Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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42話 : 集合、決意を共に

情報軍に所属する者の任務は多種多様に及ぶ。目的が“高い所”にある場合、そこに辿り着くまでに様々なものを積み上げる必要があるからだ。

 

「とはいえ、まさか思わなかったぜ。目覚めたての任務が可愛いお嬢様二人を運搬するだけになる、っていうのは」

 

横浜基地の地下にある廊下の上、歩きながら肩を竦めたレンツォにシルヴィオがため息を共に告げた。

 

「想定外、か? だが、直に慣れるさ。どいつもこいつも斜め上を行く上官ばかりだからな」

 

苦笑しながらも、シルヴィオに言葉に嫌悪の感情は含まれていなかった。振り回されることに疲労は覚えるが、それが必要なことだと分かっているからだった。

 

セオリーに沿った行動だけでは、格上を相手に勝利をもぎ取ることはできない。敵方の想像を越えて初めて、手が届くものがあるからだ。

 

「確かに、な。極めつけはあの博士だが、男娼って噂の野郎の方も大概だ」

 

「……シロガネの事か?」

 

悪意あるその噂は、最近になって横浜基地に流れつつあるものだった。米国が腹いせに、と考えるのもくだらない嫌がらせの類だ。

 

「前はシドウで、今回は奴か……噂は下世話な方が流れやすいってのはどの国でも同じようだな」

 

「本人達はそれどころじゃない、って様子だが」

 

今回のクーデターの件で、米国の工作行為に対する牽制は出来た。これ以上仕掛けてくると本気で国際世論が黙ってはいない、そういう段階にまで来ているのだ。情報部に所属している二人は、各国の状態を深い所まで把握できていた。

 

第四計画と第五計画の詳細も知らされていた。その上でシルヴィオは第四計画に与することを選んだ。レンツォは治療の借りと、今更になって欧州連合に戻れないという立場から、協力せざるを得ない状況になっていた。

 

「しかし、悪魔のような女だったな……助けられた手前、大きな声では言えんが」

 

治療にかかった金銭、横浜基地以外では完治できなかったという説明。それを元に色々なものを承諾させられたレンツォは、戦慄と共に身震いをして、シルヴィオが顔色悪く頷いた。

 

「ああ……だが、取引の内容に信頼が置けるという意味では、良かったんじゃないか?」

 

「はは、ナイスジョーク」

 

坊やが言うようになった、とレンツォが笑い声を零した。お前のお陰だ、とシルヴィオは言いそうになった所で、誤魔化すように咳をこぼした。

 

「だが、本気が見て取れる……分かるだろ。レンツォ?」

 

「ああ、次を前哨戦としている事は理解できた……なりふり構わず“取り”に行くんだ、っていう第四計画の姿勢もな」

 

今、自分達の頭上で行われているであろう初顔合わせ。二人はその光景を思い浮かべながら、どちらともなく呟いた。

 

 

「―――いよいよ、って訳だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いう訳で改めてよろしく頼む………って話、なんだが」

 

白銀武は、敵意を向けられる状況に慣れている。国外の戦場でも日本人だ小僧だというだけで見下された回数は、両手両足ではとても収まりきらない。

 

だが、敵意未満、しかし怒気は天を貫くほどにという状況。それも自分が本格的に悪い、という経験は先の207B分隊以来、人生で二回目だった。その源であるA-01の先任達の視線を、武は冷や汗と共に受け取りながら、弁解の言葉を絞りだした。

 

「いや……あの、ですね? 樹から聞いてると思うけど、あの罵倒の文章には意味があって」

 

「敬語は不要です、白銀中佐。それに先の忠告は正鵠を射たもの。見事なご指摘であったと記憶しています」

 

武は『敬語でへりくだっても無かったことにはならねえし、あの言葉も忘れちゃいねーぞ』と意訳し、笑顔になった伊隅みちる他数名から視線を逸した。

 

「あら、中佐……顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」

 

「いえ……大丈夫だ、涼宮中尉」

 

武は純粋に心配してくれているのだろう様子の涼宮姉妹の姉の方に礼を告げた。本能が、この人も怒らせるとやばそうだ、と叫んでいる事を気のせいだと言い聞かせながら。

 

「伊隅、速瀬もそこまでにしておけ―――言われる方も悪い」

 

部隊長であるまりもの、ぴしゃりの一言。二人はそれだけで黙り込んだ後、一歩下がった。それを見てため息をついた樹が、フォローに入った。

 

