Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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Final Chapter : 『take back the sky』
1話 : 人が集まる場所で


 

日が没して夜の帳が落ちた、薄暗い横浜港の埠頭の外れ。武は護衛として同行している軍人の横で、一時避難用の船に乗り込んでいく民間人を横目に、僅かな月の光に照らされた水平線の向こう側を眺めていた。

 

鼻先に、潮の風味が漂う。旅立ったあの時は気温の低い早朝だったか、と武はここから海外に向かった日のことを思い返していた。影行を追って亜大陸に渡るために船に乗ったあの日は、1992年の末だったか、1993年の初めだったか。

 

もう思い出せないほどに遠い日のこと。武がはっきり覚えていたのは、涙を我慢しようとして失敗していた純夏と、笑顔で送り出してくれた純奈の顔と。そして、押さえきれないとばかりに肩が震えていたことだけだった。

 

「―――9年、か」

 

10年を一昔と言うのであれば、懐かしい過去の思い出として胸の中へ仕舞い込むには少し早い。武は色々あったなあと呟き、当時の自分のことを思い出そうとしていた。

 

昔のことのため、色々と忘れた部分が多く、ただ胸の痛みと将来への不安を抱えていたことは。そして、初めて乗る船が波を越える時の揺れと、船体を打った波の飛沫と音と。何だか分からないが、新しい何かを感じて未知への期待感を覚えていたことも確かだった。

 

長い船旅の後、陸地に着いてからは地面でさえも揺れているように感じて。

 

(―――違う、ずっと揺れていたんだ、きっと)

 

武は苦笑しながら、空を見上げた。そこには雲が僅かに残る、夜の空があった。記憶にある過去の横浜の空よりも、星が多く大きく瞬いているような。人が多く住んでいた頃よりも大気が澄んでいるのか、急に変わった気候のせいか、と武は考えながらぼそりと呟いた。

 

「いや、違うな……ひょっとしたら、先に逝ったあいつらが、励ましてくれてるのかもしれねえ」

 

見上げたまま、心配するなと武は言う。奇想天外な日々、多種多様のイレギュラーを仲間と共に乗り越えて、何とか―――そして、ようやく。

 

これで終わりにはならないが、間違いなく地球の史上における節目になるだろう一大といえる決戦が始まる予感を、武はその全身で捉えていたからだった。

 

「……苦節の9年、か。長かったような、短かったような」

 

どちらも正しいような、と武は星の瞬きに向けて質問をした。星は答えず、ただ輝きと共に武を見返していた。

 

 

(―――俺は。俺は―――)

 

 

武は言葉にならない言葉を吐いた。ただ、どうなっても戦うことを誓いながら。

 

成すべきことはあの時から変わらない、幾年月(いくとしつき)をかけて鍛えた、何層にも重なった鋼の刀身を以てして、敵の首魁を両断するために赴かなければならない場所があるから。

 

 

「……それじゃあ、な。すぐにそっちに行くことになるかもしれねえけど」

 

 

例え死のうとも、俺達は負けない。星に向けて放たれた決意の言葉は、夜の闇と波打つ音に包まれて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ひとまずは、お疲れ様」

 

色々と言いたいことはあるけど我慢しておくわ、と言いながら夕呼はため息をついた。武は悪びれもせず、海が見たくなりまして、と誤魔化すように笑った後、それで、と言った。

 

「帝国軍の損害について、夕呼先生の目算は?」

 

「諸々含めて3割、って所ね。よくもまあ、それだけで済んだって話だけど」

 

一般的には部隊の全滅判定とされる割合だが、今回は死守を主とした防衛戦となる。当初の想定ではその倍程度は消耗するだろうとされていたため、大戦果と言っても過言ではなかった。

 

「その件も踏まえて、色々な所からお礼が来てるわよ。“囮役、どうもありがとうございました”ってね」

 

電磁投射砲もそうだが、今までにない移動できる釣り出し役を出来る者が日没間際まで走り回ってくれたおかげで、部隊の損害を小さなものに出来たと。一通りを聞いた武は、疲れた身体を引っ張り回した甲斐がありましたかね、と苦笑した。

 

「原因は未だに不明。でも使えるものは使えるから、と。軍人らしい思考だわ」

 

「今回の不利の度合いを考えると、使える者はなんでも使え、って感じに極まってましたから……それと、原因ですけど」

 

「あんたは、間違いない。そして、別の可能性としては……やはり、鑑でしょうね」

 

あるいは、00ユニットを目的としていたのか。いずれにしても、BETAの目的は横浜の反応炉ではなく、00ユニットに関連するものを探し出して消去するために動いていたのかもしれないと、夕呼は仮の推測を口にした。

 

「仕掛け人が誰だか分からないのは不気味ですけどね。あちこち走り回る羽目になったし………飛び回ったと言えば、不知火・弐型の状態に関する報告、上がってます?」

 

