うむ、と何か深く感銘を受けたように頷いた。

 

そして、一歩下がった。殺気の発生源である女性衛士達と、その矛先が向けられている男性衛士から可能な限り離れるために。

 

「ちょっ、いや、お前ら何で怒って……?」

 

男は戸惑いながらも慌てていた。それに対する反応は、冷ややかなものだった。

 

「……何で、ねえ?」

 

左右に髪を束ねた女性―――軍服を見るに統一中華戦線の衛士であろう1人が、顔に笑顔を貼り付けているのを清十郎は見た。眼が笑っていなかった所も。

 

「……目の前でいきなりとはやってくれんじゃねーか、おい」

 

褐色の肌を持つ背丈が低い女性―――大東亜連合の衛士であろう1人が、両手の指の骨を鳴らす音を、清十郎は聞いた。それはまるで宣戦布告を告げる鐘の音だ、と言わんばかりで。

 

「……ちょっと眼を離した隙に、また? 狙ってのことじゃないっていうのは知ってるけど、限度があるんじゃないかな」

 

珍しい銀色の髪を持つ女性―――国連軍の軍服を身にまとう人が、呼吸を整え始めた。武の心得がある清十郎には、それが臨戦体勢に入ったものだと気づいた。

 

ぎしり、と物理的に大気が歪むような。そんな音を聞いたような気がした清十郎は、更に一歩後ずさった。あまりにも濃密な殺気を醸し出す女性3人に、引かざるを得なかった。

 

(成程、正しく爆心地(グラウンド・ゼロ)だな……と、呑気に述べている場合ではない!)

 

さりとて、いい案は浮かばず。周囲を見回した清十郎は、そこに唯依の姿を見た。顔も赤く、ぶつぶつと何事かを呟いている様は、まるで普通の女性のようで。

 

(……いや、自分が悪いんですけどちょっと初心すぎやしませんか篁中尉)

 

清十郎も、任官してからは幾度か先輩衛士から“揉ま”れた身である。女性衛士とも接した機会は多い。いかにも斯衛然とした者ばかりで、女性でありながらも男性に負けないぐらい毅然とした態度を保っていた。

 

(赤鬼と呼ばれている磐田中尉などであれば、少し謝罪をするだけで済ませただろうが……フォイルナー少尉であれば、どうだっただろうか)

 

清十郎は少し現実逃避をしていた。一方で、不穏な空気は徐々に薄まっていった。清十郎が居たことも大きいが、渦中に居る男と清十郎は気づいてはいなかった。

 

そして、気を取り直したかのように場は一転し。現実に戻ってきた清十郎は、褐色の女性が銀髪の女性に声をかける姿を見た。

 

「……生きていたんだな、サーシャ」

 

「そちらこそ、しぶとく生き残ったのね―――タリサ」

 

万感がこもっているかのような、声。清十郎は事情を知らずとも、それを聞いて何か深い過去を連想させられていた。その光景が尊いもののように思えるような。

 

きっと彼女達は親友であり、長い苦難を経てこの場で再会を果たしたのだろう。それを証明するかのように、サーシャと呼ばれた女性が、タリサと呼ばれた女性の元に駆け寄った。

 

清十郎は嬉しさのあまりそのまま抱きつくのかと思った、が。

 

「―――はっ!!」

 

繰り出されたのは掌底。予備動作を極限まで殺されたそれは鋭く、相対する者の顎に吸い込まれて往き、

 

「ふっ―――!!」

 

瞬きの間に起きた動作は芸術的なもの。掌底を横に弾き小さく踏み込み顎の下へ掌底を放つ、それらが一呼吸で完成するも予想されていたのか、その一撃は空を切り。

 

「―――っ!」

 

「―――ッ!」

 

吐き出される攻の気勢を伴っての、一瞬の交錯。間もなくして二人は、元の位置に立って視線を交わしていた。攻防の前と変わったことといえば、頬にわずかに残る擦過傷だけ。だった。

 

「………こっちの腕も衰えていないね、流石はグルカの(つわもの)。女1人相手に苦戦しているようじゃ、たかが知れているけど」

 

「格段に成長したとはっきり言えよ、関節使い(ジョイント・ロッカー)。打撃に見せかけての仕掛けはバレバレだったぜ?」

 

頬を拭いながら、不敵に笑い合う二人の女性。清十郎はその光景を前に呑まれ、戦慄く以外に出来ることはなかった。

 

(最後の攻防だけは不覚にも見えなかったぞ……というか、何がどうしてこうなった)

 

周囲を見渡すも、統一中華戦線の女性は「やるわね」と言わんばかりに笑っているだけ。男の方は動揺せず、ただ感慨深げに頷いていた。ようやく現実に戻ったのであろう篁唯依だけは、慌てた様子で二人の顔を交互に見ていた。

 

それらを見て、清十郎は悟った―――ここは気を抜いては呑まれる魔窟であると。

 

(ふっ……いいだろう、望む所だ。この新生・真壁清十郎を試す場としては、この上なく相応しい……!)

