Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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4.5話 : Hop step

「……それでは、予定通り年明けの1月1日に?」

 

「不確定要素と、リスクの排除を優先します。慣熟するより前に、状況が変わる方が怖いので」

 

ターラーの問いかけに、夕呼は頷きを返した。対面に居るフランツが、夕呼の意図を察して成程と呟いた。

 

「英国がその形を保てているのは、各ハイヴのBETAが()()()()()()一斉に動いていないからこそですね」

 

三度目のあしか(ゼーレヴェー)が上陸出来ていないのは、BETAが本腰を入れていないからだった。感情の無いBETAが七英雄に恐れをなしているという、希望的観測を述べるバカも居ますが、と肩を竦めながらフランツは言った。

 

「性格の悪いイギリス政府を動かすための殺し文句としては、上出来です」

 

「残る問題はあのバカ者だけ、と思っていましたが……副司令。先程のお話は、嘘偽り無く?」

 

「ええ、2人が“同着”とのことですわ」

 

夕呼は顔に貼り付けた笑みを盾に断言した。予想外の結末を聞かされた2人は、盛大にため息をつきながら遠い目をした。

 

「よりにもよって、このご時勢、この状況で渦中に居る政威大将軍を―――それだけの縁があったと言えばそれまでなんだが」

 

「らしい、と言うべきか。相も変わらず、想像の斜め上を突き抜ける」

 

本命と大穴の同着など、予想外過ぎて誰も当てることができなかった。想像の域を越えた武のことを嬉しそうに語るターラーの様子を見た夕呼は、成長を喜ぶ親類の反応のようだな、と思った。クラッカー中隊の仲間との絆を名付けるのなら、家族という言葉が一番適しているように思える。そう答えた武の言葉は、事実その通りだったと内心で呟きながら。

 

「見ていて飽きのこない存在であることは認めましょう………心臓に悪い、という印象が冒頭に来ますが」

 

やはり昔からなのか、と視線で尋ねる夕呼に、ターラーは苦笑と共に首肯を返した。

 

「出会った当初からずっと変わりません。……盛大に周囲を巻き込むことや、色々とやらかした結果、想定外の事象を呼び込んでくる所まで」

 

近くに居れば居るほど、疲れが溜まっていく。ターラーは当時のことを思い出しながら、腹のあたりを擦った。フランツは深く頷きながらも、そうして乗り越えながら前に進み続け、気づけば反応炉を破壊していたとため息混じりに語った。

 

そして今も、この先まで。フランツはその言葉を話題の転換点として、重大事項である次の決戦に向けての話をし始めた。

 

「協力の件、欧州の方は問題ないでしょう。第五計画を支持している者の規模は、かなり小さくなったという情報が入っています。先ほど副司令が提唱した見返りも、実に魅力的だ」

 

「こちらはもとより協力する方向で動いています……世論も後押しするでしょう。難民の増加に伴って生じた問題の解決に繋がる、と説明すれば反対する者の大半は押さえられます」

 

大義名分に理由と利益がセットになった今、むしろ協力しないという方があり得ない。共通した見解を聞いた夕呼が、それではと2人の目を見返した。

 

「ええ、早々に帰国します。最終的な結論を出すのは上層部ですが、直接現場に立ち会った者からの発言は最後の一押になり得ますので」

 

「こちらも同様に。ただ―――作戦名についてひとつ、要求したいことが」

 

ターラーは先程入手したカセットテープを夕呼に見せると、吹き込まれた内容について説明した。夕呼は一通り聞いた後、成程と頷きを返した。

 

「録音されたものを複数持っているということは、それぞれが帰国した後に?」

 

「ええ。できれば、今日立ち直ったあの子が再録したものを。桜花、という名前も日本を知る我々にとっては素晴らしいものだと思うのですが、国によってイメージが異なる恐れもありますので」

 

ターラーの言葉に、フランツは頷きながら言葉を足した。

 

「次の作戦は地球規模で行われる史上最大のもの。もっと単純で、どの国の誰であっても分かりやすい名前がよろしいかと」

 

フランツは真剣に答えながら―――少し口元が緩まっていたが―――カセットテープを持ち上げると、言った。

 

 

「取り敢えずは、中身を確かめてからどうするかを決めても遅くはないかと」

 

 

その後、再生された言葉を聞いた夕呼は国連に向けて提案する作戦名を変更することに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………?」

 

ハンガーの中、武は我が目を疑っていた。左を見て、右を見て、天井を見上げた後に、もう一度正面を見た。自分の新しい機体が置かれている場所、と連絡を受けて向かった場所。そこには、とても見覚えのある機体が鎮座していた。