「ええ、ついさっきね。いくつかのパーツ取りはできるけど、本体の方がね……整備の限界を越えてるらしいわ」

 

「……やっぱり、使い潰しちゃいましたか」

 

「意味と価値のあることだから、落ち込む必要はないわ。適切な資材を適する所に投資した、と考えるべきでしょう。それだけの効果はあったんだから」

 

「夕呼先生が優しい……」

 

「……あんたね。まあ、いいわ。完勝、とまではいかなかったけれど、満足できる結果だったことは確かよ」

 

日本を守る戦力の無視できない損傷に加えて、戦場になった所の後片付けと、除染作業。関東に近い場所ということもあって、BETAの侵攻を食い止めることはできたが、生じた被害は決して小さいものではなかった。

 

それでも惜敗ではない、辛勝でもなく、勝利の二文字で括れるようになった要素の一つに、赤の塗装が施された不知火・弐型が間違いなく入っている。夕呼の言葉に、武は照れながら頷きを返した。

 

「そういえば、戦闘中に色々と話しかけられましたよ。流石に名乗ることも、顔出しもできませんでしたが」

 

「ああ、それね。声の若さに驚いていた将校が多かったらしいけど」

 

特徴的な声と相まって本当に鬼神の衛士か、という点で疑われることはなかったが、返ってきた反応は驚きと苦笑と、若干の恐怖が混ざっていたと武は語った。

 

そして、自分は要素の一つでしかないと、夕呼の眼を見ながら礼を告げた。

 

「大東亜連合は分かりませんが、第五の軌道降下兵団。あれ、夕呼先生の策でしょ? お蔭で助かりましたよ。あいつらが来てくれなかったら、どうなっていた事か」

 

「……多少の不利益は被ったけどね。それでも十分、許容の範囲内よ」

 

夕呼は佐渡島攻略の速度と今回の的確な戦力配置、迎撃戦を説明材料に、リヨン・ハイヴ攻略のためのデータも取得した、と武に説明をした。かてて加えて、少数だが電磁投射砲を用意する構えもあると。

 

甲21号作戦の成功という、史上に類を見ない少ない被害でのハイヴ攻略と、使われたテクノロジーを見て、世界中の注目がこの横浜という基地、日本という土地に集まっていることも交渉材料の一つとなった。

 

米国の件もそうだ。BETAの横浜侵攻の件は、様々な所へと発信していた。その情報を受けた米国の艦隊の一つが、動いたのが原因だと、夕呼は自分の推測を語った。先のクーデターの一件で米国が犯した失態、その借りを返すために動きはした、というポーズを見せて多少なりとも面子の回復を図りつつも、もし勝利した場合の復興の補助に名乗り出るという意味もあるだろうと。

 

「そうして動いた米国の艦隊と、援軍に来た大東亜連合との航路が偶然にも重なったと……よく決断しましたね」

 

「クーデターの件について、米国内でも腹に据え兼ねている人間が居るってことでしょう。艦隊を指揮していたクゼ提督は親日派だしね」

 

米国の軍人も、CIAの強引過ぎるやり口に何も感じない人間ばかりで固められている筈がない。むしろ真っ当な倫理を持っている者の方が多いでしょう、と夕呼は言った。

 

そして、大東亜連合は言わずもがなだ。第五計画阻止を主目的としている以上、カシュガルを潰す前に横浜基地に倒れられては困るのだ。多少ではない無茶も許容されていたと、夕呼は推測していた。

 

「……それで、帝国軍ですが。あの爆発は、ひょっとして」

 

「事態が落ち着いた後に、沙霧元大尉他、決起軍に参加していた複数名の獄中死が知らされるでしょうね」

 

つまりはそういう事よ、と夕呼は肩を竦めたが、武は複雑な表情をして黙り込んだ。喜ぶ訳ではない、怒っている訳でもない、それでも何か含むものがあると表情で語る武に、夕呼は尋ねた。

 

「……なにか、納得していない様子ね。まさか、表で罪を償ってから処断されて欲しかったとか思ってるんじゃないでしょうけど」

 

「それこそまさかですよ。でも、色々と言ってやりたかった事があって……自分勝手な意見ですが」

 

一つは、祐悟のこと。沙霧に直接何かを伝える機会など無かっただろうが、祐悟の意図について気づいていたのか、どう思っていたのかを武は聞いておきたかった。

 

そして、クーデターと悠陽のこと。18才の女の子一人に背負わせるの前提で、外道に酔うんじゃねえよという文句があった。

 

だが、そのどちらも今回の自爆の一件でそうではないと証明されたようなものだった。つまりは間抜けな自分の早とちりか勘違いか、と思いつつも、慧への手紙等に関連する文句や防衛戦のための戦力を前もって潰された事もあって、さっぱり割り切れたとは言い難かったのだ。

 

「……あとは、橘大尉のことも。明確な命令違反ですよね」

 

