Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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53話 : 横浜・帝都絶対防衛戦(2)

何かを()べなければ、モノは動かない。熱量(カロリー)を、資源を、材料を、時間を燃焼して動力に変えてようやく、人は何かを動かすことができる。

 

国連軍は横浜基地の最高責任者であるパウル・ラダビノット基地司令は、レーダー上の、地上を映すカメラを険しい眼で見つめていた。たった今正に、命を焼べて赤い津波を止めている青の命の輝きを。

 

「練度は高く、装備も十分。機体性能は言わずもがなだ。XM3の恩恵もあるのだろう。殲滅速度は世界でもトップクラスだろう、それでも―――」

 

「まるで足りていないと、嗤われているかのようですわ」

 

ユーラシアで散った将官達の気持ちを実地で理解した夕呼は、ため息をついた。奇襲による戦車の主砲の洗礼でさえ、半手に届くかどうかという具合。物量というのは本当に理不尽なものだと、不利を承知しきった上で笑ってみせた。ラダビノットは表情を変えないまま、察したことを尋ねた。

 

「……成る程。これすらも想定の内だと?」

 

「ええ、不本意ながら―――司令も、分かっていると思われますが」

 

戦い続けてきた者達は、同じ眼をしていた。司令室の中、照明が少ない空間で暗い表情を浮かべつつあった者達とは異なる、揺らがぬ姿勢で味方の軍勢を見ていた。

 

「BETAは、決して弱くありませんわ。正に、今のこの状況が示しているように」

 

侵攻され、遂には負けた。再起できたといえ、かつて日本が負けたことは確かだ。だけれども、と告げる夕呼の言葉に、ラダビノットは応えた。

 

「―――負けたからこそ、分かることがある。練られたものがあると」

 

失地に汚名、その屈辱を灌がんという気勢を持つ者達が集まっている。かつては亜大陸で衛士として戦い抜いたラダビノットは、夕呼の言葉を全面的に肯定した。

 

「そうだな。後悔の深さと反省、成長力は比例する。ましてや、勿体無いという精神を持つ日本人だ」

 

戦って俺は、私達は死ぬであろう―――だが無料(ただ)ではすませないと。帝国軍人は、民の防人達は熱烈なるその決意を刃として、眼の前の敵を食らいつくそうと戦っている。だからこその決死の攻撃であり、衛士達の今の姿だ。

 

ふ、と。ラダビノットは気づき、呟いた。

 

「形振り構わず、ということは」

 

「ええ。独自の策は用意してある筈です。私達とは別口の方向で」

 

「……待機させてばかりでは、戦後の関係に悪化が出そうなものだが」

 

想定内かね、と尋ねるラダビノットに、夕呼は難しい表情を返した。

 

「横浜基地全体を、とすれば考えられます。結局の所、基地所属の衛士の練度はさほど上がっていないので」

 

「甲21号攻略の立役者ではなく、基地の態勢そのものを非難されるか」

 

「攻撃の対象としては、考えられます」

 

それでもくだらない理由のために判断を下すのは愚考の極みであり。説得力がある以上、線引は難しいと、夕呼は暗に告げた。

 

それでも、切り札であるA-01を安易に単純な戦術機戦力として出すことはできないと夕呼は考えていた。武かユウヤのどちらかが撃墜されれば、戦略が根底から崩れ落ちてしまうからだ。

 

「……見極めた上で前に、ということか」

 

「互先になった状況であれば、というのが妥当な所と思われます。ええ……帝国軍の策を見極めた後でも、遅くはないと考えていますわ」

 

それを待ちましょう、と答えた夕呼へ新たな震動源感知の報告が届いた。

 

間もなくして横浜基地司令部にある、前線を映すモニターは赤に染まった。

 

新たに地上へ出てきた母艦級の巨大な反応と、雲霞の如く湧いて出てきた大中小の敵を示すシグナルによって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どのような戦場であれ、集団で効率的に戦闘を行うには役割分担が重要となる。始まるより前に兵科や素質、能力を把握した上で編成を組み、適材適所に札を配置していくのが定石だ。

 

そして本土防衛軍の先鋒となった部隊を率いている新島翔子は、自分の役割を承知していた。巨大な母艦級に臆することなく突っ込めるような、強心臓持ちの衛士ばかりが集められている理由と、そして。

 

『―――何人残った、木戸』

 

『―――18名。ちょうど半分ですね、少佐殿』

 

どうします、と木戸玲子―――突撃部隊の副官で、翔子の外付けストッパー装置と部下からの信頼を得ている―――の言葉に、返ってきたのは笑い声だった。

 

思ったよりも残ったな、と。揺るがぬ声を聞いた玲子は、頷きを返した。

 

『機甲部隊の頑張りもありますが、赤の斯衛の活躍が大きいと』

 

『流石は、音に聞こえた特級の武官か』

 

だが、と翔子は舌打ちをした。

 

直後、HQから震源感知の報と、その情報が嘘ではないことを示す震動が周囲の衛士達の足元を揺らした。

 

『―――はっ、まーだおかわり言ってねえのにな。気の早い野郎だ』

 

『―――そもそもこっちの話聞いてませんし。無理やり押し付けるのが好きってところは野郎っぽいですが。ああ、新島少佐とそっくりですねそういえば』

 

『あたしは女だっての―――退くぞ。あちらさん(斯衛)も分かってる筈だ』

 

