Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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48話 : Light My Fire

運否天賦という考えがある。人事を尽くして天命を待つという言葉があった。香月夕呼は今まで生きてきた中で、その二つの言葉だけは使わないようにしていた。何があろうが、どんな理由があったとして担ったものを“途中で放り出す”など、無責任さを誤魔化す言い訳にしかならないと思っていたからだ。

 

故に、香月夕呼は諦めない。一人になった時も、ずっと諦めなかった。たった今、詰めに詰めた盤面を土台ごと引っくり返された状況にあってもなお、突破口を探すべく動き始めていた。

 

BETAがハイヴの防衛に専念しないなど予想外だった、横浜基地にそこまで執着するとは思ってもいなかった、色々な言葉が浮かんで来るが、それらを放り捨てながら横浜基地を、稼働している反応炉を、カシュガルを陥とす切り札となる凄乃皇・四型を守るにはどうすれば良いか。

 

だが、即座に撤退することも出来ない。横浜基地の防衛に成功した所で、甲21号が健在のままであれば、また佐渡島に逃げられてハイヴを再建される可能性が高い。かといって関東圏に残存している兵力だけでは、十万以上の数が想定されるBETAを迎撃することは不可能だ。

 

(何の理由があって、戦術のせの字も知らないBETAがこんな厭らしい作戦を………違う、今考えるべきはそこじゃない)

 

情報の流出は無く、戦術が漏れる可能性は潰したのに、という考えが湧いて出るが、夕呼は強引に無視しながら、対処すべき事態に専念した。横浜基地が陥ちれば、全ては終わりだからだ。

 

だから終焉を防ぐための打開策を、夕呼は考え続けた。その深さは今まで生きてきた中で3指に入るほどで、ただ思考に没頭していた。小沢の様子には気づかず、どうすれば良いのかを必死で模索し続けた。

 

CPである遥、オペレーターであるピアティフは夕呼の今までにない様子と、対処方法をどうすべきか発言しようとしている小沢の姿を見て、何かを言うべく唇を開こうとした―――その直前に、通信が入った。

 

クサナギ12と名乗った男は、白銀武は、最上の艦内へ。指揮の要であるHQに向けて、謳うように告げた。

 

 

『―――これはチャンスですね、夕呼先生!』

 

 

「………はっ?」

 

 

思わず、素になった夕呼が艦内に居る全員の気持ちを表情と声で代弁した。だが、武は止まらず自信たっぷりに告げた。

 

『奴らがもぐらのように頭を出すのは、明日の未明。つまりは“まだ一日あるんです”。それも、出現ポイントと敵BETAの位置、規模は判明している―――さっきやられた待ち伏せをやり返す絶好の機会ですよ』

 

自信満々に、告げる。その声を、言葉を聞いていた全ての人間が唖然とした。夕呼でさえ、絶句したまま口を小さく開けていた。いち早く立ち直った小沢提督が、焦りながら武に向けて反論を突きつけた。

 

「何を言う、たった一日しかないのだぞ。帝国の戦力の大半は佐渡島に集結している、ハイヴ攻略作戦も継続中だ、二正面作戦などをする余裕は………!」

 

小沢は話している内に、気づいた。夕呼も同時に気づき、A-02から送られてきたデータを見ながら「そうか」と深く頷いた。

 

「BETAの出現ポイントは、八王子から町田市に集中している……だけど、佐渡島からの直線距離で、たったの300km……!」

 

戦術機ならば、補給を入れて半日程度の距離。当初の予定の通りに、海路で迂回しなければ十分に間に合う計算だ。艦隊は間に合わないが、地上戦力だけならば参加は可能となる。そして何時来るかが確定したのならば、対処できる方法はいくらでもある。BETAの奇襲の詳細を()()()今であれば、余裕という訳ではないが、間に合わせることはできるのだ。そして、軌道上に居る艦隊も、弾薬が無くなった訳ではない。

 

「……香月副司令、聞かせて頂きたいことがあります。横浜基地に電磁投射砲は残っているのですか?」

 

先の迎撃戦で大活躍したあの砲が、と小沢は尋ねた。夕呼は、緊張の面持ちで頷きを返した。

 

「―――予備を含めて、6丁を基地に残しています。準備の時間を考えると、使い捨てが前提となりますが、迎撃戦時の運用は可能です」

 

全てを補える程の火力ではないが、対策できる札はある。それを知った小沢は、深く頷きながら帽子のつばを握った。

 

『それに………不幸中の幸いか、母艦級はまだ横浜市内にはたどり着いていません。明日、明後日に届く距離でもない』

 

武は夕呼に聞かせるように告げた。並行世界の時とは違い、基地の中から奇襲を受けることは無くなったのは吉報だと。

 

「そう、ね………地上での決戦になるけど、挟み撃ちになる可能性は無い」

 

「……副司令のおっしゃる通り。故に、これは危機ではなく、好機。事前に敵の作戦を察知できたからには、奇襲は奇襲ではなくなる―――こちらに運が向いてきたと、貴官はそう言いたい訳だな」

 

BETAにとっては、全くの想定外だろう。武と夕呼はもし察知できていなければ、と考えて内心で滝のような汗をかいていた。当初の予想では3、4日ほど後に来ると考えていたのだ。もしそれを信じて日本海からぐるりと回っていたのであれば、何をするにも間に合わなかった。

 

『はい。奴らの鼻を明かしてやったと喜ぶのは、まだ早いと思われますが……でも、相手が何時どこで何をしてくるのか分かっているのならば』

 

「今まで人間が培ってきた知恵と勇気で、対処は可能。成る程、確かに好機だ」

 

小沢と武は、同時に笑った。その横で、夕呼は既に落ち着きを取り戻していた。持ち前の頭脳を使って手始めに何をすべきか整理した上で小沢に提言した。

 

「まず、軌道上の艦隊に連絡を。降下作戦の中止は認められないでしょうが、弾薬の温存であれば望めるでしょう」

 

軌道降下兵団(オービットダイバーズ)の本懐はハイヴへの突入と、反応炉の制圧または破壊だ。そのために衛星軌道上へ戦術機という重量物を上げる費用や精鋭たる衛士の配属など、莫大なコストをかけている。

 

だというのに情報元を公開しきれない部分がある現状、降下を急遽中止にすることなど不可能だと夕呼は判断していた。

 

「そのように動こう………香月副司令」

 

「はい、なにかご質問でも?」

 

今は時間が、と言いそうになる夕呼より先に、小沢は言葉を続けた。

 

「一言で済みます―――副司令は、この状況で活路を確信したように見えますが」

 

その根拠は何処にあるのか、と小沢は言外に尋ねた。返答次第では、という意図を察した夕呼は、笑顔で答えた。

 

「人類がBETAごときに滅ぼされる種ではない証拠は、既にお見せしましたわ―――目に見える成果から、目に見えない物まで」

 

