Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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3話 : Collision_

怒りを隠すことなかれ。

 

願いが守られる場所などない。

 

譲れないなら、思うがままに叫ぶが良し。

 

 

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1994年、7月。夏も暑いこの頃に、衛士達はそれでも戦い続けていた。前線では、脱水症状が原因で死亡する兵士も出ている。それは赤道近い場所にある、ここアンダマン島でも例外ではない。最も寒い月でも20度を下回らない、常夏の島。その北に、基地はある。対岸にユーラシアを見据える島、インド洋の海路における要衝。重要だからして、当然に基地の人員も少なくはない。

 

今現在、印度洋方面軍においての最前線はインドの東、西ベンガルのコルカタ付近ではあるが、その戦線における緊急時の増援を送り出す基地としての役割も持っている。現在までの展開を予想していた優秀な軍人により、その設備も最新に近いものを揃えられている。戦術機においては、かなりの数の実機を置いておけるハンガー。最新の整備器具に、整備員用の大規模宿舎。

 

実機を使えない時などや、訓練生の育成において非常に役立つシミュレーターなど。防衛基地としての役割は、米国や欧州の最新鋭に及ばないまでも、中の揃えは充実している。そんな基地の中にある、とある一室。ブリーフィングルームの中で、"ガキ"4人は歯をむき出しにしていた。ある意味での臨戦態勢である。傍目に見れば、一見なんにもないように見える。胸ぐらを掴むといった暴力的行動に出てはいないし、罵声を掛けあうなどといったこともない。

 

だけど、4人全員の眼は、笑っていなかった。それどころか、鋭角の限界まで釣り上がっている。

場の中央にいる少年一人と、対する男3人は完全に感情をむき出しにしてぶつかり合っていた。それを眺めるターラーが、胸中だけでつぶやく。

 

(やっぱり、問題児というものはなあ。常識では御しきれん………)

 

上官に絶対服従。命令には背くな。そういった、真っ当な軍人が持ちうる思考を持っていない。呆れ顔のターラーはそんな問題児が居ることを知っている。でも、今さらながらに見せられると頭が痛い。そう思いつつも、その顔は徐々に諦観に染まりつつあった。もう少し冷静になれんのか、と。横にいるラーマも同様だ。こちらはターラーよりも問題児軍団の統率経験が長いからか、さもあらんと眼を閉じるだけだが。軍人の中でもエリートに囲まれて戦っていたターラーとは違い、こちらのあきらめっぷりには年季が入っている。

 

しかし、どちらも同じ言葉が浮かんでいる。

 

((どうしてこうなった………))

 

ターラーは、並び立つ男共を見る。少年、白銀武はまあいいとして。対する3人も、不満が溜まっていたのだろうか、あるいはもとよりそんな性格なのだろうか。

 

一人、金髪のフランス人。今まで隊の中でも一番背の高かったラーマより、頭ひとつ分上という長身。ずいぶんな自信家だが、実力も相当だ。特に射撃の腕は抜きんでていて、現在のクラッカー中隊の中でも随一。機動も悪くなく、前衛を任せるに足る技量を持っている。

 

もう一人の茶髪の欧州人も同じだ。出身はイギリス。背丈は一般の成人男子の平均よりも明らかに低いが、戦術機の腕に身長は関係ない。類まれな運動神経を持っており、反射神経で言えば隊でも一二を争うほど。操縦の技量も高いので、反射神経が重要となる高機動戦闘を得意としている。射撃、格闘の腕も高いバランスでまとまっていて、前衛を任せても問題ないぐらいの技量があることは、ここまでの模擬戦などで確認できている。

 

最後に、黒髪の日本人。前髪を切りそろえていて、顔もまるで女のような容貌だが、きっぱりと男だ。こちらは先の二人と違い、中衛か後衛寄りの適性を持っている。冷静な思考を保てる男で、戦況を読むことに優れている。遠距離射撃の当て勘というのか、天才ではないが、狙撃にも適正がある。そして生まれが武家とやらの出身ゆえか、長刀の扱い方も優れている。どんな状況においても、一定以上は戦えるという、隊に一人は欲しい衛士だ。実戦経験は他の二人よりも少ないが、それでも死の八分を乗り越えた、正式な"戦う者"としての、衛士とよべる者である。

 

 

どれも、他の隊なら戦力としての中核を担えるぐらいの技量を持っている。

 

特に欧州の二人は、元軌道降下兵団(オービットダイバーズ)に所属していたということもあり、エースを張れるぐらいの凄腕だ。激戦を乗り越え、総じてレベルが高くなったクラッカー中隊でも十分に戦えるメンツ。腕と同じに、プライドもまた高いが。そのプライドゆえか、最初は噂の問題児が集まる中隊に配属された、と納得できないような、不満がありそうな表情を浮かべていた。今では女傑二人の衛士としての力量を見たからか見せなくなったが、配属された当初はそれを隠そうともしなかった。

 

今になって見せなくなった、ということは納得したから。そんな彼らでも、白銀武とサーシャ・クズネツォワに関しては容認できなかったらしい。挑発的な売り言葉に、これから頑張ろうと決意していた所に水をさされた武が、買い言葉。

 

そして気づけば、"こう"だ。

 

