Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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43話 : 決意を交わしながら

「と、言うことで―――喜べ、諸君。待ちに待った訓練の時間がやって来たぞ」

 

ブリーフィングルームの中、先頭に出た武が整列した面々に告げた。地獄にようこそ、と。そして居住まいを中佐らしいものから気安い整備兵っぽいものに変えながら、武は敬語とかいいから忌憚なく意見を募集中と前置いた後に、渋い顔で告げた。

 

「端的に言うけど、甲21号作戦まで時間がない。凄乃皇・弐型の護衛訓練は1、2回程度で済むだろうけど、本番はその後だからな」

 

荷電粒子砲を発射する前後の露払い、突入路の入り口―――通称“門”への移動から、反応炉破壊まで、学ぶことは多い。朗らかに説明した武に、タリサが手を上げた。

 

「しっつも~ん。反応炉破壊後の脱出訓練とかまでやんの?」

 

「え? あー、そういやまだ言って無かったか。結論から言うけど、破壊後の心配は必要ない。反応炉が破壊された後、佐渡島近辺のBETAどもが取る行動は二種類だけだからな。鉄源に逃げるか、横浜に向かってくるかだ」

 

いずれにせよ、反応炉を破壊した自分達に襲い掛かってくる可能性はない。断言した武になるほどね、と頷いたのは亦菲だった。

 

「横浜の迎撃は本州に残る部隊に任せる、ってことね。後は地上部隊の活躍次第になる……背中を撃つだけなら必要になるのは打撃力のみ、ってことだから」

 

そこで援軍で増えた数が活きてくる。危険を侵さずに、BETAを倒す事が出来る。もう少し汚く表現すれば、良い戦果だけが得られる。そういう事か、と横に居たユーリンが頷いた。

 

「どちらにとっても美味しい話だから―――っていう政治的なあれこれはどうでもいいけど、こっちの編成の意図は分かった。とにかく反応炉を壊したらその時点で勝ちだから、突破力のある面子だけを集めたんだね」

 

ユーリンは顔合わせの時から、事前の情報や性格と振る舞いを踏まえた上で12人の特性を予測していたが、自分の考えが外れた訳じゃなかったと安堵した。

 

武は言うまでもなく、ユウヤ、亦菲、タリサ、冥夜、慧の6人が前衛候補だと見破っていたからだ。逆に後衛の適正は、サーシャ、と壬姫しか居ないことも見抜いていた。

 

「徹頭徹尾、進軍速度を重視する。私達に望まれる役どころは、可能な限り早く暗い洞穴を撃ち貫く一筋の弾丸………そういう事ですか?」

 

ユーリン達の言葉から推察した千鶴の結論に、武は笑いながら頷いた。そして、千鶴の迅速な返答を聞いたタリサと亦菲が面白そうに口笛を吹いた。

 

「初陣前とは思えねーな、その分析力。眼鏡をかけているだけはある」

 

「チワワに同意するのは癪だけど、確かにね。眼鏡関係ないけど。でも大事な大舞台に登った後に、お荷物にならなそうな人材なのは助かるわ」

 

褒めるのか、挑発しているのかぎりぎりの線を掠る言葉。それを聞いた207B分隊の表情が僅かに変わりそうになるも、直後にサーシャのため息の方が早かった。

 

「BETA相手じゃ初陣だけど、実戦は経験してる」

 

「……もしかして、先のクーデターか? 戦果次第だけど」

 

「6機で、F-22Aを1機撃破した」

 

「ふん、それだけで―――」

 

「あと、卒業試験は武を6人で撃破することだった……だというのに、彼女たちは見事達成した。吐きそうになりながらも、勝利にしがみついた。出来なければ任官できなかったっていうのもあるけど」

 

サーシャの説明に、タリサと亦菲、ユーリンの顔色が変わった。同時に、表情と仕草が同情する方向へと一気に傾いていった。それを見たB分隊は誇らしいのやら恨めしいのやら喜んでいいやらと、とても複雑な心境になっていた。

 

武はわざとらしく咳をした後、説明を再開した。

 

「だいぶ変則的な編成になるけど、前衛は先程のメンバーで。後衛はサーシャとたまの二人で、残り4人が中衛になる」

 

「前、中、後の4人で分けるセオリーは完全に無視するのか。連携に難がありそうだが……いや、2機編成を基本にするのか?」

 

ユウヤの指摘に、武はご明察と答えた。

 

「平地戦では前衛が徹底的に暴れまわって、中衛はそのフォロー。後衛は本当にヤバイ相手だけを狙い撃ってくれ」

 

「……2機の編成は?」

 

質問をしたのはサーシャだった。問いかけるというか、問い詰めるような視線に武は首を傾げるも、事前に考え抜いた組み合わせだと前置いて答えた。

 

「最終的な決定は訓練最終日に教えるけど、俺はユウヤと、冥夜と彩峰、タリサと亦菲で今の所は考えてる……なんだその不満そうな、だけど安心したような顔は」

 

「別に、何でもないわ……っていうか、アタシがこのチワワと!?」

 

「こっちの台詞だっつーの。で、タケルさんよぉ……なんか目論見があんなら聞かせて欲しいんだけど」

 

「互いに負けたくない相手が僚機なら、意地でもミスしたくねえっていう気持ちになると思って……ライバル居ると気が引き締まるだろ?」

 

