Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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7話 : 死闘

 

戦場において状況というものは川の流れの如く、常に推移していく。A-01の衛士達は様々なケースを想定して、突入時の演習を何度も行った。オリジナル・ハイヴの難度から、門周辺の部隊が全滅したというケースまで。

 

『―――な、のに……っ!』

 

茜は耐えきれず、震える声で呟いた。背中を庇い合いながら、突入用の門を死守している人間の姿が、眼に焼き付いてしまったからだった。こんな死地で、あんなにも戦ってくれる味方が居る。それを認識した10数人が、感激に目元を潤ませていた。

 

『―――A-04、ケースα。局地的支援砲撃を頼む』

 

『―――了解』

 

返答してから僅か1秒の後、空に鎮座する下降中の凄乃皇・四型の砲門が進行方向から外側に開いた。間もなくして閃光が、轟音と共にその破壊は迅速に成されていった。

 

全長にして1kmはある地表構造物の下に、光が溢れていく。地上のBETAで、電磁投射砲を止められる装甲を持つ個体は存在しない。超高速で放たれた貫通力の権化はその身を地面との衝突で削り殺されるまで、前方のあらゆるものを突き破っていった。

 

『―――門周辺に居る敵の掃討を確認、突入を開始する。ヴァルキリー中隊、続け!』

 

『こちらもだ、遅れるなよクサナギ中隊!』

 

両中隊の突撃前衛長が大声を張り上げ、門の中へ。淀み無く中衛、後衛が続き最後に切り札である、全長にして180mもある巨大な戦術機が門の中へ入っていく。洞窟というにはあまりにも壮大で、トンネルの範疇にも収まらない大きな穴は覗く者全てを飲みこまんという迫力があった。

 

門を守る熟練の衛士達は、地獄の入り口に真正面から侵入する人類の切り札を守るように戦っていた。

 

A-01、A-04の衛士と米軍の別働隊はその背中に幸運を(グッド・ラック)という、衛士達の言葉を浴びながら、穴の向こうへと消えていった。

 

『―――ダンナ』

 

『言うな、VG。ステラもだ―――インフィニティーズを見習え』

 

突入部隊の中に在った機体、その動き。気づいていない筈がないのに、とイブラヒムが言外に示し、ヴァレリオはため息を返した。

 

『それもそうっすね、ただ―――』

 

『ええ。この作戦を“キメ”て、ちょうどチャラかしらね』

 

嬉しそうに言うステラに、ヴァレリオは違えねえと笑いを返した。

 

『どちらにせよ、やる事は一つだが』

 

『―――ええ』

 

この場に居る全員が、蒼穹作戦の概要を聞いていた。誰もが万が一の時に自分の判断で動ける精鋭ばかりで、考える頭を持っている。そんな彼ら、彼女達は今この時が重要であることに気がついていた。自分たちが入り口を刺激したことが原因で、ハイヴの奥から一時的にやって来ている増援、それと入り口から戻るBETAとで挟み撃ちになった時に出る被害を、その恐ろしさを想像できた上に対策を講じることが出来る面々ばかりが出揃っていた。

 

『今更、多くは言わん―――全員に望む、死んでもこの場を守れ。堂々と入っていった、彼らの背中を汚させないために』

 

迷う素振りなど欠片も見せない、威風と共に突き進んだ彼らの足を引っ張らないために。この星を、空をこの手に取り戻すために。命令ではなく、想いを共有するような言葉に、門周辺を守っていた衛士達は国境を忘れて吠え猛った。

 

それより僅かに遅れ、軌道より降下した増援部隊が雄叫びと共に地獄の門の周辺に近づこうとしていたBETAに、挨拶(銃口)を交わし始めた。

 

 

『―――勝ってこいよ、でなきゃ許さねーぜ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――衛士が死ぬ時はほぼ一瞬だ。全数回避という目的の元に練られた第三世代機、薄型装甲の中に居る者達は戦場に出る度に薄い板に乗ることを強いられていた。1秒の油断が死に繋がり、1秒の停滞が生死を分ける。ましてやオリジナル・ハイヴという超々高密度な敵群体を相手取らなければならない作戦の中、要求される集中力と技能、覚悟のほどは想像を絶するものになる。

 

だが、突入部隊は生きていた。凄乃皇を守るような陣取りであってなお、A-01は、最先を気取る衛士達は障害となる敵を蹴散らしていた。

 

『―――タケル、右だ!』

 

『―――水月、前方やや上、1時の方向の敵に注意!』

 

『天井より降下する個体数が増大中、中衛、後衛ともに援護射撃を!』

 

『距離800に横坑を確認、各機注意を! 後衛は新手が出次第、援護に入れ!』

 

移り変わる状況を埋めるように、報告が入り乱れていく。それでも、混乱の域には達していなかった。誰もが己の役割、仕事に埋没した上で必要な事項のみを声にして発していたからだ。

 

余計な言動の一切を削ぎ落とし、部隊全体が凄乃皇の露払いという一個の目的を認識しながら最善を尽くしていく。そこに好き嫌い、相性から来る遠慮や葛藤は見られない。ただ現存する戦力が削れないように、最奥へと至るという目的を最優先とした一個の機械のように、それぞれが部品としての役割からはみ出さないまま、強引に作り出した道を前に、前にと進んでいく。

 

その中でも、右翼の最前衛である機体の動きは突出していた。周囲を確認しながらも、分刻みで訪れる前方の最も厄介なポイントを誰よりも早く察すると風のように駆け、味方に被害が出ないよう刀に銃を尽くして蹴散らしていく。そこに、搭乗当初にあったぎこちなさは見られない。使いこなすには相当な熟練が必要とされるブレードエッジ装甲まで駆使して、冗談のような速度で敵を切り潰していく様を後ろで見ていた者達は、鬼神という異名が正しいことを知った。