 

つい先日に初の実戦を経験した少年は1人、額に汗を流しながらも決意の眼差しをもって戦いに挑むことを決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで。何があったんですか、ブラウアー中尉。あと昇進おめでとうございます」

 

「おう、ありがとな清十郎」

 

ブラウアーと呼ばれた男性―――ヴォルフガング・フォン・ブラウアーは同行者の1人であるルナテレジア・フォン・ヴィッツレーベンを見ながら、ため息をついた。

 

「あっちで、とある映像をな。今回俺らが来る事になった発端の映像を見せられてからは、ずっとこの有様だ」

 

何を考えているのかは不明だが、夜も眠れていないとヴォルフガングが告げ、清十郎はそうだろうなと頷いた。目の下に隈を作りながらもじっと考え込んでいる様子を見れば、嫌でも分かったからだ。

 

ヴォルフガングは「見当はつくが」と呟き。

 

清十郎が問い返す前に、部屋の扉が開いた。

 

入ってきたのは、用事があると場を離れていた篁唯依とタリサ・マナンダル、崔亦菲と盧雅華だった。部屋に居たヴォルフガングは斯衛、大東亜連合、統一中華戦線の軍服を見た後に珍しい組み合わせだな、と内心で呟いた。

 

唯依はその視線に気づくと同時に見返し、少しだけ息を止めた。視線の主が纏う服に刻まれているエンブレムを理解したからだ。タリサと亦菲も同時に気づき、「……ツェルベルスか」と聞こえない程度に呟いた。

 

互いに自分の腕にそれなり以上の誇りを持っている衛士である。看板、という意味も理解できる程度に練磨された手合だ。自然と、視線の種類は立ち居振る舞いから力量を観察するそれに推移していった。

 

名乗り合いは始まらなかった。どちらともなく、先に名乗る事と、自分の方が相手を知りたいという気持ちを前に出すことを等号で結んでいたためだった。

 

何か、負けたような気がする。そう思った衛士達は、1人考え込むルナテレジアを置いて視線だけを交錯しあい。間もなくして現れた入室者達によって、場の空気は崩れた。

 

雑談をしながら、ざわざわと擬音が聞こえるほどの人数。国際色豊かな集団は、入室するなり片手を上げて挨拶を始めた。

 

「おっ、篁中尉じゃん久しぶり……ってなんか入る前はずいぶん静かだったけど、揉め事でもあったか?」

 

「いや、揉め事ならまず取っ組み合うだろ普通。あー、アルフのバカは無視して……あ、あたしの着替えを覗いた子が居る」

 

「リーサを覗くとは、また物好きな……じゃなくて、真壁家の清十郎君だよね」

 

「……日本におけるあいつ係で、胃痛担当と専らの? 俺が愛用してる胃薬送っておいた方がいいよな、きっと」

 

アルフレード、リーサ、クリスティーネ、マハディオが順に口を開いた。それを見て聞いていた最後尾の人物が、ため息と共にまずは挨拶だろう、と告げた。

 

見知った人物、見知らぬ人間を同時に見た清十郎は、その中でも真っ当な提言をした者に視線を奪われていた。

 

陸奥武蔵を超える巨体に、威圧感に溢れた様相。怒鳴り声を上げるだけで、羽虫程度であれば落ちるのではないか、と確信させられる迫力。その容貌を見た清十郎は、兄から聞かされた事がある、1人の人物を連想していた。

 

間もなくしての名乗りに、清十郎は自分の予想が正しかったことを知った。グエン・ヴァン・カーン。クラッカー中隊の1人で、と理解した後に、残る面々を見て納得した。

 

リーサ、クリスティーネという女性は元クラッカー中隊として、欧州で会った事がある。アルフレード、という名前も聞いたことがあった。マハディオ・バドルという男性も、その頃の知り合いの類か。

 

「……誤魔化そうとしている所悪いが―――真壁少尉?」

 

「ご、誤解ですよ篁中尉。あれはこちらに居るブラウアー少尉の罠であって」

 

「ヒトのせいにするのはよくないな、清十郎。直後にヘルガに夜這いをかけにいった奴が言う言葉じゃないぜ?」

 