「……あとは、気心が知れている仲だから?」

 

「彩峰の言う通りだ。タリサ達は別として、連携訓練を多くしていたから、っていう点もあるからな。相性によっては組み合わせの変更も考えるけど」

 

次に、と武は中衛の4人に視線を向けた。

 

「中衛と後衛、全体の指揮は樹で、その補佐はユーリン。2機編成は……委員長と樹の、美琴はユーリンとで組んでくれ」

 

「……指揮官としてはユーリンの方が上だと思うんだが」

 

「まさか。前衛のフォローっていう点では、樹の方が断然上」

 

樹の呟きに答えたのは、ユーリンだった。

 

「私は器用貧乏だから……求められる役割は前衛、後衛の全体を見据えた上でのフォロー?」

 

「ああ。前衛が散らばり過ぎたら前に出て斬り込んで、後衛の手がおっつかない場合は狙撃も頼む。あと、器用貧乏っていうのは謙遜が過ぎるぞ」

 

「……それほどまでに、ですか?」

 

「少なくともアタシは二度とやり合いたくねーなぁ……器用貧乏っつーか、万能っつーかよ」

 

千鶴の質問に、ブルーフラッグで対峙したタリサが疲れた声で答えた。そこに、サーシャの補足が入った。

 

「タリサの言う通り、ユーリンの総合力はクラッカー中隊の中で言うと武に次ぐか、ターラー大佐と同等ぐらい。つまりは……地球人で一番?」

 

さらりと宇宙人扱いされた武は反論しようと思ったものの、サーシャに言い負かされる未来しか見えなかったので、さらりと話題を変えた。

 

「新任達は僚機の動きを見て、学んでくれ。先任達は後任の指導とXM3の習熟、ハイヴ攻略における訓練とやることが多くなっちまうが、二週間で仕上げてくれ」

 

「了解。で、こうして2チームに分かれてるってことは―――」

 

「察しの通り、競争だ」

 

シミュレーター上だが、地上戦の評価点と反応炉までの達成速度を競い合うという方針を武は説明した。私見だが、と前置いて下馬評も述べた。単純なスペックではこっちが上だろうが、あっちは隊として一日の長があると。

 

それを聞いた先任達はやってやるぜと気炎を上げ、元207Bの5人は少し場に呑まれていた。あまりに多くの事を同時にこなせと言われているのに、疑問を浮かべるどころかチームが分けられた意味まで言及しているのを見せられたからだ。5人は気構えで上を行かれていると感じたものの、すぐに気を取り直すと気合を入れ直した。

 

「じゃあ、早速演習を開始―――する前にハンガーに移動する」

 

武はユウヤの方を見ながら、にやりと笑った。

 

 

「日米の衛士と整備兵の涙と汗の結晶が、組み上がったそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20分後、武達は純夏、クリスカ、イーニァ、霞と合流した後、ハンガーの下である機体を見上げていた。ユーコンに居た面々にとっては見慣れたようで見慣れていない機体を―――ミラ・ブリッジスの手によって、更なる進化を遂げた不知火・弐型を。

 

その開発に大きく関わっていたユウヤは、しばらく機体を見回した後、武に尋ねた。

 

「6機、か……先行量産型みたいだが、どうして国連軍の方に流れてきたんだ?」

 

「盗ってきたように言うなって。ちゃんと、というか真っ当に取引した結果だ」

 

武はクーデターの時の貸しを使った事を説明した。配備先の一つだった富士教導隊も、あの有様だったからな、と付け加えて。決起軍との戦闘、殿下の護衛、XM3の配布。それらを前面にして押し通した、と武は笑った。

 

聞いていた面々の内、サーシャとユーリンを除いた者達はどの口で真っ当な方法と言ったのか、と少しだけ問い詰めたくなっていた。

 

『あと……ユウヤ。米軍の方にも、裏で話は通しといたぞ』

 

武はユウヤだけに聞こえる声で指名手配は解かれたことを説明した。ユウヤは少し黙り込んだ後、ため息混じりに小声で答えた。

 

『そっちも今回の貸しを使ったのか? いくらなんでも思い切りが良すぎるぜ』

 

『貯金できないタイプだってか? 違うっての、今この時点で必要だと判断したからだ。もちろん、交換条件はあるけど』

 

帝国軍側はクーデターの件に関して、国連軍に決起軍の悪評を広めないこと。米国側はクーデターの件とユーコンでのCIAの裏工作についての手打ち料として。交渉に当たった夕呼は事前にCIAで頭の挿げ替えがあった事を知っていたため、それを呑んだ。

 

恐らくは、下手人とその派閥が暗殺でもされただろう事。その清算として、これ以上負の遺産を抱えるのは不合理だと判断したのだろうと、当たりをつけていたからだ。

 

『追求しないからそちらも追求するな、って感じだな。日本政府は今それどころじゃないだろうし』

 

時間をかけて何とかする、と言った武にユウヤは戸惑いながらも頷いた。

 

『今更、裏切りだのなんだのは考えねえよ……だけど、政治的取引にしても、直接戦うことなくこんなにあっさりと片付くもんなのか?』

 

ユウヤは困惑していた。ラトロワ中佐は「衛士は政治に関わるべきではない」と言っていたからだ。だが、今回の件で必要なことではないのか、と思っていた。横で聞いていたタリサが、軽い口調で話した。