 

だが、畏怖にまでは至らなかった。この場に居る全員が、既に覚悟を持っていたからだ。力量の差はあろうが、部隊というものは数を頼みに出来るからこそ軍と呼ぶ。そして目指す先は、果たすべきものは今更になって確認するまでもない。

 

今も地上で戦っている全人類のために、という想いを胸に抱いていた彼ら、彼女達は畏れという余計な感情を抱くよりも前に、部隊全体の戦力を向上させるために動いていた。

 

元よりここはオリジナル・ハイヴ、出現頻度が低いルートを通っているとはいえ通路の広さも段違いだった。敵の個体数も佐渡島の時とは比べ物にならないため、一人では対処しきれないのだ。

 

『―――負けてらんないわよね、孝之』

 

『そうだな、水月、遙』

 

『うん』

 

左翼のヴァルキリー中隊の最前衛のコンビが、笑い合う。突入した時から変わらず、精度の高い射撃で的確に障害となる敵を撃ち貫いていく。

 

機体性能と操縦者の技量を前面に出した右翼側とは違う戦い方だった。移動しながらも敵を堅実に仕留め、凄乃皇の中に居る涼宮遙(CP将校)から迎撃、注意の指示を出された時は誰よりも早く従い、懸念が形になる前に処理していく。

 

連携の最中に穴が出来た所も、指揮官が迅速かつ的確な指示を飛ばして即座に埋めていった。まりもは自分の指揮下で戦う部下達の様子を見ると、内心で感嘆した。

 

訓練と実戦は全くことなるもの。命の危機という重圧が人体に及ぼすものは大きいからだ。訓練で優れた成績を出す者が、実戦では呆気なく死んでしまうことは珍しくない。その境目を決めるのは、心の強さと覚悟の深さである。

 

(―――良質な訓練が出来たから、というだけじゃないわね)

 

まりもは、衛士が実戦で生き残るために最も重要なものは訓練だという持論を持っていた。戦場は偶発的に生じるイレギュラーに満たされている。天候、敵の予想外の行動、緊張による友軍の非合理な行動など、予定どおりに事が運ばない時の方が多い。そんな突発的な事態に瞬時の閃きで対処できることは才能でも無ければ不可能だった。その素質は貴重であり、奇跡でも起きない限りは12人も集まる訳がない。

 

故の、訓練だ。不測というのは未知であり、未知は訓練の中で会得する既知で潰すことが出来るからだった。精度の高い良質な訓練を行えば道程を既知で覆うことは可能であり、ハイヴ突入のようなイレギュラーが多い場所でこそ効果を発揮する。まりもはその環境を用意した夕呼に、この上無い感謝を抱いていた。不測への驚愕という、一秒の停滞が生死を分けるこの戦場。連携を肝とする戦術機甲部隊に置いて、数の欠落こそが何よりも避けるべき事態となる。突入した後に分かったのだ。シミュレーターのこと、訓練期間を捻出できたこと、この両方がなければ部隊は今の時点で半壊していた可能が高いと。

 

まりもをして冷や汗が出る戦場、だが突入してから一時間が経過した時から、更にBETAの密度は高まっていった。

 

衛士達にも、余裕が無くなっていく。同道していた米国の部隊と分かれてから、更に戦闘は激化の一途を辿っていた。

 

突撃級が走る音、装甲が36mmを弾き、背後から肉を抉る音が。要塞級の衝角が壁に当たって飛散して、小型種を溶かし。要撃級の豪腕が空振り、飛びつこうとした戦車級が宙で四散する。縫い交うように、促す人の声が。跳躍ユニットの火が軌跡に、長刀が煌めき流れ、36mmと120mmの弾頭が壁に当たってひしゃげゆく。

 

激、風、轟、炎、声という声が電波に乗り、刀、砲に弾が飛び交い、肉と体液が空間を乱舞する。敵の数を数えようとする者は誰も居なかった。レーダーに映るものはほぼ真っ赤な反応だけ。その中を衛士達はただ前に、前にと速度を重視して只管に駆け抜けていった。

 

『―――前方より、大規模増援! この数は………』

 

『ヴァルキリー1よりヴァルキリー・マムへ、S-11弾頭の使用を許可する。―――各員、耐衝撃準備!』

 

了解の声が木霊し、間もなくして放たれた2発の戦術核相当の弾頭は、前方の奥から壁のような陣形で現れたBETAの群れに真っ直ぐ突き進んでいった。

 

『ラザフォード(フィールド)―――出力80%!』

 

クリスカの声のすぐ後に、爆発が。大気とトンネル内が揺れて、天井にしがみついていた戦車級が真っ逆さまに落ちていった。

 

『―――ダメージ報告!』

 

『クサナギ1、問題なし!』

 

『ヴァルキリー2、こちらも異常ありません!』

 

続いて、各機体からノーダメージの通信が入る。全体を見渡せる遙はそれを確認した後、安堵の息を吐くのもつかの間に、両中隊の隊長へと緊張した声を飛ばした。

 

『―――少佐。既にお気づきとは思われますが』

 

『ああ、分かっている。いくらなんでも、この数は()()()()

 

予想されていたデータと比べて、明らかに敵の数が多い。ML機関を持っている凄乃皇がBETAを引き寄せる特性を持っているというだけでは説明ができないぐらいに、敵の数が多すぎるのだ。もう一つの要因は、と考えた所で戦闘中の前衛から通信が入った。

 

『―――こう言うと自意識過剰のように聞こえるけど、俺のせいだろうな』

 

武は防衛戦でのことを思い出せばそれ以外に無いと断言した。樹とまりもの二人は無言で頷き合い、対策について考え始めた。

 

