Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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いつも誤字修正して頂いている方々へ………感謝しています。本当に。




37話 : 携えるものは

「……事態はフェイズ2からフェイズ3へ移行。ついに舞台はクライマックスに、か」

 

それは相対する者どうしが主張を繰り返しぶつけ合った結果、緊張が最高位に達した状態を示す言葉だった。正しく、今の状態に適していると香月夕呼はひとりごちた。

 

表向きは決起軍と国連軍、帝国軍に米国が。裏では第四計画派と第五計画推進派が衝突し、対BETAのための貴重な戦力、人材を注ぎ込みながら火花を散らし合っている。夕呼はひとり呟き、帝都周辺の関東圏が映されたモニターと、伊豆半島が映ったモニターを眺めていた。

 

「……ここまでは、大過なし。相手の最後の攻勢を抑えきれば、こちらの勝ち。その前に本丸が落とされれば、こちらの負け―――分かりやすくて嫌になるわね」

 

一か八かの綱渡りの勝負、というものは夕呼の趣味ではなかった。小さな勝ちと負けを繰り返し、その中で目的をもぎ取る方が心臓に悪くないからだ。

 

今まで繰り返してきたのは、必要に駆られた結果。夕呼は国内外の様々な勢力との政治的な駆け引きも、可能であればやりたいものではなかった。

 

国内の各勢力からの全面的な支援が得られれば、もっと違っただろうか。孤軍奮闘で横浜の魔女とまで呼ばれるようになった女性は、それこそ私らしくないわね、と呟きながら小さく笑った。

 

 

「見せ札、伏せ札は残さず場に出揃った―――締めは頼んだわよ、白銀」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風強く、白い雪が斜めに降っている暗い森の中。武は自機の下でウォーケンと真那、真耶と直接顔をあわせていた。

 

沙霧から一方的に告げられた、『60分の休戦』という提案にどう応対するか話し合うためだった。ウォーケンは状況を考えると不自然な点があると主張した。何か狙いがあっての事だと。対する真那と真耶は、狙いの有無は推測になるが“殿下の尊名に誓って”という沙霧の言葉は絶対だと主張した。武も同感だと答え、決起軍の理念を考えると嘘ではないだろうと説明し、それを聞いたウォーケンは渋々とその言葉を受け入れた。

 

どちらにせよ、殿下が回復するのを待つしかないのだ。沙霧達が放送で掲げた理念に反する事はないだろう、というのも休戦を受け入れる大きな理由だった。

 

「だが、歩兵による奇襲は警戒すべきだ……中佐、207を殿下の警護に当たらせるべきだと思うが」

 

「……訓練兵への気遣いか、礼を言う」

 

今の内に休んでおけ、と暗に告げているウォーケンに武は礼を返し、B分隊の6人に命令を出した。続いて唯依と上総も、斯衛の責務を果たすべきだと殿下の警護をするために、機体の外へと降り立った。

 

武は殿下がB分隊と斯衛に守られているのを見た後、ウォーケンと向かい合っていた。

 

「ひとまずは、と言った所か。良かったのやら、悪かったのやら」

 

「少なくとも良くはないな、白銀中佐。降下部隊に包囲されている問題は、依然として解決していない」

 

空から降り立った沙霧達は、こちらを取り囲むように展開していた。その陣形が分かったのは、休戦の提案が本気であると示すようにと、決起軍が分かりやすいマーカーで自機の位置を知らせたからだ。

 

強引に突破すべきか、あるいは。その議論が出てすぐに、真那から武に質問が飛んだ。

 

「白銀中佐……殿下をこちらでお預かりした前提だが、単騎で突出したとして南側の包囲は破れそうか」

 

「……奇襲で4機はやれる。けど、残りの4機に関しては少し時間がかかるな。回り込まれた時のリスクを考えれば、あまり取りたくない戦術だ」

 

実際の所、武は時間をかければだが、包囲している30機を相手取れる自信があった。だがそれは、全ての機体がこちらに集中してくれた場合のことだ。相手の狙いが殿下である以上、その前提が成立することは有り得なかった。

 

「そちらの……ハンター2だったか。彼と協力すれば、安全圏を確保できる可能性はあるが」

 

「……中佐は、彼を知っているのか?」

 

「ユーコンのブルーフラッグで見たことがある。恐らくだが、インフィニティーズのキース・ブレイザーだろう」

 

武の指摘に、真那、真耶と声が聞こえていた唯依がぎょっとした表情になった。ウォーケンは少し考えた後でキースの存在について首肯したが、強行突破のリスクを考えれば行うべきではないと答えた。