先程送られてきた情報は、正確なものだと。言外に夕呼が答えると、小沢は口元を緩めながら、成る程、と頷いた。

 

「―――国連宇宙軍へ、通信を開け。先程の情報を送り、BETAの現状を報せる」

 

信じて動くと、小沢は言動によって夕呼に示した。夕呼は、内心で安堵の息を吐きながら、色々と思考を巡らせた。

 

(根拠は薄かった筈、だというのに小沢艦長が信じたのは、第四計画の主旨を知っていたから……? 中々の狸ね、この提督も)

 

純夏とのやり取りや情報など、最上の乗組員に色々と見られすぎていた。そういった機密の面でいろいろな不備があるが、小沢がその認識を拡散しないように振る舞ってくれていることを夕呼は察していた。

 

(……情報の入手経路、方法が立証できないのが痛いわね。分からない、なんて言える筈がない……いえ、そうする必要もない)

 

夕呼は、内心で興奮に震えていた。何者かによってもたらされた情報は、本来の00ユニットの性能を発揮した上で得たものではない。当然、その情報量は少ないだろう。恐らくは甲21号ハイヴ限定か、あったとしても鉄源ハイヴまでか。

 

(だけど―――重要なのはそこじゃない。このタイミングでBETAの情報を()()()()()という事実があれば良い)

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と夕呼はほくそ笑んだ。通常ならば信用に欠けるという貴重な情報を、怪しまれない形で世に示すことが可能になった。この状況で得たと説明すれば、不信感は少なくなるからだ。

 

並行世界からもたらされた莫大な情報という名前の資産、その入手経路を外部から察することなど絶対に不可能。凄乃皇・弐型の中に何があり、誰がどこまで読み取ったかを説明する義務も、相手を納得させる必要もない。小沢提督という、立証者ができたことは切っ掛けになる。クーデターの際、米国を、第五計画を徹底的に貶めた後に行う筈だった、あの時は諦めた策を成せる状況が、ここで揃ったのだ。

 

(事の後先はどうでもいい。絶対的に人類の役に立つ情報が得られた―――誰もがそう納得した時点で、第四計画の成功は確信される……!)

 

大功を得たとなれば、第五計画は手が出せなくなる、あるいは中止にまで追い込めるだろう。真実を見抜けるのは、何処かに居るかもしれない神様だけ。真実を知る者がいればどういうペテンだと失笑するだろう、それでも、と夕呼は内心で笑った。

 

(そうよ、成功と失敗の境界は神が決めるものじゃない………いつか来るだろう朝なんて、待っていられない)

 

人類の夜は明けるのではない、自分達の手で明かすのだと。決心した夕呼は、“成功”に辿り着く道筋を考え始めた。

 

(鉄は熱いうちに打て。ここでA-01ごと逃げ帰るのは愚策ね。信頼できる誰かが、凄乃皇にもたらされた情報が正しいものだと立証する必要がある)

 

この嘘が暴かれれば、第四計画の立場は一気に悪い方向に傾くだろう。だが、ここで尻込みをすれば望んだ結果は得られないと夕呼は考えた。

 

(……決断、すべきね。土壇場で掴んだ突破口、それを逃す手はない)

 

第四計画が認められるという、自らの欲望。夕呼はそんな自分の内心を誤魔化すことなく認め、リスクを犯すことの愚かさを知りながらも、嵌まれば劇的になる完勝を得るために動き始めた。

 

(いつも通りよ、勝つためにやれることはする、集められる戦力を集めての総力戦になる―――だけど、それが何? ふざけるんじゃないわよ、上等じゃない)

 

アンタ(諦観)にだけは負けてられないと。この絶望の状況下で今が好機だと考えられるようになった―――心境の転換をもたらした男の、小沢が信じる一因になっただろう、自信満々である風に()()()いた共犯者の、軽くも頼もしい笑顔を思い出しながら夕呼は乾いた唇を舐めた後、その整った口を開いた。

 

 

「―――ピアティフ。A-01へ、通信を繋いでちょうだい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凄乃皇の四射目となる荷電粒子砲の準備を安全地帯で見守り、周囲を警戒しながら、A-01の部隊長であるまりもは耳を疑うような通信の声に、返答していた。

 

『では、クサナギ中隊が単独でハイヴに突入しろとおっしゃられる?』

 

まりもは、夕呼からの命令を心の中で繰り返した。

 

―――ヴァルキリーズは突入を中止し、半数の6機は南部の第16大隊と帝国陸軍と合流し、本州の群馬にある基地まで帰還する凄乃皇の護衛を担う。

 

―――残りの6機は夕呼、遥、ピアティフと合流して横浜基地へ帰るための足になる。

 

―――群馬の基地に凄乃皇を降ろした後、担当の6機もクリスカ達4人と合流し、横浜基地に帰還する。

 

『と、言った通りよ。アトリエの方はひとまず無視ね。凄乃皇・弐型も……この状況下で欲をかくバカが居たら、その時はその時だけど』

 

『……流石に居ないと思われます。ですが、単独というのは少しばかり……もしも、クサナギ中隊が反応炉の破壊に失敗すれば―――』

 

ヴァルキリーズは反応炉破壊班の予備も兼ねていた。クサナギ中隊が失敗すれば、アトリエへの移動を中止し、クサナギ中隊の役目を引き継ぐための役割を帯びていた。それが無くなれば、失敗は許されない賭けになる。後詰めの不在を危惧したまりもに、夕呼は呆れた声で告げた。

 

『何言ってるのよ、失敗する? そんな筈ないじゃない―――そうでしょう、クサナギ中隊さん?』

 

『ええ、まあ楽勝です。問題は、部下にへばられると明日の祭りに間に合わない所でしょうか』

 

『大丈夫だろ。あれだけ吐いた甲斐があってか、体力もかなりついたしな』

 

武と樹は口を揃えて、明日のことが心配だと頷きあう。その様子に、まりもは危機感の無さに苛立ちを見せたが、何かを言う前に樹が答えた。

 

『大丈夫だから、信じてくれ―――いや、信じろ。俺たちが育てた教え子達を』

 

『いや、俺は教わってないんだが……』

 

『私も育てられた覚えはないわね』

 

『アタシもだ』

 

『わ、私は、大陸に居た頃に長刀の使い方を教わったけど』

 

『………それは私もだけどユーリン、何かその言い回しは引っかかると言うか』

 

『良い所なんだから黙ってろよお前ら。えっと……そうですよ、俺たちを信じて下さい神宮司教官!』

 

空気を読めないユウヤを皮切りに、亦菲、タリサ、ユーリン、サーシャ、武の順番で茶々が入った。まりもは頭痛をこらえる仕草をしながら、深い溜息を吐いた。

 

『……確かに、この状況下で軽口が聞ける衛士と、自慢の教え子達を頼らない理由はありませんか。最後の例外も含めて』

 