加えてS-11の無断使用など、どれほどの罪になるのか。武はビルマ作戦で同期が逝った時のフラッシュバックが起きたことなど、色々と複雑な心境になっていた。

 

「色々と関係各所に手を回したのは、大伴中佐らしいわ。自爆と橘大尉のことも含めて、一連のことは全てね」

 

「……らしい、というのは。いえ、まさか―――」

 

武の言葉に対し、夕呼はジェスチャーで答えた。右手を拳銃の形にして、その人差し指を自分の蟀谷に向けた。覚悟の上だったんですか、と武は呟いた後に深く息を吐いた。

 

どうであれ、あの一手が無ければ辛勝どころでは済まなかった。故に戦果だけを見れば最大限の感謝と敬意を捧げるべきだろうと、行動を起こした人達の名前を生涯忘れないことを誓った。

 

「色々と、本当に様々な事が起きた、あったんでしょう……それでも俺達は勝ったと、そう括るべきなんでしょうか」

 

「ええ。前哨戦には、と頭に付くけれど」

 

夕呼の言葉に、武はごくりと息を呑みつつ、尋ねた。

 

「オリジナル・ハイヴへ大規模戦力を投下するための、国連に説明できるだけの理由。ひょっとして―――もう、整え終わったんですか?」

 

「ええ。まあ、そういう事になるかしらね」

 

視線を交わした二人の間に、緊張感が走った。協力関係になってからの、最終目標が目前になったからだ。遂にか、ようやくか。第四計画が盤石になるためには、どうしてもカシュガルを攻略する必要があった。

 

「説明の材料は、横浜侵攻とあんたに対する執着よ。方向性が異なるとはいえ、BETAの一部が今までとは全く異なる行動を取ってきたのは純然たる事実よ」

 

全てではないが、BETAの行動予測がある程度に収まっているからこそ、米国も本腰を入れてハイヴを潰しに回らないのだ。各国も、積極的ではないが似たような方針だ。各ハイヴのBETAが一斉に侵攻を始めないという予測が、全く根拠のないものになってしまった。

 

その揺さぶりと共に、BETAの命令系統を甲21号の攻略の際に入手したと偽って―――本当は並行世界で入手したなどと、言った所で誰も信じないだろう―――証拠を見せつけ、甲1号の重頭脳級を至急に打破する必要があると説く。各国にあるハイヴの動きも急速に鈍るという、利と共にだ。

 

「本来ならば、すぐにでも準備を整えて叩くべきだ。でも、こちらに来ている援軍が自国に戻るまでの期間を考えると、そんなに急に動けはしないから―――」

 

「遅すぎるのもだめね。あんた達の疲労を考えると……間を取って、1月1日が妥当な線になりそうだわ」

 

 

験を担ぐ訳じゃないけど、と夕呼は言い。俺にとってはあまり縁起の良くない日ですよ、と苦笑を返した。

 

「それでも、ようやくですね。今回の防衛戦に負けていたら、いくら主張した所で認められなかったでしょうし」

 

「ええ。色々な影響とか、今回の戦闘における例外を考えれば勝利の二文字だけでは括れないものがあるけど、取り敢えずは喜ぶべきね」

 

あとは休憩、と夕呼はひとまずではない休息の命令を武に出した。

 

武はその言葉を聞いた後、肩から力を抜いた。椅子に座ったまま、うつむき。その直後に、武の脳内に戦闘の前から最中までに見て感じた、色々なものがフラッシュバックした。

 

(勝てる。俺達は勝てると信じて、迷うことなく突き進んだ。それが最善の方法で、俺が望んだ事だから)

 

でも、もしも。今回のような大規模な防衛戦で、勝利を収めた記憶はなかった。並行世界に至るまで、いつも何か不測の事態が起きて、最後には負けた。追い返すことに成功しようが、被害が大きすぎればとても勝ったとは思えない。大切な人が大勢、無残に蹂躙されたのに、どうして勝利と呼ぶことができるのか。

 

(でも―――本当に勝てた。勝った。勝ったんだよ、俺達は)

 

急な実感に、武は震えていた。夕呼は顔色を変えて、駆け寄った。まさか何か、疲労が重なった影響が、と心配して俯いた武の顔を覗き込もうとした。

 

ふと、近づいた夕呼から女性の香りが武の鼻に届いた。

 

武は反射的に、眼の前の女性に抱きついた。

 

「え? ―――ちょっ、あ、アンタっ?!」

 

強い力で抱擁された夕呼は、驚きのあまり悲鳴を上げた。そして自分が置かれた状況を察した途端に、顔を赤くしながら文句を言おうとした。

 

だが、武の身体が小刻みに震えているのを感じると、硬直し。小さなため息を吐いた後、その後頭部を撫で始めた。

 

喜びに感極まって震えているのか、失った時の恐怖を思い出して震えているのか。どちらかは分からないが、これぐらいは許してやっても良いか、というぐらいには夕呼は武の成した事を認めていた。それとは別に自分を頼ってくれる証拠だから、とか。年上の威厳を見せるために、佐渡で色々と世話になったし、と自分で自分に言い訳をしながら。