 

「人によると思うぞ。そういったセンスの無い奴、政治を使う間も無く潰される境遇にある奴……そんな奴が生兵法で何かをしようとしたら、大抵がろくでもないことになるし」

例えば、クーデターの件。暗に告げられたユウヤは、そういう事かと頷いた。

 

「確かに、俺にはできそうにないな。本職を相手に腹の探り合いをするのも、真っ平ごめんだし」

 

ユウヤの感想を聞いた武は祐唯や唯依の顔を思い浮かべながら「血筋もありそうだな」と考えたが、胸の内だけに留めた。

 

「で、そんな生臭い話は置いといて―――仕上がりはどう見る?」

 

「俺は超能力者じゃねえよ。だから、まず乗ってみなきゃ分からねえけど………良い機体だと思うぜ。ああ、掛け値なしに」

 

僅かな言葉で矛盾を生み出したユウヤに対して、武とタリサが生暖かい視線を向けた。その顔を見ていたクリスカが二人に文句を言ったが、サーシャとイーニァがそれを止めた。ユウヤはそれに気づかず、一人静かに、深く感動していたが。

 

その後、ついでだからと武の口から、各隊員の機体についての説明がされた。

 

「こっちの隊が使える弐型は、3機分。俺と、ユウヤと……彩峰だな」

 

「……え?」

 

慧が驚き、武の方を見た。何故、隊長である樹や煌武院である冥夜ではなく、新人である者に。何人かが抱いた疑問に答えたのは、千鶴だった。

 

「……せめて斯衛ではない帝国軍に属する者として、っていう理由よね」

 

「委員長、正解。まあ、前衛に使わせたいっていうこちらの考えもあるんだけどな」

 

日米共同開発、という所が曲者らしいと武は他人事のように説明した。あんな事件があった後で、米国の手垢がついた機体を何故斯衛が、という意見がでかねない事。A-01は秘密部隊とはいえ、万が一がある。武御雷という斯衛専用機体の存在も考えると、冥夜や樹が使っている事が露見すると、面倒臭い事態になりかねない事を。

 

「弐型との相性もな。速度を活かした高機動戦闘の分野じゃ、慧は冥夜よりも一歩上を行ってると思うし」

 

武は両者の特徴を告げながら、説明をした。長刀を構えて間合いを見切りながらさらりとバッサリBETAを斬る冥夜と、機動力を活かしてBETAを撹乱した上で隙を見つけ、短刀で捌いていく慧。突撃砲の使用比率も考えると、相性的には慧の方に合っていると。

 

「連携は多少難しくなるだろうけど、そこは訓練でカバーしてくれ。残りは……移動しながら説明するぞ」

 

武は広いハンガーを歩きながら、ツアーガイドをするように説明していった。

 

「ユーリンと亦菲は殲撃10型・改……ユーコンで改修したみたいだな。タリサはE-04(ブラック・キャット)、黒い塗装に輝く黄色がナイスな奴だ」

 

殲撃10型は欧州の機体の風味を取り入れ、よりスタイリッシュな見た目に。それだけではなく、空気抵抗のロスを減らし、速度と動作の精密性が上昇した。

 

E-04は跳躍ユニットに採用された可変翼と、最新型の主機の出力と制御機構の開発により、鋭く早く細かい機動で戦うことができるようになった。

 

正しく清く美しく、プロミネンス計画の当初の理念が活かされた結果だと、武は責任者であるクラウス・ハルトウィックの顔を思い出しながら、感謝を捧げた。間に合わせてくれた、と呟きながら。

 

「とはいえ、機体だけで戦争する訳でもなし……大切なのは中身だな」

 

「戦力は正しく的確に無駄なく運用されてこそ……そういう意味では、これから」

 

樹とユーリン、二人のベテランの言葉が隊員達の耳に届いた。武はその意見に笑顔で頷き、告げた。

 

 

「そういう事で、冒頭に言った通り。訓練に、訓練だ」

 

 

武は隊員に訓練開始時刻を告げると、解散を命じた。純夏を除く、元207B以外の面々を除いて。それとなく事情を察した者達は空気を読んでその場を離れた。純夏は、申し訳がなさそうにしながら。

 

しばらくして、武は冥夜達に話しかけた。

 

「分かってるって、純夏の件だよな」

 

「……Need to knowという言葉は、理解しているが」

 

「この件についちゃ強いるつもりは無いって……そりゃあ、話せないこともあるけどな」

 

兵士級の素材が人間である事など、知らない方がいい物を除いてだが、武は隠すことなく話すつもりだった。そんな武に対し、5人は尋ねた―――純夏は望んで凄乃皇を操縦する方を選んだのか、と。

 

「望んで、って……志願したとか、そういう事か?」

 

「違うわ。その……命令されたから仕方無くか、どうなのか」

 

千鶴にしては珍しい要領を得ない質問に、武は首を傾げた。そして何が言いたいのか分からないけど、と言いながら辞令について説明した。

 

「あれの操縦ができるかは、99%資質で決まる。それを告げた上で、問いかけた。結果はご覧の通りだ」

 

「……命令、のようなものね」

 

「ああ。でも、あいつ言ってたぜ。A-01に残っても、私じゃみんなの足手まといになりそうだから、って」

 

武は純夏から聞いた言葉、そのままを冥夜達に告げた。5人は驚き、目を丸くした。武は、渋い顔で頭をかきながら、事実だと告げた。

 