誰があなたの教官か、とまりもはジト目で武を睨みつけた。武はハハ、と表面上は軽く笑いながら提案を重ねた。

 

横浜基地の防衛と、夕呼の基地帰還は絶対に必要だ。そして、降下兵団に任せきるのは危険なこと。これには出向で入った3人が関係してくる。ここで反応炉破壊の功績を上げなければ、基地防衛に成功した後、色々と面倒臭い問題に発展する可能性があった。

 

『そして、これが一番重要ですが……やっぱり、夕呼先生を任せられるのは神宮司少佐以外にはあり得ないんですよ』

 

『………それも、そうね』 

 

その言葉が一番しっくり来たと、まりもは内心で思いながらも苦笑し。畳み掛けるように、武が言った。

 

『それに……揺れに酔い過ぎて明日に影響が出ない程度なら、荒っぽい運転をしても文句は言われませんよ?』

 

『それは―――副司令にいつもの“恩”を返すには良い機会だ、という事ね?』

 

『……ちょっと、二人とも?』

 

不穏な空気を感じた夕呼が、苦情を入れた。二人は意味深に笑いながら―――まりもはそういう事ね、と内心で納得すると―――提案を受け入れた。

 

『―――ヴァルキリー1からヴァルキリー中隊へ。今までの話は聞いていたな? 残念ながら、訓練の成果を見せる機会は失われた』

 

だが、とまりもは告げた。

 

『しかし、我々の家が危機とあっては仕方がない。甲21号は前座という、昨夜の白銀中佐の言葉を信じるとしよう』

 

『―――つまり、我々は本番の準備をするために?』

 

『―――その方が重要ですね。ええ、前座はクサナギ中隊に任せましょう』

 

まりもの言葉の意図を汲んだ美冴とみちるが頷き、遅れて水月が頷いた。

 

『つまりは、競争の続きですね。私達は基地の防衛で功績を、クサナギ中隊はハイヴ突入で功績を上げる』

 

『そういう事か。だったら、次は負けてなんかやらねえっすよ!』

 

『ああ、もっていかれた京塚のおばちゃん特製の卵焼きを絶対に取り返す……!』

 

慎二と孝之は水月の言葉に意気揚々と答えた。新人達を不安にさせないようにという、中隊長の心配りの通りに。

 

『前座、か。つまり俺たちは反応炉を破壊するのは当然で、更に防衛戦で功績を上げなきゃ勝ち目が無いわけだな』

 

『へえ、アンタ達まーだ負けたりないんだ』

 

『いちいち厭味ったらしい中国人ね! こっちが勝ったらその自信満々なツインテール、握って振り回してやるから!』

 

『……それはアタシも見てみたいな、というか加勢する』

 

『よし、内通者ゲット……採点者は遥にでもお願いしようか』

 

『え、ええ、わたし!?』

 

『そこ、隙あればイチャつこうとしない』

 

『………何故か、白銀中佐に言われると釈然としないというか』

 

軽い口調で、いつもの日常の風景のように言葉を交わし合う。だが、その意図は総じて同じだった。

 

―――全ては生きて“家”に帰ってから、と。当たり前のように語る先任達の会話を聞いた千鶴達は、ようやくと会話に参加した。

 

『そうね、茜にだけは負けていられないわ』

 

『ええ、私も千鶴には負けたくない』

 

『……つまり、それ以外は眼中に無しってこと?』

 

『ま、まあまあ彩峰さん。茜に嫉妬する気持ちは分かるけど、そういう意味じゃないと思うよ?』

 

『は、晴子! 気持ちは分かるけど、ちょっとはっきり言い過ぎだよ~』

 

『あ、茜ちゃんを倒すならまずはウチから!』

 

『ちょ、ちょっと落ち着きなって多恵!』

 

『あははー、賑やかだね』

 

『元気になったようで何よりだ。気を落ち着かせるには、風間少尉の綺麗な音楽とか必要だと思ったんだが』

 

『もう………白銀中佐ったら、こんな所で』

 

『はは、どういう所なら怒られないんだ……ってあれ、なんかすげえ殺気が出てるんだけど主に味方の方から』

 

武は鋭い刃のような殺気を背中に感じながらも、冷や汗を流しながら苦笑で誤魔化した。硬直した空気の中、切り裂くような声がした。

 

『だが、反撃するにこれ以上の機会はない―――国難に対し、誰も諦めていない』

 

嬉しそうに、冥夜が言う。これまでの空気をぶった切る発言に、新人たちの顔が苦笑に染まった。武はそれを見て、戦術機で長刀の扱いに図抜けている者は、そういう能力に長けているのか欠けているのか、とやや真剣風味な顔で考え始めた。

 

『はあ……頼もしいやら、不安になるやら』

 

『全ては副司令が悪い。だが、震えて何もできないよりは良いさ』

 

まりもの愚痴に、樹が応えた。冥夜を除く新人の8人の強がりを看破した上で、称賛した。予想外に次ぐ予想外、A分隊はほぼ初陣で、B分隊はBETAを相手にする戦闘では間違いなく初陣だ。

 

なのに、死の八分など誰も拘っていなかった。当然とばかりに戦いを続け、厳しい戦況の最中で表面上でも強がれる存在は、身体的な強さだけでは持ち得ない、稀有なものだ。

 

(まあ、B分隊は死の八分どころか死の八年を越えてきた誰かさんを打ち倒すことが任官の条件だったからな。そして、その苦闘が無いのに耐えられるA分隊も……)

 

大したものだ、と。樹と同じことをまりもも考えていたため、視線が交錯し。自慢の教え子だという言葉に深く頷きながらも、過ぎるほどに成長した姿を見て柔らかく互いに苦笑を交わした。

 

そして、次の瞬間には軍人らしい顔で言葉を交わしあった。

 

『―――ご武運を』

 

『―――ああ、良き旅を(グッドラック)

 

二人に続き、両中隊の隊員は互いの武運を祈った。

 

その前方で、最後となる凄乃皇・弐型の荷電粒子砲が地中から這い出てきたBETAの群れに直撃し、4度目となる盛大な黒煙を立ち昇らせた。

 

『―――予定通り、4射目も完了した。これよりA-02は回収地点に向かう』

 

集中力が削がれるから、と通信を閉ざしていたクリスカがA-01に向けて報告を上げた。途端、4人の視界は網膜に投影されたA-01の顔でいっぱいになった。

 

『やったな、クリスカ! これでフェイズ4のハイヴを落とせる!』

 

『大戦果だね、この作戦―――ううん、ハイヴ攻略戦での撃墜数なら、史上ぶっちぎりのナンバーワンじゃない?』

 

『そうだね、あれだけのBETAを、佐渡島を………霞ちゃんも、イーニァさんも、ありがとう!』

 

『ああ―――純夏達に感謝を。本当に、ありがとう』

 

『なんていうかもう、あれだよ、世界一だったよ!』

 

『ああ、言葉の意味は分からんがとにかく世界一だったな!』

 

