Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

239 / 275
4章・最終話 : パラダイムシフト

人は闇の中で輝く光に、希望を見出す。火を使うことさえ知らなかった原始の時、脅威となる敵だらけの中で夜を過ごす人たちはどれだけの恐怖を抱いていたのだろう。それは想像でしか推し量ることができないが、確かなことはどのような闇でさえ照らす炎の光は人に安心以上のものを齎したこと。

 

時を経ても、それは変わらない。人は、死地に追い詰められるほどに光を―――炎の力を焦がれる程に欲するのだ。

 

守られる人は、祈りを捧げる。どうか、あの炎が敵を滅ぼしてくれますように。どうか、往く道を照らしてくれますようにと、希い、望むのだ。

 

戦う者は、抗う力に変換する。暗闇の時代、絶望だけが蔓延する戦場を照らすが如き英雄、先人に憧れる。そして赤ら顔で喜びと共に、自分もそうなりたいと願うのだ。届かないとは考えない、焦がれるように憧憬に向かって只管に手を伸ばし続ける。

 

少なくとも、大東亜連合の衛士達は戦う者を“そう”だと信じていた。

 

BETAと直接戦ったからこそ、疑わない。かつて、自分達が逃げるために命を賭けて時間を稼いでくれた人たちを知っているから。時間と汗と弱音を潰しながら、自らを鍛え上げた尊敬すべき上官の姿を見たから。

 

そして、正式に任官した今の自分よりも年下だというのに、反吐と弱音と酸っぱい匂いによって精神を揺さぶられながらも決して諦めなかった衛士たる衛士が居たことを教えられたから。

 

火の先(ファイアストーム・ワン)の故郷が、侵されようとしている―――なら尚更退けませんよね、バドル隊長』

 

『当たり前だろう。逃げてもいいなんてほざくバカは居ないし、そもそも連れて来てねえよ』

 

でっかい借りを返す時間だと、マハディオ・バドルは言う。恩を知る、恥を学んだ、故にここですべきことは決まっていると。

 

『蹂躙するぞ―――全力でだ』

 

先ほどの爆発を起こした者に、空からやってきた奴らに負けないぐらいにと、マハディオは言う。

 

 

『幸いにも、先鋒は俺たちだ―――あそこに居るだろう1番星に見せつけてやる勢いで、盛大に輝いてこい!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『メコン川の夕焼けを、覚えている者は居るか』

 

グエン・ヴァン・カーンは問いかけ、首を横に振った。今更言うまいと。

 

『―――あの日、あの時にインドシナ半島は救われた。俺はあくまで手伝っただけだ―――本筋を組んだのは元帥だが、もう二人居る』

 

その者達の故郷が横浜であることを、グエンは隠さなかった。

 

『そして、壊れたF-5の代わりに日本帝国からF-15J(陽炎)が支給されていなかったら、どうなっていたことか』

 

ずっと前の防衛戦からハイヴ攻略戦まで、最前線で戦った者が居るからこそ、守られたものがあった。家があり、風景があった。グエンが所属する隊の誰もが、その事を知っていた。

 

『やりましょうよ、大隊長―――借りたものはきっちりと返せと、そう教わりましたから』

 

忘八に不義理を重ねたりしたら、厳しい院長(ハイン)さんに怒られちゃいます、と。軽く笑いながら答えた彼女もまた、マンダレー・ハイヴ陥落により救われた者の一人だった。

 

 

『―――全機、前進。まずは、敵中深くに入り込んだ降下部隊と合流する』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……防衛戦に、まさかの軌道降下部隊か』

 

話を通した者も受け入れた者も、どちらも豪胆に過ぎる、と。ターラーは苦笑しながらも、時代が変わっていく様を感じていた。間違いなく、この動きの背後にはある一人のバカモノが居ることまで。

 

甲21号で何が起きたのか、この防衛戦で何が起きるのか、終わりの先々まで何が動いていくのか。その全ては把握できていない、予測できるはずがないのだと、ターラーはかつての大陸での戦いを思い出しながら告げた。

 

『だが―――否、だからこそ友好国たる我々が負けてはいられない。貴様たちも見たな、空に巻き上がる爆炎を』

 

ターラーの指揮下にある大隊員は、頷いた。何が起きたかは、道中に知らされていた。単純なBETA撃破数だけを見れば一気に突出したであろう個人、命を賭けて守る、その価値がこの国にあるという気概を見せつけられた気分だった。

 

ターラーは、優しく微笑んだ。マンダレー・ハイヴで散った教え子を思い出しながらも、胸の痛みを隠しながら告げた。

 

 

『マハディオの大隊をフォローしつつ、相手の先鋒を削る―――大東亜連合の戦術機甲連隊の力を、見せつけてこい!』

 

 

かつて、クラッカーと呼ばれた中隊が所属していた意味を見せつけてこい、と。軽く、深い言葉で命令された衛士達は一斉に応えると、高出力の跳躍ユニットを全開に吹かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……まるで、何かの冗談のようだな』

 

万事休すの状況で、大胆な策に恐らくは命令無視を重ねてのものだろう、S-11による極めて効果的になった爆殺に、定石を完全に無視しているのだろう援軍。

 

司令部から前もって告知されていない事を考えると、急な何かがあったことは推測できる。帝国陸軍の連隊長である男は、大陸での激闘にも生き残った衛士は、大斑十蔵という名前の少佐は、好転していく状況を眺めながら、夢でも見ているのではないか、とぼんやり呟いていた。今の事態が現実のものだと、とても信じられなかったからだ。

 

十蔵はかつて大陸での戦いに参加し、生き延びた衛士の内の一人だった。他の衛士達と同様に、幾度も死ぬ目にあった。戦況の悪化など日常茶飯事で、BETAが予想外の動きを見せる度に仲間が死んでいった。故に、彼は若い時分に悟っていた。一度窮地に陥った後に挽回など夢のまた夢、勝つためには最初から最後まで圧倒的な戦力で蹂躙しなければならないと。