連携によりBETAの先発部隊は削れたが、弾薬と燃料も相応に消費した。尽きるより前に補給しなければ、案山子のようになぎ倒されるだけになるが、そのような非効率な死に方は許容されていない。翔子は迷うことなく、補給に戻るべく動き始めた。

 

『―――アルファ1より、CP。弾薬が限界だ、新手に対応しきれない―――繰り返す、弾薬が―――』

 

継戦可能な残り時間は10分程度、と。翔子は目の前のBETAを撃ち潰しながら、嘘偽り無く報告を上げていった。間もなくして、CPから返答があった。

 

『―――よし、許可出たぞ。まあ出なくても退くつもりだったが』

 

控えていた本土防衛軍と入れ替わりに、後方で補給を受けることを許された。その説明と、さらりと零された発言を聞いた副官は、ため息を吐いた。

 

『ほんと、そういう所ですよショウちゃん? 貴方が無駄死にを誰より嫌っているのは知ってますけど』

 

『―――なんすか、秘密の密会すかお二人とも!』

 

『興奮するな、バカども―――補給に戻るぞ』

 

『っ、了解』

 

部下の衛士は一瞬だけ反抗的な視線を見せたが、即座に頷きを返した。翔子の言葉に気圧されていたという事もあるが、状況を理解していたからでもあった。

 

(……BETAの最速は突撃級、最高時速は170km/hだが、足の遅い他の中型と群れで行動している今回のケースを考えると、平均で100km/h程度といったところか)

 

BETAの町田市から横浜基地までの侵攻ルートを予測した結果、合計距離は概算で30kmだったという。帝都方面に展開しているBETAは少ないが、そちらも距離的にはそう変わらない。

 

(だから、奴らを放置できるインターバルはおおよそで20分―――厳しいが、やるしかない)

 

常に砲撃や斬撃で重圧をかけ続けながら、その足を鈍らせる他に対抗策はない。無駄にできる時間は一秒たりとも無いのが、現状だった。さりとて全滅してしまえばプレッシャーをかけられる手そのものが消滅してしまう。

 

部下たちはそれを理解したからこそ、転進した。隊の仲間が潰され裂かれ、ひしゃげられた“跡”を背後にしながら。

 

『―――そんな顔をするな。骨だけが、人の遺した跡になる訳じゃない。既に墓碑は立っている。あとはお供え物が必要だろう?』

 

倒れ伏した戦術機を墓に見立てれば、何を捧げるかは決まっている。告げた翔子に、部下はへの字にしていた口元を緩めながら答えた。

 

『―――そう、ですね。謎のグロ肉はお断りだとか言って、蹴られちまいそうですが』

 

翔子と同じく、全速で後退している中、苦笑する部下達。その弱気は、翔子に笑い飛ばされた。

 

『大丈夫だ問題ないさ、いけるいける―――なんせ、じきにあいつらも私達も“一緒”になるからな』

 

『ああ、仲良くミンチで合挽肉という意味ですか』

 

『あの、お二人とも。何一つ大丈夫じゃないんですが』

 

他の戦術機甲部隊や、機甲部隊も呼応して移動を始めた。それぞれ、予め用意されていた補給が出来る場所に向かったのだ。翔子達も同じように退き、補給コンテナがある場所まで辿り着いた。

 

『―――よし、前衛から先に補給をしろ! 他の奴らは警戒を怠るなよ!』

 

殿を務めていた翔子が振り返り、BETAに向かい合った。全速で後退したため、距離は開いていた。

 

『了解!』

 

部下が、気勢と共に応答を返す。

 

その時だった。自分たちの代わりに前面に出た別働隊が、後方に下がったのは。翔子はその動きとレーダーに映る敵の数を見た途端、通信を飛ばした。

 

『―――構えろ! 衝撃、来るぞ』

 

翔子の声がして5秒後、BETAの先鋒部隊の足元が大爆発を起こした。轟音と共に火が上がり、吹き飛ばされた突撃級が紫色の体液を撒き散らして雨となった。

 

『―――感知式の最新型地雷か。アメさんを参考にしたというから不安だったが』

 

『ばっちりでしたね。機甲部隊に反応したらどうしようとか思ってましたが』

 

誰が言ったか、リトル・レッドシフトと呼ばれたBETAだけを殺す地雷は当初の予定通りの効果を上げた。BETAの一部と、地面の表層を部分的に削ることで。

 

(やや深い“堀”が出来たことで、後続の足は鈍る。二重の意味で時間稼ぎになったな)

急ごしらえだが、威力は十分らしい。母艦級の姿が霞むほどに、土煙が舞い上がっている様を見ながら、翔子は安堵のため息を吐いた。

 

『これで、補給も滞りなく―――』

 

ぞくり、と。

 

翔子は背筋に悪寒を感じた次の瞬間には、跳躍ユニットに火を入れていた。直後、最前線に居た衛士達の網膜に、アラームがけたたましく鳴り響き。

 

投影された文字を読むより前に、翔子は周囲の機体に向けて全力で通信の声を飛ばした。

 

『―――中断、物陰に隠れろぉぉっっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦場は異様だ、空気の成分さえ変わったことを人に錯覚させる。その中で、更に戦況の“色”が変わったことを察知したのは、戦場に立っていた者達の中でも、10数名だけ。

 