雨のような称賛で賛美な絶賛の声が、4人に次々に向けられた。4人ともがそういう扱いに慣れていないため、狼狽えて。どこか嬉しく、誇らしさも感じていたため、頬を少し赤くしながら、礼を言い返した。そしてクリスカはユウヤに助けを求めるように視線を、イーニァはいつもの笑顔で全員に、霞は無表情ながらも耳をピコピコと動かしながら、純夏と一緒に武に視線を向けていた。

 

『……タケルちゃん』

 

『細かいのは後にして―――すごかったぜ、純夏、霞』

 

BETAの情報はともかく、荷電粒子砲で地表構造物ごとBETAをふっ飛ばしたのは紛れもない事実だ。まずはそれに対する感謝を、と言いながらも時間がないため、武は次の行動について説明した。それを受けたクリスカ達は少し不安気な表情になるも、それ以外の方法がないことを悟り、頷いた。

 

『はい。では、護衛を……お願いします』

 

クリスカは少し言い淀んだものの、ヴァルキリーズを頼る言葉を告げた。そして、その言い淀んだ理由の大半であるユウヤが、クリスカに向けて通信を飛ばした。

 

『大丈夫だって。ここで死んじまったら、あの約束が嘘になっちまうからな』

 

『……そう、だな。ユウヤは、約束を破らない』

 

クリスカの表情の強張りが、少し柔らかくなった。それを見て、武も純夏達に声をかけた。

 

『心配はいらないって。どんな戦場からも、俺は帰ってきた。いや、違うな』

 

全員で帰るから何を憂う必要もない、と。断言する武の表情を見た3人は、じっと目を離さず。ようやくと、小さく頷きを返した。

 

間もなくして、HQから合流地点についての連絡があった。まりもはそれを見て、頷きながら随伴する衛士の名前を呼んだ。

 

『碓氷、柏木、鳴海は私と一緒に佐渡島の北西部沿岸へ。香月副司令、ピアティフ中尉と合流した後に迂回ルートで横浜に戻る』

 

『―――了解』

 

『―――了解です』

 

『―――了解。俺と柏木はフォロー役ですね?』

 

『そういう事だ。A-02の護衛部隊の指揮は、伊隅が取れ。平と宗像はフォローを頼む』

 

『―――了解しました』

 

『―――了解。速瀬中尉のフォローもしておきます』

 

『ちょっ、宗像!』

 

『と、鳴海中尉から頼まれましたので』

 

任せて下さい、という美冴の言葉が合図となった。

 

凄乃皇、ヴァルキリーズがそれぞれに動き出した。

 

『それでは、我々はこれで―――各員、復唱っ!』

 

まりもの言葉に、両中隊の隊員達は居住まいを正し、そして。

 

『死力を尽くして任務にあたれ!』

 

『『『―――死力を尽くして任務にあたれ!』』』

 

『生ある限り最善を尽くせ!』

 

『『『―――生ある限り最善を尽くせ!』』』

 

『決して犬死にするな!』

 

『『『―――決して犬死にするな!』』』

 

『生きて、横浜でまた会おう! ―――ヴァルキリーズ、行くぞ!』

 

『『『『了解っ!!』』』』

 

激励を置いて、ヴァルキリー中隊は凄乃皇と共にクサナギ中隊から離れていった。クサナギ中隊の衛士達は敬礼をしながら、その姿を見送った。

 

次に始めたのは、機体のチェックだ。そして、12機全てに破損状況、残弾、燃料の全てにおいて問題がないことが確認された。

 

『油断はするなよ、地下からの奇襲の可能性が無くなった訳じゃない。震動と音紋に気を配りつつ、突入の命令があるまで待機しろ』

 

『あと、今の内に給水を。分かっているとは思うけど、突入後に悠長にしていられる時間は一秒もないから』

 

樹とユーリンが、それぞれに命令を出した。武は早々にチェックを終わらせ、秘匿回線で純夏と連絡を取っていた。BETAの情報をどのようにして得たのか、最上の艦内に居る夕呼では機密漏洩の恐れがあると思い、先に確認を取るためだった。

 

佐渡島に残ったBETAは本当に陽動役なのか、という点も加えて精査しておかなければならない事だらけだったからだ。

 

『じゃあ、流れ込んできたんだな。読み取った訳じゃなくて』

 

純夏と霞の説明を聞いた武が、眉間に皺を寄せた。どういう事だか、さっぱり分からなかったからだ。

 

『うん……あと、一射目が終わった後にね』

 

『………演算能力が跳ね上がった?』

 

『はい……当初想定していた上限値を、遥かに越えた数値まで』

 

まるで何者かが手を貸したかのように。武は、霞の感想を聞いた後、それらの現象の原因について考察を始めた。

 

(並行世界の00ユニット、か? 凄乃皇にも、G元素が使われている。発射後に時空が歪んで、純夏とその傍に居るあの脳に干渉して………確証はないから、断定は難しいけど)

 

もう一つ言えば、並行世界の佐渡島は凄乃皇の自爆により著しくG弾の影響を受けた土地だ。それらが関係しているのかもしれない、と武は推察しながらも、別の現象に関しても考え始めた。待ち伏せをした南東部のBETAと戦っていた部隊、その中で見知った顔が記憶の中にある力量に近づいていたことだ。

 

(龍浪に、千堂……間違いない、龍浪響に千堂柚香。崇継様は前に、集められた若者の中に二人の名前は無かったと言っていたけど……)

 

初陣であの動きは、不可解と言う他無い。素質を磨くのは時間と努力と、過酷な状況だ。バビロン災害でかなりの体験をしたという二人の技量、心構えにこの時点で近づいているのは明らかに並行世界からの干渉があった証拠となる。最近になって調子が上がった、という言葉も無視できない要素だ。

 

そして、と武は考えた。

 

何者かがどこかの世界から、人間の記憶に干渉している。その代表とも言えるのが、自分だ。だが、それは本当に人間だけなのか。

 

(記憶の流入の発信源は、人間だろう。それが、BETAにも居たとしたら………!)

 

G元素という、常識や時空さえ歪ませる物質を作り上げる技術力。それを活用すれば、並行世界への干渉も可能なのではないか。もしそうだとしたら、と武は息を呑んだ。

 

(横浜基地を優先しやがったのも、変だ―――まるで、あそこに何としてでも潰す必要がある、優先目標が居るみたいじゃないか……?)