「言伝も、あいつが心配していた事もな……実際、純粋な衛士の技量で言えば、純夏は一番下だ」

 

そしてこれからA-01が挑む作戦は、前人未到のフェイズ4ハイヴ攻略という、一般の部隊であれば100度は全滅してもおかしくない難度だった。凄乃皇を操縦している方がまだ生存率が高い、と武は呟いた。

 

「……そうか。純夏は、自分で自分の場所を、役割を選んだのだな」

 

「そういう事だ。でも、危険には変わりない。ブリーフィングで説明された通り、凄乃皇は無敵って訳じゃないからな」

 

撃ち落とされる可能性は、十分に考えられる。武は加えて、凄乃皇の操縦は精神状態が良好であればある程に良いことを教えた。

 

「デリケートな作業だからな……まあ、撃ち落とさせるつもりは微塵も無いけど」

 

武は答えながら、ユウヤの事を思い出していた。自分と同意見で、クリスカとイーニァは死なせねえ、と呟きながら気合を入れ直していた姿を。

 

「……そう、だね。戦場が別になったっていう訳でもないから」

 

「うん。だから、僕達みんなで凄乃皇を守れば良いんだ。純夏さんも守れて、凄乃皇は本来の機能を発揮する」

 

「やる事は同じで、得られる戦果は倍増……悪い所は、無い」

 

「時同じく、志同じく、目的も同じくした戦場に、共に立つ。ああ、何も変わらぬ」

 

確かめるように頷きあった5人は、武に敬礼をした。代表して、分隊長だった千鶴が告げた。

 

「ありがとうございます、白銀中佐。この後の訓練も、どうかお手柔らかに」

 

千鶴は今までに自分達がされた事の皮肉を含め、冗談交じりに礼を告げた。武は笑いながら頷き、ノーを突きつけた。

 

「残念ながら、それは無理な相談だ……これは善意での忠告だが」

 

消臭剤を用意しているから購入しておいた方が良いぞ、と。本気で心配をしている風な声を聞いた5人は、迷う事なく多めに購入する事を決めた。

 

 

―――ハイヴ攻略の訓練が始まってから8時間後、武とユーリン、樹とユウヤを除いた全員が、コックピット内の吐瀉物の臭いを消すべく、用意していた消臭剤の蓋を開ける事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……酷い目にあったわ」

 

しみじみと、亦菲は呟いた。訓練であれだけしんどい思いをしたのは、訓練兵時代の、どうしてかいきなり訓練量が倍増した時以来だと。

 

「って、あの時もアンタのせいじゃないの!」

 

「いきなり怒るなよ……まあ、酷い目にあわせた事は謝らないけどな!」

 

訓練の後、風呂と食事を済ませた隊員に明日の予定を告げた武は、士官用の個人部屋の中で亦菲とユーリンと会っていた。そして、胸を張りながら主張する武に、亦菲はジト目になりながら答えた。

 

「知ってるわ、それでまた言うんでしょ―――功夫が足らないって」

 

「その通り。でも、俺は全員に聞いただろ? 限界ならここで止めても良い、ってな」

 

「……言える訳ないでしょ、バカ」

 

亦菲はシミュレーターでの訓練と、JIVESを使った訓練の事を思い出していた。

 

まるで現実であるかような映像。凄乃皇もそうだが、ハイヴの内部映像とBETAの動きは、亦菲だけではない、ユーリンにとっても新鮮だった。二人とも、ヴォールク連隊が遺したデータを使っての演習を行ったことはある。それでも―――実際にマンダレー・ハイヴでその内部を見たユーリンからしても―――今回の演習は、刺激的だった。まるで本物のハイヴの中に居るようで、これを乗り越えられれば実際に反応炉まで辿り着けるという、言い様のない予感を覚えるものだった。

 

8時間ぶっ通しとはいえ、止められる訳がない。リアルな映像に、疲労度がいつもの倍とはいえ、諦めるのはプライドが許さない。険しい顔で主張する亦菲に、武は少し引きつつ答えた。

 

「全部自業自得じゃねえか……怖い顔で睨まないでくれって。シミュレーターが面白かったのか、ちょっと嬉しそうにしてるのも混ざってえらい表情になってるぞ」

 

「相変わらず失礼な男ね……言っておくけど吐いたのは最新鋭の機体様と違って、こっちは反動がキツかったからよ。ユウヤが吐かなかったのも、弐型の性能ありきでしょ?」

 

「いや、それは違う。弐型が原因ってのは間違ってないが。というか、俺も吐くと思ってたんだけどなぁ」

 

ユウヤは、体力的にはタリサより少し下で亦菲より少し上程度。なのに吐かなかったのは、弐型のコックピットの中だからだ、と武は言った。

 

「卸したてのスーツを汚したく無かった心境と同じだ。待ち望んでいた機体を、初日にゲロ塗れにしたくなかったんだろ」

 

「ふん……迷うわね。限界を越えて耐えたユウヤを見事と称えるべきか、そんな状況を強いた外道を罵るべきか」

 

亦菲はジト目になりながらも、後者は選ばなかった。自分が初陣で死ななかったのは、諦めなかったから。そして諦観の度合いは体力の残量に反比例する。武の手により厳しい訓練が課され、その結果生き残った事を忘れていない亦菲だからこそ、今の方針を否定する言葉は吐けなかった。機体を言い訳にした自分を、恥じながら。