「こいつも、これからは逃げも隠れもしないらしい。戦場の恥は戦場で返せ、という言葉もある。精進して、逆に嫌味や罵倒を叩き返してやるのも手だぞ」

 

「了解」

 

即答だった。武はその言葉に顔を引きつらせつつも、顔を合わせてのやり取りをしている今になって、そこはかとないやりにくさを覚えていた。打倒・自分の意気を上げている二人は、平行世界では先任でその中でも頼りにされていた女性達だった。

 

(だってのに、立場が逆転して……いや、完全にそうだという訳でもないけど)

 

207B分隊以上のやりにくさがある。そうしてため息を吐いた武を置いて、自己紹介と任官の挨拶は続いていった。続いて、正式に任官した207Bへの歓迎の言葉が。その後に、部隊長であるまりもが怪我で抜けた人員を含めての再編成について話を進めている時に、通信機から呼び出しの音が鳴った。

 

基地内限定の通信機である。まりもはすぐに応じた。武はその様子から、タイミング的にはどんぴしゃか、と呟いた。間もなくしてまりもの応答の声が徐々に、驚愕の色に染まっていった。そして通信機が切られた後、まりもはため息の後、顔を上げた。

 

「今から移動する……第7会議室まで、駆け足」

 

号令に、了解の声が木霊した。疑問を抱きながらも、鍛えられた精鋭は道中でその意図を飲み込みながら、迅速に移動を完了した。

 

そして、整列。間もなくして入室したのは、まりも達を呼び出した張本人と、社霞だった。

 

「敬礼! ………それでは博士、お願いします」

 

「敬礼は要らないって言ってんのにねえ……急に呼び出された事に対する嫌がらせかしらね」

 

「はい、いいえ。ですが、“示し”はつけておかねばなりません」

 

「どちらの意味でも不要よ、とここで言っても仕方がないか。ともあれ……面子を揃えてから、話を進めようかしら」

 

入ってちょうだい、と夕呼は隣の部屋に居た人物たちに入室を促した。直後に現れた人物は、合計で6名。それを見たA-01の先任達は、内心で訝しんだ。

 

どこをどう見ても日本人には見えない者も含まれていたからだ。その筆頭である銀色の髪を持つ女性が、名前と階級だけを、と夕呼に告げられてから、A-01に対して敬礼と共に自己紹介をした。

 

「クリスカ・ビャーチェノワ。階級は少尉だ」

 

続いて、隣に居た小柄な女性も。

 

「イーニァ・シェスチナ……おなじ、少尉です」

 

見守るようにしていた、この中では唯一日本人の面影がある男も。

 

「ユウヤ・ブリッジスだ……階級は中尉」

 

この中では最も小柄な、褐色肌の少女が。

 

「タリサ・マナンダル、階級は中尉」

 

次に、緑髪のツインテールが特徴的な女性が。

 

「崔亦菲、階級は中尉よ」

 

最後に、背丈も胸も大きい黒髪の女性が。

 

「葉玉玲、階級は少佐」

 

最後、ユーリンの敬礼が終わった後。一部愕然としている者達に向けて、夕呼は何でもないように告げた。

 

「元の所属はソ連、ソ連、アメリカ、大東亜連合。残りの二人は統一中華戦線―――全員が、A-01の新入隊員よ」

 

「な……ちょっと待って下さい、博士!」

 

「まりも、うるさい。それで……まあ、色々と疑問点はあるだろうから、説明を進めるわ。まず最初に、これからの予定について」

 

夕呼は着席を促し、新たな6人と武を除く全員が困惑しながらも命令に従った。まりもは最後まで渋い顔をしていたが、一番前の席に座った。夕呼はそんな様子に構わず、次の作戦について説明を始めた。

 

―――甲21号作戦(オペレーション・サドガシマ)を。

 

「まずは、参加する軍について………帝国軍は当然として、あ、斯衛も全面的に参加する姿勢よ。極東の国連軍も同様、というより横浜基地の人員がメインで参加。国外は大東亜連合に、統一中華戦線が協力を申し出て、殿下はそれを受け入れた―――明星作戦以来の大規模作戦になるわね」

 

夕呼は前提を最初に、次に段階ごとに行うことを説明し始めた。

 

「第1段階は、国連宇宙総軍の装甲駆逐艦隊による軌道爆撃よ」

 