 

それにしては動きが中途半端だったと、武はBETAの動きのちぐはぐさについて悩んだ。まるで肝心の情報を取り逃したのに、それを挽回しようと攻撃的な対策を取ったかのような方法は、人間のようだと。そう思っては見たものの、何もかもが不確定過ぎるため、武は推測を中止し、二人に向き直った。

 

『とにかく―――さっき言ったように、これは好機だ。もし察知できていなかったらと思うと………ゾッとするぜ』

 

背筋が凍るどころの騒ぎではない、比喩ではなく全てが終わっていた。感謝を告げる武に、純夏は頷きながらも、暗い表情になっていた。

 

『ん、どうした純夏』

 

『……その、ね。私達、少しだけど見えたんだ。ウィスキーとエコー部隊で、戦死した人達を』

 

演算能力が跳ね上がった時に、島で死んだ衛士の感情が少しだが入ってきたと、純夏は言った。損耗率何%と数字で示された、その現実を。

 

『……あの人達が戦ってくれたから、私達は生き残ることができているんですね』

 

『ああ―――そうだな。上陸部隊の陽動、戦艦からの爆撃、どちらかが欠けていたら俺たちも危なかった』

 

『うん……』

 

だから、ごめんなさいよりは、ありがとうと言うべきなのかもしれない。そう思った純夏だが、どうしても確認したい事があった。

 

『タケルちゃんは、ずっとこんな世界で生きてきたんだよね』

 

『………ああ、そうだな』

 

『大陸での戦況は、もっと厳しかったと聞いています……そこに、8年も』

 

『ああ。もう慣れちまった所と、未だに慣れていない所があるけど―――』

 

人間の()()を見るのだけには慣れないな、と武は苦笑した。長年の謎でもあった。どうして同じ人間なのに、そのピンク色の中身を直に見ただけであんなにも辛く、悲しく、吐き気がするのだろうと。

 

『つまり、人間大事なのは外側だってことだ―――だから笑え、二人とも。今日戦死した人達は“死んだ”んじゃない、“戦った”んだから』

 

任せられた役割を全うするため、命を賭けて責任を果たした。すげえよな、という武の言葉に、純夏は頷きを返した。

 

『うん………本当に凄い。だから……笑うのは難しいけど、誇らしく思うよ』

 

『はい……怖いのに、怖さを越えられるのは、すごいです』

 

そんな凄い人物を見送るには、嘆くのではなく、誇るように笑って語るのが相応しい。武の意図を二人は察し、悲しそうにしながらも、笑みをみせた。網膜に映っている、武の真似をするように。

 

武は、優しく頷きを返した。今の自分の顔はどうなっているのか、と考えながらも、笑顔を張り付けた。

 

そうして、小沢提督の宣言と共に、全軍はその動きを変えた。

 

甲21号作戦(オペレーション・サドガシマ)はいくつもの例外を飲み込んだ上で、最後となるフェイズ5へ移行していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――国連軍第6軌道降下兵団のお出ましか』

 

先行したのは、再突入殻。戦術機を大気の摩擦から守る盾であり、BETAを潰す矛となるそれは、地上部に再度這うように出てきたBETAにトドメを刺すような形で破壊と震動をもたらした。

 

周囲を警戒しつつ―――特に、その音と震動に紛れて奇襲をしてくるBETAを潰しながら―――それを眺めていた第16大隊の指揮官である斑鳩崇継は、先程に得た情報を元に、何が起きようとしているのか、先の状況までの把握に努めていた。

 

『あの演説は見事だったな。年の功と言うべきか……あやかりたいものだ』

 

『不利も極まる状況を説明した上で好機だ、ですか。見事でしたが、崇継様があやかる必要はないと思われます』

 

『私程度の凡人に、厳しい要求をするものだ。だが、窮地に陥ることを防げたのは事実だな……』

 

小沢提督の演出だろうが、それで落ちかけていた士気が回復したことを崇継と介六郎は実感していた。人類は、帝国はまだ勝利への道の途中にあるのだと広く周知できた事実は大きいと、二人は小沢という軍人に対して感謝の念さえ抱いていた。

 

(しかし、絶望的に近い戦況―――たかだかその程度で、膝を折る我らではない)

 

帝都への通信は完了した。斯衛の部隊も、防衛に動き始める。陸軍、海軍は当然、本土防衛軍もその本懐を果たすべく急ピッチで編成を完成させるだろう。

 

準備期間は一日もないことから、万全な状態での戦闘は不可能になる。

 

『ふん………だからどうした。どのような強敵であれ、最後まで諦める筈があるまい』

 

いかに強大な帝国が乗り込んでこようと、全力でもって最後まで戦い、戦い、打ち倒す。それこそが、古来からの日の本の侍の在り方だと崇継は考えていた。

 

『いざ鎌倉、ですね―――この国の命運を賭けての戦い、逃げる者などおりますまい』

 

水無瀬颯太が3年前に言っていたことが、現実になっただけだと介六郎は言った。失敗しても精々が死ぬだけで、死より恐れるものを持っている斯衛の武士は、揺るがずにハイヴの跡地を見た。

 

そこに、陸奥武蔵率いる別働隊が崇継達が居る地点へ戻ってきた。本州への帰還ルートに居た要塞級の掃討の完了を報告し、それに続いて損害報告をレポートした。

 

二個中隊24名、一人も欠けることなく生存。ご命令を、と武蔵がニヤリと笑いながら言うが、崇継は血気に逸るなと諌めた。

 

『補給コンテナの場所は確認済みだが、本州に戻った後の補給経路は確認中だ。あと数分で連絡が来る』

 

『補給経路というと……須久那、ですか?』

 

凄乃皇を自爆させて甲21号を落とす方法も、最悪のケースとして考えられていたため、本州の沿岸部付近にある物資や人員は作戦前に避難させていた。だが、そうならなかった場合。万が一、今のように急遽帝都へ戻らなければならないケースを考え、移動可能な補給方法は前々から考えられていた。再度クーデターが起きた場合も考えて。その難題に答えたのが、須久那だ。予備機を動員すれば、迅速な補給と移動が可能となる。

 

過去、佐渡島から本州への侵攻を完全に阻止できていた実績があってこその。関東各所の基地には、既に須久那の予備機を準備している状態だった。

 

『あとは突入部隊が甲21号の反応炉を潰せるかどうか、ですか』

 

『その通りだ。まずは、第6軌道降下兵団。今回は三度の死線を越えたベテランが参加して居ると聞いている』

 

作戦生還率が20%を切る降下兵団という役割を担い、三度の死線を越えた衛士は臆病者と称賛される。故の臆病者の降下兵(チキン・ダイバーズ)

 

『そして、A-01よりクサナギ中隊―――人名は言えんが、寄せ集めの精鋭達だ』

 

国内の期待の新人から高官の息女に加え、国外の精鋭に、所によっては指名手配犯まで。集められた面子を聞かされた時、崇継はまさしくあの者らしいと笑った。クサナギを振るう英雄、それ自体が複数の人間の逸話の寄せ集めだったのだから。

 

もう一人、クサナギ中隊に編成されている人物を知る月詠真那は、歯を食いしばりながらこの場に留まりたくなる自分を抑えていた。BETAの総数は想定より少ないとはいえ、ハイヴ突入の生還率は降下兵団以下だからだ。

 