斯衛の紅蓮と神野は武人としての勘から、本土防衛軍の新島翔子は特有のものから。A-01の中の5名は、決まって戦況が悪化する時に口の中に広がっていく“味”を覚えていたが故に。

 

察知し、警報が鳴る前に既に動き、命令を出していた。

 

それでも、照射されたレーザーが殺傷力を持つまで高まるまでにかかる時間は数秒、避難しきるには到底足りず。的になっていた翔子と部下達の背中に向けて、熱線が膨らんで行―――

 

『撃てぇっ!』

 

切り裂くように。()()()()()()()()()()()()B()E()T()A()()()()()()()()()()()()()()()、西田率いる機甲部隊から放たれた数十の砲弾が、土煙の中に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ブラボー大隊、光線級の集中攻撃を受けています……ざ、残機7、いえ、6になりました―――」

 

「―――アルファ中隊の機体、レーザー照射を受けて―――」

 

「―――斯衛からも報告が! 最後尾の母艦級から、光線級が数十体規模で―――」

 

「―――き、機甲部隊、走行しながら砲撃を継続! レーザーによって迎撃されていますが―――」

 

「―――アルファ中隊は……新たに3機が通信途絶!」

 

次々に入ってくる報告は、BETAが切り札を出してきたというもの。その情報を得た帝国軍の司令部は、俄に殺気立っていた。

 

「ついに、札を切ってきたか―――否、来てくれたというべきか」

 

「ええ……良いとは言えませんけど、温存されたままよりは」

 

「対処のしようもある。痺れを切らしたか、あるいは」

 

しかし、対応が速い。光線級の出現もそうだが、各所の反応に加えて、機甲部隊のカバーリングも。帝国軍司令官は、光線級に自身に対する飛来物の迎撃を優先するという習性がなければアルファ中隊は全滅し、先鋒の斯衛の中隊も半壊していただろうと呟き、ため息をついた。

 

(しかし、後続の母艦級が現れるタイミングが、想定以上に遅い―――残りの個体はどこに行った?)

 

位置の差や地盤の硬さなど、様々な要因があるため、10を越える母艦級が一斉に地上に出てくる訳ではないことは予め予想されていた。だが、それだけでは説明がつかないぐらいに遅すぎる現状に、司令官は困惑していた。

 

「どうしたものか……BETAは戦力の逐次投入をするような間抜けでも無かった筈だが」

 

「想定外ばかりですな。土煙に紛れての光線級の攻撃も、偶然かどうか判別が難しい」

 

基地司令は副官の言葉に頷き、逡巡した。次の段階に移るべきかどうかを。その時、司令部にアルファ中隊の指揮官から、通信が入った。

 

『―――おい、聞こえてんのか! これから打って出る、他部隊にもそう伝えてくれ!』

乱暴な声に、司令官は平素な声で答えた。

 

「――つまり、陽動か」

 

『ああ、変則的だが光線級吶喊(レーザーヤークト)をやる。このまま丸焼きにされるよりはマシだ』

 

言葉が途切れ、警報の音が通信に乗った。直後に起きた爆発音も。

 

『――早く! 私達が役に立てるのは、ここしかねえんだ!』

 

「―――分かった。健闘を祈る」

 

「司令?!」

 

副官の大声を無視し、司令官は各所に通信を飛ばした。

 

海軍には、対レーザー弾頭の1/3まで使うことを許可した。

 

帝都側に展開していた斯衛には、敵真正面に居る本土防衛軍の中隊が陽動として引き付けるからと、側面と、側面やや後方から接敵することを。

 

敵の展開速度、光線級出現のタイミングなど、色々な所で想定から外れ始めたことを認識しながらも、ここで戦力を悪戯に消耗するとなると、息切れしてしまうと判断したからであった。

 

(札は、一枚失うが)

 

それが役割だと、死守命令を笑って受け、今正に果たさんとしている衛士の顔を司令は胸に刻み込んだ。

 

 

―――その10分後、新島翔子を含めた本土防衛軍の先遣部隊の全滅と。奇襲をしかけた陸軍、本土防衛軍、斯衛軍の混成部隊がBETA先鋒と接敵し、乱戦の状態に入ったという報告が司令部に上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『っ、紅蓮大佐!』

 

『問題ない、かすり傷程度で騒ぐな!』

 

獅子奮迅を越えて、その戦いぶりは正に鬼神の如く。光線級が出現してもなお衰えることなく、紅蓮率いるレッドファング中隊は多くのBETAを屠り続けていた。斬り、撃ち穿ちて叩き潰す。常軌を逸した訓練を超えることによって磨かれた技量は、世界でもトップクラスのものだった。

 

だが、この世に永遠は存在しない。体力に限界があることも。

 

特に紅蓮は疲れる戦い方を意識的に行っていた。先頭で長刀を振るい、後に続く斯衛の衛士たちや、同じく戦線を支えている帝国軍の士気を高めるために、赤の我はここに在りと示し続ける必要があったからだ。

 

(だが、たかが2時間程度で………我も老いたということか)

 

最初の母艦級が出てから、120分。全力で戦い続けた紅蓮は、半秒のミスによりコックピットが軋み、跳ねた破片で負傷した横腹を撫でながら自嘲していた。傍から見ていた者からすれば、十分だと言える猛者っぷりだったのだが、紅蓮は受け入れなかった。

 

最初に3体、次に1体、更に2体。まだ、()()()()()()だからと、甘えを許さなかった。

 

