Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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誤字指摘に、誤字修正……いつもありがとうございます。

本当に助かっております。

で、本編。色々と文字数が多くちょーっと話の進行も遅くなっていますが、
もう割り切ろうと思いました。多少遅れても、書いて書いて書こうと思います。


29話 : Under the ground zero-Ⅳ

「……樹にサーシャの二人共。B分隊はたまと純夏と美琴が?」

 

「ああ、撃墜判定を受けた。こっちは相打ちの形で落ちたが……」

 

演習が終わった後のブリーフィングルームの中。Aチームの12人は集まり、反省会を行っていた。確認の言葉に答えた樹が、武を見ながら呆れ顔になった。

 

「まさかお前が半壊判定を受けるとはな……それほどの相手だったか?」

 

「回避、先読みに関しちゃリーサの方が上だけどな。攻撃面で言えば、頭ひとつ分抜けてた」

 

そこから半壊に至る流れを聞いた樹は、驚きながらも渋い顔になった。

 

「評価が難しいな……最後のそれは一か八かの賭けに見えるが」

 

「いや、当たりどころが悪かったら落とされてたよ。そういう意味じゃあ、脚部だけで済んで運が良かったとも言える」

 

「悪い方向に考え過ぎだ。だが、注目すべきはその賭けに半分でも勝ってくる、その勝負強さだな……」

 

ベルナデットとの再戦を行えば武の方が圧倒する事は、単なる事実だった。それでも、高速で交差した相手への背面撃ちは、本来ならば成功する確率が低い、超難度の戦術だった。樹はそれを土壇場で成功させた勝負強さこそが侮れない要素だと主張し、サーシャが横入りする形で武をジト目で見た。

 

「しっかりしていれば、回避は出来た筈。それが出来なかったのは気が緩んでたから……ううん、はしゃぎ過ぎてたから?」

 

「う……それは」

 

言葉に詰まる武を見た後、樹は参加する面々を思い出し、そういう事かと頷いた。B分隊とまりもを横目で見ながら、言葉を選んで話しだした。

 

「“精鋭達に自分の実力をアピールしたかった”、か。また、新兵みたいな真似を」

 

「……実際に若いし。あ、いやなんでもないです」

 

武は笑顔になったサーシャを見て、言い訳を止めた。その後、樹が序盤の事だが、とため息と共に告げた。

 

「交戦してから間もなくの事だが……速攻で決めに行かなかったのは、英断だったぞ」

 

樹の言葉に、武は頭をぽりぽりとかいて誤魔化した。

 

バレてる、とは内心だけで呟いて。

 

―――実の所、武は最序盤で攻勢に出ればマハディオだけなら確実に撃墜することが出来た。相手に消えたと錯覚させる機動戦術は初見殺しとなるためだ。見失った事による動揺と隙を突けば、1機ぐらいは安全なまま撃ち落とすことが出来たのは、武も分かっていた。

 

(まさか、なあ。はしゃいで落として回る、ってのはやんちゃが過ぎるし)

 

聞かれたらツッコミがダース単位で入りそうな事を内心でのたまう武。一方で、B分隊は首を傾げるばかりだった。その様子を見て、樹が慌てた様子で殊勲賞とも言える6人に話題を移した。

 

「圧倒的不利な戦況の中、半数が生存……しかも武御雷とEF-2000を落とすとはな」

 

「EF-2000の方は……ヴィッツレーベン少尉、はツェルベルスの一人ですか。年齢は1歳程度しか違いませんが」

 

それでも訓練兵である事を考えると、信じられない戦果だった。教官として誇らしいと3人が頷いていると、B分隊の6人は安堵し、格好を崩した。

 

「状況は……敵さんが狙撃手であるタマに向かって強行突破。厄介だと思ったんだろうな。周囲の援護の中、武御雷……真壁機が撃墜に成功するも、攻撃の直後に生まれた隙をついた美琴が武御雷の脚部を破壊、冥夜が追い打ちで仕留めて―――」

 

「カバーに入ったヴィッツレーベン機が鎧衣機に射撃をしようとした所を、鑑が横から奇襲。攻撃が一拍遅れ、反撃に出た鎧衣機と相打ち」

 

「純夏はEF-2000に……こっちもツェルベルスか。ブラウアー中尉に横から奇襲を受け、回避しきれず撃墜。直後に演習終了か」

 

武はその時の状況を聞かされた後、千鶴の方を見た。千鶴は視線の意味に気づき、小さく頷いた。

 

「予め練っていた作戦の一つよ。壬姫の狙撃を腕を見せつけた後、敵を誘い込んで包囲殲滅。タイミングが遅れて、損失が同等になってしまったけれど……」

 

「流石のベテラン、という事だな。大筋が読まれていた」

 

千鶴、冥夜の悔やむような戦況分析。それを聞いた教官3人は、顔を見合わせた後、おかしそうに笑いあった。B分隊の6人は叱責を受けると思っていたため、意表をつかれたとばかりに眼を丸くした。そうして、一通り笑い終えたまりもが呆れたように告げた。

 

「OSでの性能差があるとはいえ、相手は世界でも上から数えた方が早い精鋭だぞ? それを、損失機が同等で悔しがるとは」

 

「クリスのトーネードADVはともかくとして、機体性能だけならあちらの方が上だぞ。それも準備期間があまり無い状況で、急造の作戦を半ばでも成功させたんだ」

 

「反省点はあるけど、プラスの方が圧倒的に大きい―――誇って良い。少なくとも訓練兵時代の私達じゃ、絶対ムリ」

 

天才衛士に拍手ーと言い出すサーシャに、武が応えた。まりもと樹もつられて拍手するが、B分隊は戸惑ったままだった。

 