二人はちょっと頭痛を我慢しながらも、一連の流れを思い出していた。

 

 

 

――――時間は白銀武とサーシャ・クズネツォワが登場するあたりまで遡る。まずターラーが、中隊の新しいメンツを紹介すると、訓練学校から戻ってきた二人を隊の皆の元に連れていったあとだ。

 

「「よろしくお願いします!」」

 

武達が中隊の全員に、元気よく敬礼をしながら、自己紹介の前の、着任の挨拶をする。

だが、それに対する返答の声は――――ない。

 

「すみません、ラーマ隊長。発言をよろしいでしょうか?」

 

「いいぞ、言ってみろ」

 

突然なんだ、とも言わずに、ラーマは発言を許可した。そして、ラーマにして、予想通りの言葉が発言の許可を申し出た衛士の口から出る。

 

「その――――この子達が話に聞いていた?」

 

「おいタコ。"子"とかいうな、おまえより実戦経験はあるから、確実に『先輩』だぞ。階級も少尉で、おまえと同じだ」

 

間髪を容れず、リーサ・シフが口を挟む。

 

「それは聞いていましたが………」

 

「なら侮辱するような発言をするな」

 

二人を知っている者たちからすれば。肩を並べて死線を越えた者たちからすれば、二人に対して"子"と言い、疑うという行為は侮辱するに等しい。

 

「………分かりました」

 

納得できてない、という感情をありありに。それでも、武とサーシャのことを知っている者たちは、それ以上の事は言わなかった。二人が現実実際、15にも満たない子供であるのも間違いない。子供が戦場に出ることについて、納得できないものもいることは理解している。インドでも度々あったことだし、ある意味で仕方ない事なのかもしれないと。しかし、新入りのうち、特に我の強い二人は引っ込まなかった。

 

「おいおい、こいつが? 衛士の花形の突撃前衛を? へっ、子守も任務に含まれてるのかぁこの中隊は」

 

「………こいつと一緒の意見だというのはまことに遺憾ですが、全面的に同意します。どういうつもりですか、ラーマ隊長」

 

「昨日に説明した通りだ。二度は言わせるなよ、少尉」

 

ラーマの言葉に、しかし二人は意見を引っ込めない。黙って"説明を"という視線を向ける二人。

 

その横で、怒りが篭められた声が飛び込んだ。

 

「………挨拶したのに返さないとか、子とか。いったいどういう教育受けてるんですかね、おねーさん?」

 

紫藤が驚いて固まった。だがその直後、額に青筋が浮かんだ。

 

「そこの二人も、えっと、子守? それはどっちが? もしかしてオレが、あんた達に? ………それこそごめんですねえ、ごめんですよ。小さな子供に大きな子供、手間がかかって仕方がない」

 

周囲の皆がぎょっとする。挑発するようなやつではない、それを知っているからこそ、驚いている。それもそのはず、武はいつにないほどに怒っていた。今から頑張りますと挨拶をしたのに、厳しい訓練を乗り越えてようやくスタートしようというのに。意気込んできたのに、返ってきたのは侮辱の言葉。沸点は決して高くない武だが、彼にしては珍しく、皮肉を交えた言葉で挑発していた。

 

意訳しなくても、こう言っている。曰く、"やんのか、コラ"。

あからさまな挑発の言葉に、3人共が一瞬固まって動けない。いきなりの言動に、思考が止まったのだろう。しかし、衛士らしい素早い反応で応対する。まずは女顔と呼ばれた黒髪。次に、金色茶色の欧州組二人が怒りを顕にする。見るからに激昂している様子だ。

 

しかし、冷静な思考を保っている者たちもいる。隊の問題児調停役であるターラーだ。彼女は、急に一触即発の状態になった場にため息を一つ、それだけをした後、制止の声をかけた。

 

「ストップだ」

 

激昂しながら歩み寄る二人に、ターラー中尉が言葉を挟む。

 

「どっちもやめろ。初日からケンカするとか、お前ら全員ガキだ。いいから自己紹介しろ。古参の者以外、全員だ。ついでにポジションも加えてな」

 

その言葉に、渋々といった形で自己紹介を始める。

 

「アーサー・カルヴァート。階級は少尉。ポジションは前衛。出身はイギリス」

 

茶色、碧眼の衛士は不機嫌そうに自己紹介をした。

 

「フランツ・シャルヴェ。階級は少尉。ポジションは――――こいつと一緒なのは真に遺憾だが、前衛。出身はフランス」

 

と、先のアーサー少尉の方を指さす。武から見れば、見上げる程に高い背丈。こっちも不機嫌を隠そうともしていない。武はその時、悟った。この二人がリーサの言っていた凸凸コンビだと。身長差を考えると凸凹でもいいような気がするが、かなり気が合わないとなれば凸と凸だ。

 

「紫藤樹。階級は少尉。ポジションは中衛。出身は日本」

 

日本人、と言う言葉に武は驚いた。泰村以外で見た、初めての日本人衛士。その他、事態を静観していたネパールの衛士達が自己紹介をする。軍人らしく、上官の指示に従う者たちだ。そして次に、新任―――というよりは、復任となる二人の挨拶となった。

 

「次はお前たちだ」

 