ヴォルフガングは肩を竦めて一歩下がった。視線が集中するのを感じた清十郎は、「アンタ変わってないなこのクソ野郎が!」と内心で斯衛らしからぬ罵倒をするも、窮地を脱する方が先だと釈明をしようとした。

 

「……それよりも、斯衛の衛士がどうして欧州に?」

 

「―――研修です、カーン大尉。人材交流を兼ねた」

 

清十郎は出された助け舟に未だかつて無い速度で乗り込んだ。そこから強引に、欧州で起きた研修の方に話題を移していった。

 

初耳だった唯依は一通り話を聞いた後、そういえば先日に実戦を経験したな、と清十郎に視線をやった。それを聞いたヴォルフガングも、清十郎に視線をやった後、「どおりで」と感慨深げに頷いた。

 

「しかし、16だったか? その年齢で実戦を経験するとか、やるじゃねえか」

 

「いえ、まだまだです。こちらの……篁中尉の世代は、若干15で、訓練も未了なまま京都防衛戦を戦わざるをえなかった、と聞かされていますから」

 

清十郎の言葉を聞いたヴォルフガングは、少し驚いた表情で唯依の方を見た。唯依は苦笑と共に「自分もまだまだ未熟だ」と視線で答え、それを見たヴォルフガングは面白そうに表情を緩めた。

 

同時に、何も反応を見せないルナテレジアを横目で見た。一緒に横浜基地に移動してきた欧州組も同様の視線を送ったが、こちらの方は「無理もないか」と何かを気遣うような色が含まれていた。

 

この先の話を聞けばスッキリするだろうと思ってのことだった。

 

「……でも、もう一人はね」

 

クリスティーネの呟きに、アルフレードが悩む様子を見せた。

 

「フランツから聞いていた話と違うんだが、何があったのやら―――と」

 

アルフレードが呟くなり、扉が開かれ。現れた人物を見たリーサが、噂をすればと聞こえるように呟いた。

 

その言葉の先に居る女性衛士は部屋の中に居る大勢を一瞥するだけで済ませると、さっさと最前列の席に腰を下ろした。

 

傍若無人とも取れるが、おいそれと言及できない程の威圧感を伴った、この中でも1、2を争う程に()()()()()()()()()。その背中を呆然と眺めていた清十郎に、ヴォルフガングが渋い顔をしながら注視されている人物の名前を告げた。

 

「ベルナデット・リヴィエール少尉……フランス陸軍の衛士なんだが、な」

 

「っ! 彼女が、あの……」

 

「なんだ、知り合いか? ……いや、ひょっとしてあの時、イルフリーデの奴から何か聞かされてたか」

 

「はい。猛獣(ティーガー)、と呼ばれる程の―――腕利きの衛士であると」

 

清十郎は先の研修の時に、ベルナデットの話題が出た事を思い出していた。その会話の中で、イルフリーデから彼女を称賛する言葉を聞いたことはなかった。だが、容貌と所属を聞いた段階で反応していた事や、イルフリーデにしては珍しく敵意のような感情を剥き出しにしていた反応から、相応の力量を持つ好敵手の類である、と予想をつけていた。

 

「それと、先の研修で……彼女の研修を受けた同期から、話を聞いたことがあります」

 

崇宰の譜代武家で、名前を才賀連斗という。自分と同じく先の間引き作戦で実戦を経験した衛士の名前と、研修が終わってからの成長振りを清十郎は語った。それを聞いていたアルフレードは、だよな、と頷きながらベルナデットの方を見た。

 

「言動はキツイが面倒見も良く、力量は文句なし。他の衛士とは比較にならないぐらいに視野も広いって聞いたんだが……」

 

「俺も、直接話した事はありませんが……イルフリーデから聞いた限りじゃあ、その人物像の通りですよ。少なくとも、あんな風に振る舞うような奴じゃないそうで」

 

ヴォルフガングの言葉に、ベルナデットの事を聞かされていた欧州組が同じく頷いた。それじゃあ何があったのか、と。会話が進む直前に、扉がまた開いた。

 

アルフレードはそこに現れた男をじっと見つめた後、まさか、と呟いた後、小さな声で質問を投げた。

 

「……ちっす。時に聞くが、フランスに行った事、いや、フランス人とあった事は?」

 

「はあ? なにいってんだよ、いきなり」

 

部屋に入った人物―――白銀武は、いきなりの質問に眉をしかめながら答えた。

 

「フランス人って言ってもなあ……フランツ以外は覚えてねえっていうか。あ、でも夢っていうか前世ではあった事があるかもなーあはははハハ」

 

「……」

 

「なんだよ、その“こいつまた何かやらかしやがったのか”的な顔は」

 