 

―――だって、助けを呼んでも差し伸べられる手は無かったから。国連軍は弱腰で、援護に入った他国の軍も一度混乱してしまえば頼れるとは言い難かった。

 

―――だって、状況を打開するような英雄は現れなかったから。BETAの侵攻を一度は押し返しても、次がまた来る。繰り返す度に新任の衛士が即日に未帰還となり、疲れ果てたベテランも勇猛果敢に散っていった。

 

―――杓子定規の命令ばかりが下され、挽回の奇策を具申しても一笑に付されて終わった。それを跳ね除け、軍法会議を覚悟の上で動く者は誰も居なかった。

 

―――まるで死ぬために戦っているみたいだ、と感じた。この星はもう地獄の底に没んだのだと確信した。獄卒はBETAで、何の罪かは分からないが、裁きを下しに来たのだと思った。でなければ、取り巻く状況や理不尽に対し、欠片も納得できなかったからだ。

 

力不足を嘆いてから、2年で諦めた。先に死んでいった戦友に面目が立たないと、自殺だけはせずに日々を惰性で戦って8年。クーデターを目の当たりにして、ひょっとしてという希望さえ抱かなくなった後に、ようやく訪れた光景が目の前にあった。

 

『―――大隊長?』

 

『ああ、すまん―――長いこと、寝惚けていたようだ』

 

『しっかりしてくださいよ、逃げの十蔵』

 

頼りにしてるんですから、という部下からの言葉に、大斑十蔵は前方を指差しながら告げた。

 

『ああ、この期に及んでサボるのは無しにするさ―――全機、逃げるぞ。左翼前方に、全力でだ』

 

歴戦の衛士は、捕捉していた。援軍から遠い位置に居るため、恐らくはあと10数分ほどで左翼側がカバーしきれなくなることを。

 

『―――了解です。しかし、死守命令では無いと』

 

『柄にでもない真似をするやつは、無駄死にするのがオチだ』

 

得意分野に引きずり込み、役割はきっちり果たす。指揮下に居る二個中隊では倒しきれない規模だ、故に足止めをする。逃げながらの嫌がらせは得意中の得意だと言い切った十蔵に、副官は了解と答えた。

 

それでも、と戦い続けてきた上官の背中を、いつも通りに追いかけるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――驚いたな。余すこと無く、全員が掛け値なしの本気で()ってる』

 

水無瀬颯太は要撃級の首を斬り飛ばしつつ、援軍の動きを観察していた。敵陣深くに突っ込んだ軌道降下部隊と、その援護と敵先鋒を削る役割に回った大東亜連合の戦術機甲連隊を。かつての京都防衛戦の時とは違う、あくまで他国に対する援軍だからと安全に動くような素振りは全くない、全力で戦っているその姿から、感じ取っていた。

 

『―――ええ。何に触発されたのかは、知らないけれど』

 

華山院穂乃果は主である宗達の援護をしながら、同意を示していた。最精鋭なのだろう、1機も脱落することなく的確にBETAに対処している部隊―――即ち、切り札的な存在であろうにも関わらず、まるで戦っているその姿は自国の首都を守らんばかりだ。

 

どうして、そこまでの意気を以てこの戦いに挑んでいるのか。応えたのは、同じく赤の斯衛の傍役の一人だった。

 

『決まっている、どこぞのバカが居るからだ。魔女も当然、横浜という土地柄も相まっている』

 

もしくはそのバカの父親への恩返しか、あるいは。そうだろうと、真壁介六郎は同じく赤の傍役である風守光に問いかけた。

 

『降下兵団の全体の規模を考えるに、あれは数が少ないだろう。だが、宇宙軍の一部隊を預けられるような者が、そんな風に揚げ足を取られるようなヘマをするとは思えん』

 

『―――まさか』

 

『その、まさかだと思います。宇宙軍に入ったとは聞いていませんが、この動きは―――』

 

唯依の言葉に、快活な笑い声で応えた者が居た。

 

記憶にある限りでは、宗達や炯子でさえ聞き覚えのない、光と介六郎だけは一度だけ聞いたことがあった。その中心に居た斑鳩崇継は、彼にしては非常に珍しい、喜びと興奮を隠さない声色で、答えを口にした。

 

『意味はあったという事だろう―――地獄のユーラシアで最後まで戦い抜いた、齢にして10と少しの少年の旅に!』

 

奇跡ではない、現実の積み重ねだと崇継は言い。後方より移動を始めたという連絡を聞いた斯衛の面々は、誰もが口元に笑みを浮かべながら陣形を整えた。

 

事態が、更に一歩進んだからだ。恐らくは最後であろう母艦級が、一斉に地上から顔を出していた。規模はこの防衛戦が始まってから最大で、レーダーに映った敵陣は、赤い絨毯のようになっていた。

 

ようやく出揃ったか、と誰かが呟いた。これでこそだと、誰もが獰猛に笑い声をこぼした。そして、斯衛の頂点として認められた5家の者達は一斉に命令を下した。

 

―――往くぞ、と。

 

『ここは帝都の御前だ……他所者だけに任せては、斯衛の名前が泣いて萎れる』

 

『そして、帝都には殿下が居られる―――文字通りに、その御命を賭けて』

 

『このような規模のBETA程度、何するものぞと。我らが勝つと、そう信じられているからだ―――至極当然であり、疑う余地など皆無だが』

 

炯子、宗達に崇継が告げ。視線を感じた唯依は、唾を呑みながらも、決然とした佇まいで続いた。

 

『我ら帝国斯衛軍は、殿下の矛だ。そして帝都を、この国を汚す化生を払う盾の象徴でもある―――これまでも、これからもだ』

 