ターラーの言葉に促され、二人は一歩前に出て、同じように敬礼を返す。

 

「サーシャ・クズネツォワ。少尉。中衛から後衛まで経験あり。出身はソ連」

 

「………中衛から後衛?」

 

「後衛に甘んじていられるほど、亜大陸の防衛戦は優しくなかったということです紫藤少尉」

 

「………なるほど」

 

複雑そうな心境で頷く紫藤。その後、武も自己紹介をする。

 

「白銀武。階級は少尉。前衛しかやったことありません。出身は紫藤少尉と同じ、日本です」

 

ターラーに怒られたからか、少し感情を抑えた上での紹介。だが、その答えの一部分に引っかかった3人は、顔をしかめる。

 

――――前衛、というのは部隊としての花形である。特に男の衛士ならば、一度は前衛に憧れるもの。そうして、実力と適正が備わって、前衛になれた衛士。どちらも足りずに、なれなかった衛士。両者ともに、前衛というポジションに関しては、譲れない、汚してはいけないという意識を持っている。

 

当然、武の言葉は許せるものではなく――――

 

「へえ前衛しか、ねえ…………ま、あの時のあそこなら、仕方ないか。衛士の絶対数が足りてなかったからな」

 

「やむを得ず、といったところか。運が良かったな、少年」

 

武達とは違う場所に配属されていたとはいえ、亜大陸で戦った経験があるアーサーとフランツは、思い出しながらそうだったと言う。紫藤は黙ったままだ。じっと、武の方を見定める様子で見つめているだけ。3人の様子はとても大人気ないものであった。

 

戦い抜いたという自負をもっている上に舐められることも好きではない武は、ついにキレた。

 

「――――関係あるのか、口の回るおっさん共。いや、そっちはおばさんか?」

 

肩をすくめて、挑発する武。しかし、眼は笑っていない。

 

「ああ!?」

 

「腕も立つんだよ、ガキ」

 

「………いい度胸だよ。僕を女呼ばわりするとは」

 

おっさん呼ばわりされて、額に青筋を浮かべる二人。一人は、ついに腰に手をやった。刀があれば抜いていただろう程に怒っている。見るからに怒髪天を衝く3人。しかし、武は怒りを引っ込めない。

 

「名前で呼べよ、おっさん共。俺の名前はガキでも少年でも無い、白銀武だ。し・ろ・が・ね・た・け・る、だ。リピートアフターミー。あ、英語分かる? きゃん、ゆー、すぴーく、いんぐりっしゅ?」

 

典型的な日本風発音で挑発する武。それに対し、英国出身のアーサーがキレる。

 

「っ、分からねーわけがねーだろ、舐めてんのかガキが!」

 

いきなり沸点の低いアーサー少尉に襟元を掴まれる。即座に反応して、その手を掴み捻ろうとするが。

 

「いい加減にせんか、きさまら軍人だろう! 規律を遵守しろ、守りぬいて死ねとは今更言わん! だが、それでも最低限のものがあるだろう!」

 

怒るターラーの声。今度は怒声で、全員が固まった。アーサー少尉も腕を引っ込め、武から少し距離を取った後。面倒くさそうな声で――――約一名にとっては、爆弾となる発言をした。

 

「ちっ、すっこんでろよ。あんたにだけは規律云々言われたくねーよ――――なあ、『鉄拳』さん?」

 

その言葉に、先ほどとは別の意味で場が固まった。

 

「………おい。てめ、いま、なんていいやがった?」

 

子供じみた言い争いから一転する。落ち着いた、冷たい、低い声。激怒というものを通り越した人間が発する声だ。武の頭が沸騰している。詳細を知っている武からすれば許せない言葉。一連の経緯を詳しく知っている者なら、冗談でも言う言葉ではない。本気なら尚更だ。

 

白銀武という人間は、ターラーという上官を尊敬している。それだけのことがあって、なお国と民のために戦える人だから。それを汚すことなど、彼にとっては許しがたきこと。ゆえに、怒りは火ではなく炎になった。今までに感じたことが無いほどの怒りが、武の頭の芯を沸騰させている。重心を前に。武の身体は、感情のままに動こうとしていた。

 

グルカの師に教わった通り、冷静に、最適の一撃を英国野郎の頭に叩きこむべく――――

 

「タケル」

 

と、動こうとする寸前、隣にいるサーシャが武の肩をつかんだ。

 

「それはまずいこと。そんなことしても、解決にならない、むしろマイナスに………分かるでしょ?」

 

軍人になるならば、と。サーシャは武の眼を見据えて、言う。言われた武は、はっとなる。今、自分が何をやろうとしていたか。それにより、この中隊はどういった状況になるのか。

 

「………いまさら、タケルが後先考えないのは諦めたけど………それでも踏み越えてはならない一線は、ある」

 

「わかってる………つもり、じゃ意味ないんだよな。ごめん」

 

言葉と視線、それを理解して、タケルの頭は少しだが冷えた。もうすこしで殴りかかっていた。それにより、どうなるかを理解したからだ。まず、部隊内に亀裂が走る。一度乱れた和をもとに戻すことは難しい。他の隊に醜聞が流れることもある。流石に着任当日にそんな事をしては、隊としても信頼されないだろう。

 