 

「……ともあれ、色々と衝撃的な一日だったわ。あちらの隊の練度も含めてね」

 

ハイヴ演習の評価について、まさか負けているとは思わなかったと、まりもが率いるチームの練度の高さを知った亦菲は悔しそうに呟いた。新人5人に前衛6人の異例の編成とは言え、手応えを感じていたのに、と。

 

「あんたも手加減していたようだしね。それで、不安は払拭できた?」

 

「ああ……今日一日見てたけど、6人でも上手く回せそうだ。新人イビリをする大人げない衛士が二人ほど居たけどな」

 

「はぁ? あれは助言よ、ありがたい助言。それに、私は成長の見込みが無いなら無視して終わりにするから。反骨心の無い、つまらない奴も同じ対応するけど」

 

亦菲の反論を聞いた武は、訓練中にずっと言い合いをしていた慧とのやり取りを思い出しながら、告げた。

 

「……つまり、亦菲は彩峰の事が気に入ったと」

 

「才能がある事は認めるわ。新人詐欺でしょ、アレは」

 

目をそらしながら答える亦菲を見た武は、思った。スタンドプレーをしそうな気骨が、性に合っているのかもしれないと。

 

(タリサの方は冥夜と打ち解けてたからなー………少し意外だったけど、共通点もあるからな)

 

元からタリサは面倒見が良い性格だった。グルカとしての心構えを学んでいる事から、古流剣術を修めている冥夜とは、何か感じあう所があるのかもしれない。武はそう思いながらも、かつての知り合いで隊を組んでいる現状を改めて認識し、その異常さを直視するに至った。

 

優先して二人を訪ねてきたのは、それが理由だった。統一中華戦線から二人が来たのは、こちらから働きかけた結果ではなかったからだ。何故横浜に、と武が二人に問いかけようとした所で、意を察したユーリンは手で武を制止した後、ゆっくりと話し始めた。

 

「……要因は、二つ。外的なものと、私的なものと」

 

「え………外的って……もしかして、統一中華戦線の上層部から出向を命じられたのか?」

 

祖国のほぼ全てをBETAに奪われている現状、国連軍への出向は出世コースを外れるに等しい。将来有望で有能な二人が何故、という疑問を表情で示した武に、亦菲が答えた。

 

「それ以上のリターンがあると思ったからでしょ。XM3だなんて今までの戦術機運用を根底から覆す劇物を開発した相手と、伝手を作っておきたかったんでしょ」

 

「……その上層部の意向を受けたから、二人は“使われる”事を良しとしたのか?」

 

帰国した二人は、間違いなくやっかみを受ける。政治的な後ろ盾が無いだろう二人にとって、その境遇は辛いという言葉だけで済まされるものではない。言ってみれば供物に等しいのだ。

 

だというのに夕呼先生は中華の要請を受け入れることにしたのか。そんな武の問いかけに対してユーリンが何かを言おうとしたが、それよりも亦菲が鼻で笑う返答の方が早かった。

 

「そんなみみっちい理由じゃないわ、くだらない。日中の目論見がどうであれ、XM3が普及すれば戦死者は激減する。先任、後任に関係無くね。だってのに断るなんて選択肢、選ぶ筈が無いじゃない」

 

一息を置いて、亦菲は言った。

 

「一人の衛士としても、米国の第五計画は絶対に認められない。今まで流れた血を、肉を無視して……どれだけバカにしてるのか、って話よね」

 

効率的だろうが感情的だと指を差されて嘲笑されようが、関係無い。何人死んだと思ってるの、と亦菲は失った者達の顔を思い出しながら告げた。

 

「第五の鼻を明かして、否定して……俺達の手で世界を救ってやるって、本気で信じてるバカが居る。なのに手を貸さない理由なんて、無い」

 

それだけは、絶対に。亦菲の言葉にユーリンが頷きながら、言った。

 

「私は……私達は、大切なものを間違いたくなかった。それだけだから」

 

告げて、誇った。ここに居られる自分は、間違っていないと、笑いながら。

 

「それに、知ってしまったからには、義務が発生する。その上で義務と自分のやりたい事が繋がったんなら、選ばない方がどうかしてる……例え、今後の出世は見込めないとしても、関係ない。元から、私の立場はよろしくなかったし」

 

「……ひょっとして、何かあったのか?」

 

「出世と引き換えに、って身体を求められた所を拒否しただけ。そのバカはすぐに失脚というか、処理されたけ―――されたから、そんな怖い顔をする必要は無いよ」

 

ユーリンは物騒な表情になった武を窘めた。胸に、焼けた石のような何かが灯ることを感じながら。

 

「でも、同じ派閥の人達は面子を潰された、って感じているらしい。信頼できる筋から聞いた話だけど。だから、今回の事もそいつらの差し金かもしれない」

 

「……同じって、どういう意図だ?」

 

質問する武に、ユーリンは「あー」と言った後、顔を更に赤くしながら答えた。腕の良い、使い捨てが出来る、女性的な長所が活かせる女性衛士。必要とされた条件はそれだけだと。亦菲は恥ずかしがるユーリンの一部を見た後、ため息混じりに告げた。

 

「有能なのは間違いないから、手を出してくれれば御の字。それを元に恩を着せて更なる要求を、っていう魂胆ね」

 