 

―――00式戦術歩行戦闘機、武御雷。外装はType-00Fに近いが、所々に改良が加えられているようにも見えた。威風堂々とした佇まいは、まるでそこに初めからあったような感想を抱かせるものだった。

 

「いやいやいやいや。え、なに、どういうこと? イリュージョン?」

 

「―――斯衛からのご厚意、と取っておいて頂ければ幸いかと」

 

武は聞き覚えのある声の主が居る方向へ振り返った。

 

「神代曹長………?」

 

「ええ。ユーコンではありがとうございました、小碓少尉」

 

散々に引っ掻き回してくれて、という裏の声が聞こえるようないい笑顔だった。武は逃げるようにそそくさと視線を外しながら、聞きたいことだけを尋ねた。

 

「これ、どういうこと……というか、どこから?」

 

慧の弐型を使う予定だったのに、なにがどうなって武御雷という斯衛専用の、しかも見たことのない改良が施された機体がここにあるのか。尋ねた武に答えたのは、背後からやってきた人物だった。

 

「昨夜、斯衛から連絡があってな。富嶽と遠田の技術者から是非に、という話らしい」

 

「まさか……富嶽はともかく、あの遠田技術が?」

 

遠田技術といえば独自技術を多く持っていることで有名な企業だった。富嶽重工と共に武御雷の基幹技術を短い期間で組み上げる所か、僅か7年で第三世代機の量産試作機を完成させたことから、欧州・米国からも注目されている変態集団であると武は聞き及んでいた。

 

「そう、あの凝り性集団だ。話は変わるが、開発当初に武御雷が抱えていた問題について、知っているか?」

 

「え? ……いや、そりゃあ知ってるけど。これでもテスト・パイロットみたいなものだったし」

 

京都防衛戦から関東防衛戦まで、試製の武御雷で実戦データをとことん集めたのは誰だと思っているんだと武は呆れた顔で答えた。

 

「高性能の第三世代機についていけていない、旧来のOSが問題になったんだろ? それで操縦性が悪くなった。その後、動作データの蓄積とアビオニクスの改良によって解決されたんだっけか」

 

そのデータの内訳は、大きく分けて2種類があった。武が日本で暴れまわりながら提供していた、各種様々な実戦データ。そして、大東亜連合から提供されたF-15Jの稼働データだ。多種多様かつ過酷な環境で繰り返された実戦の最中、どのような問題が起きるのか、そのフィードバックと解決のノウハウまで提供したと、武はアルシンハと夕呼の両名から聞いていた。

 

「私も、遠田の知人から耳にしたことがありますね。次々に刺激的なデータが入れ食いになっていたせいか、『開発と設計班の人間の狂ったような笑い声が煩くて眠れないんだけど』とよく愚痴っていましたよ」

 

乾三の言葉に、武と影行は苦笑を零した。だが、当たり前のように会社に泊まり込んで仕事をしている人間ばかりだという点に突っ込みを入れられない所から、乾三は武達の背景の黒さというか、修羅場への慣れっぷりを垣間見た。

 

「そこに、斯衛内部での色々な“大掃除”があった。そうした複合的な理由から、開発のラインと、設計班の一部に少しの余裕が出てきたんですよ」

 

斯衛が欲するのは国土防衛用だけではない、ひいては国内に建設される可能性があったハイヴ攻略までこなせるという、世界でもトップクラスの性能を持つ機体。富嶽と遠田は集まりに集まったデータを元に少しの余裕を持ちながら要求に答えている途中に、ある疑問を抱いたという。

 

試製から量産に差し掛かる頃だ。ふと、1人の人間の呟きから始まった。この常軌を逸した密度でのデータを提供してくれている衛士が、満足できるような性能なのか。誰かが、否と言った。声は叫びとなり、室内に木霊したという。

 

「そして紅の鬼神が戦死したという報を聞いても、彼らは信じなかった。いえ、死んだかもしれないと思いつつも、次なる後継者が現れない筈が無いと考えたのでしょう。そして、一つの赤の予備機を元に作り上げてしまったのが、コレです」

 

武御雷は元からずば抜けた機動性と運動性能を持ちながらも一定の操縦性を持つという、世界でも3指に入る程に優秀な機体だった。そこから操縦性を豪快に削り、機動性と運動性能を高めた成果が、そこにはあった。

 

「正式な名称はありませんが……開発班と整備班は、こう呼んでいます。00式戦術歩行戦闘機決戦用改良型、Type-00FTと」

 