(でも、この怒りは収まらねえ………収めたくねえ)

 

それでも、さっきの言葉は許せるものではないと武は考えた。迷惑をかけず解決する、その上でギャフンと言わせるにはどうしたものか。

 

武にしては珍しく、3人の顔を静かに睨みながら考え続けた。

 

 

 

 

 

――――そして、時は現状に至る。考えぬいた武は、心の中でこれだと叫びながら、これまた心の中で親指を立てた。そして一歩前に出て、提案があると3人に言った。

 

まずは、問題提起を、と。

 

「結局の所、あんたらはオレが突撃前衛になるのが気に食わないんだろ?」

 

「それだけじゃないが、それもあるな」

 

フランツが冷静に返す。ならば、と武は言った。

 

「じゃあ決まりだな。文句があるなら――――殴り合おうぜ、戦術機でさ」

 

笑いかける武は、反論も許さないと続けた。

 

「ごちゃごちゃ文句いいあうのも面倒くさいしさ。それが一等一番、手っ取り早い方法だろ?」

 

「……戦術機で、つまりは衛士としての腕で片を付けるってのか。お前が、俺達3人と?」

 

「要するに、あんたらは俺たちの腕に不安があるんだろ? ………なら実際やり合えばいい。

 

それで解決だ。そんで、俺らが勝ったらその事について文句は言わせねえ。それでいいだろ」

 

「ずいぶんな物言いだ。けど、こっちが勝った時の事は考えていないようだな」

 

紫藤の言葉に、武は肩をすくめて応えた。

 

「あ、そういや忘れてたな」

 

いっけね、と武は自分の頭をぽりぽりとかいた後、あっさりとその条件を言った。

 

「なんでも命令してくれていーよ。"走って泳いでお(うち)に帰れ"でも、"ちょっと拳でハイヴ壊してこい"でも何でも、言われたことを聞くよ。うん、だからお好きなようにどうぞ?」

 

その言葉に、3人のこめかみに青筋が浮かんだ。明らかに無茶な条件だからだ。そしてそれを軽く言うあたり、目の前の子供は確信している。それは――――お前らより、オレの方が強いということ。暗に告げられた宣戦布告に、プライドの高い3人の男はこれ以上退くことを止めた。

 

そこまで舐められた以上、決着は戦った後のことになる。言葉も交わさず、3人の意見が一致した所だった。しかし、と黙って頷くようなタマでもなかった。

 

「いいだろう、が条件的に全然フェアじゃない」

 

だからこうしよう、と。肩をすくめながら告げた。

 

「俺達の方も、万が一にでもお前達に負けでもしたら、だな。何でもいいさ、一つなんてけち臭いことは言わない。命令しろよ。何度でも従ってやるさ」

 

子供のわがままだろう、と。大人の仕事だから、と告げるフランツ。しかし、目は笑っていなかった。また子供扱いされた武も同じだ。

 

両者の間で火花が散った。

 

「―――条件はお前が決めていい。機体は……お前らの実機が届くのは一週間後と聞いたが」

 

「ああ……えっと、隊長?」

 

ようやく話を振られたラーマが、頷く。

 

「止めはしないんですね」

 

「言葉だけで止まるタマじゃないからな、お前らは。それに拳は一種のコミュニケーションツールという」

 

豪快に笑いながら、言った。

 

「互いに納得できるまで、ぶつかり合え。下手に絡みあうよりはよほどいい」

 

責任は俺が取る、と。

 

―――下手をしなくても隊長としての立場を問われるような対処方法だったが、ラーマはこれが最善だと信じていた。これは過去の経験によるものだった。問題児を多く抱えていた彼は、下手に仲裁した後に関係がこじれて、痛い目にあったことがあったのだ。それを繰り返し、出した答えは"人間関係は初見時に徹底的に"ということ。

 

特殊な性格や事情を持っている者ならば特に、後々に爆発することが多い。

だから初日にとことんやって、そのあとに納得のできる形に収める。

それが最適解だと。隣にいるターラーの視線が怖いが、彼なりの答えを実行したのだった。

 

―――この時、ifであり、もしかしたらの話だ。ラーマ・クリシュナが他の衛士隊長と同じように、問題児の頭を押さえつけるようなやり方を採っていれば歴史はどうなったのであろうか。事情を知っていた者が頻繁に考えることだが、それは永遠に解答がでない問いでもあった。

 

ともあれ、そんな未来の話とは別に、現在のこの時点での話はまとまりかけていた。

 

「………隊の内輪の問題が、外に広まるのは不味いでしょう。実機ではなくシミュレーターで勝負した方がいいと思います」

 

少し頭を冷やした紫藤が、口を挟む。サーシャの言葉に、思うことがあったのだろう。まとめる方向に動いた方がいいと、提案をしたのだ。

 

「機体は?」

 

「全員、F-5だ。使い慣れた機体が良いだろう」

 

「勝負の日はいつにする? 聞けば、かなりブランクがあるって聞いたぜ。なんなら一月ほどくれてやってもいいが」

 

「………それは遅すぎる。無駄な時間は使いたくない」

 

サーシャが言う。意味がない、と。今まであまり発言をしなかった少女の提案に、フランツは驚きながらも提案をしかえす。

 