武はその様子を感じると、ため息をついた。最悪のケースとして、あ号標的が待ち伏せをしているケースも考えられる。このポイントで密度が上がったのは、万が一にも自分たちを逃さないようにと考えてのことかもしれない。武はそう考えつつも、事実を確認する術が無い今、無闇に部隊を動揺させる言動はすべきではないと判断していた。

 

(平行世界からの干渉についても、どれだけあ号標的に影響が出ているのかは分からないからな……)

 

証明できない以上、判明している情報から対策を取らなければならない。そう考えて武は発言したのだ。次の手段を取りやすいように。

 

『―――涼宮。A-04の消耗度を報告しろ』

 

『―――数値上は、まだ危険域には達していません。ですが、今後この状況が主広間に辿り着くまで続くとなると……』

 

『―――S-11にも限りがある。尽きてから対策を打っても遅すぎるか』

 

直掩部隊の損害は凄乃皇の稼働時間の減少につながる。切り札を失った状態での主広間の突破は不可能。つまりは、道半ばにして全滅する結果になってしまう。

 

対策は、一つ。武を囮役として別の道へと迂回させた上で敵を誘き寄せる方法があった。演習の最後に考えついた内容だ。予め考えられる事態に備え、相応の戦術は練れていた。この地点であれば、迂回後に合流する道もある。その直後に武達を追ってきたBETAが通る穴を崩壊させ、後続を断てれば本隊であるA-04の消耗度は最低限に抑えられる。

 

だが、とまりもと樹は決断を下すことに迷いを持っていた。この一時間の戦闘の中で、A-04がラザフォード場を使って直掩部隊を守るように動いていたことを察知していたからだ。把握している所で8回、前衛の数機が危うい所を重力場で助けられていた。

 

その保険である援護も無い状態で、武を含む数機はこの魔窟を駆け抜けなければならない。楽観的に見積もっても、損害が出る確率は50%以上。全滅も十分にありえる数字だった。

 

『―――それでも、やるしかないだろ』

 

『っ、上官の話に割り込むなブリッジス!』

 

『必要なことだって判断したからだって、少佐殿。ユウヤの言う通り、このまま共倒れするのはアタシだってゴメンだね』

 

『癪だけど、チワワに同意するわ。あと、勘違いしないでもらいたいけど私達は死にに行くんじゃない、勝ちに行くのよ?』

 

『迷っている暇はない。危地だからこそリスクを恐れず、身軽になることで勝率を高めることが出来る』

 

あの時もそうだっただろう、とユーリンが言う。囮役に武は不可欠として、ユウヤ、タリサ、亦菲、にユーリンと自分を入れて計6人。この数であれば、と考える樹に、更なる意見が飛び込んだ。

 

『―――ここが命の賭け所。判断を誤ってくれますな、紫藤少佐殿』

 

『―――御剣の言う通り。数が揃わなければ、突破は難しい』

 

『―――過酷な道のりだが補佐役は不要、そう思われているのであれば判断の誤りを正します、紫藤少佐』

 

『―――ぼく達は12人でクサナギ。勝手に要らない子扱いされるのは憤慨です』

 

『―――援護射撃は任せて下さい。クズネツォワ中尉が居ない穴は、壬姫が埋めます!』

 

凄乃皇に居るクズネツォワを含めたクサナギ中隊12人、全員の生還を諦めないために。同じく切り札の一員となっている純夏を含めた207の同期全員で、新年を祝えるように。そんな気概がこめられた声を聞いた樹は、迷いながらも決断を下した。

 

『―――これより、我らクサナギ中隊11人は別働隊となる。中衛、後衛は補給を急いで済ませろ。涼宮中尉はルートの割り出しを大至急頼む』

 

『―――了解。7分、待ってください』

 

『―――5分で頼む。悪いが、神宮司少佐』

 

『―――任されました。ご武運を』

 

まりもは突撃砲で正面の敵を蹴散らしながら、ヴァルキリー中隊の部下にポジションの変更を伝えていった。右翼の抜けた穴を埋めるようにして、12機が6機と6機に分かれてそれぞれの位置に移動していく。

 

その間に、中衛と後衛は最低限の補給を済ませていた。それが完了したと同時に、遙からクサナギ中隊の全機に移動ルートが伝えられていく。佐渡島で得た情報とこれまでの出現傾向を元にして編まれたデータは、やや狭い道を縫うようにして移動して、最終的に本隊と合流できる最適のルートを示していた。

 

『―――これより、我らは修羅に入る。各員心しろ、誓い合え。誰が死のうと決して立ち止まらないことを』

 

白刃の凄みを思わせる真剣な声で、樹が告げる。だが、過酷な命令を聞いた者達はそれを難なく受け止めると、笑い合っていた。恐怖に震えている者など、一人も居ない。頼もしい様子を感じた武が、要塞級の衝角を撃ち飛ばしながら苦笑していた。

 

『―――今更だってよ、中隊長。少し外したな』

 

だけど、と武はユウヤ達に言った。苦労をかける、と少し申し訳がなさそうな口調で。ユウヤは、その声を鼻で笑い飛ばした。

 

『―――お前のためじゃねえ、クリスカ達のためだ。あいつらの……いや、俺達の生存率を上げるためなら、俺はなんだってしてやる』

 

『―――ブリッジス少尉の言う通り。勝手に背負いこまれる方の身にもなりなさいよ、バカ白銀』

 

『―――違いねえ。つーわけだ、サーシャ、純夏』

 

無言を貫いていた二人に、武が苦笑と共に詫びを入れた。だが、返ってきたのは先程と同じ苦情の言葉だった。

 

『―――戦場を知らない小娘でもあるまいし。それに、詫びよりも謝罪のキスの方が良いから』

 

『あ、私も! なんだっけ、ブランチキスとかいう奴をお願いするね!』

 

『……純夏さん、それを言うならフレンチキスだと思います』

 

『え、つまりはフルコース? ど、どんなことするつもりなのタケルちゃん!』

 

