Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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2話 : 遠い約束(前編)

「―――以上が、白銀が置かれている状況よ」

 

横浜基地の中、防諜の仕掛けが施された一室で夕呼は集まった面々に説明を終えていた。人数は10を越えたあたりから数えなかった。よくもまあここまで、と呆れを通り越してため息しかでなかった。

 

「……つまりは。目的を遂げてしまうと、武は」

 

「自分の役割は終わったと、実感してしまった時点でどうなる事かしらね」

 

証拠はない。心配を無視して、最後には消えないかもしれないが、あり得ないともいい切れないのが問題だった。限界のラインの見極めも難しいと、夕呼は答えた。白銀武は何も考えていない人間ではない、主たる目的や夢を抱きながら戦っていることだろう。だが、達成するまで持たないだろうと、夕呼は自分の推論を述べた。目的、夢までに続く道があったとして、自分が居なくてもたどり着けると思ってしまった時点で、終わる可能性があると。

 

「……白銀中佐が消えず、存在し続けるためには、夢が叶わない想いを未来永劫に抱え続けるしかないと?」

 

ユーコンで武の心の中を一部読み取った唯依は、唇を噛み締めながら呟いた。あの無念を抱いたまま、死ぬまで走れと言われているに等しい事に気づいたからだ。

 

白銀武が子供の頃から平和を掴み取るために戦ってきたという過去は、誰もが把握していた。だが、平和な世界は白銀武を必要としていない。戦う意味という未練が無くなった世界では存在し得ない所にまで、と事情を察した女性達はある事に気づいた。

 

「―――そうよ。何の未練も無いのよ。白銀がどうしても生き延びたいという強い想い、執念は戦うことにしか向けられていない」

 

夕呼の言葉に、女性たちはそれぞれに考え込んだ。そうして浮かべた言葉は各種あるものだが、意味合い的には一致していた。

 

あるいは―――周囲の女性の数は非常に気にかかるし、流せないものだが今は置いて―――自分は守りたいと思われる程度には、大切にされているのかもしれない。だが、彼はそれ以上の事は望んでいないのだと。

 

「……今、白銀中佐は?」

 

「ある人物と、面会しているわ。家族が揃うのは実に17年ぶり、らしいわね」

 

それなりか、それ以上に武とその両親の事情を知る面々は、流石にその場を邪魔する事はあり得ないと、それぞれに頷き。

 

―――面会が終わったその時が開始の合図だ、と。

 

集まった女性達は何を声にするまでもなく、決意を身の内に灯していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂の中でさり気なくの方が良かったかな、と。武は張り詰めた空気の中で後悔しつつ、黙り込んだ両親を緊張しながら見つめていた。

 

机を挟んで椅子に座りながら向かい合ったものの、何かを話そうとする度に武を横目で見ると、唇を閉ざすばかりだった。武はその様子から、二人は互いに何か含むものがあるようには見えないが、それ以上に何を言ったらいいのか分からないか、自分の事を気遣っているように見えた。

 

それとなく察した武はそこで二人に気遣いを見せようと、席を立った。一対一なら辿々しくも何か話せるかも、と考えたからだ。だが、立ち上がった瞬間に二人から同時に止められた。居て欲しい、という言葉も一緒だったため、武はとても立ち去ることが出来なくなり、また椅子に尻を載せた。

 

それから2分が経過した後、ついに武はキレた。

 

「いい加減にしろよ二人とも! 会えて嬉しいんだろ、ずっと会いたかったんだろ!?」

 

いきなりの怒声に驚くも、影行と光は同時に頷いた。それを見た武は強引に二人を立ち上がらせると、互いに向き直させた。

 

そして、再会のやり直しだと光の背中を思いっきり押した。不意打ちに反応出来なかった光の小柄な身体が前へと滑ると、正面に居た影行が慌てて抱き止めた。

 

身長差があるため、頭がぶつかり合うことはなかった。光の頭は影行の胸元にぶつかり、小さな身体はそのまま影行の腕の中にすっぽりと入った。

 

―――懐かしい、感触。触れ合う部分も、いつかの時のままで、変わることもなく。思わず硬直した二人に、武は呆れ声で告げた。

 

「……別に、俺は気にしてねえから。二人には二人の事情があったってことぐらい分かるんだぜ?」

 

俺も大人になったんだと、武は少しふざけた顔をしながら笑った後に、二人に背を向けた。それを見た光は、武の気遣いに感謝すると共に、影行の背中に手を回した。影行は、ハッとしながら武の気遣いに苦笑したものの、それが限界だった。

 

震える身体のまま、欲するままに力をこめて。離れ離れになっていた夫婦は何を話すでもなく、互いに眼を閉じたまま17年ぶりの抱擁に身を任せていた。

 