「……T? Type-00Fは、山吹と赤の武御雷の型式番号だけど、Tってどういう意味でつけたんだ?」

 

「十束剣ですよ。日本神話に登場する剣の総称ですね」

 

有名な所で言えば、天之尾羽張剣、天羽々斬剣、神度剣、布都御魂剣。乾三は、“らしい”でしょうと苦笑した。

 

「天羽々斬剣はスサノオが使ったもの。XG-70を考えれば、実に適している。布都御魂も、建御雷神が葦原中国を平定していた時に使っていた剣とされていますので」

 

「……なんか、凄え名前だな。すごすぎて名前負けしそうっていうか」

 

「その懸念もありましたが、大丈夫と判断したんでしょう。なにせクサナギ中隊の武の名前を持つ衛士が使うのですから」

 

「……そういえば十束剣の一つに数えられる天羽々斬剣は、ヤマタノオロチを退治した時にその体内にあった草薙剣に当たり刃が欠けてしまったとか」

 

影行の言葉に、乾三は笑みを浮かべながら答えた。

 

「おっしゃる通り。転じて、大きな名という刃や威に負けず怖じずに振るってくれるだろう。そのような期待が籠められている機体だと思う限りで」

 

「……そこでダジャレを使うあたり、軍曹もいい歳っていうか」

 

おっさんだよな、と遠慮なく繰り出された武の鋭い舌鋒が神代乾三の胸を刺し貫いた。硬直した彼を置いて―――流れ弾を受けた影行は胸のあたりを押さえていたが―――武の腕を引っ張ると、こそこそと武だけに聞こえる声で事情を説明した。

 

『実は、だな。昨晩に決定されたことが一番の理由だ―――お前は聞いていないだろうが、殿下の専用機体である紫のType-00Rが作戦参加する旨が伝えられた』

 

『いや……それは本人から直接聞いてるよ。煌武院冥夜の素性を明らかにした上で、っていう話だろ?』

 

『ははは。なんだ、親しそうに。枕を共にしながらでも話したのか?』

 

『………』

 

『いや待て。冗談で言ったんだが……お、お、お前、ま、ま、まさか、まさか、な?』

 

雰囲気が変わっていること。昨晩に副司令から聞かされた解決方法を聞いた影行は、まさかなあと思ってカマをかけるように、一歩踏み出した探りを入れた。

 

結果、起きたのは水爆規模の爆発だった。レッドシフト、レッドシフトと影行は繰り返しながら、赤い斯衛の幻覚を見たようにふらついた。

 

『大丈夫。アフターケアも、ばっちりだ』

 

『そういうことを言ってるんじゃねえよ』

 

思わず気持ち30歳若くなった影行は、的確なツッコミを入れた。季語はないが五・七・五の韻を踏んでいるあたり、余計に腹が立っていた。枕詞(まくらことば)を入れての短歌でも謳われた日には、押さえきれなかっただろうと思った影行は、違うそうじゃないと呟き、現実に帰還した。

 

『……………ひとまず。ひとまずは、置いて事情を説明する』

 

『わー、どんどん、ぱふぱふー』

 

続きを促すだめなのだろうか、場を盛り上げようとする我が子に対して影行は愛の鞭(鉄拳)を振るいたくなった。もう一度やられれば、オブラートに包む余裕もないから殴ろうと心に決めて、影行は何とか説明を続けた。

 

『国連に対して、日本の本気度を示すためにもな。この十束が用意されたのは、殿下の妹君が参加するという、その説得力を増すためのものだ』

 

供回りや護衛の武御雷が居ないのもまずいとされたこと。不知火・弐型を残したまま武御雷が加わることで、全体的な戦力の底上げができること。紅の鬼神が復活したことを知った遠田と富嶽の一部派閥が、持て余していたこの特機を強引に差し込んできたこと。影行は各種の思惑が重なった結果だと告げ、武は頷きながら裏の背景も察していた。

 

オリジナル・ハイヴ攻略という偉業が、日本主導で行われたということを誰か見ても分かりやすくするため。先の防衛戦での帝国軍の損耗を埋めるために、協力し易い態勢を取るための、先を見据えた一手であるように武は思えていた。

 

『―――でも、関係ねえ。今は少しでも戦力が欲しい』

 

生き残るために。宣言するような武の様子に、影行は何があったのかを改めて聞いた。武は詳細を話すのは恥ずかしいから概要だけ言うけど、と説明をした。落ち込んでいた所を慰められたこと。2人の女性に救ってもらったこと。そして、少し無茶をさせてしまった事まで。