『―――今、ここから離れる気が1ダースぐらい消えたんだが。クリスカ、イーニァ、ポンコツ少尉のフォローを頼む』

 

『―――分かっている。ユウヤも、死なないで』

 

『―――うん。ユウヤもがんばって、ぜったいにだいじょうぶだから!』

 

明るくも単純な言葉で、イーニァが断言した。子供のような滑舌での声は、根拠が無いにも限らず心配など不要になったという風に思えてくる効果があった。

 

『―――分岐位置まで、あと10秒……9……8……』

 

7、という遙の声を聞いて冥夜達が気を引き締め。

 

6、5という声と共に通路の障害となっていた要塞級が倒れ伏した。

 

4、3という声にヴァルキリー中隊の衛士達から激励の声が飛び。

 

2という声にクサナギ中隊の11人の鼓動の音が重なった。

 

 

『―――さあ、往こうか』

 

 

俺に続け、という声と共に11機の戦術機が横の通路へと躍り出た。全速で別の道へ飛び出し、その直後に樹がまだ通信が繋がる位置に居たA-04へ通信を飛ばした。

 

『―――涼宮中尉、敵の反応は!』

 

『―――位置、確認! 前方奥に居る3割の……いえ、4割……5割が進行方向を変えています!』

 

『―――良し。ならばもう、迷う必要もない』

 

囮役に成り得るとなれば、退く選択肢は消えた。樹の言葉に頷きあった11人は、本隊から離れた方向へ全速で突き進んでいった。

 

迂回路は左右に曲がりくねった道で、本隊と同じ速度で進めば30分はかかる距離となる。囮となったクサナギ中隊は、この道程を決められた時間ちょうどに踏破しなければならなかった。早すぎれば通路を封鎖する前に敵の増援が追いついてしまい、遅すぎれば孤立した中での戦闘時間が長くなるだけでなく、凄乃皇を待たせることになる。速度が肝となる今回の突入作戦では、本末転倒になってしまう可能性があった。

 

『―――この状況で難易度高えなあ、おい!』

 

『―――こきゃあがれ、言動不一致野郎!』

 

武の愚痴る声に、すかさずユウヤがツッコミを入れた。先頭を走る十束の名を冠する戦術機の挙動、様子は言葉ではなく機動だけで雄弁に余裕の二文字を物語っていたからだ。

 

過敏の極みである操作反応速度、移動速度がローからトップに至るまでの時間が従来の半分である十束は、その性能を十全に発揮していた。ともすれば後衛に居る壬姫でさえ見失いかねない挙動は、今まで戦場に出られなかった鬱憤を晴らしているかのようにも見えた。

 

やっている事は、単純にして明快だった。

 

機体内部にかかるGを考えれば狂気の沙汰だが、ただ機体を前に、横に、上下に操るだけ。特別な攻撃方法は何もなく、BETAを客とすれば軽業を見せているようにしか見えない。だが、その後ろでBETAの動向を見ていた者達は、身体の芯を戦慄に侵されていた。

 

『―――やっぱり頭おかしいわね、あいつ』

 

『―――ああ。まさか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とか』

 

突撃級の比率が多かった、武自身がBETAを引き寄せる性質を持っている、その他多くのイレギュラーがあるとはしても、その場に居た誰もが同じことを出来る自信はなかった。

 

相手の位置を見極めた上で、BETAが動体を補足する速さを超える速度で3次元に動き、突撃級や要撃級、戦車級どうしを衝突させるなど。

 

脅威度でいえば1、2を争うほどに高い、天井に張り付いていた個体も気がつけば居なくなっている。偽装穴もなければ、後は群れを相手にせず飛び越えるだけで済む状況になっていた。

 

『―――これが十束、か。例外中の例外だとは分かっているが』

 

樹は非常識に非常識を重ねたからこそ可能となる神業を前に、出会ってはならない者どうしが出会ったような感覚に陥っていた。

 

操縦者への気遣いを一切捨てた十束の性能もどうかと思うが、それに耐えられる人間もどうかという話だ。それだけではなく、壁や天井という制限があるハイヴ内で激突の危険があるというのに、機動だけで戦術に至る方策を取る人間も頭がおかしいし、それを成しつつも分解しないで形を保っている機体も常識の埒外にある。

 

『―――とはいえ、アイツばかりに負担をかける訳にもいかねえ』

 

『―――ああ。見せ場をまるまる持っていかれるのもな!』

 

『―――中衛、後衛、援護をよろしく。次のポイントはお上品に通るから』

 

武の機動戦術は見事だが、消耗も激しい。そう判断した前衛の3人が前に出た。武はその動きを承知していたかのように、機体の速度を一時的に落とすと、樹とユーリンに通信を飛ばした。

 

『―――ってな訳で、こっちは絶好調だ。ちょっとインターバルを挟む必要はあるけど』

 

『―――頼り切りにするつもりはない。万が一のために、温存はしろよ』

 

『―――見ての通り。彩峰、御剣の両機は最前衛の援護を。中衛、後衛も各自の仕事を専念、全体のフォローは私に任せて』

 

ユーリンの指示に、冥夜達が了解の声を返した。その声を聞いた武は満足そうに頷くと、再びユウヤ達が居る最前線へと向かっていった。樹はその背中を見ながら、大陸に居た頃の武の異名を思い出していた。

 

(―――火の先。一番星。そう言われる所以は、後に続く者達の希望の象徴になっていたからだ)

 

あの場所を目指せば良いと、白銀武が乗る機体は戦場の中で燦然と輝き続けていた。どんな苦境にあっても人一倍元気で、諦めるということを辞書から削除したかのような奮闘振りは多くの衛士に光をもたらした。

 