「――で、サーシャはタリサと相打ちと」

 

「うん。ていうか何アレ、反射速度と学習速度がおかしい」

 

サーシャは後半になるにつれタリサ機の反応が鋭くなっていった事と、その反応の速さについて話した。

 

「最後の方は完全に圧されてて……負けるか、って踏み込んだらいけた」

 

「そっちも今度やったら拙いか。まあ、前衛のタリサと相打ちなら上等だろ。本領の援護を活かすような状態でもなかったし」

 

サーシャ、クリスカ、ユウヤの3機に関してはそれぞれが一対一でやりあったのだ。そのような状態であれば、前衛が持つ技術・技能の方が活きてくる。後衛のサーシャが相打ちにまで持ち込めたのなら、悪い戦果ではなかった。

 

「それにしても……強くなってたね、タリサ。大東亜連合の若手の中じゃ、ナンバーワンだって?」

 

「三指ぐらいには入るだろ。で、あっちはあっちで最後まで決着がつかなかったと」

 

ユウヤとクリスカの事だ。尻上がりに調子を上げたユウヤは亦菲と互角以上でやりあうも、決定打を防がれたらしい。クリスカの方も同じで、調子を取り戻すも撃墜するまではいかなかったと、武は二人から直接聞かされていた。

 

(しかし……腹が痛え。なにもあんなに思い切り殴らんでも)

 

結果を聞いた後、武はユウヤから「手が滑った」と豪快にボディーブローを受けていたのだ。油断していた武は腹筋が緩んでいる状態でそれを受け、10秒ほど悶絶することになった。

 

「機体性能、OS性能で上回ってんのに勝ちきれなかったからってなあ……」

 

八つ当たりせんでも、という武の呟きにサーシャはため息と共にツッコんだ。主な理由はそれじゃないと思う、と母親似の金髪美女にさせられたユウヤの顔を思い出しながら。

 

「で、樹は玉玲を誘い込んだ所でボン、か」

 

「ああ。それで態と隙を生じさせた所を、神宮司少佐が後ろから狙いすまして一撃。半壊させた後、既に損傷していたもう1機を仕留めて終わりだ」

 

結果、Bチームはベルナデット、リーサ、マハディオ、清十郎、ルナテレジア、タリサ、雅華の7名が落ちて、生存7名。結果的には引き分けに終わった。

 

「……上々だな。狙った訳じゃないけど、荒れない方向に落ち着いた」

 

「機体差と衛士の経験差を考えると、あっちの方は負けだと思ってるだろうけどね」

 

サーシャの言葉に、まりもと樹が頷いた。引き分けと聞いて頷くような衛士なら、あれほどまでの腕を持てていないだろうと思っていたからだ。

 

その後、反省会が終わり。殊勲賞であるB分隊に向けて、サーシャが告げた。

 

「彩峰は約束通り、マハディオに話を付ける。光州作戦の事を聞くといい。ああ、妹に飢えている所があるから、妹にされないように気をつけて」

 

「……お兄ちゃん」

 

「待て、彩峰。俺じゃない。なんで俺を見てお兄ちゃんになる……って何もしてねえって!」

 

いきなり周囲の女性陣から冷たい視線を向けられた武は、無実を訴えた。が、旗色悪しと見て話の流れを強引に変えた。

 

「それよりも、聞きたい事があったら答えるぞ。何でも、って訳じゃないけどな」

 

任官認印最終演習の時を模して、一人一つずつ何でも質問を、という武の言葉に、美琴が手を挙げた。

 

「相手の衛士って、各国の軍でも有名な衛士なんですよね?」

 

「……そうだが」

 

樹は、嫌な予感が、と思ったが頷き。それを見た美琴が、武に視線を移しながら尋ねた。

 

「その精鋭を3機。それも同時に相手をしたのに全て撃墜した白銀中佐は、どのくらい凄いんでしょうか」

 

笑顔と共に放たれた言葉に、場が硬直した。それはB分隊も例外ではなかった。“ここでそれをストレートに聞くか”という内心があったが故の驚きが原因だ。

 

樹は半ば予想していたため、逸早く立ち直り、武の方を見ながら告げた。

 

「で、実際の所はどうなんでしょうか、中佐」

 

「……なんで敬語に戻ってんの?」

 

「いえ、やはり階級が上の方は敬うべきかと思いまして」

 

意訳『お前の責任だろ何とかしろ』という言葉に、武はサーシャと樹、まりもに向けて『それはねえだろ助けて下さい』と視線で訴えたが、受け止められず逸らされた眼差しが答えになった。

 

武は戦闘中もかくやという速度で思考を回転させた後、胸を張って応えた。

 

「勝負は時の運。つまり、アレはマグレだ」

 

「……えー。逆に圧倒していたように見えたんだけど」

 

「気のせいだ! ……逆に聞くけど、俺みたいな若造があの精鋭よりも圧倒的に強いように見えるか? 見えないだろ、質問終わり!」

 

武は強引に終わらせ、それを聞いた美琴は困ったように眉を寄せ。

 

―――その肩がポンと叩かれた。

 

「……冥夜さん?」

 

「任せろ、美琴。では、次は私の質問に答えて頂きたい―――Bチームの14人の方々の中に、白銀中佐が一対一で勝てない相手は居られるのでしょうか」

 

敬語を使っての、力量差を告げるだけの明瞭な問いかけ。嘘は許さない、と言っているようにも聞けた武は、言葉に詰まり。ほら、えーと、それだ、と混乱を示すかのように指を右往左往させた後、答えた。

 

「……居ない。運の要素もあるけど、勝てないっていうほど力量差がある相手はいない」

答えた武に、次は壬姫が。

 

「では、最も苦手な相手は誰になるんでしょうか」

 

