Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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36話 : 突き抜けた先に

夜の小田原西インターチェンジ跡。国連軍のHQであった場所には、決起軍の不知火が転がっていた。その中に居る搭乗員も、また。

 

そこから少し離れた場所では、更なる増援を引き連れた決起軍と、増援を遮断するために送り込まれたA-01が銃火と刃鳴を交換しあっていた。

 

決起軍は、黒の不知火。一方で国連軍所属の機体は、青の不知火。同じ国産機であり、対BETAに練り上げられた第三世代機は、共に設計者の想定外となる対人の戦闘を行っていた。

 

だが、それを苦にする弱卒はどちらにも存在しなかった。帝都防衛を任されるというのは、国内でもエリート中のエリートを意味する。それは周知の事実であり、憧れの存在になる程だった。

 

一方のA-01―――国連軍は横浜基地に所属する、第四計画直轄の秘密部隊。その性質から、隊の練度はあまり知られていなかった。実際には、どれだけの力を持っているのか。決起軍は現在進行系で、その猛威を機体に叩き込まれていた。

 

『ぐ……っ!』

 

決起軍の一員である駒木咲代子は、苦悶の声を出しながらその猛攻を耐え凌いでいた。

 

何か調整が施されているのだろう、通常の不知火には有り得ない特異な機動―――それを見て分析し、予想し難いと頭に叩き込んだ。

 

対人戦に慣れているのだろう、連携もそれ用に調整されている事を察し―――こちらも数機連携を意識するように、対応した。

 

判断から行動までの速度も、的確さも称賛されて然るべきものだった。誰であっても、落ち度は無かったと声を揃えるだろう。

 

ただ一点、この部隊に真正面から抵抗する事を選択した以外には。

 

『っ、駒木! このままでは増援どころの話では………っ!』

 

『弱音を吐いている暇があれば動け、宇田! 今更、迂回などさせてくれる相手ではないぞ!』

 

既に2機、撃墜とまでは行かなくとも、損傷を負わせ退避させる事には成功していた。だが、それはあと一歩の所までしか届いていないという証拠でもあった。

 

(っ、ここだ……!)

 

駒木は相手の連携の隙を見出し、比較的だが敵の中では動きの鈍い不知火の死角から奇襲を仕掛けた。滑らかな動作で回り込み、気づかれる前に長刀ですれ違い様に切り裂くという、定石通りかつリスクの少ない戦術だった。

 

(―――気づかれたが、もう遅い!)

 

接近に気づいたのは、大したもの。だが致命的な間合いだと、今度こそはと駒木は操縦桿を狙いの通りに動かした。

 

制圧した厚木基地へ急いで下さいと沙霧尚哉に告げたからには、このまま無様を晒し続ける訳にはいかないという、気負いがあり―――それが、隙となった。

 

横合いに見えたのは、青の不知火。駒木は近づかれて初めてその機体を認識し、その時にはもう遅かった。

 

青の不知火は駒木の戦術をそのまま奪ったかのように、長刀を一閃。仕掛けに気づき、咄嗟の回避行動を取った黒の不知火の両脚部を一刀の元に断ち切った。

 

『な、駒木―――ぐあっ!?』

 

連続する悲鳴は、宇田喜一のもの。一瞬の気の緩みをついたのは、部隊長である神宮司まりもが繰り出した、精密射撃だった。タイミングを計っていたのだろう、狙いすました3点バーストは寸分違わずコックピットを貫き、そのまま背面の跳躍ユニットまで届き。

 

間髪入れずに、黒の不知火が爆散し、赤の炎に包まれた。

 

駒木はそれを見届ける暇もなかった。斬り飛ばされた勢いのまま地面に斜めから激突し、土を削りながら転がっていく、機体の中でその衝撃を全身に叩き込まれていたからだ。身体がバラバラになるような衝撃と連動する痛みに、回転する視界。ようやく止まった機体の中で、駒木はぼんやりとした意識の中、うめき声を上げた。

 

『………う、あ』

 

一体どうなったのか、戦況は。答えを求める駒木に、通信の声が入った。

 

『カバーする技術には、自信があってな―――三度目を許せば、あいつらに笑われてしまう』

 

樹は不知火の片手に持っていた長刀を地面に突き立て、告げた。

 

『他の機体も、反応無し……これで終わりだ、駒木中尉』

 

同時に網膜に投影されたのは女性のような容貌をした、男の声を持つ衛士の顔。駒木はその姿を見ると、まさか、と戦慄いた。

 