「……クソ野郎共が。でも、人選には納得いったな」

 

「それは、どういう意味で?」

 

「上層部が狙ってるのはハニー・トラップってやつだろ? なら、二人が選ばれたのは納得できる―――ちょっ、待て、なんで二人とも怒ってるんだ!?」

 

顔を真っ赤にしたユーリンと亦菲に、武が慌てて防御体勢に入った。二人は身体の内に登った熱がそれどころではなくて、行動には移せなかったが。

 

「……ともあれ、私達は望んでここに居る。家族が居る亦菲は、留まるように助言したんだけど」

 

「ふん、生憎だけど私は子供じゃないの。父さんと母さんは好きだけど、私は私で私の好きを貫き通す……好きだけど、苦労をかけられたっていう想いが無い訳じゃないし」

 

片や中国人、片や台湾人。亦菲はその娘として―――ハーフという事で謂れのない中傷を受けた事を忘れてはいない。ずっと唯一の味方だった両親の選択を責めることはしなかった。ただ、恨み言の一つも思い浮かばなかったと言えば、嘘になる。だからこそ、両親は両親で好きを貫き通したんだから、自分も許されるよね、とも考えていた。

 

「それでも、不安定な未来に身を投じる事になるのは間違いない。迷うことは無かったのか?」

 

「あったけど、関係無い―――だって、ずっと望んでいたから。一緒に戦って、ずっと………これからも、ずっと」

 

ユーリンが、最初の“ずっと”は悲しそうに、次なる“ずっと”は決意の眼差しで。

 

「私も同じ。だって―――守って、くれるんでしょ?」

 

亦菲は、ユーコンで約束した言葉をそのままに反芻した。それとも嘘だったのか、と問いかけながら。

 

武は、即答した。命ある限り、その約束を嘘にするつもりはないと。

 

「それに……やっぱり、嬉しいもんだな。一緒に夢を見られるっていうのは」

 

「へえ……アンタの戦う理由と重なってくるのかしら」

 

「全部じゃないけど、同じものはある……誰かのために、全力で戦うっていうのは」

 

いつかの誰かの平和を願って、滅びに抗う人類の先頭で。一人じゃないという事は心強いと、今までとは異なり子供のように笑いながら、武は告げた。

 

「ありがとう。今更だけど、宜しく頼む。手始めに佐渡島だな」

 

「承知の上よ。ああ、アンタの背中は私達に任せなさい。互いにカバーできれば、相手が誰であれ死角はない。真正面から戦えるのなら、私達に敗北は無いんだから」

 

アンタは死なせないから、と自信満々に言い切る亦菲は、太陽のように力強くも美しく。

 

「亦菲の言う通り、優先するのは武の命。それに………置いていかれるのは、二度とごめんだから」

 

悲しそうでも決意に満ちたユーリンは、儚げであろうとも流星のように美麗で。

 

武は自覚のないまま顔を赤くしながら、感謝の言葉だけを置いて二人が居る部屋を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー………なんていうか、やられたな」

 

武はユーリンと亦菲の顔を思い出し、少し顔を赤くしながらも自室に繋がる廊下の上を歩いていた。自分の胸に湧き上がる感情を、持て余しながら。

 

ここまで来れたという万感の思いは確かに存在する。第五計画を否定し、第四計画を完遂せんと命を賭けて奮闘すると、問わずとも確信できる仲間が出来たことに興奮していた。それだけではない、死なせないからと感情をこめて告げられた事に、必要とされている喜びと、自分がやってきた事に間違いはなかったと思えた実感も感情の昂ぶりを助長させていた。

 

「これ、寝れそうにないけどどうすっかな――――ん?」

 

武は自分の部屋の前まで来た所で、立ち止まった。部屋の中に気配を感じたからだ。刺客の類か、と一瞬だけ警戒したが、それも無駄になった。

 

部屋の中から飛び出した、敵意ゼロの褐色と、銀色の娘が世にも見事な手際で武を拉致したからだ。生身での戦闘力で言えば今のA-01でも五指に入る二人の奇襲は見事としか言いようがなく、手際よく椅子に縛り付けられた武は、ため息と共に尋ねた。

 

「それで―――なんで俺の部屋で酒盛りしてんだよ、サーシャ、タリサ」

 

「ん、ふゅふゅふぇ………なんでは愚問! 飲むべきは飲みたい時だから!」

 

「にふふふ、そうだ! 飲んで、飲んで、忘れちまえば問題ない!」

 

見たことのない笑顔と笑い声を聞いた武は、思った。やっべ、完全に出来上がってやがると。

 

「ともかく、解いてくれよ。つーかなんで縛ったんだ?」

 

「それは、尋問を開始するからです―――タリサ」

 

「合点承知」

 

サーシャの言葉に頷いたタリサは、手をわきわきと動かし始めた。サーシャも同じくして、武に近づきながら手の柔軟運動を始めた。武は嫌な予感に冷や汗を流しつつも、尋ねた。要求はなんだ、と必死な声だった。

 

対する返答は、沈黙。雄弁に訴えかける白銀と前に、二人は見つめ合った後、答えた。こしょばしたいから、と。

 

―――そこから数分間は、武にとって過去3年の中で4番目くらいに厳しく辛いものとなった。具体的に言えば、笑いすぎて腹筋がツリそうになるぐらいのものだった。

 