「それじゃあ、1週間後でいいか?」

 

「ああ、なんなら明日勝負でもオーケーだぜ。っつーか、今からやっても、なあ?」

 

へん、と武が挑発する。あからさますぎるそれに、流石に二名程は乗らなかったが、約一名だけ見事に挑発された。

 

「っ等だこのガキぃ。吠えづらかかせた後、お家に蹴り帰してやんよ………!」

 

小さい身長を怒らせて、アーサー。間近に迫って、武にガンつける。

 

「落ち着け、小男よ。身長と一緒に忍耐力まで未成長なのかお前は」

 

「っせーよ、糞無駄ジャイアントが!」

 

いよいよもって場が混沌としてきた。それを面白そうに眺めているのは、リーサ。隣にいるターラーは、さもあらんと腕を組んで見守っているだけ。あと一人、今まで黙っていたアルフレードは――――部屋にあったホワイドボードを叩いた。皆の視線が集まると、勝負の条件を整理したホワイトボードを見せる。

 

「はいはい、話がまとまった所で内容確認すんぞー。3本勝負、機体はフリーダムファイター、日程は一週間後?」

 

以上でOKだな、とアルフレッド少尉が5人を見回す。

 

「えっと………」

 

武がホワイトボードの文字を確認する。

 

・一試合 Aチーム:武とリーサ 対 Bチーム:アーサーとフランツ

 

・二試合 Aチーム:武とサーシャ 対 Bチーム:アーサーと紫藤

 

・三試合 Aチーム:武とサーシャとリーサ 対 Bチーム:アーサー・紫藤・フランツ

 

「これでいいか? ああ三試合めは納得してくれな。流石に2対3はまずい。で、リーサを加えての3本勝負でオーケー?」

 

「何本先取だ、あと、勝敗の基準は?」

 

「お互いにガキじゃねーし、腕の立つ衛士って自負してんだろう………やって分からんはずがないよな?」

 

分からないならまとめて笑ってやる、と。アルフレードが肩をすくめて、答えた。そのちょけた様子に、アーサーの顔が睨むそれに変わる。だがすかさずと、ターラーが場をまとめにかかった。

 

「もういいだろうお前ら………時間だ、訓練を始める。リーサ、白銀達のシミュレーターまで案内を頼む。今日一日は、ついてやってくれ。明日からは二人だけで訓練するといい」

 

足並み揃えるのは無理そうだからな、と苦い顔だ。リーサは苦笑して、敬礼を返した。

 

「了解です………で、なんでラーマ隊長は、あっちで胸をおさえてるんですかね?」

 

「おっさんっていう呼び方が堪えたんだろう。今はそっとしておいてやってくれ」

 

胸を痛そうに押さえている、ラーマ大尉をおいて。クラッカー中隊は、ひとまず解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「面白いことになったねえ」

 

シミュレーターの調整を頼んだ後。それが終わるまで、少し待つことになった3人は、さきほどの事について話していた。表情はまるで違う。リーサ、いまの事態を心の底から楽しんでいるのだろう、にやにや笑っている。それに、武がかみついた。

 

「全然面白くないって。何だよあの3人、こっちは衛士だってのに。やる気満々だってのに。なんで文句言うんだよ、わけわかんねえよ」

 

「………分かりやすいと思うけどねえ。ま、ようするに訳ありってやつさ」

 

すっぱりと、告げる。

 

「私やアルと同じで、はぐれ者」

 

言いながら、リーサの笑いが苦笑にかわった。

 

「本人は言いたくなさそうだけど、見てれば分かるよ。まあ、『そうなって』から日が浅いようだから、こう、そこら中に噛みつきたい時期なんだろうさ」

 

「噛み付きたい、時期?」

 

「まあ、私らもそういう時があったからね。ああいうのは切っ掛けでもないと、まともな状態に戻らないもんさ。私らも、あの3人の状態には手を余らせていたからね………信用はされているけど、中途半端っていう感じ? まあ、今回のこれがちょうどいい機会といえば、そうなのかもね」

 

「よく分からないけど………腕はどういった感じで?」

 

「まあ――――いいもの持ってるよ、3人共ね」

 

リーサは、3人の戦術機の腕を思い出しながら、頷く。彼女も彼らの力量について、ターラーと同程度のことぐらいは見抜けていた。

 

「だからこそ、チームワークが大事になるからね。まあ、頼むよ。あんたらの訓練の成果を見る、良い機会でもあるから」

 

「"そんなん"でいいんですか」

 

軍人とは違うような、と武が言う。今更さ、とリーサが肩をすくめた。

 

「無駄に硬くなるより、"そんなん"でいーのさ。むしろこっちの方がいい。それに、私達らしいっちゃらしいでしょう?」

 

にやりと悪戯の笑みを浮かべるリーサ中尉に、武たちはため息をついた。そしてタップリと息を吐いた後。それまで黙っていたサーシャが、武に視線を向けた。

 

「それにしても、あの時、ターラー教官のことを言われた時だけど、よく留まったよね。後半のあれもタケルにしては冷静だった? …………勝負を言い出した辺りはワザとでしょうし」

 

その問いに、武は苦笑だけを返した。しかし追求の視線に、仕方ねえかと口を開いた。

 