「……リヴィエール少尉だ」

 

武は衛士として、冷静に考えた上で結論を告げた。タリサ、亦菲、唯依、雅華とツェルベルスの二人は力量と経験で圧倒できる。クラッカー中隊の面々は互いに手の内が知れている分、純粋な力量差で圧倒できる。その点、ベルナデットと直接戦闘を行った経験はほぼ無いに等しく、射撃精度が極めて高く、流入分の記憶という経験値を得ている分、最も手強い相手になるだろうと。

 

それを聞いたB分隊の全員が頷き、千鶴が一歩前に出た。

 

「では、10回……いいえ、100回やって負ける確率は?」

 

「に、2回か3回ぐらい?」

 

誤魔化すように一歩退いた武に、純夏が追撃を加えた。

 

「へえ……欧州でも有名なツェルベルスよりも厄介な衛士さんを相手に、ほぼ負けることはないんだ?」

 

「た、対人戦だったらな!」

 

「……BETA戦だったら? 同条件で戦果を競う場合とか」

 

「それは……いや、一人一つの質問の筈だ。悪いが、答えられないな」

 

これでどうだ、と言わんばかりに武が答え。その反応を見たB分隊は、疑問を浮かべた。

(世界でも一流を名乗れる強さを持っている、という事は語らせて落とせたけど)

 

千鶴は内心の疑問と共に、慧に視線を送り。

 

(……どんな環境でそれが培われたのか、っていう点だね)

 

具体的には経歴が気になって仕方がない。そう思った二人は、武に視線を集中させた。武はその意図を察したが、ごほん、と咳をした後に答えた。

 

「軍に於いて、相互理解は必要なことだ。だが、人によっては答えられない事もあってだなって痛ァ?! な、なにすんだよ二人とも!」

 

「いえ、中佐の頭に蝿が止まっていたので」

 

「これは一大事かと思った次第です。気づかれないとは、お疲れのようですね?」

 

樹の笑顔の言葉に、武は顔を引きつらせながらも、頷き。くるりとB分隊に向き直った樹とサーシャは、そういう事だと告げた。

 

「以上、解散だ……いや、待て」

 

樹の視線に、サーシャは頷き答えた。

 

「伝え忘れていたが、朗報だ。中佐が目覚ましい成果を見せた6人に、特別な贈り物があるそうだぞ」

 

東北でも滅多に入らないプリンを、既に手配しているらしい。そう告げたサーシャを千鶴と慧は、しばらく見返した後、小さく頷いた。

 

そうして、命令の通りに退室したB分隊を見送った後、樹とサーシャが深い溜息をついた。その意味を察した武は、ごめん、と素直に謝った。

 

「まあ、良いが。気が抜けている理由も、分かるからな」

 

「え? ……って、そんな筈が」

 

困惑する武に、まりもが苦笑と共に告げた。

 

「“授業参観に来てくれた親みたい”、ってね……夕呼が言っていたのよ。私もまさか、って思ったけど」

 

まりもから見た武は、油断ならない衛士だ。年齢に不相応な、鍛え抜かれた屈強な軍人だった。だが、今の武の姿は実戦経験の無い新人と重なる所があった。

 

成長と成果を認めて欲しいとはしゃぎ回るだけの、戦場で何が失われるかを知らない若い衛士のような。

 

(それでも成果をもぎ取ってくる分、ただの衛士とは違い過ぎるけど)

 

呟き、自嘲した。白銀武の年齢と実像に。そして、年相応に振る舞えている事を喜べないという事実に。夕呼をして、今欠けられては取り返しがつかない事態になると言わしめる存在になっているが故に。

 

(若造に戻られても困る、か。そう言っていた夕呼も変わったように思えるけど)

 

まりもは友人の変化を喜ばしい事だと思っていた。このような失敗をする事もあるのだと、親近感を抱けるようにもなっていた。だが、不安を覚える心もあった。

 

(……人間としての幸福より、人類の未来を背負うに相応しい姿を―――なんて。自分勝手過ぎるわね)

 

自嘲するも、まりもは答えられなかった。

 

―――数人が理想に没頭し、犠牲になった結果、被害も少なく救われた世界と。

 

―――数人が人間らしく失敗しながら戦った結果、被害も大きいが救われた世界と。

 

―――二つの世界は、果たしてどちらが尊いものか、という問いかけに対して。

 

前者を選べば人間失格だと責められる。後者を選べば軍人失格として叱責される。黙っていれば、無責任だと罵られる。正解は、無いように思えた。そうして悩むまりもに、声がかけられた。

 

「……神宮司少佐?」

 

「え?」

 

「随分と難しい顔をしているようだが、何かあったか?」

 

「……いえ」

 

「それじゃあ、少し手伝ってくれ。あのままじゃ、あのバカが羞恥のあまり切腹しかねん」

 

まりもは樹に促され、武の方を見た。耳まで真っ赤にしながらも、右手の掌で顔を覆い隠している姿を。

 

「……やっぱり図星だったんだ、夕呼の指摘」

 

「……恥ずかしがってる所を見ると、どうやらそうみたいだな」

 

一方で、サーシャは武の周囲を素早く移動していた。掌の横から、隠された武の顔を何とか覗き込もうとしているようだった。

 

「……案外お茶目よね、クズネツォワ中尉は」

 

「……昔っからだな。武に限定して、だが」

 

微笑みと共に樹は告げ。まりもはその横顔を見て、複数の自分が現れるのを見た。嬉しく思う自分と、疎外感を感じた自分と、笑うとより美女っぽく見えるわね、と嫉妬する自分と。

 

「……これはもう、飲むしかないわね」

 

「えっ? というか、今の悪寒は……」

 