定石通りの対レーザー弾での迎撃と同時、帝国連合艦隊第2戦隊が対レーザー弾による長距離飽和攻撃を行い、二次迎撃として重金属雲の発生を合図に全艦隊による面制圧を行う、と夕呼は告げた。

 

「まあ、セオリー通りね。第二段階は、帝国連合艦隊第2戦隊による艦砲射撃で、面制圧を行う。同時に帝国海軍第17戦術機甲戦隊が上陸、橋頭堡を確保。続いてウィスキー部隊を順次揚陸して戦線を維持しつつ西進、敵増援を引き付ける」

 

地図と共に位置、地名を出しつつ夕呼は簡単に説明を続けていった。

 

「で、第三段階。沖に展開した国連太平洋艦隊と帝国連合艦隊第3戦隊による制圧砲撃。同時に帝国海軍第4戦術機甲戦隊が旧大野を確保、続いてエコー部隊を順次揚陸するそうよ。先行部隊が戦線を構築し、主力は北上して旧羽吉からタダラ峰跡を経由し旧鷲崎を目指す……と、ここまでが前提ね」

 

想定外もあるけど、と前置いて夕呼は告げた。

 

「第四段階として、プランBは軌道上を周回中の第6軌道降下兵団が再突入、降着後にハイヴ内へ侵入、反応炉を破壊する……という提案が帝国軍からあったけど、私は失敗する可能性が高いと見た……何故だか分かる?」

 

夕呼は、まりもに視線を向けた。まりもは戸惑いつつも、答えた。

 

「新兵器とOSがあれば……掃討までは、アクシデントがあろうともほぼ達成できる試算が……つまり、侵入後に問題が?」

 

「ええ、その通り。問題は、甲21号、佐渡島ハイヴの中にいるBETAの総数が想定の1.5倍以上居るっていう点ね。ああ、現時点での話よ?」

 

いきなりの爆弾発言に、全員が黙り込んだ。どうして、何故相手の数が分かったのかというい疑問の声が上がる前に、夕呼は話を続けた。

 

「そこは第四計画の成果、という訳ね……言っておくけど、まだ序の口よ? それで……話を戻すけど、明星作戦と同じ失敗を繰り返す訳にはいかないわ」

 

次に失敗すれば、日本は終わりかねない。現状、気高き殿下の元に新体制で、という事で国内のハイヴ攻略の気勢は高まっている。侵攻に対する迎撃成功がそれを加速させている。そこで正面衝突を仕掛けるも、失敗をすれば―――玉砕をすれば、帝国の国体は芯の芯まで痛打を受けることになる。

 

作用反作用の法則ね、と冗談めかして夕呼は言った。

 

「となれば、圧倒的な火力を用意した方が良い……と普通なら考えるんだけどね。でも、G弾のような欠陥兵器は論外。核もイメージと禍根的にちょっと、ね」

 

夕呼は丁寧に帝国が置かれている状況を説明した。先のクーデターで国土、民心は荒れに荒れた。殿下の再臨という劇的な方法で挽回には成功したが、あまりに鮮やか過ぎた。

 

人間、奇跡を一度見れば次に期待してしまう。だからこそ挽回はすれど盤石ではない日本に求められるのは一つ。

 

核という汚いイメージがついてまわるものを使わない、綺麗に、真っ当な方法で佐渡島というBETAに占領された日本の国土をこの手に取り戻す、というもの。

 

まりもはそこまで聞いて、次の作戦の求められるものの高さと難易度に目眩を覚えつつも、まさか、と呟いた。長年の付き合いから、こうした言い回しをした夕呼が、最後に何を言うのかが予想できていたからだ。故に、信じられなかった。

 

―――高確率で、求められたものをクリアできる方法を既に確立している事に。

 

少しの沈黙の後、モニターの映像が変わり。

 

それを背に、夕呼は堂々と告げた。

 

「XG-70b、凄乃皇・弐型よ―――はっきり言うわ。次の甲21号作戦は、半ばこの新兵器のテストのために行われるものよ」

 

夕呼の迷いのない宣言に、全員が言葉を無くした。今の言葉は、今回参加する軍全体が、この新兵器のテストのために駆り出されたという側面がある、と言っているのも同じだったからだ。そうまでしてこれは、と絶句する者達に向けて夕呼は話を続けた。

 