今、この時もそうだった。本隊から別れた直後、隊の不安と緊張が一番に高まるタイミングに頼もしい背中を見せてくれた。常識外の機動の乱舞、多用ができないからこそ切る機会を見定めた結果だろう。最終的に部隊全体の生存率を高めるために、という目的を考えればこれ以上ない行動だった。

 

(そして、隊に不安を伝染させないよう、弱味は決して見せない―――少し鼻血が出ていたが、武をしてそれほどまでにキツイか)

 

出来るならば、使わせたくない。指揮官という目線でそう判断した樹は、そこに一人の衛士としての意地を載せた。

 

クサナギ中隊は、12人。12人だからこそ、クサナギ中隊。編成されてから戦場に出たのは三度目になるが、先の二回は歴史に残るほどの過酷な戦場だった。それを乗り越えてきた事に自負と、共に死線を乗り越えた戦友達に対して、樹は確かな絆を感じていた。

 

『―――全員で帰るぞ。各機、もうじき敵の増援が一時的に途切れる! 演習の通り、陣形を整えるぞ!』

 

囮役として、クサナギ中隊だけで突破するケースも2度だけだが演習を済ませていた。そうして見出した最適の陣形の通り、クサナギ中隊はポジションを整理していく。

 

最前衛に、武が。続く形でユウヤ、タリサ、亦菲が左右に広がり、そのすぐ後ろにやや高度を下げた状態で冥夜と慧が控える。樹とユーリンは中央で各機体の援護を、更に左右に広がった位置に千鶴と美琴、壬姫が前方への援護に徹する。

 

11機の素質と最新の機体性能を織り込んだ上で辿り着いた、ハイヴ突破用の超攻撃方の陣形。それでも、最悪のケースを想定した演習よりも、敵の数が勝っていた。

 

『―――前衛、右の上から要撃級が―――』

 

『―――珠瀬、後ろだ! くそ、偽装穴から突撃級が―――!』

 

『―――ユーリン、前に出すぎるな! マナンダル、(ツィ)は互いにカバーを、ブリッジスは速度で敵の撹乱を―――』

 

声と連携が、次々に襲いかかる危険を潰していく。それでも無傷という訳にはいかず、徐々に各員から機体のダメージレポートが報告されていく。

 

『―――クサナギ5、右腕関節部の装甲に破損! 挙動は……問題ありません!』

 

『―――クサナギ3、短刀が折れた! 予備があったら交換してくれ!』

 

最初は、少ない被害で。だが、時間と共に被害は増えていった。

 

『―――クサナギ4、左の補助腕部に異常! ……ダメだ、動きません!』

 

『―――クサナギ9、長刀を破損! 主腕の挙動も怪しいです!』

 

致命的ではないが、攻撃に関係する部分が徐々に削られていく。前衛の4人に損傷はないが、中衛、後衛の援護が無いということは対処しなければならない問題が増えるということ。そんな手一杯の状況で、武は歯を食いしばりながら戦うも、迷いを見せていた。

 

この状況、考えたくもないが1機でも撃墜されれば連鎖する可能性が非常に高い。一方で十束の性能のお陰か、まだ自分には余裕がある。誰かが死ぬよりは、先程の高機動戦術を限界まで駆使する方が得策ではないだろうか。

 

幸いにして、予定どおりの距離を稼げている。合流まであと10分、体力と機体が限界まで消耗することを許容するか、このまま味方を信じて連携で乗り越えるか。

 

武は迷った上で、自分が無茶な役割を担うことを決めた―――その瞬時の停滞が、危険を呼んだ。

 

『―――タケル、前、上だ!』

 

『くそっ、形振り構わずかよ―――!?』

 

声に反応した武は、教えられた方向を見た。

 

―――前方にあるトンネルの天井、偽装されていたのだろう大きい穴から2体の要塞級が落下してくる姿を。

 

(このままじゃ、ぶつかる、すり抜ける―――ダメだ、避けきれない!)

 

結論に至るまで、コンマにして0.1秒。武は落ちてくる要塞級の下を潜り抜けようと機体の向きを下に変えた。

 

『おおおおおおおおおおおおおっっっ!!』

 

叫び、吠え猛るも内心では間に合わないことを悟り、身体は衝撃に備えるよう動いていた。高機動故に装甲が薄い、だから最悪は―――と覚悟を決めながら。

 

だが、後方。直前に放たれ、重なった呼気が合計にして10を数えた。察知から2秒、誰もが突撃砲を構え終わっていた。

 

発射のタイミングは、それぞれにバラバラだった。援護に思考を割いていた中衛、後衛は早く、周囲の警戒をする必要もある前衛は少し遅く、それが功を奏した。

 

咄嗟に放たれた120mmの砲弾が、ほぼ同時に要塞級に着弾したからだ。全高にして66mもある巨体だが、高速で飛来する重金属の弾頭が10も重ねられれば、その落下の軌道は変えられざるを得なかった。

 

『―――この、無礼者が!』

 

『―――なめるな!』

 

いち早く追撃に入ったのは、冥夜と慧の二人だった。突撃砲に長刀に、出来る限りの方法で要塞級の血肉を切り、潰していった。

 

動かなくなるまで、僅か5秒。一方で武は何故助かったのかすぐには理解できないまでも、身体の反射だけで戦闘を続けていた。

 

そうして間もなく、敵の後続が途切れると中隊は移動を始めた。それから少し落ち着いた時に、叱責の声がかかった。

 

『―――勝手に先走るな。少しは信じろ、バカ野郎』

 

『な―――』

 

『私達にも頼れ、って言ってる!』

 

樹の声に戸惑う武に、珍しくも怒りの表情を前面に出したユーリンが言葉を続けた。付き合いの長い二人は、判断が遅れた武が何を考えて迷っていたのかを理解できていた。

 

『―――そうだな。お前は凄い。でも、一人でなんでも出来るなんて思っちゃ居ないんだろ?』

 