 

『いや、最後は要らないというか聞きたく無かったが―――そうか』

 

感慨深げに、影行はため息をついた。影行にとってのサーシャは子供の頃から見知っている、親戚の子供のような間柄の少女だった。出会ったのが10年ほど前と考えると、直接出会わなくとも、心の中で思っていた時間は生きてきた18年の半分を越えていた。

 

武もそうだが、サーシャも危うい所を抱えていた。2人の子供が救われた事に影行は安堵を抱いていた。緩まった涙腺を、必死に引き締めながら。

 

『ちなみに、アフターケアと言ったが……お前、初めてじゃなかったのか?』

 

『……あの2人にも聞かれたけどな。そこは、アレだよ。海より深く山より高い事情があったんだよ』

 

『はいはい。どうせ海は死海で山は天保山とか言うんだろ』

 

死海は海抜で言えばマイナスで、天保山は大阪にあったという日本で一番に低い山のことだ。影行は呆れながらに言うが、武は違うと否定した。

 

『ほら、アレだよ。並行世界の記憶っていうか………』

 

『記憶……経験、体験? まさか、他の女性とのアレこれとか』

 

影行の言葉に、武は頷きを返した。好意が暴走してしまった、と言い訳を重ねながら。それがどれほどのものか、影行には分からなかったが、今の武の隣に2人の姿が無いことから、ある程度を察してしまっていた。

 

『わ……分かった。わかりたくないが、分かった。で、お二人に直接説明したりしていないよな?』

 

『さっきの深い理由があるって言葉で通した。というか、追求できる状況じゃなかったし』

 

『賢明だ』

 

事後に他の女性との経験を語るなど、無礼という問題ではない。そして影行はどうしてこんな息子の下の事情を赤裸々に聞かなければならないのかと遠い目をした。一番はタイミングだろう。だが、他の女性の知人と話すのも茨の道というか血の池地獄にしかならないと思い、もう一方の親しい仲間と言えば紫藤樹になるが、サーシャに関しての“そういった”方面の相談を彼にするのは無神経すぎると考えた影行は自分の間の良さを自分で褒めていた。

 

そして表情を真剣なものに変えながら、影行は問いかけた。

 

『それで―――生き抜くことを決めたんだな?』

 

『……父さんにまでバレバレかよ』

 

『俺だけじゃない、母さんもだ』

 

『……俺も、ガキじゃないんだけどな。でもまあ、嬉しいと言えば嬉しいけど』

 

久しぶりに再会して、接した機会が多くなくても、色々と察してくれていた事が。武は照れくさそうに笑いながら、影行の言葉に頷きを返した。戦って生き抜くこと。決して最後まで諦めないという、当たり前の覚悟を抱いたことを。

 

『まったく、親不孝しようとしやがって……と言えた義理でもないか』

 

『いや、親孝行と相殺しようと思ったんだけどな』

 

『オリジナルハイヴ攻略の、か? ―――本気で言ってるなら怒るぞ』

 

間違っても母さんの前では言うな、と影行はため息をついた。功績と命と、外から見て釣り合っているように見えた所で、本人達が喜べないのなら意味はないと考えていたからだった。

 

『軽口が言えるようになったのは何よりだけど……浮かれてるのとは違うな』

 

『そのつもり。“俺は俺らしく”ってな。それが、2人に言われたことだから』

 

無理に変わろうとせず、変に卑屈にならず、自分の思う自分のままで居て欲しい。ふと零れる優しい笑顔が好きだからと言われた武は、無理をすることを止めた、と影行に告げた。

 

『だから、誰かを救おうだなんて気負わずに。俺のやれる範囲でやれる事をやり通す』

 

だからバックアップはよろしく、と武は拳を突き出して。

 

『ああ、任せとけ』

 

影行は応える形で拳を突き出し、親子は拳を触れ合わせながら笑顔を交わした。

 

そしてようやく、沈黙を続けていた背後へ向き直った。そこには天井を見上げながら、「そういえば巽ちゃんもあんなに大きくなってたなあ」とぶつぶつ呟きながら遠い目をしていた、乾三の姿があった。

 

『―――と言うことで後は任せたぜ、父さん』

 

『いやそういう意味じゃなく、あ、お前待て、逃げるな! 汚いぞ!」

 

尊い犠牲を糧として、武は風のような速さでその場を去っていった。少し、照れ臭い気持ちを耳と頬に出しながら。

 