 

 

しばらくしてから、席に戻った3人は改めて言葉を交わした。互いの今までを、聞きたかったからだった。3人ともが見栄を張った物言いではなく、失敗したことも誤魔化さずに、まるで17年の時間を埋めるかのような密度で。

 

時には話の中で、少し責めるような視線や反論も出たが、終始穏やかに話は進んでいった。武が先ほど、責めていないことを明言したからだが、その事には本人だけが気づかなかった。

 

「ああ、それと……純夏ちゃん。びっくりするぐらい、立派になってたな」

 

「ええ、私も驚いたわ。あの時の小さな赤ん坊が、まさか軍人になってまで……」

 

母親似の性格故に、軍人に向かないのは夫婦ともに分かっていた。時代が時代だから、人を相手に殺せる力を振るう機会は少ないが、軍人と言えば何かを一方的に奪い、捨てる事を生業とするものだ。優しいだけではない、人を落ち着かせる雰囲気を持っている者が所属するような場所ではない。

 

また、色々と裏の背景も利用される業界だ。影行は先日ハンガーの中で再会した時に「おじさん」と呼ばれないかヒヤヒヤしていたと、苦笑した。

 

「それな。一応、注意した甲斐があったよ。それよりも親父、食堂に純奈さんが居るんだけど、もう会ったか?」

 

「ああ、久しぶりの料理を味わったさ……しかし、彼女には礼を言っても言い切れんな。武が赤ん坊の頃から、何度世話になったのか……」

 

数えきれない程に、迷惑をかけた。180°身体を折り曲げる勢いで頭を下げても、足りるかどうかと、影行の呟きを聞いた光が武を見ながら小さく頷いた。

 

「大東亜連合の鉄拳殿も、ね……人との縁、巡り合わせに関しての運の良さは、影行さん譲りだわ」

 

「そこは人徳と言って欲しいんだけど」

 

武は照れ隠しに冗談を返した。だが、光は言葉そのままを受け入れて、同意を示した。今まで武と接してきたからこそ、出会った仲間から得られた信頼は武自身の魅力があってこそだと判断したからだった。

 

「亜大陸からずっと、ユーラシアの端から帝都まで……それと、並行世界と言ったか」

 

「俄には信じがたいけれど、香月副司令にまで認められたのではね」

 

突拍子もない荒唐無稽な話だが、二人は過去にその存在を聞いていたし、明星作戦で爆心地から生き延びたことは知っていた。それだけではなく、常識ではあり得ないものを持ち帰った―――という考えに至る前に、武の言葉を底から信じていた。とても、そんな嘘をつけるような方向に成長したとは思えなかったからだった。

 

逆に、と思う。踏み出した切っ掛けはどうであろうとも、最初は孤独を。一人、誰に頼ることなく踏み出さざるを得なかっただろうに、どうしてここまで諦めずに進んでこれたのか、その理由を考えていた。

 

(仲間か、友達か、戦友か)

 

多くの出会いと、誓いがあったのだろう。傷だらけの息子の旅路に二人は心を痛めながら、こうして再会できたことを喜びながら、しみじみと呟いた。

 

「本当に……色々、あったんだな」

 

「ええ。お互い様でしょうけど」

 

影行の言葉に、光は苦笑しながら答えた。

 

本当に多種多様な事件と戦争と苦境があり、ただの言葉だけで今までの時間を言い表そうとしたら、“色々”か“様々”か、暈した単語でしか包括できなかった。

 

全体の比率を考えれば幸せと呼べる記憶は多くなく、憤懣遣る方無いこと、悲しいこと、身を切られるような辛い記憶が大半を占めていた。それでも今笑えているのは家族を失っていないからだった。夫婦は戦う意志の根幹を支えてくれた存在である自分たちの息子へ、笑顔を向けた。

 

―――今は苦しいだろうけど、いつか、きっと。

 

家族への想いが絶えることなく、生き延びたいという意志をどこまでも強くしてくれた大きな要因は、(我が子)の存在があったからだ。だからこそ、と思うことがあった。どのような経緯を持とうとも、武は武。そして我が子であり、自分たちにとっても子は(かすがい)になったと影行が呟き、光は大いに頷いた。

 

鎹の意味を知らなかった武は少し考えた後、「ひょっとしてカスGUYとか」など呟きながら、落ち込んでいた。

 

「いや、違うぞ。鎹とは、材木を繋ぎ止める釘のことだ」

 

「夫婦を繋ぎ止める楔。決して消えない絆の、結晶という意味ね……それよりも、どうしてそんなに自分に自信がないのかしら」

 