『し、どう……樹、だと? こ、斯衛の貴様が、どうして……いや、終わりとは……』

 

三度目とはどういう意味だ、と言葉になる前に樹は答えた。

 

『戦術の話だ。種が分かった手品ほど間抜けなものはない。俺達はBETAとは違う、そこを忘れていたようだな……興奮状態にあったのか? とはいえ、やってくれたものだ』

 

樹の言葉は、退避させた高原と舞園の二名に向けてのものだった。咄嗟に駒木の奇襲に気づき、自分の援護もあって撃墜されるまでには至らなかったものの、小さくない怪我をしている事に間違いはなかった。

 

『後は、援護の部隊もな。三度目の増援はないと、そういう事だ』

 

続けた放たれた宣告に、駒木は嘘だと叫ぼうとした。だが軍人としての意識は、あり得ることだと言っていた。嘘でなくとも、撃墜された自分がここで叫んでもどうにもならない。そう思った駒木は、ふつふつと湧き上がる怒りのままに叫んだ。

 

『この……売国奴が! よりにもよって貴様が、この状況下で……殿下を連れ去ろうとする国連軍に与しているとは!』

 

『反逆者が、よくも言ってくれる。俺はただ責務を果たしているだけだ。文句を言われる筋合いは、ないと思うが』

 

樹は感情のこもらない声で答えた。まるでただの事実を並べているかのような口調に、駒木は怪我の痛みをも忘れて罵りを重ねた。

 

『責務だと……何を知った風な口を! 貴様も見逃していた政府の方策を、忘れたとは言わせないぞ! 殿下のご意志を歪めて、己の利益しか追求しない輩が居るから、私達は……!』

 

『言葉で訴えても無駄だと悟ったから、力で変えるために決起した、と』

 

『……その通りだ。私利私欲に溺れ、民に不安をもたらす存在と、BETAと……一体、何が違うというのだ!』

 

『こちらにとっては、お前たちの方がBETAに見えるんだがな。ハイヴ攻略を邪魔する障害物という意味だが』

 

『明星作戦で横浜を不毛の地に変えた米国、その走狗である国連軍に所属する者が言える事か!』

 

『……立場が違うだけだ。お前は沙霧尚哉を、銃と刀で決起した男の背中を信じた。俺は違う男の背中に未来を見たと、それだけの話だ……これ以上は平行線になる。問答をするにも、不毛だと思わないか?』

 

『ぐ……御託を……っ!』

 

駒木は苦悶の声を吐いた。痛みもそうだが、怒りをぶつけても相応の反応が返ってこなかったからだ。不毛という言葉にも、同意できる点があった。

 

既に、自分は負けたのだ。だが、と駒木はコックピットの天井を見上げながら告げた。

 

『私はここで敗れたのだろう……だが、私達はまだ負けてはいない。雪は既に積もっているのだ。後は冬の終わりを待つのみ……陽の光に照らされ、地に淀んだ泥とともに水となって流されるままに』

 

『……計画はまだ破綻してはいないと、そう言いたいのか』

 

『ああ……我らに迷いはないぞ。淀んでいる貴様達とは違う。決起した時より、後退は考えていない』

 

『それこそ一緒にするなよ、小娘。帝都を戦火に晒し、多数の死者を出したお前たちと同類扱いされるのは御免こうむる』

 

会話の中で、初めて感情を―――嫌悪がこめられた声と共に、樹は長刀を構えた。

 

それを見た駒木は、覚悟を決めた。だが、放たれた攻撃は機体から大きく外れた。樹の不知火が放った斬撃は、突撃砲が引っかかっていた補助腕を切断するだけに終わった。

 

『……何故、斬らない』

 

『俺は斬るべきを斬る。敵は当然、味方も必要に応じて。だが―――据え物斬りはしない方針でな』

 

その言葉を最後に、樹は駒木との通信を断った。そして降り注ぐ雪を見ながら、色々と考えていた。

 

―――人を斬れば返り血を浴びるというのに。否、例え決起する前でも白い雪を自称するなど、自信満々に過ぎる。青いと胸を痛くするべきか、若いと嘲笑うべきか。

 

―――汚泥と表現すべき者が存在するのは、事実だ。掃除すべきだというのにも、同意できる。悲しいかな、国内にも敵と表現する者が居る。

 

―――戦略研究会が間違いだと、断言はできない。ただ、知らない事が多すぎただけだ。知るべきではない事だとはいえ、根底にあるのがすれ違いとは。悲劇だったと、それで済ませるには犠牲が大きすぎるが。