そのまま武は、サーシャが居る場所へ戻ろうとした。悠陽は傍役に連れられて、既にこの基地を去っていた。武は引き止めたくなったが、悠陽は悠陽としてやる事があると知っているため、止めなかった。

 

サーシャは疲労困憊の様子で、起きて少し言葉を交わした後、力尽きるように眠りについた。そろそろ起きている時間だと、武は横浜基地の地下に向かった。だが、エレベーターに乗ろうとした所でユウヤに出会った。ユウヤは武の行き先を聞いた途端、無言で首を横に振った。

 

「は? いや、なんで行ったら駄目なんだよ」

 

「……少し赤裸々過ぎる話題でな。俺も耐えきれず逃げてきた所だ」

 

起きたサーシャとクリスカ、イーニァに霞と純夏まで加わって色々と話をしている最中らしい。それを聞いた武は、赤裸々という言葉に嫌な予感を覚えた。

 

「えっと……まさか、サーシャが?」

 

「ああ。まったく、クリスカは巻き込まれるしよ。居場所が無いったらなかったぜ」

 

でもちょうど良かったと、ユウヤは武を見ながら親指で食堂がある方向を指した。

 

「ちょっと話したいことがあってな。急用が無かったら付き合わないか?」

 

「話って、俺に? ……まあ、良いけど」

 

どんな話が、と考えつつも武はOKを出した。地下に降りてサーシャに会いに行ったとしても、どうしてか宙を舞う未来しか見えなかったからだ。そうして食堂に移動した2人は水を片手に隅のスペースに座った。

 

「それで、改めて何だよ。もしかして金の無心とか」

 

「違うっての。その、なんだ………一応、礼を言っとこうと思ってな」

 

ユウヤは手元のグラスに視線を落としながら、亡命してからの事だと言った。

 

「ユーコンに来る前までは、夢にも思ってなかったぜ。こうして人類の最前線で、BETAを相手に最高の環境でドンパチできるなんてな」

 

昔はBETAについて知らなかった。脅威だという知識だけを持っていた。その後、ユーコンでテストパイロットとして任務についている最中、その実態を知った。

 

―――許せない存在だと、ユウヤは言った。

 

「あれは、ダメだ。真っ先に潰さなきゃならねえ。そう思ってからは、世界が変わった」

開発衛士として仲間と戦ったこともある。だがそれ以上に、地球に居る人間として戦わなければならない存在があり、それに立ち向かえる力を自分は既に持っているのだという事実にユウヤは驚いていた。

 

何も持っていなかったと、嘆いていた過去。それが幻であると知り、積み上げてきたものが無駄ではなかったと実感して、自分の身を立たせる足場になっていることまで。

 

「あんな化物とずっと前から戦ってる奴らが居る。凄えと思ったけど、負けたくないとも思った……それで、気づいた。実戦で経験を積めば、届く位置に俺は居るんだってな」

 

俺を捨てた家族を見返すため、母に居場所を作るため、米国に認められるため。自分だけを見つめ、個人的な理由で戦い続けた中であっても、あの日々に意味はあった。

 

「……それで、最近になってようやくそれが受け止められるようになったのか?」

 

「ああ……助けられる命があった。感謝される言葉を、知った」

 

ユウヤは自分の掌を見た。ユウヤはA-01として戦っている最中、佐渡島で、防衛戦で、幾人かの衛士の窮地を助けた。偽りなど欠片もない、純粋な感情がこめられた感謝の言葉を向けられた。

 

クリスカやイーニァとは違う、全くの他人だというのに背景だとか所属だとか過去さえも関係がなく、ただ只管に。あの感覚が忘れられないと、ユウヤは呟いていた。

 

「それも、俺達が作り上げた不知火・弐型でだ。まるで夢のようだったぜ」

 

甲21号から脱出した後、通信から飛び込んできた歓声も。電磁投射砲が発射される前に見た、命をかける兵士達。その彼らと横に並び、人類の鋒として戦っている自分を思った。電磁投射砲により趨勢が決まり、雄叫びを上げていた衛士達。武は、分かる分かると言いながら、何度も頷いた。

 

戦い戦って勝つこと。道半ばで死にゆく人が居る事を思うと悲しいが、人類という群れとしてBETAと戦い勝った時に身の内より迸る熱は燃え滾るほどだった。

 

「―――俺も分かるぜ。特に、思い入れのある戦場だと違うよな」

 

「―――例えば今回のような故郷を守る戦いとかな」

 

水を片手に参上したのは、鳴海孝之と平慎二の2人だった。ここ良いかと聞きながら武とユウヤの隣に座ると、話題に乗っかかる形で話し始めた。

 