「やっぱり、サーシャには気づかれるか………って、リーサも気づいてたの?」

 

ニヤニヤと笑うリーサの裏に見えた言葉に、武は驚きの表情を浮かべた。

対するリーサは、同じ釜の飯を食った仲だからなと前置いた後に、答えを言った。

 

「お前もわかりやすい性格してるからなあ。"鉄拳"云々の直後は真剣にキレた怒り顔だったから、正直焦ったけど」

 

にひひと歯を見せて笑う。

 

「ずいぶんと、訓練学校で良いもの学べたみたいねぇ? 正直、見違えたわよ」

 

「ええ、まあ。目的が定まった、というか………そんな感じに。インドでのこともあるけど」

 

成長しない理由がない、と武は胸を張る。その様子を見て二人は苦笑した。

 

「で、付け加えると………あの3人は怒ってたようだから。多分だけど、ぶつかり合えば分かると思う」

 

「へえ?」

 

リーサが、面白そうに口の端を上げる。武は同じように笑い、今までのケースと違うから、とだけ言った。

 

「あからさまな悪意とか、汚いもんが無かった。こう、こき下ろすような視線じゃなくて、何というか………戸惑っているような、歯切れの悪い視線がなんとも違うような」

 

逆の手合いの人間がいることは、武も知っている。子供だから戦場に来るな、と。心配ではなく、虫けらを見るような眼で見る輩のことだ。あの3人は、それと同じではないと認識している。

 

「でもまあ、何がいいたいのかは、さっぱり分からない。それを根掘り葉掘り聞くってのも、違うと思うし」

 

「言って答えてはくれないって?」

 

「聞いて答えてくれる人間なら、もう少し柔らかい対応を取るだろうって思ったんだ。あとは、時間の無駄だって理由もある。こんなことしてる場合じゃないし、お互い衛士だろ? 変な意地の張りあいになったら、余計にこじれると思ってさ」

 

そういうのは正直馬鹿らしいし、面倒くさい。それに、隊に迷惑をかけるわけにいかない。連携の出来ない戦術機甲部隊に存在する価値などない。

 

「なら、方法は一つ。逆に、俺たち衛士にしかできない手っ取り早い方法があるだろ?」

 

「ま、そうかもね。アタシもそっちの方が好みだよ。男共は変に意地張る場合があるし、ね」

 

「私もリーサの意見に同意する。特に男性衛士は戦っている時は、本当に感情むき出しになるし。でも、それだけじゃないと見たけど? あの方法を選んだ理由は―――――舐められたままっていうのも、許せないからでしょう?」

 

「ぐ………」

 

武はその問いには答えなかった。黙って目を逸らして、自分のほっぺたをかくだけ。

隠し事の出来ない少年だ。その様子を見た女二人は、おかしそうに笑いあう。

 

「ほんと、男の子だねえ」

 

「………マザコンとも言う」

 

「はァ!?」

 

ちょっと裏声で叫んだ武に、サーシャは拗ねたような目で愚痴った。

 

「あんな顔、私だって見たこと無い。あんな風に怒って、我を忘れそうになった理由………いっそ当ててみようか? ―――ターラー『教官殿』を貶められたせいでしょう」

 

うぐ、と言葉につまる。まあ、それはそうだけど。マザコンって。

口の中でぼそぼそとつぶやく武に、サーシャは不機嫌な口調で言う。

 

「何となくそんな感じがしたから、言ってみただけ。ふん、当たってた?」

 

「当たってねえよ!!」

 

叫ぶ武、しかし彼の胸中には図星の剣が刺さっていた。母親の事を全く知らない武にとって、母親のような―――年上で、面倒を見てくれる女性は二人だけ。日本では、鑑純奈。褒めてくれるし、叱ってくれるまさしく母親のような女性。そして、此処に来てからの母的存在と言われると、ターラーだ。厳しい訓練はあれど、自分というものを見てくれる存在。相談にも乗ってくれるし、自分の身を案じてもくれる人。明確な母親像を持っていない武にとっては、ターラーという女性も母親のような存在に思える。ゆえに、怒らざるを得なかったのだ。それをサーシャは自慢の人物観察眼で見抜いた。

 

"母親のような人を馬鹿にされたような、傷を抉るような事を言ったから、怒った"。これがサーシャの見解で、それは見事に的中している。しかし、彼女をして意外と思ったことがある。

 

「ターラー中尉、言われた事に関してはどう思ってるのか。本人は怒ってなかったし、あまり気にしてなさそうだったけど」

 

それが意外だ、とサーシャが言う。

対するリーサは、怒れないだろうさと前置いて、二人に説明する。

 

「上官に暴行。経緯をしってるアタシにとっちゃ、あの行動の全部が間違ってるとは言わないけど、やったことがやった事だしね。ああいったことは言われ慣れてるんでしょうよ。実際、軍人失格なんて言われても仕方ない事をした訳だから」

 

それは事実で、覆されることのない結果。

 

「誤魔化さない人だよ、ほんとに。本人にとって目を逸らさず背負っていくべき所として捉えているんだろうさ。"過去の負債をつつかれたから怒る、なんて無様な真似は出来ない"―――なんて、堅物のあの人が考えそうなことだと思わない?」

 