 

殿下の容態次第では、戦闘を行うのが難しい状況になるからだ。そこで武は殿下が20分休まれた後、その容態を元に作戦を決めるべきだと主張した。ウォーケンはそれを受け入れ、部下に指示を。武も同じく指示を出すと、警護に当っているB分隊に向けて歩き始めた。

 

初めての実戦に、対人という特殊な状態での緊張の連続という悪条件が重なっている。肉親が何らかの形で今回の騒ぎに関係しているという事もあり、肉体的ではなく精神的に削れているだろう事から、フォローをしようと武は考えていた。

 

一人、雪が積もる悪路を歩く。グルカのシュレスタ師から、こういった方面での訓練を受けていた武は、姿勢を崩すこと無く歩を進めた。

 

慧、美琴にいつもの口調で労いをかけていく。だが、武は純夏の方へと歩いている途中に、先程会った2人の態度に違和感を覚えていた。

 

「なんだろうな……変な顔をしてたけど」

 

安堵をしていたのは確かだ。少し気が紛れた、という様子に嘘はない。だが軽く呼びかけた時に、訝しげな表情をされたのだ。武は何が理由で、と考えながら歩いている内に純夏を見つけた。

 

「ちっす、純夏」

 

「あっ、たけ……。じゃなかった白銀中佐」

 

「別に今は呼び捨てでもいいって。周囲に誰も居ないしな」

 

聞かれた所で、日本語で話していれば米軍から何かを言われることもないだろう。武がそう説明すると、純夏は小さくため息を吐いた。

 

「うん。でも、やっぱり……武ちゃんだね」

 

「そりゃどういう意味だ……っと、お前も今、変な顔してたよな―――って怒るなよ。そういう意味じゃねえって」

 

武はジト目になった純夏に、尋ねた。なんでまじまじと顔を見ていたのか、と。純夏はそれを聞いて、話しづらそうにしながらも、武の問いに答えた。

 

「だって……怖かったんだもん。今も、少しだけ……威圧感みたいなものがあるというか」

 

「は、俺がか?」

 

「うん。声もそうだけど、雰囲気が……まるで別人みたいだった」

 

純夏は、要所を抜ける前後や、米国軍と合流した後の武の様子を語った。機体がどうこうじゃない、どこに居るのか分かるぐらいに、異様な雰囲気を発していたと。

 

「……そういえば、帰ってきた時にも言われたな」

 

こちらの世界に戻り、第16大隊と合流した後にも色々と言われた事を武は思い出していた。見るだけで戦時のそれを連想させられる、と申し訳がなさそうに。武はそれを聞いて、腕を組みながら悩み始めた。

 

「んー……自分では分からないけど、そういうもんか?」

 

「うん……ちょっと、息苦しくなった。今は大丈夫だけど」

 

「慣れたか、あるいは……いや、そっか………そういう事かな、きっと」

 

武は悠陽の体調が悪くなった原因が、分かったような気がした。その空気とやらを至近で浴びせられた結果、精神が疲労して加速度病の症状が悪化したのかもしれないと。

 

「……武ちゃん?」

 

「いや、大丈夫だ。そういえば、そうだったな……B分隊には、実戦での姿は見せたことがなかったか」

 

武はB分隊を相手に模擬戦で本気になった事はあるが、殺す気で戦った事はなかった。その差か、と武は呟いた後、純夏の頭に軽く手を乗せた。

 

「へ、ってなななななに?」

 

「落ち着けって。まあ触りたいって、思った……からか?」

 

武は自分でも分からなかった。ただ、無性にそうしたいと思っていた。これでもし、怯えられたら。その懸念が浮かんだ直後にはもう、身体は自動で動いていた。

 

純夏は顔を赤くしながらも、心配そうに武の方を見ていた。

 

武はその視線を受けると、笑いながら手を離した。

 

「じゃあな……警戒を続けてくれ。誰も見てないからってサボんなよ」

 

そうして武は、純夏の反論を背にしながら、早足で歩き始めた。拳を少しだけ強く握りしめながら。

 

「あ―――白銀中佐?」

 

「っと、たまか」

 

武は壬姫の声がする方に振り返った。そして、表情が少し暗くなっている事に気づき、何があったのかを尋ねた。壬姫は何かを言おうとして、口を閉じ。少し悩んだ後に、再び口を開いた。

 