「っと、いきなりで悪いな」

 

「いいですよー。2人の言う通り、俺も横浜を守りきれた時は嬉しかったですから」

 

一度目はBETAの猛攻を前に、守りきれなかった。二度目の奪還作戦は不本意な形で終わった。三度目の正直でようやっと、横浜の土地を汚さずに済んだ。全ての作戦に参加していた武は、仏の顔を立てることが出来た上に、報いる事が出来たと頷いた。

 

「……それは、横浜で死んだ衛士を思ってか?」

 

「ああ。後は、故郷を想い祈っていた人達に」

 

横浜から疎開した人達も、決戦の日には祈っていた筈だった。どうか、故郷が穢されないように―――帝国軍に勝利を、と。その声に応えられず、戦場に散った戦友達の想いを汲むこともできなかった。それでも今の時、二度も負けた後では遅いかもしれないが、横浜は人の手の中に戻った。

 

「自己満足かもしれないけど、少しでも返せることが出来たって思うんだよな」

 

「……俺も、報いたい―――違うな、報いなければならない、って気持ちは分かる」

 

ユウヤが神妙に答えた。ユーコンに置いてきたものはあまりにも多かった。ヴィンセント、ヴァレリオ、ステラ、イブラヒム。それだけではない、多くの人員まで。あの頃は言えなかったが、親友や戦友、仲間たちに支えられてきたもののなんと大きかったことか。理不尽があったとはいえ、自分の選択の結果から色々と犠牲を強いる結果になってしまった。だが今、実戦で弐型の有能さを証明することで人類のためになる成果を出せたのなら、少しでも応えられたのかもしれないとユウヤは考えていた。

 

孝之と慎二の2人はユウヤの事情を深くまで知っている訳ではなかったが、その振る舞いからある程度のことは察していた。複雑な背景を抱えていた所まで。だが、轡を並べた戦友として、何より横浜を守るために戦ってくれた仲間としてはっきりと感謝の言葉を告げた。

 

「間違いなく、最優秀と言われても間違いない働きだったぜ」

 

「ああ。横浜市民を代表してお礼を」

 

ありがとう、と武も混ざって3人が頭を下げた。ユウヤは眼を丸くしていたが、やがて照れくさそうに視線を逸した。

 

「別に、言葉が欲しかった訳じゃねえよ」

 

「あらやだ奥さん、この子素直じゃないですわ」

 

「やんちゃ盛りだから仕方ないわね、って誰が奥さんだよ」

 

「そうだよな、慎二はどちらかって言うとオカン的な役割っていうか」

 

武の冗句に慎二がすかさず応え、孝之が補足した。素早い連携を前にユウヤは呆気に取られていたが、おかしそうに顔を緩ませていた。

 

「……なんだこのイケメン。笑い顔も絵になってる所とか、すげえ腹が立つんですが」

 

「お前が言えた義理ですか、白銀中佐」

 

「お前もだよバカユキ」

 

途端、3人の間で内輪もめが発生した。睨み合い、距離を測る衛士達。そこに、新たに現れた人影があった。

 

「なんだ、隅っこで集まって………珍しい面子だな」

 

「あ、見た目ヴァルキリーズ筆頭こと紫藤少佐じゃないですか」

 

「懲りろ、アホ武」

 

樹は現れるなり武の顔面を鷲掴みにした。武が悲鳴を上げるが力を緩めないまま、樹は皆が集まっている場所に腰を降ろした。

 

「それで、何の話をしていたんだ?」

 

「へ? あ、ええ。なんだったっけか、慎二」

 

「好みの女性の話ですよ。紫藤少佐は、神宮司隊長と大変仲がよろしいようですが、実の所はどうなんでしょうか」

 

一歩踏み込んでの不意打ちに、ユウヤと孝之、武でさえ反応できなかった。質問を受けた樹は目を丸くした後、あー、と前置いて周囲を見回した後、顔を低くした。つられて3人も顔を近づけた後、樹は事情を話した。

 

「実は、だな」

 

もったいぶっての間。4秒経った後、樹は両手を素早く一閃させた。手刀を受けた3人が、それぞれに悲鳴を上げた。痛がる者たちを前に、樹は呆れた声で告げた。

 

「何もないわ、バカ共。第一、神宮司少佐に失礼だろうが」

 

「……え?」

 

「いや、だって、なあ」

 

「俺はノーコメントで」

 

「逃げるなってユウヤ。もう樹とまりもちゃんが話している所を見てれば、分かる範疇だろってひだだだだだ!」

 