親の贔屓目ではないが、白銀武という一個人の成果を客観的に見れば、世紀の英雄という他に言い表せないと二人は思っていた。常人の常識を外れ、想定の外、規格外かつ望外の戦果まで現実に引き寄せたという意味でも、只人ではあり得ない偉業を成し遂げたのは純然たる事実だった。

 

無遠慮な振る舞いもなく、増長など、他人から貶められるような事もしていないと二人は聞いていた。なのにどうして、二人は原因を考えた後、同時にある事に気づくも、いやいやと首を横に振った。

 

(……でも、影行さん。聞いた所によると、懸想している人は両手両足で足りるかどうかという話も)

 

(……詳細を深くまで聞きたくはないという気持ちは痛い程に分かるが、ここで聞かない訳にもいかないだろう。こいつの親であれば)

 

夫婦は視線だけで会話をした後、照れくさそうにしている武に笑顔を向けた。すぐに言葉で問わなかったのは、二人ともが実状を知りたくても、迂闊に現実へと踏み込むような怖い真似をしたくなかったからだ。少しの沈黙が流れた後、ここは私が、と光が影行に視線で語りかけ、影行は小さく頷きを返した。

 

「―――それで、ね? 武に、少し聞きたいことがあるのだけれど」

 

「なんだよ、改まって。大方は、さっき話した通りだけど、他には何も……」

 

「……その、ね」

 

光は一拍を置いて、息を吸いこみ。影行はごくりと唾を飲み込んだ。

 

「その―――恋人とか居たら知りたいな、って影行さん!?」

 

いきなり机に突っ伏した影行に、光が慌てて声をかけた。影行はのろのろと顔を上げた後、遠い目をしながら言った。

 

「いや、俺が間違っていた……そういえば光は、細かい駆け引きとか苦手だったな」

 

「ど、どうしてそんなに優しい顔で……そ、それよりも」

 

夫婦は武に視線を向けた。武は、きょとんとした表情の後、おかしそうに笑いながら答えた。

 

「いや、恋人なんか居ないって。今まで出来たことないぞ。友達とか、戦友とか、仲間は多いけど誰かと付き合ったことはない」

 

「……ちなみに、だけど。どこのどなた様が親しい仲間か、教えてもらってもいいかしら」

 

「え、なんで胡散臭い敬語? いや、答えるのは良いけど……親に交友関係聞かれるのって凄い気恥ずかしいというか、って二人とも顔が超怖いんだけど」

 

微笑ましい交流ではなく、将来が左右される取引現場に挑んでいるような気迫を感じた武は、少し仰け反ったものの、名前を挙げていった。あくまで主観だけど、と前置いた上で。二人の表情は最初は真剣なものだったが、中盤から笑みを浮かべるまでになり、最後には笑みは口元のみとなった。

 

そうして、魚が死んだ眼になった影行は、光に小声で尋ねた。

 

『雨音さん、って風守の……というか、主査の娘まで』

 

『考えたく無かったけど、殿下も……ここだけの話、先日の演説を聞いた後の様子が、ただならない程親しそうに見えたとの証言も』

 

愛しい我が子であることは間違いない。だが、どこまでを覚悟しておくべきなのか、二人は盛大に悩んだ。男子の数が圧倒的に少ないこのご時世―――先の防衛戦で更に多くの人が死んだ―――の中で、果たして何人に義父とか義母とか呼ばれることになるのだろうかと。

 

今までもそうだが、最近まで聞いたことのない名前が胃痛を加速させた。榊、彩峰、鎧衣、珠瀬に御剣こと煌武院。とてもどこかで聞いたことがある姓であり、集められた意図が透けて見えるあたり、勘違いもさせて貰えなかった。

 

「……参考までに。あくまで参考にするために聞くんだが、武。こう、なんだ。具体的な女の子の好みとか、あるのか? 例えばだが、料理上手の人を嫁にしたいとか」

 

「―――影行さん? 妙に具体的になっている理由、聞いてもいいかしら」

 

「……親父。参考までに言うけど、母さんは、だな。あちらというか並行世界でも料理が、その、あんまり上達しなかったそうな」

 

「―――そうか。いや、でも俺は母さんを愛しているからな」

 

唐突な告白に光は眼を白くした。それでも怒らなかったのは、久しぶりの愛の言葉が嬉しかったからだった。武はちょろいと呟きつつ、あまり見たことのない二人のやり取りを前に居心地の悪さを感じながらも、好み、と小さく呟いていた。

 

(とは言っても、なあ。俺自身は誰かと付き合ったことはないけど……)

 

並行世界の自分は違う。好き会った女性達の中で自分の好みというか、方向性はどうだったかと武は考え込んだ。

 

(性格、容姿、年上、年下に髪型、体型…………俺ってもしかして節操ない?)