「米国軍の衛士の人と話をしていたんです……その、交代で休憩していた人に」

 

壬姫はその衛士と話していた内容を伝えてきた。イルマ・テスレフというフィンランドを祖国に持つ戦災難民のことを。

 

「白銀中佐は、その……戦災難民がアメリカの市民権を得るために何をする必要があるのか、知っていますか?」

 

「……ああ。軍に入るのは最低限。除隊するまで勤め上げて、ようやく市民として認められる」

 

そして今回派遣されたほとんどの衛士が戦災難民だろう。武がそう答えると、壬姫は両手の拳を握りしめ、俯いた。

 

「テスレフ少尉は……ヨーロッパから逃げ出せただけ、贅沢だって言っていましたけど……」

 

「家族を連れて、っていうんなら運が良かったんだろうな。三人以上なら奇跡だ……地域によっては、子供しか脱出できなかった所もあるから」

 

シルヴィオ・オルランディやレンツォ・フォンディがそうだったと、武は聞いたことがあった。家族を残してイタリアから脱出する船に乗り、陸に残され遠くなっていく家族。

 

再会は叶わなかったと、語っていた時の口調で武は悟った。それでも知り合いが一人だけ居たというだけ幸福だったというのだから、当時の欧州の悲惨さがどれだけのものであったかは一端だが分かる話だった。壬姫はそれを聞いて顔を上げると、武を見ながら尋ねた。

 

「その……大陸でも、同じだったんですか?」

 

「……彩峰か? いや、今はいいか―――同じであり、違う部分もあったな。マンダレーは落とせたから」

 

ビルマのマンダレー以西は、欧州に似た惨状に。以東はハイヴが建設されて間もなく逆撃に成功したため、タイやベトナムにカンボジア、ラオスは徹底的に蹂躙されることはなかった。

 

「それでも全員が避難出来た、って訳じゃない。米国と同じように、疎開先になった国は避難民の扱いに困っていると聞いたことがある」

 

「……だからBETAと戦うように強制している、ですか?」

 

「色々だな……大陸は、難民自体が志願する場合が多かった。就労の限界人数は急に増えない。優先切符はその国の人へ。なら難民キャンプの家族に楽をさせるために難民は何をすればいいのか、ってな」

 

米国で言えば、各国への派兵の規模に応じてのことだろう。志願では到底足りず、兵役を課すにもバランスがある。その中で椅子取りゲームに参加するための費用は、と考えればおかしい話でも無いと、武は考えていた。

 

「……家族のために。守るために、戦うんですね」

 

だから派兵されて。壬姫はそこで言葉に詰まり、武はそこで何を言いたいのかを察した。

「―――出発前にも言った通り、こちらで判断する。委員長にも言われた事があるだろ? 責任を負うのが指揮官の仕事だ」

 

「……いえ」

 

壬姫はそこで言葉に詰まった。その胸中には、イルマから聞かされた話と、実戦時における武の様子がぶつかり合っていた。

 

いつかBETAを駆逐して、自分達の家があった場所に戦死したであろう父の墓を建てて、そこで暮らしたいという夢を持っているイルマの言葉が耳から離れない。

 

一方で、武の言葉の裏に秘められた重さを。HSSTを狙撃する前に聞かされた弱音が、何を見て何を背負って来たのかが、どうしようもなく胸を締め付けていて。

 

―――敵って、なんでしょうか。

 

こぼれた壬姫の本音を聞いた武は、白い息を一つ、二つを吐いた後に答えた。

 

「守りたいものを、壊そうとする奴だ。俺はそう定めた」

 

「……守りたいもの。好きな人を、守るために」

 

「ああ。珠瀬事務次官も同じだと思う」

 

娘を頼むと、第四計画の中枢に居る武に向けての言葉、その意味は。壬姫はその言葉を聞いて、自分の中で咀嚼し始めた。どんどんと、表情が出発前に戻っていく。

 

武は、それで良いと思えた。訪れる酷い現実は塩辛く、鉄のようにと決意を固めてもあちらこちらから錆びさせてくる。それでも、芯の鉄が残っていればいくらでも塗装はできるのだ。それを繰り返して、兵士は鍛え上げられていく。

 

「折れそうなったら……そうだな。なにを思って戦ってるのか。分からないなら会って聞けばいい。たまの成長に繋がるなら、って感じで喜んで答えてくれるだろうし」

 

だから生きて帰れとは、この状況では言えなくとも。

 