斬るために、守るために、誰よりも頼もしいと思われ、事実として戦果を上げてきた。京都から何度も、戦功を積み重ねてきた。多くの先人達の屍を積み上げながらも、日本に帝国、斯衛在りと言われるようになるまでなった。

 

唯依の言いたいことを、崇継は理解しながら、笑った。こうまで成長するかと、笑いながらその意志を受け取り、責任を負うようにして宣告した。

 

『その通りだ―――各々が、その名に恥じぬように戦え。我らこそが斯衛だと、戦場に居る全ての者達に示すように!』

 

援軍は勿論のこと、爆炎の中に消えた衛士に対しても。大きな敬意を示しながらも負けてはいられないと、対抗心をむき出しにした()に生きる者達は、崇継の命令の元に、雄叫びを上げながら、前へ。

 

雷と剣の神を冠する機体と一身になりながら、次々に最前線へ身を躍らせていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遅れるな、とは最早言わない。付いてこい、などと今更問うまでもない。A-01の最前衛を務める男は、今になってようやく、後ろに気を配ることなく前に集中できるようになっていた。

 

先の甲21号作戦を乗り越えた、その姿を見ていたから。この防衛戦が始まってからずっと、悔しそうに様子を見ていたその顔を見たから。多くの兵が死に、死に、死んでいく様をその眼に見ながらも、恐怖するより前に、自分も戦いたいとそう思っていたから。投射砲を守り最後の砦となることが自分たちの役割だと言って、はやる気持ちを押さえなければならないほどに、強く。

 

戦場の真実を知ってなお、戦い死ぬ人の有様を見た上で、迷いなく戦うことを望むようになるのならば、もう何をも言えることはない。技量は別として、千鶴達の気構えはもう一人前になっている。そうであればこれ以上の口出しに意味はなく、本当の意味で独りよがりの手前勝手なものになってしまうと、武は感じていた。

 

故に、前へ。精鋭中の精鋭たる仲間と共に、立ち塞がる敵の全てを蹴散らしながら進んでいた。ユウヤ、タリサや亦菲は当然とばかりに、冥夜、慧は追いすがるように、中衛も混じってBETAというBETAを潰しまわっていた。

 

流れるように滞りなく、攻撃と回避を繰り返しながら要撃級の頭という頭を斬り飛ばし、戦車級は飛びつく前に最小限の弾薬で丁寧に撃ち潰す。要塞級に囲まれるも、逆に遮蔽物や攻撃手段として利用し、小型種まで巻き込んで肉塊に変えていく手際は、殲滅に至る最短のコースを踏破していると言っても過言ではなかった。

 

その規格外の動きは、お前達じゃない、俺たちこそが理不尽だと主張しているかのようで。そうしている時だった。

 

最初に違和感に気づいたのは、後衛に居たサーシャと壬姫の二人。前衛味方とBETAの動きを両方とも観察しているからこそ、気づけたのだ。

 

―――周囲のBETAが、ある一点に攻撃を集中していることに。

 

そこからの変化は、劇的だった。動きを変えたBETAは、それまでとは異なる、闇雲ではなくある目的をもって動き始めていた。

 

立ち向かうのではなく、あくまで動きを阻害することを目的としているような。迂闊に踏み込まず、牽制をする動きを行動に取り組み始めたBETAに、中衛の4人は困惑した。

 

直後、その隙を突くかのように飛び込んできたのは、突撃級だった。要塞級や戦車級が突如横に動いたかと思うと、その背後から全速で突進してきたのだ。それで撃墜されるほど中衛の4人は間抜けではなかったが、回避できるスペースが限られていた。

 

樹達は、一瞬迷うも、空いている後方へと退かざるを得なくなり。その間を埋めるようにして、戦車級と要撃級が殺到した。

 

『っ、これは―――BETAが連携だけじゃなくて、分断を!?』

 

『前衛4人、気をつけろ! すぐに向かうが―――』

 

時間がかかる、との樹からの声がした直後、BETAは更にその動きを変えた。帝都や横浜基地に向けていた足を止めると、逃さないとばかりに武達4人を包囲する陣形を取ったのだ。少し後方に居た冥夜と慧を除いた、武、ユウヤ、タリサ、亦菲の4人は360°全方位がBETA、という珍しい状況の中で、ため息を吐いていた。

 

『……流石に、初めての経験だな。こうまで敵視されるのは』

 

『ふうん。アホらしいほど戦ってきたアンタをして初めて、って事は―――』

 

『―――人類史上初めてかもしれねえな。そもそも、BETAに個人を認識できる機能があったっていうのが驚きだぜ』

 

『……タケルの機体の()()()()のせいかもな。あたし達の目的には沿っているけど、どうしたもんか』

 

武達の主目的は陽動だ。電磁投射砲発射の態勢が整うまでの時間稼ぎのため、前線でBETAを引きつけて、その勢いを減らしつつ数を削るために派手な動きで戦っていた。

 

それを考えれば、包囲されている状況は―――特に中型が集まり過ぎているため、光線級の射線も通らなくなった今の状態は、好都合とも言えた。

 

そんな中で、3人の意識が集中する。突撃前衛長である、武の元へ。

 

『―――はっ、いいぜ。むしろ望む所だっての』

 

武は明星作戦の時と同じように、長刀を地面に突き刺した。それは先ほど戦場で拾った、この防衛戦の最中に果てた、どこかの誰かが遺したものだった。

 

それを誇るように、包囲するBETAに見せつけるように突き立てた。これこそが退けない理由であるかのように―――大地から空へと突き刺した、自分の決意の意志を模しているかのようにして。

 

 

『存分に相手してやるよ、宇宙の塵ども―――いつかのように、斬って砕いてバラしてやらぁ!』

 

 

中央で吠えた、()と銀の塗装が施された不知火・弐型が二振りの中刀を構えなおしたと同時に、包囲していたBETAが中央に向けて一斉に動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