 

(―――それと。やっぱり、消えてもらっちゃ困るわよね)

 

サーシャから受けた報告から、夕呼は武の身に何が起こっているのか、その大体の所は掴んでいた。このままでは、そう遠くない内に武が消えてしまうことも。

 

(白銀は一度、世界から弾かれかけた。そこから持ち直せたのは、強い意志があったから)

 

二度と、大切なものを失いたくなかったから。ならば、その意志が消えてしまったら。今までの戦いを物語に例え、それが終わってしまったらどうなるのか。

 

自分が居なければ全員が死ぬ、死んでしまうという強迫観念が一因を成す決意。それが達成されてしまったら。

 

(……引きずり回された挙げ句の果てに。走り抜き、やり遂げた後に消える。世界に、消される。()()()()()()()()()()()()()()()と言わんばかりに)

 

誰が画策したのかは分からない、そんな者は居ないのかもしれないが、趣味が悪いにもほどがある。今も震えているこの男が、周囲を引きずり回しながら。誰かと出会い見知る度に失う恐怖を抱えながら、弱音の一つも見せず。大勢と一緒に、星屑のように輝き戦い抜いた先にあるのが、消滅という終わりであるのならば。

 

(―――分の悪い、賭けになってしまうけど)

 

夕呼は震える武の身体を見下ろしながら、その瞳に一つの決意を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、ようやく噂の問題児のお出まし―――ってなんだタケル、その顔は」

 

「……なんでもねえよ?」

 

調子に乗りすぎだってごにょごにょと武は気まずそうに誤魔化しながら視線を逸した。それを見た者達の何人かがため息を吐き、気づいた武はコホンと咳をした後、集まっている者達の顔を見回した。

 

ハンガーの中、自分の機体や他国の機体状況を見に来たのか、知り合いである衛士のほとんどが集まっていた。元クラッカー中隊の面々と、クサナギ中隊の者だけではない、A-02の3名も加わった大所帯だ。

 

「多いな……で、問題児って何の話だ?」

 

「色々と、な。本当に、色々と」

 

答えたのはターラーだった。一部の女性陣を見た後、更に深くため息をついた。

 

「それは置いて、久方ぶりだな。腕も上げたようだ」

 

「それは、もう。怠けたら、どこからかゲンコツが飛んできそうで怖かったですから」

 

武の冗談に、元クラッカー中隊の面々から笑い声が上がった。あるある、と一部は深く頷きを返しながら。

 

「それはそうとして、元気そうで何よりだ。調子も変わっていないようだし、な」

 

「ほんっと、色々な意味でな。ちょうど、大物を落とした武を称えてた所だ」

 

「そうそう。ついにあの野郎、BETAを口説き落とした、ってね!」

 

ターラー、アルフレードに続いて、リーサが言った。防衛戦で最後まで追い回されてたのはそのせいだろ、と笑いながら。それを聞いた大勢の男達が笑い、一部の女子はもしかしたらという顔で武を見た。

 

「いや、そんな訳ねーだろ。俺だって好みの問題があるし―――っ!?」

 

武は、空間が凍ったような、そんな感覚に陥っていた。まるで導火線に火が点いたような。

 

「……それで? 例えばの話なんだが、この中では誰が好みなんだ? あくまで例えばだぞ、例えば」

 

「ああ、今までに会った事のある人物でも良い。今、一番会いたい者でも良い」

 

アーサーがいつの間にか取り出したメモ帳らしきものとペンを片手に、尋ねた。武は目の前でS-11のタイマーが作動したような恐怖を覚えながら、周囲を見回した。

 

今居る中では少し落ち込んだ様子のサーシャと、207Bの6人に、タリサ、亦菲に加えて元クラッカー中隊の面々。

 

居ない中で思いつくのは先ほど真っ赤な顔でビンタしてきた夕呼と、A-01の他の女性陣と、悠陽、雨音、唯依、上総、月詠の二人に朱莉だ。

 

(……えっと。そういえば、そんな好みとかそういう眼で意識して見たことはなかったか)

 

考える暇も無かったけど、と武は呟きながら、勢いで言い訳をした事を後悔した。何故か誰と答えても事態がより悪化するような気がするぜ、と戦慄きながら。

 

「お、居た居た、って………錚々たる面子だな」

 

「へ? あ、親父」

 

「……いきなりぶっちゃけるのはどうかと思いますが、中佐」

 

それはそれとして何が起きてるのか、と現れた影行は尋ねようと口を開きかけ。その前に、武がそういえば、と先の質問に対する回答をした。

 

「今一番に会いたいのは母さん、かな。防衛戦にも出てたって聞いたから」

 

京都でのことを思い返すと、安否の確認を。親父との再会ということもあるし、と武は考え込みながら答えた。

 