壬姫は拳を握りしめた後、はい、と答えた。それは大きくもなく、小さくもなく。何かを決めた事を示しているかのような、透き通ったもので。

 

武は、だが、と告げた。

 

「最後まで割り切るな、悩み続けろ。目を逸らさずに、な」

 

「―――了解、です」

 

壬姫の敬礼に、武は同じく敬礼で答えた。

 

そのまま、武は千鶴の所へ向こうとしたが、その途中に警護のため周囲に散開していた全員に対して集合がかけられた。武はそれに従い、帰っていく道の途中で千鶴を顔をあわせた。

 

「っと、ちょうど良かった……疲れてるな、委員長」

 

「……栄養剤は打ちました。まだ、やれます」

 

「……そうだな。ここからが正念場だ」

 

「はい。中佐は―――皆の所に?」

 

「ああ。初の実戦にしてもきつい状況だからな」

 

「……中佐も、同じだったと?」

 

「後方に居る親父がナグプールまで逃げる時間を稼ぐために、訓練課程の途中で出撃した。体力不足でゲーゲー吐き散らかしたっけな」

 

「ナグプール……? あ、いえ、すみません。聞いてはいけない情報でしたか」

 

「そっちじゃなくて、親父って所に反応して欲しかったんだが」

 

武の言葉を聞いた千鶴は、鋭い視線で答えた。

 

「……ここで私が落ちれば、という事ですね」

 

「ああ。さっき話してきたが、全員少し参ってるようだな。そこでB分隊の支柱だった分隊長が撃墜されれば―――あくまで可能性の話だから、そう怖い顔するなって」

 

笑えとは言わないが、不安そうな顔をするな。武がそう告げると、千鶴は何かを言い返そうとして、気づいた。

 

「合流する前に……不安をばら撒かないように、調子を元に戻しておくべきですね」

 

千鶴はそう考えて、ふと分かったような気がした。父がいつも仏頂面をしていた時の事を、その原因を。だが、それは推測で―――尋ねるまでは死ねないと、千鶴は決意を太くした。

 

「―――でも、一つだけ。白銀中佐は……いえ、白銀武は榊首相の事をどう評価しているのかしら」

 

滅亡の危機に陥っている帝国の政治を担う者として、榊是親という内閣総理大臣をどのような人物として捉えているのか。その質問に対し、武は即座に答えた。

 

「バトンを守ってくれた、偉大な人だ。落とさず、諦めずに走りきってくれた」

 

武はちょんちょん、と自分の肩を叩いた。そこには、第四計画所属を示すワッペンがある。千鶴はそれを見て、出発前に開示された情報に繋げて、頷いた。

 

「つまりは……そういう事、ね」

 

「そういう事だな―――やれるか?」

 

「愚問です、中佐殿」

 

千鶴が答えたと同時、二人は目的の場所に到着した。間もなくして散らばっていた衛士達が続々と戻ってくる。米軍、国連軍に斯衛からそれぞれ一人づつ周囲の警護に残ったが、それ以外の全員が集まり、木陰にもたれながら座っている悠陽の前に並び立った。

 

悠陽は休憩を取ったことによりある程度の体調を取り戻したのであろう、表向きは平時と変わらない様子に戻っていた。そして両端に真那と真耶を傍に侍らせながら、全員を見回していくと、最初に指揮官であるウォーケンに、呼びつけに応じてくれた事に礼を告げ。続いて、国連軍と米軍の衛士全員に対して深く頭を下げながら謝意を示した。

 

政威大将軍という立場を考えれば有り得ない行動に、米軍を含めた一同が驚愕に凍りついた。それだけではなく、そして、悠陽は武を見た後、その両の足で立ち上がった。

 

「っ、殿下!」

 

「良い、大丈夫です。下がりなさい、二人とも」

 

悠陽の声に従い、真那と真耶が差出しかけた手を元の位置に戻した。武は一つ小さな安堵の息を吐き、次にウォーケンも険しい顔を僅かに緩めた。

 

だが、問題はこの後。悠陽はそれも分かっているとばかりに、全員に話しかけた。

 

BETAとの厳しい戦いに、好転しない戦況。時間の経過と共に疲弊していく兵や民を癒やすことができない、政威大将軍としての自分。身の至らなさ、未熟さを痛感する日々に、起きてしまった今回の争い。それらを語った上で、悠陽は決然と告げた。

 

それでも、私は民を―――この国の魂である民を、その心を護りたいのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続けて、悠陽は決起軍の想いも語っていった。根底にあるものは同じ。それでも、強く想い過ぎたが故に今の事態は引き起こされたのだと。