炯子は、宗達は、崇継は、その部下達は直接ではなくても、レーダーに映るその動きから異常を感じ取っていた。円状に広がる赤色の点が、中心に殺到するも次々に消えて行く。だが、中央に居る4点は小刻みに動き、その度にBETAの反応が消えていく速度が上がった。

 

紅蓮は、その戦いを遠くから見ていた。対BETA戦においては奇妙極まりない、連携をするBETAと、それを捌いていく機体は目立って仕方がなかったからだ。いずれも精鋭、動きは苛烈であり大胆かつ、繊細な。その中でも、自らと同じ赤色の鎧を纏う者の動きは際立って見えた。

 

神野は、その戦いを紅蓮と同じ位置で見ていた。疲労困憊であっても、嫌に目に入るその戦いを。年甲斐もなく、悔しさを覚えるほどに鋭く、自分の先を行っていると思わされる動きを。

 

帝国陸軍のベテランは、その戦いを前にほくそ笑んだ。その動き、恐怖と畏敬を越えて呆れさえ覚える規格外の機動は、忘れようと思っても忘れられる筈がない、ましてやその機体の色が色だったから。

 

ベテランに付き従う新人衛士は、死にそうになりながらも、その戦い振りを肌で感知していた。見えない、ある筈がない、だというのに熱が放射されているかのように何かが熱くなっていく様を感じていたから。

 

遠く、高台に居る西田陽は頭から流れる血を忘れたかのように、魅入っていた。何よりも赤く、まとった外皮が炎そのものであるかのようにBETAを蹂躙する動きを、かつての関東防衛戦で見知っていたから。

 

同じく、千見万里も部下に命令を飛ばしながらも、口元には笑みを浮かべていた。本人かどうか、その正体を考えるよりも先に納得していたからだ。大勢が死に、仲間の死の上で戦わなければならないこの理不尽かつ過酷な戦場に来なければ、むしろあの者らしくないという説明にならない理屈を以て。

 

 

―――それでも、白銀武は無敵ではない。赤の鬼神でさえ、かつての苛烈な防衛戦で傷を負ったことがあった。体力ではない、機体にかかる負荷もそうだが、何より装備の耐久性や弾薬は無限ではないからだ。

 

その理を示すかのように、周囲に居る3機の動きが徐々に鈍くなっていった。武はそれを把握しつつ、打開策を練り始めていた。襲い来るBETAを相手に切った張ったを繰り返していた武達だが、実質は綱渡りの連続だったからだ。

 

互いの死角を潰し合うことで、前面に居る敵に全力で対処する、それを高精度で繰り返していただけの事で、死の危険が消え去った訳ではなかった。それぞれの練度が高いため、一か八かというほどでもないが、失敗が即座に死に繋がるような状態だった。

 

(俺は、まだいける。だがユウヤ達は慣れていない、あと5分持つかどうか)

 

武は連日での、体調が万全ではない厳しい状況での戦闘には慣れていた。体力の総量もそうだが、体力を調整する技術などは、実際に経験しないと身につかないものだ。並行世界でもそうだが、大陸での戦闘の日々はそうした経験値を積むに十分なものだった。

 

それでも、ユウヤ達を先に退避させた後、変則的な動きをするBETAを相手に単独で立ち回るのには、一定以上の不安が残る。

 

戦死は許さないと言われている以上、ここは4人揃って一時的に退くのが正しいか。

 

そう考えた武は、眼の前の要塞級を二刀で切り刻んだ後、ユウヤ達に伝えようと一瞬だけ動きを止めて―――同時に、防衛戦の前方となる位置に居たBETAの群れが一斉に動いた。

それぞれ左右に、まるでモーゼが海に起こした奇跡のように割れたのだ。武はそこで、周囲に生存しているBETAが居ないことに気づいた。

 

『しまっ―――!』

 

意図に気づいたと同時、正解だと言わんばかりにレーザー照射警報が武の視界を赤く染めた。そこからの反応は、流れるように早く、最善を越えたもの。

 

重金属雲があるとはいえ、地面付近の濃度はそれほどでもなく、この距離での照射ならば致命傷は確実。BETAを盾にするにも、届かない。ならば先に迎撃するしかないと、身体は最適解を果たすために動いたからだ。

 

突撃砲を構え、射線の先に居る光線級へ狙いを定めると同時に120mmを。

 

だが、武は同時に気づいてしまっていた。

 

この数秒で放つことが出来る弾数よりも、視界に見える光線級の数が多いことに。

 

『た、タケル―――!』

 

『っ、逃げ―――』

 

『んの、バカやろうが―――!』

 

連続して自分に向けられた罵倒さえも、どこか遠く。

 

武は背中に流れる冷や汗と共に、退避行動に出るべく操縦桿を握った。だが、歴戦の経験だからこそ、最早手遅れだと理解してしまっていた。

 

(ああ、ちくしょう)

 

悔しさを覚えつつも、武は覚悟していたことだと笑った。夕呼から怒りに怒られるだろうが、あの場で前に出ない方が問題だと考えていたからだ。死んでいく仲間。安全圏に居る自分。それがどうしても許せなく、国連軍としても問題であると考えていたからだ。

 

度重なる奇策に、無理を重ねての抵抗。どうにかして互角な状況にまで持ち込めたが、兵士全体の疲弊度は無視できない。手を出さなくても何とか勝つことはできたかもしれないが、残っているのは限界を越えて損耗した帝国軍だけだ。

 

(悠陽は、国を。俺は戦場で、人を助けて―――そういう約束だったからな)

 

先に果たされたからには。それだけではない、この戦場で戦った全員がそれぞれの役割を果たして散った。命など惜しくはないと、効果的に死んでいくことを選んだ。なら、どうして自分が命惜しさに安全域に待機できるのか。

 

(……それでも、夕呼先生には不用意が過ぎると怒られそうだけど)

 