「―――で!? 何が目的だって聞いてんだよ!」

 

「……こわい」

 

「さっきまであんなに笑ってたのに」

 

「お前らに笑わされてたんだよ! ああもう、なんなんだ一体!」

 

武は感情のままに、お前らが言うなと叫んだ。二人はけらけらと笑った後、答えた。

だって、あの二人に先に会いに行ってたから、と。

 

「そりゃあ、あのユーリンだしさ。胸おっきいし、初心だし可愛いし巨乳だし……」

 

「同じこと繰り返してるよ!?」

 

「ケルプ女もなあ。スレンダーだけどスタイル良いし……」

 

「それと何の関係があるんだよ」

 

武の質問に、二人はため息で答えた。まるで成長していないと、愚痴りながら。武はその態度に怒りそうになりながらも、深呼吸をして自分を落ち着かせた後、尋ねた。二人は、渋々と答えた。だって居なかったから、と。

 

「再会を祝して呑もうって思って、呼びにいったら、タケル居ないし。で、ピンときたから」

 

「それでムカついて、先に飲んでたらな。なんかムカついたんだよ、悪いかちくしょう」

あまりにも一方的な物言いに、武は絶句した。そして思った。俺悪くないじゃん、と。

 

「それに、なんであの二人に先に会いに行ってたら怒るんだ?」

 

「……」

 

「……」

 

二人は無言のまま、武を殴りつけた。絶妙なコンビネーションに、武は防御できないまま腹部に拳を受けた。軽いもので、腹筋に止められてダメージは無かったが。

 

「……ともあれ、飲もうってんなら飲んでも―――全部空じゃねえか、おい」

 

「……女の子には、負けられないものがあるの」

 

「挑まれたからには、返り討ちにするしか無いよなぁ」

 

つまりは、ヤケを起こして早のみかなにか、勝負をしていたのか。悟った武は、二人に忠告した。明日も訓練があるのに何を考えてるんだと、本気で怒った。

 

二人は、流石に申し訳がなさそうな顔になって、謝り。でも、と武の顔を見ながら答えた。

 

「回復の早さは自分で分かってるから、大丈夫」

 

「アタシもだ。回復速度だけは取り柄だからな。あと二時間すれば抜けてるって」

 

「……分かった。とりあえずは納得しとく。でも、なんで自棄酒になってんだ?」

 

二人は、武の質問を前に黙り込み。誤魔化すように、立ち上がりながら答えた。

 

「それはもう、先任だってのに吐かされた恨みとか」

 

「回数で言えば、あたしが一番少なかったけどな……それでも、ちょっと思い上がってた事を自覚したっていうか」

 

反省の声で告げるも、忘れたいことがあったと二人は主張した。武はその凄味を前に「お、おう」としか答えられなかった。

 

「でも、ちょうど良かった。鍛え直さなきゃって、改めて思ったから」

 

「そうだな、流石に教え子を前に吐くのはなぁ―――ってアタシに当たるんじゃねー!」

タリサは関節を取りにきたサーシャの手をことごとく打ち払った。酔っているとは思えない速度のやり取りに、武は少し戦慄した後、二人を止めるべく動いた。

 

その後、サーシャだけはもう休むからと部屋を去り。残された武がため息をつくと、タリサがぽつりと呟いた。

 

「……悪かったな、タケル。ちょっと無茶しちまって」

 

「ん? ……ってまさかお前、酔ってなかったのか」

 

「いや、ちょっとは酔ってた。でも、あいつは本気だったな……で、少し尋ねたいことがあるんだけど」

 

タリサは武に、サーシャの様子を尋ねた。主に回復の過程や、最近の訓練内容について。それらを聞いたタリサは少し迷った後、深い息を吐いた。そして目を閉じて言い難い事だと呟き、告げた。

 

「サーシャだけど、恐らく……いや間違いなく完全に回復はしてねーぞ。いや、身体は動くんだろうけど……病気か? 確証は無いけど、武には言えない何かを隠してる」

 

「………え?」

 

「立ち方一つで分かるんだよ。バル師から、人間の身体の事は学ばされてるからな」

 

シンガポールで見たサーシャの様子と、現在の様子と行動。その振る舞いを見たタリサは、サーシャは精神的には治ってはいても、何か身体上の翳りを隠しているという推察を述べた。

 

「小さい事情なら言ってるかも。でも、特に武に気づかれないように注意してたから……少なくとも、軽いもんじゃないって事だけは分かる」

 

「……分かった。ありがとう、教えてくれて」

 

酔っていたのは俺か、と武は自分を責めた。処置は終わったものの、サーシャの体調が全て戻ったという事は聞かされていない。否、元から万全を望める身体だったのか、という事さえ確認していなかった事に気づいたからだ。

 

「別に、良いって。あれこれ見るものが多そうだしな……だからこその今だろうけど」

 

あちこちに動き、働きかけて、遂に。タリサは大東亜連合の本拠で奮闘しているターラーの言葉を思い出しながら、笑った。

 

「それでも、感謝してるぜ……ようやく、家族の仇を取れるからな」

 

「……そういえば、タリサの姉は」

 

「妹も、な。原因はBETAにある、そうだろ?」

 

キャンプで死んだとして、人間に殺されたとして、そのような境遇に追い込んだ元凶は何か。問われれば、BETAと答える以外に無い。だからこそ嬉しいんだ、とタリサは言った。