 

(―――言わずとも、同意してくれた。一人ではないと思った事、どれだけ心強く想っているのか、其方は気づいていないかもしれませんが……そして、冥夜も)

 

悠陽はこの場には居ない妹も、きっと同じ考えを抱いているのだろうと想い、言葉を紡いでいった。

 

されど同胞を殺めるのは、重い罪。意気の全てを否定できないとはいえ、今の決起軍の行動を看過する事は出来ないと。

 

「……本来なら、彼の者達を決起させたと責められるべきは私。本来は人類の鋒としてBETAと戦う者達があたら尊い命を散らすなど、あってはならないこと」

 

優しくも強い決意に、一同が息を飲み。そこに、悠陽の決意の言葉が告げられた。

 

―――私自ら決起した者達を説得しにいく、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

説得して参ります、という言葉を武が聞いたのは初めてではなかった。平行世界の記憶で1回、今回が二回目となる。相違点があるとするならば、視線の色に申し訳のなさが見えるような。

 

それでも、武は何も言わなかった。その眼差しに強い決意の光を見たからだ。

 

一方でウォーケンは、焦りのまま一歩前に踏み出しながら告げた。無礼を承知の上でと前置きながらも、強い口調で反対意見を返していく。真那と真耶がその態度に怒りを見せるも、ウォーケンは止まらなかった。

 

決起軍から殿下の身を守るために保護と安全を。臨時政府が米軍を受け入れた際に突きつけた絶対の前提条件であり、殿下の意見はそれを覆すことに他ならないのだから、当然だとも言えた。

 

そこから作戦を話し合う場は、殿下の行動に賛同する斯衛とウォーケン少佐との口論に発展していった。互いに一歩も退かない者どうし、邪魔をするならば―――といったレベルにまで達した時、悠陽が真那達の物言いの無礼を詫びた。

 

「されど此度のこと、承認を求めているのではありません故に」

 

武御雷を持て、と悠陽が真那達に静かに告げ。ウォーケンが更に焦り、武の方を見ながら意見を求めた。

 

「中佐はどう考えているのかね。まさか、殿下をお一人で危険に晒すつもりでは―――殿下の無事を優先するという言葉に従うのであれば、お止めするべきだろう!」

 

「……いや、違うな。殿下の無事を思うのならば、このまま逃げ帰ることはできない」

 

「なっ……!」

 

武御雷を、と言い出した時の気迫と眼差しを見るに、説得というよりは自ら決起軍の者達と刺し違えるつもりで、それは許容できないが、と武は内心で呟きながら自分の意見を続けた。

 

「経緯や結果はどうであれ、殿下の御身に対する想いを元として沙霧達が決起したのは動かしようのない事実となった……国民達が、その放送を目にした時から」

 

だからこそ、と武は二つの可能性を挙げた。

 

「休戦の申し入れから謁見の要請が出ている現況も、いずれは知られる事になるだろう。それを無視し、国連軍と米軍に連れられて横浜基地に“逃げた”―――いや、“連れ去られた”と取られるのは非常に拙いと言わざるを得ない」

 

逃げたと取られた場合、政威大将軍として国を思う烈士の行動に応えなかった者として。連れ去られたと取られた場合、国民の感情の矛先は米軍及び国連軍に向かう事になる。その結果に起きるのは、極東の防衛線の崩壊だ。

 

「どちらにせよ、ここでケリを付ける必要がある。ただ殿下の御身を危険に晒すことは許容できない、という点については少佐と同意見です」

 

「っ、白銀………!」

 

「殿下のご体調は未だ万全ではありません。それこそ、当初危惧した事故が起こる可能性がある」

 

ですから、と。武は事前に察知していたこちらに近づいてくる足音がした方向を見ながら、告げた。

 

「代案があると、申し上げたい者がそちらに―――御剣訓練兵、いや」

 

煌武院冥夜様、と。

 

武の言葉に、一人余さず全員が目を見開いた。言葉を向けられ、全員の視線が集中した冥夜でさえも。米軍の衛士達は悠陽と冥夜の顔を見比べると更に驚きの表情を見せ、斯衛の者達はどういう事かと武に詰め寄りかけたが、武は間髪入れずに説明を続けた。

 

「―――タケルっ!」

 

「無礼をお許し下さい……冥夜様は殿下の双子の妹君です。国連軍に配属されていたのは、見聞を広めるため。榊訓練兵も同じ理由で、同訓練小隊に配属されています」

 