樹はまりもの呟きは聞こえなかったが、その歴戦の経験から戦車級に似た気配を感じ、周囲を見回した。言うまでもなく中型に入る戦車級が居る筈もなく、その心配は杞憂に終わったが。だが、このままでは何かが拙いと思った樹は、明日からの予定について話し始めた。

 

「OSの入れ替えは明日で、訓練は明後日だそうだな」

 

「……急ピッチね。整備兵は向こうから派遣されているので、人員については問題なさそうだけど」

 

「問題は、OSの性能を認めてくれるかどうかだが」

 

ユーコン組と元クラッカー中隊はともかくとして、残りの人格を知らない3名はどうか。性能が上がるとはいえ、新しいものは受けれ入れられ難いのが兵器というものだ。

 

だが、翌日。樹の心配は杞憂のものになった。実際に使ってみない事には何とも言い難いと、ツェルベルスの二人とベルナデットが主張したからだ。

 

そこから、武とまりも、樹とサーシャが主導となってOSの教導が行われた。基本の動作から、キャンセルやコンボを応用した高度な操縦まで、実戦レベルには届かないが、一通りの説明が終わった後の事だ。

 

一般兵には話せない話題も多いと、地下に集まっていた教官役の4人は、食事をしながら互いの教え子に関する進捗状況について話し合っていた。

 

「あー……疲れた」

 

「しっかりしろ、主犯格。一番多く受け持ってる分、精神的に参るのは分かるが」

 

最もXM3に詳しい武は、若手の方を担当していた。清十郎、唯依、タリサ、亦菲、ベルナデット、ルナテレジアといった、元々は模擬戦のチームとして選ばれるようになっていた6人だ。

 

「いや、それもあるけど……男一人ってのがな。ヴィッツレーベン少尉は目ぇ輝かせて質問ばっかするし」

 

まるで突撃砲だぜ、とぼやく武にまりもが苦笑を返した。何度かハンガーで見かける機会があったからだ。

 

「でも、満更でもないように見えたけど?」

 

「それは……まあ、評価されるのは嬉しいですし」

 

作り上げたものを的確に、細部に至るまで評価されるのは嬉しいのだ。ルナテレジアだけでなく、いつも怒ったような顔をしているベルナデットにまで評価されたからには、もう間違いがない。武はもう会えなくなったあちらの世界の霞とイーニァに、称賛を受けたという声だけを伝えたくなった。

 

「……でも、たまに顔赤くしてるよね。ヴィッツレーベン少尉に胸押し付けられて」

 

「あ、あれは俺からしてるんじゃなくて、興奮した少尉が! ……それに、模擬戦で落とされたから、っていうのも考えてると思うし」

 

XM3慣熟に必死になっているのは、模擬戦で落とされたのを落ち度と思っているからか。そう考えた武だが、半々だな、と思った。

 

「そういう意味じゃあ、清十郎も同じだな。百面相しながらも頑張ってる。唯依、亦菲、タリサは……なんか怖い時あるけど、頑張ってるし」

 

「……そう。って、誤魔化されると思ったら大間違い」

 

サーシャは強引に話題を元にもどした。

 

「で、たまにだけど玉玲の胸みて顔赤くしてる時あるよね? ……武はやっぱり大きい方が好きなんだ」

 

少し悲しそうに、サーシャが言う。武は違うと答えるも、夢で見たあの感触が―――とは言わなかった。それを言うと、何かが拙いと感じたからだ。

 

話題を逸らそうとした武は考えこんだ後に、異性の事について考え込んだ機会が無かった事に気づいた。特に、今まで出会った誰の胸が、という点について。今まではどうだったか、と武は自分の中にある記憶を辿り。

 

途端に、いくつもの平行世界の記憶が脳裏を過ぎった。無、小から中、美。更には豊、巨に至るまでの山々を。その中には、いくつか見知った顔もあって。

 

「……武、顔真っ赤だけど」

 

「えっ?! あ、いや……」

 

武は答えられなかった。実際に“そう”なった事はないのに、記憶の中には残っているという状態に、困惑しつつも羞恥を覚えていたからだ。

 

(というか、節操が無いにも程が……いや、胸で好みを選んだ訳でもないか)

 

経緯について、全ては思い出せない。ただ、色々な記憶から、人格や何気ない部分を好きになった、という風に思うようになっていた。

 

そして、電流が走った。アルフ曰くの、父・影行の金言を思い出したからだ。

 

(確か“触れて嬉しい胸が良い胸だ”とか何とか……よし、ここは自分流と、アルフ風味のアレンジも加えて)

 

唐突に湧いた記憶に混乱していた武は、勢いのまま答えた。

 

「サーシャの胸は好きだぞ。触りたい、っていうか………あれ?」

 

何かおかしい、と途中で言葉を止める武だが、周囲は大惨事になった。

 

樹とまりもは、食べていたうどんを盛大に吐き出した。サーシャは、鈍感王の発した予想外の反撃を聞いて、しばらく押し黙り。理解した途端、珍しくも耳まで真っ赤にしながら、狼狽え始めた。

 

「な、な、な………な、にを」

 

「あ、いやそういう意味じゃなくてだな」

 

「じゃあ、嫌いなの?」

 

「いや、好きだが」

 

「………」

 

サーシャは黙り込んだ後、少し眉をひそめると、まさかと思って質問を重ねた。

 

「じゃあ、タリサの胸は?」

 

「成長したのかな、って思う事はあるけど、まあ好きだな」

 

記憶が、嘘をつく事を許さなかった。板のような美琴とか、三馬鹿を思い出してしまったのだから。

 

「……純夏の胸は」

 

「本人には死んでも言わねえけど、嫌いじゃない」

 

今更だとも言えた。

 