(司令部の推測では、全部で15体前後。だが、進軍範囲が広すぎる)

 

BETAが集まって進軍しているのならば砲撃による殲滅の効果は大きくなるだろうが、散らばっていればその限りではない。紅蓮は敵の予想される規模とこの後の進軍分布を頭の中に描くと、眉間に皺を寄せた。

 

(艦砲や航空戦力を駆使したとして、1匹残らず潰せるかどうか……いや、相手が不退転であれば、恐らくは)

 

切り札の一つである電磁投射砲も、万能という訳ではない。耐久性に問題があるとされているため、頼りすぎると痛いしっぺ返しを受ける可能性が高かった。

 

加えて、前線部隊の士気である。今回の防衛戦は典型的な消耗戦だが、そのための準備が不足していた。情報伝達から作戦の発令の時間を考えると、軍事に携わる者であれば誰もが推測できてしまうほどに。

 

帝都を守るため、という帝国軍の本懐とも言える明確な目標があっての戦闘のため、一定以上の士気は保たれている。殿下が帝都に残っていることで、それは更に。それでも、長期に渡る消耗戦においては、時間こそが敵になることを紅蓮はかつての防衛戦で学んでいた。弱音というものは厳しい状況下において多く芽吹き、激しく咲き乱れるものだと。

 

そういう意味では、光線級が現れた時が最初の山場だった。気づいていない者も居ると思われるが、あの時に前線が瓦解する可能性もあったのだ。それだけ、レーザーという空の可能性を閉ざした凶悪なる光は、人類そのものの脳裏に焼き付いていた。

 

(―――それだけに、惜しい。新島翔子と、彼女が率いた部隊……生涯忘れん)

 

紅蓮は機敏に動き、窮地を打開したこと。そして、迷わず命を賭すことを選択した士に、敬意を抱くと共に、誓っていた。無駄にはしない、と。

 

それでも、戦況は徐々にだがBETAの方に傾きつつあった。疲れを知らず、均一して性能を発揮できる。恐怖もなく、ミスもしない。その上で消耗した後の事も考えなくてもいいという、消耗戦の申し子とも言える存在こそがBETAだからだ。

 

ユーラシアでも、今の帝国と同じように戦ったのだろう。街を、家族を背にしながら多くの国が決死を誓い戦ったことは間違いない。それでも、かつては世界に覇権を唱えた欧州でさえもその国土のほとんどが蹂躙されてしまった。

 

(我らは“違う”、と。結果を得るためには、相応のモノが必要だが――ー)

 

物と物がぶつかる戦闘において、根性や気合、誇りと言った精神論は添え物にしかならない。士気もそうだが、戦争という命が数字で扱われる場において、結果を得るためには決定的な根拠が必要不可欠になるからだ。

 

紅蓮は、京都の敗戦でそれを学んだ。足りなかったなどと、思いたくもなかった。でなければ、京都を守らんとする我らの戦意が偽物になってしまうからだ。

 

そして、知っていた。精神論を言い訳にせず、やれる事はすべてやると行動で示して見せた者たち(五摂家)を。

 

故に、最後まで戦う。紅蓮は既に、ここを死に場所に定めていた。このままでは届かないと知りながらも、司令部が一手を投じるその踏み台になれば良いと、笑いながら。

 

そんな紅蓮の決意を感じていた斯衛の中隊や、片翼とも言える神野が率いる部隊も同じ覚悟で戦っていた。

 

それで、ようやく。戦況は、拮抗状態にあった。帝国からすれば、想定より少し上の速度で敵を撃退できているが、油断などできない状況だった。

 

だが、内心に共通する恐れがあった。

 

もしもここで、BETA側が一気に戦力を投下すればと―――そして。

 

 

『し、震動感知システムに反応あり―――』

 

 

計測担当から上がってきた情報。

 

そうして、想定()をすれば影になるという言葉の通りに、それは現れた。

 

 

 

『―――南西側に、6体! 5分後、地上に現れます!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初の出現ポイントから、外れること5km。相原町から相模川寄り、南西の地点に出ることを知らされたラダビノットは、拙い、と呟いた。

 

出現ポイント近くに戦術機甲部隊が展開しておらず、侵攻ルート上に機甲部隊の多くが展開していたからだ。

 

ここで戦線維持の一角を担う機甲部隊の側面援護が無くなれば、一気に押し込まれる可能性がある。だが、カバーをするにも適当な戦力が居ない。

 

(それだけではない、あの規模で一気に横浜基地に向かわれれば……!)

 

帝国軍の本体を迂回するルートで侵攻されれば、打てる手立ては電磁投射砲による撃滅だけしか残らない。相手がまだまだ残っている状況で、最後の砦とも言える札を切らされる事になる。そして、6体という数である。とても殲滅しきれるとは思えず、取りこぼしが出た事により横浜基地に侵入されれば。

 

これは偶然か、必然か。どちらかはまだ分からないが、対策を取らなければ事態は最悪のものになってしまう。

 

(一番効果的なのは、S-11による早期撃退。だが、伝播する震動、衝撃波のことを考えると―――)

 

母艦級に対してS-11の使用が制限されている理由は、味方への被害が大きくなることにあった。突っ込む前もそうだが、突っ込んだ後もだ。もしもその後に母艦級が口を開けたまま味方が多く居る場所を向けば。その直線状に居る味方戦力は、爆炎と衝撃波で薙ぎ払われてしまう。