「白銀中佐、何を―――!」

 

「斑鳩公、九條公、斉御司公と崇宰公の代理の方から許可は得ています」

 

武は唯依に視線を向けた。唯依は、そういうことか、と呟きながらも武の言が根拠ある物だと補足した。真那と真耶が驚愕に凍りつき、悠陽は静かに武を見据えていた。

 

武は、それを真正面から見返していた。ここしかないと、ずっと前から考えていたからだ。ここで御剣冥夜のまま殿下の影武者であるといわんばかりに代役を任せれば、その印象がずっと冥夜について回ってしまう。

 

それを阻止するために、と告げた内容にウォーケンが食いついた。

 

「白銀中佐……その妹君が、何故この場に?」

 

「御身を守るために。この訓練小隊は、出自が特殊な者ばかりですので」

 

「……確かに、訓練兵とはとても思えない腕だが。いや、話が逸れたな。中佐は彼女達を守るために護衛役を?」

 

「守るべき対象として、戦力としては少佐に指摘された通りに。恥ずかしながら頼る以外の手はありませんでした……同道するのが最善と、ラダビノット司令と香月副司令から極秘裏に命令を受けました」

 

その言葉に、一切の嘘は含まれていない。事実だけを告げる武に、冥夜達は何も言えなくなっていた。

 

将来的に煌武院の姓を担う一人として相応しく在れるように、殿下と同じ教育を受けている事も。

 

「だからこその代案です―――冥夜様」

 

「………っ!」

 

その声に、冥夜は息を飲み黙り込んだのは僅かな間だけ。即座に驚愕から立ち直った冥夜は悠陽の元に歩み寄っていった。雪の音が踏みしめられる音を、止める者は誰も居なくなっていた。静かに、だが悠然と歩いた冥夜は悠陽の前で立ち止まると、その眼を閉じた。口元からは白い吐息が漏れている。

 

武は、何も言わなかった。ただ眼を閉じ、腕を組んで黙り込んでいるだけ。

 

冥夜は、眼を見開き。悠陽の顔を両の眼で見据えながら、堂々と語りかけた。

 

「―――此度の件における姉上のご心痛の程、その深さは……一端ではありましょうが、私にも察することはできます」

 

「―――っ」

 

視線が交錯し、悠陽の瞳が揺れ。冥夜はその眼を真正面から見据えながら、言葉を続けた。無益な流血を避けるは道理なれど、事態の収拾を図るためには全部隊の協力が必要なこと。

 

「この地で決起した者達の説得を果たせれば至上。されど姉上の身を危険に晒せない、というのは指揮官としては譲れぬものでありましょう」

 

「っ……されど、其方は」

 

「……ご心配される通り、公の場における経験は殿下に及ばぬものでしょう。説得が大任であることも。ですが日々を生きる民を慈しみ、国土を育み。広く深い徳を以て、民を、国を治め導く事こそが政威大将軍としての責務であると考えます」

 

殿下の御身に万が一があれば、この国は傾く―――それは責務の放棄に繋がる。枢要なのはこの場で彼の者達を誅する事には非ず、事後の民の安寧を。冥夜はそう訴えかけ、一歩前に出ながら告げた。

 

「お召し物を拝借頂ければ看破される事はないでしょう―――この場での代理として、政威大将軍としての彼の者達との謁見は可能です」

 

冥夜という名前は知られていない。あくまで煌武院悠陽として向かうべきだが、双子である冥夜以上に適役は居る筈もなかった。

 

「……姉上の御心そのままに、彼の者達を説得する……それを担うに相応しい者が私以外に居るとおっしゃられるのならば、そのお言葉に従います」

 

不適格であるという理由以外では、退かない。暗に告げたその言葉に、悠陽は少しだけ唇を引き締めた。目を閉じ、その唇の隙間から少し荒い息がこぼれていった。

 

周囲の者達は二人の雰囲気に呑まれ、動けないで居た。

 

そして、短くも長く感じられた沈黙の後に、悠陽は目を開いた。

 

「……わかりました。冥夜、其方に任せましょう」

 

「―――は。謹んで、拝命致します」

 

冥夜は小さく一礼し、悠陽はその仕草から目を離さなかった。そのまま視線をウォーケンと武の方に移し、助力を願えるか問いかける。

 

ウォーケンは、頷かなかった。説得ができなければ、殿下の身が危険に晒されることに変わりないからだ。失敗した後の展開としては、強行突破となる。数に劣っているため、敵の包囲を一点突破する必要があるが、説得に何機かの戦術機を随伴させると、突破する戦力が不足する恐れがある。