 

方向性というか四方八方というか、全方位型というか。並行世界の自分は手当たり次第という訳ではないが、一緒に時間を過ごしていく内に、誰であっても本気に好きになっていたように武は思えていた。

 

(それを正直に言うのは………ちょっと、なあ)

 

今は17年振りの家族水入らずの空間だ。その中で親に向けて節操なしの女好きですと告白するのは、いくらなんでも場違い過ぎる行為だ。悩んだ武は、そもそも好きだとか愛してるとかいう対象が居るのか、と考え込んだ後、ため息をついた。

 

出会って、話して。平行世界の記憶だけじゃない、武にとって死なせたくない、守りたいと思った女性は多い。ただ、それ以上のことを考えられる余裕はなく、これからもずっとそんな余裕が現れないことも、分かっていたからだ。

 

(オリジナル・ハイヴを落として地球上のハイヴ、BETAの戦力を大きく減少させることができれば、その限りではないかもしれないけど)

 

その後のこと、と言われても武には実感が湧かなかった。未来の情報によるアドバンテージが大きく取れるのはカシュガルの攻略までで、終わった後に何ができるのか、と聞かれれば武自身も首を傾げる他になかった。

 

「―――っと。もうこんな時間か」

 

「あ、ああ。そうだな、俺もいいかげん、ハンガーに戻らなきゃならん。遅れて到着した、整備班その他の案内もする必要があるし」

 

「……そう、ね。まだ、戦いの全てが終わった訳でも無いから」

 

中型種は殲滅できたが、関東域には少数の小型種が残っているという。今も死者が出ているかもしれないのだ。責任がある立場では気を抜ける時に抜くことも仕事だが、やり過ぎると怠慢になってしまう。

 

「……それに、時間かけすぎると新しい弟か妹が増えそうな勢いだし」

 

「ごほっ?! おま、いきなり何を」

 

「ふふ……でも、私も年だから。少し厳しいと思う、って二人ともその顔はなに?」

 

影行と武は、光の童顔を改めて見ると、顔を引きつらせた。

 

影行はあまり変わらない容貌から、17年前そのままのつもりで居た自分を認識したから。武は武で、冥夜達と同じとまではいかなくとも、何も知らない人に夕呼やまりもと並べた上でどちらが年上かを聞いた場合、正答率は半々かもしくは、という意味で考えてしまったからだ。

 

「……ま、まあそれはそれとして。でも、子供云々ってのは冗談じゃないぜ。なんせ、人口が減りに減っちまったから」

 

男女の比率の前に、BETA大戦で多くの人が死にすぎている。それも健康な成人と、成人になる手前の年齢の者ばかり。国力は人の数があってこそで、将来的に力を取り戻すためには、多産が推奨されるようになってくるのは、そういった方面に明るくない武でも分かることだった。

 

そして、次のオリジナル・ハイヴ戦は今までの比ではないぐらいに戦死率が高くなる。そこで俺が居なくなったら、と武は思っただけで口にはせず、誤魔化しの笑顔だけを二人に向けた。

 

「……下手くそな嘘笑いだな。それに、俺達よりお前だろう、武」

 

「そういう人が居れば、教えて欲しいな……武の立場から言えば、無茶をすれば叱ってくれる人か、弱った所を察して助けてくれる人とか」

 

多くを口出しすることはないが、せめて武の心が安らげる人であれば。そう願っての言葉に、武は苦笑を返しながら、弱った所を、という単語を聞いて苦笑していた。

 

自分が失敗した所、弱音を吐いた所、情けない姿を見せたことがない相手など、一人もいなかったからだ。

 

(やっぱり俺の勘違いだって、サーシャ)

 

先の戦闘でも息巻いて先頭に出たはいいが一人だけ死にかけたのに、と。武はそんな物好きが居るはずないと笑いながらの言葉を残し、ハンガーに向かうべく椅子から立ち上がった。

 

「それじゃあ、また」

 

「ああ、俺もすぐに行く」

 

「ええ、またね」

 

別れの言葉のあと、武は小走りで部屋を去っていった。扉が閉まる音が部屋の中に響き、続いて二つのため息が部屋の空気を少しだけ動かした。

 

「……色々と危うい所は、変わっていないな」

 

「ええ……背負いたがる所まで、貴方とそっくり」

 

「いや、そこは反論するぞ。誰がどう見ても、お前に似たって言うぞ」

 

小さく苦笑しながら、話し合う。いつかの日とは、まったく異なった。平和な住宅街、近隣の家の換気扇から炊事の香りが漂う中で、互いが互いにお前に似て欲しいと笑いながら願っていた頃とは、何もかもが違っていた。