 

どこまでも噛み合わない現実の中で、望まれずとも連鎖していく事象がある。世界は、全くもって整合性があるものではないし、優しくはない。樹はそれを再確認しながら、かつてのタンガイル近郊の町でのことを。搭乗していたF-5(フリーダム・ファイター)から返ってきた手応えと、駒木以外に居た敵の中の3名を切り捨てた感触を、両手を握りしめた。

 

「……忘れてはいないさ、ビルヴァール。だから、お前も祈っていてくれ」

 

頼りになる味方は、あの頃よりずっと増えた。XM3を使いこなし、精鋭部隊を相手に一歩も退かず、今も油断なく周囲を警戒している仲間達が居る。樹は、遠くまで来たものだと

 

『―――紫藤少佐。残敵無し、援護部隊も帝国軍が掃討したとの連絡が入った』

 

「了解だ、神宮司少佐……これから、所定の位置に向かうのか?」

 

『ええ。保険は手厚いに越した事はないでしょう?』

 

「ああ、その通りだな……後始末は帝国軍に任せるか」

 

情報を吐かせるためにも、損壊した不知火から使えるパーツを回収するためにも、これ以上傷をつける必要はない。

 

合理的な判断を優先したA-01は、最上の上司である香月夕呼の命令の通りに、可能な限りの迅速な移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

亀石峠より南南西5kmの地点にある、伊豆スカイライン跡の沢口付近。武は後方の決起軍の位置を確認すると、行軍は順調だな、と小さく笑っていた。決起軍は近づいて来てはいるものの、30分前に自分達が補給を受けた亀石峠までしか辿り着けていなかった。

 

米軍の包囲阻止のための足止めが功を奏しているのだろう。このまま何事もなく、と考えた所で武はひとりごちた。このまま、何も起こらない筈がないと。

 

(殿下のバイタルデータも……くそっ、振動が少なくなるよう動かしてるっていうのに)

強化服から伝わる殿下の体調があまりよろしいとは言えない事を察した武は、内心で少し焦りを見せていた。体調が悪化したのは、何が原因だろうか。

 

武はそう考えながら、ふとデータリンクを、レーダーを見た。そこにはわらわらと、ストライク中隊に集まってくる敵戦術機の赤いマーカーがあった。押し寄せるように殺到してくる様子は、まるで光に誘われた羽虫のようだ。こいつらに追いつかれた時に、自分達はどうなるのか、武は想像をしようとして止めた。

 

武は単騎ならば斬り抜けられる自信はあったが、今は自分一人ではない。乱戦になっても誰一人欠けることはないと断言できるほど、武は楽観的にはなれなかった。

 

決起軍も、絶対に安全と判断できる距離まで離せた訳ではない。形振り構わず山間部を強引に抜ける手を取ってくれば、追いつかれる可能性は十分にある。援軍に関してはA-01の本隊が足止めしている。これ以上敵の数が増えることはないだろうが、それでも気を緩められる要素はない。

 

(……撃墜比1:7、か。正直、かなり好きじゃないが……戦闘能力だけは流石だな)

 

動きと戦果を見れば、大体のことはわかる。補給を受けられない状態だというのに、米軍の衛士に動揺は見られなかった。最新鋭の機体を任されたあたり、衛士に関しても一流ということが伺えた。全力で戦えれば話は違うが、殿下を気遣いながらでは逃げるに徹するしかない相手だと、武は米国軍の戦力評価を若干上に修正した。

 

(何もかも予想通り、って訳にはいかないか……殿下の容態も、想定外に悪化しているし……スコポラミンはこちらで用意したものだ。すり替えられた、って可能性は考えられないけど……)

 

戦術機のGにより起こる加速度病が悪化すれば、嘔吐に伴い脱水症状が酷くなる可能性があった。場合によっては死に至る恐れがあるため、それだけは注意する必要があった。

 

かといってここで速度を落とせない。落とせば、戦闘が泥沼化する恐れがあるからだ。それが分かっている悠陽が、速度を緩めるといった類の弱音を吐けない状態であるのは、武も理解していた。だが、万が一にも死なせる訳にはいかないのだ。

 

私的には勿論のこと、ここで悠陽が死ぬか後遺症を負うような状態になれば、アメリカの諜報機関は“国連軍が殿下を手荒に扱った”という情報を流すだろう。そうなれば、日本の支援を受けている第四計画は窮地に立たされてしまう。

 