 

「白銀中佐、貴官は賛成するつもりかね」

 

「そのままでは、リスクが大きすぎる―――だが、やりようはある」

 

武はそう言うと、いくつかの改善点を告げた。

 

これまでの逃避行から、殿下が同乗したのは自分の機体であると決起軍が予想している可能性が高い。そのため、説得には自機に同乗する形で赴いた方が自然であること。4点式ハーネスも残っているため、即応が可能なこと。

 

露見した際には南方を突破する必要があるが、その時の殿下の護衛もこちらの随伴である赤1名と白3名を除けば、斯衛の白と山吹、赤がそれぞれ1名づつに加え、B分隊の5人も居るので戦力的には十分であること。

 

「……そちらも沙霧大尉を含めた10数名からの襲撃を受けることになるが、どう対処するつもりだ」

 

「どうとでもする。冥夜様の体調は殿下よりも万全な上、搭乗時間も冥夜様の方が多い……逃げるだけなら、どうとでもなる。いざとなれば、冥夜様にはハーネスを外して抱き付いてもらう必要がありますが」

 

戦闘機動ともなると、ハーネスだけの固定だと不安だ。両腕でしがみついて貰えれば、ハーネスが外れて互いに怪我をする危険性も少なくなるし、機動も安定する。そうなれば落とされる方がおかしいと、武が答えた。

 

「大した自信だが、傲慢とも取れるな……その根拠はなんだ」

 

「あー、今までの俺の機動を見れば、って訳にもいかないか」

 

経歴を語るべきか、と武は思いついたもののキツイなぁとも考えていた。自分で語ると胡散臭いことこの上ないからだ。そこに、悠陽からのフォローが入った。

 

「……その者の腕は私が保証します。3年前に我が国の武の象徴である紅蓮大佐を破ったと、連絡を受けていますが故」

 

悠陽はそう告げつつも、武に鋭い視線を飛ばした。武はそれとなく視線をずらす事で、逃げた。間違いなく、先程の一件を責めるものである事が分かっていたからだ。

 

そこに、逃がさないぞとばかりに唯依からの追い打ちが入った。

 

「嘘か真か、マンダレーハイヴを陥落させたクラッカー中隊に所属していたそうです。最後の12人目(ロスト・ナンバー)であり、居なくてはおかしいと語られていた突撃前衛長だったと。ユーコン基地で、元クラッカー中隊のテスト・パイロットから得た情報ですが」

 

「……確かに、噂話には耳にした事があるが」

 

ウォーケンの視線が、やや胡散臭いものを見る目に変わった。一方でB分隊の視線は、どういう事だコラという風に変わっていたが。

 

「なるほど……話の通りだったとしよう。だが、その案が殿下をお連れしながらの強行突破に勝る点はなんだ」

 

殿下を同乗させている以上、強行突破を図ったとして相手が迂闊に手を出せない可能性が高い。説得の人員を突破に集中すれば、成功確率も高まる。それをしない理由は、というウォーケンに武は迷うことなく答えた。

 

「先程言った通りに―――ここを決着の地とするべきと考えているからだ。極東の絶対防衛線の崩壊を阻止するために」

 

防衛線なんて簡単に崩れるものなんだと、武は当たり前の事を語るように告げた。

 

「決起した者達の全てが間違いだったとは言わない。だが、彼らの行動により引き起こされたものがある」

 

「それは、なんだ」

 

「国内に蔓延していた、歪なものだ。沙霧大尉が指摘することで、その歪が明確なものになった……なってしまった、とは言いたくない。でも、卓の上で目に見える形になってしまったからには一定の形で決着を付ける必要がある」

 

無理に処理すれば火種になるし、処置を間違えれば毒になる。最前線になって3年、様々な不安を抱える国民の心に火種か毒が植え付けられればどうなるかを、武は具体的に語った。

 

関与した米国、ひいては国連への敵対心の増大。支えを失ったと錯覚されれば、更に疑念は加速していく。帝国軍の上層部や政府に対する不安が膨張し、何が起こるのか。

 

「―――極東の絶対防衛線の崩壊だ、少佐。条件が揃えば待ったはない、()()()()()()()()()()()()絶対の二文字は破られる」

 

ボパールからナグプール、ダッカからチッタゴンのように。欧州では、何度の絶対防衛線が張られたことだろうか。武は冗談を飛ばしながら、告げた。

 