「―――噂の人物、か。影行師匠が一途にも思い続けた」

 

「……確かに、興味があるな。一度、お会いしたいものだが。それとクリスティーネ、その深い笑みの意味はなんだ」

 

ターラーの言葉と共に、話題は別の方に逸れていった。何名かが安堵の息を吐き、数名が頭を抱え、約二名が優しい顔になり、複数人が舌打ちを返したが、武は気づかなかった。

 

「って、そういえばターラー教官? ラーマ隊長が居ないんですけど……」

 

「ああ、心配するな。というより、教官ではないと何度言えば……まあいい。流石に連合の本拠地を手薄にし過ぎるのもな。伝言は預かっている」

 

「………聞くのが少し怖いですけど」

 

「“また会おう”と。あとは“今度はサーシャを連れてきてくれ是非ともに”とも言っていたが」

 

伝えられなくなる所だったと、ターラーは小さくため息をついた。責める口調ではなく、心の底からそうならなくて良かったと、安堵するように。

 

「なぜに倒置法……っと、え、招集?」

 

武は現れたピアティフに対し、尋ねた。クサナギ中隊に招集がかかったが、自分と樹、玉玲だけどうして除外されているのかを。だが、質問に対する理由も説明されないまま、ピアティフは呼び出した面子を連れて行った。

 

それを見送った後、ターラーはふむ、と呟きながら武に尋ねた。

 

「……機体の整備状況の確認のために、ということはありえないか。想像だが、我々とお前に気を使ってくださったか」

 

「多分、そうだと思います。そういう所では、融通の利く上司ですから」

 

「―――成る程。美人かつ有能で巨乳だけじゃなくスタイル抜群な上に話も分かる、か。パーフェクトだな、タケル」

 

「あと面倒見も良いけど、って何言わせんだよアルフ。親指立てんな、人差し指と中指の間に挟み込むな」

 

「……前に一度見たきりだが、知的でも冷酷、というより割り切った考えをするような印象を抱いていたんだが」

 

「あ、それ油断できないから。比喩抜きで、帝国どころか世界の命運背負っちゃう気概持ってる人だし」

 

それでいて情を捨てきれないから眉間に皺を寄せるしかないんだと、武の意見を聞いた全員が思った。同類なんだな、と。

 

「優しい、人だと思うぜ。すこーし人見知りする時があるし」

 

「……実に新しい意見だな。それと、人をからかうのがかなり好きだという点も付け加えておけ」

 

樹は少し違う反応を見せた武を気にしつつも、もっと気になることを尋ねた。アーサーやフランツ、リーサ、アルフレードにクリスがどうして降下兵団に所属しているのかを。質問を受けた5人は、互いに顔を見合わせると、肩を竦めながら成り行きだと答えた。

 

「ユーコンでF-22を落としちまってからな。欧州に帰ると、それはもう周囲の見る目が一変したんだが」

 

米国を敵視していた勢力とか、欧州の誉れだという顔も知らない知り合いまで出来た。まあ、ステルス機が気に入らないという点では同意できるんだが、と言いつつもフランツは苦い顔を浮かべていた。

 

「どちらかというと、悪い方向に転んだ。頑張りすぎた、という事だな。ツェルベルスとの()()()()が少し、よろしくない方向に転びそうだった」

 

XM3導入の仲介役を一部務めたことなど、各功績もあり軍内部での発言力が増したものの、使い過ぎると後が怖い。ツェルベルスとは異なり背景を持たない者ばかりのため、発言力を失った時に、徹底的に潰される恐れがあったからだ。欧州連合の中で動き続けるのは得策ではないと判断したと、フランツはため息混じりに説明をした。

 

「それで、EF-2000の降下テストもな。実際の所、データが集まってなかったんだ。来るべきハイヴ攻略のための下準備に、ということでテストを買って出た」

 

欧州連合内の無用な混乱を防ぐため。そしてユーコンでのF-5E・ADV (トーネード)改修案も高く評価されたという実績もあって、宇宙に上がっていたとクリスティーネが答えた。実績の点を、影行に誇るように胸を張りながら。

 

影行は苦笑しながらも、欧州という複雑な組織に認められるとは凄いと、素直に称賛の意を示した。クリスはいえいえ影行さんこそ、と大東亜連合の新鋭の機体を興奮しながら褒め始めた。

 

他の面々は、いつもの流れだな、と拘ることもなくそそくさと10m移動し、そういう事だと説明を続けた。

 

「降下に関して、大義名分もあった。ベルナールド御大も、言い訳は用意しているだろう……難しい所だが、彼の主張が通る可能性が高い」

 

本来であれば、予定にない作戦行動の実行は大罪だ。だが、先のHSST墜落での一件で失った宇宙軍の信頼を取り戻すためにと主張すれば、声を大にして責任を追求してきそうな米国寄りの連中の舌禍を防ぐ盾にもなる。

 