 

―――それでも、変わらないものがあった。幸せとは何か、過去を振り返って語るような年ではないが、確かにそれは此処にあるのだと、二人ともが胸に染み渡る柔らかい感覚の中で、思わず涙を浮かべていた。

 

いつかきっと、また―――家族3人で、何気ない時間を共に。

 

別れの日、早朝の駅のホームで、言葉ではない、視線だけで交わした約束がこうして形になったのだと、そう思えたから。

 

だが、まだ終わっていない。自分たちの職責もそうだが、武の様子がおかしいことを察していた二人は、香月副司令が動くと聞いて、それに協力するために動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

A-01に割り当てられたハンガーの中、白銀武の機体があった場所。そこには一昨日と同じ、不知火・弐型の姿があった。それを見上げていた武は、隣に居る慧に驚きの声で尋ねた。

 

「え……彩峰の弐型を俺が? いいのかよ、それで」

 

「うん。悔しいけど、私じゃまだまだ使いこなせそうにないから」

 

使い潰す方もこなしているとは言えないけど、と慧が皮肉を言った。武は耳を押さえながら、まだまだ未熟ですからと冗談で返した。

 

「でも―――感謝するぜ。気を使ってくれたんだろ?」

 

「まだ敵わないのは事実だから。佐渡島でも、昨日の戦闘でも、ついていくのがやっとだった」

 

自分の判断で状況を打破できるような動きが出来た訳でもない。経験の差はあるだろうけど悔しさは変わらないと、無言で不満の表情を浮かべた慧に、武は呆れ顔で答えた。

 

「贅沢すぎるだろ、各国のエース級に初陣の衛士がついてこれたんだぜ? 自信が無いどころか、そこら中に自慢して回ってもいいぐらいだ」

 

「……分かってる。でも、それじゃ遅い」

 

「遅いって、なにが」

 

「………ふう。やっぱり、まだまだ未熟だね」

 

「それは俺に言ってんのか、自分に言ってんのか」

 

「でも、ありがとう。私を、信じてくれて」

 

大規模な作戦に参加して、軍というものを肌で感じた慧は、過去の自分がどれだけ間の抜けた思考をしていたのか、痛感させられていた。特に今回の防衛戦は、機甲師団や戦術機、司令部の判断や自爆特攻した衛士、そのどれが欠けても成り立たなかったものだと、そう思っていたからだ。

 

「あの時、罵倒されたからこそ……手遅れになる前に気づけた。みんなに、迷惑をかけずに済んだ」

 

「いや、気づけた方が偉いよ。俺だったら反発して、ふざけんなちくしょうって不貞腐れてたし」

 

「―――あら、それは初耳ね。ホワイト大佐からは、それはもう素直な子供だったと聞いたのだけれど」

 

声と共に現れたのは千鶴だった。片眉を上げてからかいの表情を浮かべながらの言葉に、武は肩をすくめながら仕方がないと首を横に振った。だってターラー教官怖いし、と世界の真理であるかのように。

 

「そう……怒られてばっかりだったそうだけど」

 

「ああ、戦術機乗るまでは落ちこぼれだったからな。技能もあれだし、体力もないし」

 

「10歳だったのに、と言わないあたりは素直じゃないわね」

 

「うん、どこかの眼鏡かけといい勝負」

 

「……あら、慧じゃない。居たの?」

 

「見えなかったのなら、眼鏡じゃなくて眼鏡かけの方の交換を進める。主に頭の中にある灰色の物とか」

 

嫌味の応酬からの睨み合い。その光景を見た武は、おかしそうに笑った。二人は何がおかしいのかと不満な視線を向けたが、武は懐かしくて、と呟きを返した。

 

「どの世界でも変わらねーのな。それでいて息がぴったりな所とか」

 

「「はあ?」」

 

「そういう所だって。でも、二人の連携があってこそだったろ、あの模擬戦でも」

 

初めの仕掛けは重要で、難しい役割だった筈だ。疲労と迷いがあったとはいえ自分を見事に引き込んだのは、紛れもない二人の力だったと武は言う。指揮官である千鶴が最初に、という点でも意表を突かれたことも、指摘した弱点と酷評を見事な答えで覆す結果になったことも。

 

千鶴は眼鏡を指で押しながら、ため息で答えた。それでも届かなかったけれど、と呆れた声で。

 

「結局は仕留められず、冥夜と純夏、壬姫の機転に助けられたから自慢にならないわよ。全ては、超音速の弾丸を避けるような怪物を想定していなかった私の責任だわ」

 

「……いや、自分で避けといてなんだけど普通はそういう奴は居ないんじゃないかと」

 