「……あの唯依っていう、女の子の胸も」

 

「大きくなったよな」

 

成長する胸もあったな、と武は遠い目をした。

 

「……玉玲や、ヴィッツレーベン少尉クラスの胸も」

 

「すげえな、って感嘆するけど……あれ?」

 

武は答えながらも、何かが違うと思ってまた黙り込んだ。ふと視線を感じ、周囲を見回す。そこには、ゴミを見るような目をしていた樹とまりもの姿があった。

 

「……今の話を総括するとだな。お前、触れるのなら何でもいいのか?」

 

「は!? いや、そういう訳じゃなくて」

 

「はあ……」

 

「な、なんでそんなに深い溜息を?!」

 

まるで未熟だった頃、教官だったまりもをちゃん付けで呼びまくっていた頃のような態度だった。それはそれで懐かしいと感じた武だが、色々と拙いと思い始めた。

 

だが、弁明の機会は訪れず。話題は進捗状況を話し合う方に移っていった。

 

「ベテラン組は苦労しているな……だが、前もってこのバカの機動概念の一部は理解していたからな。習得速度は、16大隊よりも幾分か早い」

 

「こっちもね。でも、反応が良くなってる機体に振り回されていない」

 

担当のブラウアー中尉も、飲み込みが早い。強いて言えば、性能が上がった事について興奮を覚えつつも、何か悔やんでいるような顔をする時があったが、まりもは武達に伝えなかった。

 

(あれは……“あの時にこれがあれば”というような顔だったからね)

 

全滅に近い形で、周囲の味方を失った事があるのだろう。自分の立場に置き換えて考えると、吹聴されたくないと思ったまりもは、胸の内にしまっておくことに決めた。

 

その後、報告と相談を終えたまりもは、午後からの演習に使う資料の準備があるからと退室をして。3人だけになった後、樹はそれで、と武に尋ねた。

 

「自分から話すのを待っていたが……気になって仕方がないのでな。あの大規模な模擬戦の切っ掛けになった、リヴィエール少尉についてだが」

 

「色々と話した、とは聞いている」

 

樹とサーシャの問いかけに、武はぽりぽりと頬をかき。しばらく黙り込んだ後、ため息と共に説明を始めた。

 

「……屋上が良い、って言うんでな。夕呼先生に人員を借りて、防諜を整えた後に待ち合わせをした」

 

地下では逃げ場が無いと考えてのことだろう。そう思うのは自然だと捉えた武は、機密が漏れないようにだけ気をつける事にした。やってきたエロムッツリサイボーグに対しては、嫌味をぶつけたのだが。

 

「―――ちょうど日が落ちる頃でな。夕焼けが綺麗だった。で、色々とあった」

 

「……つまり、言いたくないと?」

 

「ああ。ちょーっと、な。冷静になれるまで、時間をくれ」

 

来週あたりだ、と答えた武に、樹とサーシャは頷いた。拙い事態になれば、聞かなくても話し出す。それをしないという事は、上手く事が運んだが、何か途中で恥ずかしい失敗をしそうになったという事になるからだ。何だかんだと武の身を案じている二人は、無理に聞き出さない事に決めた。サーシャだけは、先程の鈍感かつデリカシーの無い武の発言の仕返しにその羞恥話を突っつきたいと、どこかで思っていたが。

 

 

そうして、二人が去った後。

 

武は突っ伏し、テーブルにぼやきをぶつけた。

 

「……色々な人に、謝らなきゃならんのだけど」

 

 

武は耳を真っ赤にしながら、屋上であった事を思い出し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無事なものは何も残っていない、壊滅した町並み。昼と夜の隙間だけに見える陽の色に照らされたそれを眺めていると、無性にこの世の無常観を感じさせられるもので。

 

「……それでも、あの世界よりはマシか」

 

「そうなるかは、これから先の戦い次第ね」

 

フェンスの前から町並みを眺めている武の呟きに、塔屋の壁へ背中を預けていたベルナデットが答えた。続きを促すような口調に、武は応えるより先に尋ねる方を優先した。

 

「それで、あの勝負の採点は?」

 

「………嫌味な男ね。色々と言いたいことはあるけど、ひとまずは口説かれてやるわ」

 

棘のある口調で、ベルナデットが答えた。実質的に他の方法が無いに等しい状態では、建前でも差し伸べられた手を振り払うことはできない。ベルナデットはそこから、協力者を得るに至った経緯までを尋ねた。人の記憶とは、本人自身でさえあやふやなものだ。正しいものであっても、それを他人に話した所で理解を得られるかどうかは別の話にもなる。

 

尋ねられた武は、それもそうだな、と頷くと今までの自分の道筋を話した。長旅と断言できるぐらい、長期間かつ困難な旅路を、概略だが説明した。

 

ベルナデットは黙って一通りの説明を聞いた後、小さくため息をついた。

 

「記憶が戻った時期の差に、理解者……いえ、協力者の差か。香月博士が居ない私には、厳しい話だったみたいね」

 

「ああ、俺の方が運が良かった。出会う人にも恵まれたしな」

 

例えばの話だが、教官がターラーのような子供の事を憂う人物で無ければ、その時点で詰んでいた可能性が高い。同じような事は、アルシンハやクラッカー中隊の全員にも当てはまる。

 

「……背景と、そのバカみたいな力量については納得したわ。それで、今後はどうするつもり?」

 

「第四計画を完遂する。いや、そのように思わせる、って事なんだけど」

 

武は夕呼と話し合った上で、必要になる点を話した。G弾の効果と、それが及ぼす記憶流入の事も含めて。それらを聞いたベルナデットが、いつも不機嫌そうな表情を、より一層厳しいものに変えた。

 