想定外となる減速をすべきか、あるいは。

 

武が考えている内に、状況が変わった。

 

ウォーケンからの通信に促され、データリンクを確認した武は天を仰ぎそうになった。冷川料金所跡の近くに、決起軍が出現したというのだ。

 

待機していた米軍の第174戦術機甲大隊が応戦しているが、これは予想外のものだった。塔ヶ島城を出発する前、敵の別働隊が頭を抑えてくるかも、と予測はしていたものの、移動と展開が速すぎるという印象が武の中にあった。

 

(富士教導隊の別働隊と思うが……鎧衣課長がクーデターより前に接触していたようだけど、無駄だったか……いや、あるいは誰かに何かを吹き込まれたのか)

 

何を知り、誰を想い、どう決断したのか。それを知ることは最早できないだろう。それよりもこの敵を躱して要所である冷川料金所跡を抜ける方を優先すべきだと、武は敵を出し抜ける方法を考える方向に、思考を切り替えた。

 

米国の仕込みである可能性も考える。まるでこちらの進路を知っているかのように、一直線に冷川料金所跡に向かっているのも引っかかるものがあった。こちらが進路を変えると考えていない所も、武は気に食わなかった。

 

(いや、ここで仕掛けてくる、というのは事前に分かっていた筈だ。その上での国内限定での対策はしたと、鎧衣課長は言った……だというのに、平行世界と同じ結果になった。つまりは、干渉できない米軍からの情報提供って訳だ)

 

どうしても、こちらを―――殿下を危機に陥れたい輩が居る。武はその存在に対し唾を吐きながら、ウォーケンが次に打つ手を予想し、それが的中した。

 

『敵との距離が近すぎるが―――ここで止まっている時間はない。全機、ストライク1を中心に陣形を縦壱型(トレイル・ワン)に。移り次第、最大戦闘速度を取れ。敵の封鎖が完了する前に、冷川料金所跡を突破する』

 

『……174が応戦しているのは、富士教導団の別働隊。長時間持ちこたえるのを期待する訳には、と言うことか。見せ札からの切り札を切ってきた訳だ』

 

武の言葉にウォーケンは話が早いと頷き、懸念事項があるが、と殿下の体調について尋ねた。武は反応が薄くなっている悠陽とバイタルデータを見た跡、渋面を作りながらもウォーケンの問いに答えた。

 

『……まだ持ちそうだが、といった具合だが……いや、速度を落とすつもりはない。頭を抑えられて戦闘が始まれば万事休すになる。それよりも料金所跡を抜ければ、だな』

 

『その通りだ。冷川を突破し、後続を振り切ればもう、奴らに打つ手はない』

 

決起軍が魔法を使える訳ではない。戦術機が、軍が潜める場所には限りがある。冷川を突破した後に、そのような場所はないのだ。

 

『よし―――ストライク1から各機、聞いていたな? ここが正念場だ。コースはこのまま、最大戦速へ。遅れれば置いていくぞ』

 

米国の第174を防波堤にしながら、冷川を突破する。これで終わりだ、と武は―――少なくとも表向きはもっともらしい理由を並べて―――隊員達に伝えた。

 

続くのは、13人の了解の声。武は一つ、小さな呼吸を挟んだ後に、操縦桿を柔らかく握りしめた。

 

通信越しに、ウォーケンが174の大隊長に作戦を伝えるのが聞こえた。できるだけ早めに頼む、と軽い口調で答えたその声は、どこまでも人間臭いもので。

 

武は何かを叫びたくなる衝動に駆られたが、

 

「殿下、もうしばらくのご辛抱を」

 

「分かっています……頼みましたよ」

 

吐き散らかしてもおかしくない状態なのに、意地でもと意識を保っている悠陽の言葉に、武は了解、と優しく答えながら部下に通信を飛ばした。

 

『各機、噴射跳躍のタイミングを合わせろ―――遅れるなよ!』

 

結局こうなるか、と。誰にも言えない呟きを胸の内に封じ込めたまま、武は噴射跳躍により身体にかかる重力の中、僅かに口元を歪めた。

 

『―――よし。ストライク1を含む中核部隊は左側面(東側)へ、第19小隊は右側面(西側)に回り、敵の突出に備えろ』

 

『了解だ。B分隊、応戦は極力控えろよ。脱出が最優先だ』

 

『了解。各機、斯衛の責務を果たせ。殿下をお守りする』

 