 

ここに来て想定外の動きを連発しているBETAに対して、賭けに出るのは危険すぎるという司令部の判断を、ラダビノットは責めるつもりはなかった。

 

だが、これは―――いざとなれば、と。そう判断したラダビノットに、帝国軍の司令部から通信が入った。

 

端的に、状況を報せる言葉がラダビノットと、横に居る夕呼の耳に入り、二人ともが耳を疑った。

 

ラダビノットは、正気を疑う意味だった。

 

夕呼は、慎重な帝国軍がまさかという意味で。

 

直後に、母艦級出現の報が全部隊の通信に乗り―――間もなくして、地上部に出た母艦級群の周辺にある土塊が、轟音、爆発と共に地上に巻き上げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いかなBETAとはいえ、物理法則を無視することはできない。母艦級の巨体は驚異だが、明確な弱点もあるという説明に、沙霧尚哉は納得を見せていた。

 

大きな土圧、砲撃にも耐えうる密度。つまりは重く、何かを足場にしなければその体勢を維持できないというもの。そして、地上部に出た母艦級は何を支えとして、その口を斜め上方向に保つのか。

 

(それは、大地に他ならない。人が立つ大いなる地面―――故にそれを壊せば)

 

人は地面を蹴って進む、母艦級は土を掴むか蹴ることで推進力に変える。留まるにも、足場が必要だ。自重により滑りを止めるため、母艦級の口を円として、全周面の溶接のように、地面に楔のようなものを打ち込んでいるのだろう。そうなければ、あの姿勢は維持できない筈だ。

 

足元を土台ごと崩すためには、大威力を発揮するためにはどうすれば良いのか。そして、敵の出現ポイントを誰よりも早く見極めるにはどうすればいいのか。その答えを聞かされた時は思わず叫んだものだと、沙霧は頷いた。同時に、思いついた者の視野の広さに感嘆していた。

 

偵察兵を送るまでもない。母艦級の位置把握など簡単だ、佐渡から続く穴という、明確な路が出来ているじゃないか、と。

 

(ようやく、追いついた―――先行した中継の機体があってのことだが)

 

光線級も居ない、一時の自由を得た空を突っ切っての強行。補給部隊と、甲21号作戦攻略に用意されていた、万が一のための保険。そして、沙霧尚哉他、かつては帝都守備隊という本土防衛軍でも指折りの精鋭だった衛士達。

 

そのほぼ全員が、今回の極秘作戦に参加していた。甲21号作戦に参加していた衛士が先行して、道を確認していたからこそ間に合った。ハイヴの中から関東に続いている、母艦級が堀り抜いたトンネルを通り、その背後を急襲する作戦に。

 

(さりとて、光を浴びない窖を抜けた先に待っているのは死体さえも残らない結末だが―――それこそがこの身には相応しい)

 

沙霧は納得していた。外道は外道であるがために、今更脚光を浴びるような最期など許されないことを。何より、自分が欲しているのは称賛ではなく、結果であること。

 

既に手筈は整っていた。自爆は既に戦死した者の行いであり、功績になると言われている。沙霧尚哉は戦闘中、基地に発生した混乱により死亡という終わりを迎える。あとは、勝利を迎えれば良い。誇り高い人達が、帝国が、かつての姿を取り戻してBETAを討ち滅ぼすという正しき結末を迎えることこそが。

 

(勝手な考えだが―――この考えに同意して、笑ってくれた同士達が居る)

 

死んでも忘れないだろう者の顔を思い返しながら、沙霧は笑った。

 

(互いに想い合うということ。その意味と重さをようやく理解できましたよ、霧島先輩)

 

冗談混じりにだが教えられた愛想笑いと、その大事さについて。思い合うという言葉の意味を、沙霧はようやく理解するに至っていた。

 

暗がりに一人、これから死ぬ身であっても最早関係はない。自分と同じように、この大きくて深い穴の向こうに居る同士を―――掛け替えのない戦友との繋がりを、断ち切ることなど、出来ない事を知ったからだ。

 

(作戦前に、たった1分……言葉は禁止されていたが、互いに互いの目を見ながら心より笑い合えた―――ならば、それ以上に何を望む)

 

形だけかどうかは、知らない。だが、確かに互いの存在を思い合っていることだけに嘘はないと、確信することが出来た。下手くそな笑いだっただろう。硬直していた様子から、分かった。だが、その後に笑みが返ってきたことが、沙霧は忘れられなかった。

 

梨村、古木、阿久根、米近―――そして、駒木咲代子。地獄に道連れにすることを申し訳なく思うも、最後に手にすることができたものを誇って。

 

沙霧は一切恐れることなく、巨大な母艦級の背後にある土塊前にたどり着くと、大きく腕を振り上げた。

 

 

「後は、頼んだぞ―――橘操緒!」

 

 

敬愛する中将や慧だけではない、地上で戦っているであろう帝国軍も、どうか悔いのない戦いを―――誰もが笑顔で生きられますように、と。

 

本人は気づかないが、霧島祐悟と同じ笑みを浮かべたまま。振り下ろされた拳が起爆装置の蓋を叩き割り、スイッチに刻まれたSDSの文字にその掌が触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重なった衝撃波、想定以上の規模の地盤の崩落、連鎖して崩れ落ちる地面と母艦級の巨体。ほぼ同時にS-11が起爆されたことが原因だろうが、互いに通信が届かない穴の中でそれが成されたのはいかなる奇跡か。