命令を遵守するのが軍人である。だが、同じ戦場で戦うのならばともかく死地に向かう冥夜様を置き去りにして先に帰るなどと、という考えがあるのも確かだった。

 

他に、同じ気持ちを抱いている者は居ないのか。そう思った真那はウインドウに映る同隊の者の顔を見て、訝しげに眉を顰めた。

 

それぞれに笑い、苦笑し、怒る者も居たが、疑っていなかったからだ。その表情は、まさかこんな所で死ぬような者ではないと言っているようで。

 

『―――HQより通信。補給経路の確認が取れました。そして、A-01が門よりハイヴ内に突入したとのことです』

 

第6軌道降下兵団の突入から3分遅れだが、損耗なく突入に成功した。介六郎は伝えられた情報を伝えると、陸奥が肩をすくめて笑った。

 

『それじゃあ、最後に援護をしてから帰りましょうか』

 

『ああ、それが賢明のようだな』

 

困惑した真那を置いて、クサナギの名前に関連してある人物を思い出した第16大隊は、時間を無駄に使わぬようにと、急いで本州への帰還準備を進めていった。

 

『さりとて、援護無くば帝国陸軍とてたまらぬだろう―――真壁、陸奥、鶴翼複五陣(フォーメーション・ウイングダブルファイブ)だ。全隊に通達せよ』

 

相手の位置を()()()上で一息に削る、と。崇継の命令を受けた2人は了解の声を返し、分隊や部下に命令を出しながら、それぞれに動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『クサナギ12、ルートの選定は任せるぞ!』

 

『了解だ、最短のルートを通る! 全機、遅れるなよ!』

 

『―――了解!』

 

11機の仲間を連れ、武は純夏から送られてきた情報を元に、既に選定を済ませていた反応炉までの最短ルートを進むことを決めた。後の横浜帰還もそうだが、BETAの数が少ない以上は、強引にでも突破した方が危険が少なくなると判断してのことだった。

 

後は、訓練通りのポジショニングでクサナギ中隊は進んでいった。先頭に武が、僚機のユウヤが続き、少し後ろにタリサと亦菲、冥夜に慧が。中衛はユーリンと千鶴の小隊を前に、樹と美琴はフォロー役に徹し、どうしても援護が必要な場合を後衛であるサーシャが判断し、壬姫と共に最低限で最高効率の仕事をする。

 

一個の装置として稼働したクサナギ中隊は、瞬く間にハイヴの中を進んでいった。そして、400mを越えた頃になると、クサナギ中隊の衛士の中である事実に気づく者が出始めた。今のハイヴ内の戦闘状況が、何十度も繰り返したシミュレーターの状況に酷似しているということを。ハイヴ内のルートに関しても、シミュレーターで見せられたマップとほぼ同じだった。それだけではない、地形から偽装された横穴まで、全てが同じではないが、類似点が見られたのだ。

 

(……ハイヴのデータは、ヴォールク連隊とクラッカー中隊が取ったものだけ。それだけの筈だけど)

 

明らかにそれだけではあり得ないシミュレーターの精度の高さに、千鶴は困惑していた。だが、武の存在を思い返すと、そういう事もあるかもしれないと思うようになっていた。

『それにしても、数が少ない―――シミュレーターの時の半数以下だね』

 

『え? ええ、そうね。これなら、気を抜かなければ―――』

 

人類初の、フェイズ4ハイヴの攻略を果たせるかもしれない。そう考えた千鶴の動きが、少しだけ精細に欠けた。

 

『っ、千鶴さん、そこに偽装された―――』

 

美琴が、偽装穴の確認が遅れた千鶴に注意を促すが、言葉の途中で偽装横穴が崩れた。そこから白い粉塵と共に、戦車級が5匹飛び出した。

 

『―――くっ!』

 

千鶴が迎撃態勢を整えるのに遅れた時間は、コンマにして5秒。初陣であるという事を考えれば驚異的に早い数字だが、5体全てに対応できる程ではなかった。撃ち損じた最後の一体が、千鶴の機体に取り付こうと地面を蹴り。

 

当たり前のように、壬姫が放った36mmの3点射撃が宙空の戦車級を四散させた。

 

『止まるな!』

 

『りょ、了解!』

 

樹の怒号に、千鶴は慌てながらも反応した。前を見ると、そこには6体の戦車級を既に潰した、殲撃10型の姿があった。

 

『前方確保、急いで』

 

『―――了解!』

 

千鶴は跳躍ユニットを噴射させ、前に進んだ。飛びながら、後衛の壬姫に感謝の通信を送った。

 

『ありがとう――でも流石ね、壬姫』

 

『ううん。その、戦車級が出て来る前に、教官から注意を受けてたから』

 

『え……?』

 

『いいから、前を。反応炉を破壊するまで、気を抜かない』

 

サーシャは、千鶴機の変化に気づいていた。そして、事前に壬姫に援護の準備を促していた。得てしてこういう時にトラブルは重なるものだと、過去の実戦経験から学んでいたからだ。

 

『……はい』

 

まだまだ未熟だ、と千鶴が悔しがる。その様子を見ていたユーリンは、内心で呆れていた。訓練中にも分かっていたことだが、少し遅れたとはいえ、普通ならばあのタイミングの奇襲を受ければ3体は撃ち損じる。だというのに、4体きっちりと撃って切って潰した動きが、新人のそれではない。向上心を腐らせず、危機感を緩ませないために言わなかったが、ユーコンに連れて行った部下でも恐らくはできないであろう、一流に近いものだった。

 

(フォローは最低限で、こちらも集中できる。このままなら、いける………!)

 

とはいえ、今は敵の巣穴の中。隙間を開ければ容赦なく死をねじ込んでくる状況で、ユーリンは油断をするつもりは毛頭なかった。

 

『っ、クサナギ12より通信! 更に速度を上げるとのこと!』

 

『それに、これは………震動!?』

 

下からか、と誰かの声が通信に乗り。

 

『速度を上げろ、来るぞ!』

 

『っ、はい!』

 

『了、解!』

 

最後尾の壬姫とサーシャが速度を上げ、その直後に二人が通った場所の床がめくれ上がった。

 

『っ、要塞級まで……!』

 

『そんな、地面を掘って!?』

 

近くでその姿を見た二人は驚くが、それを覆い包むように樹が告げた。

 

『―――そんな雑魚は無視しろ、放って行くぞ!』

 

『っ、了解!』

 

『了解………!』

 

相手をする理由がないという樹の指示に、全員が了解で答えると、後ろから追ってくる新手に追いつかれないよう、進撃の速度を更に上げた。

 

『ぶつかるなよ、後続が巻き添えになる!』

 

『こ、のおぉっ、無茶しやがって……!』

 

『は、やい―――けどっ!』

 

『言ってる内に行く!』

 

『迷うなよ、追い越されたくなければな!』

 