 

「あの糞どもへの反撃の狼煙、それを先頭で掲げて突っ走っている奴と共に戦えるってんなら、馳せ参じない理由がねえよ」

 

「人を松明の代わりみたいに言うな」

 

「よく言うぜ、一番星(ノーザン・ライト)

 

タリサはクラッカー中隊時代の武の異名を告げながら、笑った。

 

「出来星じゃない、本物の新星集めてよ。銀河でも作るつもりか?」

 

「……そんな壮大なスケールの話じゃねえよ。俺はいつも自分だけで手一杯だ」

 

「助けるために手一杯なんだろ? なら、自分だけじゃないって」

 

励ますように、快活な笑みを浮かべながら、タリサは武の背中を叩いた。

 

「とりあえずは頼むぜ、大将。アタシに手伝えることなら何でも手伝ってやるよ」

 

「いや、来てくれただけありがたいって」

 

ターラー、グエンは連合の中で立場がある。タリサは実力はあるが、若手として知られている。勉強だ、XM3のためだと動かされても、説明できる素地がある。それでも他国に単身、一人の衛士として出向するのには覚悟が要る筈だ。タリサはそれを聞いて、首を横に振った。

 

「来たいから来た、それだけだ。それに、今。世界中見渡しても、此処以外に“賑わってる”戦場は無いだろ?」

 

「ああ―――そうだな。この横浜こそが今、人類の最前線だからな」

 

笑い合いながら、共にグルカの教えを受けた二人は、不敵な笑みを交わした。人類の命運を決する戦場であるという事は、激戦を確約されている地獄に最も近い場所であることを意味する。だが、それを前に命惜しさに臆するのは、不遜の極みと表現してもなお足りないと。

 

「メーヤ、だったか? 面白い新人も居る。中衛、後衛の3人も新人には見えない。もう少ししたら、背中を任せてもと思えるぐらいに」

 

タリサは207Bの5人の才能を、成長を少し羨みながらも、笑ってみせた。それでこそだと、嬉しそうに。その表情を見た武は、アンダマンでタリサが嬉しそうに宣言した言葉を思い出した。

 

「姉ちゃんの代わりに頑張る、か………」

 

「……ああ、そうだ。妹は、守れなかった。でも、約束は今も私の中に残ってる」

 

弟を守るために死んだ妹。その命を守れなくても、遺志だけは守れるから。弟が成人するまで、そのずっと後も笑って暮らせるように。

 

誇らしく語る顔は、今まで見てきた女性達とは違う決意に満ちあふれていて。思わずと、武は言葉を零した。

 

「そういえば、年上だったんだよな……」

 

「何か言ったかコラ。そういや、初対面で年下扱いしてくれたよなぁ……」

 

一転して物騒な雰囲気を纏ったタリサに、武は慌てて釈明した。

 

「あ、いやちょっと今のは無しで……そうだ、可愛いっていうよりは綺麗だというか!」

 

武はイタリア式の誤魔化し術を放った。その一言は見事にタリサの急所を直撃し、その顔を真っ赤に染め上げた。

 

「な、な、だ、誰が」

 

「だから、タリサが。流石は年上のおねーさんだぜ」

 

褒めて誤魔化すべし、というアルフレードの教えを遵守し、武はタリサを褒めそやした。タリサは違和感を覚えながらも聞いたことのない称賛の数々に頬を緩めていった。

 

「そ、そうだろ。私はお姉さんだからな!」

 

「そうそう。だから、俺に万が一があった時は頼むぞ」

 

武は今の隊員の中で、精神的に一番タフなのはタリサだと思っていた。自分が死んだとしても、一番に回復が早く動けるのはタリサを置いて他にはないと信じていた。武は、自分が隊の中核であることは理解している。だが、その最も大きなものが失われた後は。衛士が死にやすい状況、その筆頭は仲間が死んでからの20秒間である。それを乗り切れば、優秀な隊員達は勝手に生き残る方法を、任務を遂げる方法を探し出すだろう。

 

そのためには、という武の想いを前に、タリサはそれとなく言いたい事を察したが、腹部を打つ拳を答えとして提示した。

 

「空約束として受け取っとくよ。でも、万が一っていう所に嫌味が見えるぞ」

 

「それは仕方ないだろ。実際に隔絶した実力があるからしょうがない。変な謙遜は毒にしかならないしな」

 

「はっ、言ってろ」

 

それでも、かつてはグルカの弟子、ただの卵だった二人は7年の時を思わせる経験に裏付けられた不敵な笑みを交わしながら誓いあった―――生き残ろう、と。

 

それはグルカの教えを受ける前、受けた後に兵法の根底に根ざしているものを示す言葉。ただそれだけを求めて、掴み取るために身につけるものこそが血肉に成り得るというバル・クリッシュナ・シュレスタの教えを身につけた二人であるからこそ、視線だけで交わせる約束だった。

 

 

「じゃあ、アタシも帰るよ。明日のための第一歩として、アルコールを完全に抜かなきゃならないし」

 

 

「台無しだな、おい」

 

 

苦笑が溢れ、二人。それでも笑い合いながら、再会と約束、誓いを刷新した武とタリサは互いに片手を上げながら、明日も戦い抜こうという想いを交換しあった。

 

 

 

 


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