 

否、必然であろうとも成すべき事は変わらないと、橘操緒は決意を噛み締めながら、急激なGがかかる中で何とか意識を保っていた。

 

そして、間に合った。甲斐があったと、笑う。二波に備えて後方に控えていたことも、武装の一切を捨てて全速で賭けに出たことも。

 

 

現実に、母艦級は自分が掘った穴の底に身を落とした。中のBETAも同様だろう。踏ん張れる角度を保てているからこそ、中に居るBETAも転ばずにいられるのだ。それを地面ごと転がせば、垂直にしてしまえばどうなるのか。強く重たいBETAであっても、幾重にも上から伸し掛かられればどうなるのか。

 

そして自分がトドメだと、操緒は笑いながら速度を上げた。穴から再び母艦級が這い出て来る前に辿り着かなければならなかったからだ。

 

(間に合うか―――いや、スタートが早かった。これなら間に合う)

 

不知火の現在の時速は600km、即ち5分で50km進める。それは横浜基地や帝都に待機していても、駆けつけるだけなら()()()距離だ。

 

後は、仕上げをするだけ。貫通した銃創が痛もうと、開いた傷口と口の端から血が溢れようと関係がない、今度こそ自分の手で成し遂げるのだと、操緒は気炎を吐いた。

 

もう、御免だったからだ。自分の無力を嘆くことも、覚えのない功績を押し付けられることも、先に逝った勝手なバカの背中を見送るだけの自分も、全て。

 

「信念、行く先、終着点―――あの時は答えられなかった、でも」

 

王紅葉との問答で気づいた、薄っぺらい自分。まだお前はどこに行くのかさえ決めていないと言われて気づいた、迷走している我が身。

 

未熟さを知り、そこから脱したいと抗った。京都から続く徹底した抗戦と関東防衛戦、明星作戦を経て、操緒は自分の終着点を見出しつつあった。そして霧島の死に様を見た操緒は、ようやく理解した。

 

望むのは、橘操緒として望んだままに歩き、行ける所まで走り続けること。

 

誰かに認められるからではない、己の内に答えを見出すために。家族だ、立場だという言い訳を除けて残った、自分が綺麗だと思うもののために。

 

政治的だという言葉、階級、立場というものの意味と、それを乗り越えて中将として戦った父の背中、その大きさを知ったからこそ思ったのだ。

 

今この時も、命が死んでいく。何かの冗談のように潰されるのだ。BETAの手により呆気なく失われていく者の、なんと大きいことか。

 

その理不尽を汚泥と見た。誇り高きに散る者を、綺麗だと思った。血と泥を厭わず、自らを犠牲にするその強さの、何と貴いことか。

 

だが、人は綺麗な所だけではない。防衛戦の最中に見えた人と人との争い、醜いもの。信じられないような光景をいくつも見てきた。伸ばした手を払われるどころか、掴み引きずり込もうとする者まで居た。紅葉から聞かされた過去、大陸で起きている悲惨な現実が嘘ではないことを学んだ。

 

(信念が揺らぐこともあった、味方を疑うことさえも―――でも)

 

現実はここにあると、操緒は操縦桿を軋むほどに強く強く握りしめた。人に裏はあるが、表が無いはずがない。秘めた欲など、誰にでもある。そのためにつかれる嘘もあるだろう。恐れるあまり偽り、欺くこともまた同じだ。

 

そして理不尽に抗う人達が集結し、一丸となって命を賭けていることも、幻ではない

現実だった。

 

そこに、欲した光景があったのだ。

 

―――身を呈し、逆劇の一手を打つための踏み台となって死んでいった者が居る。

 

―――我が身の栄光を望まず、暗がりの中で。誰も居ない穴の中で死ぬことを厭わなかった者達の成果は、眼前に。

 

(そして……最後まで忘れられなかった)

 

操緒は、脳裏に刻みつけている男達の顔を浮かべて、笑った。

 

―――他国の防衛戦だというのに。1戦の一時のみだろう、戦況の不利を覆すために骨ごと蒸発した男は、自慢話をするために戦っていると言い遺した。

 

―――死後ずっと貶されるだろう未来を笑って飲み込み、大逆たる悪役を担い国を救った一手を呼び寄せた者を知っている。

 

かつては憧れていた、だから手を伸ばした。それだけでは満足できず、身を乗り上げた。柄じゃないけど、と操緒は苦笑した。星と謳われた英雄ではなくとも。

 

「才はなく、信望もない、せいぜいが地を這うヒトデと言った所だが」

 

この意志だけは偽れない。成果はいかほどだろうか、一助、一手を埋める程度のものだろうが、それを察しつつも操緒は不満もないと笑った。

 

BETAを恨むのではない―――BETAのために死ぬのではなく、尊敬する味方に負けないように走るのだからと、誇らしげに。

 

 

「だから、構わない―――その行き着く先が、命の終着点であっても」

 

 

果ては知らない。知ったことではない、私が見出した納得できる終わりはここにあると。

 

生き抜いた先にたどり着くのは、天国か地獄か。死んだ後に会えるかどうかさえ分からないが、土産話の一つでも持参するのが道理だろうと、軽く笑いながら、橘操緒という女性は腕を振り上げた。

 

 