心外だ、と武は反論をしながら視線をアルフの方から部屋の中へと移していった。入り口付近に居た見慣れた面々、少し奥に居るユーコンでの知り合い、平行世界で出会ったツェルベルスの二人と清十郎へ。そして、集まった面々を眺めていった後、椅子に座る人物を見た途端に、身体を硬直させた。

 

間もなくして、である。他人の視線を物理的に察したのだと問われればその通りだと答えざるを得ない速度で、ベルナデットが振り返ったのは。

 

それだけではなく―――先程より一層に険しくなった視線を、武に向けた。突き刺した、と表現した方が正しいと思えるような鋭さだった。そのあまりの圧に、誰もが黙り込み。

 

盛大なため息と共にアルフレードが小さく手を叩き、呆れ声で告げた。

 

「はい、着席、着席。ていうか解散、解散、って言いたくなるのは俺だけか?」

 

「同意するが、呆れるこっちゃねえだろ。いつもの事だと言えばそれまでだけどな」

 

「うーん、平常運転だな。でも追求ついでに殴っていいか、こいつ。腹黒元帥からも是非にと推奨を受けてるんでな」

 

「それよりも、風守光なる人物の情報収集を開始したいんだけど」

 

「……変わって欲しい所だけは変わっていないな。それでこそとも言えるが―――ひとまずは大人しくしておけ」

 

刻限だ、とグエンが告げるなり扉がまた開かれた。清十郎は現れた人物の中に兄から聞かされていた通りの容姿を持つ女性を発見すると、息を呑んだ。

 

(あれが――香月夕呼。この基地の実質的支配者であり、帝国の、否、世界の未来を左右する人物か)

 

斑鳩閣下を第一として考える兄・介六郎をして、そうまで言わしめる女傑が目の前に居る。清十郎は事前の情報を思い出すと、より一層気を引き締めるべく、呼吸を整えた。

 

自分の呼吸が乱れていると気づけた事に、欠片程度の自尊を満たしながら。

 

だが、無理もないと言う自分が居ることを清十郎は認めていた。

 

なにせ、面子が面子だ。欧州が誇る地獄の番犬の一角に、世界で初めてハイヴを攻略した英雄部隊の衛士に、五摂家最後の一角に近いと噂されている実績厚き斯衛に、彼女と顔見知りの―――恐らくはユーコンで戦術機開発を担っていた、凄惨だったというテロを生き延びた他国の精鋭。

 

つい先日に実戦を経験した自分とは雲と泥ほどの差が開いているだろう。清十郎はその事実を認めながらも、甘んじる事はしないと決めていた。いつか、追いついて、追い越すべき人物達であると。

 

(……そして、この横浜基地には怪物が居るという。兄と陸奥大尉曰く、想像の埒外に居る狂人とのことだが)

 

油断をすれば、たちまち飲み込まれる。かといって、注視すればいつの間にか巻き込まれている。傍迷惑この上ないと評される人物は、はたしてどんな化け物か。清十郎は二人の言葉と同時に、その時の違和感も思い出していた。

 

言葉とは裏腹に、兄・介六郎は珍しくも口調を崩し、陸奥大尉はどこか嬉しそうにその人物の事を語っていたのだ。まるで旧友か悪友の悪口を零しているかのように。

 

(兄より受けた任務は二つ。一つは、この後に語られるであろう新OSの情報収集と実演協力。もうひとつは、その人物が誰かを突き止めること)

 

将来的に指揮官を務めるなら、人物観察眼を養うための鍛錬が必要といった理由らしい。それを聞かされた清十郎は、望む所だと思っていた。

 

(……あの男は、きっと違うだろうな)

 

「先日にもらった資料には書いて……た」、とかぶつぶつ言いながら、前に出た時にルナテレジアの顔を見て「こわっ」と驚いていた白銀武なる男は、兄が言う人物ではないだろう。そう思った清十郎は、注意深く部屋の中に集められた者達を見回していった。

 

―――数分後に始まった、新OSなる“XM3”の話を聞かされ、そのあまりにも異常なスペックを前に、何もかもがすっ飛ばされたのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……以上が、XM3の基本性能です。ここから先は質疑応答の時間になりますが」

 

武は大型のモニターの横で、前もって用意していた説明用の資料を机の上に置いた。手応えはあった、と自分なりに満足感を覚えながら。

 

(時間をかけて作った甲斐はあったぜ……没頭し過ぎて、参加者が増えたことに気づかなかったのはアレだけど)

 

夕呼先生も言ってくれりゃいいのに、と武は思いながらも口には出さなかった。嫌味が返ってくると、分かっていたからだ。

 

(それにしても、何か変だな。ルナテレジア、だっけ……平行世界の方じゃあ、穏やかそうな人に思えたが)