「……盛大な詐欺をする訳ね。それも、世界の命運を左右するような」

 

「全部が全部、ブラフって事じゃない。特にイギリスあたりが生き残るには、これしかないだろうし」

 

黒のカラスを白と言い張るような理不尽じゃない。人類のため。そう主張する武の言葉をベルナデットは否定しなかった。正誤はともかくとして、第五計画を潰すという点においては、告げられた以外の方法が思い浮かばなかったためだ。

 

「それで、私にはフランスの貴族筋を……伝手があるとでも思ってるの?」

 

「ああ、思ってる―――とは、夕呼先生の受け売りだけど」

 

欧州はBETAに侵略され、その大半の国土が壊された。だが、生き残っている人間が居る。そして、その価値観までもが根底から崩された訳じゃないと。

 

「貴族、ね。領地も領民も居ない存在を頼る理由は?」

 

「―――欧州においては、未だ権力を保持しているから」

 

武は答え、肩をすくめた。

 

「俺には分からなかったけど、ツェルベルスにEF-2000が優先的に配備されたのがその証拠……なんだよな?」

 

「……まあ、分かる奴には分かる話なんだけど」

 

対BETAに連合を組んだ欧州において、立場や発言力を得るには、実力こそが必要になる。領地や資産も失った貴族が今更何を、と主張する者は多い。貴族、平民で区別する必要は最早無くなったのだと。だが、それは概ねが正しく、間違っていた。

 

欧州の長い歴史の中で、貴族という存在は確固たるものになっていた。貴族だけではない、平民と呼ばれる一般市民の中に至るまでだ。

 

国土が失われるような戦乱が起きたとはいえ、その全てが即座に変わることはない。いきなり貴族は平民と同じ仕事を、平民は貴族が抱えてきたものを背負え、など上の立場から命令された所で、即座にその通りになれる訳がなかった。

 

「だからこそのツェルベルスか……貴族が貴いものだと知らしめるための英雄。七英雄に相応しい格を持つ、“貴族も平民も安心できる存在”だって」

 

貴族は貴族としての誇りを。平民は、そんな誇りを果たしてくれるという期待を持てる貴族を。関係性が逆転するなどという、社会的、精神的に混乱するような事態に陥らずに済む象徴こそが、ツェルベルスという部隊が編成された側面であると、夕呼は確信していた。それを聞いたベルナデットは、否定はしないわ、とだけ答えた。

 

(本人達が頑張ったのが前提の……後付けの部分もあるらしいんだけど、それを信じるかどうかは人次第)

 

ただ、耳にした事があった。生き残った七英雄、その多くが貴族サマだったというのは本当に偶然だったのか、と。全ては筋書き通りだったのではないかと。

 

「……実力は本物だけどね。集められた衛士の才能も」

 

「その点は疑ってない。ハッタリだけじゃ、通用しない事もな。ただ、軍にも大きな影響を残している、っていう点に着目したんだ」

 

詐欺と呼ばれた“事”を起こす準備段階で必要になるのは、欧州連合の上層部への口利きだ。いきなり訪問して“上手い話がある”と告げるよりは、根回しをした後に、伝手を通じて話を持っていく方がスムーズに事が運べるのは自明の理だった。

 

貴族が軍部に干渉できる程度に政治力を残しているのも、その通りだ。BETAの侵攻から最悪のケースを想定していた貴族によるもので、立場上多くの情報を扱っていた事から、資産を安全な場所に逃がしていた貴族も居た。

 

(……そういった人物との面識は持っている。積極的に交流するつもりは無かったけど、家と家の付き合いとして、信頼できる筋はいくつか残しているけれど)

 

潰されないようにするには、備えが必要だった。あくまで防衛手段として残していた伝手はある。だが、とベルナデットは不機嫌な表情を変えないまま聞き返した。

 

「……私のフルネームを知っていたなら、家訓の方も調べたはずだけど」

 

「ああ、知ってる―――“ただ一振りの剣であれ”だっけ」

 

「ええ。それを知った貴方は、どう思った?」

 

その家訓を持つ人間に、貴族らしい政治や根回しに協力を依頼するのは、どういった理由からか。そう、ベルナデットは暗に問いかけたのだ。答え次第では、大きく吹っかけてやる気で。

 

何をどうして、そう思うのか。武はその問いかけに対し、呟きで返した。

 

「……最初は、羨ましいと思った」

 

「……は?」

 

「見て分かるだろうけど、俺は若造だ。昨日も、夕呼先生に図星指されて悶絶してた。こんな裏工作とか政治とか、可能なら誰かに任せたい。ただの衛士として、仲間と一緒に突撃砲を構えるだけで良かった」

 

だから、羨ましいと思った。そうなりたかったから、と語った。

 

武が望んでいるのは、ただの衛士として在れる自分。ただの剣でいい、人類の切っ先たる衛士で良かった。怨敵たるBETAに滅びを及ぼす凶兆で良かった。挫けなく諦めない、吹き荒ぶだけの暴風(ストーム・バンガード)なら良かった。

 

「でも、それだけじゃ駄目だって気づいた。衛士に徹しても、得られるのは少ない戦果だけ。未来の記憶があるなら……自分だけに出来ることをやるべきだって知った。そこから目を背けたら駄目なんだって」

 

頼んでもいないのに押し付けられた荷物を、重い重いと音を上げるより先に、活用する事を考えるべきだと。

 

「何度も失って、ようやく気づいた。これから先の道は、誰に任せるでもない、自分で作っていくしかないんだってな」

 

誰かがやってくれるだろう、という淡い期待を武は京都で捨てた。途轍もない絶望の嵐からみんなを助けるのなら、全て自分が片付けてやるぐらいの気持ちでやらないといけない事に。

 