それはまるで、停滞したハイヴ内の空気を吹き飛ばす一陣の風の如く。クサナギ中隊はルート通りに、最短の道を踏破していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『燃料が少ない機体は、弾薬を渡して後ろに下がれ!』

 

『無理はするな、突入部隊が反応炉を破壊するまで耐えきれば、我々の勝ちだ!』

 

ウィスキー部隊の大多数を占める帝国陸軍の戦術機甲師団の中核である尾花晴臣と真田晃蔵は、それぞれの部下へ次々に指示を飛ばしていた。先の4射の大砲撃によりハイヴ周辺のBETAはほぼ一掃出来たが、誘導して引きつけているBETAはまだ健在だった。

 

引きつけていれば、突入部隊の背後が突かれる危険を防ぐことができる。そう判断した晴臣達は、退避、誘導を行いながらの応戦という安全策を取ることはしなかった。

 

『っ、了解!』

 

『でっ、ですが、大佐、帝都が! 我々も即座に本州に戻るべきでは……!?』

 

晴臣の部下で、帝都に家族が居る衛士は撤退をすべきではと進言をしようとした。晴臣はそれを一言で切って捨てた。

 

『黙って従え! この戦いで甲21号の反応炉を破壊しなければ、帝都の防衛に成功した所で日本に未来は訪れないのだ、馬鹿者!』

 

『っ、それは………!』

 

『突入部隊とて、後背を突かれれば全滅は必死! 我々の敗北は、日本の滅亡と同義と知れ!』

 

『りょ、了解!』

 

顔を青ざめさせながら、その衛士は再び突撃砲を構えて、戦闘に参加した。その姿を見た晴臣は、渋面のまま「やはりか」と内心で呟いた。

 

小沢提督の演説は艦の名前と同様、最上(さいじょう)に近いものだった。内容が内容だったため、情報伝達の経緯、方法次第では士気が急落し、戦術機甲連隊が空中分解する危険もあったと、晴臣は考えていた。

 

(ひとまず、防衛戦に繋がる一歩を進むことは出来た。だが、やはり一致団結とはいかんか………!)

 

先に希望を持てて、ようやく開始地点に立てた。それでも、選ばれた戦略に対し、全隊の兵士が心から納得できる筈もない。晴臣は、それでも良い方だと思っていた。演説もそうだが、地表構造物を砕いた砲撃がなければ瓦解していた可能性もあったと考えていたからだ。

 

戦術機の戦闘は冷静な判断力を持っていることが前提とされる。通常の衛士であれば一定数で隊列を組み、僚機や前衛のフォローをしつつ、相手の間合いの外から攻撃を繰り返すのが基本。だが、判断力や士気を欠けば集中力が乱れ、互いの動きを阻害したり、僚機への援護に集中するあまり敵の接近に気づかず、撃墜される確率が高まってしまうのだ。

 

故に晴臣は自分の判断を部下が疑い、それを種火として戦闘能力の低下が始まり、更には連鎖して隊が自壊するのを何よりも恐れていた。

 

中核を担う部下は精鋭揃いであり、そのような愚挙に出ることはない。だが、全軍が精鋭というのもまた、あり得ない事だった。

 

『ひっ、―――いや、いや、いや、いやぁぁぁぁっっっひ、ぎぁっ!!』

 

『た、助けて、嫌だ、こっちに来るんじゃねええっっっっっぎゅヴぁ』

 

集中力を欠いた者から、次々にBETAに潰され、喰われていく。徐々に士気が低くなっていくことを察した晴臣と晃蔵は、互いに目配せをした後、最前線に躍り出た。

 

指示を飛ばし、命令を出して、自ら前に出て戦う。それ以外に、士気を保つ方法が無いと判断したからだった。

 

『臆病者は、下がれえ! ―――初芝に鹿島は俺について来い、囲まれている分隊を救助する!』

 

『了解や!』

 

『了解!』

 

『弥勒ぅ、声小さい!』

 

『っ、了解!!』

 

『その調子や、ほな行こかぁっ!』

 

見せつけるように、大声で八重は叫んだ。それを聞いていた他の衛士達が気持ちを取り戻し、互いに叫びあった。

 

『陣形整え、突出はするな!』

 

『距離保て、集中切らすなよ!』

 

『無茶と無謀は違う、考えて戦え、バカで自棄になるな!』

 

生き延びるために、と。動き始めた部下を見た晴臣が笑った。初芝八重の大声は、何故だか知らないが周囲に力を与える、その狙いが見事に嵌ったからだ。

 

かくして、周囲の援護を受けて孤立していた部隊を助けた晴臣は、八重と弥勒と共に味方の所へ戻った。

 

『よし、ひとまずは―――第16大隊から? 通信、これは………!』

 

データリンクと敵の位置を確認。そして、BETAを誘導していくその形を察した晴臣は、目の前の要撃級に36mmを味あわせながらも、その意図を考えた。

 

鶴翼複五陣(フォーメーション・ウイングダブルファイブ)……? 最後に………そういう狙いか、16大隊――――真田ぁ!』

 

『言われなくても分かっている! 全機、横一列陣形を! 防衛線を一時的に押し上げる、突出した敵を優先的に潰せ、残りの弾を全て使う勢いでやれ!』

 

『―――了解!』

 

『りょ、了解です!』

 

晃蔵の迫力に圧された衛士達が、命令通りに陣形を組み、BETAに向けて突撃砲を斉射した。じりじりと前に進みながら、突出したBETAを潰し、頭を抑えるように。それを続ければ、BETAの位置は自然と横一列になるように削られていく。

 

(降下兵団が突入してから、既に20分が経過している………反応炉破壊まで、想定であと更に20分か……!)

 

希望的観測を入れて、更に20分。第16大隊が仕掛けているこの戦術が上手くいったとして、弾薬に燃料が心もとなくなってきた状態で耐えきれるかどうか。晴臣は考えながらも、先の事を考え続けていた。

 

(いや、今はとにかく目の前の事だ―――指定された位置まで、あと10m!)