 

会ったのは、リヨンハイヴ攻略作戦の前後一回づつだけ。その時は柔らかい雰囲気を思わせる言動を見せてあり、少なくとも今のように充血した眼で食い入るような視線を向けてくるような手合じゃなかった。武は違和感を覚えながらも、問題はもう1人だ、とそれとなく視線を移した。

 

(こっちじゃ、会ったことはない。あっちでも、会話したのは母艦級に突っ込んでいく時に通信越しに数回だけ。なのに、なんであんなにギラついた視線を向けてくるのか)

 

何もしてないぞ、と思う武だが、挙手された手に反応した。姓と階級を呼ばれたルナテレジアは、武を凝視しながら質問を飛ばした。

 

矢継ぎ早にどこまでも、という表現を付け足した方が正しいと思えるように。その鬼気迫る様子に武は戸惑いながらも、次々に答えていった。

 

キャンセルなる概念と、そこから考えられる戦術機動について。関節部の部品の損耗が増えることや、整備兵の負担が増加すること。第一から第三世代の戦術機に至るまで適応可能かどうか、可能だとしてどのような戦場適性が増えるのか。実際に使用したことがないのにどうしてここまで、と驚愕するような深く鋭い質問に、武は驚きつつもあくまで客観的に回答を重ねていった。自分なりの脚色を加えず、考えられるデメリットも隠さずに。

 

ルナテレジア以外の衛士で、彼女の戦術機に関する知識の深さから出る質問についていけたのはクリスティーネと唯依だけだった。そして一通りルナテレジアの質問が終わった後、唯依はタリサやマハディオの方を横目で見ながら、別方向からの質問をした。

 

新OS搭載の際に、一番の問題になるだろう機体関節部の負担についてだ。唯依は入手した情報のまま、尋ねた。

 

「既存のものよりも整備性がよく、量産性の高い部品開発がかなりの段階まで進められていると聞きましたが……」

 

「はい」

 

誇らしげに、武は答えた。

 

「整備兵の過酷な現場をよく知る人間が考察した、関節部品の開発……不知火、武御雷とE-04他、数種類の機体に関しては量産体制に入る段階とのことです」

 

「……ひょっとして、あのレポートと並行して開発を進めていた?」

 

アルフレードからの質問が飛んだ。武は挙手しない発言を形だけは咎めるだけにして、その通りだと頷いた。その横から、グエンが補足した。

 

―――1993年から実に8年間、研究と開発を進めてきたとある日本人の血と汗と涙の結晶であると。それを聞いたクリスティーネは、小さく呟いた。

 

「機体全体の開発に関しては及ばずともせめて一部だけは、ですか」

 

「……先日になって急に研究が進んだのもあるが」

 

グエンは、新たに加わった二名の開発者の名前を出さなかった。ただ、その二人が告げた言葉は覚えている。

 

(“執拗に集められたデータと、別視点からのアプローチが無くば、到底完成はしなかった”、か。いずれにしても、間に合った訳だ)

 

感慨深げに頷くグエンを他所に、実状をあまり知らないルナテレジアは、気になる点があると質問をした。

 

「その部品についてですが……国外、いえ、欧州まで販路を広げる予定は?」

 

「XM3の導入が望まれるのなら、その可能性は十分に考えられます。セット価格198でお買い得に―――というのは冗談ですが、かける費用と効果に見合うと判断されたのなら、研究は加速することでしょう」

 

なにせミラ・ブリッジスにフランク・ハイネマンが加わったのだ、とは言葉に出さずに。それでも裏打ちされた展望を既知の範囲に収めている武が見せた態度は、見栄の類ではないとルナテレジアやヴォルフガング、ベルナデットに受け入れられた。容易に判断を下すことは有り得ないが、考察の余地はあるだろうという思いと共に。

 

だが、何よりも先に確認すべき事がある。ルナテレジア達だけではない、この場に居る全ての衛士が表情でもってその意図を示し、武は百も承知だと頷きを返した。

 

「……机上の空論で作られたガラクタには用はない。だけど、実地でそれを証明する用意はできています」

 

不敵に笑い、武は告げた。

 

「実戦を経験したことがない訓練兵が6名。XM3を慣熟した衛士と戦い、身をもってその効果を知ってもらえれば幸いかと」

 

「代表は新兵、とおっしゃられたようですが………カムチャツカでその実力を見せた、あの衛士が来るのではなくて?」

 

ルナテレジアが告げた言葉に、まさか、と武は答えながら首を横に振った。

 

「新兵がどこまで戦えるのか、という点を知ってもらった方が理解は早いと思われます」

 