だが、戦場に出たからには、という考えを武は持っていた。そして、すれ違っている部分も。夕呼が前に出ることを許したのは、生還できると判断してのことだろう。だが、人は無敵にはなれない。予想外とタイミングの悪さが重ねれば、こうして死ぬこともある。今までは運が良かっただけで、いつでもこうなる可能性はあったのだ。

 

などという言い訳を重ねていた武は、気づいた。いつまで経っても装甲が融解して自分が蒸発する、並行世界のいつかの自分が味わった感覚が来ないことに。

 

『って、呆けるなバカタケル!』

 

怒声と、射撃が着弾する音。そこで正気に戻った武は、空に信じがたいものを見た。

 

『な―――サーシャ、お前!?』

 

驚き、叫ぶ。上空100m、そこにサーシャの識別信号を発する不知火が居たからだ。武はそれを見て、理解した。

 

サーシャが光線級への射線を通すために、飛び上がった事を―――そして、次に起きることも。

 

重金属雲があるとはいえ、あれほどの高度になると重光線級による照射は免れない。その破壊力は、濃度を越えて致死に至る可能性があった。先に撃墜しようにも、地上に居る自機の位置では射線が通らない。

 

武の心臓が、一段と激しく跳ね上がった。それでも、たった数秒でどうにかできるような超常染みた能力を、武は持っていなく。

 

 

『―――ごめん、ね』

 

 

折角助けてくれたのに、と困ったような笑い声が、武を含む周囲の者達に伝わっていた。ある者は手を伸ばし、ある者は何かを叫ぼうとして、ある者は意味もないのに突撃砲を構えた。

 

そのどれも届かず、やがてサーシャに照射されていた熱線は実害を帯びて装甲を焼き始めて――――

 

 

『煩くテカってんじゃねえよ、ハゲ共が!』

 

 

場違いな罵声と共に、120mmの物言いが重光線級のレンズがある部分に、雨あられと降り注いだ。最初に照射を中断すべく1発ずつ、止まったその直後に仕留めるべく急所に。的確に処理されていくその機体の動きを、声を耳にしていた武とサーシャは、同時に叫んだ。

 

『ま、さか―――あ、アーサー!?』

 

『呼んだか、相棒! まあ、俺だけじゃないがな』

 

遅れて応答した者達と、援護に入った大東亜連合の部隊も混じえて共に周囲のBETAを蹴散らし始めた。武も気を取り直すとユウヤ達と連携し、周囲のBETAを殲滅していく。

 

やがて、削られ過ぎたBETAの包囲が徐々に解け始め。トドメとばかりに援軍の部隊が、武達が居る方を向いていたその背後からBETAを駆逐していった。

 

その囲いを抜けて、最初に現れたのは欧州連合の最新鋭の機体であるEF-2000(タイフーン)が武達に向き直ったと思うと、通信が飛んだ

 

『危なかったな、戦友』

 

『ふ、フランツ!』

 

『まったくだ、どこぞのノッポみたく鈍るなよタケル』

 

『やっぱり、久しぶりだなアーサー!』

 

『ああ、迷子になりかけてた奴らの言うこっちゃないけどな』

 

『リーサ、まで』

 

『降下の影響は無し、やっぱり頑丈ねこの機体は』

 

『相変わらずだな、クリス』

 

『おっと、相変わらずだな。綺麗所を寄せ集めて見せつけるつもりか、色男』

 

『あ、アルフも居たのか』

 

『おいっっっ?!』

 

オチに使われたアルフが叫び、全員が笑った。よどみ無く、油断なく、集ってくる要撃級と戦車級を当然のように打砕きながらも。

 

―――そして、援護に入っていた部隊と、囲いの外から無駄なくBETAを潰しまわっていた精鋭達も。

 

『くっちゃべっている暇はないと思われますが―――白銀中佐』

 

『た……ターラー、教官?』

 

『教官ではない……いや、説得力がないか。声が掠れるほどに叫んでいたのであれば』

 

『その声、グエンも!?』

 

『情けない声を出すな、見事に()()()()()()爆心地の衛士に笑われるぜ?』

 

『―――そうだな、マハディオ。橘大尉に応えるためにも』

 

覚えのある名前を聞いたマハディオが、ため息をついた。そして祈りと共に誓った。また一人、先に逝ってしまった有望な衛士が安心して眠れるように戦うことを。

 

誰もが口を動かしながらも手を止めず、一帯のBETAを潰しながら。それを成せるほどの技量と、周囲に対する信頼感を持っているが故に。負けじと、合流したユウヤが見覚えのある面々へと告げた。

 

『おいおい、遅れて出てきたってのに態度がでかいんじゃないか、ロートルさんよ』

 

『ばっ、お前、ユウヤ?!』

 

ターラーの怖さを知るタリサが叫ぶが、それより先に亦菲が同感よと不機嫌な声で答えた。

 

『チワワが、らしくもなくびびってんじゃないわよ。ユウヤの言う通り、後から来た者がしゃしゃり出てるんじゃないわよ―――まあ、援護に入ってくれたことは感謝するけど』

 

『あ、ああ。そうだな、心臓が止まるかと思った』

 

タリサの声色と、亦菲のごにょごにょとした言葉を聞いた元中隊員は悟りながら武を見た。そして、反応がない様子を見て更に悟った後、突撃砲を斉射しながら笑った。

 

『これは賭けの倍率を更に修正しなければいかんな……あの無謀な援護に出たバカ娘も含めて―――と言っている内に、来たようだ』

 

『大丈夫か、武! ―――だけじゃないな、まさか』

 

『……みんな? どうして、ここに』

 

樹とサーシャの驚愕の声が、響き。遅れてやってきたクサナギ中隊の面々は、BETAの屍の間を縫うようにして戦い続ける衛士の姿を見て、唖然としながらも武達と合流した。そして詳細や経緯は後だと、迫りくる第二波のBETAを睨みながら、端的に質問をした。

 