アイアンクローを受けた武が悲鳴を上げた。笑顔で武の頭蓋骨を軋ませていた樹は、3人に向き直った後、質問をした。

 

「こいつの冗談は真に受けるなよ……と、何だその顔は」

 

「いえ。ちなみに客観的にですが、神宮司少佐は魅力のある人物だと思いますか?」

 

「いきなりなんだ? ……いや、応えるが。そうだな、魅力のある人物とは思う」

 

教官を務めていた頃から、教え子に対しては真摯だったこと。厳しすぎることはなく、優しすぎることもなく、少しでも生還できるようにという教育方針で、優秀な衛士を育てていたこと。微に入り細に入り説明する樹の言葉を聞いた慎二は、頷いた後に答えた。少しだけ言いよどんだ言葉とその内容から、ある程度を察しつつ。

 

「そう、ですか………つまり俺だけなんですね、相手が居ないのは」

 

「え?」

 

「は?」

 

「いや、それは」

 

「このバカには速瀬と涼宮が。ブリッジス少尉には銀髪の巨乳美人が。紫藤少佐には包容力のある神宮司少佐が。そこの痙攣してる上官殿は、言うに及ばず」

 

慎二は俯きながら呟いた。人の夢と書いて儚いと言うが、これから決戦に挑もうとしている立場にあってこの境遇はあんまりだと、暗いオーラのようなモノを放ち始めた。

 

その澱んだ空気を晴らすように、孝之は態と大声を出しながら3人に問いかけた。

 

「それで! 話を戻すけど……ってなんだったっけ、ブリッジス少尉」

 

「………報いること、についての話だったんだけど」

 

正直に答えたユウヤに、孝之と慎二は頷きながら答えた。堅い、と。

 

「そこら辺は軍人として当然のことで。でも、別に、ほら、あるだろ?」

 

「そう。決意表明というか。おれ次の決戦が終わったら結婚するんだ、とか」

 

「……いや、既に約束しているというか。しなくても、クリスカとイーニァは俺が守るとずっと前に誓い合ったから」

 

強い言葉での断言。それを至近距離で聞いた2人は、聖水を受けたゾンビのように仰け反っていた。

 

「かーっ、これは天然ですわ! キザじゃない所がイケメン指数関数yのaのx乗!」

 

「ナチュラル過ぎるだろ………これがモテる男の秘訣とか」

 

囃す孝之と、真剣に考察する慎二。樹は2人を見て絶好調だなと呟くも、女性だらけの中隊に囲まれれば心労も増すか、と密かに同情していた。その横で復活していた武が、人差し指を立てながら発言していた。

 

「でも、王道だよな。俺はこの戦いが終わったら告白するんだ、とか」

 

「……何だか、告白する前に戦場で死にそうだな」

 

物語のお約束と言うんだったか、と樹が苦笑した。ユウヤはそれを聞きながら何となく理屈を理解しつつも―――米国に居た頃から、1人で本の考察をしていた過去がありそういった事は経験があった―――ことから頷くも、当然だろうと答えた。

 

「悲劇を印象付けるための演出だろうが、必然でもあると思うぜ。なにせ避けるなら避けるで大きな代償があるからな」

 

「……その心は?」

 

「そんな約束できるぐらいに心を交わした間柄なんだろ? だったら、そんな重要な場面に向かい合ってる時に、何も言わない方が失礼だろ」

 

将来を誓いあった相手なら、必然だということ。身体を交わした相手ならば、暈す方が礼を失する。生命惜しさに逃げるように戦場に出向くような者であれば、生き死にに関係なく屑だろうとユウヤは言った。

 

「そこから逃げるのは卑怯っていうか、根性無しにも程が………って、なんだ?」

 

ユウヤは四者四様の反応を前に、困惑していた。慎二は胸を押さえて、何かを渇望するように悶え。孝之は頭を押さえて悩み始めて。樹は顔を覆い隠しながら、深い溜息を。武は絨毯爆撃を受けた尺取り虫のように、痙攣をしていた。

 

三者三様に痛打を受けていた者達は、それでもユウヤに対して悪意を抱かなかった。むしろ感謝をという様子で、それぞれが手を差し伸べた。ユウヤは困惑しつつも、その手を握り返した。バカをやっているという自覚はあったが、米国ではついぞ体験できなかった男どうしのくだらないやり取りをしているという、奇妙な充足感を覚えていた。

 

「―――でもそういう理屈とは別に、な。いざって時は俺達が先に死ぬべきなんだろうな」

 