「XM3、電磁投射砲も同じ。ハイヴ攻略作戦というものの認識を根こそぎ引っ繰り返して欲しい、そういった種類の期待がこめられている―――だからこそ、失敗は許されない」

 

「……それほどのものなのですね?」

 

「ええ。まず説明すると―――」

 

夕呼はまりもの質問に頷き、凄乃皇についての説明を始めた。元は米国軍が1975年から始めたHI-MARF計画が生み出した、戦略航空機動要塞の試作2番機だったこと。

 

要約すると、単独かつ短時間でハイヴを破壊するというコンセプトを叶えるために作られた兵器で、攻防ともに従来から逸脱したものが求められていたということ。

 

最も厄介となる光線級のレーザー攻撃は、ムアコック・レヒテ型抗重力機関から発生する重力場で防ぎ。攻撃は、重力制御の際に生じる莫大な余剰電力により荷電粒子を粒子加速器によって亜光速まで加速、発射する荷電粒子砲でハイヴのモニュメントごと貫き砕く、夢のような兵器。

 

「と、欲張りすぎた要求に応えられず、1987年に計画はお蔵入りに。理由は……この横浜基地の今を思えば分かるわね?」

 

欲張らず、敵を破壊できるもの―――G弾であると、全員が理解した。

 

「とはいっても、あれも欠陥兵器よ。元がG元素なんていうBETA由来物質なんだから当たり前と言っちゃ当たり前なんだけど」

 

「は、博士?」

 

「質問は後で受け付けるわ。ただ言えることは、この凄乃皇・弐型が要求された性能通りに動けば、ハイヴ攻略作戦に必要となる戦力は1/100まで抑えられるってこと。継戦能力には不安があるからフェイズ4以上のハイヴに対して単騎で、っていうのはリスクが多すぎるけどね」

 

それでも、夢のような解法だ。BETA大戦が始まって以来負け続けの人類だけど、ここから大逆転、見事勝利を得ることが出来るという未来を、現実のものとして語れるようになる程の。

 

それを聞いた者達のほとんどが、静かに興奮し。夕呼はその面々に向けて、告げた。

 

「と、いうよりもここで逆転しなければ人類は危ういのよ。第四計画について、概要は語ったと思うけど……問題は、現時点では予備計画とされている第五計画にあるわ」

 

夕呼は第五計画の内容について語った。地球脱出の船に、G弾によるユーラシアのハイヴの一斉爆破。そして、と制止しようとするまりもを振り切って、告げた。

 

「G弾は大規模な重力偏差が起きる。それがユーラシアで……横浜ハイヴでは“何故か”威力が想定の五分の一程度だったらしいけどね? それが当初の想定通り、一斉に爆破されれば、何が起きると思う?」

 

いきなりの空気の変化に、A-01の者達は戸惑い。畳み掛けるように、モニターの映像が変わった。そこに映ったのは、シミュレーターだ。G弾爆破による重力の変遷、推移から海、大気の大規模変動から死の土地になる範囲まで。見ている者の顔が青くなっていく様子に構わず、夕呼は最後までその変化を見せつけた後、告げた。

 

「溺死に圧死、窒息死に……まあ色々あるけど、人類はほぼ終わりね。いえ、地球から脱出した人間が最後の希望、ってことになるのかしら」

 

淡々と告げられていく内容を前に、全員が絶句していた。武もまざまざと映像で見せつけられたのは初めてで、あんまりな未来に対して閉口した。

 

「このレポートを送っても、米国は反応なし。握りつぶされたのかしらね? まあ第四計画による妨害工作、って思うのは当たり前のことだし」

 

「……だから、第四計画が潰される訳にはいかないと?」

 

呟いたのは、千鶴だった。慧も同じ考えを抱いていたのだろう、同じ意図が含まれた視線を夕呼に向けていた。

 

「そうね。次に成果を出さなければ、第四計画は悪くて打ち切り……つまり、第五計画に移行する可能性もあるわ。そうなるかならないかは、アンタ達次第」

 

だから、と夕呼はタリサ達の方に視線を向けた。

 

「この資料を見せた結果、大東亜連合、統一中華戦線との協力体制は取れた。XM3が大きかったのかしらね? ともかく、米国の自殺に巻き込まれる訳にはいかないからと、エース級を寄越してくれたわ」

 

裏には日本による成果独占を防ぐこと、国連内部に居る各国出身の協力者の援助、調整を行いXM3の成果を強引に接収されることを防ぐこと。色々な思惑はあるが、何よりも第五計画を防がなければならないという意志は一致したが故の出向だった。