『それで、段取りは。切り札は後方に用意してあると聞いたが』 

 

率直に尋ねたターラーに、武は作戦の概要を伝えた。そして、後続の衛士達が発射地点に辿り着くまで数分という連絡と、BETAの大群が効率よく薙ぎ払えるポイントまでやってくる時間が後方から告げられた。

 

武はそれらを砕いて説明した後、ターラーは頷きを返し、答えた。

 

『なら、やる事は決まっているな―――命令をどうぞ、白銀中佐』

 

『……え? でも、樹の方が』

 

『紫藤少佐は、自分の部隊の指揮に専念すべきだろう―――それだけではない、階級が一番上だからという理由もある』

 

武は、少しの言葉でその意図を理解した。亦菲が言ったように、先にこの戦場に出てより多くの状況を、衛士の観点から把握している武の指示を仰ぐべきだと判断していること。それだけではない、成長した証を見せろという期待と、やってみせろという無茶振りと、応えてくれるであろう武への信頼に疑いを持っていないことまで。

 

『―――やります。指示通りに動いてくれるのなら』

 

武の言葉に、全員が了解の言葉を返した。武は顔を引きつらせながら、作戦の概要を説明し始めた。とはいっても、簡単なものだ。先から手段も変わらない、電磁投射砲がその威力を発揮できるようになる時まで時間を稼ぐこと。再度、動き始めたBETAの動きを見るに、防衛役に手を割り振る必要もあったが。

 

『―――了解した。防衛役と囮役に分かれる意図もな』

 

『なら、すぐに動き始めましょう、時間がない』

 

そうして、部隊は二手に分かれた。囮役として狙われている武と、ユウヤ達前衛3人に加えて、リーサ、アーサー、フランツの3人。その他の衛士は後方に、各所に散開して準備を進めている投射砲を守るべく防衛ラインとして機能すると。

 

降下部隊の中には囮を務める人数が少なくて危険だと主張する者も居たが、囮役として動き回る以上、少数精鋭の方が動きやすいと判断された。

 

大東亜連合の者達は、異論を挟む者は居なかった。ユウヤと亦菲は知らないが、タリサの才能と実力はよく知っていたからだ。何より、武にリーサ、アーサーにフランツというかつてのクラッカー中隊、その前衛で暴れまわっていた4人が揃った意味を伝え聞いていたから。

 

そうして、時間が無いと手短に別れを交わした後、前衛組は敵陣深くに躍り出た。斯衛が担当する右翼は任せ、中央から左翼側へと進み、敵中のBETAを撹乱しながらその動きを鈍らせるために。

 

『さあ―――準備はいいか。言っとくけど、メチャクチャ振り回すぞ。俺自身、さっきの失態は取り戻さなきゃ帰ってからが怖いし』

 

散歩に行くが如く、軽く告げられた言葉の裏には、高まる戦意があった。先に逝った者達、投射砲でどうにかなるような状況まで戦線を保ってくれた衛士の想いに応えるべく、最期まで戦うことを決めていたからだ。

 

それを察したリーサが、こちらも軽く笑いながら応えていた。

 

『ああ、偉そうに援軍に来た以上、間抜けな姿は見せられないしね。そういう事でルート選択は任せるけど、間抜けな動き見せたら遠慮なく蹴り入れるから』

 

『おー、怖い怖い。しっかしまーた前衛サマの変態機動に追いつかなきゃならんのか。疲れるねえ、どうにも』

 

『そこは、チビの俊敏さを活かせばいいさ―――そっちのお嬢さんもな』

 

声を向けられたタリサは、へっと鼻で笑いながら不敵な笑みを零した。

 

『そう言うオッサンこそ、無駄にでかい図体引きずって必死に付いてくるこったね』

 

『チワワの言う通り、むしろそっちこそ遅れんじゃないわよ。ウチの天然巨乳以下の動きしたら、後でチクった後に盛大に笑ってやるから』

 

『むしろそっちこそ大丈夫かよ、って感じだな。年取ってるからって舐めてんじゃねえぞ―――ってそんな勘違いする訳もねえか』

 

ユウヤが武を見ながら言葉を濁し、気づいた面々は“ああ”と呟き、納得した。奇妙な連帯感が生まれた中で武だけは心外だと怒っていた。

 

二振りの中刀を構え直し、言う。

 

『それじゃあ―――時間だ。敵陣を突っ切って、敵中深くのBETAをバカにした後、尻尾巻いて帰る』

 

陽動の後は投射砲で大きく数を削ったら、艦砲射撃で終わりに出来る。武は地面に転がる誰かの機体と死体に眼を落としながら、告げた。

 

『ぜんぶ、拾い集めて往く。光線級が何匹居ようが、関係ない』

 

遺志を受け取り、何をも捨てることなく光さえも越えていくと、強く。迷いを捨てた声に、前衛の6人はそれぞれの声と言葉で応えた。

 

―――その後、7人は戦場を吹き抜ける風となった。赤と銀に輝く機体が先頭になって、BETAの意と歩を削ぎ落とし吹き飛ばす、暴風へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――よし、各機は指定のポイントを急げ! 援軍の方々は、その護衛を頼みます』

 

『神宮司少佐、こちらは?』

 

『――紫藤少佐には、厳しい所を担当して頂きますが、出来ますか?』

 

『それでできないと答える奴は、衛士じゃないな』

 

分かった、と樹が答え、各員も動き始める。投射砲の発射を担当する機体は無防備になる、それを護衛する者達も相応の無茶を強いられることになるだろう。

 

だが、その価値があることは事前に知らされていた。そうした狙いもあっての援軍だと、両者共に理解をしていた。

 

『それに、防衛戦には慣れてるからな』

 

『全面的に同意する―――威張れることではないが』

 

マハディオの冗句に、グエンが苦笑交じりに答えた。さて、とターラーが場をまとめるように宣言した。

 