武と真那が答え、命令を補足し。ウォーケンは、言おうと思っていた命令を先に言われた事に対し僅かに渋面を作ったが、責めることなく速度の維持に専念した。

 

冷川まで、1.5km。現在の速度では、60秒もかからない距離だ。もし相手が同速で抜けてくれば、距離によっては10秒で戦闘が始まるぐらいに近いのだ。富士教導団を相手に、一手遅れれば致命傷になりかねない。そう判断したウォーケンは、決起軍の動向を注視する方を選択した。

 

その、10秒後だった―――ストライク中隊と、ウォーケン少佐と指揮下の部隊に敵機接近のレッドアラームが鳴り響いたのは。

 

『ハンター1より各リーダー。敵が料金所跡に達した、が―――このまま突破する』

 

将軍がこちらに居る限り、相手は迂闊に攻撃を仕掛けてこないと判断しての命令だった。武は一瞬の逡巡の後、了解と答えた。止まって応戦した方が、()()()()()()()()()()()なるだろうと判断しての事だった。

 

(だが、ここで仕掛けてくるなら―――)

 

静かな決意と共に、武は再度の臨戦態勢に入った。触れれば殺す、という刃の意志を携えながら。

 

そうしている内に、ウォーケンからの新たな命令が、米国軍に出された。自分の部隊からF-22を3小隊先行させ、防衛線を再構築しようというのだ。ほんの少し迂回するこちらの部隊に対する盾にするために。

 

ストライク中隊を守る米国軍の護衛部隊は1小隊だけになるが、今重要なのは速度と最低限の数だけだ。

 

だが、武はそれ以上に気にかかる事があった。陣形の変更に伴う自機の移動と、先行を命令されたウォーケン少佐指揮下の、機体の移動。

 

そこで、気づいたのだ。1機だけ、動きの違う機体が居ることに。

 

(―――インフィニティーズ! それもよりにもよってキース・ブレイザーだと!?)

 

突如判明したイレギュラーに、武は歯を強く噛み締めた。衛士としての力量もそうだが、それ以外の点を考えれば最悪と言ってもおかしくないものだった。

 

仕掛けてくるか、いや、もしそうなれば確実に数機は落とされる。武は不測も極まるだろうが、と舌打ちをして。どうすべきか迷い。視界の端に悠陽の存在を捉えると、操縦桿を強く握りしめた。

 

(今は、料金所跡を突破することを優先する―――仕掛けてくるのなら、もう、それは………っ!)

 

最後は、言葉にはせずに。極限まで集中力を高めた武は、最大限の警戒態勢に入りながら速度を維持した。

 

前方域のレーダーでは、援護に入ったウォーケン少佐の部下と、富士教導団が押し合っているのが見えた。少し押し、押され、また押し。小魚が遊んでいるようにも見えるが、押し切られれば敵は鮫のような鋭さで食いついてくるだろう。

 

同時に、キースが仕掛けてくる可能性もある。武はこの時限りは前方のハンター小隊を応援していた。

 

(1秒が、長い……!)

 

米軍と合流した時よりも。時計の針の音があれば、残響が煩く聞こえていただろう。ハンター小隊の一押しに喜び、富士教導団の一押しに焦り。

 

一喜一憂が、秒単位で繰り返されているような。

 

武はもう呼吸さえ忘れていた。何が襲って来ようが撃ち落としてやると、全方位に更なる警戒を、集中力を高めた。

 

見える範囲全てへの注視、外の機体が動く度に軋む音、危機への嗅覚、肌に刺す敵意、戦場特有の血の味。五感を総動員し、更に。

 

悠陽の、疲労度が濃い吐息が更に深くなったが、今だけはと鋭く。

 

―――永遠かと思われた時間は、僅か22秒だった。

 

前方に敵は居らず、後方に敵の反応あり。突破したのだ、と認識すると同時にウォーケンからの通信が武の耳に飛び込んだ。

 

『全機、最大戦速を、高度も維持しろ。足止めは後方部隊に任せる。我々はこのまま、追跡部隊を引き離す』

 

米国の174に加え、ウォーケン少佐の部下が駆るF-22も加われば、もう追ってはこれないだろう。武はそう判断したものの、終わるまでは、と注意を促した。

 

そして、武は順番に周囲の状況を確認していった時に気づいた。悠陽がハーネスに体重を預け、自分では姿勢を維持出来なくなっている事に。

 

武はバイタルデータを確認した後、ウォーケンに通信を飛ばした。

 

『―――ストライク1からハンター1、最優先処理の必要性を認む』

 