「……そう。それは、残念なことですわ」

 

ルナテレジアは本心から告げていた。映像を見たゲルハルト・ララーシュタインやジークリンデ・ファーレンホルスト、デュオン・シュトルムガイストだけではなくヴィルフリート・アイヒベルガーをして「世界は広いな」と言わしめた、自分たちと同格かそれ以上と言う感想を思わせた衛士であれば、相手にとって不足はなかったと。

 

ヴォルフガングも同様であり。その反応を見た武は、それは違うと答えた。

 

「言っておきますが、あの6人は強い。油断した相手であれば、誰であろうが喰いかねない練度を持っています」

 

貴方達のような衛士であっても、という言葉は挑発も含まれたもの。前もって用意していた、武からの慇懃無礼な挑戦状に、漏れなく全員が戦意を滾らせた。

 

「とはいえ、少数に数を頼んで叩きのめすのは無粋の極み。ここは若手で6名、代表を選び確かめるべきかと」

 

「……一理あるな。では、言い出しっぺの法則として篁中尉。他に若手……は、もう決まっているな」

 

グエンは年の下から順に名前を呼んだ。真壁清十郎、篁唯依、ルナテレジア・ヴィッツレーベン、タリサ・マナンダル、ベルナデット・リヴィエールに崔亦菲。

 

「えー、アタシは参加できないのかよ……うん、実はアタシ17歳だったんだよっ!」

 

「はいはいリーサリーサ20半ば過ぎ年増年増」

 

物言うアルフレード、物言わぬ肉塊に変えられる。と、そこまではいかなかったが、部屋の中にBGMとして殴打音のカーニバルが流れた後、夕呼を含む同年代の女性陣と、目立たぬように居た樹からサムズアップが捧げられた。

 

「あいやー、ギリギリ参加できなかったアル」

 

「……わ、私、実は24歳で」

 

「いや、ユーリン……それでも参加は無理なの分かってるわよね。ていうかサバ読むにしても、慎ましやか過ぎんでしょその胸の双子山と違って」

 

リーサの鋭いツッコミに、ユーリンは顔を赤らめながら俯いた。その弾みにさり気なく胸が揺れ、それを見た欧州組はうむ、と頷いた。

 

「ところで、そこの野郎までなんで顔を赤くしてんだよ?」

 

「い、いや。違うぞタリサ、赤くなんてなってへんで?」

 

「……何を連想したのか分からないけど、取り敢えずはさっきの件も含めてお話をしましょう。この模擬戦が終わった後に、ね」

 

亦菲の声に頷いたのはタリサと唯依とサーシャだった。ルナテレジアはOSの事に興味が行き過ぎて興奮しており、他の面々はメモ用紙に倍率表を書き出したアルフレードに群がっていった。

 

唯一、残された男二人はその光景を前に呆然とする他に出来ることはなかった。

 

「なあ、清十郎………俺、日本を舐めてたよ」

 

「一括りにしないでください、ブラウアー中尉。少なくとも自分が知る帝国軍は、こんなに愉快な集団じゃありません」

 

「……女性陣の気の強さもか?」

 

ヴォルフガングの言葉に、清十郎は黙秘を貫いた。女性衛士と聞いて練達の者ばかりが集まる第16大隊の事を思い浮かべたが、どのような注釈を付け加えようが、災いが自分の身に降りかかってしまうと思えてしまったからだ。

 

「それよりも、です………負けられませんね、この戦いは」

 

「おっ、気合入ってんな。それでこそだけどよ」

 

ヴォルフガングは嬉しそうに、清十郎の肩を叩いた。それだけで、清十郎は伝えられるものを感じ取っていた。

 

見てるぞ、負けるな、頑張れと。掌から激励を受け取った清十郎は、任せて下さいと少し乱れた服装を整えた。

 

(……ん、あれはベルナデット少尉? 白銀、と名乗った男に何か用事でもあるのか)

 

清十郎はベルナデットが武に近づいていく様子を見ていた。そして、何事か言葉を交わしたのだろう、見て分かる程に反応を示した二人だが、そのまま言葉を重ねることなくそれぞれの場所へと歩いていった。

 

(少尉は、怒り……ではなく、焦燥? 白銀武の方は驚愕と………っ!)