「それは……人任せにはできない。苦手であろうとも、弱音を言ってはいけないという事だと?」

 

「少なくとも、自分が出来る事から逃げたら駄目だ、ってな。ちょーっと、昨日の模擬戦はそれ忘れかけてたけど」

 

武は夕呼から叱責された事を思い出した。過去に自分が頼っていた大人が大勢現れたからって、気を緩めんじゃないわよ、と。

 

「……それ聞いた後に、ようやく分かった。“ただ一振りの剣であれ”っていう家訓の意味とか」

 

家名を振り回して貴族然として振る舞うだけの者になるな、という意味だけではない。

 

領地があった頃からの教えだ。名と地を守る貴族として貫くべきものが在る。故に家名に寄らず、領民に寄らず、自らの誇りと信念と共に立てと。期待という名の甘えを捨て去り、日々の歩みの中で襲い来る障害の全てを、何にも頼らず自らの全てで以て切り裂く剣で在れ、という意味も含まれているのだと。

 

そこまで聞いたベルナデットは、無言で視線を落とした。告げられた内容に、何一つ間違っている点が無かったからだ。そこに自分なりの意味を、“生きたい”と願う人のためにというのが、自分なりのリヴィエールとしての貫き方で在ったが故に。

 

「だから、協力してくれるんじゃないかな、って思う。出来ることから目を背ける。これって、誰かがやってくれるだろう、っていう名の甘えだろ?」

 

「……仮にそうだとして。私が、その甘えに頼らないと判断した理由は?」

 

「伝手を得た後、速攻で横浜に来たから。海外での横浜の評判は……まあ、碌なもんじゃないからな」

 

研究も進んでいない、人体に悪影響を及ぼす可能性が高いと思われている土地に、自ら乗り込んでやって来た。その行動力こそが裏付けだ、と武は主張した。ベルナデットは、またも黙り込んだ。素直に頷くのが、癪に障ったからだ。初対面に近い人間に、こうも見抜かれているのが悔しかった、という思いもあった。

 

(……私は、こいつの事が分からないっていうのに)

 

立ち居振る舞いから、幼少から貴族のような教えを受けたようにも見えない。その類の教育を受けた人間は、ひと目で分かるからだ。理解できないのは、何を拠り所にしてここまで戦えるのか、という点について。人か、国か、家か。ここを見損なうと、取り返しのつかない事態になる事を知っているベルナデットは、あえて尋ねた。

 

何のために戦っているのか、と。武はその問いかけに対して振り返ると、自信満々に答えた。

 

「全部だ」

 

「……は?」

 

「人とか、国とか、歴史とか、家とか。全部ぶっ壊してくるBETAを、逆に壊し返す。そのために、俺は戦ってきた」

 

最初は、身近な人のために。戦っていく内に、仲間が出来た。仲間が戦っている理由は色々あって、先に死んでいった戦友が居る。

 

「色々と託されたからな……捨てたくないって思った。だから、何のためにって言われると、全部だって応えるしかないんだよな」

 

「……それは、全てを覚えていないから?」

 

「言い忘れっていうのもあると思うし。じゃあ、全部救えばどこかで救えるし……ここを、故郷にG弾が叩き込まれるのを良しとした俺が言うこっちゃないけど」

 

全てを救える筈がない。死者が生き返ることなど、有り得ないのだ。これから先も、多くのものが危機に晒されるだろう。反して、自分の手はあまりにも小さく、少ない事も知っている。

 

きっと、これから先も変わっていくのだろう。恐ろしい風が吹いている。守れなかった故郷と同じように。夕陽に照らされ、血のように赤く染まった灰燼の街のように。無残に砕かれ、千切れ引き裂かれるものは多く。

 

「―――でも、諦めない」

 

武は答えた。二択の果てに、何かを捨てる事を強いられる時もある。だけど、捨てて壊れてしまったものを、最大限の力を振り絞り、直せるように努める。守りたいという願いのまま突き進む。夢のような解法はない事を知っているが、それを理由にして諦めたりはしないのだと。

 

「全部は無理だ。分かってる。何も壊れず、なんて有り得ない。取り返しがつかないものも見てきた。でも……どっちにも寄らないって決めたんだよ」

 

逃避、諦観にも寄らず、盲信、夢想にも寄らない。ただ、積み上げてきた道を一歩ずつ進む事を諦めない。

 

「出来るだけ守り通す。壊れても……取り戻せるものは、取り戻す。言い訳は、無しだ……もう、二度と間違えないようにする」

 

そう思って、間違えてきた事も多く。無能な分、そう努めるしかないんだけど、と武は答えた。当たり前のように、誇る風でもなく、今日の献立を語るが如く。全てを聞いたベルナデットは、深い深い溜息を吐き尽くし。10秒、沈黙した後に答えた。

 

「……分かった。出来る限りの協力はするわ―――ただし!」

 

ベルナデットは武を指差し、告げた。

 

「アンタが死ねば御破算にするわ。大事な時に自棄になるような相手を、信用するなんて出来ないから」

 

「自棄って……何が?」

 

「……無意識、か。アンタの機動に出てるのよ。面識が無い私だから、気づけたのかもしれないけど」

 

死守を命じられた時の、死兵と同じようなものをベルナデットは感じていた。目的を達成できるのなら、死んでも構わないといった覚悟をした人間に見えるような。自分の保身を捨て去った者が発する独特な雰囲気を。

 

「階級、立場に頼りきるのも問題だけど、与えられた立場の重みは感じなさい。恐らくだけど……アンタの代わりは居ないんでしょう」

 

「……それは、まあ。でも夕呼先生が居るし」

 

「へえ。じゃあ、その夕呼……香月副司令? に全部任せる事が出来るなら、アンタはさっさと逃げだすのね」

 