『―――ハンター1からストライク1、秘匿回線を許可する』

 

何事か、という口調。同時に、回線が切り替わり、武はバイタルデータを送りながら、告げた。

 

『殿下の容態が悪化した。バイタルデータを送る―――重度の加速度病だ。即時停止を進言する』

 

『―――確認した。症状は』

 

『意識は、無い……いや、朦朧としているが、意識はある。呼吸に乱れはあるが、嘔吐は無し』

 

武の回答に、ウォーケンは顔を顰めた。

 

『最悪ではないが、一旦嘔吐し始めると……拙いな』

 

そのまま、ウォーケンは周囲の地形を確認した後、全機に命令を下した。

 

 

『―――約2マイル先の谷までNOE(匍匐飛行)を維持。高度制限は100フィート』

 

両側に山があるため、奇襲を受けにくいポイントをウォーケンは示した。武はその意図を即座に理解し、了解と答えた。

 

「……もう少しです、殿下―――各機、続け。障害物に注意しろ」

 

武の平静を保った声に、殿下の容態を心配しているのだろう、少しだが不安の色が混じったB分隊からの了解の声が返った。

 

それでも、動きに影響が出ることはなかった。

 

時間通りに到着した一団は、先行していたハンター2がポジションを確保し、次に斯衛の赤の二人が配置を確保。最後に、B分隊と武が目的の地点で停止した。

 

殿下が同乗している武の機体が停止するのを見た各機体が、ウォーケンと真那を残して、周囲の警戒に散らばっていった。

 

『―――白銀中佐、殿下の容態は』

 

『先程と同じだが―――先に応急処置を取る』

 

ハッチを解放し、涼しい外気を取り込むだけでなく、ハーネスのテンションを緩め可能な限り楽な姿勢を取らせたまま、休ませる。武の説明にウォーケンは許可を出した。

 

『了解、処置を開始する……質問があれば、月詠中尉に』

 

この状況で聞くべき事は、殿下の健康状態に関する事だ。ならば自分よりは、と武は真那と真耶に一時の状況を任せ、悠陽に対する処置を始めた。

 

武は色々な音を拾いながら、作業に専念した。

 

遠く、冷川で続いている戦闘音。ウォーケン少佐と、月詠の真那と真耶が情報を交換している声。目の前の殿下の、苦しそうな呼吸音。限界を越えた長距離を走りきった時に似た、荒く不規則なそれは、症状の重さを示していた。

 

(……亀石峠での会話は無駄だったか。いや、悪く考えすぎるな)

 

ほんの少しでも、緊張による精神疲労は弱まった筈だ。だが、現実に横たわる光景を前に、武は顔には出さないが、内心で悔しさを覚えていた。それでも、手は止めず。

 

やがて処置が終わった後、どうすべきかという話に移った直後に、ウォーケンが武に通信を飛ばした。

 

『―――白銀中佐、スコポラミンは既に?』

 

『ああ、出発前に3錠。限界量だが……』

 

『―――そうか、ならば』

 

『トリアゾラムを投与しろ、という命令ならば聞けない。このまま、10分間の休憩を提案する』

 

トリアゾラム―――精神安定剤を重度の加速度病の症状が出た者に投与するのは、通常の処置だ。それを拒否する理由は、と視線で問いかけるウォーケンに、武は答えた。

 

睡眠導入効果が高いトリアゾラムを投与する事で殿下の容態が一時的に回復したとして、ここに留まる訳にはいかないのだ。迅速に移動を始めるべきだが、副作用として筋弛緩を引き起こすトリアゾラムは、移動中に睡眠状態での嘔吐を併発する恐れがあった。その結果から、窒息死を引き起こすという最悪の可能性も考えらるのだ。

 

『……それは許可できない。恐れがある、というだけではな。可能性の話を語るだけでは、事態は進まないだろう』

 

『それも理解している。少佐が一刻も早く戦域を離脱したい、という事も』

 

『ならば、私の命令に従ってもらおう。殿下の容態を優先するならば、一刻も早く戦域を離脱するべきだ。10分間の休憩など、認められない』

 

殿下が眠っている間に速度を上げ、一気に目的地に辿り着けば接敵のリスクは低くなる。後方の米国軍が敵の追撃を防いでいるとはいえ、事態は解決していないのだ。

 

そう主張するウォーケンに月詠家の二人が反応するのを武は感じ取った。そして、二人が何かを言う前に自分の主張を言葉にした。

 