そして、何よりも甲21号における帝国軍と、横浜基地の偉業。これが大きいと、フランツは深く頷きながら、武達を見た。

 

「本当に―――やってくれたな。報告が上がってきた時は、泣きそうになったぞ」

 

「と言いつつ、号泣してたキザったいノッポが居たそうだが」

 

「……小さい体を震わせてたお前が言うな」

 

それでもフランツは言い訳をせず、そういう事だと少し視線を逸らした。リーサは呵々と笑いながら泣いたわーと言い、俺はお前の宴会に付き合わされて涙腺と財布が号泣したわ、とアルフレードが遠い眼をした。

 

「聞く所によると、クラウス・ハルトウィックの御大がユーコンで複雑な表情をしながらも祝杯を上げたとか」

 

「どこ情報だよ、それ」

 

「想像だけど、間違っちゃいないと思うぜ。戦術機でのハイヴ攻略は、やっこさんの悲願だったからな」

 

先を越されたという意味で悔しがるだろうが、先駆者の名を得られなかったことを惜しむよりは、世界情勢が戦術機を主眼としたものに動く方を喜ぶ人だと。人物観察眼に優れるアルフレードからの言葉に、武は嬉しそうに呟いた。

 

「……そう、か。良かった、んだよな。ちなみにターラー教官は、って」

 

武は今また泣きそうになっているターラーを見て、驚いた。何だかんだと、大陸で戦っていた時は泣いた姿を見たことがなかったからだ。だというのに、思い出して泣いているのか、顔を横に向けながら何かに耐えるように震えていた。

 

「え、っと……グエン?」

 

「無事に生還した、という点もな。それ以上は勘弁してやれ。そしてマハディオは喜び過ぎてはしゃいでる所を、顔を真っ赤にしたガネーシャにとっ捕まったそうだ」

 

「あっ、ちょっ?! ていうか今度は俺がオチかよ!」

 

「それは仕方ねえな、遅刻したし」

 

「ああ、遅刻魔だからな」

 

「これだから遅刻する奴はねえ」

 

「間に合ったとはいえ、ペナルティは必要だな」

 

アーサーにフランツ、アルフレードにリーサという当時のメンバーだった4人がここぞとばかりにタンガイルでの一件のことを追求した。そこからガネーシャに関連することまで弄る調子で追求し始めた。

 

マハディオは死ぬまで、否、死んだ後でも言われるんだろうなあと思いつつも苛立つより先に嬉しさが先に来たので、言われるがままになっていた。

 

「……しかし、ここにラーマ隊長とファンねーさんが居てくれたらな」

 

同窓会になったのに、との武の呟きに、ターラーが苦笑を返した。

 

「互いに、立場があるからな。何でも昔の通りに、という訳にもいかないだろう」

 

積み上げてきた功績と、責任がある。指揮下の部隊員を放って、かつての12人で戦うことなどできない。指揮をして、より多くの戦果を求めるのが最善であり最良の選択だと、諭すように告げた。

 

「それでも―――私達は戦友だ。こうして、色々とバラバラに話しているように、離れていたとしても、それは変わらない」

 

例え戦場が異なっても、背を預けあった過去が消える筈もない。そして誓いを果たさんと全員がそれぞれの場所で戦い、辿り着いた今があるから、こうして笑いながら言葉を交わせるのだと、ターラーは告げながら笑った。

 

「しかし、甘えた所があるのは変わらないな」

 

「え、いや……ち、違うんです。いつもはこうじゃないんですよ? 上官らしい上官の威厳を、っていうか………でも、みんなの前だとちょっと」

 

「責めている訳ではないさ。人には変わって欲しくない部分もあるということだ」

 

嬉しそうに、悲しそうに。それでも会えて良かったというターラーの思いは深く、武の胸に届いた。

 

ターラーはそんな武を優しく見つめ。ちらりと、ユーリンを横目で見た後、先ほどの光景を思い出しながら、別の意味で笑顔を向けながら呟いた。

 

「………変わって欲しい部分も、全く変わっていないのはどうかと思うが」

 

「え………っと。その、例えばどういう所でしょうか」

 

「……そういう所だ。しかし、手遅れになる前に何とかしなければ………ん、放送?」

 

ターラーの声に、全員が耳を済ませた。間もなくして、横浜基地の中にさる御方の言葉が、と前置かれての演説が始まった。誰もが居住まいを正し、緊張する中、武のよく知る者の声が基地内に響き渡った。

 

 

『―――我が親愛なる日本国民の皆様。そして我が国の危機に駆けつけて下さった、頼もしい異国の戦士方。此度の防衛戦に勝利することが出来たのは、全ての皆様方の奮闘があってこそ。煌武院悠陽の名に於いて、ここに感謝を捧げます』

 

ざわり、とハンガーの中にどよめきと、興奮の声が溢れた。声の出だしからまさか、という思いが的中したからだ。そして政威大将軍からの、直々の言葉ということも大きかった。先のクーデターの一件があっても、基地に居るほとんどの人間が声をかけられた経験のない者ばかりだった。