性格上と立場上ねえ、とため息をつくリーサ。

上官としての示しを無視する方がらしくないだろうよ、と。

 

「まあでも、詳しい事情知ってる奴なら、あまり出てこない言葉の類よねえ………知らないから、なんて言葉も嫌いだから言わないけど。正面きっていう悪口なら、事情を全部知ってからにしなよ、ってねえ。そうも思う部分もあるってのよ」

 

そこでリーサは怖い笑みを浮かべた。彼女にしても事情は聞いていて、だからこそうかつに口に出すことではないと思っている。知った上で言うならば、宣戦布告。しかし、知らないからなんて言い訳の方が、リーサは嫌いなのだ。発言したのが男ならば余計に、無責任な言動に対しては腹が立つ。

 

だからこそ、と武とサーシャの頭を叩いた。

 

「勝ちなよ。で、勝った後に。言うべき事も決めてるんだろ?」

 

「ん、勝ってから考える!」

 

「私はフォローに回るから」

 

「………ならばよし? ま、いいやどうせアンタ達のことだし。っと、ちょうど調整が終わったようだし、行こうか」

 

訓練の成果、見せてやりなよ。

ウインクするリーサに連れられ、二人はシミュレーターの訓練を開始した。

 

 

 

 

 

ともあれ、人は不安を感じる生き物である。当事者の渦中にはいないリーサだが、事は隊内において重要なもの。そんな彼女は、シミュレーターの中で二人の様子を観察していた。彼女の私見では、二人に撤退戦の時の技量が戻っていれば、勝てる相手だろう。しかし、ブランクがある二人が、一週間程度で元の腕に戻れるのか。そうした不安は存在していたのだが――――

 

『タケル、左!』

 

『言われなくてもっ!』

 

二時間後。二人の動作を見た彼女は、黄昏れていた。

 

(ん、相変わらずわけわかんない奴だねー)

 

二人とも、最初の一時間だけは動きが鈍っていた。機動も見切りも一般の衛士ぐらいには落ちていて、難易度の低い想定においての模擬戦でも、撃墜されるほど。だが、次の一時間は違った。

 

まずは、サーシャだ。彼女は最初、一つ一つの動作や操縦を、思い出すように丁寧に繰り返し、確認していた。記憶力も高い方だと聞いたし、子供だということもある。思い出すのは早く、往時の7割程度までには戻っていた。

 

次に、武。こっちの方は――――それなりに名の売れている前衛衛士の代表である彼女。リーサ・イアリ・シフから見ても、理由わかんねー、と言うしか無い操縦っぷりだった。言いたいことは、ただひとつ。心のなかだけで、叫ぶ。

 

(なんで前より腕が上がってんだよ!?)

 

操縦というのは、反復練習が肝要だ。自分ではない身体を動かすのに理屈は重要ではない。一連の行動を、理論立てて説明している暇もないからだ。ゆえに、慣れるのが一番。戦術機を自らの手足として認識し、手足と同じように動かせるようになるまで、身体に叩きこむ。だからこそ、ブランク明けの衛士の操縦は、通常のそれとは違って、ちぐはぐでお粗末なものになって当たり前。それなのに武は、ものの一時間で元の腕を。今では、これまでに見せなかった機動などを見せている。およそ人間らしくない機動。それは戦術機を手足の延長上として捉えていれば、到底できない機動だった。しかしこれがまた有用で、荒唐無稽だけど効果だけはバツグンという、理解不能な機動なのだ。

 

(あー、これもターラー中尉に報告かねー)

 

遠くを見ながら、リーサは思った。3人に同情する。

こんなデタラメな奴を一時期にでも敵に回すとは、本当に不運な奴らだ、と。

 

 

 

 

 

 

のっけから順調とは言えない、武とサーシャの復任後の一日。ともあれ解決しない複雑な問題はなく、ようやく一日が終わろうとしていた。最後には、食堂で談笑だ。武は主たる面子に、南アンダマンにいた時はできなかった、訓練の話とかをした。

 

「あのグルカの旦那に教えを受けたってか………羨ましいな」

 

飲み会で話をしていたリーサは、あのグルカの兵がどれだけ優れているのかを知っていた。だからこそ惜しい、とため息をついて、少し冗談まじりに言う。

 

「アタシも、あんな人が居るような訓練学校に行ってみたかったよ」

 

「私も、それは考えたことはあるな。本当に優れた衛士だったよ」

 

うんうんと頷きながら、リーサとターラー。

 

「でも、二人ともどう考えても生徒って年じゃないから絶対に無理だぶぁ?!」

 

武が即答し、ターラーとリーサの拳も即答した。脳天にふたつの拳骨が突き刺さる。

 

「おお、神よ………今ここに一人の将来有望な衛士が召されました」

 

アルフが合掌。インドで覚えた小技に、ラーマがため息をつく。

 

「し、んで、ねえ、ょ……」

 

主張する少年だが、フォローする者はいなかった。ラーマでさえ眼を逸らす。軍人として、二次災害は防ぐべきものだからだ。というより、女性に年の話をしないということは常識である。それが女傑とも呼ばれる軍人ならばなおのこと。その中で、そもそも助けようとも思わなかったのは一人だけいた。そんな、ちょっと呆れた様子のサーシャが、武を無視したままターラーに向けて言う。