 

じっと観察をしていた清十郎だけは、気づけた。武が一瞬だけ見せた表情に。

 

(―――なんだ、今のは)

 

意識した上でのことではないだろう。だが、清十郎は見た。ガラス玉のような無機質になった瞳の奥に、恒星を思わせる質量を持った炎が弧を描いて滾る様を。

 

(……一筋縄ではいかない、か。だが、まずは目の前のことに専念する)

 

各国の衛士の機体が届くのは本日の夕方頃。そこから機体を調整し、明日の午後過ぎに6対6の模擬戦が行われると聞いた清十郎は、足手まといにだけはなるまいと、改めて自分を鼓舞し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

そうして、一時間後。案内されていく衛士達を見送った武は、207B分隊に模擬戦の通達をしようと部屋を出た所で、待ち構えていた女性に捕まっていた。

 

「……これは、ヴィッツレーベン少尉。自分に何が用事が?」

 

「はい。その、無礼を働いたことを今更ながらに自覚してしまいましたので」

 

ルナテレジアは申し訳がなさそうな表情のまま、頭を下げた。それを見た武は、頷くよりも先に質問で返した。

 

「無礼、と言われても心当たりが……それより、こちらこそ礼を。少尉の鋭い質問があったからこそ、受け入れられた部分があると思っていますので」

 

ブックの読み合わせもない、鋭い指摘に対しても説明をすることができた。それはOSの性能に対する信用性の向上にも繋がると、武は考えていた。薄っぺらな思いつきではない、先のことまで入念に考えられた上でこの場に挑んでいると、あの質疑でアピールできたと実感できていたからだ。

 

「それでも謝罪を、と言うのなら……質問に答えて欲しい。どうして、少尉はあんなに怖い顔でこの説明会に挑んでいたんですか?」

 

「……色々と、有り得ないと思っていたからです」

 

ルナテレジアはぽつぽつと語った。プロミネンス計画の最中に残された、不知火が見せた機動。そのどれもが自分が知る既存の機体では有り得ないものだったこと。自分の知識の中に収まらない戦術機のことに対し、探求と好奇の心が抑えられなくなったこと。

 

「特にキャンセルと呼ばれる機能は、想定の外で……でも、その有用さは埒外のもの。何をどうすればあんな風にと、そう考えていた矢先に新OSの配布に関する通達があったのですわ」

 

OSの性能が本物ならば、諸外国に対する外交上の重要な切り札になりかねない。だというのに、大きな駆け引きもなく、配布の報が伝えられる。想像の範疇を軽々と飛び越えての状況の推移と、OSに対する興味とが絡み、あのような事になったのだとルナテレジアは恥ずかしげに語った。

 

「寝ても覚めても、XM3の事を知りたいという気持ちばかりで……」

 

「振る舞うという事を思い出したのが、つい先程だったと」

 

「その通りですわ……」

 

本気で落ち込んでいるルナテレジアに、武は言った。先程伝えた通りであり、感謝以外の念を抱いてはいない事を。

 

「それよりも、真壁清十郎の元に。研修では世話になったと、そう聞いています」

 

「……そうですわね。助言ありがとうございます、シロガネ中佐……では、私はこれで失礼させて頂きますわ」

 

ルナテレジアは敬礼を示して。ただ、と先程とは打って変わった様子で告げた。

 

「OSの事ですが……私心に関係なく、模擬戦では先任としての役目を果たします。例えどのような方が相手であれ、全力で迎え撃って差し上げますわ」

 

負けるつもりなど、毛頭ない。暗に宣告するルナテレジアに、武はそれでこそです、と笑いながら答えた。

 

「むしろ上等ですよ。互いに手抜かりのない本気同士。だからこそOSへの理解度や、あいつらの成長具合が高まるってもんです」

 

願わくば後悔の無い真剣勝負を、流れた汗が互いの血肉となるように。そう告げた武に、ルナテレジアは貴族らしい嫋やかな笑みと共に同意を示した。

 

その後も伯爵家の次女らしく、そしてツェルベルスの衛士に相応しい振る舞いに戻ったルナテレジア・ヴィッツレーベンは去っていった。

 

その背中を見送った武は、誰にも聞かれないように、小さく呟いた。

 

「流石は“メグスラシルの娘達”と呼ばれた1人、振る舞いは立派なもんだな……うん、立派過ぎて敬礼の度に揺れてたよなぁ。流石はユーリンをして僅差の、トップクラスなブツをお持ちなようで」

 

「―――何がどうトップクラスなのかな?」

 

飛び込んできた声に、武は「ほあっ!?」と動揺の声を零した。乱入者はその隙を逃さず、声をかけた背後からそのまま奇襲を仕掛けた。膝裏を打つと同時に襟元を下に引き、落ちてきた首筋に腕を絡ませて壁にもたれかかる。酸素の一部が遮断された事を感じた武が、焦りながら非難の声を上げた。

 

「ちょっ、サーシャ!? いきなり何を……ってギブギブギブ、ギブだって!」

 