―――数秒後、母艦級6体が犇めく穴に飛び込んだ不知火に積まれた2連のS-11が起爆し、その衝撃波と爆炎と、爆散したBETAの血肉が大きな穴から空に向けて吹き上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝国軍の司令部の中は、混乱状態にあった。突如の新手の出現、直後に大爆発と、更なる大爆発。

 

その原因に心当たりがないことが、混乱を助長していた。各所から報告が上がり、HQに声が飛び交った。

 

『―――観測班より報告! 新手の母艦級ですが、健在のBETAも居るとの―――』

 

『―――爆発はS-11によるものとの報告が! 合計で、8発のS-11が敵中心部で―――』

 

『―――更に、震動源を感知! この波形は、母艦級3体が―――』

 

『―――司令、本土防衛軍より一時退避の要請が! 補給コンテナは南東F-7のポイントに―――』

 

情報が入り乱れては混じり合う。その中で分かるのは、ようやく1手分の差を埋められたが、依然として不利であることには変わらないという戦況だけ。

 

司令官は何者かは知らないが―――恐らくは自爆特攻であろう事を察しつつも―――心の中で敬礼を捧げた後、戦況を見据えた。

 

戦術機甲部隊の内、陸軍・本土防衛軍の3割が損耗。斯衛も2割が鬼籍に入り、機甲部隊も指揮官である西田が負傷、指揮下の部隊も5割がレーザーにより蒸発したという。

 

敵方を多く削れたが、帝国側の損耗も激しく、有利とは言い難い状況となっている。そして前線も、8km地点まで押し上げられていた。

 

そして更に、と今度は北東部に新手の母艦級が現れた。最初のポイントより2kmほど離れているだけだが、帝都寄りの位置のため、早期に迎撃に向かう必要がある。

 

だが、手が足りなかった。帝国が保持する戦術機甲部隊も、その予備まで既に引っ張りだしていたからだ。総力戦という文字通り、出し尽くす勢いでの激戦が続いて、既に3時間あまり。予備も余裕も消え去った今の状況下で打てる手は、温存している艦砲射撃のみとなる。

 

抱えて落ちるよりも、あるいはここで。悩む司令官だが、先ほど南西部に現れたBETAの動きを思い出し、もしも奇抜な一手を打って来られたらと考えると思いとどまった。

 

帝都、横浜近くを有効射程範囲に入れている艦隊による砲撃は、大抵の数の不利を覆すに足る。電磁投射砲も耐久性と運用データ不足という難がある以上、頼るべきは艦隊であると司令官は判断した。

 

(万が一に備え、甲21号に投下する戦力を温存していれば―――いかん、弱気になってどうする!)

 

先に逝った英霊に笑われてしまうと、司令官は眉間に皺を寄せながら考えに考え抜いた。だが、取れる手はほぼ無いに等しい。

 

戦術機甲部隊が足止めを、機甲部隊が砲撃を、という定石通りの防衛を続けている以上、有効となる手は戦力の補充しか存在しないと考えていたからだ。

 

だが、無い袖は触れない。やはりここは、と司令官が札を切ろうと考え始めた所に、通信が届いた。

 

声の元は、横浜から。そうしてHQのモニターに映ったラダビノットから伝えられた言葉を聞いた司令官は、口元を引き締めた後に聞き返した。

 

「―――それで、理由は? まさか、急に正義感に目覚めたという訳でもあるまい」

 

代償は、と裏で問いかけた司令官の言葉に、ラダビノットは嘘偽りなく答えた。一瞬の硬直の後、大きな笑い声が。司令官は抑えきれないとばかりに、言った。

 

「―――なるほど、魔女の所業だ」

 

しかし、頼もしい。司令官はラダビノットの後ろに控えていた夕呼に対して畏怖を覚えながらも感謝を捧げた後、答えた。

 

「受け入れよう―――全軍に通達! 戦術機甲部隊は、一時補給のため、後方に!」

 

少し興奮を抑えきれない様子で、司令官は叫んだ。

 

 

―――宇宙(そら)から友軍がやって来るぞ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――よろしいのですか、艦長』

 

『構わんさ。色々と理由も出来た』

 

決定的だったのは先の特攻だと、男は―――国連宇宙軍の第5艦隊を率いるジャン・クリストフ・ベルナールドは、不機嫌な表情のまま答えた。

 

『我らがリヨンに出来た忌々しい奴らの巣。その攻略に役立つ“地図”が失われるのは、即ち全宇宙の損失だろう?』

 

『……ブラフ、という可能性は消えたと判断されたのですね』

 

『でなければ、あそこまで手早く反応炉を破壊できはせんよ。先の母艦級への対処もそうだが』

 

甲21号の攻略速度と、BETAの動向の把握に、的確すぎる対応。いずれも、横浜の魔女が佐渡島のハイヴから色々なものを得た事を示す証拠となっている。少なくとも何かがあると、ジャンは見極めていた。

 

これから行う援護は総軍の許可を得たものではないため、色々と問題になるだろうが、それでも失われるものを優先すべきだと判断していた。

 

(そも、仕掛け人が大勢居るアメリカは現在も混乱中。そうでなくても、HSSTを爆弾代わりに使ったクソ共にお伺いを立てる必要はない)

 

政治的な知識に疎いものでも、HSSTの件は宇宙軍に非があるだけではなく、何らかの目論見があって行われた事であることは察せられていた。ジャンも他の宇宙軍の者と同じく、内心で策を実行した者に対して縊り殺したい気持ちを抱いていた。