 

「私は知識の補足も加わっていましたけど。それでも、この時期にああいう時間が取れてよかったです。このままではターラー中尉が過労死しますし」

 

「……いや、流石に死ぬまでではないが?」

 

「言葉に詰まりましたね? それに、中尉の負担が大きいというのは事実でしょう」

 

サーシャの言葉に対し、ラーマが頷きを返した。書類仕事の大半を、ターラーが受け持っていることを知っているからだ。特に武に関すること。実戦や訓練の後の報告や、怪我をした時の報告その他は、ターラーがほぼ10割処理している。

 

「健気だなあ………どこぞの失言バカと違って、可愛いし」

 

「ほんと。なんか表情増えたっつーか、可愛さもアップしてるし。こう、頭撫でたくなるよな?」

 

「ありがとうリーサ。触らないでアルフ」

 

「線引きが明確に!? これって差別じゃ!?」

 

「区別と言って欲しい。どうもアルは無駄にエロ思考が多い」

 

ずっぱりと切り捨てるサーシャに、アルフは轟沈。しかし、更に挑む猛者がいた。

義理の父親でもある、ラーマだ。

 

「ふむ、ならばオレは?」

 

ラーマの訴えかけるような視線。義理だが、娘でもあるサーシャは苦笑したあと―――――天使のような笑みを向けて、義理だけど、父である人に告げた。

 

「会えなくて寂しかったよ…………おとーさん」

 

―――――直後、一人の衛士が立ちながら逝った。南の島での、大往生であった。

それを、遠くで見ていた新しい男衆は、生暖かい視線で見つめた。

 

「あー………まあ、バカなこの人は放っておいて、な。二人とも、本当に成長したよ」

 

ちょっと不機嫌風味なターラーの言葉。

と、そこで武が復活した。頭を押さえながら、涙目でも主張を忘れない。

 

「この時期に訓練学校に行かせてくれたお陰です! それに、グルカの業も………ようは見て盗めばいいんですよ。俺の機動からとか。リーサ中尉なら十分できるでしょうに」

 

「まあな。ともあれ、お前の機動は荒唐無稽すぎて、2つ3つしか見習えんが」

 

「そうかなあ…………って、なんでラーマ隊長、笑顔で泣いて気絶してんの?」

 

ぺちぺちとほっぺたを叩く武。しばらくして目覚めると、目の前にいる武に抱きついた。

 

「おお、娘よっ!!」

 

「って違いますよ隊長!」

 

「………なんだ、武か。それでもよし!」

 

「ちょっ!?」

 

優しかった抱擁が、ベアハッグとなった。相撲で言うサバ折りのような体勢。

腕力で劣る武は、抱き潰されて「ぐえ」と言う声を出す。

 

「まったく、着任そうそうやってくれるなお前は! ややっこしい事になったもんだ、全く」

 

「了承したのは隊長でしょうが!」

 

しかし抱擁は続いていた。それを見ながら、呆れるようにリーサが言った。

 

「でも、あいつらにとってはきっと、"此処"を知るいい機会になるとおもいますよ」

 

それはからかうような色の無い、真面目な声だった。

だからラーマも頷き、しかしと眉間を指で押さえた。

 

「それは間違い無いだろうが………正直な所の勝算はどの程度だ」

 

「勇気100%です!」

 

答えた武は抱き潰された。

 

「そうか。ならいい」

 

ラーマは突っ込まず、ただ問題児な少年を抱き潰した。断末魔があたりに響き渡った。

 

「あの、大尉………もしかして『おっさん』発言を根に持っているとか?」

 

「はっはっは。そんなことは思っていないぞ、リーサ少尉」

 

「ですよねー」

 

笑いながらも、おばさん的な発言をされたリーサだ。

もがいている武のことは当然のごとくスルーして、此処には居ない3人のことを聞いた。

 

「そういえば、あいつらはどうでした?」

 

「………ふん、表面上は気にしてない様子だったかな」

 

どうも言い過ぎたと思ってるかもしれん、とつけ加える。

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。あいつらも、別に悪意が合ってああいう事を言った訳じゃないからな。後悔もするってもんだろうさ」

 

「………そうなんですか?」

 

「まあな」

 

ラーマは、ちら、とサーシャを見ながら言う。

 

「でも自分から言い出した限りは、な。何か理由でもない限りは、今更収まりもつかん。あと勝負に関しちゃあ、な………もっと考えて言え、馬鹿野郎。心配したターラーがうるさくて仕方なかったぞ、まったく」

 

「大尉………」

 

黙っていろと言ったはず。目で語るターラーから視線を外し、ラーマはサーシャの方を見た。

返ってきたのは、先程と同じ笑顔だ。

 

「ご心配に及ばず、です。一週間で済ませますから」

 

自信満々のサーシャの言葉。視線の先には、規格外の少年衛士の姿。ラーマは眺めながら嬉しそうに笑みを返し、頷いた。複雑な心境を胸にしても、やはり嬉しさが勝ってしまう所がこの男の本質であった。それでも嫉妬した彼が更に強く武を抱き潰したのは、秘密である。

 

 

そして、勝負の日はやってきた。

 

 

 

 

 


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