 

「で、機密を話したのは作戦の重要度を共有するため。失敗しても良いだなんて気持ち、これで無くなったでしょ?」

 

「……正しく、背水の陣ということ」

 

「上手いこというわね」

 

端的かつ波を水に例えた―――故郷である中国が水没したという意味で―――自虐を交えたユーリンの言葉に、何人かの口がひきつり、何人かの口元が緩んだ。空気が多少緩んだ所で、夕呼が話を続けた。

 

「今回の作戦では、凄乃皇はあくまで地表に居るBETAの掃討と、モニュメント破壊に努める事になるわ。A-01の役割は凄乃皇の護衛、BETAの数を削った後にハイヴ内に突入、反応炉の破壊、という所かしらね」

 

次に夕呼は護衛の際の注意点を説明した。

 

凄乃皇の姿勢制御と機動は、抗重力機関から形成されるラザフォード場と呼ばれる重力場によって行われること。中に居る凄乃皇の搭乗者であればともかく、通常の戦術機が近づけば中身諸共に挽肉にされること。BETAも例外ではなく、この状況であれば取り付いたものから引きちぎられていくこと。

 

次に、荷電粒子砲の発射態勢に入った時のことも。砲の仕組みから、射線軸に隣接する一定の範囲に強力な磁界が発生し、巻き込まれれば全身が沸騰して脳まで煮え立つこと。

 

機体の真後ろも、発射時の反動を打ち消すために重力場が発生するため、護衛機は斜め後ろで待機する必要があること。

 

「最後に……攻防一体という訳にはいかないこと」

 

砲撃の前後には、機体底面や後方以外のラザフォード場が消失してしまい、防御が不完全になること。凄乃皇自体には近接用の兵装が積まれていなく、一度取り付かれれば確実にダメージを負ってしまう事を意味していた。

 

「装甲材も、重光線級の単照射で2分弱程度よ」

 

「実際は、この巨体だから……複数以上の同時照射の事を考えると、装甲を当てにはできないわね」

 

実戦で重光線級が単独で動いている、という状況はまず無い。そして凄乃皇のサイズを考えると、遮蔽物やBETAを盾にするのも難しかった。照射自体を防がなければ守れないという結論に至ったまりもは、だからこその護衛か、と呟いた。

 

「……副司令、作戦日は何時でしょうか」

 

「12月24日よ」

 

夕呼は答えながら、説明を加えた。ハイヴ突入のシミュレーションもあるが、今説明した凄乃皇・弐型の護衛の訓練と並行して進める必要があることを。まりもは10日間か、と呟いた後に更に尋ねた。

 

「新しい隊員、編成はこちらで? ……それ以前に、凄乃皇・弐型のパイロットは」

 

「編成は白銀に一任したわ。凄乃皇の方は、4名よ。ここに居るビャーチェノワ、シェスチナと社………それと」

 

霞の名前が出て驚いたまりもを置いて、夕呼は告げた。

 

「―――鑑純夏。制御訓練があるから、昨日に伝えておいた場所に集合しなさい」

 

夕呼の言葉に、まりもだけではない、207B分隊までもが驚愕の声を上げた。武はただ歯を食いしばって、その場に留まっていた。夕呼はその様子を見るが気に止めず、説明は以上よ、と告げた後に全員を見回した。

 

「忠告しておくけれど、この場で聞いた情報は国家レベルの機密よ。漏らした時点で……というよりは、それで第四計画が終わってしまえば、ねえ?」

 

地球を滅ぼしたければ話せ、と夕呼は暗に告げた後、まりもの方を見た。

 

「調整、頼むわね………いえ、人類を頼むわと言った方がいいかしらね?」

 

「……勝手に放り投げないでちょうだい。ただ、全力は尽くします」

 

「期待しているわ………それと、白銀」

 

「はい」

 

分かっています、と立ち上がった武は夕呼の背中を追う形で部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

副司令の執務室で、二人。夕呼が椅子を軋ませた後、武は重い口を開いた。

 

「……どうにもならないんですか?」

 

「当たり前の事を聞くわね。ならないから、こうしたんじゃない」

 

「先日の意趣返しじゃなくて?」

 

「小娘じゃあるまいし、ある訳ないでしょ……と、冗談はそれぐらいにしなさい」

 