 

宇宙で戦う者にとって艦は唯一絶対のものだ。船乗りが船を家だと思い誇りを抱いている以上に、宇宙軍にとっての“艦”という存在は大きいものだ。

 

故に事の顛末を知ったジャンは仕掛けた者に大きな敵愾心を抱いていた。ハイヴという絶望の牙城に切り込む、命を預ける我らが刃であり鎧を。再突入型駆逐艦を無粋に使い潰した輩を、ジャンは生涯許すつもりはなかった。国連でも米国寄りの愚か者も、それが揃っている艦隊も、何もかも。

 

“無礼”を働いた宇宙軍が同胞たる国連軍の横浜基地に“詫びを入れる”という意味でもこの行為には意味があると考えていた。もしかしなくても自分の進退が問われることになるだろう。だが、それ以上の価値があること見極めた上で、ジャンは決断していた。

 

祖国奪還の機会を取りこぼすような愚を犯さない事を、ジャンはかつての失敗の後に誓っていた。全ては欧州の、尊き祖国の復権を、誇りを取り戻すために。

 

『―――いい感じに敵も減ってきた。日本に損害も出ている、ここが恩の売り時だ』

 

大きな賭け所だけではない、細かい部分でも経験を活かして窮地を潰して回っている。その戦いぶりを把握していたジャンは、誰にも言うつもりもなかったが、目下で戦う全ての戦士に敬意を抱いていた。

 

先の自爆特攻であっても、あれだけの事を成せる衛士を有効に消費できるのが日本という国なのだ。ジャンは数時間前まで抱いていた、『アジアだから』という侮りを持っていた自分の考えを、愚かなものだと切り捨てていた。

 

(強い―――だけじゃない、この上なく彼らは人間だ。だからこそ、この1手には意味がある)

 

勝ち馬に乗るのは当たり前、感謝の数値が最大限になる頃合いだと、ジャンは口元を歪めながら告げた。

 

『流石に全戦力の投下は無理だが―――それは質で補うことにしよう』

 

行って来い言い訳に足る優秀な人材よ、と。

 

軽く告げられたジャンの言葉に、通信の向こうから感謝の言葉と共に、嬉しさを隠そうともしない声が応答した。

 

 

『はりきって、行ってきますよ―――同窓会も兼ねてね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『国連、航空宇宙軍の第五艦隊だと………!?』

 

『き、軌道降下兵団まで………!』

 

帝国陸軍の衛士は、我が眼を疑っていた。急遽伝えられた援軍の存在、間もなくして行われた軌道降下爆撃。それが夢や幻ではないと示すように、空に打ち上げられた光線の束がAL弾を次々に貫いていった。

 

散らばった残骸から、周辺一帯に重金属雲が発生していく。通信状況が悪くなるが、足りない手が補填された効果の方が大きかった。何より、弾薬も燃料も限界だった戦術機甲部隊が補給に戻ることができたのが大きい。

 

地獄に仏と言わんばかりに、あらゆる者たちが安堵の息を吐いた。そして、再突入殻が地面に激突し、轟音と共にBETAを粉砕していくという“分かりやすく五感に訴えかける効果”が上がっていく度に、士気が急速に回復していった。

 

 

―――そして、事態の好転はそれだけには留まらなかった。

 

 

光線級の脅威が少なくなった中、補給に努める部隊に通信が。

 

間もなくしてHQから、各機に通達が出された10分後には、新手の援軍は戦場に辿り着いていた。漆黒の、覚えがない機体を前に、帝国軍の衛士達は驚愕の声を上げた。

 

『機体情報は無し、しかしあのマークは!』

 

『―――間違いない! でも、海の上からどうやって………!?』

 

間に合わないと思われていた者達、その指揮官である女性は腕を上げながら声に応えた

 

『私達だけが先行しました―――“親切な”星条旗を掲げる艦が、“偶然にも”海の上で中継点になってくれたお蔭でもありますが―――』

 

何よりも今に優先すべき事は、とターラー・ホワイトは第二大隊の隊長であるグエン・ヴァン・カーンと、第三大隊の指揮官であるマハディオ・バドルに告げた。

 

 

『―――大東亜連合軍、第一戦術機甲連隊、第一大隊から第三大隊。以下108名、日本帝国軍の援護に入る―――各機、気合を入れろ、存分に蹴散らせ!』

 

 

 

遠慮は要らんぞ、とまるで鉄拳と呼ばれた異名を示すかのように。

 

命令と共に前線に躍り出た衛士達が、立ち塞がるBETAを区別なく粉砕していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――白銀、まりも』

 

『分かってますよ、夕呼先生』

 

『ええ、ここが賭け時ね』

 

 

名前を呼びあっただけで、3人は互いの言いたいことを理解していた。

 

武は樹とまりもに視線を向けると、頷きあい。

 

周辺で待機していた、我慢の限界だと言わんばかりの感情を隠さなくなった衛士達に向き直ったまりもは、視線と通信を飛ばした。

 

 

『ヴァルキリー中隊は電磁投射砲の護衛に専念しながら―――先行するクサナギ中隊に続け!』

 

 

投射砲を持って前に出るぞ、と。

 

大声での命令がまりもと樹から下され。本日一番となるかもしれない大声での唱和が、A-01のCP将校である遥の鼓膜を僅かに傷めた。

 

 

 

 

 




副題:灼け落ちない翼

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