笑いながらも調子を変えた声で呟いたのは、慎二だった。孝之と樹、武だけではなくユウヤまで頷きを返していた。お約束だろうがなんだろうが、目の前で女性を死なせるのは男としての矜持が許さない。前時代的な考えだったが、合理主義の国で育ったユウヤでさえ、同じ隊で笑っている戦友たちを死なせたくないと思っていた。

 

届かないかもしれない。才能で劣るかもしれない。衛士としての力量でさえ。それでも、あるかもわからない魂の底にある震えが訴える声は言うのだ。鉄火場で前に立たずして、どう男を名乗れというのか、と。

 

その言葉を共通した男5人は、頷きあっていた。誰の想い人であろうとも関係ない、守れる人を可能である以上に守り通すという誓いと共に。

 

「―――よく言ったな、ジャパニーズ」

 

「変に見下した言葉を選ぶなよ、シルヴィオ」

 

気配を消しながら乱入したのは、イタリア出身の2人だった。共に親指を立てながら、言葉を交わした5人に向けて笑顔で告げた。

 

「思わず混ざっちまったぜ。ともあれ………その約束、俺達にも一枚噛ませてもらう」

 

「レンツォと同じくだ。麗しき女性を守るための、肉の盾の同志として」

 

「………えっと?」

 

「完全な身内だ。具体的に言うと、香月副司令の旗の下に戦う同志というか」

 

武はため息と共に説明した。身内と書いて下僕と読むかもしれないが、と乾いた笑い声を零しながら。

 

「お前たちの男気、見せてもらったぜ。まさか遠い極東の地で、イタリア人的な魂を見せられるとは思わなかった」

 

「一緒にすんなって、って痛い! なんで全員で殴って来るんだよ?!」

 

武が非難の声明を出すも、全員が嘲笑の刃で切り捨てながら。

 

「ともあれ、喜ばしいことだ。そんな決意と共に戦ってくれるのなら、これ以上のことはない」

 

欧州でも、自分自身にしか損得の感情を抱いていない者が多かった。だというのに、隊の仲間を。バカらしいという考えを自覚しながらも訂正するつもりがない正真正銘の愚者を見る機会は、片手でも余る程だった。

 

そんな、応援したい衛士が想い人と共に戦う。シルヴィオはひとまずの安堵の息と共に、託すように話し始めた。

 

「東洋人にも色男が多いようだ、まあ、俺には及ばないだろうが」

 

「ムッツリスケベがなんか言ってやがるぞ」

 

「そういえば現ヴァルキリーズの接待を意味深な方向で受けたとか」

 

慎二の呟きの後、内乱が勃発した。具体的には孝之とシルヴィオの間で。睨み合う2人を置いて、樹と武はレンツォに向き直っていた。

 

「無理を言うかもしれんが………戻らなかった時は、頼む」

 

「俺からも。あれで夕呼先生は脆い所もあるから」

 

「そいつは初耳だ―――だが、心配は要らないぜ。借りているばかりっていうのは、趣味じゃないんでな」

 

幼馴染で戦友で親友だったシルヴィオと殺し合う未来から救われたこと、それに応えない理由はどこにもない。皮肉げに笑いながらも断言するレンツォに、2人は頷きを返した。

 

「本人達は、誰が守られる立場なんだって怒りそうなんだけどな……」

 

「それは……いや、その通りだな」

 

疲れた顔をする2人に、レンツォは肩を竦めながら苦笑を零した。頼もしいお嬢さんたちだと、軽口を叩きながら。

 

「お嬢さん、か―――比率で言えば何割になるんだろう」

 

「3割ぐらいか。………いや、念の為に言っておくが、本人達にはバラすなよ」

 

「ええ。水月あたりなら、往復ビンタの後に膝蹴りをかまされそうなので」

 

「白兵戦闘力が高い者の名前を出すあたり、鳴海中尉は勇気が凜々としていそうだな」

 

 

そうして、冗談とバカ話と裏に秘められた決意が燃え始める音と共に。

 

 

第四計画の旗の元に集った男達は、アルコールの入っていない飲料を傍らに、次なる決戦の前の意気込みを語るが如く、感情に溢れた言葉を酌み交わしていった。

 

肌の色や出身、国境などに縛られずただBETAに勝つ未来を肴にしながら。この星に住む人類として、誰もが明日に震えないで済む日を、夜明けをもたらすために戦おうという誓いを立てながら。

 

 

 




あとがき

・機体の詳細を聞かされても動じない、どんとこい超常現象を自負する衛士筆頭

・夜の凶手だって?(幻聴
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