「いや、それは違う! でも、全力を尽くして死んだら、それはもう仕方が無いから……」

 

「それが無責任って言うのよ。全力を尽くすのは当たり前。その上で、アンタは生き延びる事を優先しなさい……死んで許されようなんて、無責任にも程があるわ」

 

ベルナデットの怒りの言葉に、武は何か反論しようとして―――思い出した。

 

似たような言葉を、考えた事があったのだ。それは来月に起きるであろう事件、その首謀者に、自分が抱いていた想いだった。

 

そこで武は、自分の顔を右手で覆った。

 

土台にあったのは、純夏や冥夜、サーシャや夕呼から散々に言われていた事。考えすぎだ、と笑って誤魔化していた。だが、面識少ない相手から言われた事が、決定打となった。

―――死ねば楽になれるかもしれない、という自分が存在する事に気づけた事の。

 

武は、途端に呻いた。図星を刺された時以上に、顔が赤くなっていった。追い打ちをかけるように、ベルナデットが告げた。

 

「生きてこそよ。命を賭けるのは当たり前。だけど、捨てるのは最後の手段に。人間なら……最後まで人間らしく戦いなさい。縁も信も、者――人に繋がるものだから」

 

「……まったく、その通りで」

 

「それを忘れるから、最後の一撃を躱せなかったのよ。分かってるとは思うけど」

 

「……返す言葉もございません」

 

武はベルナデットの言葉に頷き、連想して純夏の言葉を思い出した。そして、それを受け止めなかった自分に恥じ入り。

 

先程とは異なった、暗いものではない―――後悔・羞恥・傲慢を主成分とした「馬鹿な自分を殺してえ」という気持ちが、武の全身を駆け巡った。

 

人語とは思えない呻き声に、地団駄まで踏んで。それを眺めていたベルナデットは、呆れとため息を同時に吐き出した。

 

「―――で、返答は?」

 

「……分かった」

 

「よろしい」

 

そうして、武から差し出された手を、ベルナデットは笑顔と共に握り返した。協力する証明として。

 

(―――元より、他に方法は無かったのだけれど)

 

ベルナデットは、笑顔の裏で苦笑していた。迫りくる絶望を回避する手段を実行するにしても、協力者を得る段階から始める事になる。それでは、間に合わない可能性の方が高いのだ。最初から、協力する以外に方法は無かった。

 

(……それを回避する手段があるのなら、全力を賭すしかない。家訓を言い訳に使わないのなら)

 

ただ一振りの剣としてあれる事を羨ましいと言った武の気持ちを、ベルナデットは理解できていた。今の自分がそんな気持ちだからだ。だが、それを言い訳にするのは度し難い愚行になる。

 

だからといって、応じた果てに裏切られては全てが御破算になってしまう。賭けるにも相手を選ぶ必要があるのだ。信頼できる人物かどうかは、絶対に確かめておかなければならない事だった。

 

そうして確認した結果は、白よりの灰色。必要であれば、裏切りさえも選ぶ手合。ただし、その時は裏切る事を書面で送ってくるぐらいのバカさがあるような。

 

(でも……少なくとも、無意味に諦めるような愚か者ではない。なら、後はこちらの対応次第になる)

 

白銀武はどうであれ、第四計画は取引相手としては申し分のない、判断力と発言力を持った相手になる。そう言伝をしておくべきだなと、ベルナデットは考えていた。

 

あとは、眼の前の男の事も―――捨てず呆けず、正しく狂っている最上級の駒が相手に居ることも、伝えておかなければならないと、笑った。

 

「……で、いつまで顔を赤くしてるのかしら」

 

「そっちが言うか?! 妙に良い笑顔浮かべやがって」

 

「夕焼けが眩しいからよ。アンタの顔も、負けないぐらいに赤いけど」

 

「……チビ」

 

「何とでも言うが良いわ、唐変木の猪武者に何言われたって気にしないもの」

 

「光栄ですね。ベルナデット・ル・チビレ・バ・カ・リヴィエール大尉にそう言って頂けるとは」

 

「総身に知恵が回ってないアホに言われたくないわ。ああ、だから悪口もオリジナリティが無いのね」

 

それからずっと、ベルナデットと武は握手をしながらも、言葉をぶつけあった。

 

武は、感情と共に表情をころころと変えながら。

 

ベルナデットはその悪口を受け止め、優雅に返していた。

 

―――祖国にリヨン・ハイヴが建設されてからずっと忘れていた、表面だけではない笑顔を浮かべている事を、自分でも気づかないままに。

 

 

 




だんだんと人間に戻っていくような、そうでもないような武のおはなし。

次回は再会・第二編。ユーコン組のあれこれになりそうな感じです。


●あとがき1

……なんだこのフランスから現れた刺客(ヒロイン)(棒
笑顔の原因は、読者様ごとにご想像を膨らませて下さい。

好感か、母性か、ドSだからか


●あとがき2

 アルフレード「胸で語るとはまだまだ青二才……女は尻だろうが常考」

 樹「……脚だろ」

 マハディオ「俺は手かな」

 ラーマ「全体のバランスだ」

 リーサ「つまり総合力で言うとアタシがナンバーワンと」

 男性陣「「「……やっぱり、女性は中身だな」」」

 リーサ「投網にかけんぞ手前ら」


●あとがき3

 冥夜「純夏……何故、夕陽に向けて拳を奮っているのだ?」
 

●あとがき4

 イーニァ「ユウヤ、バレたらあぶないから、変装はしなきゃだめなんだよ?」

 ユウヤ「誰だいらんこと吹き込んだのは!ってあの野郎しかいねえじゃねえか!」

 ※実は夕呼


 

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