『大東亜は数を活かす陣形を取る。フォルトナー、ヴァレンティーノは何人欲しい』

 

『なら、フォローが上手い奴を2人だけ。後は、EF-2000と俺達の腕で埋めますよ』

 

『承知した―――では、神宮司少佐、紫藤少佐』

 

ご武運を、と言い残してターラーが移動を始めた。グエンもそれに続き、マハディオは樹に対して意味深な笑いを置きながら、それぞれが担当する場所へ。

 

『それじゃあ、こっちも動くか。まあ、オリジナルハイヴよりはマシだしな』

 

『でも、悪くない。運用データを残せるという意味でも』

 

『オヤジさんが居るから、っていう意味でもか?』

 

『当たり前のことは言わないでも良い』

 

アルフレードとクリスは軽口を交わしながら装備を確認し、終わると同時にこちらも手早く移動を始めた。

 

『―――なんていうか。想像していたよりも、気安い人達でしたね、神宮司少佐』

 

『そうだな。そうして気負うことなく、当たり前に命を賭けられる。そういうのをベテランと言うんだよ、涼宮』

 

私達も負けてはいられないと、まりもは命令を下した。先に行って掃討と防御を固めてくれている者達に続くべく、人員を分けると。

 

合流した冥夜、慧にユーリンと樹、サーシャと壬姫を含めて18人。陽動役の負担を可能な限り少なくするために、危険を承知の上で戦力を分散させる愚を犯すことを選択したのだ。

 

 

『急ぐぞ―――戦線を支えてくれた、帝国軍に報いるためにも!』

 

 

待っているばかりよりは数十倍はマシだろうと。まりもの冗談が混じった言葉に、全員が迷うこと無く了解の言葉を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやくここまで、と武は戦いながらも遠い過去を思い出していた。盛大に吐き散らかした初陣、そこに出ることさえ怖がり震えていた昔の自分はどこに行ったのやらと、懐かしい面々を前に、色あせた過去を脳裏に浮かべながら。

 

だが、必然だとも考えていた。世界でもトップクラスの機体が揃う、時代を変える高性能OSを使いこなす所まで至った、精鋭が多い前衛の中でも際立った精鋭が操っている、という事だけではない。

 

いずれの者も、多くの惨劇とそれ以上のものを見てきた事を知っていたからだ。

 

殺されたから、強くなる。殺されたから、強くなる。繰り返したくないと足掻き、それでも繰り返される度に鍛えられた挙げ句に、玉鋼の如く強靭になったのが人間であり、誇らしき仲間たちだった。

 

故に、BETAの手は届かない。連携をしようが、集まって来ようが、それよりも早く戦術機は野を駆ける。敵の隙間を縫うように動く技量も、放たれる攻撃も、苦渋と共に身につけてきたもの。死守をしない高機動下の戦闘で遅れを取るような衛士は、武を含めて周囲に存在しなかった。

 

そして、技と共に心も鍛え上げられた。言葉ではなく理屈を越えて心に訴えかけてくるような姿を、大勢見てきたからだ。

 

武は想像する。皆はもう、知っている筈だと。過去から現在まで、会ったこともないどこかの衛士達も同じように勇敢に戦い、死んだということを。まだ装備も不十分だった時代に、今の自分たちよりも弱く、それだけに大きな恐怖を抱きつつも負けず、挫けずに最期まで。

 

その彼ら、彼女達は命を賭けるに値する意志と共に戦ったのだ。そう信じられるようになったからには、最早見過ごすことはできない。

 

そんな事ができない者達が集まっているからこそと、武は喜びに顔を歪めた。

 

 

(そして―――きっと、母さん達も)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『前へ! 命を惜しむな、ここが正念場だ!』

 

怒声が響き、長刀が煌めく。要撃級の死角からの一撃にまた1機、武御雷がひしゃげるが、それを乗り越えて戦う者もまた。

 

『させはせん! やらせはせんぞ、もう二度と!』

 

京都で負けた、関東で負けた。ならば俺達はなんだ、何者だと考えた果てに導き出せるものはなく、ただ戦場で証明する以外に納得できる方法はないのだと想い、幾星霜。

 

実質は短いのだろうが、苦悶の中で長く感じる時を経て、磨き上げた技術。死ぬことよりも、新たに立てた旗を、信念こそを汚させない。

 

総じて、斯衛はそのような命の軽重を問うよりも先に、誇りを貫くことを優先する者達で占められていた。特にこの場所で、五摂家に率いられるような者達はそんな武家らしいと呼ばれる者ばかりで。

 

『さりとて、無駄死にはするな。難題であろうが、其方達であればやれるだろう?』

 

戦場に置いて我が身命に拘らず、その上で無下に扱うなと。崇継の無茶な要求に、反論する者は居なかった。矢鱈に死ぬほどに家名は軽くなく、生きて貫き通せる方がよほど偉いのだという考えもまた。

 

自棄になって死ぬのではなく、懸命に戦い、生きた上で死ね。厳しいようで優しいその言葉は、苦笑と共に一定の同意をせざるを得ないほどに簡潔で、理解できるものだった。

 

『―――そうだ、この場だけを凌ぐだけで満足するな。我らは斯衛、未来永劫に至るまで帝都を守る者だ』

 

理想を語るその言葉は、宗達以外の誰かが吐いたとしても受け入れられなかっただろう。だが、質実剛健であり、真にそう信じて疑わずも、頑なにはならず正しい道を往かんとする背中を、多くの者が見ていた。今この時の戦場の中であっても。

 

『戦いつつ、誰かの背中を守れ。数を保てよ、連携を駆使しろ。そのための訓練であり、鍛え上げた()だろう』

 

心構えではなく、培ってきたものを。拠り所を活かすその方法を忘れるなと告げたのは、炯子だった。家、部隊に拘らずに助けられるのならば助け合えと。そうすれば生き残る味方は多くなり、互いに背を預けられるのなら目の前の敵をより多く屠ることができるという理屈を語った。