一息置いて、夕呼は答えた。

 

「平行世界の知識によるラザフォード場制御の効率化にフェインベルク現象を加えても、抗重力機関を制御するためにはあと一歩が足りないのよ―――鑑をその中に加えなければ、ね」

 

「……他の誰でも、無駄だったと?」

 

「ダメ元で試験はしたけど、論外よ……理論上、分かっていたことだけどね」

 

リーディングとプロジェクションを利用した、複数人の脳を使っての演算能力拡大による近未来予知が起こるのがフェインベルク現象。そこに何の変哲もない一般人を取り込んだ所で意味がないわ、と夕呼は答えた。

 

「社、シェスチナ、ビャーチェノワの3人による制御で演算能力は確かに拡大したわ。量子電導脳を媒介にすることで、ね………でも、同時に問題も生まれた」

 

クリスカ、イーニァの二人だけならば出なかった問題。それは訓練をされていない霞が加わったことによる、管理リソースの拡大だ。演算能力は確かに上がったが、管理するだけにリソースを食われてしまった。その結果、効率化されたラザフォード場を制御する所には一歩及ばない所で止まってしまったのだと、夕呼は肩をすくめながら答えた。

 

「……だからこその純夏ですか。並行世界からの干渉による影響が見られるから」

 

「3に1を加えても、管理で2減るのが現状。でも……3に1を加えて更に2倍になれば、問題は解決する」

 

3+1-2の2が、一般人を加えた場合の演算能力。それも、脳にかかる負担を考えると、現実性のない程度の。

 

だが3+1の4に2をかけられる人間が、純夏だった。夕呼は純夏の言動から、純夏の脳には恐らくだが無数の並行世界に働きかけている00ユニットの影響がこちらの純夏にも出ていると結論付けていた。

 

「本物と比べれば雲泥の差だけど、影響は確かにあるわ―――因果導体の影響が抜けきっていないアンタと同じく、ね」

 

「……やはり、そういう事ですか」

 

崇継のこと、ユウヤのこと、ウォーケンのこと。そして今回のバビロン災害の説明を聞いたまりもや冥夜が動揺しなかった事から結論付けたわ、と夕呼はため息をついた。

 

「ほぼ無いに等しいけどね……いえ、指向性がアンタ次第っていう所かしら。それも、流入の元となる場所は虚数空間らしいわね」

 

理由は分からないけど、と夕呼はため息をついた。元の世界の白銀武か、鑑純夏か、どちらか分からないが判断のつかないものを残していってくれたものだと言う言葉は押し殺したままに。

 

「ともあれ、鑑の協力は必須よ。XM3と電磁投射砲を最高のタイミングで使えれば、何とか突入して反応炉の破壊までは辿り着けそうだけど……」

 

「でも、損耗率が許容範囲を越えかねない……それに、誰でも分かるような、目に見える成果が必要になるんですよね?」

 

「頭が回るようになってきたじゃない。その通りよ……誰にでも一目で分かる結果が無ければ、欧州連合は遠目で見るばかりでしょうね」

 

欧州に残る各国漏れなく“日本は協力すべき相手だ”と確信させなければ、米国相手の共同戦線を張るのも厳しい。将来的な影響も考えれば、佐渡島ハイヴを相手に辛勝ではダメなのだ。第四計画ここに在りと、大勝をもぎ取らなければならない。

 

「第16大隊が控えていると言っても、ですか」

 

「最後の防波堤に成り得るかもしれないけど、それだけよ。先の迎撃戦、頼りになると分かったけど……全部預けるなんて無責任、誰であっても許すつもりはないわ」

 

自分だけが戦っている訳でもなく、フォローに入れる人材が居る。それはありがたい事だが、寄りかかって転けるつもりはないと夕呼は断言した。

 

気が楽になったが、未だに窮地であることは変わらず。手練手管が必要になる事態である事はこの先もずっと変わらないと、夕呼は疲れた表情で答えた。

 

「ここだけの話だけど、シェスチナとビャーチェノワ、社に無理をさせれば何とかなるかもしれないわ。安定性に欠ける上、確実に社達の寿命は縮まることになるけど」

 

「……投薬と暗示を重ねて?」

 

「それ以外に方法は無いわ」

 

レッド・シフトを阻止するために二人はその能力を全開にした、という事は武も知っていた。どのような方法で行ったかは知らないが、身体に大きな負担がかかるのは察する事が出来ていた。同じ方法を使えば、あるいは、と示された手段。