ユウヤが、舐めるなといった態度で言う。

 

『―――任せきりにするつもりなんてねーよ、笑わせんな』

 

『―――それほど頼り無い、って思われる方が業腹だけど』

 

タリサ、亦菲は恨めしそうな顔だった。

 

『―――未熟なれど、甘える心算は露ほどにもない。我らは部隊であろう』

 

『―――勝手に一人で走ろうとするのは、未熟の証らしい。連携の重要さを教えた張本人さんが言うには、だけど』

 

冥夜、慧は問いかけるように。

 

『―――指揮官無視して突っ走るんじゃないわよ。それに、自惚れないで欲しいわ』

 

『―――だね。されるがままに庇われるよりも、ボク達は一緒に戦いたいんだよ』

 

『―――誰かに頼ることは悪いことじゃありません。弱い私が言うのも、何ですけど……でも、それでも!』

 

壬姫の最後の声が、総意となった。それでも、と言い続けなければ死ぬ場所。だけど一人に押し付けるような情けない真似をするよりは、死んだ方がマシだと誰もが思っていたからだ。

 

『それに、お前が言ったことだろ? 門付近に居た……あいつらも、その言葉と共に戦ってる』

 

ユウヤは、突入する以前から気づいていた。弐型と自分の機体の動きを見せたことから、自分が居たことを気づかれているのと同じぐらいに確信していた。ユーコンで出会った数名が、あの死地で戦っていたことを。命を賭けて、自分たちの露払いをしてくれたことを。

 

『―――だから、俺達は負けられないんだ。個人的にも、軍人としても、ここで愚策を取り負けることは何よりの裏切りとなる』

 

だからこそ、とユウヤは表情と口調を緩めながら告げた。

 

『―――“take back the sky”だろうが。今も、地球の上で誰かが戦っている。互いに背中を預けあって』

 

『ちょっ、おまっ!?』

 

『……何故恥ずかしがるのだ? 私は甚く感動したぞ』

 

『ふ………自分で宣言しておきながら、まだまだ未熟ですよ』

 

冥夜は不思議がり、察した慧がニヤリと笑った。

 

『そうだな、大演説だった。アタシも感動で涙が止まらなかったし』

 

『周回軌道上で、誰かさんが悶える様子もね?』

 

気合と笑いが同時に入ったと、タリサと亦菲は半笑いになりながらからかうように。

 

『全世界に向けてのメッセージ発信か……これで一気に名前が知られたな』

 

『うん、“take back the sky”と言えば白銀武っていうぐらいに』

 

樹は少しの同情を示し、ユーリンは純粋な気持ちで褒め称えた。

 

『……癪だけどね。名演説だったわ、“take back the sky”』

 

『うん、いいよね“take back the sky”』

 

『あの、私も良いと思います……“take back the sky”』

 

とどめに千鶴、美琴、壬姫が連呼した。武はついに観念すると、両手を上げて降参の意志を示した。

 

『―――分かった。謝るし先走らないから、もう勘弁してくれ』

 

『―――遅いんだよ。それにお前が死んだら、凄乃皇に居る三人はどうなる』

 

任務のことを考えても、戦死した場合のデメリットは大きすぎるものだった。サーシャは言わずもがな、凄乃皇の制御の中核を担う純夏、霞の動揺を考えると、クリスカとイーニァの無事も危ぶまれてしまう。

 

トドメとして作戦のことで叱咤された武は、ごめんなさいと深く謝罪の意志を示した後に、呟いた。

 

『―――分かった。陣形は今まで通りで』

 

『―――そういう事だ。次の接触まで30秒、それまでに各機は互いのダメージを確認しろ』

 

損傷により出来た死角を庇いあって埋めろ、と樹が命令を出した。全員が大きな声で了解と答えていく。それを聞きながら樹は、秘匿回線を武に繋いだ。

 

『―――追いつけない所まで行こうとするな。お前の背中が見えるからこそ、俺達は付いていくことができるんだ』

 

見えなくなれば不安に思う人間が居るからな、と。樹は今の11人の中で8人の女性の顔を思い浮かべながら告げ、武は首を傾げつつも忠告は正しいものだと信じて頷きを返した。

 

『分かった―――死ぬなよ、樹。まりもちゃんに説明するのは俺なんだぜ』

 

『ちゃん付けをするなバカ。それにお前が言える台詞か』

 

こっちはサーシャに殿下なんだぞ、という悪態を付きながらも樹は武と笑い合った。

 

―――それからの10分間は、死闘の一言だった。

 

先程のやり取りで気合を入れ直し、士気が上がったとはいえ厳しい状況であることには変わらず、BETAが手加減をしてくれる訳もない。ただ、侵入者を事務的に淡々と潰さんと動き、殺されれば死ぬ人間は秒毎に訪れる命の危機に対処をする他に方法はなかった。

 

『―――だけど、慣れたぜ』

 

『―――ああ。流石はBETA、ノータリンの単細胞だ』

 

人間が相手であれば、現場で対処されただろう。こちらの動きから弱点を見出し、そこに集中して戦術を駆使してくる。だが、BETAはその手段を取ることができない。均一して性能を発揮できて数も多いという長所を持っているBETAだが、逆を言えば突出した個体が居なく、行動パターンも機械のように単純そのものなのだ。

 

現場で限定して言えば、瞬時に推移する状況に応じて弱点を庇いあったり、順応や学習といった人間にある強みを持っていない。

 

逆に、武達は徐々にだがハイヴ内の実戦に慣れていった。演習での訓練、経験を血肉にして行動をより高みに最適化していく。その様子を後ろで見ていたユーリンは、大陸で出会った頃の武の言葉を思い出していた。

 

(―――人間に、限界はない。人は無限の可能性を持っている。私は違うと思った……でも、それは自分の諦めを慰める言葉だった)