 

『我が国の最大の脅威であった甲21号、佐渡島の攻略と奪還。そして此度の過去最大ともいえる、大規模な防衛戦……いえ、それだけではありません。こうして(わたくし)が今、皆様に感謝の言葉を紡ぐことができるのは、先の大陸から九州、関西から関東に至るまで続いた激戦に、明星作戦。様々な脅威と恐怖に立ち向かい、苦難を乗り越えるべくその生命を勇猛さに変えて戦った皆様方が居るからこそ』

 

優しく、誇るような声。帝国軍にも、この放送は流れていた。そして、武と同じように、ずっと戦ってきた者達の胸に、その言葉は深くまで染み渡った。

 

散っていった者達も含めて、全ての。何をも貶すことなく、国民だけではない。BETAに立ち向かわんとする者に対して、煌武院悠陽は純真なる感謝と、敬意の言葉を向けていた。

 

『―――これ以上は、差し出がましいことになりましょう。戦いで傷つき、疲れられた方々も、助けるために走り回られている方々も、どうかご自愛を』

 

そして、本当にありがとうございました、と。感極まったのだろうか、震えながらもしっかりと伝えられた言葉と共に、放送が終わった。

 

直後に、基地内に盛大な歓声が起こった。帝国軍の基地では興奮のあまり喜びの声に満ちていた。中には、膝をついて泣いている者まで居た。横浜基地も似たようなもので、帝国軍に比べれば小さいが、喜びに打ち震える者も居た。

 

「……将軍自ら、か。タケルと同じ年齢と聞いていたが」

 

大したものだな、とターラーは苦笑していた。あの、戦場で。ターラーをして過去に一度しか感じたことがなかった、軍全体が一つの目的の元に一体となって、まるで一つの生き物のように。集団というだけではない、人間の軍―――(ぐん)として、隔てるものなど何も無いと言わんばかりに、戦えていたこと。それを戦場の外に在りながらも感じ取り、戦闘の後の興奮が冷めやらない時に、迅速に全員に伝えるように言葉にした若い将軍の姿勢と能力に対して、戦慄を覚えながら。

 

この姿勢を、容易と思えるように感謝の言葉を紡ぐ将軍を日本の弱みと見る者が居るかもしれない。つけ入る隙があると、考える者も居るだろう。

 

それでも、ターラーは日本という国の国民性を知っていた。東南アジアに避難した者達を知っている。故に、彼らとこの将軍が合わさった時に、どういった脅威となるのか。その頼もしさと同居する恐ろしさを知っているため、侮ることは出来なかった。

 

そんな彼女の胸中を置いて、武は自慢するように語っていた。

 

「同じ年で、同じ誕生日ですが……殿下は凄いですよ。俺なんかより、ずっと」

 

「……深く尋ねたことはなかったが、知り合いか?」

 

「俺が亜大陸に行くことになった、その原因の一つでもありますね」

 

「そう、か。それは、尚更に感謝を捧げなくてはな」

 

「ええ、本当に」

 

約束と言っても、悠陽の方が厳しいだろうに、と。まるで親しい仲である事を示すかのような武の呟きを聞いた―――聞いてしまっていたターラーは、頭を抱えながら影行の方を見て、祈りを捧げた。

 

もはや手遅れという段階を三段くらい飛び越えているが、妻である風守光と共に、その胃腸に神々のご加護がありますようにと。

 

一方で、クリスティーネがじりじりと影行との距離を縮めつつあったが、ターラーは見て見ぬふりをした。マハディオをからかっていた面子が、次の標的だと樹に対し、神宮寺なるこれまた美人で巨乳な女性との関係や、進展を問いかける姿を無視しながら。

 

「―――それで。タケル、サーシャのことだが」

 

決死とも言える、あの行動。何をどう考えているのか、先ほどの様子から見て何も話していないようだが、とターラーは視線で問いかけた。武は気まずそうな表情をしながら、呟くように答えた。

 

「……情けない話ですけど、なにをどう言えばいいのかが、全然分からないんですよ。個人的には、無茶をするなと怒りたいんですけど」

 

軍人としての自分は「第四計画としてはベストな行動だった」と囁くだろう。カシュガルに向けてのことも、地球の命運に関することも。

 

それでも、正しいことだとは絶対に認めたくなくて。感謝の言葉を告げるのも、何かが違うと思ったと、武は自分の考えを素直に口にした。

 

「……そうか。それだけではないように見えるけれど」

 

「え?」

 

「責めることはしない。叱ることもせん。貴様も、部下を持つ大人になった―――それでもあの子の母親役として、言いたいことはある」

 

ターラーは武に向けて手を伸ばした。既に身長は追い抜かれていたため、頭ではなく肩にその手を置くと、真正面から武の眼を覗き込みながら告げた。

 