 

そうして、斯衛の動きが徐々に変わっていった。帝都に迫らんとする大群を前に何時間も戦闘をしていたため、間違いなく疲弊している、だからこそ無駄なく動き、主君の命に答えようと身体が応えていくがために。乱戦の極みに至り混乱するも、その場で最適を、家どうしの仲が悪い、性格が気に入らなかったという些事を考えるより先に、自分達が生き残るために身体に染み付いたものが体現されていった。

 

体力が尽きて不覚を取った者が居ても、追撃はさせないと言わんばかりに、前へ。知らない内に人機一体となるだけではない、斯衛全体が一丸となっていた。

 

主君の教えと、戦線を共にする栄誉と。

 

そして、“帝都の守りを頼みます”と、戦闘が始まる前に政威大将軍自らかけられた、万感がこもった声を胸に抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何かが、目覚めたような。展開している部隊が一丸となって戦う様子を前に、武は何かが変わったことを感じ取っていた。大陸での戦闘や関東防衛戦の時とは違う、対BETAとの戦争では余計なものになる不純物が取り払われたような。まるで部隊全体が一つの目的を抱いて戦っているような。

 

それを証明するかのように、今も地響きが。武の耳は、確かに捉えていた。同じ死地に立ち、役割を果たして逝った者達の死が無駄ではないと証明するために戦い続けている者達の声を。希望的観測だけではない、そうであると、疑いなく思えるようになった。

 

(―――なら、たった今。この時に死んだとしても、俺は永遠だ)

 

敵中深く、母艦級の大きさが実感できる距離まで至り、周囲のBETAを牽制して動きを止めつつ、武は思った。

 

3手足りないと言われ、それを埋めるべく死んでいった者達。全てかつての戦友たちと同じく、誰が何を言おうと変わることがない、覚悟を共にして戦ったという絆だけはこの身が滅んでも残り続けるだろうと。

 

立派に戦って死んだのだろうか、少し失敗して逝ってしまったのだろうか、誇れるような最期を迎えたのか。いずれかは知らないがそれも関係ないのだ。

 

絶望が空を閉ざす地獄のような世界の中で、それでも駆け上がろうと手を伸ばし続けた同胞として。

 

自分に襲い来る死の恐怖と、誰かが失われるという死の恐怖という、消し去ることができない矛盾を抱えながらも、逃げることなく懸命に生き抜いた同志として。

 

(いつかきっと、自分は死ぬんだろうな)

 

だけど怖くない。微塵も怖くないねと、武は快活に笑った。先ほどのように、今のように、現実はいつだって厳しい。そんな中で無茶を重ねれば、いつかは運が尽きる。それでも、例え戦い生き抜いたその先に果てたとしても、そこで自分は終わらないと信じているからだ。

 

―――今まで死んでいった人達のように。自分に何かを託して死んでいった人達と同じだ、受け継いでくれる人達が必ず存在する。ならば戦いの中で命尽き果てたとして、俺達が目指した未来への道()が途絶えることは決して無いと。

 

 

『―――HQより各機へ。電磁投射砲の発射準備が完了した、ポイントB-8からF-5までに居る衛士は、至急退避を―――』

 

 

通信の声を聞いた武は、笑った。未来の知識があろうが、自分だけが特別じゃない。それぞれに命を賭けて役割を果たし、応えてくれる人達が居てこそだ。たった一人、息巻いた所できっと無駄だった。こうして言葉と心を交わし、戦ってくれる人が居るからこそ。

 

それぞれにそれぞれのあいを、ゆうきを、守りたい者のために戦える人間が居るからこそ、この旅を続けることが出来るのだと。

 

その身に深く螺旋を抱いている、生命の光を持つ者だからこそ。すれ違う事もあるだろう、それでも吹き合って。時には混じりあい踊るように空へと舞い上がっていく人間だからこそ。

 

「その輝きを、知ったからこそ俺はここまで来れた。それだけじゃない、更に―――目ん玉見開いてようく見ろよ、化物(炭素の塊)ども!」

 

武が戦意をむき出しにしながらに吠え猛った。反芻するは多くの死。大切な誰かと、託された者と、数えきれない誰かの死という暗闇。

 

その全てを切り裂くように放たれた希望の光は―――電磁投射砲の暴威は、あまりにも効果的に戦場に顕現した。

 

突撃級の硬い装甲さえ貫く超高速の弾丸を止められるものは、空気による摩擦抵抗しかなく。燃え尽きるまで飛来した破壊の軌跡は、BETAの敵陣深くまでを切り裂く光条の束となった。

 

数にして5箇所、佐渡島よりも多い歴史上最多となる箇所から同時に放たれた横浜の切り札は、立ち塞がるBETAの群れを例外なく砕いていった。

 

その鋭く突き刺さる炎は、光は、絶望の象徴たる黒い津波をどこまでも撃ち貫いた。背後に居る光線級を越えて、母艦級の外皮にめり込むまで遠く。

 

斉射の時間は、20秒と少し。短時間だが、あまりにも多く、規格外の威力を目の当たりにした者達が集う戦場にはBETAの血肉が蒸発する煙と、静寂に満ちていた。

 

想像を越えての光景を前に、唖然とする兵士たち。

 

その沈黙を破るかのように、武は機体の拳を空に向けながら。叫んだ。

 

 

「―――俺達の、勝ちだ!」

 

 

そして最後の戦いに挑むための狼煙だ、と。

 

 

武が宣告するよりも早く、地響きを起こさんばかりの兵士達による歓喜の雄叫びが、戦域の全てから司令部、横浜基地の中枢部に至るまで混ざりあい、立ち昇った。

 

 

 

 

 




  第四章 ~ Shake up ~  fin

                                            and.........to be continued


  → next Final Chapter 『 take back the sky 』

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。