 

成長し続けた果てに、今も最前線で戦っている姿を見れば、その言葉が正しいもののように思えた。突出した力を持っても、まだ足りないと足掻き続ける姿。それでも、状況によってはミスをしてしまう様子まで。

 

悔しいだろう、恥ずかしいだろう、だというのにへこたれずにただ上を、空を見続けている。鍛えに鍛えた(つわもの)の極み、鋼鉄のような強靭さを持ってなお未完成だと吠えるように。

 

(永遠に、未完成だと言い続ける。今この時も、成長し続けている―――ここに居るみんなと、誰かを想い続けているから)

 

死なせないように、という信念で剣を取るなら戦いはきっと永遠だ。その果てが見えないまでも、白銀武という男は俯くことを良しとしないでいる。少し前までは諦めていたかもしれない。それでも、立ち直った切っ掛けはやはり人だった。

 

その1名に心当たりがあるユーリンは、若干の嫉妬を覚えつつも、祝福の想いと共に自分の心を諦めるつもりもなかった。今も、自分と共にあの背中を追い続けている女の一人として。年が離れているから、と諦めようとしていた心よりも勝る想いがあることを自覚したが故に。

 

(不合理、結構。合理的で機械的なBETAになんか、なりたくもない)

 

ユーリンは最早一方的に打ち砕かれていくBETAの姿を見て、少しだが同情の念さえ抱いていた。それでも、叩き潰す手に一切の緩みはなく。

 

『―――見えた! 時間通りだが、本隊は―――』

 

その時だった。クサナギ中隊の11人全員が、凄乃皇の反応を捉えたのは。予定通り踏破してきたのだということを認識し、安堵の息を吐こうとするも、殿に居る壬姫から声が飛んだ。

 

『全機、全速で合流を! ―――後続の数が更に増えています、急いで!』

 

『―――了解! A-04、準備は出来ているか!』

 

『―――発射準備完了、急いで下さい! 各戦術機は前方に避難を!』

 

通路の壁と天井を打ち砕いて封鎖します、と遙の声が。余波による被害から逃れるべく、クサナギ中隊は本隊が通っている道に入るや否や、凄乃皇の進行方向の更に前へと続々と避難していった。

 

その間に、凄乃皇は向きを通路の方へ。奥から、津波のように押し寄せるBETAを確認するも、遅い、とクリスカが呟いた。

 

発射が成されたのは、その直後。S-11を弾頭にしたミサイルが4発、白煙を尾に引きながら狙い通りの位置に辿り着くと、着弾。

 

轟音と共に地表建造物まで影響があるのではないか、と誤認させられるほどの振動と閃光が通路の中に満ちた。

 

『―――各自、報告を! A-04、通路はどうなった!』

 

『―――問題ありません! 通路の崩落を確認、敵後続も巻き込めた模様です!』

 

遙はクリスカ達から来る報告をまとめると、部隊長の二人へ報告した。

 

『―――凄乃皇に被害無し。爆圧は狭い通路に張ったラザフォードで防御することに成功、通路は完全に崩壊。追撃の恐れも無し。こちらの損耗も少なく―――目的を達成できました!』

 

『―――そうか。ヴァルキリー中隊に、被害は』

 

『―――ありません。29名、全員の生存を確認しました!』

 

遙の声に、所々から歓声のような叫びが上がった。その声に涙を浮かべつつ、A-04の全員とまりも、樹と武は一つの勝機を見出していた。

 

あ号標的が居る空間までに、主な障害は4つある。

 

1つ目は、軌道からの降下中。Г標的と呼んでいる超光線級とも言える敵から攻撃を受ける可能性があること。これは攻撃が来なかったことにより、ラトロワ中佐が仕事をやってくれたのだと結果から知ることが出来た。

 

2つ目はSW115、入り口の門付近に居る敵の脅威。先遣隊が全滅するだけでなく、戦術機を目標にしてBETAが集まっていれば侵入するにも多大な労力を要したことだろう。

 

3つ目は、道中のこと。イレギュラーな要素から、BETAが出没する数が想定以上になった場合、今のような危険を伴う対策を取る必要があり、その影響が各所に及んだ結果、凄乃皇までもが制御不能になる可能性もあった。

 

だが今、武達はその全てを乗り越えることができた。それも全機が生存し、凄乃皇が搭載している兵装を想定以上に押さえることが出来た形でだ。

 

これならば、と考えつつも、29名は出没数が格段に落ちた道を順調に突き進んでいく。直掩部隊の23機が1機も欠けることがないというのも大きかった。

 

補給が限られるハイヴ内での戦闘では、数の力も重要となる。互いに連携をしあえば、無茶な形での援護や移動も不要となるため、弾薬や燃料の消費を理想的に押さえられるからだ。

 

戦死による士気低下も無い突入部隊は、極めて順調に進軍を続け。

 

そうして、4つ目の障害を。最後にして最大の障害である主広間前にして、遙から両部隊長へと報告が上げられた。内容は、S-11と電磁投射砲の残弾と機関出力について。想定以内、実行可能という言葉で締めくくられた報告を聞いたまりもは、落ち着いた声で部隊の全員に告げた。

 

 

『―――ヴァルキリー1より各機へ。これより、主広間での戦術を伝える―――プランCだ。繰り返す、プランはAでもなくBでもない、Cの選択が可能となった』

 

『―――まさ、か』

 

『―――この時点で条件は全てクリアされている。実行をするに障害はなく、些かの問題さえもない……各員の奮闘のお陰だ! 各機、ポジションに付け!』

 

まりもの声に、全員が歓声を上げながら移動を開始した。

 