「くれくれ言われても分かんないよ、バカエロタケル」

 

サーシャは拗ねた様子で、武の首を離さなかった。武は武で後頭部に柔らかいものが当たる事に気づき、いよいよもってヤバイと暴れた。それでも手荒な真似はできないと―――こう思うのは夕呼と霞、イーニァとサーシャだけと本人は気づいてはいないが―――思い、対処に困った。

 

一方で武の力が弱い事に気づいたサーシャは、僅かに締める力を緩めると、小さな声で尋ねた。

 

「それで、何話してたの?」

 

「新OSの話。やっぱり、すんなりと受け入れられるのは難しいってことだよな」

 

実戦経験厚き軍人が新兵器に対して懐疑の念を抱くのは条件反射のようなものだ。武は分かってはいたことだと思いつつも、ルナテレジアやヴォルフガング、ベルナデットの反応を見て、先は長いかも、という考えが湧き出たことをサーシャに告げた。

 

サーシャは頷きつつも、切っ掛けと足がかりは掴めたんだから十分だと、呆れ声で武に告げた。

 

「クラッカー中隊のみんなは、例外中の例外。普通はこんなんだよ。言葉をひとつ、相手に分かってもらうだけでも一苦労なんだから」

 

「勘違いは争いの元、だよな。あとは分かりたいと思われるように努めるべきか」

 

「有用さが分かれば、勝手に寄ってくるよ。明日の模擬戦で相応の結果を見せれば、ね」

他所を向いている相手に真意を告げるのは困難だ。だから、先に目を目を合わす舞台を作らなければならない。そのための作戦だよね、というサーシャの言葉に武はそうだけど、と呟きを返した。

 

「欧州への影響は、ツェルベルスを介しなければ時間がかかり過ぎる。それが拙いことは分かってるんだけどな……」

 

「クラッカー中隊だけじゃ不十分だっていうのが不満? ……仕方がないよ。積み重ねた年代、歴史の差っていうのは私達がどうこうできることじゃないし」

 

「そういうもんなのかな……しかし、あの少尉だけど、XM3の事をどう思ってるんだろうな」

 

「興味津々なのは間違いないけど、短期間で認めさせるには印象力が重要。そのための模擬戦……演出でしょ?」

 

「ああ。他国を巻き込んでの、言い訳が効かない真剣勝負。だからこそ、有用さが映える……そうでなくちゃ困るしな。多少のリスクを払ってでも、欲しいと思わせるぐらいの価値を認めさせるために」

 

取引の価値があると思わせて初めて、こちらが狙う“一手”が成る。武の言葉に、サーシャは頷きながらも、仕掛けを考えた夕呼に対する畏怖の念が大きくなっていくのを感じ取っていた。

 

(どこまで考えてるのか、底が見えない……でも、だよね。もし彼女がこの世界に居なければどうなっていたのか、って考える方が怖いんだけど)

 

そうなれば人類は泥沼の戦争を、とそこまで考えていたサーシャは、ふと先の部屋での事を思い出し、武の首筋を少しきつく締め上げた。

 

「リヴィエール少尉、だったっけ……彼女と一体何を話していたの」

 

初対面だったと思うけど、とサーシャは武の頭をぺちりと叩いた。武は少し黙り込んだ後、なぞなぞをしただけだと答えた。

 

「まず、あっちが問いかけてきたんだよ。“次なるハイヴにアルファベット三文字を付けるなら、何が合うと思うのかしら”ってな」

 

突飛すぎて理解できない質問。だがサーシャは触れている肌から、武の身体を強張った事を感じ。恐る恐るも、慎重に聞き返した。

 

「少し考えた後、まさかって思ってな……“JFKですよ、リヴィエール大尉”って答えたんだよ。そんでな……どうやらビンゴだったようだ」

 

―――後で話があるわホーンド3、と。

 

彼女の人柄を知らない者でも違和感を覚えるような、暗い声と表情。その上で突きつけられた先程の言葉に、武は甘かったな、と呟いた。

 

「俺だけにあの世界の記憶が降り注いだ―――そんな甘い話がある訳無かったのにな」

 

HSSTの事も含め、夕呼先生と情報を交換する必要がある。焦りと共に呟いた武の心拍数が少し上がる様を、サーシャは触れた肌の先から感じ取っていた。

 

 

 




●あとがきの1


次回冒頭

武「ちょーつえー衛士と真剣勝負おなしゃす」

B分隊「えっ」

武「事と次第によっては拙いことになるので、死ぬ気で頑張って」

B分隊「えっ……えっ」





●あとがきの2

個人と個人の再会の場面や話は、別途で書く予定です。

短編集か、本編の隙間にて。
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