「それでも、視野の狭さは反省するべきポイントよ。教官の中には訓練兵を奮起させるために、態と嫌われるような言葉を選ぶような人も居るんだって」

 

父と再会した時に、指摘されたことだった。状況を説明するだけで、父・是親は教官が何を思って罵倒をしたのか、見抜いたことを千鶴は話した。政治家にはなれない男だな、と呟いた所まで含めて。

 

「何の話か分からないけど、最後の言葉には同意するよ。政治家になれるように見えるか、この俺が」

 

「変に自信満々ね……でも、確かに。少し表情が変わった所を見ると、政治の世界に向いているとは言えないわ」

 

「え、変わってたか? ……ってまさか」

 

「その通り、引っ掛けよ」

 

「……基地に帰ってからすぐダウンした眼鏡が何か勝ち誇ってる」

 

「……前衛なのに置いていかれた能面が、何か言ってるわね」

 

再度、二人は睨み合った。武は変わらないにも程があるんだよなあと呆れつつも、らしいから良いか、と小さく笑っていた。

 

「―――それを言われたら、僕なんて立つ瀬無いなぁ。壬姫さんみたいに、投射砲による効果的な斉射とかできなかったし」

 

「―――でも、地盤が硬い場所を見抜いた点は、すごいよ。少なくとも私には真似できないし」

 

新たに現れた二人は、武に駆け寄ると、その顔を見上げた。

 

「なんだ、俺の顔に何かついてるか?」

 

「……うん。格好良い顔がついてるよ」

 

「へ? な、なんだいきなり」

 

「あ、でも意地の悪い顔をしている時も好きだなぁ。イタズラ小僧って感じでかわいいし」

 

「ほ、褒め殺しか? ていうかそんな顔した覚えは無かったんだが」

 

「でも、本気で戦っている時の顔もそれはそれで……面白い?」

 

「人の話を聞け。つーか面白いってなんだよ」

 

「いや、必死なんだけど、どこか笑っているように見えるんだ。楽しんでるんじゃなくて、これが生き甲斐だからっていう感じで」

 

「そこで聞くのかよ! つーかなんだ、いきなり」

 

「でも、確かにタケルさんの無尽蔵な体力は凄いを通り越して面白可笑し過ぎるっていうか」

 

誰よりも前線で走り回ったのに、今ではもうケロリとしている様子を見た結果だった。武は誤魔化すように笑い、遠くを見た。

 

「それは全部ターラー教官っていう鬼な人の仕業で体力無い奴は控えめに言って死ねと言われながら走ったあの亜大陸での日々をずっと忘れた事は無いっていうか」

 

武は早口で最後まで言い切ると、記憶を封印した。誰にだって思い出したく無いことぐらいあるよね、と呟きながら。

 

「それで、話は戻るけど二人はよくやったと思うぜ。戦闘力や継戦能力だけが全てじゃないからな」

 

美琴は、下準備の手伝いと相手の動きを見極めてフォローする役を。壬姫は電磁投射砲の的確な斉射で、砲撃がお家芸で負けず嫌いなユウヤでさえ、俺以上かもしれないと悔しそうな表情を見せた程だった。

 

「それに、要らない奴なんていねえよ。第207衛士訓練部隊の誰もが、どこに出しても誇りに思える衛士だからな」

 

お世辞ではなく、本心からそう思う。真摯に告げた武の言葉に、4人は言葉を失くしていた。だが、残りの“二人”は苦笑と共に、別の方向からの言葉を返した。

 

「―――それでも先人、先達に届かないからには、満足できよう筈もない。誰より、武自身が分かっていると思うが」

 

「ちょーっと、嫌味に聞こえるよね。みんなが前線に出ているのに、基地で待機していた私が言えることじゃないと思うんだけど」

 

冥夜と純夏の言葉に、武は苦笑しながらも頷いた。冥夜はその向上心の強さを侮ったことを詫びて、純夏は能天気ながらも仲間のことを率直に想う強さは、人一倍だということを思い出しながら。

 

「そんな事はねえって。それに、全員が役所を間違えなかった結果だぜ、先の甲21号も、今回の防衛戦も」

 

「……それは否定しない。だが、精進の心を忘れられる程に成長した訳でもないであろう」

 

「あー、まあ。どこまでを目指すかにもよるけど」

 

「そんな格好つけたこと言っておきながら、一人で頑張るつもりなんでしょ。許さないんだから、そんなの」

 

不満を述べた純夏に、かつて約束を破ったことなど、色々と心労をかけた覚えがある武は苦笑しながらも降参のポーズを取った。

 

そこに、新たに現れる二人が居た。

 