 

―――選べない方法だと、武は断言した。

 

ラザフォード場の制御が乱れれば、何が起きるのか。それは不明だが、最悪の場面は決まっていた。搭乗員が、内部でかき乱されて撹拌されるのだ。シチューになって壁にへばりついた彼女達など、武は想像したくもなかった。

 

「……もう一度確認しますが、A-01の編成の内容は?」

 

「あんた、207Bの5名、クズネツォワと紫藤に新入隊員の内のビャーチェノワとシェスチナ以外」

 

合計12名、との夕呼の言葉に、武は頷きと質問を返した。

 

「俺達は反応炉、アトリエに向かうのはあっちですね?」

 

「当たり前よ。ただ、損失は1機までしか認めないわ」

 

武はその言葉を“統一中華戦線の二人の内の一人までなら許容範囲よ”と翻訳した上で、答えた。

 

「誰も死なせませんよ……最後に確認しますけど、制御の方は本当に問題無いんですよね?」

 

「ゼロじゃないわ。レーザーの防御は、出来て2回……それ以上は搭乗者の負担が増えすぎることになるから」

 

「年末前の大掃除は事前に済ませておけ、ってことですね」

 

「ええ、世界中に聞こえるような盛大な鐘の音を響かせるためにはね」

 

決戦は1月1日になる。それを共通認識で持っている二人は、視線を交錯させた後に、ため息をついた。

 

「冬休みも許されないんですよね……宿題が無いのは助かりますが」

 

「それ以外のスケジュールは一杯よ。それで―――いいのね?」

 

「はい。純夏への確認も済ませているんでしょう?」

 

夕呼から名前を呼ばれた時の反応を思い出した武は、今更何を言おうが止めないであろう事を察していた。

 

並行世界の記憶があるからか、純夏は自分が力になれない事を極端に嫌っている節がある。それに気づいている武は、B分隊にした時と同じ過ちを二度繰り返すことは、流石に許しちゃくれないだろうな、とも考えていた。

 

「でも……今更ですけど、なんで全員に機密を話したんですか?」

 

事前に段取りは聞かされていたとはいえ、その意味はあったのか。武の質問に、夕呼は言葉通りよ、と答えた。

 

「次からの戦いは今まで以上に緩み、綻ぶ事が許されない。緩んだ横浜基地の空気に慣れられるよりは先に劇薬を、ってこと。それと……新入隊員と認識を共有するのも必要だからよ」

 

ユーリン達は武から聞いて、バビロン災害のことは知っていた。だが改めて、それも映像にして目に見える危機を見せれば、それが錯覚でも連帯感が生まれる。緊張や隔意など、余計な私情に捕われる可能性を少なくして、ただ1塊の軍として機能させるには。それを考えた上での苦肉の策だと夕呼は説明をした。

 

「とはいえ、小細工が効くのはここまで。後はまりもと協力して、アンタが何とかしなさい。言っておくけど、死ぬことは許さないわ。アンタが死ぬだけで、隊自体が瓦解しかねないからね」

 

A-01の中隊数、たとえ二翼あろうが要は一つだけで、それが無くなれば全体が壊れかねない。それが表向きの理由で、裏では背負う荷物を分かち合わせる意図があったことについては、夕呼は説明しなかった。一人で世界を背負っていると気負うよりは、全員で分かち合った方が気が休まるから、と思ったことも隠したままに。

 

いずれにせよ、隊の中全員で秘密と情報を共有して、決意や意識を一丸にして。それでも届かないかもしれない激戦が待ち受けているだろうが、二人は一歩も退くつもりはなかった。

 

武は、純夏を巻き込まざるを得ない方法であればせめて、純夏や霞達に負担がかからないように光線級を全て一掃すれば良いと気合を入れなおし。

 

夕呼は、少しでもラザフォード場の安定に繋がるよう、最後まで精緻極まる調整をやり遂げることを誓った。

 

「頑張りましょう……ようやくのBETAに向けての最終決戦、その前哨戦に向けて」

 

「ええ―――ああしていれば良かったなんて悔いが残らないように、ね」

 

遂に相手が人間ではない、BETAを相手にしての決戦。その戦いで後悔しないためには盛大に勝ってやる必要があると暗に示しあいながら。

 

二人は苦笑を交わした後、それぞれの職場へと戻っていった。

 

 


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