『命令に従う条件は、亀石峠で伝えた通りだ―――“殿下を無事に横浜までお連れするためなら”、と約束した。ログを再生する必要はあるか?』

 

そして、と武は言葉を続けた。

 

『キットにある精神安定剤は、トリアゾラムしか無い。だが投与による死亡の可能性があるかぎり、その命令には従えない。殿下のお命をチップにした賭けをするつもりは無いからな』

 

『……短時間で回復する保証はないぞ。このまま待機している内に、後方の反乱軍が抜け出てくる可能性もある。接敵されれば、それこそ本末転倒ではないのか』

 

更にウォーケンは、国連軍として優先すべき事柄を並べた。

 

反乱軍から将軍を護り抜き、無事に横浜へお連れすること。それと同時に米国軍の部下と、同道するストライク中隊の安全を図る義務があること。

 

『日本政府の要請により実施されている本作戦だ……それを邪魔するべきではない。反乱軍側の人間で無い限りは』

 

『……富士教導団と同様、我々の事も疑っていると?』

 

決起軍の中に、教導団の名前は無かった。だが、ここに来ての急な参戦だ。同じく国連軍に所属しているとはいえ、日本人で構成されている武やB分隊だけでなく、斯衛が感化されて敵に回る事も、可能性としては考えられる。

 

先程に対する皮肉もこめられた言葉に、武は肩をすくめた。

 

『反乱軍という言い方は正しくないな、少佐。皇帝陛下は決起軍の行動を反乱であると、宣してはおられない』

 

『む……それでは、中佐も彼らの行動に一定の理解を示すと?』

 

『それこそ揚げ足取りだ、ウォーケン少佐。それに可能性を語るなら、ユーコンでかかった嫌疑が未だに晴れていない米国が言うべきではないと思うが』

 

『……なに?』

 

『第19小隊には、ユーコン基地でXFJ計画の主任を務めていた―――篁中尉が居る。彼女はテロの後に基地内で胸部を狙撃されて瀕死の状態に陥った訳だが、犯人も分からないらしい。直後に復帰したが、どういう経緯か、米国の技術の漏洩を疑われたそうだが』

その嫌疑は、無罪放免という結果になった訳だが。武は努めていやらしく告げ、ウォーケンも耳にした事があるため、渋面のまま答えた。

 

『……関係の無い話をこの場で出すな、ということは理解した』

 

『こちらこそだ。理解が早くて助かるな、ウォーケン少佐』

 

武は話を振り出しに戻した。月詠の2名も、一歩も退かないという意志をこめた眼でウォーケンの視線を受け止めていた。

 

ウォーケンはそれらを見回した後、小さなため息をついた。

 

『……なるほど。貴官らの将軍に対する忠誠―――信頼感と想いの深さには、敬意を表しよう。だが、君たちだけではない。私も、私の部下も祖国に忠誠を誓った身だ―――君たちと同じように』

 

米国を。そこに住む民間人の安全を守るための命令であれば迷いなく受けるし、命を賭けて完遂する。だが、とウォーケンはその視線を怒りの色に染めながら武達を指差しながら告げた。

 

『人類滅亡の危機に、対BETAの最前線を担っている自覚もない国家があるそうだ―――無意味な内戦に突入するだけではない、ただでさえ不足している貴重な戦力や時間を浪費し続けている、そんな愚かな国家が』

 

舌鋒を更に突きつけ、ウォーケンは武を睨みつけた。

 

『そんな幼稚極まる国家のために、私の部下が命を落としている……貴官らにも聞こえるだろう、クソ忌々しい悪夢が現実のものになっている音が!』

 

同時に、冷川から機体が爆発する音が聞こえた。それを追い風としてウォーケンは、更に怒りを深めていった。

 

米国からの命令であるから、ウォーケンは逆らうことはない。だが、馬鹿らしくも思考を停止して足を止めるという事ほど愚かなものはないのだと主張した。

 

『10分間……600秒の間に、何人が死ぬか。敵味方共にだ。BETAに対し投下すべき戦力が、今も損なわれているのだぞ!』

 

馬鹿みたいな内戦で、戦力を無駄に浪費するなど、貴様達は何をやっているのか。それは尤もな指摘だと言えた。武からしても、言葉だけを捉えれば、両手を上げてその通りだと叫んだことだろう。

 

―――仕掛けたのが米国でなければ、の話だが。

 

武は、虚空を見上げるような仕草をしながら、ウォーケンの言葉に答えた。

 

『少佐の指摘は尤もだ。耳に痛いどころの話じゃない。こうして、他国の力を借りなければ事態の解決もままならない』

 