「―――他意はないが、白銀武という存在の前にはいつも女性が居るように思える。全く他意はないのだが」

 

「え……って、唯依?」

 

「納得しようという貴方の心意気に同意するのは、やぶさかでないわ。許容できるかどうかは、また別の話だけど」

 

唯依と、上総。斯衛の二人は現れるなり、周囲の女性陣を見回した後、武に向かって言葉を紡いだ。

 

「久しぶり―――という程には、時間は経っていないけど」

 

唯依は告げるなり、整備中の弐型を見上げた。そして先の防衛戦で暴れまわった姿を思い出しながら、感慨深げに呟いた。

 

「……間に合った、んだな。最後の最後で、あの一大決戦に」

 

「ああ、弐型がなければどうなっていた事か。その点に関しちゃ、絶対だ。親父も泣きながら、色々な所に感謝してたぜ」

 

ユーコンでの、ユウヤやミラに関するあれこれも、全てはこの時の為にあった。そう言われても喜んで頷けるぐらいには、帝都を守る戦場(いくさば)で、弐型は輝きを見せた。武の誇らしい声に、唯依は涙半ばに頷きを返した。

 

「これで、ご先祖様に申し訳が立つ―――明星作戦で散った、先達にも」

 

「気にしすぎだって。それに、ユーコンで色々と得られたのは誰でもない、唯依の頑張りがあったからだろ?」

 

他の誰であっても、こうまで性能が高い機体に仕上がることはなかった。断言する武に、唯依は照れながらも、頷きを返した。

 

「そこは、否定してはいけない事だな―――と、そういった事はさて置いて」

 

唯依は、少し前に酒を酌み交わした6人を見た。以前のような隠れた場ではない、周囲の目がある中で。最早訓練兵ではなく、任官をした軍人として視線を向けた。

 

途端、6人と2人の間で見えない火花が散った。武はそれが見えずとも、両者の間でなんらかの応酬が成されていることに気づいたが、ここで出しゃばればえらいヒドイ目にあいそうだと察すると、隅に寄って場の空気になることに努めた。

 

実の所、武と同じ年齢である18歳の彼女達は、見た目ほどには冷静ではなかった訳だが。

 

(やはり、改めて見ても………)

 

(綺麗な長い黒髪に、スタイルも………)

 

(純夏だけではない、この面子はどういった意図で……)

 

(……教え子というだけではない、距離の近さがある。油断はできないな)

 

誰が誰の言葉とはさて置いて、6人と2人は笑顔で交流を続けた。会話も進んでいき、流れは自然と共通する話題へと移っていった。

 

「それじゃあ、そっちも凄い罵倒を?」

 

「クラッカー式と聞いたけど、それはもうエライ罵倒を叩きつけられたな」

 

どうしてか意気投合をする女性陣を他所に、武は弐型を整備している者に積極的な質問をしていた。酒が入ったからか、一部記憶が飛んでやがるな、とは言わないまま。

 

そうして話が材質の所までいった後、唯依と上総の何気ない言葉を聞いた冥夜が、そうか、と低い声を零した。

 

「若干15歳で、訓練もまだ未了だというのに前線へ……同隊の仲間も、失ったと」

 

「あの子達と笑って再会できるように、というのが悲願です。命を賭けて守ってくれた、尊敬すべき先達の期待に応えられるようになるまでは、死ねません」

 

巡り合わせの不幸を嘆くよりも、失った仲間へ誇れる土産を探すべく精進するのが正道と。任官した6人に自分なりの考えを語る唯依と上総の言葉に、B分隊の6人は表情を緩めた。

 

「なんだ、僕たちと一緒なんだ」

 

「……そう、ね。ううん、そうかもしれない」

 

一人の男性を大切に思っている点では、何も違わない。そう考えた唯依は素直に頷きを返し、それを見ていたB分隊は強敵の出現に戦慄きつつも、喜んでいた。真に天晴、と。自分達が失敗しようとも、後に詰めてくれる者と出会っていたことを実感していたから。

 

冥夜という、煌武院の殿下の妹君という存在も居たが、関係はないと唯依達も割り切っていた。気遣いを望むような人物とは思えず、そうした事で“譲る”つもりも無かったからだ。

 

「えー、っと。それで、話が平和な内に終わったのは何よりなんだけど」

 

「何かしら」

 

「……なに?」

 

「なにかな、タケル」

 

「なんでしょう、タケルさん」

 

「何かあるのか、タケル」

 

「言いたいことがあれば請け負うよ、タケルちゃん」

 

「そうだな、素直にひとまずは聞くとしようか」

 

「そうね、断末魔であっても大人しく耳にするのが礼儀だろうし」

 