 

晴臣は部下と一緒に、BETAを押し込めるべく突撃砲を斉射した。36mmに、温存していた120mmまで使って敵を所定の位置まで固めていく。

 

『あと、9m………8m、7m………!』

 

『そこ、さぼんな! 6m、5m………!』

 

『初芝大尉、集中を! 4、3……!』

 

『2m…………1m………っ、よし!』

 

一拍置いて、晴臣は叫ぶように指示を出した。

 

『全機、10m後方まで後退、大至急だ!』

 

大声での命令に、逃げたがっていた先鋒を含む全員が、噴射跳躍によるショートジャンプで後退した。その隙にと、BETAが距離を詰めようとした。

 

突撃級は居ないが、要撃級の足も決して遅くはない。小さな地鳴りと共に一歩に二歩、更に三歩詰めようとした所で、一筋の光がBETAの前列を横殴りにした。

 

『―――薙ぎ払え!』

 

命令を出した者の声に、晃蔵は聞き覚えがあった。長くはないが短くもない間、京都でひよっこ共を叱咤する際の協力関係にあった彼女―――風守光のものだと。

 

考えるより先に、本格的に開始された破壊の光条はBETAというBETAを貫き、砕いていった。その光景を、晴臣はつい先日に見た覚えがあった。

 

忘れられなかったのだ。先の新潟で起きた突発的な迎撃戦で見た、強力無比な電磁投射砲による一方的な蹂躙劇を。

 

最初に、敵の先鋒を。そこから敵の後方に向けて、破壊力に優れた投射砲による斉射は続いていった。圧倒的な初速から発生する破壊力は、弾頭さえも大気摩擦で焼失させるほど。突撃級の頭部装甲を無視し、要撃級の前腕部を容易く貫き、その後方に居る戦車級の歯を砕いて貫いていく。

 

『す、すげえぇっ………!』

 

誰かが感嘆の声を零し。投射砲はその調子を保ったまま、20秒。砲撃というには短い時間で斉射は終わったが、その成果は絶大だった。

 

射撃が終わった後、余波で地面まで削ったせいで砂埃が酷かったが、潮風により短時間で晴らされた光景を見た帝国陸軍の衛士達は、勝ち誇るように叫んだ。やった、勝った、守った、などと単語での言葉が多く。中には、興奮のあまり失禁する者まで居た。

 

『―――馬鹿者、油断をするな!』

 

『まだ終わってはいない―――震動と音紋に異常を確認、これは………!』

 

晃蔵は、機体から感知したデータを確認し。その出現地点を抽出した途端、必死の形相で叫んだ。

 

『晴臣、下だぁっ!』

 

忠告の声―――それと同時に、晴臣、八重が居る所の地面がめくれあがった。

 

『しまっ………!』

 

『まずっ―――!』

 

想定外の奇襲に、二人は機体のバランスが著しく乱れたことを悟った。それでも、背中から転倒するような無様を晒すわけにはいかないと、咄嗟に機体を制御する。

 

それでも転倒は免れず、不知火は片足をつくような格好で地面に接し。追い打ちをかけるように、這い出てきた要撃級が二人が居る場所に向けて走った。

 

援護を、と晃蔵は動き始めながらも、どこか冷静な所で間に合わないことを確信してしまっていた。興奮した味方機により射線が防がれていたからだ。

 

味方機も、興奮状態にあるせいか、初動が致命的に遅れていた。ただ一人、弥勒だけは間に合うタイミングで動いていたが、距離が遠すぎた。そして残弾ゼロの表示を見て、八重との距離を測った弥勒は、絶望の表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機体を立て直そうにも、間に合わない。長年の戦闘経験の全てが、自分の死を告げている。晴臣は迫りくる要撃級を前にしながら、家族の顔を思い浮かべていた。戦場で妻子の名前を叫ぶことは軟弱者の証拠だろうが、死の間際であれば許されると考えていたからだった。

 

(あとは、初芝と鹿島だな。奴の白無垢姿は、爆笑ものだったろうに)

 

見た目は悪くないから、万が一の可能性で可憐さが出るかもしれない。そんな事を考えながら、晴臣は操縦桿を握る手を緩めようとした。

 

だが、頭と理性による命令に反して、肉体と本能は動き始めていた。逃れられない死が待ち受けていようと、最後まで抗うのが指揮官の仕事だろうと、今までの自分が許さないと言わんばかりに。

 

『………?』

 

そこで、違和感を悟った。間違いなく間に合わない、だというのに痛みを全く感じられないのだ。要撃級の姿さえ目の前には無くなっていた。それどころではない、BETAは自分達を避けるように北側を迂回しながら、西か、南に向かっていたのだ。まるで、何かから逃げるような様子で。

 

同じく、八重も自分の機体の横をすり抜けて南へ走る要撃級を呆然と見送っていた。何が起こっているのか、さっぱり分からないといった表情で。

 

『これは………一体?』

 

『っ、門へ向かっているのか!? ダメだ、全機追撃を―――!』

 

させるものか、と晴臣は立ち上がり、突撃砲の残弾を確認した。動ける者が居れば追撃を、幸いにして訓練は積んでいるのだ、と考えた所で、違和感を覚えた。

 

(訓練……逃げる敵を確実に潰すためのものだった。そうだ、あれはどういった状況を想定した訓練だった……?)

 

晴臣は、改めて深く考え。

 

―――その表情と声がまさかというものに変わった後、佐渡島に居る全部隊に向けて、その通信は届けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、あ………」

 

スティングレイ9、本間竜平は地に伏して動かない機体の状況と、BETAのものと思われる震動を感じると、ああそうかと悟った―――自分が、これから死ぬことを。

 

だが、竜平は悔いることはすまいと決めていた。必死に戦い、必死に生きたからだと胸を張って。仲間と共に、最後まで諦めなかったことを誇りに、先に九段に行った旧友に自慢話を聞かせてやるつもりだった。

 

「でも、生での踊り食いだけは勘弁して欲しいんだけどなぁ……」

 

やるのならば、ひと思いに潰して欲しい。そう考えていた竜平だが、いつまで経ってもBETAが走っているような震動が起きているだけで、こちらに来る気配さえ感じられないことに対して困惑し始めていた。

 

「……なんだぁ? あれか、俺は喰う価値も無いってか……上等だコラ」

 

悔しくなった竜平は、痛む身体を引きずりながら動き始めた。機体は壊れたが知らねえ、最後までやってやんよと痛みから起きている意識の混乱を自覚しないまま、這い出るようにして機体の外に出た。

 

そして、青く眩しい空の下で、見た。BETAが、尻尾を巻いて逃げていく姿を。

 

直後に、機体の中からかろうじて生きていた通信の声が、竜平の耳に届いた。

 

『―――HQより、全軍に告ぐ。本作戦は、フェイズ5から最終段階へ移行する。繰り返す、最終段階へ移行する』

 

深みの中に、喜びが混じった小沢提督の声。

 

続いて、オペレーターが告げた。

 

 

『先ほど、甲21号の……佐渡島ハイヴの反応炉の破壊が、確認された』

 

 

歓喜の色を隠しきれていない、軍人らしくない声。

 

だが、少しだけ涙が混じった声は輝くように煌めきを増した。

 

 

『繰り返す―――突入部隊が、反応炉の破壊に成功! 全軍、動ける者は戦闘態勢へ―――追撃戦に入れ!』

 

 

作戦の成功を示す、最後の命令が出され。呼応するように、健在する衛士達は歴史的な勝利と、未来が開かれた手応えを胸に、狂喜の叫びを上げながら動き始めた。

 

竜平は慌てて救助に駆け寄ってくる味方さえ忘れ、大声で泣き叫びながら、自分の血に汚れた両の拳を青空に突き上げた。

 

佐渡島の荒野に、故郷を取り戻した男の歓喜の声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 


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