「見たくないからか、認めたくないからかは知らん。あるいは、抱えたくないからか………何かを決意しての行動かは今更問わない。だけど、無責任な真似だけはしてくれるな」

そして、と優しく微笑みながら、ターラーは言った。

 

「大陸で、散々に学んだだろう? サーシャだけではない……決戦の前だ。言葉は伝えられる内に伝えておけよ」

 

―――何よりも、お前が後悔しないように。

 

いつかと変わらない、優しく。それでいてどこまでも懐かしい声を前に、武は図星を突かれた事と、色々な意味で自分に対して羞恥を覚えると共に。

 

恥ずかしそうに顔を赤くしながらも、感謝の言葉と共に頷きを返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ……この機会に、か。流石は煌武院悠陽。よくもやるものだ」

 

斑鳩崇継は心からの敬意と共に、悠陽のことを称賛していた。これだけは、どう足掻いても自分には無理だろうという本音と、やはり政威大将軍に相応しいのは悠陽だったという自分の判断の正しさを思いながら。

 

「……それで、閣下。どのような要件で、私を?」

 

「そう警戒せずとも良い。甲21号における小型戦術機の成果に、関連する此度の防衛戦。篁家の功績は最早無視できないほどに大きくなった―――という事は置いて、だ」

 

「え、えっ? お、置くんですか?」

 

「そのような話題であれば、風守と真壁に任せるさ。そして、先の一戦ので其方が見せた覚悟と、指揮の程。実に見事だったが、それだけではない」

 

五摂家の当主に勝ることは決して無いが、ある者から見れば引けを取らないと思わせられる位階で、唯依は崇宰に与する衛士を動かしていた。

 

幼少時から斯衛の柱の一角であるという自覚と経験を積んできた宗達や自分とは異なる境遇にありながら、18という年齢であの防衛戦を最後まで崩れることなく戦い抜いた実績は、誰から見ても十分だと認められるものだと、崇継は認識していた。

 

「もっとも、変な所で厳しい紅蓮や神野を置いては、その限りではあるまいが」

 

「……はい。まだまだ、未熟な所はありますが、これからも」

 

「分かっているさ。其方が精進を怠らないことを、疑ってはいる訳ではない」

 

もっと別の事―――その目的に付随するものだと崇継が告げる様子を見た光と介六郎は、小さく頭を抱えた。

 

その様子に戸惑う唯依に、崇継の指示を受けた雨音が一歩前に出た。

 

「実は、明後日に面会の予定がありまして」

 

「……面会、ですか。えっと、それは」

 

「当家の光様と、白銀影行殿の」

 

「―――それは。その、良かったですね」

 

唯依は父・祐唯には当時のことを、榮ニからは結婚の後に起きたことまで事情を聞いていた。影行が亜大陸に渡った経緯と、何を求めているのかまで。

 

そこまで強く求められた光に、一人の女性として少し羨ましいと思う所があり。武のひたむきな所は父に似たのかな、と思ったこともあった。

 

しかし関係しているとは言っても間接的にだ。唯依はどうして自分が、と問いかけると、雨音は横浜の香月副司令から言伝があったと答えた。

 

“明後日から2日間にかけて、白銀武に関して重大な情報を伝えることになる。故に、彼個人の知己であり想う所がある人物は、横浜基地に来て欲しい”といった、おおよそ国内がやや混乱した状態にある中で、香月夕呼という女性の性格と気質を知っている者からすれば、耳を疑うような類の言葉だった。

 

唯依は、そのあたりの事情を知らず。それでも女性特有の直感を働かせると、雨音に対して意味ありげな視線と共に尋ねた。

 

「……ええと。参考までに聞きますが」

 

「私と、磐田大尉と……恐らくは殿下と、傍役の両名も」

 

崇継は問うまでもなく、その傍役として介六郎、光は面会もあって。陸奥武蔵は、戦友として。それでも、聞きたいことは別にあるんでしょうと、視線で問いかける雨音に対し、唯依は笑顔で答えた。

 

「あと、一人。京都からの同じ思い出を共有する友人が居まして」

 

「こちらにも、一人。ちょうど良いと思いますわ」

 

武家の女性らしい、背筋が伸び切った美しい姿勢での言葉のやり取り。傍目に見ていた崇継は応酬と呼ぶべきか、と一人で考え込んでいた。

 

そして、誰にも聞こえないように、表情を変えないまま小さく呟いていた。

 

 

「―――“かの”、では足りないな。“()()”香月副司令らしからぬ呼びかけの意味を考えるべきか。奇貨とするよりは、心身に気を配る方が良さそうだが」

 

 

はたしてどうしたものか、と。崇継は斯衛の外では唯一、気が置けない生涯の友人として認めた者の安否を祈った。

 

そして誰にも悟られることなく、表情を変えないまま、最適な解を見つけるべくその明晰な頭脳を働かせ始めた。

 

 

 

 


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