―――プランAはS-11の残弾が十分ではないケース。少量のS-11を使用して万を超えるBETAを一時的に散らすか、ラザフォード場を全開にした凄乃皇で津波のようなBETAを一時的に蹴散らした上で、主広間の奥にある呼称・門級に接触。用意している専用の装置を使って隔壁を開けさせるための特殊な液体を注入し、凄乃皇が通過した後、装置を再使用して隔壁を閉鎖し、その直後に爆発するようにS-11をセットする方法だ。平行世界の武達が取った方法だが、大規模なBETAを相手にする必要があるため、繰り返した演習でも、最低で5名の犠牲が出てしまうが、一番にこの状況になる可能性が高いプランだった。

 

―――プランBはS-11の残弾少なく、凄乃皇の機関出力に極めて深刻な不安がある場合。ほぼ最悪の状況を想定したもので、内容は戦術機によるS-11の自爆でゴリ押しした上で、隔壁も開けるだけしかできず、速度を重視してあ号標的を接敵するなり打破するか、凄乃皇の自爆によって諸共に吹き飛ばす正真正銘の最後の手段となる。

 

―――プランCは、残弾が充実した状態で出力も安定している状況でのこと。隊員の戦死も抑えられている状況で擬似00ユニットの稼働に不安はなく、ラザフォード場とS-11を元に、考えられる限りの危険を排除した方法。平行世界で得られた情報が無ければ実現は不可能だった、演習でも20に1度しか到達できなかった状況でしか取れない、最善のプランだ。

 

主広間は門級という隔壁がある場所を前方に、その手前に大きな空間がある。そこに入るための入り口は狭い通路一つだけしかない。

 

両中隊の大半と凄乃皇は、出力を最小限にした状態で狭い入り口がある場所から少し後方で待機していた。一方で、武を先頭としたユウヤ達3機が前に、中衛と後衛の5機がその後ろである装置をセットしていた。

 

『―――S-11、5基全てセット完了しました!』

 

『―――確認した。凄乃皇、全機の後退を確認次第、ML機関を全開にしろ!』

 

『―――了解!』

 

戦術機に搭載していたS-11、その指向性を前方へと迅速に設置した機体が凄乃皇の更に後ろへ後退していく。続いて、囮役となっていた武達が。最後に、装置の構造を一番よく知る美琴が据え付けられたS-11を目視で確認した後、問題ないとの報告を上げた。

 

そうして、美琴の避難が完了してからクリスカはML機関を全開にするよう指示を出した。効果は劇的で、武という誘蛾灯の効果も相まって主広間にいるBETAというBETAが狭い通路に殺到せんと迫ってくる。

 

『―――凄まじいですね。まるで向こう側が見えない』

 

『ああ―――BETAが7分に、隙間が3分と言った所か』

 

『恐ろしいな……それでも、俺達には見えるものがある』

 

例えば活路とか。そう武が告げた直後、時限式でセットされたS-11が起爆した。狙い通り、ラザフォード場により斜め上の方向に爆圧を制限された状態で。

 

―――平行世界で00ユニットになった純夏が咄嗟に思いついた方法である、S-11の爆圧をラザフォード場により制限し、爆発の威力を一方向に高める手段の応用だった。実際に運用されたデータがあり、甲21号により門級について最後の確証が得られたからこそ取れる方策だった。

 

(こちらの動きと道中の戦術から、対策を取られていれば違っただろうけどな……これが、人間の力だ)

 

人間は死を糧に成長する。死を恐れているからこそ、死を遠ざけるために学び、次に活かそうとする。そして武の記憶の中には、平行世界のこの地で死んだ者の記憶があった。

 

ラザフォード場を制御できればS-11という戦術核級の威力と方向性を制限しつつ、後方への余波を防げること。

 

門級がある場所は地上付近であり、指向性を上の空間に向ければ地上部付近にある隔壁開閉の装置へ届く爆圧は制限できること。

 

装置の強度は非常に高く、何度も弾着点を重ねられた砲撃でも罅が入るだけで、短刀によるトドメを刺さなければ割れない防御力を持っているため、余波程度の爆圧だけでは絶対に壊れないということ。

 

(だから―――味わっていけよ)

 

この地で散った無念を、と。呟きと同時に、追い打ちとなるS-11搭載弾頭が主広間に放り込まれた。再度の轟音が、空間という空間に満ちていった。その音の大きさが破壊力を示しているかのように。先程と同じく、ラザフォード場で制御された擬似的な爆発砲弾は展開していた万を超えるBETAの尽くを真正面から潰していった。

 

『―――後続に、敵増援を確認!』

 

『―――遅いな。一手どころか、二手遅い!』

 

それは勝敗を決めるレベルでの致命的な遅れだった。最初の起爆の直後から動いていた別働隊は、既に作業を終えた上で凄乃皇の周辺に戻っていたのだ。

 

凄乃皇は向きを主広間から後方の通路に変えながら、両中隊の全機が自機の近く、ラザフォード場に戻ってくるのを確認するなり、後方に向けてS-11搭載弾頭を後方通路の壁面にセットしているS-11に向けて撃ち放った。

 

三度の轟音が、衛士達の鼓膜を揺らしていく。

 

その中でも、凄乃皇は更に180°回転し、門級が居る最後の目的地へと向き直った。

 

 

『―――往くぞ!』

 

 

天井の塵は潰されて既に亡く、地上に集中できる状況で墜とされるような我々ではない。まりもの激励の声と共に、活路を見出した衛士達は最後の門を開かんと、陣形を保ったまま転がるBETAの死骸を飛び越えていった。

 

誰もが、笑顔を隠しきれなかった。ベテランである樹やまりもであっても、油断をせずとも懸念は払拭できた喜びを胸に抱いていた。

 

武でさえもこれなら、と勝利を確信していた。

 

 

―――複雑な流れの果てに辿り着いた今この時が。順調すぎる進軍の全てが、あるモノの想定の内であったという最悪の事実に気づかないままに。

 

 

 


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