「そして、海を挟んで米国だ。レッド・シフトも一時しのぎにしかならない。そうならないために、ユーラシアへ次々と投下されるだろう……横浜で猛威を奮った、あの爆弾が」

あるいは、核か。大差は無いかもしれないが、と武は続けた。故郷に帰れない。住まう土地が激減する。食料も不足するだろう。難民の不満はどうか。全て、対策しなければならない―――月や火星だけとは思えない、途方もない数のBETAを相手にしながら。

 

「……些か、過激すぎる予想だが」

 

「ああ、同意しよう―――楽観的過ぎるな、この展望は」

 

終末を思わせる光景が、まだ温いと武は語った。心の底から信じているため―――海と大気が人類の大半を殺した絶望の世界を知っているため―――演技ではなく。その言葉の端に絶望を感じ取った何人かが、息を呑んだ。

 

「だけど、そんな未来はここで止められる。今この時でだ、少佐。この時を置いて他にはない」

 

「……説得を果たせればと、そう言うのか? ……中佐が断言する理由は、根拠はなんだ……日本人を信じているのか」

 

「ああ、信じている」

 

「ならば、何故中佐は国連軍に所属している―――何を目標として、ここに居る」

 

「人間を信じているから」

 

武は大地を指差し、告げた。

 

「宇宙船地球号の乗組員の一員として―――同胞を死なせたくないから、ここに居る」

 

だから助けたいし、ずっと戦ってきたと武は笑った。未来を見据え、人死にを最小限にするために。

 

武の答えを聞いたウォーケンは目を丸くして絶句した後、目元を押さえて肩を震わせた―――笑っているのだ。つられて、米軍衛士の何名かが同じように笑っていた。

 

空気が変わった事を、悠陽と冥夜、斯衛の護衛とB分隊の者達は感じ取った。言葉を交わし、冗談を交えながらも真摯に訴えるだけで、国もなにもないという空気が流れ込んできたような。

 

その中心に居るウォーケンはしばらく笑った後、何とかおかしさに口元が緩もうとする衝動を抑えながら武を見返した。

 

「まさか、この場で我が国の経済学者から出た言葉を引用するとは思わなかった」

 

「そ、そうなんだすよこれが」

 

「……どもって噛む理由は分からんが、ジョークとしては一級品だな。それに、明確も極まる答えで実に分かりやすい」

 

一転して、ウォーケンは軍人の顔で武に尋ねた。

 

「撃墜される危険性は依然消えていないが、覚悟の上か」

 

「もちろん。冥夜様はこの程度の事態で怯まれるお方ではない」

 

だよな、と言わんばかりに武は冥夜に視線を送った。冥夜は迷うこと無くその通りだと答え、それを見たウォーケンは小さく頷きを返した。

 

「分かった―――中佐の不知火で、作戦を実行する」

 

「……ありがとう、少佐」

 

「地球のためにだろう、白銀中佐……ならば礼は要らん。ああ、成功した暁には酒でも一杯奢ってくれ。この場に居る全員にな」

 

「ああ、任せてくれ……多少は手加減してくれると嬉しいけどな」

 

「……しまらないな、中佐」

 

「それが俺だという噂があるらしい―――機体に乗れば話は別だが」

 

「噂通りの実力である事を祈っている……では」

 

「ああ、しまっていこうぜ少佐」

 

「それはそちらの方だ、中佐―――では、殿下」

 

ご裁可頂けますか、との声に悠陽は頷き、礼を返し。

 

感謝の声を告げると共に、全員が自分の機体がある方向へ歩き始めた。

 

 

「それじゃあ往きましょう、冥夜様」

 

「………其方には後で話がある」

 

 

逃がさないと言わんばかりに、冥夜は迫力を持つ笑顔を光らせ。

 

武は引きつった顔で両手を上げながら、生きて帰ってからな、と了承の言葉を返した。

 

 

―――先ほどの会話で全く笑わなかった数名の米軍衛士の顔を、脳に刻みながら。

 

 

 




あとがき

・ウォーケンは落差がすげえフォークで三振したようです

・悠陽は激おこぷんぷん丸のようです

・冥夜は激おこ半分、これいいのかな、っていう気持ち半分のようです

・唯依はおこのようです

・真那さん真耶さんは怒りちょっと喜びでもやっぱり激おこのようです

・上総は混乱しているようです

・純夏はようやく気づいたようです

・B分隊は動揺しつつも慣れつつあるようです
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