全方位的に重圧をかけてくる女性陣に対し、武はいつにない冷や汗を流しながら答えた。どうしてそんなに怖い顔をしているのか、と。実際は声半ばで危険を察知し、後半はごにょごにょという言葉で誤魔化したのだが。

 

その内心を注意深く観察していた女性陣は、ため息とともに武の質問に答えた。ありがとうと、言いたかったと。

 

「結末がどうであれ、私達を鍛えてくれたのは他ならぬ貴方よ……なら、少しぐらい評価を気にしたっていいじゃない」

 

「―――そうか。いや、そうだな、確かに」

 

武は自分に照らし合わせた後、納得した。この年令で、戦い続けたとしても未だにターラーの評価が気になるし、けなされればのたうち回る自信があったからだ。

 

「……あとは、忘れられるのが嫌だったから。白銀は、助けたオッケー大丈夫だからハイ次-、とか言い出しそうな雰囲気があったし」

 

「え……そう、か? いや、そう言われれば否定できない部分も………」

 

多くを助ける、助けたいと今でも思い続けている。武はそんな自分の姿を認めつつも、だからこそ疎かになっている部分があるかもしれないと、そう考えていた。

 

「でも、そんな……節操なしじゃないぜ」

 

「うん。それはそう思う。だけど、志摩子達のことも、忘れないでとまでは言い難いのだけれど………」

 

「……確かに。忘れた訳じゃないけど、それでも」

 

強く思い出していたかと問われれば、イエスと断言するのは難しい。武は今までの事を思い返しながら、答えた。忘れた訳じゃないが、勝つことに主眼を置いていたことに違いはないという事を。

 

「だから、先を―――私は、五摂家の一翼として立つことを決めた」

 

「……成る程。話には聞いていたけど」

 

詳細を直接聞いた訳ではないが、防衛戦の中で五摂家の一角を担う年若い女性衛士が居ることは、武も耳にしていた。前評判を覆せるほど、先頭に立って戦い続けた山吹の武御雷を勇猛さも。

 

「出来ることを、と考えた結果だ。幸いにして、頼れる側近は既に確保済みだからな」

 

唯依は上総に視線を向けながら、誇る。武は頷き、笑みを返した。

 

「そう、だな。唯依達ならできると思う。かなり大変だとは思うけど」

 

血筋や実績がどうであれ、対外的には山吹であることに違いはない。そこからどうやって臣下達を掌握していくのか、考えるだけで前途が多難であることが分かる。それでも、と歩き始めようとする姿勢を見た武は、それ以上の言葉を告げなかったが。

 

「……私達も、同じだ。次の決戦が終わってからだが、それぞれの道を歩もうと思っている」

 

話し合って決めたんだと、冥夜が皆を見た。千鶴は、政治の道へ。慧は、帝国陸軍へ。壬姫と美琴は国連軍へ、冥夜は斯衛へ。それぞれがそれぞれの資質を最大限に活かせる場所へ赴くと、迷いない言葉が告げられた。

 

「先へ、先に、か」

 

「ええ、そうよ……でも、だからこそ白銀には覚えておいて欲しいの。私達が、それぞれの道を選んだ切っ掛けを」

 

得意分野でもなければ、とても先達には最後まで勝てないと、そう思ったが故に、と。その根本は白銀武という存在にあったのだと。

 

―――未来を見せることでしか、執着を呼び込めないと判断したからこその、言葉だった。武は全員を見回した後、頷きと共に言葉を返した。

 

「……忘れねえよ。でも、俺じゃなくても樹とか」

 

「違うわよ、朴念仁。私達は、貴方に覚えていて欲しいの」

 

「………………そう、か」

 

呟いた武に、そうよと答えたのは何人か。発言した本人達でさえ把握していなかったが、言葉の意図が伝わると同時、そういう事だからと全員が武に向かい合った。

 

こうまで想わせておいて、無責任は許さないと、柔らかく包み込むように。

 

そうして去っていく女性陣の背中を追いながら、武は言葉にできない後ろめたさを感じるも、迷いを抱えながら目的地もなく、ゆっくりと歩き始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陽は光なくとも輝けるのだと、何時誰に聞いた言葉だったか。思い出せなかったサーシャは、暗い表情を引きずったまま、横浜基地の廊下を歩いていた。

 

そこからふと顔を上げたのは、気配を感じたから。あれから6年、懐かしいにも程がある日だまりの中に居た少女の息吹を、その耳に聞いたからだった。

 

「―――プルティウィ?」

 

「お―――お、お、お姉ちゃんだあッ!」

 

抱きつかれた勢いのまま、押し倒されたサーシャは、きょとんとした表情を浮かべた後、その双眸から大量の涙を流し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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