『っ、白銀中佐!』

 

『実際にそうだろう。米国への()()()応援要請と、()()()受け入れが無ければ、あまりにも早く開始された帝都を発端とする戦闘を止めることはできなかった』

 

『………何が言いたい?』

 

『先程と同じで、可能性の話だ。ここで危険な副作用がある薬物を独断で殿下に投与した結果の、もしもの話だ―――その場合の責任は取れるのか』

 

大隊程度の現場指揮官による独断で殿下が、となれば。武は、暗に2つの事を示した。

 

―――それだけの権限が与えられているのか、ということ。

 

―――不自然過ぎる要素があるぞ、それが目的だったのではないかと疑われた結果、米国に余計な疑念が抱かれるのではないか、ということ。

 

ウォーケンは、それを理解していた。何を馬鹿なと思っていた。だが、無視できない要素があるのも確かだった。

 

先程出たユーコンでの話だ。篁唯依は斯衛の山吹である。身元がはっきりしている以上、嘘とは考え難かった。つまりは先のユーコンの一件での事は、そのままではないにしろ、そう遠くない事態が発生したことを意味する。

 

そこから、国連軍の中佐がどうしてそこまで知っているのか、という方向に疑念が繋がっていった。見た目のギャップも、異様さを加速させていた。

 

(改めて見ると、若い……20やそこらか。だが、違和感がない)

 

当たり前のようにこの戦場に立ち、一切の動揺なく部下を指揮している。斯衛の赤という格さえも呑み込んで。容姿にそぐわないのだ。20やそこらの若造が少佐である自分と立場が対等か、それ以上であるかと問われれば、ウォーケンはノーと笑って首を横に振るだろう。

 

だが、無視できない何かをウォーケンは感じ取っていた。先程の事も、もしかしたらと思わせる程に―――

 

『いや、そういう事か……』

 

『……バレましたか』

 

『ああ。まんまと中佐の思惑に乗ってしまったよ……時間稼ぎだったのだな』

 

『肯定して、否定する。何がどうかは、そちらが選んでくれ』

 

『……了解した』

 

ウォーケンは苦虫を噛み潰したかのような顔になった。先程の発言を一時でも呑み込んで考えたのは、全くの嘘ではないからだ。ウォーケン自身の権限や米国に関する嫌疑も、有り得ない話と断ずることはできなかった。

 

そこで、どうすべきか。ウォーケンは改めて考え始めた時だった。

 

『……白銀中佐、何があった』

 

『いや……まあ、ちょっと。ただ耳の痛さが加速したっていう話だな』

 

武の言葉の後に、ウォーケンと真那、真耶はようやく空から伝わる振動と、音に気づいた。

 

『これは―――友軍の航空機か?』

 

『識別は……帝国軍、671航空輸送隊!?』

 

真那は驚きの声を出した。今までとは異なる、動揺を露わにした様子に、ウォーケンはただ事成らない気配を感じ、問い返した。

 

『作戦の参加は聞いていないが……中尉、彼らはどのような』

 

『……少佐。671輸送隊は、帝国軍厚木基地所属の―――』

 

真耶の言葉の後に続く内容は、見えた光景が語っていた。航空機から降下する、30を越える不知火(戦術機)の姿を以て。

 

空挺作戦(エアボーン)だと……馬鹿な、この状況で!?』

 

有り得ない、とウォーケンが叫ぶ。真那と真耶は、その言葉を否定できなかった。光線級の射程範囲外である太平洋側は国連軍、米軍が抑えている。それに何らかのアプローチがあれば、その情報はこちらに寄越されている筈だ。

 

それが無いままに厚木基地の部隊が降下作戦を敢行したというのなら、光線級による撃墜か、それを避けるために低空飛行に努めて墜落するというリスクを飲み込みながらも、671が作戦を決行したという事に他ならない。

 

そうして、驚愕のままに硬直する3人に通信の声が飛び込んだ。

 

 

『―――国連軍指揮官に告ぐ。私は元帝国本土防衛軍、帝都守備第1戦術機甲連隊に所属していた、沙霧尚哉である』

 

直ちに戦闘行動を中止せよ、という声には一切の気負いや、迷いもなく。告げられた者達は意識の外を突かれた奇襲に対し絶句していた。

 

―――その中で、ただ一人、白銀武は暗い空を見上げ。

 

表情に出さないまま、握り拳の上に二つ目の指を立てていた。

 

 

 


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